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「バンブルビィ飛行」 槙弘樹



  23

「――はじめまして、北条玲子サン。私の名前はジャック・ホーキンスです」
 無線機から届いたその声に、時田の肉体は瞬時に反応した。
 意思が働くより早く全身の筋肉が縮みあがる。たとえ頭脳が記憶の抹消をはかっても、俺たち細胞は刻み込まれた恐怖を忘れない。そんな主張を聞くかのようだった。
「色んな名前をお持ちのようね、首謀者さん」口元に無線機を寄せて、所長が言う。「面倒だから統一していただけないかしら」
「では、みなさんがそうしているようにトレーダーとお呼びください。しかし、私はこの名前があまり好きではありません」
「それより、先日はウチの時田《フィクスチャー》がお世話になったようで。一度お会いして、たっぷりとお礼さしあげようと思っていましたのよ」
 口元に薄い笑みを浮かべ、所長は柔らかな声を返す。
「今もまた、こちらの関係者がお邪魔してるんでしょう? 彼らばかりうらやましいわ。是非、私も直接お目にかかりたいものね」
 くすぐったがるような笑い声がスピーカーから聞こえてきた。
 それを聞いても、時田の背には寒気しか走らない。肌が粟立つ。自らをかばい、あたためるように、時田は自分の両肩をてのひらで包んだ。
「私も、北条サンにお礼をしたいのです。あなたの活躍が、私の仕事を大変エキサイティングにしました。ですから、お礼をします。私は、あなたたちを招待します」
「そう。で、どちらでお会いできるのかしら」
「会場はグラウンドです。日本語では校庭といいます。誰にも邪魔はされたくありません。どうぞ、時田サンとおふたりで来てください。――私の日本語、伝わりましたか?」
「ええ、伝わりましてよ。お招き感謝しますわ。すぐに行きますから、歌でも考えながら待っていてくださいな」
「ウタ――?」
「日本語では、辞世の句というのよ。ミスタ・トレーダー」
 所長は一方的に通信を切り、無線を腰のホルダーに戻した。
「ということになったけど、時田君はどうする?」
「俺ですか」
「なるべくなら会いたくない相手でしょうし、竹島さんのこともあるでしょ。ここに残りたいなら私はひとりで行くけど。この先、戦闘になる可能性が高いことは忘れないで」
「ティガは呼ばないんですか」
「情報を総合すると――方法は不明だけど――私たちは監視されてる可能性がある。だから連絡はできない。彼を呼べばブロンド少年の安全は保障しないつもりみたいだし」
 で、君はどうするの。所長は再び繰り返した。
「俺は……」
 時田は、ズボンのポケットに視線をおとす。そこには外に出る際、とっさに捻り込んできた竹島の遺書が収められていた。
「もちろん、お供します」
「無理はしなくて良いのよ」
「俺、さっきまで、自分を巻き込まれた人間だと思ってたんです。被害者なんだって。でも、そうじゃなかった。事実は全然違った」
 時田弘二は最初から当事者だった。それどころか、最大の責任者であるのかもしれない。
 いずれにせよ、自分の弱さと事なかれ主義がこの事態をまねいた。死なずに済む人間が、そのために死んだ。そんな思いが時田にあることは否定できない事実である。
「トラウマっていうなら、ここに居残ってすべて丸投げにして、それで所長になにかあったときの方が、よっぽど酷い傷が残ると思うんです。だから……」
「そう」
 所長は一言だけそうつぶやいた。竹薮に入って行った。
 時田はその背を迷わず追う。なにか武器になるものはと思いながら進んだが、手ごろなものは見つからなかった。竹が密生しているからといって、竹槍の材料が都合よく転がっているとは限らないらしい。
 来たときの道筋を記憶していたのか、所長の足取りにはよどみがなかった。しかも気づけば、その手には黒光りする金属性のステッキが三本握られている。普段はポシェットの外部に特殊バンドで留められている護身用の武器だ。太さの違う筒を重ねた構造が伸縮を自在にしているらしい。良く見ると三本それぞれが、ヌンチャクのように黒い金属製のワイヤーで繋がれているのが分かる。
 と、彼女の姿が時田の視界から突然消えた。竹林はそこで終わっており、瞬間、時田の視界がぱっと開ける。
 慌てて消えた所長の姿を探すと、彼女が持つLEDの光が眼下に見えた。竹林を持ち上げるコンクリートブロックから一気に飛び降りたらしい。着地に成功した彼女は、すでに立ち上がって得物の組み立てを完成させていた。三本の金属棒がひとつに繋ぎ合わされ、主の身長に及ぶ薙刀サイズにまで伸びている。
 意外なことに、彼女はそのままの姿勢で時田が降りてくるのを待っていた。もちろん、負傷と身体能力の差を考えれば同じように飛び降りることはできない。のろのろと壁を這って時田は地上を目指す。
「さて、じゃあ行くわよ」
 隣に並ぶと、前を向いたまま所長が言った。
 その視線の先、青白く月光を浴びたグラウンドの中央にそれはいた。
 手足の長いシルエット。細いフレームの眼鏡に、浅黒い肌。まとっているのは、あの夜と同じスーツのようだった。
 どこか作り物めいて見えるその顔には、いつもの微笑が張り付いているに違いない。シリコンのマスクを被っているのと同じだ。ひとを虫のようにくびり殺すときも、銃で撃たれたときも、あの男は決して表情を崩さない。
 所長が無言で歩きだす。時田は彼女と同じ歩調で歩き、同じ位置で足を止めた。
 男――トレーダーからおよそ五歩分。リーチのある武器を十分に活かせるだけの間合いを取り、正面から対峙する。
「お待たせしたかしら、ミスタ・トレーダー」
「デイトは、待っている時間が一番楽しいのです」
 ピンと伸ばした中指で眼鏡の位置を正しながら男は言った。
「あなたはそう思いませんか、北条サン」
「ディセット‐ジャーニマンはどこ?」
「それは、サヨナラのおみやげです。今はお渡しできません」
「私はおみやげなんて用意していなくてよ」所長はゆっくりとスタンスを開き、同じくらいゆっくりと伸縮棒を戦闘位置に構えた。「この世とサヨナラする人間に物をあげてもしかたないでしょうからね」
 言葉の終わりと同時、気がつけば彼女はその一歩を踏み込んでいた。時田が事を認識できたのはモーションの完了時。人間の白兵戦が生んだとは思えない衝撃音で、ようやく所長が先制したことを悟る。
 繰り出された稲妻のような打突は、男の腹部にまさしく落雷のごとく突き刺さっていた。その衝撃に一瞬、トレーダーの全身が大きく揺れる。勢いに押され、二歩の後退を余儀なくされる。
 だが、それだけだった。
 崩れ落ちるわけでも、苦痛の悲鳴があがるでもない。男は二本の足で立ったまま、相変わらず微笑を口元にたたえていた。
「ふうん」
 所長が楽しむように唇をゆがめる。
「肉体を瞬時に骨化できるって話は本当みたいね。人間を打ったとは思えない、この手ごたえ。面白いじゃない、ミスタ・トレーダー」
「あなたも面白いですね、北条サン。やはり時田サンとは違います。今のはスリングウェシルのショッツより痛かった」
「でも、固まるだけが能じゃないんでしょう。死にたくないなら、出し惜しみしてないで使えるものは全部使いなさい。今度は、強化しやすい胴体なんて狙ってあげないわよ」
 言いながら、所長はわずかに重心を落とした。再び得物が攻撃位置に構えられる。
 その肩に手を置き、呼吸を整えながら時田は半歩前に出た。
「時田君――?」
 怪訝そうな声をあげる彼女を無視して口を開く。少しでも迷えば、もう二度と同じだけの勇気は振り絞れないことは分かっていた。
「ひとつ確認したい。今度のことは、本当にあんたがやったのか」
 その問いに、トレーダーの切れ長の目がゆっくりと時田に向けられる。
 視線がぶつかる。
 ただそれだけのことで背筋に冷たいものが走った。身体の芯から広がる強烈な怖気に、嘔吐しそうになるのを必死に堪える。
「なんですか、時田サン。私はもう、あなたには興味がありません」
「本当に全部あんたがやったんなら、聞かせて欲しい。どうして竹島だった? なんであの子が選ばれたんだ」
「そのことですか」男は肩をすくめながら苦笑を浮かべる。「理由はありません。私はただリクエスションズを求めるだけです。必要とする人間を探します。そのひとに会います。そして契約を持ちかけます。竹島サンは私を求めていました。彼女が私を呼び寄せたのです」
「それがあんたの理屈か?」
 それは自分でも驚くほど低い声だった。
「悪いのはみんな死んでいったひとたち。そういう理屈で、何人もそそのかしてきたのか」
「ソソノ、カシ、とはなんですか?」
「あんたは――」声が震えるのは、もはや恐怖からだけではなかった。「あんたのやったことは、悩んでネガティヴになってる子に自殺マニュアルを渡したのと同じだ」
「オオ、時田サン。時田さん」
 困った子だ、とでもいうように男は呆れ交じりの笑みで首を左右に振る。
「日本語では、それを責任転嫁と言います。彼女はあなたのために死んだのです。私のために死んだのではありません」
「……そう、だ」
 否応《いやおう》なしの吐き気とは裏腹に、言葉は酷くのどを通りにくい。しゃべるために脂汗を流すのははじめての経験だった。
「その通りだよ。死の責任はそれを選んだ本人にしかないって言ってくれるひともいるけど。――でも、やっぱりそれだけで済ませちゃいけない気がする」
「ならば、あなたは竹島サンと同じになれば良いのです。日本語ではこれを後追いと言います。違いますか?」
 男が綺麗に並んだ白い歯を大きく露出させて笑う。
「私はそのお手伝いをします。時田サンが後を追うのを助けます」
 男は涼しげな微笑を張り付かせたまま、自らの黒髪を指二本でつまんだ。表情を変えず、数本を引き抜く。
 グラウンドを秋の冷たい夜風が吹きぬけた。それに揺られた瞬間、男の手にあったものは医療用メスに姿を変えていた。月光を弾く刃が冷たい輝きを放つ。
 本来、それがどのような役割を期待されていたのかは考えたくもない。だがなんであれ、計四本からなるメスは与えられた使命をまっとうすることなく主の元を去った。岩がぶつかり合うような鈍い音が響くと共に、それぞれが宙に散りばめられる。
 乾燥した血の赤黒色から、褪せた柿色へ。プロペラのように回転しながら遠ざかる刃物は、一回りする度にその色を変えていった。
 おそらく、男が毛髪を手にした時点で所長は動いていたのだろう。相手にアクションを許すより早く、彼女は暗がりのなか視認不可能な速度で得物を振っていた。すくいあげるような一撃は、トレーダーの手から一瞬にして脅威を取り除く。
「お楽しみの相手には私を指名していただけるんでしょう」
 彼女の振るう棒の先端は、まるで弧を描くように宙を滑空する。前の動きが次の動きへの予備動作を兼ねているかのようだった。継ぎ目を見せない打撃が、雨霰のようにトレーダーの全身へと降り注ぐ。
 幾度か回避を失敗、放棄したトレーダーは、肉体の硬化でこれに対応したものの、完全にしのぎ切ったというわけでもないらしい。なんとか後ろに跳び退って体勢を整えに入る。
 その口元には相変わらずの微笑が残っていたが、眉間にはアンバランスなほど深いしわが刻まれていた。額にはかすかに光るものと、右のこめかみにははっきりとした汗が見える。
 それをどこかぼんやりと眺めながら、時田は言った。
「知らないところで誰か傷つけていたことは良い」
 うつむき、つぶやくようにつづける。
「いや、本当は全然良くないけど……でも過去をなかったことになんてできないから」
 なにより、ひとは他者との摩擦を生まずには生きていけない。努力でその数を減らすことは可能かもしれないが、どうしたって無くすことはできないだろう。
「でも、それに気づかないまま終わるのは嫌だ。また今度のような思いをすることだけは、もう嫌なんだ」
「それは、あなた自身が傷つきたくないからです。時田サン。結局、あなたは自分を守るために、結果として他人を気遣うのです」
「そうかもしれない」
 男の言葉を時田はうなずき、認める。
「時田サン、やはりあなたは凡庸です。もはやなんの興味も持てそうにありません」
 トレーダーが左手をスラックスのポケットに入れた。ごく自然な動作のように見えるが、所長は敏感に反応する。
 それらを意図的に無視して、時田は言葉をついだ。
「きっと、あんたは正しいよ。俺は自分が傷つきたくないだけの卑怯者だ。竹島がこんなことになった一番の原因だって、俺にあると言われればその通りだと思う」
「分かっていただけて私はうれしいです」トレーダーが微笑む。
「でもいくら馬鹿だって、俺はあんたとは違う。絶対にやっちゃいけないことと、やらなきゃいけないことくらいは分かるからな」
「なんですか、それは」
「あんたと俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。それが分かったなら、二度と繰り返しちゃいけない。俺たちは、竹島のような子をもう絶対に作ったら駄目なんだ」
「何度も言わせてはいけません。それは、あなたが自分を守るために考え出したことなのです。私は繰り返しても心に傷を負わない。あなたとは違います」
「そうじゃない」時田は小さく言った。「なにも感じなかったことになるからなんだよ」
 凡庸でも、臆病者でもいい。
 人間ひとりを死に追いやりながら、また同種の人間を生む。
 それだけは、ごめんだ。
 そう思う。竹島の死を悼みもしなかったような、そんな真似だけは断じて許容できない。
「精神じゃなくて、記憶なんだ。傷つくんじゃなくて、汚れるんだよ」
「時田サン、あなたはなにを言っているのです?」
「分からない? 人間は三度死ぬってことよ」所長が横から静かに言った。
「人間は一度しか死にません」冷笑しながら男は首を振る。「誰もがあなたのように良くできたスケープゴートを持っているわけではないのです。北条サン」
「肉体が滅びたとき。思い出の住人になったとき。そして、記憶のなかから消えたとき。あなたには分からないでしょうね、トレーダー」
 なにも感じない。悼まない。学ばない。
 繰り返というのはそういうことだ。
 そのとき時田弘二は、またあの子に死を与えることになるのだろう。今度は自分の手で、彼女を殺めることになるのだろう。
「ようやく、やる気になったみたいね」
 前を向いたままの時田に、北条玲子の凛とした声が耳朶に触れる。つづいて、彼女の靴底が砂利を踏みしめるかすかな音が聞こえた。
「だったら、今度はやらなきゃいけないことの方を、実行してもらおうじゃないの」
「はい」
 目を見て、その口から竹島の名が紡がれるのを聞いて、ひとつだけ確信させられたことがある。
 この男が自ら止まることはあり得ない、という事実だ。
 ならば、やらなければならないことは明白である。
 目の前のこの男を、今夜ここで自分が止めねばならない。
「本来なら下っ端が受け持つべき役回りなんだけどね。今回だけ特別に、前衛は任されてあげる」振り向きもせず所長が言う。「あなたはあなたなりに、自分の仕事をまっとうしなさい。やり方はもう分かってるでしょう?」
 一瞬考え、時田は頷いた。
「そうですね。ずっと、教わってきましたから」
 とはいえ、気づいたのは今夜、この場所に来てからだった。
 トンチをきかせたクイズが解ける瞬間のように、理解はいつも突然訪れる。
 真に価値あるものとはなにか。活用する術。見えないものの見出し方、無数に存在する可能性。それらを、日常のやりとりや何気ない瞬間を通じて、彼らはずっと示しつづけていた。本人よりも時田弘二の資質を理解し、ずっと教授してくれていたのだ。
 今なら、すべては意味と繋がりを持っていたことが分かる。
 巨大な胴に小さな羽を持つ蜂の話。学生時代の勉強術もそうだ。理不尽に共用された早朝の肉体鍛錬も、ついでのように渡された自動車の運転マニュアルさえ例外ではない。
 景色は立つ位置によって変わる。視点や観点は常に複数存在する。飛んできた蜂から見出すものがそれぞれ違うように。そして多くの世界は、ときに他者の力を借りねば見えてこないものなのだという。
 他人の視点。観点。自分ではないものの目――
 振り返れば、時田は自分の力に固定された観念しか持ってこなかった。色つきで見えるものが、自分にとっての危険に限られるとばかり思い込んできた。別の可能性、他の活用法を試すこともなく――知らない場所で時田を思い、時田のために身を捧げてくれたひとが居たことを想像だにしなかったように。
 もしかしたら、俺も目を貸せるのか?
 自分とは違う他人の観点、価値観、世界に敬意を払う。先人たちの遺産や発見を使わせてもらう。その反対もあるのか。
 見えるのは、本当に自分にとっての危険だけなのか。
 時田は自らに問う。
 竹島さつきがそうしたように、自分の持つものを他者のために使うことができるとしたら。たとえば今、自分を守って立つ盾の女王のために、危険を先読みできたなら。
 使えるのは目だけではない。
 ジーンズのポケットに突っ込んだ運転マニュアルが、にわかに質感を主張しはじめる。
 たとえば、八秒後に半径五十メートルの爆発を起こす危険物に直面したとき、時田にはそれが真っ黒な絶対死の色で見えるだろう。しかし肉体を強化し、五十メートルを七秒で走れるようになったとき、それは回避可能な死となる。
 事実、無理やりやらされたここ数日のトレーニングで、身体の動きはずいぶんとスムーズになった。肉体が運動に慣れ、五キロランニングの時間は四分半も縮まっている。
 それは、危険色の変化を意味ことになるのかもしれない。
 考え方は、おそらく自動車の運転と同じだ。「子どもが水たまりをさけるため、急に道路の真ん中へ飛び出してくるかも」。「歩行者が雨の音や傘で、自分の車に気がついていないかも」。つねに危険の発生しやすい場所、状況、存在を念頭に置き、予測と準備を心がければ、問題により早く反応し、結果として解決に費やすべき時間をより多く稼ぎ出せる。
 当事者の能力、技術、意思、行動によって危険はコントロールできるのかもしれない。共感覚が見せる危険色は絶対ではないのかもしれない。無言で渡されたあのマニュアルがそのことを告げているのだと仮定する。
 ならば、危険をひとより早く察知できる目を持つ者の強みは――
 世界はすべてリンクしている。なにかが無駄に思えるのは、それを繋ぐラインがまだ見えていないだけ。俺が無能だからだ。
 ためしに、そう考えてみる。
 そして、よりにもよって時田弘二なんぞに勝手な夢を重ね、勝手に憧れ、勝手に死んでいった馬鹿な娘のことを思う。
 彼女の死なんてどうあっても持て余すしかないが、彼女が後生大事に抱いていた小さな理想くらいなら、なんとかなるかもしれない。
 俺くらいの男でも、引き受けてやれるかもしれない。
 彼女が信じていたものを壊さないように、裏では使えるものをすべて使って。他人の力を頼り切って。実は膝は震え、奥歯は鳴りっぱなしなところをなんとか誤魔化しながら。たとえば芯から怯えていた殺人鬼に、ちょっと無理して立ち向かってみるくらいで――
 それくらい格好つけてみれば、良いか。
 竹島、俺はそれくらいで良いか?
 目を閉じながら静かに問う。
 自らに唱えて言い聞かせる。
 本人より時田弘二の可能性を知っていた人々が語る言葉、彼らの行い。それらはすべて示唆に満ちている。血肉とすべきものでできているのだ、と。
 彼らの存在に感謝して、力を借りろ。残されたものを活かせ。世界を繋げ。ラインを探れ。連結点を探し出せ。
 女の子の前で良い格好したいなら、彼女がやれたことくらいやってみせろと。
 開眼せよと、呼びかける。


to be continued...
つづく