Tomas Milian トーマス・ミリアン
フィルモグラフィ その2
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地上最笑の作戦(1962)
監督 セルジオ・コルブッチ / 音楽 ピエロ・ピッチオーニ / 原題 " Il Giorno piu Corto" aka "The Shortest Day"
セルジオ・コルブッチ監督作品。この監督はマカロニ映画の鬼才ですが(こののち、たくさんふれることになります)、おわらいもいけるので、みてみたいおバカ映画です。 タイトルからしてとんでもない、これは『史上最大の作戦』のイタリアン・パロディ映画。でも、カメオ出演だけどシーモーヌ・シニョレはでてるわ、ベルモント、ウーゴ・トニャッツィでてるわ、アネーク・エーメ、モニカ・ヴィッティでてるわ・・・の超豪華キャスト(イタリア的に、だけど)。そして、前年『アッカトーネ』でデビューしたばかりのフランコ・チッティと、うら若いトーマス・ミリアンの名前もクレジットされている。おお、テレンス・ヒル、マーク・ダモンなんて名前も。これはぜったいいつかみてみたいです。キャストの探しがいがありそう。そしてこれだけのキャストをさばいている(はずの)コルブッチの腕前が、みてみたい。ビデオがでていないのがくやまれます。我が国において、60年代きちんと劇場公開されているのでびっくり。


Il Disordine (1962)
監督 フランコ・ブルサッティ 
イタリア・フランス合作映画。主演は怪優サミー・フレイ。アリダ・ヴァリも母役で出演。ミリアンはBrunoという役。サミーの友人役か。どうも、ここまで「その友人」という役が多いような。 ここらで一念発起して主役を獲得せんとあせりだしたことは、想像できる。


La Banda Casaroli (1962)
監督 フロレスターノ・ヴァンチーニ
イタリア映画だということ以外、不明。主要キャスト。


L' Attico (1962)
監督 ジャンニ・プッチーニ / 音楽 ピエロ・ピッチオーニ
イタリア映画。Claudio という役柄なこと以外は、不明。コメディ映画らしい。


ボッカチオ'70 (1962)
監督 & 脚本 マリオ・モニチェッリ、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、ヴィットリオ・デ・シーカ / 音楽 ニーノ・ロータほか / 撮影 ジュゼッペ・ロトゥンノほか / 原題 " Boccaccio '70 " 
イタリアの巨匠がずらりとならんだ、おどろくべき水準と内容をほこるオムニバス映画。欠点があるとすれば、どの作品も小一時間あるため、いっきに全部みるととんでもなくつかれることくらいか。日本では当初、一本目のモニチェッリの作品ははぶかれて公開されたという経緯がある。今日ではありがたいことに、二分割されたビデオで楽に全体をみることができる。
インパクトのつよいタイトルは、イタリアの古典、『デカメロン』の著者ボッカチオにちなんだもので、現代における艶笑話をつむいだ、という程度のもの。公開当時、70年は近未来であった。

サービス満点の、ロミー♪
椅子にふんぞりかえって
行儀の悪いミリアン


ミリアン念願の主演は、堂々、ヴィスコンティ編の"Il Lavoro"(おしごと)で実現した。共演は当時ヴィスコンティの秘蔵っ子だったロミー・シュナイダー。当時まだアラン・ドロンと婚約中だった彼女は、輝くばかりに美しく、背中だけであるが、その裸身をカメラのまえでさらして華をそえている。(この角度からすると、ミリアンには全部みえていたはず。いいなー。)

ミリアンは若くて女ったらしの伯爵さまの役である。伯爵家といっても、財政は火の車で、お金は資産家の新妻プーペ(ロミー・シュナイダー)の実家に全面的にたよっている始末。それなのに、高級娼婦と遊び狂っていたのがばれて、怒った妻の父親に銀行を凍結され、窮地におちいってしまう。いますぐ、妻を懐柔しないと、お家の一大事になる、というところから話がはじまる。

そんな軽薄なまでにハンサムで、軽率で、タブロイド誌をさわがせている伯爵、という役を、ミリアンは軽妙かつエレガントに好演(とはいえ、いささか窮屈そうでもあり、椅子にすわったところなど、やんちゃなこどもみたいに行儀がわるいし、おちつかない)。あまえたようなすねたような顔で妻と交渉しようとするが、妻はこんな家、でていっちゃって、はたらこうかな、なんていってはぐらかす。そんな押し問答が小一時間つづくのだが、それだけなのに退屈しないのは、妻プーペ役の美しいロミーが、食べながら、入浴しながらはなしつづけ、カメラが密着してそれを追うから。結果として、貴族の私生活にカメラがたちっているような錯覚をよびおこさせるのである。

実際の貴族の館にカメラをいれ、その豪華な調度品をうつすのと同時に、なにかたべるにつけ、入浴して、服を着替えて、というそれだけのことにも人をよびつけ、手伝わせなければなにもできない支配階級の女性、という存在を皮肉たっぷりに描くさまは、ヴィスコンティならでは。やはり現役貴族であったヴィスコンティ、かってしったる世界を描くとさえまくる。妻がかっているのが子猫で(どこへまぎれこんじゃうかわからない)、夫がかっているのが犬(えらそうに、かけつけた弁護士の椅子をうばってしまう)だとか、ハンサムな召使いがこっそり屋敷の電話をつかってガールフレンドに連絡をとっている様子だとか、小技をきかせると同時に笑いの要素もつよくて、ヴィスコンティの作品としては意外な明るさにみちているのもうれしい。

公開当時は、あまりこの作品は評価されなかったというが、いまみると、伯爵がいったん自分の手元からはなれそうになった妻に猛烈に執着心をいだくところなど、ヴィスコンティ晩年の傑作『イノセント』の萌芽といえなくもないストーリーがおもしろいし、小悪魔的魅力をふりまき、夫をあやつっているようでいて、その社会的境遇からは一向に自立できない貴族女性を痛烈にひにくった展開は、心にくいまでの完成度といえるのだが。やはりまとめて何本もみることをしいられるオムニバス映画で、すでに一、二本みて疲弊した観客がみるには、演出が緻密すぎたのが原因か。

プーペの世間しらずを小馬鹿にして、すぐに懐柔できるとふんでいた伯爵だったが、妻が前日、自分のいきつけの高級娼館に突撃取材をして
「さわってもいいけど、
あなた、有料よ」

いたことがわかって、いきなり旗色がわるくなる。くわえて、目の前で入浴しようと脱ぎだした美しい妻に(シャネルのスーツをするすると脱ぐ)、ついつい手をだしたくなってくるあたりの演出は秀逸。(ほんとうに、ふれてみたくなるようなロミーの背中のクローズアップ!)結局、家をでないことにしたプーペが伯爵の汚名(ほんとはやってたんだけど)をそそぐことに同意してはなしはおわりかけるのだが、主題はこのあとの展開にもりこまれている。

「私があの娼館にいたら、かってくれた?」なんて美しい妻プーペにいわれて、「まっさきに君をかうとも!」と伯爵がよどみなくいってしまうあたり、くわえて、「いま私を抱いてもいいけど、相場の何千リラを小切手でいますぐしはらってちょうだい?」「いいとも、いますぐ小切手もってくるから、(気をかえないで)、ちょっとまってて!」と伯爵が走って部屋をでていくあたり、もうコミカルながら、リッパな家庭内売春の風景である(しんぼうたまらん状態のミリアンがお屋敷内をかけまわる姿がこれまたかなりかわいい)。

はたして、妻は夫に嫉妬したから娼婦たちにあいにいったのか? それとも、ただプライドと好奇心から? それとも? そして、彼女が切られた小切手をみて涙するのは? 彼女が家庭内でみつけた「仕事(Il Lavoro)」とは・・・この映画のいわんとしていることは、意外に深い。






その華麗なるフィルモグラフィ

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以下続予定

まだまだつづく、初期作品
珠玉のマカロニ作品群のはじまり
その4 『ガンクレイジー』登場!
ベルトルッチ「ルナ」
アントニオーニ「ある女の存在証明」も予定



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