私が初めて寄席へ行ったのは小学校低学年のときである (ちなみに二回目は社会人になってからである)。 どんな噺を聴いたか全く記憶にないが、 たったひとつだけ覚えているのは柳昇さんが 「今や春風亭柳昇といえば…」をやっていたことである。 したがってあのフレーズは私の寄席体験のルーツと言える。 柳昇さんは昨年の暮れに入院し、正月は寄席を休んでいた。 復帰したという噂を聞いて寄席に行ったのが三月。 それが私にとって最後の高座となった。 ずいぶんやせていたし、噺が終わった後立ち上がるのが辛そうだった。 しかし口調はいつも通りだったので、ちょっと安心していたのだが… 八十になっても新作を作り続けた。 その作品はほのぼのとしていながら風刺が効いていて、 古臭いという感じが全然しなかった。 亡くなる時点でも柳昇さんの頭の中には、 ネタのアイデアが詰まっていたに違いない。 年齢的には大往生と言えるだろうが、 元気でおられたらまだまだ新しいネタが聴けただろう。 それがなんとも残念である。 (2003-06-16) |