AMSマンション 4階 カフェテリア
――会議は思いのほか長引いていた。
AMSの面々は、昼食を取った後4階のカフェテリアに移動し、そこで再び『生徒会会館』の攻略案を練った。彼らは各々が持ち合っている生徒会と会館に関する情報を寄せ合い、そうして計画に肉付けをしていくといういつものスタイルで話を進めていったのだが、やはり今回は絶対的な情報量が不足していた。そのため、議論が思うように進行してくれなかったのである。
時刻は既に、彼らが昼間に集合してから文字盤が一周するまでに至っていた。
「天野も家の人に連絡しておいた方がいいんじゃないか?」
大きなガラス張りの窓から、夜の高級住宅街を見下ろしつつ祐一は言った。
「流石に高校生の娘が23時まで帰らないとなれば、心配していると思うが」
だが、その彼の提案に美汐は軽く首を左右した。
「いえ。今、家族は旅行に出ていますから」
もう夜も遅いと言うことで、AMSのメンバーは倉田・川澄邸に泊まっていくことにしていた。
このマンションの3階はAMS専用の客室になっていて、全員にの2LDKの個室が用意されており、制服や普段着なども佐祐理の厚意で完璧に揃えられている。その一部屋は、本来なら富豪の家族が億単位の金を出して入居するものであるにも関わらず、彼らは贅沢にもそれを個人で使っているのだ。
ここまで言えば既に明らかであるが――
高級邸宅街の中心に建てられたこの5階建ての超高級マンションその全てを、倉田佐祐理は所有し、そして運営している。つまり、『AMSマンション』の愛称で親しまれる彼らのこの拠点は、佐祐理が舞との2人暮しをするために大学入学に合わせて建造した、彼女個人の所有物件に他ならない。
そのオーナー・佐祐理は、既に3階の各部屋にAMSメンバーたちのネームプレートを張り付け、その部屋を管理する鍵を手渡している。勿論、各自の好みにしたがって部屋を飾りつけることもOKだし、佐祐理や舞に無断で出入り・寝止まりすることも許可されている。それでいて、使用料金は一切徴収されない。事実上の分譲に近しい扱いだ。
そんなわけだからして、AMSの少女たちは与えられた個室に自分の身の回りの物や家具を持ち込み、第2の我が家として好んで使っている。仮に彼女たちが家族と大喧嘩して家を飛び出したとしても、ここに逃げ込めば生涯優雅に暮らしていけるだろう。
だから、マンションに遊びに来て遅くなったから泊まっていく――そんなことも気兼ねなく簡単にできるわけであった。
「そう言えば、美汐ちゃんのお家ってどこにあるの?」
名雪に続き、あゆも『お眠の時間』が近いらしい。眼を擦り、あくびを噛み殺しながら言った。
「ものみの丘の近くです。その奥に小さな山林がありまして、その頂上に私の自宅はあります」
「あれ。……天野さん、それってもしかして『
天之葛葉神社』のことですか?」
佐祐理が何かに気付いたように言った。
「はい。その通りです」美汐は判別するのが難しいほど、小さく頷く。「私の実家は、代々その神社の神主を務めています」
「へえ。そいつは、初耳だな」祐一は少し驚いたように言った。
随分と仲良くなったように思っていたが、考えてみれば彼は天野美汐という少女のことをあまり詳しくは知らないことに祐一は改めて気付いた。家族のことだとか、どんな過去があるかだとか――その辺りの事情に関しては、全く理解していないのが実際だ。
「えぅ〜、神社がお家なんですか。なんだか凄いですね」
栞は好奇心を刺激されたらしく、目をキラキラさせている。
「天野さん。今度、遊びに行っていいですか!?」
「……構いませんが、特に何もありませんよ?」
「神社があれば、それで充分ですよ」
辛い食べ物は人類の敵です! と言い切る時の口調で、栞はあたかもそれが絶対の真理のように断言する。
「神社なんて変わった空間で育ったから、天野はこんな変なヤツになったのかな?」
「そんな酷な理屈はないでしょう」悪戯っぽい笑みを浮かべてからかう祐一を、美汐は睨みつける。
「大体、変なヤツとはなんですか。自分のことを棚に上げて、あんまりな言い様です」
「だってさ、天野って無駄に頭良いし。出所の怪しい情報を仕入れてくるし。何で知ってるんだっていう胡散臭い知識も満載だし。オレも変わっているとは言われることは認めるが、天野だって1歩も退いて無いと思うぞ。そういう面では」
祐一は片目を瞑って肩を竦めて見せる。
「知識を有しているのと頭が良いのとは違いますよ、相沢さん」軽く溜息を吐くと、美汐は言い返す。
「また、計算や暗算が速いというのは、数学的才能と頭の一部の使い方に優れているだけです。これも、頭が良いという表現とは直結しません。……私は、少し変わって見えるだけなんですよ。川澄先輩のような能力を使っているわけでもありせんし、人間の規格から外れているわけでもありません。少なくとも天野美汐に限っては」
「あ、なんかお姉ちゃんも今の天野さんと似たようなことを言ってましたね、そう言えば」
思い出したように栞は言った。
「偏差値が高い人間やテストで満点を取れる人間を、即座に頭が良いと判断するのは早計だって。お姉ちゃんによると、例えば学年の成績トップ10位を占める連中は、大抵の場合その5割までが『ただの馬鹿』、4割が『凡人』、本当に『頭が良い』人間は良くても1割程度なんだそうです。そして、自分は常に学年主席を守ってきたけれど、その本質を見れば5割の馬鹿に含まれてるのよって言ってました。しかも、自分より私やあゆさんの方がずっと頭が良いって……」
「ええ〜っ!? ボ、ボクなんかが香里さんより頭が良いわけないよ!」
基本的に、小学生レヴェルで知識と学力が止まっているあゆは、手をバタバタさせて慌て出す。
「ボクなんて、まだ中学生の教科書だって分からないことがあるもん」
「あはは〜。でも、あゆさんはとても賢い方だと思いますよーっ」
佐祐理はニッコリとあゆに微笑みかける。
「自分にとって、1番大切なことがなにかとか。自分が本当にしなくてはならないことは何かとか。そういうことを、考えなくても本能的に導き出してしまう。無意識のうちに、人間として1番大切な真理に到達してしまう。そんな能力を、あゆさんは持っていると思うんです。普通の人から考えれば、これは天才的とも言える特別な頭の良さなんですよー。一種の悟りみたいなものですから」
「う、うぐぅ?」
勿論、あゆは佐祐理の言葉の意味を少しも理解できなかった。だかそれでも、彼女は栞と並んでAMSを代表する賢者の1人なのである。
「ま、確かにそういう頭の良さもありだよな。その意味であゆや栞は賢いし、対する香里は馬鹿なんだろう……」
祐一は暫く考えると、感慨深げにそう呟いた。
「――オレそっくりの大馬鹿かな」
暴走であることを知りながら、それを自ら止めることができない。過ちと知りながら、それを正すことができない。要するに、弱くて不器用なのだ。美坂香里という少女は。
折り合いをつけるとか、割りきるとか、そういう賢しい生き方ができない。結局、破滅するまで戦うか、それとも逃げ出すか、2つに1つしか選べない種の人間なのだ。だから、いつだって損な役回りを演じることになる。その点で、彼女はかつての祐一と悲しいほど似ていた。
自らを変えるというのは、とても難しいことだ。本当に正しいと思うことを
直向に信じて、周囲の圧力に逆らいながらも貫き通すのは勇気のいることだ。
美坂香里はずっと独りだったから――その勇気を支え通すことができなかった。だから、破滅に向かうと知りながら、そのレールの上を疾走するしかなかった。
「自分が本当に何を知るべきか、自分に本当に必要なものとは何か。それを識る者こそが賢者であるというのならば、確かに美坂先輩は些か不器用過ぎます。その意味では月宮さんや栞さん、貴女たちのほうが遥かに強くて……そう、頭が良いと言えるでしょう」
もっとも、美坂先輩の頭脳の性能は殆ど天才の域にありますが、と美汐は付け加えた。
「――その通りよ。天野さんの言葉は正しいわ」
その声に、その場にいた者たちは全員が部屋の入り口に視線を向けた。
カフェテリアに入ってきた声の主は、話題に上っていた美坂香里その人だった。
「簡単に他人を『頭が良い』なんて評価してしまう人間は、結局のところ、相手を過大評価することで自分を守ってるだけよ。あの人は頭が良いんだから、負けていて当然なんだ……っていうような理屈で、その人と争うことを止めてしまうの。そう決めつけてしまえば、それ以上は努力しなくても戦わなくても済む。楽ですものね。本当に頭の良い人間の凄みなんて、馬鹿が認識できるわけないのに」
「――それはつまり、芸術品として認められている絵画のようなものなんだろうな、きっと」
祐一は少し考えると、唸るように言った。
「オレは絵描きの才能も芸術的センスもないから、ピカソの絵を見ても落書きのようにしか思えない。きっと、絵を見る能力が無いんだろう。だから、億の値が付くピカソの絵の凄さが全然理解できない。つまり、そういうこったろう? 能力の低い者――バカってのは、本当に凄い天才的な才能を認識なんてできない」
「なるほど、なるほど。それなら、私の絵をお姉ちゃんや祐一さんがてんで理解できないのも頷けます」
栞は難しい顔をして、ウムウムと頷いて見せる。
「つまり、私の絵があまりに高度で芸術的で、あまつさえ斬新である故に、凡人で才能の無い祐一さんやお姉ちゃんは理解できないんです。ケーキの絵を『はは、美味しそうなカレーだな』とか言うんです!」
いや、アンタのはただ壊滅的に下手なだけだ。香里と祐一は思ったが、懸命にも声には出さなかった。そんな2人の苦労と気遣いも知らず、栞は絶好調で続ける。
「つまり、評価する対象の凄さとか偉大さが理解できた時点で、その人は既に低能とは言えないんですね。逆に言えば、本当に低能なら認識や理解そのものが出来ない、と」
「ま、そういうことね」香里は栞の隣に、流れるような動作で腰を落とす。
「――それはそうと、栞。家に連絡入れといたわよ。お泊りOKですって」
「わーい、嬉しいですぅ」お泊り許可が出たと聞いて、栞は諸手を挙げて喜びを表現する。
「これでもう暫くみんなでワイワイできますね」
「あら、それでも夜更かしは駄目よ。明日だって学校はあるんですからね」
もっとも、みんなで騒ぐと言っても、既に名雪と舞は寝室で夢の世界の住人と化している。あゆも先程から欠伸を頻繁に噛み殺しているから、そろそろ就寝組に加わることになるだろう。まあ、名雪やあゆはAMSの頭脳労働担当というわけではない。どちらかと言えば、ムードメイカー的存在だ。その意味で、彼女たちが抜けてしまっても何ら問題は無かった。
――しかし、こうして考えてみると、AMSのメンバーは特徴や性格にあった其々の役割を上手にこなしていることが分かる。
例えば、
黒手の男『ワイズロマンサー』の二つ名で知られる相沢祐一は、7人の個性あるメンバーたちを統括する、象徴的な意味合いでのリーダーだ。
特に際立った能力は無いが、不思議な魅力――言いかえれば『カリスマ性』を持つ彼は、最後の最後でやはり頼りにされる人材である。また、少女たちの心の拠り所という意味合いでも、やはりAMSの『核』となる存在と言っていい。
また名雪、栞、あゆの3人は、その朗らかさと愛らしさでパーティにムードと運を齎すキャラクターだ。それと同時にトラブル・メイカー、つまり一種のトリック・スター的な役割も担っている。分かりやすく言えば、AMSのマスコットだ。時々、顔に似合わず、聞くものをハッとさせるような鋭い意見を入れてくることがあるのもご愛嬌である。
それから、美坂香里と天野美汐は自他共に認める、チームのブレイン(頭脳)だ。祐一や先程のマスコット組が持ってくる『厄介事』を処理するために、最適と思われる戦略を練り出す軍師的な役割を担っている(と言うか、押し付けられている)。マイペースで暴走しやすく、しかも自己主張の激しいメンバーたちを、完璧な理を以って束ねあげるAMSの理性であり良心であるのが彼女たちだ。
香里は幼い頃から、アメリカで企業弁護士をしている父、同じく刑事弁護士をしていた祖父の影響を受けて、彼らから英才教育を受けてきた自覚の無いエリート。12歳で、司法試験の1次審査(大学卒業レヴェルの学力が問われる)をクリアしたこともそれを証明している。
得意とする、憲法・民法・商法・刑法など司法全般、医学、電子工学に関しては
修士から
博士級の知識を有しており、特に司法関連に関しては、今『司法第2次試験』を受けても合格するであろうと言われるほどの頭脳と学識を誇る。
ちなみに、現在の司法試験の第1次試験合格の最年少記録は14歳。第2次試験の合格は20歳。香里が今受験して合格すれば、その記録を塗り替え、史上初の10代合格者となる(そして、彼女なら間違いなくそれをやり遂げるはずだ)。
一方の天野美汐は、出所の怪しい謎の情報ネットワークを操る謎多き少女である。美坂香里が「天才」であるなら、彼女は「鬼才」。その知識の幅は、超心理学から道教、風水、裏社会の最新事情、素粒子物理学、更には満漢全席のレシピに至るまで極めて広域をカバーし、祐一から『歩く御婆ちゃんの知恵袋』と不名誉な2つ名まで戴いたほどである。
また、川澄舞を除くAMSのメンバーたちは誰も知らないが、彼女は多重人格者でもある。人間というのは普通、誰でも多重人格者であるが、美汐の場合はちょっとタイプが違う。自動車のギアをシフトさせるように、自らの意思で複数の人格を自在に入れ替え、コントロールすることが可能なのだ。
彼女は自分の高すぎる能力を制御・抑制するために、日常生活に必要のない『超越者レヴェルの才能』を全てもう1つの人格に管理させ、普段はその人格ごと自分の心の深層に封印している。自分がその天賦の才を自在に振るうことになれば、社会を震撼させてしまう――
そのことを知っている彼女は、意図的に自分の力を押さえ込んで常人を演じているのである。香里より警戒すべき、本物の化物は……だから彼女の方なのかもしれない。
メンバー最年長の倉田佐祐理は、勿論AMSの財政担当だ。その豊富な財源を惜しみも無く提供し、彼等に超高校生級の無茶を可能とさせているのは、彼女がスポンサーについているからに他ならない。1夜で一軒家を建てられるほどの金を稼ぎ出す彼女なくして、AMSの破天荒な活動は成立し得まい。
そして、その大親友である川澄舞は、AMS最強の戦闘要員である。その比類なき戦闘能力は、既に人類の規格を外れて果てしない。どこまで行くのか、川澄舞。
猛獣並みのパワーを持った5体の鬼神を自在に使役し、またその身に宿る特殊な能力で、自らの知覚・身体能力を飛躍的に向上させた彼女に太刀打ちできる者を人類から選出するのは、極めて困難な作業となるだろう。祐一曰く、「あいつは、1人チャーリィズ・エンジェルだ」
――こうして改めて見直してみると、本当に出鱈目な連中の集団である。よくもまあ、これだけの強烈な個性が揃いも揃ったものだと感心するしかない。だが、そんな彼等を以ってしても、『生徒会会館』の壁は高く分厚いようだった。
他国の領土にありながら治外法権を確立している各国の大使館、それに比肩し得るレヴェルの警備システムを敷いたこの施設に入り込み、その最深部に眠るとされる機密を盗み出すとなると、流石の彼らも苦戦は免れられないということだ。
「……まぁ、とにかくだ」
深く凭れ掛かっていたソファから身を起こし、祐一は皆の注目を集める。
既に寝てしまった名雪と舞を除く6人が、現在カフェテリアに残っているメンバーだ。
「ここまで厳しい迎撃シフト敷かれてるとなると、こっとも持ってる武器は最大限フル活用するしかねえだろう。まずは、その辺から考えてみようぜ」
「うぐぅ。祐一君、その武器ってなに?」
あゆは眠気で働くなってきている頭で必死に考えたが、分からない。
「そうだな。こっちの主なカードは――まず佐祐理さんの財力と政治力だろ。それから舞の“魔”、そして香里とミッシーの頭脳ってとこかな。因みにこういう場合、オレの『ロマンサー』は全く役に立たん。
まあ、とにかく、使えるものは何でも使って、上手く攻略したいところだな。ウム」
「その攻略の際、多分、1番の問題になるのは脱出方法とその経路だと思うわ」
香里のその言葉に、深夜だというのにテンションの下がらない佐祐理は頷いた。
「そうですねー。会館に入るだけなら、佐祐理がお願いすれば何とかなると思いますし。
美坂さんの言うように、焦点になってくるのは会館の『機密』を暴くなり盗むなりした後、どうやって外に出るかになってくるでしょうね」
「――それに関しては、私に1つ考えがあります」学校で発言するように、美汐は小さく挙手する。
「まだ完全に練ったわけではないのですが……この方法を使えば、機密を盗む前に全員を会館の外に出すことが可能です。しかも、正規のルートで」
「おいおい、なに言ってんだミッシーよ」祐一は、あまりに頓珍漢な美汐の発言に苦笑する。
「盗む前に会館を出たんじゃ、機密自体はどうやって入手するんだ?」
「いえ、ですから実際には出ません。退館したように思わせて、館内に居残るんです。つまり、警備員と監視カメラ、正面ゲートのシステムに、我々が正規の手続きを踏んで会館から出たと誤認させてしまうわけですね。そうなれば、私たちの不在証明――いわゆる『アリバイ』が成立しますから、後は派手にやれるでしょう」
「――なるほどね。天野さんの考えてること、大体分かったわ」
香里は薄い微笑を浮かべた。そして、佐祐理の方に視線を向けて問う。
「倉田先輩。先輩の伝手で、注文した衣装を作ってくれる業者は見つかりませんか? あと、そうですね……芝居の小道具とかが揃えられるルートとか」
「ふぇ、衣装と小道具ですか? ……そうですねえ」
意図の掴めない香里の言葉に、佐祐理は些か面食らったようだった。
だがそれも一瞬。直ぐに彼女は何時もの笑顔に戻って言った。
「佐祐理の経営しているお店に、映画の製作会社やハリウッドなどから依頼を受けて、劇場や演劇用の特殊機材や衣装、小道具などを作っているブランドがあります。そこのスタッフさんにお願いすれば、大体の物は手に入ると思いますけど」
「それじゃあ――」
そう言いつつ、香里は学生カバンからノートを取り出し、そこにサラサラと何かメモしていく。
そしてそのページを綺麗に破ると、佐祐理に差し出した。
「そこに書いてあるようなものを揃えるとしたら、どれくらいの時間が掛かるでしょうか?」
「あはは〜。これなら直ぐにオッケーですよーっ」
香里に渡されたメモを走り読みすると、佐祐理は直ぐに笑顔で言った。
「スタッフさんが今受けているお仕事の状況にもよりますが、1週間あれば完璧に揃えられますよ」
「そうですか。心苦しいのですが、明日あたりにでも発注していただけませんか? 天野さんのプランを実行するには、そういった衣装や小道具があった方が良いんです」
「えっ? えっ?」
栞は話の流れについていけず、目を白黒させて姉や佐祐理の間で視線をさ迷わせる。
「どういうことなんですか? さっぱり分かりません」
「オレもだ。一体、天野たちは何を考え出したんだよ?」
「まあ、それは追々説明するとしまして……」
美汐は、興奮した様子で詰め寄ってくる祐一たちを、クールに宥める。
「できれば、私も会館に1度入っておきたいですね。美坂先輩の記憶は完璧ですから、1階の間取や監視カメラの位置は分かるにしても、1度会館の雰囲気というものを感じておきたいです。ジャミングが仕掛けられているかどうか、実験もしてみたいですし」
「そうね。万全を期して望んだほうが良いわ。何せ失敗すれば、最低でも不法侵入と校則違反で停学。下手をすれば全員退学もあり得るし」
「機密を盗もうとすれば、それにまた重罪が上積みされるわな。最悪、刑事事件になるかも」
香里の後をついで、祐一が不穏なことを言い出す。だが、その言葉の内容自体は非常に現実的なものであった。
「うぐぅ……それって、逮捕?」小動物の様に身を縮ませ、あゆは上目遣いに訊く。
「あははーっ、逮捕ですね」
「逮捕だな」
「むー、逮捕かもしれませんね」
佐祐理、祐一、栞が揃って頷いて見せた。
「じゃあじゃあ、手錠とかかけられちゃうの? がちゃんって」
小動物の様に身を震わせ、あゆは不安そうに訊く。
「あははーっ、かけられちゃいますね。ガチャンと」
「かけられるな。両手に」
「むむー、お縄頂戴かもしれませんね」
佐祐理、祐一、栞は再び頷いた。
「うぐぅそれから、牢屋にいれられちゃうの?」
小動物の様に怯えながら、あゆは涙を溜めて訊く。
「あははーっ、牢屋にいれられちゃうかもしれませんね。ガラガラガシャンと」
「網走の夜は寒いかもな、相当」
「むむむー、そうなったら食事用のナイフとフォークで大脱走です」
佐祐理、祐一、栞は神妙な顔つきで頷いた。
「う、うぐぅ……ボク、牢屋なんて嫌だよ」
「だから、そうならないように策を練ってるんだよ」泣きそうなあゆに、祐一は諭すような口調で言った。
「失敗は許されねぇ。意地でも奴らの隠してる機密を暴き出して、澤田やら武田やらを殺した連中を逆に監獄送りにしてやるんだ」
「――そう。それができるのは、私たちしかいないわ」祐一の言葉に、香里は力強く頷いた。
「……そうですね。確かに、お姉ちゃんの言う通りです。澤田さんの自殺の真相も、武田さんが自殺ではなく殺されたと言うことも、誰も知りません。全てを知っているのは、ここにいる私たちAMSのみんなと犯人だけです」栞は言った。
「ま、そういうこった」祐一は、ポンポンとあゆの頭を軽く叩きながら微笑む。
「ここでオレたちが退いてしまえば、それは即座に、理事会と生徒会幹部連中に愛と自由を提供することに繋がるんだ。面倒事はご免だけど、オレたちは真相を知ってしまったし関わってしまった。
目を瞑って、耳を塞いで逃げ出すのは、つまり奴らの存在と行為を容認することになると思う」
それから全員に視線を回して、彼は続けた。
「勿論、
Call or Foldは皆の自由だ。各々で、是非を決めてくれ。
みんなでオレの我が侭に付き合う必要なんてないんだし。それに、リスクはあってもリターンはない、割りの悪過ぎるゲームだ。そんなものに乗るのはある意味馬鹿げてる。
強制はしない。選択は個々の自由。……ただし、後悔はしないようにな」
to be continued...
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脱稿:2001/11/23 01:29:35
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