8月29日 −ラスト・ラン−

 朝食にはゆで卵が付いていた。些細なことだけどちょっとうれしい。

 いつものように荷物をまとめて自転車のリアキャリアにしばりつける。いつもの作業だけれども、そのいつもの作業も今日が最後である。
 今日のユトレヒト〜アムステルダム、真っ直ぐ行けば30km、回り道すれば50km、この道のりが、この一ヶ月の締めくくりとなる道のり。ああ、えらく走ったなぁとも思うし、よく帰ってきたなぁとも思う。同時にもうちょっとあそこで頑張って走っておけば良かったなぁという気持ちもある。
 走行距離は大して無いので10時近くまでドミトリーでうだうだ。新聞を買ってみると夕方からは雨が降るかもしれないみたいなことが書いてあるけど、まぁ大丈夫でしょう。 チェックアウトの後、ホテルのお兄ちゃんの「グッドラック」の声を背にスタート。うおお、なんだかとってもかっちょいい(^^;)。
 ユトレヒトもまたオランダであるので自転車道が完備されている街。20〜30分ほども走ると郊外に出て見渡す限りの緑の草原、すっきりくっきりと青い空、ぽっかり浮かぶ白い雲。吹く風は柔らかく、時に強く吹き苦しめられたりもするのだけれどもそれもまた心地良い。とにかく真っ平らな土地なので風が吹けばたいていそれをモロに受けることになる。「今日で最後」とかいうエクスキューズがなければかなり不快指数100%な状況だったりもする。 


 本来、真っ直ぐ行ってしまえば30kmの道のりを大回りして50km、その大回りした途中の街、ヒルバーサムに着いたのはお昼ちょっと前くらい。実は、この町を訪れるのは2度目っつーかなんと言うか、実はヨーロッパ入りした初日、2日の日、スキポール空港を出て30kmほど走った後に通った街がヒルバーサムであった。なんか日本で言うところのニュータウンのような印象を受けたっけ。なんか新しそうな住宅が並んで。再度訪れている今になってさえ旅慣れないのだけれども、最初に通った初日の辺りはそれこそ輪をかけて旅慣れて無く、右も左もわからないとはまさにこのこと!みたいな状態だった。まぁ一ヶ月過ごして、成長したと言うよりは、「なるようにしかならないよ〜ん」となんというかある意味投げちゃった部分もなきにしもあらず。そもそも一ヶ月過ごしてみて当初の計画など跡形もないほどに旅程が変わっちゃってる、それこそが一ヶ月前には思いもよらなかったこと(^^;)。そんなこともあってか、同じ街を通るにしても、若干、若干、違った街に見えるような気がした。
 オランダはドイツと比べるとやはりお店だったりガソリンスタンドだったりが心持ち少ないような気がする。油断しているとすぐに食いっぱぐれてしまうような感じだ。この日もお腹がすいてからずいぶん走ってやっとガソリンスタンドを発見して昼ご飯(といっても菓子パン二つとコーラ)。ちょうど、このガソリンスタンドに着くか着かないかの時に雨が降ってきてしばらく雨宿り。アムステルダムまであとちょっとなんだけれどこんな感じで足止めを食らってしまうとは。なんだか、お天気までが旅がさくっと終わるのを惜しんでくれている感じ?というと言い過ぎか?(言い過ぎ言い過ぎ)。
 雨が上がり、再び出発。もうアムステルダム市街へは20kmも無いはず。湖(アムステルダムとかいう湖)の周りの遊歩道に進路を切り替えたところで、今度はパンク。うえ〜そう来るかぁ?あと少しなのにぃ。かといってタイヤ交換をしないことには全然前に進めないわけで、しぶしぶタイヤ交換。日本から持ち込んだ最後のスペアタイヤを使い切ります。こんなところでまた足止め。なんだか、タイヤまでが旅がさくっと終わるのを惜しんでくれている感じです(かなりヤケ)。 


 それにしても、アムステルダムの市街は近いようで遠かった。もうヨーロッパを旅してきた1ヶ月というもの、ずっとこうだったのだけど、大都市の都心に入るのはホント一苦労。都心に近づくにつれ道案内の標識もだんだんアバウトになってきて、自ずと人に道を聞き聞き進まなければなりません。オランダはたいていの人が英語をしゃべってくれるので道を聞くのもとても楽なのだけれども。

 「きゃん、ゆー、ゆぴーく、いん、いんぐりっしゅ?」
 「a little.」

 でも、たいていがa littleと答えたその人の方が英語がうまいんだよな(^^;)。なんかこんなに長い間ヨーロッパにいてもいっこも英会話力が上達しなかったわたくし。しかし、道を聞かれた人の方もなんだか首をひねっています。アムステルダムの中心部へ向かうにはどう行ったらいいか聞いたのだけれども、「う〜ん」と言ったきりどうも困っているよう。「説明が難しい?」と聞くと「そうだ」とのこと。挙げ句の果てには「あそこの駅から地下鉄に乗ると良い」などと言われてしまう始末。考えてみれば都心まで10km近くも残していながら「都心へはどう行くんだ」もないもんだという感じで、東京になぞらえてみれば多摩川沿いの登戸の辺りで「都庁へはどうやっていったら良いんですか?」とか聞いてるようなもので、実際、そんなことを自分が聞かれても道順など説明しきれないし、「そこの駅から小田急乗ってください」とか言うと思う。それでも何とかして説明しようとしてくれたたくさんのアムステルダム市民の皆様には感謝感謝(^^;)。
 アムステルダムの中心街にたどり着いたのは15時過ぎ。道に寄り添うように、横切るように、あちこちに小さな運河が見え始めたらそこがアムステルダムの中心街。とりあえずは宿探しだ。朝にユトレヒトから電話をかけて予約しようとしたら、「まだ時間が早いので、こちらに着いてからまた連絡してください」と言われてしまい、そのまま予約がないままアムステルダムまでたどり着いてしまった。「歩き方」とユースホステルガイドを片手に自転車でうろう〜ろ。  


 ちょっとした広場からこっちの方かな?と横道に入っていくと、おやおや?なになに?なにやら妖しい雰囲気。そこここの建物からお姉さんが手招き・・・って、

ここ、飾り窓じゃ〜ん!

迷っているうちにいつのまにか自転車で飾り窓の通りに紛れ込んでしまったちんたさん。やばいやばいとばかりに飾り窓を全力疾走・・・。
 アムステルダムのYHは良いよ〜とは道中いろいろな人に聞かされてきた。ケルンでお世話になった先生もそんなこと言ってたし、ベルギーGPへの道中で一緒だった男性もそんなことを言っていた。だがしかし、さすがに評判がいいYHというのは人気が高いのか目星をつけて訪ねて行った先で2件立て続けに「満室だよ」と断られる。ううむむむ、侮り難し大都市アムステルダム。こういう街は下手にYHを取りっぱぐれるとやたらに高いホテルに宿泊する羽目になるから怖い。もう正直言って金無いんだから・・・。しかも、縦横無尽に運河が走る街、アムステルダム、これがまた道がわかりにくいのなんのって。どこに行っても運河があって、どこも同じに見えるし、そこをまた横道小道が縦横無尽に走る。地図にはちゃんと場所が示されているもののなかなかそこにたどり着くことができない・・・。
 今晩の宿、ヨーロッパ最後の宿は3件目に訪ねたYHに取ることができた。ペアレントがめくる宿帳をちらっと覗くとどうもほぼ最後の一人分の空きベッドだった模様。ラッキー。16時近く、チェックイン。
 自転車を地下の倉庫に置き、シャワーを浴びて荷物の整理をしてもまだ外は明るい。さすがヨーロッパの夏は陽が長い。せっかくアムステルダムまで来たのだから、ちょっとは観光くらいしようか、と表に出る。ただ、靴が相変わらずガムテープを巻いたままの格好でなんというか、なんでそんなにボロボロの格好をしているの?という感じで非常にみすぼらしいというか、町歩きにはかなり場違い。・・・・ま、いいか。 


 自転車ですり抜けた「飾り窓」を改めて見学(最初にこれかい(^^;))。窓の中にいろいろな人種・スタイル・年齢の女の子(一部とても女の子とは言えないような婆さんもいる)がたくさん。あらゆるニーズに対応しておりますという感じでスタンバイ。ある種、かなり明朗な完全顔見せサービスといえなくもないわけであり、歌舞伎町なんかよりもずっと健全に見える。「初めて風俗に行ったら自分の母親よりも年上の婆さんが出てきて・・・」という悲劇はここでは無さそう(^^;)。
 てくてくと歩きながら、スタンドのニシンサンドなんかも食べてみながら街を散策。なんとなく足が向いたのはアンネフランクの家・・・またホロコーストものですか、ちんたさん?という感じで、出国前に見たシンドラーのリストにかなり感化されてしまった模様。これで、ノイエンガメ収容所、ザクセンハウゼン収容所、アンネハウスとホロコースト三部作と自分の中で勝手に位置づける。一ヶ月もいたのだからなんとかなるだろうとタカをくくって英語の案内に耳を傾けてみるもさっぱりわからずあえなく玉砕。今までいろいろ会話の相手になってくれたたくさんの人々は異様に優しい人ばかりだったということを思い知らされる。ちなみにこの1ヶ月間の旅、有料の施設を見学したのは後にも先にもこのアンネハウスっきり。 


 夕食はたまたま同室になった日本から来た学生君2人(それぞれ別々の旅をしているらしいけど)と一緒にアムステルダムの街をぶらつく。ちんたは明日になればヨーロッパを離れる身だけれども、この二人はこれからこのアムステルダムを基点にして旅が始まるのだそうだ。さすがに8月も末の方になると航空券もかなり安くなっており、賢いと言えば賢い時期に渡欧してきている。学生だからこそのなせる技か。悔しいのは時期的なものを考慮しても恐ろしく安い航空券で渡欧してきていること。12万円だった中華航空22時間の旅よりも安い価格でJALの直行便で来てたりするのだから結構くやしい。聞いてみればインターネットでアムステルダムの業者に直接アクセスして航空券を取ったのだとか・・・。う〜ん、・・・・いいなぁ。
 どこでもそうなのだけど、自転車で旅をしてきた、と言うと誰もが驚いてくれる。日本人、欧米人を問わずにそう。

ちょっと鼻高々(^^)。

まず、自転車で旅をしていることを話すとまず聞かれるのは「自転車はどうしたんですか?」ということ。普通の人から見れば、あれが飛行機に積めるものだとはどうしても思えないらしい。ええ、もちろん、ちんたさん、超大得意、天狗になって説明させていただきますです。ハンブルグで半泣きだったことや、へたれなので平地しか走っていないことは隠しながら・・・・(^^;)。
 いい感じで酔っぱらってYHに帰ってきて、YHにあるバーでさらに一杯。さらに大酔っぱでちんたさん上機嫌。学生君と商談も成立して、フランクフルトのYHで女子大生からもらったお風呂セットを彼に引き継ぐ。幾人もの手に渡り流浪の旅を続けるお風呂セットである。見返りに単3乾電池をもらう。ちょうど帰りの飛行機の中での退屈しのぎのカシオペアの電源用に買いだめしようとしていたところで、こちらも超うれしい。
 ベッドに入ったのは1時過ぎ。大酔っぱのせいで旅の終わりの感慨に耽ることもなく、速攻で眠りについてしまったちんたなのでした。  


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