ご挨拶に代えて

はじめに、ご挨拶に代えてこの連載を始める気になった動機を書き記したいと思います。長文ですし、ご興味のない方は直接本文の方へどうぞ。

 モータースポーツに興味を持って25年。当初はオートバイレースだけを追っかけていましたが、中嶋悟選手の登場以来F1も熱心に見始め、主に日本人選手の活躍を見守ってきました。趣味は?と聞かれて常に「モータースポーツ観戦」と胸を張って答えてきましたが、概ね反応は2種類。「私も好きなんですよ」と言ってうんちくに花が咲く場合と、「あんな暴走族の遊びのどこがいいの?」という場合。一般の認識が、レース=暴走行為まがいのもの、という現状は日本では(当時は世界中でも同様と思っていた)あたりまえと思っていたため特に気にはしませんでした。

 ところが、90年に渡英してから自分の認識が間違っていたことに気づかされました。欧州各国ではモータースポーツへの一般の人々の理解度が日本とは大変異なっていたのです。たとえば歴代の英国人F1チャンピオンをはじめ、各カテゴリーの優勝者、活躍者、チーム運営者などには女王陛下から大英帝国勲章が叙勲されていますし、F1中継のコメンテーター(日本で言うアナウンサー)を50年勤めたマリー・ウォーカー氏(Mr. Murrey Walker)も同賞を叙勲されています。日本で言うと国民栄誉賞や文化勲章がそれに当たるような気がしますが、オリンピック、野球、相撲選手が受賞したことはあっても、オートバイ・ワールド・チャンピオンやパリ・ダカール優勝者が受賞したとは聞きませんし、検討対象者にさえなったとも思えません。

 このように欧州ではモータースポーツに関わる人々のステータスが非常に高く、財界人や政治家が大小チーム(草レース含む)の所有や運営に関わっていたり、自身でレースに出たりしている場合も数多く見受けられます。

 レースを見に行っても違いが一目でわかります。お年寄りカップルやおばあさん一人が土手に座って、前座レースから目を輝かせて熱心に観戦していたり、家族3代でやってきて手作りサンドイッチを頬張りながら観戦していたりします。レース後、帰宅時の高速道路も日本とは様相が違いますね。日本ではレース後の興奮さめやらぬ状態で、レーサー気分の乱暴な運転をする人達が、特にバイク乗りなどに見受けられますが(私自身そのノリでバイクを走らせたことも実はあります)、こちらでは大変落ち着いています。バイク乗りも普段同様、回りの車に抜かれるまま整然と走っていたりします。(もちろん例外もあることは否定しませんが)

  

国籍を問わず、モータースポーツを語る時に時々言われる言葉がある。

「あんなものを俺はスポーツだなんて思わないね。だいたい、車に乗ってラクしようなんてスポーツであるわけないじゃないか。スポーツだと言いたいんだったら自分の足で走ってみろよな」

人は常に自分を基準に考えるものです(というか、そうしか出来ないのですが)。たとえば歩いて10分ほどの距離にあるコンビニに夜、歯ブラシを買いに行く時、「面倒だから車で行っちゃおう」と言うような経験は誰にもありますよね。車で行くと楽だから。この感覚から上記の発言が出てきているのでしょう。そこで、F1の場合、コーナーでは4Gから5Gがかかるから大変だと言うと「それくらい知ってるさ」と返ってきます。だいたい普通の人間には、この「4G、5G」の想像さえも出来ませんからね。

 そこで、身近な例で話します。人間の頭の重さがどのくらいなのか。切り取って計ったことがないので(笑)判りませんが、ある医学書によると、平均6350グラムだそうです。これにヘルメット2キロ弱(市販のバイク用はもっと軽いですが)を加えると約8キロですね。つまり4Gで32キロ、5Gで40キロになります。このくらい言って初めて「大変そうだなあ」くらいの反応は返ってきますが、まだピンと来ません。

 ほとんどの日本人が経験したことがある標準的な重さというと「お米の袋」がありますね。10キロ入りが比較的一般的ですよね。これが3袋、4袋と言うとかなり具体的になってきます。さてここからは想像です(実際に実験されると体感できますが、危険ですので良い子の皆さんは真似しないでくださいね)。

 ベッドに直角方向に横になり右肩をマットレスの縁に当て、頭をベッドの外へ宙に浮かす形で横臥してください。そして左耳の上にお米の袋を一個乗せてください。これが2G強です。耐えられますか?じゃあ、もう一個乗せてみましょう。これで3.5Gですよ。もうちょっと我慢していてくださいね、もう一個乗せますから。さあ、これが5G弱です。ちょうど鈴鹿の130Rを全開で走り抜ける時に数秒ですが、この感覚を味わうんですよ。そしてこの1袋、2袋が右から左から、次々と襲ってくる訳です。1時間半のレース中ずっとです。あなたは何時間、いや何分耐えることが出来るでしょうか?

 これは首への負担だけに限った話ですが、同様のことが足先内臓血液にも起るわけです。超一流のアスリートだけに耐えられる離れ業ですが、外から見ているだけではなかなか理解できません。

  

このような状況を見るにつけ、日本でのモータースポーツに対する偏見、誤解、無理解をなんとかしなくてはならないのではないか、と常々思ってきました。しかし、一人の力では如何ともし難く、なすすべを知らなかったのですが、琢磨選手好きの方々からでも、知っていただき、甚だ草の根的ではありますが、一助となればと言う思いでここに連載させていただくことになりました。なお、華々しいレースの背後で行われている血の滲むような努力、縁の下の力持ち的な作業に敢えて焦点を当て、F1の真の姿を語れたら幸いと思っております。

 最後になりましたが、快くHPの一部を貸してくださり数々の協力をしてくださった藤麿さんや、その他助言を下さった方々に感謝の意を表し、挨拶と代えさせていただきます。また、この連載は前述のマリー・ウォーカー氏(F1が始まった当初から50年間の生き証人であり、生き字引)と元F1レーサーのマーチン・ブランドル氏が放映中に語ってくれたことを基にしておりますので、この場を借りて御両名にも感謝の意を表したいと思います。ただ、既に古い時代の知識であったり私の勘違い、聞き違いも多々あろうかと思われますので、お気づきの点、質問、ご要望等ございましたら、別途用意させていただいております質問箱の方へ一言いただけたら幸いです。

Bakuの小部屋に戻る             琢磨な部屋に戻る                 NEXT