垂直落下式妹
Hiroki Maki
広木真紀




26



「ねえねえ、お姉ちゃん。せめてヒントだけ下さいよぅ」
「もう、しつこいわねぇ……」
 これで、もう何度目になるだろうか。甘えた声を出して擦り寄ってくる妹に、香里はうんざりしていた。
 20日の深夜、AMSのメンバーたちは、既に就寝のために3階の住居フロアに用意された個々の寝室に戻っていた。唯一の例外は、隣の姉の部屋から頑なに離れようとしない、美坂栞だった。彼女はこの事件の真相に大体の見当を付けているらしい姉から、何らかの情報を聞き出すまで、ここで粘り続けるつもりだった。そうでなければ、安心して眠りに就くこともできないというのが、その言訳だった。
「ほら、もう2時半よ」
 ベッドに腰掛けていた香里は、読みかけの文庫本を閉じると言った。確かに、彼女の言葉通り、ベッドスタンド備えつけの時計は既に午前2時30分を過ぎていた。
「私は寝るから、栞も部屋に戻りなさい」
「いやです!」
 栞は足早に香里のベッドに駆け寄ると、そのまま頭からモゾモゾと中に潜り込んだ。
「ちょ、ちょっと!?」
 妹の奇行に、香里は非難の声を上げる。たとえ相手が血の繋がった妹であれ、ベッドに忍び込まれるのはこれが人生はじめての経験だ。
「このベッドはとても大きいですし、私は細いですから2人一緒に寝てもヘッチャラです」
 香里の隣に素早く陣取った栞は、ニンマリと笑う。
「もう! 本当に言い出したら聞かないんだから」
 怒ったような呆れたような、複雑な表情を見せて香里は溜め息を吐く。
「昔から、変なところで頑固なのよね」
「昔といえば、小さな頃は2人でこうして同じ布団で眠ったこともあったじゃないですか。懐かしいですねえ」
「話を逸らさないで」ピシャリと香里が言う。
「まあまあ、いいじゃないですか」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて、栞はスリスリと姉ににじり寄っていく。
「むー、お姉ちゃんって良い匂いですねぇ。それにフニフニしてて柔らかいです。男の人が触りたがるのも分かる気がしますね〜。気持ち良いです。お姉ちゃん、すきー」
「ちょ、なに考えてるの!?」
 サワサワと怪しい手つきで躰に触れてくる妹に、香里は何故だか本能的な危機を感じて身を強張らせた。
「そう言えば、お姉ちゃんの布団に潜り込むと、何時も何故だか温かかったのを思い出します。冬でもとってもポカポカしていて、気持ちが良かったです。ずっと不思議に思っていたんですけど、結局、今でもその謎は解けていません」
 栞は嬉しそうに言った。
「――お母さんの布団と同じです」
「いやねぇ。私は、あんたの姉であっても母親にはなりたくないわよ?」
「そういう意味じゃないですよ……」
 そう言って、栞はまた満面の笑みを浮かべた。
「ね、それより、事件のこと教えてくださいよぅ〜。気になって夜も眠れません」
「あんたも大概しつこい性格してるわね」
「YESかNOで答えるだけで構いませんから。ね、ね? それなら、いいでしょう?」
「はぁ……。もう、しょうがないわね」
 それでも言い募る栞に、香里は遂に折れた。期待に瞳を煌かせて迫られると、香里は抵抗できない。
結局、栞には甘い自分だ。香里は嘆息すると、小さく何度も首を左右した。
「いいわ。確証もないし、想像の域もでないし、オマケに論理的には推測できない要因も多いから、できるだけ喋りたくはなかったんだけど――」
「いいのいいの、推理ごっこが楽しめれば」
「はいはい」諦めきった表情で、香里は適当な返事を返した。
「ではでは! お姉ちゃんの気が変わらないうちに、さっそく最初の質問です」
 夜だというのに、栞のテンションは異様なほどに高かった。
「……もう、好きにして」
「まず、事件の全体像に関してです。ズバリ、質問。澤田さんの自殺、武田さん殺害、竹下さん殺害、小田桐兄弟の殺害。この5人の死に、事件としての関連性はありますか?」
「YES」香里は即答した。
「わ、本当ですか? じゃあ、やっぱり1年前の澤田さんの自殺も、本当は他殺!?」
「それに関しては、不定」
「むー」栞は眉を顰めて唸る。「お姉ちゃんにも、まだ分からない事はあるんですね」
「と言うより、分からないことの方が多いわよ。でも、それはある意味で些細な問題なの。栞の言うように『情報』を価値によって階層化していった時、1番下位に属する重要度の低いものね。
 YESかNO、どちらにスイッチが入っていたとても、大筋には影響しないわ」
 ベッドに横になったまま、香里は器用に肩を竦めて見せた。
「それは最初から変数として計算に入れてあるのよ。そして私の方程式は、その変数によって生じる揺らぎに柔軟に対応できるように作ってあるわ。――いえ。変数だと、方程式っていうのは変かしらね。関数と表現するべきかしら。まあ、とにかくそんなとこよ」
「え……っと。つまり、澤田さんの死――これは、自殺でも他殺でもハッキリいってどちらでも構わないわけですね? どっちであったとしても、お姉ちゃんの仮説の大筋は狂わない」
「YES。まあ、あの気の毒な『シュレディンガーの猫』みたいなものね。問題は、一連の事件の大筋を解明することなんだから、箱の中に猫がいることが分かれば情報としてはそれで充分なのよね。生死は、どうでもいいの。その箱のスケールさえ把握できてればね」
「ふーむ、何だか聞けば聞くほどワケが分からなくなりのそうなので、次の質問です。ズバリ、犯人は1人ですか?」
「――NO」
「えぅ〜、じゃあ、やっぱり複数犯による犯行だったんですね」
 栞のその言葉は、コメントであってクエスチョンではなかったから、香里はレスポンスを返さなかった。
「それでは、今年最初の事件。武田玲子さんの死に関してです。彼女の死は、殺人ですか?」
「YES」
「じゃあ、旧校舎で見つかった竹下啓太さんは? 彼はもう、確実に他殺ですよね」
「YES」
「それじゃあ」栞は暫し思考すると、再び口を開いた。
「あの事件の最大の謎。彼の右腕の手首が切断されたことですけど……あれには何か意味があったんですか?」
「YES」
「ええと、それは何かのメッセージのようなものですか? マスコミを挑発したとか、犯人の主張やそういったものを示すものとか」
「NO」
「じゃあ、あれは客観的にみて合理的・論理的な動機から切断されたんですか? 犯人は、手首を元々切断したかったわけですか?」
「前半は、質問が少しおかしいわ。客観的に見るもなにも、動機っていうのは極めて主観的なものでしょ? 客観視――つまり、第3者が観測しようとした時点で、それは動機じゃなくなるわよ。どこかで聞いたような話だけどね。特に量子力学関係で」
 香里は苦笑する。
「たとえば、私達の爪よりも小さなホビット(小人)の家族がいたとしましょう。その小人たちから、栞はホームパーティに招かれるわ。ところが、栞が歩いて彼らの家に近付くと、とんでもないことが起こるの」
「えっ? ……えっ? 突然、なんですか?」
 栞は目を白黒させるが、香里は無視して続ける。
「彼らの存在は小さすぎて、栞が歩く時に生じた僅かな振動さえも、大地震に相当する大衝撃なのよ。おかげで、栞が1歩近付いてくる度に、彼らの家は上へ下へとひっくり返るような大騒動。滅茶苦茶に荒らされてしまうわ。窓は割れ、戸棚は倒れ、柱は倒壊。殆ど、廃墟ね。ところが、そんなことを知らない栞は、彼らの家の中を覗いて無邪気にこう言うの。えぅ〜。小人さんの家って、とっても散らかってるんですね〜」
 つまりは、そう言うことよ――と香里は微笑んで見せる。
「本当は小人さんの家は綺麗に整頓された、素敵なところだったわ。でも、栞が彼らの家を覗こうと近付くことで、滅茶苦茶になってしまったの。そして栞が彼らの家を実際に観測した時は、その荒れ果てた家の中しか見ることが出来ない」
 栞は沈黙を守って話に耳を傾けていたが、既に姉が何故こんな譬(たと)え話を持ち出したかを理解しつつあった。
「ねえ、栞が見た小人の家は、真実の姿と言えるかしら? 本当に、それで彼らの家の実態を知ったことになるかしら? 知ろう。観察しよう。観測しよう。そう思って、それを実行に移したとしても、遂にその真実の姿を窺い知る事はできない。そんな対象が、この世には幾つもあるんだと思うの」
「犯人の動機……人の心も、その1つですか?」
「そうね」香里は視線を宙にさ迷わせると、呟いた。そして、そのまま遠くを見るような目で続ける。
「そうかも知れないと、私は思っているわ」

 結局、動機を語るという行為は、カテゴライズであり免罪符だ。その証拠が、近年マスコミが頻繁に使っている『理由なき・動機なき殺人』という表現である。これは、犯人の動機を整理するために用意した、従来型の『動機カテゴリー』に当て嵌まらないタイプの犯罪が急増してきたことによって生まれた現象だ。
 犯罪用の整理棚をイメージしてみれば良い。1段ごとに「怨恨」、「金」、「恋愛」、「突発的犯行」等というラベルが貼られた、整理棚がある。今までは犯罪が起こると、その特徴や犯人の話を元に、この犯罪は「怨恨」の棚、あの犯罪は「金目当て」の棚、という風に分類することができた。
 ところが最近の、特に若年層の巻き起こす犯罪は、「怨恨」の棚に置くべきか「突発的犯行」の棚に分類するべきか、非常にマスコミや警察を悩ませるものが多い。犯罪と、それ以前に人間の多様化が許される時代にあって、棚の数とラベルの種類が足りなくなったのだ。
 だから、マスコミは仕方がなく、『理由なき・動機なき』という新しいラベルを貼った棚を造り、従来の方法では分類不可能なタイプの犯罪を、そこに一緒にして押し込めることにしたわけだ。これで、急場を凌ごうという魂胆である。
 分からないもの、理解できないもの、受け入れられないもの。これらは常に『オカルト』『異常』などのレッテルで一纏めにされてきた。理由は簡単。こうしてレッテルを貼ってしまえば、それについてはそれ以上考えずに済むからだ。この怠惰な姿勢は、何百年経っても変わっていないというわけである。
「まあ、いいわ。前半の質問には、取り合えずYESと答えておきましょう。それから、後半の質問については、NO」
 今は語るべきではないと考えた香里は、そう言って強引に話を元に戻した。
「犯人が死体の手首を切断した理由は、言葉に変換すればそれなりに説得力をもつ動機からよ。だからこそ私は、犯人は手首を切る気など最初は全然無かった――切断しなくてはならない必要が生じたから、やむなく切ったという風に考えているわ」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください」
 栞は香里の返答に少し驚いたようだった。高い声で小さな叫びを上げると、次の瞬間には何やら考え込む。
「じゃあ、犯人は本当なら手首を切断したくなんかなかったんですね? でも、切断しなくちゃならない理由ができて、どうしても切った――と」
「YES」
「ああ、そうですね」栞はポンと手を打つと、大袈裟に頷いた。
「確かに……確かにそうです。あの手首の切断が強烈なインパクトを持っていたために、私達は色々と考えてしまいますが、あれさえなければ、竹下啓太さんは密室で普通に自殺したように見えるんですよ。そう、そう。そうです」
 栞は、1人で盛り上がり、1人で納得していた。
「元々、犯人は武田玲子さんと同じケースを作ろうと思ったんですね。密室で、首を吊った死体。つまり、ストレートに自殺と思われるような、そんなシチュエーションを演出したかったんです。ですが、何らかのアクシデントのせいで、死体の右手を切断しなくてはならない事情に陥った。だから、結果としてあんな不可解な現場が出来あがったわけですね?」
「――YES」香里は満足そうに頷いた。
「想像でしかないし、証拠なんて何も無いけれど……でも名雪風に1番分かり易く考えられて、しかも現実的な説明はそれしかないのよ」
「なるほど〜。お姉ちゃんらしい考え方です。お姉ちゃんって、『次の方程式を簡単にしろ』とかいう問題が大好きですからね」
「そう。ナイフで無駄な部分を削ぎ落としたような、シンプルで合理性を徹底追求した、そんなデザインが私は好きなのよ」
「じゃあ、竹下さんの右手が切断されたことっていうのは、あんまり事件に大きな意味はないんですか?」
「――YES」
「澤田さんの死が『自殺』でも『他殺』でも大差ないように、竹下さんの場合も死体に右手が『あって』も『なくて』も大筋には大して影響しない?」
「YES」
「なるほど、なるほど……」
 栞は顎に手を当てて、真面目な顔をする。
「じゃあ、次は小田桐さん兄弟の事件についての質問です。まず彼らの死ですが、これは他殺ですか?」
「YES」
「彼らを殺した犯人と、死体に火をつけた人物は同一?」
「YES」
「むむ〜。やはりそうですか。……しかし、犯人はどうして火をつけたんでしょうねぇ。やっぱり、意味があるんでしょうか?」
「もちろん、YESよ」香里は当然、と言わんばかりに頷いて見せた。「人間がやることには、全てに意味があるものよ。たとえ本人さえ理解できていなくてもね。まあ、でも……これは見解にもよるかしら?」
「じゃあじゃあ、下半身だけを燃やしたのにも理由があるんですね? 全部じゃなくて、わざわざ下半身だけというのにも」
「当然、YESよね」
「む〜」栞は可愛らしく唸ると、少し考え込む。「その理由らしきものを聞いた時、私はそれに納得できると思いますか?」
「そうねぇ」そう言うと、交代して今度は香里が考え込む仕種を見せた。「理解なんてできるわけないけど、そういう考え方もあるかって程度は思えるかもね。そういう意味では、YESかしら」
 つまり、従来型のラベルで分類できる種類の動機というわけだ。少なくとも、理解したつもり――そういった幻想には浸れるだろう。香里はそう思った。
「小田桐さんの弟さんは、何故殺されたんでしょうか。お兄さんと殺害の理由は、同じなんでしょうか?」
「それは、不定。でも例によって、どちらでもそう大差はないわ」
「えっ、そうなんですか?」栞は少し驚いたようだった。
「じゃあ、小田桐兄と弟のどっちの殺人の方が、お姉ちゃんの考えとしては重要なんですか? ええと、お兄さん――孝之さん殺しの方?」
「ちょっと複雑なYESかしらね。小田桐孝之が殺されるのは、私の仮説を破綻させないためには必要なイベントなのよ。でも、弟の英之が殺されたことについてはどうてもいいわ。殺されても納得がいくし、殺されなくても驚かない。英之は不確定要素を内包してるのよね」
「えぅ……良く分かりません」
「それでいいのよ」香里は不可解な笑みを浮かべた。「分かったら、栞が香里になってしまうわ」
 栞はそのコメントに? マークを浮かべていたが、やがて理解を諦めたらしい。
「ええと、それじゃあ次は何にしましょう」と思考を切りかえる。
「別に、無理に質問なんかつくらなくていいでしょうに」香里は苦笑した。
「だって、折角の機会なんですよ。勿体無いじゃないですか」
 唇を尖らせてそう言うと、栞はポンと手を打った。
「あ、そうそう。思いつきましたよ。ええとですね。犯人はこの先、また殺人を犯すと思いますか? つまり、事件はまだ終わってない?」
「私は、YESである可能性が高いと思ってるわ。少なくとも、あと1人殺されるべき人が残ってると思う」
「わ! 誰でしょう!?」栞は不謹慎にも目を輝かせた。
「生徒会関連の人ですよね。となると、まだ生き残っている『生徒会長』のどちらかか、或いは『風紀委員長』ですね。確率からすると、生徒会長さんでしょうか?」
「それは、質問?」香里が訊き返す。
「ええ、そうです」
「じゃあ、YES」
「ふむふむ。やはり、そうですか」
 ニコニコしながら、栞は頷く。
「じゃあ、お姉ちゃんが次に殺される可能性か高いと思ってるのは今年の生徒会長の久瀬さんですか?」
「NO。まあ、彼が殺される可能性もあるけどね」
「ということは、お姉ちゃんは、前年度の会長である吉田さんが、もっとも殺される可能性が高いと人物であると考えてるわけですね?」
「――YES。彼が殺された時点で、この事件が終わる可能性が高いと思うわ」
「それは、私も何となく分かるような気がします」栞は言った。
 会計長に事務書記長。彼らが何らかの事件に関わっていたとして、それに生徒会長だけが噛んでいないというのも妙な話だ。他の2役の名前が挙がるなら、当然それには会長も関連している筈。そう考えるのが普通だろう。
「じゃあ、次は1番気になる質問です。お姉ちゃんが犯人だと考えている人は、私の知っている人物ですか?」
「そうね――」
 香里は少し考えると言った。
「YESに近いんじゃない? 会ったことはないかもしれないけど、名前くらいは聞いたことがあるはずよ」
「本当ですか!?」
 栞は目を丸くする。そして、興奮してパタパタと暴れ始めた。
「えぅ〜! 誰でしょう」
「ちょっと、栞。落ちつきなさい」
「だって、気になるじゃないですか!」嬉しそうに栞は言った。
「だからって、暴れても仕方ないでしょう」
「むー。お姉ちゃんは相変わらずクール過ぎます」
 栞はプクっと頬を膨らませる。香里に言わせれば、とても高校2年生のものとは思えない仕種だ。
「お姉ちゃんがそんなにクールで素直じゃないのは、生まれつきの性格なんですか?」
「YESよ。放っておいて頂戴」
「じゃあ、私が子供っぽく見えるのも、生まれつきの宿命ですか?」
「YES、じゃない?」
「えぅ〜。酷いです。お互いイヤな生まれつきですねぇ」
「どういう意味よ、それ」
 香里はギロリと妹を睨みつけるが、
「むー、私もお姉ちゃんみたいに大人っぽくなりたいです」
 栞はそれを完璧に無視して言った。
「なれるわよ。……時は、流れてるんだから」
 どこか遠くを見るような目で、香里は呟く。

「ときにお姉ちゃん、進路はどうするんですか? やっぱり、大学に行くんですよね」
「今のところ、YESね」
「やっぱり、期待されているように東大とか受けちゃうんでしょうか?」
「NO。基本的に、地元の大学を受けるつもりよ」
 香里にとって、大学の相違は環境の相違でしかない。中学や高校と違って、何を学ぶか、如何に研究するかは自分で決めるのが学士、修士、博士だ。
 そして彼女には、多少の環境の違いなど才能と努力で完全に払拭できるだけの自信があった。だから正直な話、大学であるならばどこであろうと構わない。どうせなら、経済的に負担が低く、現住所から地理的に近しい場所であれば好ましい――といった程度である。
「じゃあ、地元で最もレベルの高い倉田先輩や川澄先輩が通っている大学に進学する可能性も高いですね」
「YESね。確率としては、最も高いかも」
「愚問ですが、合格できる自信はありますか?」
「どこであろうと、YESよ」香里はサラッと断言してみせた。
「じゃあ、来年は大学生ですね」
「YES」
「祐一さんと、キスしたことありますか?」
「YE……って、ええっ!?」
「わ! 今、YESって言いかけましたね、お姉ちゃん」
 口元に手を当て、栞は目を見開く。
「えぅ〜、ズルイです! そうじゃないかとは思っていましたが――」
「ちょ、ちょっと、今のはなしよ。なし! NGなんだから」
「もしかして、お姉ちゃん……祐一さんと、既にとんでもない仲になってるんじゃ?」
「な、なによ。そのとんでもない仲って」鼻白みながらも、香里は言い返す。
「ヘタをすると、赤ちゃんができてしまうような仲です」
「な!? ……な、なな、なにを!!」
 そう香里が頬を紅潮して絶句しかけたところで、室内のインターフォンが控えめな音を上げた。プルプルと、小動物の微かな鳴き声を連想させるようなコール音だ。
 まあ、夜中であることを考えればそれでも迷惑なものかもしれない。だが、この時の香里にとっては天の助けであった。
「あ、あら。インターフォンが鳴ってるわ。こんな時間に何かしらね」
 話を濁す絶好の機会の到来に、香里は渡りに船といった感じでベッドから上体を起こすと、そそくさと受話器に手を伸ばす。
「――はい、美坂です」
「あ、香里さんですか?」
 聞こえてきたのは、いつもと変わらぬ倉田佐祐理の明るい声だった。
「お休みのところ申し訳ありません。実は、天野さんに頼まれて犯人と思われる人物に監視を付けておいたんですが、その監視の方々から先程連絡が入ったんですよ〜」
「えっ、監視……?」
 流石、お嬢様は違う。恐らく、マンションに常駐している守衛の中から、何人か人員を裂いて探偵の真似事をさせていたのだろう。
「その人物が、つい先ほど動き出したそうです。自宅を出て、どこかに向かっているとか。天野さんと祐一さんは、今から現場に向かうつもりだそうです。佐祐理と舞もご一緒する予定ですが、美坂さんも来ますか?」
「そうですね――」曖昧に呟くと、香里はすぐ隣にいる妹に視線を向けた。
 会話の内容が聞こえていたらしい彼女は、コクコクと凄い勢いで首を縦に振っている。
「はぁ……」香里は疲労感を漂わせる溜め息を吐くと、諦めきった声で告げた。
「行きます。ご一緒させてください」
「あはは〜。そうですか、良かったです。では、10分後に地下の駐車場に降りてきてください。リムジンを出しますから」
「分かりました。それでは、10分後」
  受話器をフックに戻すと、香里は即座に栞に向かって言った。
「栞、あなたはここで待っていな――」
「はい、分かってます! 勿論、一緒に行きますよぅ!!」
 両の拳を胸の辺りで握り締め、栞は宣言する。
「さい……と言っても無駄なのよね、やっぱり」
 香里はガックリと項垂れると、再び深い溜め息を吐いた。






to be continued...
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