負け続ける戦いを挑み続けよう。
勝利者よりも勝ち誇るに値する
我らは敗者となろう。





CHAPTER XXX
「時空障壁」
SESSION・111 『時空障壁』
SESSION・112 『J.A.5騎確認』
SESSION・113 『死神とJ.A.の対決』
SESSION・114 『クレスのクレセント』
SESSION・115 『自由天使の新兵器』



SESSION・111
『時空障壁』



 タブリスは、我が目を疑った。
 見たこともない漆黒の障壁が、目前に迫ってくる。あれは何か。その膨大な知識を検索してみるが、該当するものはない。

 亜空間から、新世紀へと続く座標は既に固定してある。この状態で、脱出用のゲートを開くことが出来れば実験は成功だ。が、その肝心のゲートを開けない。
 闇色の障壁が、時空の跳躍を阻んでいるのだ。
「クッ……いけない、このままでは!」
 タブリスは、悲鳴にも似た叫びを上げた。
「これはまさか――?」
 やや後方から、リリア・シグルドリーヴァの声が聞こえてくる。流石の彼女も、ここまでの事態は想定していなかったか。その声には、驚愕の色がありありと浮かんでいた。
「衝突するぞ!」
 リリアの傍らから発せられたクレスの叫び。刹那、五体が引き裂け、弾け飛んでしまうかのような衝撃が彼らを襲う。その一瞬後、完全な無防備状態にあった3人は、亜空間から凄まじい勢いで弾き飛ばされていた。
「くあぁっ!」
「クッ……!」
「ウオオ――ッ!」


 実験を見守っていたロンギヌス隊の面々は、目を丸くしてその光景に見入っていた。亜空間に突入した瞬間、タブリス、リリア、そしてクレスが弾丸の様な勢いで時空のゲートから弾き返されてきたのである。3人は、悲鳴を上げながら通常空間に転がり込んだ。
「イツッ……」
 元帥と死神は見事に受け身をとって見せたが、クレスは完全ではなかったらしい。肘を打撲したらしい彼は、顔を顰めて呻いた。
「大丈夫か、クレス君」
 座り込むクレスに、リジュ卿が駆け寄ってくる。彼は手を差し出すと、クレスが立たせた。他の2人は、既に自力で立ち上がって状況確認をはじめている。
「大事ありませんかな、皆様」
 ロンギヌス隊の長老格、エイモスが弾き飛ばされて来た3人を心配そうに見渡しながら声をかけた。彼の後ろには、アランソン侯の守護部隊であるロンギヌスの面々が勢揃いしていた。彼らもまた、一様に心配そうな顔をしている。
「聞くまでもないが……実験は、失敗か?」
 リジュ卿は、リリアとリッシュモン大元帥ことタブリスに顔を向けて訊いた。
「――そのようですね」
 リリアは小さく頷いた。それから、まだ肘を摩っているクレスに近付いていく。
「大丈夫ですか、クレス。怪我は?」
「……ああ。心配ない。受け身の時に、ちょっと打っただけだ。使徒の躰なら、しばらく放っておけば治るだろう」
「そうですか」
 安心したように、リリアは言った。
「それよりリリア・シグルドリーヴァ。……あれは一体何だったんだろうか?」
 タブリスは神妙な顔つきで訊いた。
「 <時間> と <時間> の狭間に――結界のようなものが張ってあったように見えたが」
「恐らく、『障壁』でしょう。それも至高のエネルギー <混沌> を用いた、『時空障壁』だと思います」
 リリアが静かな声で告げたその言葉に、タブリスは劇的な反応を見せた。
「『混沌』の力……カオスか!」
 驚愕の表情を浮かべて、タブリスは叫ぶ。『混沌』とは使徒達の内でも伝説としてしか語られていない、究極のエネルギーといったところだ。『暗黒』、『光』、『無』、そしてそれら全てを内包する『混沌』。
 聞くところによれば、それは人類が存在する宇宙には存在しない、より高位の宇宙『クロス・ホエン』のエネルギーであるという。それ以外のことは、タブリスすらも知らない。
「なんだそれ。凄いのか?」
 何も知らないクレスが、リリアに素朴な疑問をぶつける。
「最強とされる <無の力> さえ操ることができる、エンシェント・エンジェル。その彼らでさえ扱いこなすことが出来ずにいた、究極の力です。 <無> より遥かな下位に位置する <天使> の力しか使うことの出来ない下級使徒にとっては、伝説の存在ですらありました。唯一、魔界に堕とされた大魔皇ルシュフェルが、不完全ながら制御に成功したと言われていますが……」
 リリアは、先程『時空のゲート』を開いた空間を睨むように見詰めながら言った。
「この100万年の内に、監視機構のA.A.も制御に成功したようですね――」
 制御というと、おかしな感じがするが……混沌の力は、本来 <世界の中心クロス=ホエン> のみに存在できる力だ。それを別空間に召喚して行使しようとすれば、 <混沌> が混沌ではなくなってしまう。
 これまたおかしな表現だが、混沌が崩れ混沌ではない存在になってしまうのだ。純度が下がるというか、性質が変化してしまうというのか。リリアのいう混沌の制御とは、 <クロス=ホエン> の外に居ながら、混沌をありのままに扱うということであろう。
「ふむ……。それがなんであるにせよ、学のない私にはよく理解できぬが――
 そんな大層なもので壁を作られた場合、我々に破ることは可能なのですかな?」
 エイモスが何やら深刻な表情で訊いた。この実験には直接参加こそしていないが、彼もまた時を越え、未来へ臨む兵士のひとりなのである。主であるアランソン侯の力になる為にも、彼には未来へ行かなければならない理由があった。

 ラ・ピュセル(事実上は魔皇ヘル)の <次元封印> と同様の要領で、時空の扉を開き、時を渡って未来へ向かう。そして、新世紀という最高の条件下で、人類監視機構との全ての決着をつける。リリア発案のその大胆極まりないプランは、今、実行の時を迎えようとしていた。
 時空移動の際に、絶対必要となる『座表設定』および『固定』。そして、それを唯一可能としてくれる <ファクチスシステム> を操る自由天使タブリス。彼の協力の下、計画は順調に進んで来た。

 新世紀になるべく多くの戦力を持ち込みたい彼らは、監視機構に最も近しい人間である <リジュ伯カージェス> にも誘いをかけた。彼は、アランソン侯の叔父であり、リリアに協力する形で一時監視機構のエージェントとしても活躍して来た男だ。
 そして、その彼に引き寄せられる形で、アランソン侯守護精鋭部隊である <ロンギヌス隊> 39名も作戦参加を名乗り出て来た。アランソン侯を守り続けることが、ロンギヌスの意志。
 彼が未来にいるのなら、同じ場所に赴き、そこで彼を守護する。隊長リジュ卿を含め、ロンギヌスの40にとってそれは至極当然のことであった。
 そんな彼らの『鉄の意志』を曲げることは難しい。そう悟ったリリアたちは、監視機構や使徒に纏わるある程度の事情を説明し、潔く彼らの申し出を受け容れることにした。
 リリア・シグルドリーヴァ。クレス・シグルドリーヴァ。自由天使タブリス。そして、隊長リジュ卿以下ロンギヌス隊40。
 総勢43名の時空跳躍計画。

 今回行われたのは、その計画の試行実験であった。実行に移す前に、上手くいくかどうか試してみようというわけだ。
 まず、 <中世> から亜空間へと通じるゲートをリリアが開く。次に、時を渡る43名全員をクレスが強力な <A.T.F> で包み込み、保護しつつ亜空間へ飛び込む。最後に新世紀へと通じる正確な座標を、新世紀で活動するファクチスの存在を唯一感知できるタブリスがその反応を辿ることで設定。そのまま、 <新世紀> へと通じるゲートを開く。

 大まかなプランはこうだった。そして、その成功は間違いないと思われていた。
  <魔皇カオス> の力に覚醒しつつあるリリア。そして、最強の使徒と呼ばれる自由天使タブリス。おまけに、第2のゼルエルへと成長しつつあるクレスもいる。
 失敗する理由は、見当たらなかった。

 だが――。
「『時空障壁』はあらゆる時間と時間の間――
 すなわち <時の狭間> に張り巡らされた、タイムワープを妨害する為の壁。恐らく監視機構が、第2のアランソン侯を出さない為に作り上げたのでしょう。この障壁を破らずしては、何人たりとも時を駆けることは出来ません」
「そして……」
 リリアの言葉を、タブリスが継ぐ。
「そして『混沌』の力は、使徒が持つ『ATフィールド』よりも遥か上位の力。人間は勿論、使徒が如何なる術を以ってしても、これを破ることはできない。つまり、『混沌の時空障壁』を破ることは、天使でさえも不可能ということになる」
「つまり、オレたちが時空を超えて未来へと辿り着く道は、経たれた。――そういうことかい?」
 リジュ卿が顎の無精ひげを撫でながら、言った。
「残念ながら、そうなるかな」
 タブリスは頷いた。
「だが、今の僕らになら方法がない訳ではない。……というより、この混沌の時空障壁を破る唯一の手段を、僕らは持っている」
「そっ、それはなんですかな?」
 ググッと、エイモス以下ロンギヌス隊がタブリスに詰め寄る。彼らもまた、未来に渡りアランソン侯を護り続けたいと臨んでいる。未来へ渡ることを、誰より強く望んでいる者たちのひとりなのだ。
「――その話は、また後程」
 リリアは静かに告げた。
「やっぱり、人目につかない様に人里離れた山奥を <実験場> に選んだの正解だったな」
 リリアと同様、クレスも既にその気配を察知していた。使徒のように『殺気』や『闘気』といった確かなものを放っているわけではないが、遥か上空で空が激しく切り裂かれているのを、使徒の超感覚が捉えている。
「 <時空異常> を感知して行動を起こしたにしては、動きが速いな……。全ては <監視機構> によって、既に予測されていたということか」
 タブリスは蒼穹を仰ぎながら言った。


 そして、その声に応えるかのように――

 彼らは、現れた。


SESSION・112
『J.A.5騎確認』



 ――それは、突如天空より舞い降りた!


 土煙を上げ、大地に足を付いた彼らの着地点には、小さなクレーターが出来上がっている。投下地点がかなりの上空であったこともあろうが、なによりもそれは、彼らの並外れた重量を物語っていた。
「なんだ、こいつらはっ?」
 着地の衝撃から立ち直ると、ユラリと上体を起こしはじめた彼ら。その異様な姿に、クレスは思わず叫んだ。
「――クレス、気を付けてください!」
 彼の傍ら、蒼く輝く『デスクレセント』を装備したリリアが珍しく緊迫した声を発する。どうやら相手に只ならぬものを感じ取ったらしい。いや、正確には彼らの到来が意味する大局的な危機を悟ったのだ。

 敵数は全部で5体。
 今や使徒の力をマスターしつつあるクレスと、最強の <死神> が相手をするならものの数秒で片が付く数である。ただし、その相手が人間であったならば――の話だ。

 彼らの身体は、明らかに金属と思われるもので構成されていた。だが、その鈍く光沢を放つ銀のメタリック・ボディーは、甲冑を纏っているわけではない。それは彼らの皮膚そのものなのだ。
「普通の <使徒> ……というわけでもなさそうだな」
 生まれてはじめて見る奇怪な化物に、クレスは油断無く剣を構え直しながら呟いた。相手が人間外の存在であり、なおかつクレス達の敵であることは状況的にも明らかだ。
 一応人型をしてはいるが手足が妙に長く、まるで操り人形のようにダラリと無造作に垂れ下がっている。首が無く、胴の上に直接飾り物のような頭が直接生えていた。……ちょうど、土偶を思い浮かばせる様相だ。
 目も人間のような有機体で構成されているのではなく、普通目のある位置に円形のガラスのような物がはめ込まれているだけ。そしてその下部には、口の代わりであろうか、菱形に窪んだ穴のようなものが付いている。他には鼻も、耳らしきものもない。
 ――ハニワを思い浮かべれば、近いイメージが得られるだろうか。

 体長は約2M半。見上げるような巨体だが、長細い骨組みだけのような胴体は猫背で、どこか見る者に何処か気味の悪さを感じさせる。
「なんだってんだ、こいつらは?――アイアンゴーレムか、おとぎばなしの?」
 クレスの言う <アイアンゴーレム> とは、しばしば物語などに登場する、魔法の力で動く鉄で出来た巨人のことだ。確かにその表現は的確で、彼らからはまったく生気が感じられない。有機体でもなく、生物でもないのは確実だと思われた。
「これは……まさか……」
 リリアの顔が青ざめる。彼女は、近くで戦闘体勢のまま状況を窺っているタブリスに目配せした。タブリスは、リリアの無言の確認を肯定するように頷いてみせる。
「知ってるのか、リリア?」
 ジリジリと迫り来る5体の鉄人形たちに、剣を構えつつ後退するクレスが訊いた。しかし、このバケモノ達に、果たして剣が通じるだろうか?

「――タブリスが、人類監視機構に探りを入れた折りにある噂を聞いたそうです」
 リリアがゆっくりと語り出した。
「噂?」
 鸚鵡返しにクレスが、訊き返す。
「そう、ウワサさ。それも、信憑性のかなり高いウワサだ」
 タブリスは、巨大な鉄人形から刹那たりとも目を離さず言った。
「それによれば、私をはじめとする造反者が続出したことに危機を感じた <監視機構> は――
 新たなる『プロジェクト』を始動させたと言います」
 ブゥン……と鈍い唸るような音を立てて、彼女のデスクレセントが一層輝きを増す。
「それで監視機構の奴等、一体何をはじめたんだ?」
「無機物で構成された、無人稼動の心無き使徒。――心や意志ではなく、学習型のプログラムで作動する機械仕掛けの使徒ならば、裏切ることもない。そう考えた監視機構が計画した、全く別の構想による新型の使徒開発プロジェクト――」
「……?」
「コードネーム『J.A.』――まさか、既に完成していたとは」
 その声に応えるように、5体のJ.A.の無機質な瞳が一斉に光を放った。
「なにっ、いきなりか――!」
 放たれた5筋の光を、リリア、タブリスはそれを見事な反応速度で躱した。光線のようだが、発射速度は光速と比較すればかなり遅い。精々、音速をそこそこ超えたくらいだろう。
 その程度であれば、彼らにとって躱すのは造作もないことだ。

 だが、ただ1人判断を誤った者がいた。クレスである。彼はこの怪光線を、ATフィールドを展開することで防ごうとしたのだ。
 動機は単純。山篭もりの成果で身に付けた、使徒の <特殊能力> の効果性を試してみたかったのだ。
 だが時に、そんな合理性を欠いた行動は命取りとなる。シビアな天使達の戦場においては特に、だ。
「なっ――?」
 その光景に、クレスは目を見張った。J.A.と呼ばれる機械人形からは、天使の波動が感じられなかった。勿論、それの放ったこの光線のようなものも同様だ。
 だからそれは、通常の物理法則に従った攻撃であり、それを超越する天使の防御結界 <A.T.F> を破る力はなかったはずだ。

 だがそれにも関わらず、展開した <防御結界> が無効化されたのだ。一端は押し留めたものの、壁をぶち破った光線は一直線に自分へ向かってくる。減衰はしているが、威力はまだ死んではいない。
「――ッ!」
 身を強張らせて致命的なダメージを負うことを覚悟したクレスであったが、最悪の事態は免れた。光線は幸運にも、驚愕に硬直するクレスを掠るように駆け抜けていったのである。恐らく、結界が軌道を歪めてくれたおかげだろう。
 運が悪ければまともに食らっていたところである。
「くぉ……ぉ……」
 クレスは、冷や汗交じりに呟いた。そしてJ.A.と距離をとりながら、分析する。
 ――油断した。その一言に尽きる。
 天使の力を我が物とし、これまでとは全く次元の違う、人間離れした領域での運動が可能になった。死ぬほどの訓練を積んで、僅かながらでも自分に自信を持てるようになった。だがそれが、逆に <己惚れ> と <思い上がり> に繋がった。

 戦場において、クレス・シグルドリーヴァはいつでも一番の臆病者だったはずだ。どんな弱そうな相手にでも、確実に勝利できると思われる相手にでも、常に警戒を怠らず、状況を限界まで分析し最高と思われる策で挑んで来たはずだ。
 それが、ちょっと力を身に付けたと思った途端、これだ。このような油断が、戦場では死に直結してくる。知っていたはずなのに……。
「くそッ!」
 クレスは拳を自分の手のひらに叩き付けると、己を叱責した。自分の甘さに、苛立ちを覚える。リリアから課せられたあの鍛練は一体なんだったのだ、と。
「――クレス!」
 リリアが、安堵と非難の入り交じった、複雑な色を湛える瞳を向けて来た。クレスは筋違いにも、それにすら苛立つ。皆まで言われずとも、彼女の言いたいことは――

「分かってる!」
 感情と勢いに任せて、つい当たるように怒鳴りつけてしまう。そして、直ぐにそれを後悔する。自分でも常々問題だと思っている悪癖だ。
 考えてみれば、悪いのは完璧に自分ひとりだ。しかも、自分はリリアに戦闘技術を教授された身。無様な闘いは彼女に泥を塗ることになる。
「悪い。ごめん、リリア。……でも勉強になったから。もう2度はないから。今回はそれで見逃してほしい」
「――気を付けて下さい」
 リリアは許してくれたようで、そう応えると再びJ.A.に視線を戻した。そして直ぐに思考を切り替えて、状況の分析に取り掛かる。
「来るとすれば使徒だろうと思っていたが……、まさか監視機構の新兵器とはね。君が驚くのも無理はないな。僕も正直予想してなかった」
 タブリスはJ.A.を観察しながら言った。一見しただけで十分。お世辞にもエレガントな御姿とは言い難いプロポーションだ。監視機構とは、センスの面でも合いそうにない。
「貴方の情報の鮮度を、私は高く評価しています。その貴方の情報が届いてから、こんな短時間の内にお目に掛かれるとは思ってもみませんでした」
「実戦投入されたということは、生産ラインも既に完成していると考えて良さそうだね」
 リリアもタブリスも、その表情は極めて硬い。J.A.の戦闘能力に脅威を感じているのではない。敵の新型が齎す状況の変化を恐れているのだ。
 使徒と違って、J.A.は短期間での大量派遣が可能である。タブリスのファクチスと似ている。使い捨てが利く。切り捨てが利く。無理が利く。
 ――消耗品なのだ。己を護る必要のない兵士ほど、敵に回して面倒なものはいない。
 それに人間に似せることもしていないこんなバケモノを、堂々と送り込んで来たとなると、監視機構もそれだけ焦っているということだ。それは、この短期間の内に展開されていた『時空障壁』からも窺える。
「戦闘能力は全く問題にならない様だが……消耗戦や時間稼ぎに利用されて、46時中狙われるとやっかいなことになるな」
「――まったくだぜ」
 タブリスの言葉に、クレスは心底迷惑そうに頷いた。人見知りする彼にとって、招かざる客は是非ともご勘弁願いたいところだ。
「まあ、いいさ。とりあえず、ダイエット代わりの運動相手にでもなっていただくことにしよう」
 タブリスは、早々に思考を切り替えたようだ。時空障壁を含めて、既に2・3、策を考え付いたのだろう。
「もっとも、ヴィーナスの化身のようなプロポーションを誇る貴女の肉体には……ダイエットの必要など皆無だろうがね?」
 悪戯っぽく微笑みながら、タブリスは言った。
「お褒めに預かり光栄です、タブリス」
 リリアは、無感動にそう言った。相変わらずのクールさは、対峙するJ.A.と良い勝負だ。
「幾ら誉めたって、リリアの躰はやらんがな。元帥。リリアのナイスなお体はオレのみのだ」
 何故かタブリスを睨みながら、クレスが牽制する。大方、彼必殺の『リリアの半径5M圏内に近付く男には、例外なく発動する防衛本能』が働いたのだろう。
「――私の身体は私のものであり、私以外の誰のものでもありません」
 だが、無碍にもリリアはそうキッパリ言いきった。
「そ……そんな……」
 なにやらただならぬ衝撃を受けるクレス。リリアは、そんな半泣きのクレスを見事に無視して、ロンギヌス隊に声をかける。
「ロンギヌスの皆さんにはご迷惑をかけますが、ここは我々に任せて下がっていてください」
「僕は、試してみたいことがある。1体くれると有り難い。後の4体は君たちに譲るよ」
 攻撃してくるJ.A.2騎の攻撃を巧みに捌きながら、余裕たっぷりにそんなことを言い出すタブリス。その姿は、久しぶりの戦闘を楽しんでいるかのようにも見える。薄っすらと浮かべた微笑みを絶やさぬまま、タブリスは続けた。
「ただ……1つ注文できれば、少なくとも1体は『生かして』おいてくれ。そのJ.A.には未来に向けて、非常に重要かつ有効な使い道があるんだ。というより、これに失敗すると未来に行く意味が無くなってしまう」
「――了解しました。では、私は3騎。クレスは1騎を担当して下さい。残りの1騎は御望み通り、あなたに御任せします。タブリス」
 そう言うと、リリアはタブリスを一瞥した。そして彼が小さく頷くのを確認すると、今度はクレスに顔を向けて言った。
「それと――いいですか、クレス。あなたにとっては、実戦の一戦一戦が良い経験になります。そのことを踏まえた上で、集中し、より多くを学んで下さい」
「了解、師匠」
 ――そして、戦闘ははじまった。


SESSION・113
『死神とJ.A.の対決』



「人形相手では、先の <死神> 戦の時のように遠慮する必要はないかな?
 ……これで僕はフェミニストなのでね。覚悟してくれ。手加減を忘れるとなかなかに冷徹なんだよ、僕は」
 タブリスの言葉にウソはない。かつてリリアと戦った時の彼の動きは、明らかに精彩を欠いていた。だから、あの戦闘で見せた実力が、彼の戦闘力の限界であるとは間違っても言えない。
 それは、 <監視機構> の人形として動き続ける自分に迷いがあったせいもある。そして、相手のゼルエルが女性であることも理由のひとつであった。
 勿論、だからといって戦闘力の面で <タブリス> が <ゼルエル> より上であるということにはならない。手加減していたのは、リリアも同様であるからだ。あの時は、お互い自分の力を大きく抑えたまま激突したというわけだ。
 ただその時、隠していたの力の桁が、リリアとタブリスとでは違い過ぎた。それだけのことだ。

 カッ――!


 眩いばかりの閃光が、タブリスの視界を覆う。J.A.の窪んだ口から、例の怪光線が放たれたのだ。
「なるほど……」
 タブリスは、2・3度の攻防で敵の実力を見切っていた。それに、新世紀のファクチスは既に対J.A.戦を経験している。霧島財団代表が与えてくれたデータは、決して無駄にならない。
 経験によれば、この怪光線はある程度までなら <ATフィールド> を無効化する。クレス・シグルドリーヴァが、咄嗟に展開したATフィールドを貫通したのはその為だ。J.A.は天使の力を持たない為、通常の物理攻撃を無効化する装甲と、この怪光線を備えているというわけだ。
 だが、その怪光線が無効化することができるのは、あくまである程度の強度の結界まで。と、言うことは――

「その一定以上の強度を誇る防御結界なら、これを完全に防御することができる!」
 そしてその言葉通り、J.A.が発した光線はタブリスのATフィールドに遮られた。クレスの時のように、貫通することなく完全に受け止められている。まさに <結界> だ。
「並みの使徒には通じても、自由天使には多少役不足だよ。君たちは」
 光線を防ぎきったタブリスは反撃に転じる。一気に加速すると、彼はJ.A.の周囲を旋回しはじめた。『音』を軽く置去りにする程のタブリスの動きに、J.A.は全く対応できない。
 J.A.をスピードで撹乱するタブリスは、次に使徒サキエルの得意とする <光の槍> を作り出した。 <ATフィールド> と同質の <天使> の力を凝縮して作り上げた、高い攻撃力を持つ武器だ。
 風が舞い上がる。次の瞬間、棒立ちのJ.A.は背後からタブリスの槍の一撃を食らって、壮絶に吹っ飛んでいた。ピンポン球のように弾かれたJ.A.は、弾丸のような勢いで周囲の森林を薙ぎ倒しながら大地に倒れ込んだ。
「ATフィールドも張れないのか。防御はザルだな。そんな玩具の鎧で、僕の攻撃を防ぎきるつもりなのかねえ、君を作った監視機構は。もう少し性能を上げてもらわないと、これじゃあ、ダイエットにもなりはしないよ」
 尤も、僕だってダイエットの必要のない身体をしているけどね、とタブリスは続ける。新世紀にいるファクチスと意識をリンクさせているせいか、最近妙に考え方が未来的だ。この時代にいる人間は、ダイエットを必要とするほど食糧を持て余していない。
「罪だね、未来は」
 一方、楽しそうに遊んでいるタブリスとは違って、真面目一本なリリアは、既に2騎のJ.A.を片付けていた。新世紀の人類が八方手を尽くしても、傷ひとつ付けられなかった超硬質装甲を、その死神の鎌は易々と切り刻んでいく。
 地には、細切れにされた挙げ句、コアまでも両断されたJ.A.の残骸が散らばっていた。
「……一体は生かしておくのでしたね」
 死神は物騒にそう言うと、倒しかけていたJ.A.から一度間合いを取る。
 自分の姿を見た者は、生かして返せない。そんな哀しい闘いを続けて来たリリアにとって、『敵を生かしておけ』というミッションは初めてのものだった。いつもは、最低でも皆殺しだったのだ。
「それに――やはり私も、新たな技術を試しておくべきですね」
 ヒラヒラとJ.A.を翻弄しながら跳ね回るタブリスを横目に、リリアは呟いた。新たな技術。すなわち、魔皇の力と技。

 以前、刺客として襲来した使徒と <精神攻撃> を巡って交戦した際、突如開かれた封印の扉。魔の扉。その内側から現れたのは、魔皇カオスという名の <超越者> の力と記憶であった。
 使徒の頂点に君臨してきた <死神ゼルエル> から見てさえ、常軌を逸した力。それは、強すぎた。あまりに強すぎると思われた。かつて知っていた己の力とは、次元がまるで違うのだ。話にも、ならない。

 身の内から沸き上がってくる、圧倒的な力にリリアは恐怖すら抱いていた。
 しかも、その混沌の力は日に日に高まってきている。完全覚醒も、時間の問題だろう。その前に、この狂気的とも思える爆発力を制御しておきたい。
「この私が、倒すべき <超越者> と同格の存在であったとは我ながら驚きですが……。この力は監視機構に対する強力な武器となる。――その為にも、私はこの荒ぶる力を扱いこなして見せなければならない」
 クレスが、カオスを手にした自分を恐怖していることは分かっていた。認識できる範疇を大きく超えた、大いなる大いなる力。ついこの間まで人間であったクレスが、それを恐れるのは必然であった。
 例えば目を合わせただけで、人間の魂を砕ける。冗談でも誇張でもなく、魔皇はその存在感だけで敵を滅ぼせる。発せられる強力な聖魔の力は、化学兵器にも近しい存在なのだ。
 その『気』に当てられただけで、恐怖の為に人間の心は砕け散る。原子が激しく震動し、体は砕け散る。身に纏う分だけを無造作に解放しただけで、パワーゲイザーとも呼ばれるその闘気は <スーパーノヴァ> に匹敵する爆発力を産み出す。
 そんな人知を超えたバケモノを、一体どうやって受け止めろというのか。
 クレスが離れていくかもしれない。クレスの見る目が違ってくるかもしれない。
 そんな恐怖が、リリアを襲う。そして、リリアを恐れてしまう自分に、クレスもまた苦悩する。

 ふたりの生活に、限界がおとずれる。クレスとの関係も、破綻してしまう。破滅の時が、やってくる。
 何よりも怖い現実だ。何よりも避けたい事態だ。

 そんな素振りすら見せないが、リリアはかつてない苦悩の日々を送っていた。自分とクレスの問題であるが故に、クレスには相談も出来ない。彼女は、苦しんだ。
「――ですが、私は決めたのです」
 そうなるかもしれない。だが、そうはならないかもしれない。先がどうなるかは分からない。クレスが変わってしまうかもしれないし、変えてしまうかもしれない。
 だから、リリア・シグルドリーヴァは最善を尽くす。最善を尽くし、守るべきを守る為にリリア・シグルドリーヴァは、それを受け容れる。安らぎにも似た諦めは、死神に必要ない。
「あなたに理由は、ありますか。あなたに失えないものは、ありますか」
 負けられない理由、失えない掛替えのないもの。
「――私には、あります。私には、生まれたのです。だから、私は決してあなたに敗北することはない。あなたに私は、倒せない」
 リリアは対峙するJ.A.を見据えて、囁く様にそう言った。そして、魔皇の力が混じりかけている己のコアにアクセス、荒ぶる混沌の力を自ら呼び起こす。
「あくまで諦めない」
 人間の敗北は、絶望した瞬間決まる。ならば、『負けたと思うまで、人間は負けない』。そうも言える。
 それを、人間としてのリリア・シグルドリーヴァは学んだつもりだった。
「――私は、なにも、諦めない」
 コアから、混沌の力が噴出し体中を駆け巡っていく。それと共に死鎌の蒼い三日月が、ゆっくりと『闇色』に変わっていった。
 否、デス=クレセントの刃が変色していく訳ではない。召喚された究極のエネルギー『混沌』を、この次元が表現しきれないのだ。そしてまた、それを知覚する者も、それを闇とまでしか認識することが出来ない。
 ブラックホールと同じだ。周囲で弾ける光と化学反応。それを境界線として輪郭をイメージし、闇色のそれを『それ』と認識するしかない。

 ――『混沌』は、この世界の表現力の限界を超えている。

 そして、そんなもので構成された死鎌を、J.A.如きが防ぐことができようはずもない。
 リリアは、軽く鎌を振った。闇が閃く。たったそれだけの動作で、戦闘は終了した。
 ドサッ……という重たい2つの音が響く。次元ごとボディを両断されたJ.A.は、見事に2つに裂けて機能を停止していた。
 何故だろうか。普通ならコアを破壊されない限り、何度でも <再生> ・ <復元> を繰り返すはずの傷に、一向に変化が現れない。スッパリと綺麗に切断された胴と脚部は、そのまま死したように活動することを止めていた。
 混沌の力が何らかの形で作用し、その再生や復元というものを許さないのか。未だ完全にその力を制御しきれぬリリアにも、その理由は分からなかった。


SESSION・114
『クレスのクレセント』



 唸る拳を、真横にステップを踏んで軽く躱す。勢い込んで目の前を通過していく、J.A.。その人間で言えば首筋あたりに、クレスは肘を埋め込むように叩き付けた。
 ハンマーで叩き潰されたような衝撃を受けて、J.A.は地に身体ごとめり込む。辺りが地震でも起きたかのように、激しく震動した。J.A.通算6度のダウンであった。

 凄い……。クレスは感嘆していた。身体が勝手に踊り出す。
 頭で考える前に、最適と思われる行動を身体がオートで行っている。そんな感じだ。常に <現在> を躰の自由に任せ、自分の意識は数手先の <未来> を漠然と考えておくだけで良い。
 相手がどんな行動をとってくるのかが、良く分かる。攻撃してきても、回避だとか防御だとか……そんなことを考える必要はない。躱し、体勢を戻し、そして反撃に移る。
 体に任せておけば、勝手にそれを行ってくれるのだ。それも1番有効的な行動を。今まで考えもしなかったレヴェルに、己が到達していることにクレスは気付いた。

 ――これが、リリアの戦闘方なのか。彼女は、いつもこんなとてつもない戦術レヴェルでの戦闘を繰り広げていたのか。
 相手が動いてからそれに反応し、自分の行動を選択する。天使同士の戦いともなれば、それでは遅すぎるのだ。常に先を先を予測し、考える前に躰を動かす。
 彼女が叩き込んでくれた戦闘技術は、それを可能とするものだった。知らず知らずの内に、躰が反応するまでになっている。精神状態をきちんと保てば、非常に高いレヴェルでの戦闘を実現できる。

 ――やっぱり、リリアは凄い。

 彼女の作成したプログラムに従って1年間、鍛練を続けて来ただけだ。たったそれだけのことで、まったくのドシロウトであった人間が、使徒最強の戦術レヴェルに到達している。それはクレスの常識外れな尺度からしても、驚くべき事実であった。

 起き上がったJ.A.が、再び攻撃を仕掛けてくる。先程よりスピードを速めた、上半身に対する重い蹴りと突き。その攻撃を繰り出しながら、菱形に窪んだ口元にエネルギーを集めている。

 蹴りと突きをガードさせておき、その硬直状態を狙っての超至近距離からのエネルギー波攻撃。リリアに叩き込まれた思考パターンで、クレスはそう判断する。

 ――動きが遅い。予測して動くまでもない。相手の動きを見てからでも、余裕を持って反応できるくらいだ……。これが本当に、オレたちが恐れていた監視機構の刺客のスピードか?

 最初に襲って来た蹴りを掻い潜ると、続いて放たれた突きのモーションが完成する頃には、クレスはJ.A.の背後をとっていた。音速を超えた動きで生じる大きな衝撃波を、ATフィールドで処理することも忘れない。近くには生身の人間であるロンギヌス隊がいるのだ。
 一瞬、敵の姿を見失ったJ.A.に、クレスは攻撃を加える行動をとる。ATフィールドを数枚、右の拳を包み込むように形成。それを後頭部に向けて……

 ――違う。J.A.が遅いんじゃない。タブリスが、リリアが……速すぎるんだ。
  この頂点を極めた2人の使徒は、並みの使徒を置去りにする程の速度で動き、
  並みの使徒の行動パターンを数十手先まで、完全に読みきり、
  並みの使徒を一撃で屠ることができるだけの、圧倒的な戦闘能力を秘めているんだ。

 ……叩き付ける!
 鈍い感触と共に、J.A.の頭蓋が割れた。数度に渡るクレスの打撃に、その装甲が限界を超えたのだ。
 頭部破壊という大損壊の為、一瞬の活動停止に追い込まれるJ.A.。クレスはそれを見逃してやるほど、甘くはなかった。
「悪いな。これも戦争なんだ」
 クレスは、腰に下げた革製のポーチのようなものから、伸縮する銀色のステッキを取り出した。ピッと一振りすると、ステッキが1Mを超える長さにまで伸びる。そして次の瞬間、それは死鎌に変わっていた。
 死神 <ゼルエル> 最強のウェポン、死鎌 <デス・クレセント> の完成である。まだ、リリアの様に2枚刃とはいかないが、それでも見事な『青い三日月』がクレスによって生み出されている。彼がリリアと交わることで受け継いだのは、死神ゼルエルの力。
 そして、そのリリアが <魔皇カオス> としてそのランクを上げた今……第2のゼルエルとして、死神の名はクレスに受け継がれることになる。それを継げるのは、彼しかいないのだ。
「あの世で神に伝えておけ。
『お前の娘は、オレが嫁に貰った』。
 もう彼女は誰の物でもない。オレの物でも、ましてお前らの物でもない。――彼女は、彼女として生きるんだ」
 言葉と共に、死鎌を一閃。心臓部に眠るコアを両断し、クレスはメッセンジャーをあの世へ送り出した。
 残されたのは、無残に横たわる頭部と動力部を破壊された機械人形だけだった。


SESSION・115
『自由天使の新兵器』



「ふぅ……。リリア、こっちは終わったぜ」
 クレスはスティックをホルスターに戻すと、既に戦闘を終えているリリアに歩み寄っていった。彼女はロンギヌス隊と同じ場所まで下がり、まだ戦闘を続けているタブリスの姿を眺めていた。
「お疲れ様でした、クレス」
 リリアはクレスを迎え入れると、微笑みながら言った。彼女は自分の愛弟子である夫の勝利を、既に確信していたようだ。特に安堵というような表情は浮かべていない。
 これから、監視機構と全面衝突しようという男だ。このくらいの雑魚以下の雑魚には、勝って当然ということだろう。
「――なんだ、リッシュモン元帥はまだやってるのか?」
 リリアの横に並びながら、クレスは呆れたように言った。見ればタブリスは、ヒラヒラとJ.A.の攻撃を踊るように躱しながら飛び回っている。明らかに彼は、人形相手に遊んでいた。
「なにをやってるんだ、あの男は」
「さぁ……。何か考えがあっての行動だと思うのですが」
 リリアは微かに首を捻りながら言った。
「そう言えば <新技> がどうとか言ってませんでしたか、エイモス老」
 天使同士の戦闘となっては、まるっきり出番のないリジュ卿がエイモスに言った。
「確かに。そのようなことを呟かれていたように思うが……。しかし、あのような本物の敵を相手に、新技の実験を行うなど普通では考えられんことですな」
「だが、リッシュモン元帥は普通じゃない」
 苦笑しつつ酷いことを言うリジュ卿に、エイモスも思わず破顔一笑した。が、直ぐに真顔に戻ると視線を戦場に戻す。

 ロンギヌス隊とて兵士だ。目の前に敵が迫っているというのに、それを他人に任せ切って傍観を決め込むというのは心苦しい。だが、音速を超える世界を実現しているタブリス達の動きは、彼らの視覚では捉え切れないのだ。
 J.A.の動きは人間よりやや素早い程度で、これは目で追うことができるが……リリアやクレス、そしてタブリス。彼らの動きは全く目に映らない。残像すら捉えきれないのだ。これでは、例え戦闘に参加しても彼らの足手纏いになるであろうことは明白であった。
「しかし、口惜しいですな。あの金剛石より硬い装甲……。あれさえ破る兵器があれば、我等もあの人形程度なら相手に出来るものを」
 エイモスが唸るようにそう言った。
「確かに。ただ観戦のみというのは、なんとも申し訳ない」
 腕組みしてタブリスとJ.A.の戦闘を見守るリジュ卿は、神妙な顔つきで答えた。
「御気になさらないで下さい。これは元々、私たち使徒の内輪での問題なのです。むしろ、貴方達を巻き込んでしまった私たちが、謝罪をしなければならない立場にあるのですから」
 ロンギヌス隊に向かって、リリアはそう言った。
「それに、今のリッシュモン元帥はこの戦いを楽しんでいる。……それを見守る者が、負い目を感じることもないだろう」
 クレスはそう言って、彼らに微笑みかけた。彼なりの慰めのつもりだったのだろう。だが、その言葉は真実を告げていた。
 彼の言葉通り、タブリスはこの戦いを楽しんでいたのである。


 ズザッと派手に砂塵が舞い上がる。軽やかなステップと共に、タブリスは地を蹴った。そして、そのスピードで相手を翻弄しながら、密かに微笑む。
 ――やはりこの緊張感は良い。別に殺しが好きな訳ではないが、密度の濃い時間の流れる戦場では、他では味わえない充実感を得ることが出来る。
 生か死か。その極限状態が生み出す緊迫した空気に、心踊るものを感じるのは確かだ。久しく忘れていた感覚が、体に蘇ってくる。
「君たちは、いい練習相手だよ。本当に」
 並みの使徒とほぼ同程度のスピード。ある程度の硬度を誇る、皮膚としての装甲。そして、再生・復元能力。
 敗北の危険はゼロに限りなく近いが、それでもそれなりの緊張感を味わえる対戦相手。少し傷つけたくらいなら、瞬く間に回復してくれるのも良い。色々な遊びを、何度も楽しめるからだ。
「……例えば、開発中の <新技> だとかね?」
 タブリスは後方に大きく跳躍すると、J.A.から40Mほど離れた地点に優雅に着地した。ヒラヒラと適当に相手の攻撃を躱しながら、組み上げた <陣> が完成したのだ。開発中の新技を試すための、準備は整ったということだ。
「なんだかワクワクするね、ガラにも無く」
 タブリスは苦笑しながら言った。
 そんなタブリスを警戒しながら、対峙するJ.A.はジリジリと間合いを詰めていく。これが普通の使徒であったら、タブリスには勝てないと悟った瞬間、逃げることもあり得るが……相手は使い捨ての機械人形だ。そんな選択肢はないらしい。
「――さて。上手く、作動するか」
 パチンッ☆

 タブリスは、オシャレに片目を瞑ったまま指を鳴らした。
「な?」


――ズザアァッ!


 耳を劈くような轟音と共に、突如、J.A.の足元が隆起した。一瞬状況を見失うJ.A.。無理も無かった。
 端から見ているロンギヌス隊の者たちでさえ、その光景をなかなか受け容れられなかったくらいだ。唖然とした表情のまま、ただポカンとそれを眺めている。第三者ですら、そんな反応が精一杯なのである。学習型のJ.A.にはどうしようもない。

 まるで、海中から巨大な生物が姿を現すかのように、大きな山を形成しながら盛り上がっていく大地。急速に膨らんでいくその土の『コブ』は、止まらない膨張にやがて限界を向かえ、崩壊する。次の瞬間、その割れた大地から姿を現したのは、奇妙な形状をした巨大な <ATフィールド> であった。
 突然、ズラリとならぶ獣の『牙』のような形状の幾多の <A.T.F> が、J.A.に噛み付く様にして地中から迫り出して来たのである。そして、その <A.T.F> はJ.A.を包み込む様にして一種の『檻(おり)』を形成した。
 例えるなら、大地から巨大な <A.T.F> 製の口が現出し、その口を閉じることでJ.A.を飲み込んだ……そのような感じになるだろうか。
「オオォォォ……!」
 人間の肉眼でも、煌く金色の光が微かに認識できるほどの強力な <結界> 。大地から突如現れたその輝く檻に、ロンギヌス隊の男たちは思わず声を洩らした。
「なんなんだ……あれは……」
 ロンギヌス隊の面々と同じく、クレスは驚愕に目を丸くしたまま呆然と呟いた。自分の頭が確かなら、タブリスが『パチン☆』と軽やかに指を鳴らした瞬間、それに答えるように何も無かった地中から、あの巨大なA.T.Fの檻が出て来たように見えた。
「……」
 何か言おうと思うのだが、それ以上は、声も出ない。どうしようも無くなって、クレスは頼りのリリアに視線を向けた。
「なるほど――」
 そのリリアは、他の連中と違って全く取り乱してはいなかった。じっとJ.A.を捉えた光の監獄を見詰めながら、ひとり呟いている。その口振りからして、あの訳の分からない物体の正体に見当を付けたようだ。
「なぁ、リリア。ありゃ、一体なんなんだ?」
「オレも、興味があるな。是非とも聞かせて欲しい」
 リリアに解説を求めるクレスに、後ろからリジュ卿も同調して来た。彼も他の隊員達ほどあからさまではないが、やはり驚きの表情を浮かべている。
「あれは、僕が開発した新技の『ひとつ』さ」
 彼らの問いに答えたのは、リリアではなかった。タブリス自らが、語りはじめたのである。
「新技……?」
 鸚鵡返しに、リジュ卿が呟く。
「そう。A.T.Fを高度に応用した、僕オリジナルの新技術さ。僕はこういう発明が大好きでね。暇な時には、色々と考えてみたりするんだ」
 そして実用に漕ぎ着けたのが、これなのであろう。
「プログラミング……ですか」
 リリアが訊くというよりは、確認するように問いかけた。
「その通りだ。……つい最近のことだけどね。新世紀において、魔皇 <サタナエル> が面白いものを見せてくれた」
「それは?」
 焦らすようなタブリスに、クレスが先を促す。
「原子レヴェルまで細かくした <A.T.F> に特殊なプログラムを施し、それを相手の脳に侵入させることで、幻の映像を脳裏に投影させる――そんな興味深い技術さ。彼は、このプログラムを組み込んだ <A.T.F> を幾千億と作り出し、全人類にばら撒いた。そしてそれを介して、人類に宣戦を布告したんだ」
 どうだい、面白いだろう?……というような笑みを皆に投げ掛けると、タブリスは続けた。
「あの時は、いきなり <月面> の映像が頭に流れて来たからね。最初はマジックと思ったが、そのタネを解明してみるとこれがまた面白い。――これは使える、と思ったんだよ」
 そこで言葉を切ると、カヲルは <A.T.F> の檻に閉じ込められたJ.A.を横目で見た。J.A.はその檻から脱出しようと、自分を閉じ込める結界を拳で殴りつけたり、エネルギー波を放ったりとしているが、まったく効果を上げていない。
「今回披露した新技はね……、
  <形状記憶型> のA.T.フィールドとでも言おうかな?
 ある刺激を与えると、決められた形に変形するというプログラムを組み込んだ <A.T.F> さ」
 そう言うと、カヲルはもう一度指を『パチン』と鳴らしてみせた。
「今回僕がプログラムしたのは、皆が見た通り、指を鳴らすとシャボン玉のような球体に丸まってしまうものさ。オレンジの皮を剥いたような形の平らなA.T.フィールドが、指を鳴らすという刺激を受けることによって予め記憶させておいた形状――球体に変形する」
「タブリス。あなたは、予めそれを地中に仕掛けておいたわけですね。そして、その地点にJ.A.を誘き寄せ、プログラム発動の切っ掛けとなる『刺激』を与える。すると <形状記憶> のプログラムに命が吹き込まれ……」
「フィールドは『球体』に変形。結果、J.A.を閉じ込める――か」
 リリアの言葉を、リジュ卿が締めくくった。
「御名答」
 エレガントな拍手を送りながら、タブリスは笑顔で言った。
「だけど、これはあまり実用的じゃない。どんな微弱な反応でも察知してしまう <魔皇> や <A.A.> が相手では、トラップにならないだろう。先に見つけられちゃうからね」
「ですが貴方のことです。これの他に、実戦でも使えそうなプログラムを既に幾つか完成させているのではありませんか?」
 リリアが鋭利な微笑みを浮かべながら言った。元が身も凍るほどの美貌の為、かなりの迫力がある。だが、タブリスはそれを涼しい顔で受け止めた。
「フフ……。まったく、君には敵わないね。慧眼恐れ入るよ、リリア・シグルドリーヴァ。――君の言う通りだ。あと2つほどプログラムは出来上がっている」
 呆れたような表情で、タブリスは言った。苦笑しているところを見ると、これからそれを大々的に発表するつもりだったのだろう。それをリリアに読まれたわけだ。
「元帥。さっそく見せて下さいよ!」
 興味を引かれたらしいロンギヌスの隊員が、タブリスに言う。
「分かった。では、披露しよう」
 タブリスはイタズラっぽく笑うと、言った。
 こうなってくると哀れなのは、J.A.である。ほとんどタブリスのモルモットといった感じだ。ドンドンと結界を殴り付けて外に出ようとするその様は、見るものにどこか哀愁を感じさせた。

 ――自由天使にかかれば、J.A.など良くても玩具程度にしかならないということか。

  <リッシュモン元帥> であろうが、本性を見せた <タブリス> であろうが、結局はとんでもない存在である彼に、リジュ卿は思わず苦笑した。
「今度は、先程の <形状記憶型> とはちょっと違う。ちょっと、J.A.を閉じ込めている結界内に注目してくれ」
 そう言うと、ロンギヌス隊にも見えやすい様に、タブリスは結界を形成する <A.T.F> を調節した。『厚み』や『断層』、内部の『空気』などを巧みに操って、巨大な『レンズ』を作り出す。結果、部分的に結界の内部が数百倍に拡大されて見えるようになった。
「これで見やすくなったかな?
 ……よく見てみてくれ。J.A.を閉じ込めた結界の内部に、無数の『髪の毛』が浮いているのが見えないかい?」
「おお、確かに。元帥閣下と同じ銀色の毛髪が、幾らかばら撒かれておりますな」
 レンズ越しに結界内部を見詰めるエイモスが、頷きながら言った。
「うん。それは、僕の髪の毛だ。少し切り取って、予めばら撒いておいたんだ」
「一体、これを何に使うんだ?」
 クレスが素朴な疑問を口にする。髪の毛などを何に用いるのか。想像も付かない。
「……フフ。じゃあ、それを知る為にクレス・シグルドリーヴァ。君に協力してもらおう」
 観客の中から、マジック・ショーの特別ゲストを選び出すマジシャンのように、タブリスはクレスを傍らに招いた。
「協力? 何をすればいい」
「簡単さ。あの結界内の僕の髪の毛に向けて、精神エネルギーを送ってもらえば良い。今の君なら、それも可能なはずだ」
 タブリスの言う精神エネルギーとは、東洋の武術などでいうところの『気』のことだ。人間も鍛練によってこれを扱いこなせるというが、天使は基本能力としてこれを自在に操れる。
 リリアの <デス・クレセント> の刃を思い出して欲しい。彼女の死神の鎌の刃は、『2枚刃』。1枚目は『A.T.F』製のものだが、もう一枚は『サイ・エナジー』製。すなわち、この『気』を凝縮したものだ。
『気』の力は、天使の力とは性質と帰属する体系が異なる為、A.T.Fでは無効化できない。霧島理事長の『霊気』が、バルディエルの展開したATフィールドを素通りしたことでも、それは証明されている。
 ただ、『気』の力は『天使の力』と比較して、力が弱い。故に使徒達はあまり『気』を利用することはない。使徒達の戦闘において、『気』の存在がほとんど無視されるのはこのためである。
「精神エネルギーを送ればいいのか? あの髪の毛に」
「そうだ。ビビッと送ってやってくれ。強さは問わない。届きさえすれば、キチンと反応してくれるはずだ」
 タブリスの言葉に、いまいち理由は分からなかったがとにかくクレスは頷いた。そして精神を集中すると、不可視の気の力を言われた通りに、銀色の毛髪に送り込む。その瞬間だった。

 ビシッ!


 何かが弾けるような音と共に、毛髪から金色の光が飛び出した。鋭い、そうまるで剣のような光。間違いなく、ATフィールドである。
「うおっ?」
 突然の反応に驚いたクレスは、思わず身を引いて声を上げる。
 ふと見れば、無数の銀の髪はATフィールド製の剣と化して、J.A.を串刺しにしていた。合計12本。その全てが、超硬質装甲を貫いてJ.A.に突き刺さっている。

「髪が……髪からATフィールドの剣が生えてきた……?」
 予想もしていなかった光景に、クレスは途切れ途切れに呟いた。
「これが第2のプログラムだ」
 そんなクレスを尻目に、タブリスは静かに言う。
「原理は?」
 今度は簡単には解明できなかったらしい。リリアがすぐに問いかけた。
「僕の髪に <プログラム> を施した。いや、正確には <ATフィールド> の『素』を仕込ませたというべきかな」
 タブリスはしばらく考えると、再び口を開いた。
「あの髪の毛には、 <ATフィールド> の力が宿っていたと考えてもらいたい。ただ、完全な <ATフィールド> ではない。不完全な <ATフィールド> だ。だから、最初はただの髪の毛にしか見えなかった。
 だが、その不完全な <ATフィールド> に『あるもの』を加えてやると、反応を起こして、それは完全な <ATフィールド> として現れる。その『あるもの』というのが、この場合 <精神エネルギー> なのさ」
「……さっきのと比較すると、随分高度なんじゃないか? これは」
 リジュ卿が誰とはなしに言った。
「その通り。これは、かなり高度なプログラムだ。 <ATフィールド> を神業的なレヴェルで扱いこなせないと、これは扱えない。使いこなせる者がいるとすれば、 <ゼルエル> を除けば使徒では僕が唯一だろう」
「オレにもできるかな?」
 何やら期待を込めた目付きで、クレスが訊いた。
「クレスにはまだ無理ですよ。あなたはまだ、ATフィールドを展開するだけで精一杯でしょう。もっと精進しなくては、この領域にまで達することは出来ません」
「……ガッカリ」
 リリアの手厳しい言葉に、クレスは力無く項垂れた。
「――さて、超高度なスキルが要求される反面、これは非常に実用的な技術と言える。何故なら、先程の <形状記憶型> とは違い、プログラムが発動されるまではそれは <不完全なA.T.F> であるわけだから、 <天使の力> の反応を事前に察知することができないからだ」
 タブリスは、自分と結界に閉じ込められた <J.A.> を取り囲む様にして集まった観衆たちに、視線を巡らせながら言った。
「 <魔皇> であろうが、 <エンシェント・エンジェル> だろうが、反応が出ていないのならそれを知覚することは難しい。さっきの髪の毛を地中にでも埋めておけば、彼らからこの罠の存在をほぼ完璧に隠し通すことが出来るはずだ」
 それはつまり、罠としての最低限の条件をクリアしていることになる。先の <形状記憶型> は元から <ATフィールド> の形態をとっているのだから、罠に利用しても相手に容易に気付かれる。その欠点を、この技術は持っていないというわけだ。
「これらを考慮すると、このプログラムを応用した技術は、今後 <トラップ> や <フェイント> の一手段として取り入れられ、広く活用されていくこととなるだろう。戦術の幅を広げる、有効なファクターとして期待できる」
 そう言うと、タブリスはリリアに顔を向けて続けた。
「……リリア・シグルドリーヴァ。僕はこれに特許を求めるつもりはない。君も自由に応用してれて良い。後で何度かコツを伝授するよ。君なら、直ぐにものにできるはずだ」
「――それはどうも」
 リリアはぶっきらぼうに応えた。本当に表情と感情を読み取りにくい女性である。彼女の鉄仮面を崩壊させるには、やはりクレス・シグルドリーヴァに登場願うしかないのだろう。
「精神エネルギー……『気』の力で、天使の力を発動させるカラクリ……」
 エイモスは、ひとり何か考え込みながらポツリポツリと呟く。誰もがタブリスの開発した新技術に意識を奪われていたから、そんな彼の様子に気付いたものはいなかった。
「閣下。ひとつ宜しいですかな?」
 エイモスはしばらく思案すると、やがて顔を上げタブリスに声をかけた。
「なにかな、エイモス老」
 涼やかな微笑と共に、タブリスは応える。
「今、シグルドリーヴァ殿が使われた『精神エネルギー』または『気』と呼ばれる力は、我々人間も有しておるものなのですな?」
「その通り。精神エネルギーは、我々使徒特有の力ではなく、人間も有する力だ。もちろん、両者の間にはその行使できるエネルギー総量の多きな壁があるが」
「なるほど……」
 エイモスはタブリスのその返答を聞いて、また髭面を俯かせた。顎をに手を当て、何やら深刻な顔で思案し出す。何かに――辿り着いたらしい。
「そんなことより、タブリス。あんたはさっき、プログラムは後2つあるった言ったはずだ。これがその内の1つだとすると、残りの1つは」
 あまり世間一般の『身分』や『目上目下』といったものに関心を抱かないクレスが、遠慮の態度で訊いた。そして、対するタブリスも人間のそういった格付けにまったく興味のない男である。クレスの横柄とも言える態度に、気を害した風も無く彼は応えた。
「――もうひとつか。非常に簡単なプログラムさ。言ってみれば <時限型> 。ある一定の制限時間を設け、色々な変化をさせるプログラムだ」
「ほう……?」
 リジュ卿が、唇の端を持ち上げながら面白そうに呟いた。
「ここに――」
 タブリスは、言葉と共に <異空間> で起こした対消滅によるエネルギーを、掌に『召喚』した。たった数秒で、である。他の天使に真似できる芸当ではない。
「ここに、球体の <A.T.F> に閉じ込めた爆発的なエネルギーを召喚した。言っても分からないだろうが、一応説明すれば――
  <地球> を8回ほど消滅……破壊ではなく、消滅させることが出来るだけのエネルギーだ」
 ロンギヌスの男たちは、確かに良く言葉の意味を理解できなかったが、それでもこれから何が起こるのか、固唾を飲んでタブリスに注目している。
「当然、これだけのエネルギーだ。それを閉じ込めている <A.T.F> も桁違いに厚く、強力なものなんだが……まぁ、この際それはいい」
 ふわふわと、シャボン玉のようにタブリスの左の掌に浮かぶ球体。幼児の頭蓋ほどの大きさだろうか。ロンギヌスの男たちの視線は、その世界を8回消し飛ばせるという球体に釘付けである。
「問題は、このエネルギーを閉じ込めた球状の <A.T.F> に、 <時限型> のプログラムを施したということだ。具体的には、『あと30秒で、球状のフィールドが崩壊する』というプログラムだ」
「つまり、30秒後にはそのフィールドは消えて無くなるのか?」
「その通りさ。クレス・シグルドリーヴァ」
 クレスの問いに、タブリスは相変わらずのアルカイック・スマイルで応えた。
「さて、ここで問題だ。30秒後、崩壊するフィールド。ではフィールド崩壊に伴い、それに閉じ込められていたエネルギーはどうなるでしょう?」
「檻から放たれた獣と同じだ。解放され、自由になる――か?」
 リジュ卿が、逸早く答えた。
「正解。言ってみれば、これはタイム・リミット30秒の <時限式対消滅爆弾> なんだ。多少、語弊はあるかもしれないがね」
 ニッコリと笑ってそう言うと、タブリスはその球体をそっとJ.A.を閉じ込めた結界の中に挿入した。
「あと7秒だ。……6、5、4、3、2、1」
 カッ――!

 次の瞬間、 <J.A.> を封じた結界内部は閃光に支配された。凄まじい光、すなわちエネルギーが解放されたのである。勿論、それによって生じる破壊は結界による遮蔽により、外部には一切及ばない。
「オオッ……!」
 低いどよめきが上がる。
 数瞬後、球状の結界の中にある全ては消滅していた。
「これが、3つ目のプログラム。 <時限型> さ。……なかなかに面白かっただろう?」
 タブリスは、消し飛んだJ.A.をバックに悪戯っぽく言った。
「呆れて声も出ない、というのがオレの感想だな。よくもまあ、これだけのものをたった1人で考え出したものだ」
 クレスが言葉通り呆れ顔で言った。
「言っただろう、発明が好きなんだ。僕はね」
「ところで、タブリス。生かしておいたあのJ.A.はどうするのです?」
 リリアは、少し離れた場所に放置してあるJ.A.を指差しながら言った。問題とされているJ.A.は、胴を真横に両断され上半身と下半身に別れたまま、地面に横たわっている。一見した限りでは生きているのか、死んでいるのか区別は付きにくい。
「ああ、あれね。それについては、1度町に帰ってから詳しく説明するよ。今後のプランも含めてね。……ま、結論だけ言ってしまえば、未来の人間に届ける為のプレゼントにすると言ったところかな。あれを以って、新世紀の人間達に監視機構の存在を納得させるのさ」
 タブリスの言う通り、この半身のJ.A.は、後の新世紀においてNERVの保有するサンプルとなる。そう、ターミナル・ドグマに幽閉されていたあのJ.A.。やがてバルディエルに乗っ取られ、ガルムによって殲滅されるあのJ.A.こそが、今、彼らの足元に転がっているJ.A.なのだ。
 このJ.A.無くしては、 <エンクィスト財団> に監視機構の存在を納得させることは出来なかっただろう。そうなれば、NERVの誕生も、ウルド・ヴェルダンディ・スクルドといったGODシリーズの誕生もあり得なかったことになる。

 過去も未来も、そして現在も。全ては、タブリスの計算の内にあった。少なくともこの時点で、タブリスは計略は完全に監視機構の思惑を超えていたのである。
 ファクチスを最大限に活用し得ることが出来る、その貴重かつ新鮮な多くの情報の獲得。流石のリリア・シグルドリーヴァも、これだけはタブリスに遠く及ばない。

 自由天使、最高と囁かれる由縁であった。


to be continued...


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