8月14日 おじいさんとリンゴ

 それほど大して長くいたわけでもないのに、結構長い間居たような気になってしまうのは、やはりぼーっとしている時間が長かったからか。本日でベルリンもお別れです。やっぱ、ベルリンはお金をどっちゃりもってこれでもかといろんなところに行きまくったりしなければ真価は見えてこないですね・・・そんなこともない?
 本日は自転車の日なので朝食はたっぷりとっておかなくてはいけない・・・はずなんだけれども、昨日のアイスバインで胃がもたれまくっていて食べる気にならない。シリアルを軽くボウルに盛って、それとコーヒーだけでおしまいにする。う〜ん、破壊力でかしアイスバイン。  


 ベルリン市街はとりあえずSバーン(郊外電車)で抜け出てしまうつもり。やっぱり都市を自転車で走るのはいやなわけで・・・と純君口調で言い訳してみたり。せっかくUバーン(地下鉄)もSバーンもDR(国鉄)も自転車を列車にそのまま乗せてくれるのですから、それを使わない手はありません。とりあえず郊外に出るまではこいつで行きましょうや。それでも駅に出るまでに道を間違えて大回りしてみたり(ほらね、だから都市部はいやなんだ)、出るはずのないZOO駅の前に出てしまったり(なんでなんだー)とSバーンの駅に着くまでが結構苦労。Sバーンと国鉄を乗り継いで、中心部から40kmほどのところにある郊外の駅にたどり着く。首都圏でいえば横浜の戸塚区とか藤沢のあたりまで電車を使ったような感じ。ちなみに、ここまで運賃は約7DM(約350円)。もちろん自転車は完組のまま無料。いちおうどこにでも乗せられるというわけではなく、自転車を乗せていいよというところには自転車のマークがついているし、乗せてはいけないところには自転車進入禁止のマークがついている。  


 ベルリンから40kmも出てしまうと、駅から降りると周囲はほとんど森になってしまう。家もぽつぽつとしか見えない。とりあえずは、走り出しましょう、と。本日はドレスデンに向けて南東方向にひたすら漕いでいく予定。ドレスデン到着は明日になるか。とにかく行けるところまで行ってへたれるか日没になるかのところで宿を取りましょう。  


 やはり旧東ドイツ圏なのか自転車道はありません。そして路肩もありません。白線の外側は10cmあるかないか。物理的には自転車が走るような場所はないのですが、そこは車のドライバーがそれなりに自転車に気を遣ってくれるのでなんとか共存できている、という感じでしょうか。対向車線に車が居ないときには思いっきりよけてくれますし、自転車のおかげで流れが詰まってしまっても少しくらいなら後ろでおとなしく待っていてくれたりします。日本では絶対ないよなぁと思ったのは、信号のない交差点やT字路から入ろうと車の頭を少し入れて左右の安全確認をしている車が、(左側から来る、つまり自分の車の頭が進行方向をふさいでいる)自転車を発見するとわざわざバックギアに入れて頭を引っ込めるんです(・・・という説明でわかってもらえるだろうか?)。「ありがとう」と軽く手を挙げて挨拶すると向こうもハンドルを握ったままにっこり。こういう場面には何度も遭遇しました。ここまで行くと文化の差かなぁとも思ったり。  


 そもそもが自転車道が無く、路肩も無いような道路は「ここって自転車で通ってええんか?」ということそのものが疑問だったりするのですが、とりあえず自転車進入禁止の標識は見なかった(はずだ)し、この道を通る以外に目的地にたどり着く道は無いのでそこを走っちゃうしかないわけで、まぁどさくさというかなし崩しに「OK」と判断している部分もあったりして「実はここは自転車で走っちゃまずいんじゃないか」という不安も常につきまとって居たりします。まぁ、1時間に1回くらい対向車線にサイクリストが居たり、パトカーが何も言わずに走り去っていったりするので「ああ、まぁ、いいんだな」とちょっと安心したりします。  


 昼食はなんたらとかいう小さな町(実はこのあたりの地図を現地で紛失しているので、もう何という町だかさっぱり思い出せない)のガソリンスタンドでパンとイチゴミルク。だいたいどこに行ってもコーラをはじめとして清涼飲料水/ミネラルウォーターは500mlで2.5DM(約130円)なのだけれども、なぜかコーヒー牛乳とイチゴミルクの500mlの瓶は1.5DMだったりする。おまけにドイツ全土に渡ってどこでも同じようなものを見かける。そんなわけで結構愛飲しているイチゴミルクであったりする(そういえば正しい商品名はなんなんだろう?)。 


 それにしても、本日、どうにも暑いです。結果論的に言えば、この夏はドイツ東部をはじめとして中欧一帯は例年に無い暑さだったそうで「今年は妙に暑い」という話を何人もの現地の人に聞いたのだけれども、どうやらそういうことらしく、暑いです。つーか、ちょっと前まで居たハンブルグは結構涼しかったのに。300kmほど南下しただけでずいぶん気候が違うものです。・・・とか、余裕かましている場合ではないわけで、暑い分、体力を結構消耗してしまっています。これまでヨーロッパに渡って以来、涼しい日が多かったのでこういうパターンは初めてです。それでも、まぁ、日本の夏よりはずいぶんしのぎやすいのですけど。  


 そんなわけで消耗したちんたさん、ちょっと休憩しましょう。ちょうどいい具合に小さな小川があり、そのほとりで一休み。20分ほどうだうだした後に、さぁ再出発。本日最後の30km、ちゃっちゃと走りましょう・・・と自転車を持ち上げる。と、ありゃ?

 パンクしてるじゃん。

 どういうわけか、休憩に入る前までなんの前触れも無かったのに、いざ休憩を終えて出ようとすると後輪がやる気無くへこんでいます。どうしたこったい、つーか、なんで?あ〜、渡欧以来、まだパンクが無くって忘れかけていたことなのになぁ。ちなみに今回の旅、ちんたさん、スペアタイヤは3本しか持ってきていません(実際、それ以上積載するのは辛いし)。ある程度は現地で買い足していくにしても、ケチんぼなちんたさんとしてはお金はあまり使いたくありません。ついにそのうちの一本に手をつけるときがきたか。まだ旅は全体の半分以下。う〜ん、微妙だなぁ。まぁ、スタート以来そろそろ走行距離が1000kmになろうとしているということもあり、ある程度は納得のパンクでもあるのだけれど。
 ま、なんにしろ、パンクはパンク。もうタイヤは使えません。とりあえずやおらタイヤ交換作業を始めます。荷物は全部ほどかなくちゃだし、がっちりとキャリアに固定したスペアタイヤを取り出すのも一苦労です。パンク修理セットはやたら荷物の奥の方にあるし・・・。所要時間20分。なんだかんだタイヤ交換は重労働だったりするので、規定圧までタイヤの空気を入れる頃には額には大粒の汗・・・なんか休憩前の状態に戻ってしまった。  


 再スタート後、20kmほど走ると、時刻も夕方5時近くとなり、本日の宿を探しましょうという頃合いになってくる。なんとなくノリとしては、ベルリンに入る前のノイシュタットのようなところがあり(要は何も無い田舎だと言うことだ)、道路脇にたまに立っているホテルとかペンションの看板に従って宿探しをするしかない。ノイシュタットのペンションが35DMだったので、今日もそれくらいの安値で泊まれるのではないかという期待もある。
 とりあえず国道沿いに立っていたペンションの看板に従って、国道を外れ、小さな村に。国道を外れてから1kmほども行かないと集落に着かないというのもすごいんだけど。とりあえず、道行く人にペンションの場所を聞きながらたどり着く。・・・と、主人らしき人の言うことには「もうペンションはやっていないんだ」とのこと。なら看板しまえ〜!!んじゃ、しょうがないので次を探しましょう。また、街道筋に戻ってふらふらと走る。5kmほど進むと、ホテルと書いた看板が見える・・・が、それに従って走っていくと、すでにそのホテルは空き家。ドアに木が打ち付けられている。むむむ、どゆこと?基本的にドイツは街道筋を走っていれば、5km起き、悪くても村ごとにはなにがしかのホテルっぽいものがあって、非常に旅しやすいのだけれどもだけれども、なぜか、今日走っているこの地域に限っては、ホテルはホテルなんだけれども、なぜか営業していない、というところが多い。ちなみに、ベルリンとドレスデンの中間にあたるこのあたり、看板に書いてある宿泊料はおおむね50DM。劇的に安いというわけでもないけど、ベルリンに比べると全然安いわけで、ベルリンから距離にして150km程度離れただけでもずいぶん違うものだと思う。が、とりあえず、そんなことに感心していないで、ちゃんと営業している宿を見つけなければならない。ふらふらと走っていると小さな町に入り、ホテルの看板が。とりあえず行ってみましょう。  


 看板に従って中庭?らしきところに入る。どこかに入り口があるはずなんだけど、入り口、入り口・・・探していると、近くにたむろしていたおじいさんがこちらに歩いてくる。お、ホテルの主人?と期待したらどうも違うようで、なんとか理解できたのは「そのホテルは営業していないよ」ということ。なに〜〜、どうなっとんじゃ、このあたりは。営業しているホテルはどこじゃいな。もう手っ取り早く、人に聞きましょう。それが一番楽。楽とは言っても、このあたりは英語をしゃべれる人が居ないので、会話集片手に指さしながら・・となるのだけれども、やっぱり、こうやって芋蔓式に宿をたぐっていくのが一番楽。で、宿はどこすか?そのおじいさんに聞いてみる。すると、

「食事も酒も出ないがそれでもいいか?」

 と聞いてくる(・・・ように聞こえた)。もちろん、ぜんぜん、かまいませんとも、食事は食事で考えます。OK、OK。

「なら、うちに来い、泊めてやる」

 へ?どゆこと?どゆこと?いまいち正確にドイツ語がわかっていないせいもあって事態が飲み込めないちんた。おじいさんはちんたの腕を自転車ごと引っ張って、中庭に隣接した自分のうちの方に歩いていく。
 連れて行かれたのは、そのおじいさんの家の離れ。中にはシャワーも付いてるし、ベッドも二つある。が、明らかに「誰かの部屋」っぽい。どういうことだろう?これがいわゆるドイツの田舎でよくあるというドイツ版の民宿というやつなのか?・・・ちなみにおじいさん、1泊、おいくら?と聞くと、おじいさん、両手を開いて突き出して、

「テン マ〜ルク!!(←なぜかこれだけ英語)」

 え?10?10!?10DM(約500円)でいいの?まじまじ?つい何度も聞き返してしまうちんた。しかし、実際、ホントで10DMでいいんだとか。うおおお、大ラッキー!!けちんぼちんたさん、安いことは旅の何よりの喜びです。うわ〜い。  


 改めて部屋に入り、荷物を片づけながら見回してみると、見れば見るほど、人の部屋。さっきまで家族の誰かが使っていたんではないだろうか?というほど。ヘルメットやらなにやら隅っこの方には私物の山。本当に泊まってええんか?ここ?こうしているうちにもおじいさんと孫の間で「なんで入れちゃうんだよ、じいちゃん」「だまって、今日はおじいちゃんの部屋で寝なさい」とかいう会話が交わされているんじゃないかと少々心配。
 どちらかというと村の端っこに位置するこの宿(つーか家)。夕食のために何か買おうかな、と周囲を見回しても近くには何もありません。本日、暑くてかなり体力消耗気味で、街歩きをする気にもなれずに隣にあるガソリンスタンドでパンを買って済ますことにする(結局、食欲が無く、このパンも手つかずのまま)。  宿(つーか家)に戻ると、中庭ではおじいさんとその奥様らしきおばあさんが。二人で仲良く、庭にしつらえた二人乗りブランコに乗ってゆらゆらと揺れている。「おまえもこっちに来て、そこのテーブルでパン食えよ」、おじいさんは声をかけてくれる。おじいさん達は引き続いてゆらゆら、ゆらゆら。ただ揺れているだけなのだけれど、その姿はなんだかとても楽しそうで、やすらいだ感じだった。晴れた日の夕方は毎日こうやって二人で揺れているのだろうか?たぶん、きっと、そうなのだろう。ベルリンの喧噪とはほど遠い片田舎、こういうライフスタイルもまた一つの幸せの形なんだなぁ、と妙に悟りきったようなことを、しかし、彼らの顔を見ていると自然にそういう思いが浮かぶ。8時頃になって、西の空が茜色になるまで、おじいさん達はにこやかにブランコでゆらゆら、ゆらゆらと揺れていた。  


 そうそう、このおじいさんはどうも自転車好きのようで。腕を引っ張られて納屋のようなところに連れて行かれる。何かと思うと、そこに干してあったTシャツを指さして、「ほらどうだ、俺も自転車に乗るんだ」と、ザクセン地方を一周するサイクリング大会?の参加賞だかなんだかのTシャツを見せてくれる。どうも、本日、急遽、この家に泊まれることになったのはどうやら自転車乗りだからという理由もあるらしい。おじいさんの話を(ちんたなりに)解釈してみると、どうやら「自転車乗り」「日本人」というところがいたくお気に入りになられたよう。自転車乗りはともかく日本人はどゆこと?こんな小さな村、滅多に日本人なんか来ないだろうに。・・・も、もしかして、「同盟組んでたから」とかそこまで遡るんだろうか?!  


 「これ、やるから、食え」

 そう言って、おじいさんが両手にいっぱいのリンゴを抱えて持ってきたのは、日が暮れたちょっと後のことだった。直径5〜6cmの日本のそれからすると少々小振りなリンゴ。赤いのから青いのまで約20個。ちょうど、ちんたの泊まっている離れの前に大きなリンゴがあり、木になっているものから、もう地面に落ちてしまったものまでどっさりとリンゴがある、そのうちのいくつかなのだろう。もちろんタダのものは大好きで、好意を無駄にする理由もないということでありがたくいただく。が、食べてみるとずいぶん渋い。真っ赤になって熟れたようなのを選んでみてもやっぱり同じ、渋い。さすがに全部は食いきれなさそうだ、が、このまま残して自転車に積むのも・・・ダイヤへの負担を考えるとちょっと辛い。う〜む。好意に悩むちんた。結局、タイヤへの負担も考えて、夜中に半分くらいを「すみませんねぇ」とか思いながら離れの前にある木の下に「返却」することにする。すでに地面にはたくさん落ちているので混ぜておけば気が付かないよね、とそそくさと木下にリンゴを放り転がす、そしてそそくさと離れに戻る。と、目に入ったのは、離れの壁に立てかけてある、My自転車・・・と、その自転車のハンドルにぶら下がっているビニール袋。なになに?メモも置いてある。

 「これもやる、持って行け」

 ベッドの上で会話集と首っ引きで邦訳すると、そんなような意味のことが書いてあった。ビニール袋の中にあったのはさらに20個ほど入ったリンゴの山・・・・。あうあう。申し訳無いと思いつつ再度リンゴの木の下へ・・・・。
 ドイツの片田舎、夜は更けていくのでした。  




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