負けられないわけがある。




CHAPTER XXXIII
「親善大使レヴィテス」
SESSION・126 『リターン・トゥ・フォーエヴァー』
SESSION・127 『親善大使レヴィテス』
SESSION・128 『女神とエンディミオンの対決』
SESSION・129 『ガトリング理事長』
SESSION・130 『恐怖』



SESSION・126
『リターン・トゥ・フォーエヴァー』


 上空数十メートル。その街で一番背の高い高層ビルの屋上で、突如空間が歪みだした。バチバチと漏電が弾けるような音と共に、何もなかったはずの通常空間に黒い染みが現れる。
 それは透明な水面に落とした墨汁のように、みるみる透き通った周囲を侵食し広がっていった。ただそれが墨汁と唯一違ったのは、その闇色が決して薄まることがなかったことだ。
 突然に現れた黒い波紋は、瞬く間に直径二〇メートルを超える大穴となった。
 亜空間へと繋がる、時空のゲートである。ある種の者たちは、その闇の向こう側に見える亜空間をあたかもワームホールのように利用する。今ひらけたゲートは、さしずめ出口用のブラックホールと言ったところか。
 使徒の空間系奥義 <次元封印> を応用・発展させたこの技術は、ある地点からある地点までの瞬間的な移動を実現させる。空間を歪めるのではなく、空間に穴をあけ、時の概念のない特殊な空間で点と点を繋ぐことにより、超長距離移動を果たすわけである。
 サイエンス・フィクションでよく語られるワープの一種とも言えよう。

 ――そして今、強引にこじ開けられた空の穴から、それは唐突に現れた。
 体長……、軽く四〜五〇メートルはあろうか。長い毛並みを持った、銀色の狼。
 一目で分かる。それは、間違いなくこの世の生物ではなかった。周囲に戦慄を撒き散らすかのような禍禍しさの中に、獣と呼ぶにはあまりにも気高すぎる美しさがあるからだ。

 陽光を浴びて艶やかに光る銀の毛並みが、吹き抜けるビルの風に踊る。まるで重量を感じさせない、流れるような身のこなしで銀狼は屋上に着地した。いや、正確には数センチ程度、宙に浮かんだままだ。

 ――ヴァナルガンド。
 古ノルド語で、<破壊の杖> と言う意味をもつ言葉。それが、その狼の名前だった。またヴァナルガンドは、フェンリル……という通りの良い別名も持っている。
 彼――または彼女――の存在は、かつて北欧の主神を食い殺した巨大な狼として有名である。だが、それはあくまで人間の生み出した伝説でしかない。今ここにある姿は、ただ冥界を統べる女帝に仕える最強のインペリアルガード。
 そして、それが彼の真実である。
「わふう」
 気の抜けるようなその声と共に、銀の狼の巨体がまるで空気の抜けていく浮き輪のように萎んでいき、一0分の一ほどの黒い狼犬の姿に変わっていった。地獄の番犬<ガルム>として知られる姿だ。

 銀狼フェンリルの姿は、彼の戦闘形態である。
 戦場より帰還した彼に、その姿をとる必要はなくなったということだ。高等な者は、無駄なエネルギーを消費しつづけることを美徳としない。だからこの様に形態を意図的に変えることでパワーをセーブするのが、彼の何時ものやり方だった。
 それに、地球で戦闘形態を維持するとあまりにも目立ちすぎる。
「へうさま、地球にお帰りなさいましー」
 ガルムは、背に腰掛けた主に首を捻って言った。ぱたぱたと、黒い巨大な尻尾がせわしなく振られる。
 彼が絶対忠誠を誓う最愛の主の名を、ヘルという。魔皇ニヴル=ヘルの名でも知られる、彼女のその戦闘能力は絶大。神に最も近く、だが神の対極に位置する女性であった。
 伝説は、彼女を冥界の女帝と伝えている。
 魔皇ヘルは、ガルムの背からゆっくりと街の景色を見渡した。その真紅の瞳に、廃墟の町が映りこむ。
 彼女は、人間の女性を完全に模写した姿をしていた。黒狼の背に優雅に腰掛けるその姿は、まさに地獄の女王に相応しい。身に纏う衣服はその原型を殆ど留めてはいなかったが、彼女の気高さと美しさはその影響を受けるような次元にはなかったということか。
 あくまで彼女はヘルマスター。負の世界を掌握する、女帝なのであった。
「ふあんすの、うーあんでございまっし」
 ガルムは主に言った。正確に発音できていないので、既に報告になっていない。だが、それでもヘルにはどうやら通じたようだった。
「ルーアンか……」
 彼女は空を漂う天使の羽のように、ゆっくりとガルムの背から地に舞い降りた。透ける様に白い胸の双丘と、サラサラとした銀髪が微かに揺れる。
 サタナエルとの戦闘で、碇シンジは上半身の7割方を失った。既に消し飛んだ躰のパーツは魔皇の復元能力で既に完治していたが、服はまだ元に戻していない。今のヘルは、殆ど全裸に近かった。
 しかも肉体を支配する精神が完全に女皇ヘルに渡された状態なので、肉体もそれに見合うように雌性体に変化している。そこには、少なくとも碇シンジ――
 もしくはジャン・ダランソンという名で知られていた青年の肉体の面影はなかった。
 銀色の髪に、真紅の瞳を持つ若い女。そう。そんな見知らぬ女が、ただそこにはいた。

 肉体は魂を映し出す、いわば鏡。精神が病めば肉体も病み、魂が死ねば肉体も崩壊する。宿る魂によって、その容器となる肉体が様を変えるのはある意味当然のことであった。
 何かから逃避するように、己の内へ内へと埋没している碇シンジの精神が再浮上してくるまで、この状態が暫く続くであろう。そして、その期間が以外に長いものになるであろうことをヘルは知っていた。
「少なくとも、カオスがここに来るまでは……な」
「わふ?」
 狼犬の姿から、更に幼子の小さな体に姿を変えたガルムがヒョッコリと現れて、怪訝な表情でヘルを見上げる。彼女はそんなガルムを無視すると、近くを這う太いパイプらしきものに腰を落とした。そして形の良い足を、優雅に組む。
「ガルム、どう見る」
 彼女は胸元で腕を組むと、唐突に言った。それは、見様によっては、女性が剥き出しになった自分の胸を庇うような仕草にも見えたかもしれない。
「さたなえうの思惑にのるのが一番と思いまし。げんじょーで、さたなえうのシナリオをほーかいさせることができるのはぁ……
 がうむと、へうさまだけで仕り?」
 ガルムは、ヘルの胸に飛び込むと心地よさそうに目を閉じて言った。
「サタナエルが送り出した……
 あの<エンディミオン>、お前たちインペリアルガード、そして我ら魔皇。これらを倒すことは、確かに監視機構使徒には無理であろうな」
 ヘルは、スキンシップを求めてくるガルムの存在を全く無視しながら言った。
 高層ビル屋上で、殆ど全裸に近い若い女とそして間違いなく全裸の子供が絡み合う姿は、傍目には異常過ぎるものだっただろう。だが幸いにも、屋上は無人だった。
 それもそうだろう。辺りを見まわせば、周囲の町並みが空襲でも受けたかのような瓦礫の荒野と化している事が知れる。今、ルーアンの町は非常な混乱状態にあるはずであった。
「へうさまもがうむも、しばらくは静観してるのがいいと思いまし」
 ガバチョとヘルにしがみついたまま、ガルムは楽しそうに言った。ヘルは相変わらず彫像のように動かないが、それでもガルムは主とこうしているだけで楽しくて仕方がないらしい。
「確かにな。そもそも人類に肩入れする理由も、サタナエルと敵対する理由もない。人類が滅びようが、地球が崩壊しようが私にはなんら関係のないことだ。監視機構を炙り出せれば、それでいい……か」
 ヘル自身は、サタナエルのように監視機構への特別な感情を抱いていない。憤りも感じていないし、敗北したとも考えていない。したがって復讐心を抱く理由もないし、潰す動機も欠ける。
 が、当の監視機構が魔皇ヘルの存在を不穏分子とみなし、勝手に敵と認識しているのだ。
 迷惑極まりない話だ。……と、それが、現在のヘルの心境であるらしい。
「だが、それもいいだろう。監視機構が邪魔といえば邪魔なことは確かだ。我ら魔皇を生み出した<全てを知る者>。その研究は、障害を取り除いてからゆっくりと腰を落ちつけて行う方が良いであろうしな」
 そして……と、ヘルは付け加える。<全てを知る者> が奇妙に固執する、人類。無知と愚かさで構成される、この何も知らぬ生物。
 そう、<全てを知らぬ者> とでも呼ぶべきか。これの研究も同時進行させていくと、以外に面白いかもしれない。
「全てを知らぬ……者……か」
 その発想に、ヘルはなにやら興味を覚えた。そして微かに満足する。
「ガルム」
 ヘルは急に表情を変えると、己の僕に声をかけた。だが、主の胸の谷間に顔を埋めて楽しそうに遊んでいるガルムは、まったく応答しない。
「やわらか。へうさま、やわらか〜」
 彼はぺったんこの自分にはない、主の膨らみを持った胸に興味を持ったらしい。
「ふかふかぁ〜。ふかふかでございまし〜」
 当然、ヘルの話など聞いちゃいない。
「ガルム」
「わふ?」
 二度目の呼びかけで、漸く彼女は反応した。ぽけ〜っと主の顔を見上げて、小首を傾げる。背中まで伸びた黒髪がサラっと揺れた。
「あまりこの体を汚すなよ。一応、借り物なのだからな」
「わふー」
 全然理解しているとは思えない、無邪気な笑顔で応えるガルム。ヘルは無言でその顔を見詰める。暫くの沈黙があった。
 きっとヘルが人間であったら、溜息のひとつでも吐いていたことだろう。ガルムと付き合うのは、なかなかに疲れる仕事だった。少なくとも人間にとっては。
「ガルム。お前は第三新東京市に戻れ。そこで、あの特務機関を保護しておけ。あそこは時代の流れの中心となるだろう。生かしておくと研究の刺激になるやもしれぬ」
「……わふ?」
 ヘルは第三新東京市に、微かではあるが三つ天使の気配を感じていた。恐らく例の新型、<エンディミオン>であろう――彼女はそう結論付けた上でガルムに命じる。
 現状で、人間にエンディミオンを退けるだけの力はない。ガルムに事の収拾を任せるしかなかった。
 それに、ガルムを番犬としておいておけば、エンシェント・エンジェルが急遽降臨してこない限り、万事に対応できる。たとえサタナエルのガード<リヴァイアサン>とビ’エモスが一度に襲来してきても、ガルムなら防ぎきるだろう。
 戦闘能力だけで言えば、もはやガルムは魔皇に匹敵する位置にある。リヴァイアサン、ビ’エモスの二体を総合してもガルムには僅かにだが及ぶまい。サタナエルまでもが連携してくると、流石に対処に困るだろうが……

 ヘルの予測では、それはありえなかった。

「よいな、エンディミオンであろうとサタナエルのガードであろうと、あの地に手を出す輩は排除しろ。……命令は理解したな?」
「へうさまは?」
 心配そうにヘルの腕をつかんで、ガルムは訊いた。眉がハの時になって、泣きそうな表情だ。明らかに、主と離れて行動することに不満を感じている様子だった。
「お前の云う通り静観する。一切手は出さん。お前を動かしはするがな。あとは自由天使の観察でもするか。碇シンジの精神にコンタクトしようとする輩が出てくるであろうからな。それもまた、研究よ」
「けんきゅうってなんでございまし?」
 ガルムは、ヘルの行動理念が少し分からなかった。だが、なにか楽しいことだろうとは思う。
「――分からぬか」
 腕にしがみついているガルムを見下ろして、ヘルは訊いた。
「わふ」ガルムは自身満々に応えた。
 彼女の知能は、確かに人間のそれを大きく凌駕する。が、価値観は所詮犬がベースであることは否めない。よくも悪くも、ガルムは純粋な存在なのだ。
「研究とは、ラグナロクだ」
 不思議そうな顔で自分を見上げているガルムを、もう一度見下ろして彼女は続ける。
「ミステリィを終わりから知るようなものか。確信は予感に、全知は無知に。そして考える。無限に広がる認識の余地。その中で知に如何なる意味があるか。黄昏を思う。永遠への回帰。それが、私の言う研究であろう」
 その自分の言葉に、ヘルは笑った。そして満足する。
 表情は変わらなかったが、彼女は自分が笑っていることを理解していた。



SESSION・127
『親善大使レヴィテス』


 ――エンクィスト財団 最高幹部会 ゼ―レ

 中世欧州の王侯貴族を発祥とするエンクィスト財団。この組織が各国の特権階級層をメンバーに加えることで飛躍的にその勢力を拡大し、世界をほぼ手中に収めてから早数世紀が経つ。
 長きに渡り世界の覇権を握る者として、人類の上に君臨してきた彼らであったが……
 今、その支配体制を揺るがす最大の危機が訪れようとしていた。人類監視機構と、サタナエルの台頭である。
 明らかに人類を超越した者たちが、有史以来はじめて歴史の表舞台にその姿を現そうとしている。
 それは、財団の終末を意味する出来事なのか。即座に支配者の交代を意味するものなのか。それとも、元よりエンクィスト財団の支配体制はただの幻に過ぎなかったのか。
 財団が所有する古城で、今、最高幹部会ゼ―レの緊急会合が行われていた。
 が、この危急の事態に置ける緊急召集にしては、やけに空席が目立つ。極東代表にして、NERV総帥である碇ゲンドウは対エンディミオン戦陣頭指揮のため欠席。ドイツに君臨するシュトロハイム=ラングレー伯の姿も見えない。
 なにより、財団の頂点に君臨する理事長の椅子が空席なのは近年大きな問題となっている。
 エンクィスト財団を統べる現代表は、霧島財団理事長である。行方をくらましていたその彼は、今、NERVに身を寄せ奇妙な動きを見せている。その不可解な行動を分析する限り、相変わらず財団の指揮者として復帰するつもりはないらしい。
 ゼ―レはそのおかげで、臨時の代表代行を立ててなんとか活動を維持していたのだが……
 それがまた、今の財団の不安定さを象徴していた。

 財団のトップに君臨する者たちの会合は、財団が所有するブレーメンのある古城――
 その大広間で行われていた。当然、周囲の警護も館内部の警備もこれ以上ないというほどに徹底している。アリの這い出る隙間もない、とはこのことであった。
 ゼ―レの面々が会議を行う間、大広間に通じる唯一のドアの前には四人の警備員が配置されていた。いずれも訓練を受けた、屈強な男たちである。
 彼らは世界を統べる王たちが集う大広間へのドアを背に、長く果てしなく続くまっすぐな廊下をひたすら睨みつけていた。まるで、姿見えぬ敵と今既に対峙しているかのように。
 支配者たちがそのドアの向こうに集結してからどれほどの時が経ったであろうか。立体映像の警護とは滑稽なものだが、確かに生身の人間も参加はしている。彼らに油断は無かった。
 完全防音・防弾の分厚いドアの向こうからは、ささやき声すら伝わってこない。警護の男たちも、四人全員が完全に無言。微動だにしない彼らもまた如何なる音も生み出さないため、そこは異様な無音の世界が形成されていた。

 ――と、そんな時である。
 あまりに距離があるため、影に覆われた向こう側が見えない程の長大な廊下。その向こう側から、ゆっくりと微かな足音が近づいてくる。警護の男たちに、一瞬の緊張が走った。
 対テロ用の特殊な窓ガラスから廊下に柔らかく差し込んでくる日の光が、やがてその足音の主を影の中より浮き上がらせる。それは、女だった。
 淡いブルーのスーツとそれに揃いのスカート。大手企業の敏腕女重役を思わせるようなスタイルのその女性は、足取りも確かにまっすぐに彼らに向かってくる。
「とまれ」
 警護の男のひとりが、闇の向こう側から現れた女に警告を発した。
「この館の内部はもちろん、その周囲数キロに渡ってあらゆる人間の立ち入りは禁止されている。――どこから入り込んだ」
 一番の疑問は、それだった。この館に近づくのは、ホワイトハウスに忍び込むよりも難しい作業であるはずだ。まして咎めを受けることなく、こんな最深部まで入り込むのは事実上不可能に近い。
 既に男たちはサプレッサー付きのオートマチックをぬき、スーツの女に付きつけていたのだが、彼女の歩みは止まることは無かった。
 男のように短いシルバーブロンド。前髪が非常に長く、彼女の右目を隠すように覆っている。見えている左目は、驚くべきことに鮮血のような真紅の瞳を持っていた。
 全体的に非常に理知的な雰囲気と、そして氷のような冷たさを感じさせる女だった。
 明らかな殺気と、拳銃を全身に向けられながらも表情ひとつ変えない。男たちは、なにか得体の知れない恐怖をこの女に感じていた。
「通していただこう」
 女は囁くように言った。
 同時に、サプレッサーで抑えられた銃撃音が連続して響き渡った。一拍の内に、十発を超える弾丸がスーツの女に襲い掛かる。その全ては、間違い無く女の体に吸い込まれるように命中した。

 だが、女は倒れなかった。揺らぎもしない。それどころか、彼女はその表情すら動かさなかった。
「ッ!?」
 男たちは驚愕に目を見開く。だがそうしながらも、無意識のうちにマガジンを交換しながら、状況を分析しているのが伺える。素早い思考と共に、身体も的確にオートで動かす。
 流石は一流のプロフェッショナルであった。
 彼らがまず注目したのは、全弾命中したはずなのに女の青いスーツに弾痕が付いていない点だ。四人によって一〇発前後のマガジンが空になるまで撃たれたわけであるから、彼女は約四0発ほどの銃弾を全身で受けとめた勘定になる。
 普通なら血と共に肉片を散乱させながら、絶命するところだ。
 それにも関わらず、彼女は血を流すどころかスーツごと無傷。ありえる話ではない。たとえ完全防弾の衣服を纏っているとしても、四五口径やマグナムをこの至近距離から受けて、微動だにしないなど……。
 男たちの思考は、そこで中断した。数秒の時間を要して、再びマガジンをセットしたのだ。彼らは間髪入れず再び銃撃を開始する。
 今度も全弾が女に命中したはずだったが、女は倒れなかった。歩みも止まらない。明らかに顔にも弾丸を受けたはずだ。それでも倒れない。
「バケモノが……!」
 そこで彼らは初めて気付く。女の足元に、サラサラと白い粉末が零れ落ちていくことに。
 良く見れば、彼女のスーツにも所々なにか白い粉が付着していた。勿論ここでは、麻薬などというドラマチックかつ、無意味な展開はありえない。
「――塩化ナトリウムだ」
 女は、男たちの思考を読んだかのように、彼らの疑問に短く答えた。そしてその真紅の瞳を、絶句する男たちに向ける。次の瞬間、男たちはその身を以って、なぜ弾丸がことごとく通用しなかったかを理解した。
 彼女が見つめた瞬間、その視界に収まる全てが白い粉末の固まりに変わっていく。弾丸も、拳銃も、四人の警備兵も、壁、窓、そして大広間へと続くチョパムプレート仕込みのドアも。
 予告もなしに、全ての物質が白く。白く塗りつぶされて。抗うことすら出来ずに、染まっていく。
 そう。彼女の瞳に見つめられた瞬間、万物が塩へとその姿を変えていくのだ。

 ――邪眼。
 サタナエル第二のインペリアルガード <ビ’エモス> が、口から放たれるブレスを得意とするなら……
 サタナエル第一のインペリアルガードは、視線そのものを武器とする、邪眼を誇る。
 エネルギー波の放射、石化、幻覚、虚無化、そして塩化。
 各種の邪眼をあやつる竜王。彼女の名を――
 塩の柱となった男たちの間をすり抜けると、スーツの女は静かに塩の塊で構成されるドアをノックする。指が触れた瞬間、砂が雪崩れ落ちるような音と共に、ドアは粉末化して崩れ落ちた。彼女はただの大穴と化した入り口をくぐると、ゼ―レの面々が集う大広間に躊躇無く踏み込む。
 そして、ゆっくりと口を開いた。
「ごきげんよう。わたくし、絶対神の命により親善大使として伺いました、レヴィテスと申します」
 彼女は非の打ち所のない完璧な礼を行った。



SESSION・128
『女神とエンディミオンの対決』


 気がつくと、マナは闇の中にいた。
 極度の混乱を覚える。一体なにが起こったのか。恐怖で、思考が正常に働かない。
 気がつけば闇。腹部には強烈な衝撃を受けたらしい、シビレのようなものが残っている。視界が利かない。逆に聴覚には、耳を劈くような轟音が止めど無く飛び込んでくる。
≪くっ……マナちゃん!応答して、マナちゃん!≫
 突如、そばから碇ユイの呼びかける声が聞こえてくる。通信――
 そう、通信だ。
「そうか……私、スクルドちゃんで……」
 マナはようやく、自分の置かれている状況を思い出したらしい。ゆっくりと土を掻き分けて、地上に浮上する。
≪霧島さん、落ちついて。大丈夫だよ。スクルドは損傷を受けていない。なにも怖がることはないんだ≫
 聞こえてきたのは、確かマコトと呼ばれていた職員の声だ。そう、思いだした。日向マコト。優しい感じの、眼鏡の男の人だ。
≪スクルド、至急 <ウルド> の援護をお願いします!≫
 入れ替わるように、息吹マヤからの通信が入った。 <ウルド> ……碇ユイが登場するG.O.D.の名称だ。その援護、援護を行う。
 そこで、彼女は完全に覚醒した。
「ヤバっ!」
 マナはペダルを底が抜けるほど踏み込んで、スクルドを真上に加速させた。精神が平静を取り戻すと共に、スクルドが戦況のあらゆるデータを脳内に直接叩きこんでくる。確かに、日向の言う通りスクルドのボディはダメージを受けていない。
 ――そうだ。私、いきなり敵に背後に回りこまれて、横腹を蹴られて吹き飛んだんだ。

「スクルドちゃん、教えて」
 言葉と共に、神経を集中する。彼女の要望にこたえて、G.O.D. <スクルド> が女神の視点から見た情報を伝えてくれる。
 周囲数万メートル圏内のエネルギー反応、熱反応、動体反応、サポートシステムの位置、市の被害状況、フィールド全体のあらゆるデータを一気に把握する。
 エンディミオンは、三機とも依然健在。平均しても音速あたりをキープして、凄まじい速度で動き回っている。現在のスクルドからの距離は、三九二四・三五七メートル。
 つまり、エンディミオン先制の蹴りを腹部にくらった自分は、七キロメートルもの距離を弾丸のように吹っ飛び、市外れの山肌に埋め込まれていたのだ。その衝撃でマナは一瞬、意識が吹っ飛んでいたのだろう。
 この程度で済んだのは幸運といわざるを得ない。思考が読み道に逸れるのを意識しながらも、マナは思った。これが遠隔操作でなかったら、多分、それだけで死んでいたに違いない。
 システムがフィードバックされてくる衝撃や痛みを適度に緩和してくれたおかげで、瞬間的に意識が飛ぶ程度で済んだのだ。

 マナはそこまで考えると、再び思考を正しい路線に乗せる。目覚めたとき周囲を闇と感じたのは、スクルドが地中一四〇メートルの地点に埋まっていたからだ。足元に広がっている巨大なクレーターが、激突の凄まじい衝撃を物語っている。
 辺りを見れば、既に第三新東京市の町並みは、失われつつあった。音速を超えた速度で動き回るバケモノたちのソニックブーム(衝撃波)で、地上の建築物は根こそぎ崩壊している。
 あの破壊の内の数割は、吹っ飛ばされたスクルドによるものも含まれるのだろう。一体、何千億円が失われたのだろうか。彼女は一瞬、そんなことを考えた。
「それより急がないと……!」
 ハッと我に返ったマナは、アクセル・ペダルを踏み込むと全速で空を駆けた。敵は三機。自分が戦線を離脱していた間、ウルドは――ユイはひとりでこの三機を相手にしていたことになる。
 これ以上は、危険だ。



 ――NERV第一発令所

「G.O.D. <スクルド> 再起動。戦線に復帰します」
「エンディミオン・アスク、エンブラ、ゼロ、以前健在」
「敵の動きが速すぎます。兵装ビルの照準システムが追いつきません」
「G.O.D. <ウルド> 素体損傷率一五%。しかし自己再生が働いています。作戦続行可能」
 オペレーターたちが、矢継ぎ早に報告を入れてくる。だが、音を超える領域で行われる戦闘に、とても口頭では追いつかない。NERV本部、それに第三新東京市全域をカバーする彼らのメインシステム <MAGI> も、津波のように押し寄せる莫大な情報をさばくのに悲鳴を上げている状態だった。
「流石に皆、浮き足立っているな。……無理もないか」
 オペーレーターたちを見下ろすような位置に迫り出した、司令席の傍らで冬月は呟いた。
 こんな状況は、シミュレートでも経験したことがないのだ。ある程度予測はされていたとは言え、既存の概念からあまりにもかけはなれた領域で繰り広げられる空中戦にただ戸惑うしかない。
 だが、そんななかでも技術部主任の赤木リツコは、あふれ出てくるデータの奔流を眺めながら、冷静な思考を維持していた。高速でキーを叩きながら、自分の至った結論・仮説を裏付けるためにデータを独自の視野から解析する。
「先輩……一体どうなってるんでしょうか?信じられません」
 肩越しに、彼女直属の部下である伊吹マヤがこちらに困惑の視線を向けてくるのを感じる。
「なにが信じられないの?」
 リツコはモニタを流れるデータから、まったく目を離すことないまま訊き返す。もちろん、マヤが抱いている感情も、それを生み出した原因も察しはついている。だが、それでもあえて言葉を返したのだ。
 言葉を発する間、そしてレスポンスが返ってくるまでの時間をも利用して、分析を繰り返し、的確な回答を用意する。リツコの何時ものやり方だった。
 彼女にとって、会話とはコミュニケーション以上に思考を纏める間の時間を埋める道具である。いわば、思考の暇つぶしだ。
「いくら惣流博士の<G.O.D.システム>が、脳波増幅を行っているとはいえ、人間があんな動きについていけるとは思えません。なのに、ユイさんやマナちゃんはエンディミオンの速度に……
 対応こそ遅れていますが、確実についていっています」
 音速二桁の領域でヒト型が格闘戦を繰り広げるというのは、明らかに無理がある。人間の認識……たとえば、視覚ひとつをとっても、とても音速には対応できるように出来ていないからだ。
 もちろん、視覚だけでなく反応速度を含めあらゆる認識が追いつかない。
 なのに、ユイもマナもその領域で動くエンディミオンの動きについていっている。これはピストルの弾丸を、生身の人間が避けるような芸当だ。人間業ではない。……いくらシステムとG.O.D.のサポートがあっても、だ。
「それに、こんな速度での遠隔操作が可能なはずはありません。電気的な制御に……その、タイムラグが生まれるはずですから。専門じゃありませんから詳しくは分かりませんけど、あの速度だとその僅かな時間的遅れでも、致命的な問題になるのではないでしょうか? パイロットの反応に関しても、コントロールに関しても、なんと言いますか、もはやシステムを離れた領域で、機体とパイロットとのリンクが行われているとしか」
「これを見なさい」
 動転するマヤに、リツコはやはりモニタに顔を向けたまま資料の束を差し出した。
「そこのところ、分析してみたわ。システムをメインで開発したのは惣流博士だから、彼女に問い合わせてみないといけないけど。――どうして彼女はこの場にいないのかしら」
 彼は一瞬だけマヤに目を向けると、再びモニタに目を戻して続けた。
「一部、パルスが逆流してるわ。私の検出器が見逃してしまうほど微かにだけど反応しているでしょ? 我々人類の知らない信号……らしきものが、機体からパイロットへ放たれている。未知のエネルギー波ね。勿論、システムとは完全に切り離された領域での話よ」
「つまりG.O.D.が、パイロットに天使の信号でなにか働きかけていると言うことですか」
 マヤはデータを流し見ながら、目を見開いて言う。彼女もようやくリツコと同じ結論に辿り着いたようだ。
「パイロットのポテンシャルに機体が応える。パイロットの能力に比例して機体性能が上がる。ある程度まで能力を高めた機体は、更に高い領域に自分たちを押し上げるために、パイロット自体に働きかけ、これをブーステッドする。つまり機体とパイロットが相互に能力を高め合う。多分、今の彼女たちは人間の限界を超えてるわね。だけど問題は、それが彼女たちに今後どのような影響を与えるか、よ」
 リツコは、先ほどからそれを考えていた。発令所で、彼女ひとりだけがその領域まで辿り着き、そして既に行動を起こしていたのである。他の職員はまだ誰もその位置まで辿り着いていない。
 限界を超えた領域に連れ去られた人間が……果たしてどうなるか。リツコの脳裏に不吉なヴィジョンが現れては、消えていく。限界があるから。限界を超えられないから、人間は人間なのだ。
 超えては行けない境界を越えてしまった者には、悲劇しか起こらない。人が人を超えるな。人間は長きに渡って、様々な形でそれを訴えてきた。今回が例外的な実例として終わる……などという楽観は、科学者としてのリツコの頭にはなかった。


「おばさま!ごめんなさいっ!」
 とにかく相棒が戻るまで、逃げに回ってエンディミオンを凌いでいたユイの元に、ようやくマナが駆けつけた。それでも、スピードもパワーも向こうが圧倒的に上。三対一の圧倒的不利な戦いで、ユイはかなりのダメージを食らいつづけていた。
「スクルドちゃん、てっぽーいくよ」
 拳銃のグリップとトリガーを模った発射装置に、マナは手をかける。それに合わせて、背中からオートで展開される巨大な砲身。G.O.D.シリーズのメインウェポン <G.R.A.M.I> である。
 マナは一瞬、身体から精気が吸い取られていくかのような、奇妙な虚脱感を覚えた。
 スクルドのコアが、マナの精神エネルギーを吸い上げているのだ。パイロットの気力が充実しているほど、G.R.A.M.の威力は上がる。スクルドのパイロットとしてマナが選ばれたのは、その気力が最も充実しているからだ。
「いっけぇ!」
 グリップを握る手に力を込め、気合と共に引き金を絞る。同時に、女神が肩に担いだ巨大な砲身から、凄まじいエネルギー波が放たれた。一直線に伸びる光の奔流は、だが、エンディミオンの神速で簡単にかわされる。
 しかし、マナもそれは予測済みである。ユイに、エンディミオンから間合いを取るチャンスを与えるための一撃だ。文字通り援護射撃である。仕留めるのが目的ではない。
「ありがとう、マナちゃん」
 なんとか逃げ出したユイが、漸くマナのスクルドと合流する。
「あの三機、完璧なフォーメーションをとってるわ。こっちも連携しないとダメ。勝てないわ」
「はい」
 マナは、ユイの言葉に大きく頷く。大出力のG.R.A.M.を一発放ったにもかかわらず、まるで消耗した様子はない。実に驚くべき才能だった。
 G.R.A.M.を発射して意識を失わずに済むだけでも、奇跡に近いのだ。現に、他のテスト・パイロットたちは皆、その奇跡を起こすことは敵わなかった。マナのそれより数段低いレベルのG.R.A.M.を放っただけで、数日の入院を余儀なくされてきたのだ。
 これも古来より続く、霧島家の血の成せる業か。霧島マナは、女神に乗るために生まれてきたような少女であった。
≪ユイさん、マナちゃん。良く聞いてください≫
 そこで、二人の間にリツコからの通信が入る。音の壁を越えた世界での格闘戦に、発令所からの指示を入れる隙はない。こういった、構えを直す瞬間を見計らって通信を行うしかないのだ。
≪まだ完全ではないけれど、相手の戦術パターンを解析しました。いいですか。エンディミオンのフォーメーションは、完璧です。
 殆ど芸術の域にあるくらい完成されている。恐らく、魔皇自らがプログラムを施したのね。だから、ユイさんのおっしゃる通り、こちらもコンビネーションを組まないと対応できません≫
「それで、どうしたらいいんですか?」
 マナは早口に訊いた。また、エンディミオンがいつ攻撃を再開してくるか分からない。一瞬たりとも無駄には出来ないのだ。
 そのエンディミオンは、数キロ離れた地点の上空で静止している。こちらの出方を伺っているのかもしれない。それとも、次のフォーメーションを立て直しているのか。
≪私の分析によると、紫の <アスク> 、それから真紅の <エンブラ> が直接攻撃を仕掛ける、いわば<前衛>。常に位置を取って、援護射撃に努めているのが<後衛>の青い機体。 <ゼロ> です。
 いいですか、あなたたちは協力して <ゼロ> を狙ってください。あの青い機体は、戦局を後方から観察し、戦術プログラムを状況に応じて刻一刻と変化させ、他の二機にそのための指示を送っていると思われます。
 サッカーのゴールキーパーのようなもの。遠くから全体を見渡せる位置に居続ける事で、もっとも的確に総括的な状況を把握・分析できるの。つまり、エンディミオンの戦術は <ゼロ> によって組み上げられるわけです。司令塔というわけ。
 ですからまずは、頭を叩いてください。何としても一機を落として、数の上での互角な状況に持ちこむの。勝機はこれしかありません≫
「分かりました、赤木博士」
「了解です」
 ユイとマナ。ふたりは、大きく応えた。具体的な目標がたったことで、気分を盛り上げることができたのだろう。
 リツコは自分の告げた作戦が、実際作戦と呼べるほどのものではないことを知っていた。だが、指示を出すタイミングと、それがもたらす心理的効果を考えた際、無駄ではないと判断したのだ。それに彼女たちに言ってはいないが、実際 <ゼロ> に照準を絞って攻めにまわることができれば、時間を稼げるという貴重な効果を期待できる。
「こういう戦術レベルでの対応を考える専門家を、せめて用意して欲しいものね」
 小さく吐息を吐きながら、リツコは呟いた。慣れない真似をすると、疲れる。リツコの表情は、それを嫌というほど語っていた。
「先輩、凄いです。いつの間にあんな解析を」
 マヤが、師の横顔を尊敬の念を込めて見つめる。MAGIを使った、相手の戦術解析なら確かにマヤでも可能であるが、現状報告とデータ収拾に忙殺されている現状では、そこまで手を回すことはできない。
 彼女が驚いたのは、自分の数倍に及ぶ速度で次々と作業を進めていくリツコが、自分にすら出来なかった作業にまで手を伸ばしていたこと。そして、それをある程度進めて結論を出していたことだ。
 赤木リツコに分身が五人くらい居るとしか思えない。マヤからすれば、神業的処理だった。だが……

「解析なんて、してないわよ。あれは半分ハッタリ。後衛がいるなら、それが司令塔の役割を果たしている確率が高そう。……ただそう思ったから言ったまでよ。今のは、彼女たちの精神状態を盛り上げるための指示。作戦でも戦術的なアドバイスでもないわ」
 リツコは右手で左肩を揉みながら、面倒そうに応えた。もちろん、顔はモニタからピクリとも動かさない。相手の顔を見て話すなどは、時間とエネルギーの無駄でしかない。
 ――それが彼女の判断であった。
「ああ……なんでここでは煙草が吸えないのかしら。端末への悪影響は認めるけど、それを扱う私の効率が落ちては意味がないでしょうに。やる気がなくなってくるわ」
 リッちゃんは、疲れていた。



SESSION・129
『ガトリング理事長』


「なにやら、速度が落ちたようぢゃのう」
 蒼穹に、やけにのんびりとした声が響く。銀色に輝く、ロケットに翼をつけたかのような機体。超高速で大気を切り裂きながらS-MIG-25フォックスバット改は、真っ直ぐにネヴァダに向かっていた。
 このMIG-25は、マッハ三を出せる世界最高速の高高度迎撃戦闘機として旧世紀、ロシアによって開発されたものだ。迎撃する相手は、もちろん高々度を侵入してくるアメリカの超音速爆撃機ヴァルキリーである。
搭乗前に受けた説明では、高々度での速度、上昇力においては本機に匹敵する機体はなく、世界第一級の能力を持いた……らしい。
少なくとも当時は。
 このスーパーMIG-25は、その機体を複座式に改良したものを――
 更にNERVが自分好みにカスタマイズした、いい加減な機体である……らしい。
 しかし、なぜにこんな時代遅れの戦闘機を引き取ったかといえば……
 理由は単純。安かったからだそうだ。
 スーパーMIG-25は、開発がストップして宙ぶらりんになっていたものらしい。生産ラインも、とっくに別の機体に移って投げ出されていたわけだ。だからNERVは、それはもう、バーゲンなみの超お得価格で買い取れたというわけである。

 まぁ、そんな怪しげな機体に、霧島財団理事長は乗っていた。もちろん、態度はいつも通り無意味に大きい。しかも肩書きはこの上なく偉いので、だれも文句は言えない。
 迷惑な乗客であった。
「うむ。やはりそうぢゃ。明らかに速度が落ちちょる」
 理事長は、もう一度言った。
「はい。目的地が近づきましたので、減速しています。もう十数分もあれば着きますよ」
 応えたのは、フライト・ジャケットをフル装備したレーダー手であった。ちなみに、理事長はいつもの黒のスーツ姿である。備えといえば、彼を縛り付けているシートベルトのみ。
 少なくとも、全速力で走る超音速航空機にのる姿ではない。常人だったら、ヘタすれば死んでいるかもしれない。が、彼は何故かいたって元気そうであった。
 まるで、普通の旅客機の乗っているような気軽さがある。
「お身体のほうは大丈夫ですか?」
「お身体?」
 理事長は、怪訝な表情で訊き返した。
「いえ……理事長は、つい先月までICUで絶対安静と言われていたお身体。それに確か、腕の手術を手術なされたのは二週間ほど前の話ではありませんでしたか?」
「良く知っちょるな。ハッ!?……貴様、さてはワシのストーカーか!?」
 突如、戦闘態勢に移行する理事長。彼は、いたって真面目に本気であった。凄まじい殺気が、即座に機体内部を覆い尽くす。
「まさか!NERVの関係者なら、誰でも知っている話ですよ」
 彼は慌てて弁解した。
「何せ、貴方は有名人ですから」
「そうぢゃ。わしゃ、偉いんぢゃ」
 理事長は満足そうに言った。深々と何度か頷きながら、ご自慢のヒゲを撫でつけている。既に殺気はウソのように消えうせていた。
 彼は、自分が世界で一番偉い人間であることを微塵も疑っていなかった。
「はぁ」
 なんとか誤魔化せたことに、レーダー手は安堵する。
 そしてこっそりと溜息を吐いた。霧島理事長は、どう考えてもまともな人間じゃない。大体、なんでこの男には腕があるのか……

 彼は、チラと理事長の左腕に視線を向ける。

 聞いた話が本当なら、J.A.の一撃を食らって彼の左腕は消し飛んだはずだ。つまり、彼に今左腕があるのはおかしいわけである。しかも、全身数十箇所の骨折。打撲に至っては、多すぎて正確には数え切れなかったという。
 医療室に担ぎ込まれたとき、医師は生きているだけでも奇跡――と告げたらしい。シロウトでも、怪我の具合を聞けば同じように思うだろう。それなのに……

 今、この機体に乗っている彼は、どう考えても健康体そのものだ。左手も、明らかに義手ではないそれがきちんとついている。少なくとも、普通の人間では考えられない事実であった。

 だが、考えてもしかたがないことだ。この男に関しては、事実をただ受け入れるしかない。検証や分析は無意味なのだ。そう自分を納得させる。
 彼は思考を切りかえると、近づいてきたネヴァダ第二支部に通信を送ることにした。
「ネヴァダ管制室、こちら <フォックス=ワン> 。これより着陸準備はいる。許可と誘導を要請する」
 奇妙な一拍を置いて、返答は返ってきた。誰もが予想しなかった形で。
≪こちら、ネヴァダ管制室。 <フォックス=ワン> ただちに進路を変更してください! 繰り返します、こちらネヴァダ第二支部管制室。 <フォックス=ワン> はただちに針路変更してください≫

 彼は眉を顰めた。針路変更とはどういうことか。理不尽……というより、滅茶苦茶な指示である。
 事故が発生して滑走路が使えなくなったとか、空港がテロリストに占拠されただとかいう、極稀なケースを除いて、航空機がこんなに乱暴に受け入れを拒絶されることはない。
「こちら、 <フォックス=ワン> 。針路変更とはどういうことか。こちらは、エンクィスト財団代表を護送している。状況を確認したい。針路変更とはどういうことか?」
≪当方に緊急事……ザッ……ザザ……基地上空に……ザッ……認の……が……≫
 応答が急に不鮮明になる。電波障害でも受けているのか、ノイズが混じって良く聞き取れない。
「どういうことぢゃ。引き返せといっても、燃料もそこまでもつまいて」
 理事長も、怪訝な表情をしている。それも当然だった。基地側の対応は、どうもおかしい。
「分かりません」
 彼は理事長の言葉に一度首を左右すると、パイロットに顔を向けて言った。
「とにかく、再減速して基地の周囲を旋廻しながら状況を確認してみよう。針路変更をするにも、近くに受け入れ先があるか確認してもらわないことには、動き様がないしな」
 だが、事はそれすらも許さなかった。

≪……ザ……ザザッ……あぁ!……ゼ……が……≫
 もはやノイズのなかに、漸く単語の断片が聞き取れるまでに、状況は酷くなっている。通信機の故障というよりは、やはりジャミングされているような唐突さだ。それに聞き取れる基地側の通信士の言葉も、もはや緊迫感の無視できないものに変わっていた。
≪……ザ……虚無が落ちて……ザザッ……る……ザッ……ザザ……ザァアアアアアア!≫
 それを囁きを最後に、通信機はノイズしか返さなくなった。いくら呼びかけても、応答はない。明らかに異常だった。
 もはや、ネヴァダ第二支部で尋常ではない何かが起こっていることは間違いない。
「いかん、引き返せ!」
 突然、血相を変えて理事長が叫び出した。身を乗り出して、パイロットに無茶苦茶な命令を下す。
「えっ……なんです?」
 外に続いて、内側でも問題勃発である。レーダー手は、狼狽しながら理事長に問い掛けた。
「分からん! 分からんが、進行方向の上空……かなり高い位置に、得体の知れんバケモノがおる。この世のものではない、バケモンが」
 全身が総毛立つ。殺気とも狂気とも違う、本能が感じるあまりに禍禍しい存在に、理事長は戦慄した。その強力なプレッシャーは、前に戦ったバルディエルの比ではない。
 使徒とは、次元が違う。しかもワンランク、ツーランクの違いではない。とてつもない離れ方だ。
 両者の間には、無限に近い断層がある。比較する自体、狂気の沙汰。洒落に……なっていない。
「まさか、これが魔皇とやらか」
 彼が知る限り、使徒を超える存在といえばそれくらいしかない。そして、そう解釈して構わないほどに、感じられるプレッシャーはとてつもなく強大だった。
「本当だ」
 レーダー手が見ながら、ミドルレンジのレーダーを見ながら呟く。
「ネヴァダ基地の反応が消えてる……いや、周囲一五〇キロ圏内が、レーダーに映らない……」
 ありえない話だった。考えられるケースは、レーダーが壊れたということ。それから、レーダー波が返ってこないような特殊な空間が、ネヴァダ基地があった辺りに展開されてること。
「最後のあの言葉、虚無が落ちてくると言ったのぢゃろう。恐らく。虚無。ゼロ。バケモノ。反応の消失。レーダーに反応しない……落ちてくる……虚無……無……」
 消された……のか?
 理事長は、唇で呟いた。結局、その特異な結論を認めざるを得ない。
 なんらかの手段で、空間……いや、存在そのものを消去されたのだ。つまり、ネヴァダ支部は、無に還元されたのであろう。そう考えれば、レーダーになにも映らないことにも説明がつく。
 映らないのではなく、そこに映るようなものが存在しないのだ。文字通り無くなったわけだ。ネヴァダ支部と、その周囲の空間は虚無によって存在をキャンセルされたわけある。
「恐らく、バケモノの仕業ぢゃ。やつがネヴァダ基地を、この世から消し去ったのぢゃ。そのバケモノが、あの<エンディミオン>というやつかは、分からん。
 ぢゃが、いくら新型とはいえこれほどの力があるとは思えぬ。ならば、やはり魔皇ぢゃろう。ネヴァダはそれを警告しておったわけぢゃ。
 ……もう前に進んでも無駄ぢゃよ。
 いや、逆に墜ちるぞ。進むべき空間がないのぢゃからな。死にたくなければ、彼らの最後の警告に従って進路を変えるが良い」
「し、しかし……」
 俄かに信じられないレーダー手は、その言葉の理解に難色を示す。
「いいから、ワシの言うことを聞いておけィ」
 その言葉と共に理事長の左腕の上部がパカッと開き、中から黒光りする物体が迫り出してきた。まるで地下秘密基地から現れる隠しミサイルのような登場の仕方をしたそれは、間違い無く小型のガトリング砲であった。
 黒くて長いシリンダーが、三つ。これが高速回転しながら、弾丸をばら撒くのであろう。口径は小さそうだが、連射による威力は相当高いに違いない。
 クローン技術を導入した義手を取りつける際、赤木リツコ博士とマッドな密談を交わしてコッソリ取りつけてもらった、理事長の新兵器である。……彼は早くこれの威力を試してみたかった。
「その歳で、ハチの巣にはなりたくなかろうて。んん?」
 ニタリと邪悪に微笑むと、理事長はガトリング砲の銃口をパイロットに向けた。
「どうぢゃ?今、突然、一80度反転して引き返したい気分になったぢゃろう?」
「は、はい。ただちに、そんな気分に陥りました」
 その爛々とした目の輝きから、理事長が本気と書いてマジであることを瞬時に悟ったパイロットは、もっとも的確な返答を返した。その動機はもちろん、死にたくないからである。
「ホッホッホ。素直なのは良い事ぢゃ。長生きできるしの。試作二号機は惜しかったが、まぁ、本部に戻って対策の練り直しぢゃ。本物の戦争は、これからぢゃよ」



SESSION・130
『恐怖』


 ……怖い。
 ただひたすらに、怖い。
 あるいは人間の持つ感情の内で最も強いのは恐怖であるのかもしれない。少なくともこの時のマナに関しては、それが確実に言えた。
 恐怖の前には、優しさも思いやりも、愛も友情も塵に等しい。
 それを、心から思い知る。
 甘く美しい感情など入り込む余地がない程に、恐怖と言うのは――
 そう、凄く単純で、あまりに強い。これを破る術は、ない。
 自分を支える<誇り>も<決意>も。そして、決めていたはずの<覚悟>さえもマナは全て忘却していた。
 叫び出したいほどの恐怖。
 人間は感情を処理することは出来るかもしれないが、制御することは永遠に出来ない。つまり、生まれてくる恐怖を理性を以って克服することはでるかもしれないが、恐怖が沸き起こってくること自体を止めることは出来ないのだ。
「これは戦争」
 ――敗北は、死。
 遠隔操作の機体で戦っていることは、頭にある。だが、それでも死の恐怖を感じてしまうのだ。どう足掻いても勝ち目のない敵を前にしては、特に。
 だって、痛みを感じる。敵を感じる。忍び寄る死の予感を感じる。
 恐怖は生まれてくるのだ。

 突然、目の前に紫色の弾丸が現われた。エンディミオン <アスク> が、急速に間合いを詰めてくるのだ。その速度は、今のスクルドが引き出せる限界性能を凌駕していた。
 つまり、向こうのほうが動きが素早い。そういうことである。
「くぅっ」
 マナは、慌てて突っ込んでくる <アスク> にカウンターのパンチを繰り出す。が、それでは既に遅すぎる。 <アスク> はマナの直前でいきなり直角に折れ、短く旋廻するとスクルドの背後に回りこむ。
 一瞬、その <アスク> のトリッキィな動きにマナは視線を奪われる。その隙を突いて、 <アスク> の背中に隠れるように接近していた <エンブラ> が、突如目の前に現われてスクルドの側頭部めがけ強烈な廻し蹴りを放つ。
「いけないっ!」
  <アスク> と <エンブラ> の二機に翻弄されるスクルドの危機を察知し、ユイは <ウルド> で援護に向かおうとする。だが、そのユイに <ウルド> が警告を発した。女神が脳に直接送りこんで来たイメージは、押し寄せてくるエネルギーの奔流。
 その意味するところを悟り素早く反応したユイは、 <ウルド> に急速回避を命じる。一瞬後、先程まで <ウルド> のいた空間を一筋の光が抉っていった。エンディミオン <ゼロ> の聖光である。
 なんとか無事かわせたことに安堵するユイに、間髪いれぬ二発目が襲い掛かってきた。
 訓練を受けたスナイパー(狙撃手)のように正確な、ピンポイント射撃。しかも一発ごとのタイミング、距離、威力、微妙にずらしてくる射線軸など、全てが綿密な計算に基づいている。回避以外の有効な行動を取らせない、最も有効的な射ち方だ。
 そのせいで、ユイは矢継ぎ早に連発される聖光を避けるのに精一杯の状況に追いこまれる。マナの援護には向かえない。G.O.D.の二機は、エンディミオンの連携の前にコンビネーションを取ることすら許されず、完全に分断された状態に置かれていた。

「キャァアアアアッ!」
 休む暇も与えぬ <ゼロ> の聖光を回避するユイに、マナの悲痛な悲鳴が聞こえてきた。見れば、正面から <エンブラ> の上段蹴り、背後から <アスク> の正拳突きを食らった <スクルド> が、力無く地表に向かって落下していく。
「マナちゃん!」
 思わず発せられたユイの叫びは、だが一瞬遅かった。装甲を粉々に粉砕されて、素体の一部を覗かせながら落下する <スクルド> に追い討ちを掛けるがごとく、 <ゼロ> の聖光が放たれたのである。
 射線上に身を割り込ませ、そのエネルギー波からマナを守ろうとするユイに、 <アスク> <エンブラ> の二機のカットが入った。バスケット・ボールで言うところのスイッチ――すなわち、マークの相手の交代である。
 進路を完全なディフェンスで塞がれたユイは、結局またマナと分断される。ただ絶望的な思いと共に、マナの行方を見守るしかない。これまでG.O.D.の機体に慣れる為だけの訓練しか積んでこなかった二人に、エンディミオンの完璧な戦術プログラムを破るのはほぼ不可能に近かった。
「イヤァアアアアアッ!」
 襲いくるエネルギーの奔流。もはや、スクルドを操作していることすら忘れ、生身で放り出された自分にそれが襲いかかってくるという錯覚に襲われるマナ。
 本能的な死を予感し、遂に彼女はその理性の許容限界を迎えた。ヒステリックにさえ聞こえる悲鳴を発しながら、彼女は無意識の内に自己防衛に入る。これまで計測されたうちで最高の強度を誇るA.T.フィールドがスクルドの周囲に展開された。
 その一瞬後、フィールドに、一直線なエネルギーの束が接触した。
 稲妻が弾けたような轟音を上げながら、マナの絶対領域はゼロの聖光を受けとめてみせた。ある程度なら、天使の力さえ無効化してみせるエンディミオンのエネルギー波である。つまり、それを完全に遮って見せるほどにスクルドが展開したA.T.フィールドが強力であったということだ。
 マナの持つ底知れぬポテンシャルが垣間見えた瞬間である。

「もう、イヤァ!」
 だがパニックで完全に戦意を喪失しているマナに、これ以上の戦闘続行は望めない。一撃目を防ぎきっては見せたものの、彼女の落下は止まらなかった。
 一方、攻撃を受けとめられたことを認めた <ゼロ> は、今度はそのA.T.フィールドごと貫通して見せるために、最大出力の聖光を再び発射すべく、その溜めに入る。 <ゼロ> の両掌に光の粒が収束していき……そして数瞬後、それは放たれた。
 目も眩むような白光が、昼間の太陽すら霞ませるほどの光の世界を一瞬作り出す。同時に、肉眼でもはっきりと確認できるほどの、凄まじいまでの青白いエネルギーの奔流が自由落下を続ける <スクルド> に向かって突き進んでいく。
 その勢い、出力、そして輝き。どれもが先程の聖光とは比較にならない。
 悲鳴を上げる間もなく、 <スクルド> はその強大な光の滝に飲み込まれていった。
「マナちゃん」
 思わず叫びを上げるユイであったが、彼女にとてそれほどの余裕があるわけでは無かった。稲妻のようなスピードで、ビュンビュンと <ウルド> の周囲を旋廻し、ユイを翻弄する二機のエンディミオン。
 真紅と紫のその動き自体は、なんとかG.O.D.の力を借りて目で追うことは可能。だが、それに身体が反応できるかどうかは、全く別の問題であった。まるで、蝿のようだ。
 その素早い動きに翻弄されて、満足に動くことすらままならない。動きは追えるが、行動を起こしてもヒラリヒラリとかわされるだけだ。まったくそのスピードに付いて行けない。

 そして劣っているのは、スピードだけではなかった。
 旋廻を続けてきた <アスク> と <エンブラ> の動きが、急に変化した。二機が同時に間合いを詰めてくる。唐突に超高速の空中戦は、再開された。
 ――正面と……後ろ!
 まともに相手をしては勝機はない。そう判断したユイは、スロットルを振り絞り上昇して逃げる。正面の一機ならともかく、同時に背後から襲いかかられたのでは対処の仕様がない。
「お願い。もっと吸い上げても良い」  限界を超えても良い。エンディミオンの反応速度を越えて。
「ウルドッ!」
 悲鳴のような叫びを上げながら、碇ユイは更に上昇を続けた。幸い、遠隔操作であるため強力なGに歯を食いしばらずにすむ。理屈なら死の恐怖を感じることもなくすむはずだ。
 だが、そう簡単には割り切れるものではない。これは彼女にとって、初めての戦場。そして、命を賭けて戦うという初めての体験なのだ。
 ユイは不意に脱力感というか、虚脱感のようなものを覚えた。恐らく、ユイの願いに応えて、 <ウルド> が更に彼女の精神エネルギーを吸い取り始めたのだろう。それに比例して、確実に <ウルド> の飛行速度が上がっていく。
 だが、それでもまだ、エンディミオンを振り切るまでには至らない。
 紫の <アスク> が、突然爆発的な加速を加え <ウルド> をぬき去ると、そのまま上に回りこんだ。退路を塞がれたユイは、仕方なくそのままの勢いで <アスク> に体当たりをしかける。だが、鈍い衝撃と共にユイが激突したのは、 <アスク> が展開したA.T.フィールドであった。

 ――そうか、エンディミオンはA.T.フィールドを張れる。
 失念していたその事実に、一瞬驚くユイ。そこに隙が生まれた。当然、 <アスク> はそれを見逃さなかった。
 強力な剛拳を、 <ウルド> 頭部へ目掛けて振り下ろす。唸りを上げて襲いくるその拳を、A.T.フィールドでコーティング強化した両腕をクロスさせて、ユイは受けとめた。
 ジンと、両腕にシビレに似た衝撃がフィードバックされてくる。かなりの威力だったが、G.O.D.にダメージはない。が、それを遥かに凌駕する衝撃が、突如腹部を襲った。
「あぐっ……!」
 焼けつくような痛みを、背中に感じてユイは低い呻き声を上げた。まるで、身体をバラバラに切り裂かれてしまったかのようだ。一瞬意識が遠くなりかける。
 システムが、フィードバックによる衝撃や痛みを緩和してくれてこれである。 <ウルド> が直接受けたダメージは計り知れなかった。
 衝撃の正体は、背後から襲いかかってきた真紅の <エンブラ> であった。A.T.フィールドをブレード状に固定し、それで <ウルド> をきりつけたのだ。
  <アスク> の直線的な突きによる攻撃は、この為の布石だったのであろう。これをガードさせることで、 <ウルド> の動きを封じ、そこに <エンブラ> が攻撃を加える。単純なコンビネーションだが、充分なスピードとパワー、そしてタイミングを以ってすればそれは強力なものとなる。

 空中でグラリとよろける <ウルド> に、容赦のないエンディミオンたちの攻撃は続く。まず、首を駆るような <アスク> の蹴り。ユイはこれを無意識に腕のガードで防ごうとしたが、その腕をまたも背後から <エンブラ> に切り付けられる。
 肘の辺りから切断された左腕が、真っ逆さまに地表へ落下していった。切り口から、女神の鮮血にも似た体液が噴出する。そしてガードに遮られることのなくなった <アスク> の右ハイキックが <ウルド> の女神のマスクに直撃する。
 ユイは、丸太でぶん殴られたような衝撃を感じ、一瞬だが意識を失った。
 直撃を受けた女神自身は、もちろんその程度ではすまない。美しい銀のマスクを粉砕されて、素体であるJ.A.の不気味な有機体が覗く。首の骨を砕かれたか、歪に変形してしまった首が元に戻らない。
 そして、そんな <ウルド> に止めを刺すように、突如横殴りの衝撃が襲ってきた。エンディミオン・ゼロの聖光である。自動展開されていたA.T.フィールドをぶち破り、エネルギーの束はウルドの身体をゴッソリ抉っていった。
 コアはなんとか無傷で済んだらしいが、腰から下は完全に消滅している。
 遂に姿勢制御すら不可能となった <ウルド> は、マナの <スクルド> と同じように力無く落下していく。
「勝て、ない……」

 その言葉と共に、碇ユイは意識を失った。


to be continued...


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