風祭文庫・人魚変身の館






「狙われた乙姫」
【第57話:地球へ】


作・風祭玲

Vol.586





”【歓迎】ようこそ、シルバーミレニアムへ【歓迎】”

バニーガールが笑みを浮かべてている歓迎看板の下を

ゴロゴロゴロ…

黒の毛皮のコートに身をつつみ、

キャスター付き旅行カバンを転がしながらミールが歩いてゆく。

「ぶへぇぇ〜っ

 これじゃぁまるで男の下から逃げ出した女みたいじゃないっ

 まったく、リムルも人使いと言うか、

 人魚使いが荒いわ…もぅ!

 大体ぬわんで、このあたしがわざわざ将軍様のカプセルを取りに

 ここまで来なくっちゃいけないのよっ

 こんなこと、ルシェルやサルサ達にさせればさせればいいじゃない。

 もぅ、リムルぅぅぅっ

 出張手当と時間外勤務手当、しっかりと請求するからねぇ!!!」

漆黒の空に浮かび上がる地球に向かってミールが叫び声をあげると、

ブワァァァァァ!!!

その脇を飛脚や胴長犬、さらには鳥のマークを

誇らしげに掲げた大型トレーラーの車列が次々と通り過ぎて行く。

「きゃっ

 なによっ

 少しは加減をしなさいよっ

 もぅ、道路は埃っぽし

 辺りはクレーターだらけで殺風景だし、

 はぁ、

 仕事が終わったらさっさと帰ろう…

 折角、東北の温泉宿に予約したのにさっ…

 本当なら、今ごろ温泉で一杯だったのにさっ

 あれ?」

走り去ってゆくトラックに文句をいいながらミールは正面に見えてきた

月の姫・カグヤが治める王国に異変が発生していることに気が付いた。

「なっなに?

 いまから引越しでもする気?」

王国中、総出でウサギやバニーたちが荷物をまとめ、

そして、ずらりと並ぶトラックに次々と運び込んでいる光景にミールは呆気に取られると、

「あのーっ

 引越しするのですか?」

と手近な位置にいる作業員に話し掛けた。

すると、

「え?

 あぁ…

 カグヤ様の命令でな、

 水惑星・ウールーが月の近くを通る前に大事な荷物を高台に運ぶようにって

 御達しが出たのさ、

 それでこの騒ぎよ」

捻りハチマキに作業着姿の黒ウサギはそう返事をすると、

子猫を咥えている黒猫が描かれたトラックに梱包された荷物を押し込み、

「よーしっ

 これで最後だ」

と声をあげた。

ブロロロロロ…

作業員が扉を閉めた途端、トラックは走り去ってゆくと、

「というわけで、いまココに来ても余り見るところが無いよ」

と作業員はミールに告げた。

「はぁ…

(ウールーって…

 そう言えば、ウールーはどうなったのかな?)」

内モンゴルの打ち上げ基地より飛び立って以降、

ウールーのことについての情報を得てなかったミールはふとそのことを思うと、

「あの…

 ウールーっていまどの辺にあるのですか?」

とその作業員に尋ねる。

すると、

「あぁ?

 あぁ…

 昨日…金星を水浸しにしてこっちに向かっているそうだ、

 なんでも、金星の横を通ったときに予想量以上の水が降り注いだらしく

 軌道が変わってな、

 それで本来なら地球の向こう側を通るはずだったのが、

 急遽、こっちを通ることになって、

 で、ウールーの水が月を直撃する前に引っ越そうというわけさ」

ミールの質問に作業員は答える。

「え?

 月をウールーの水が直撃?

 ちょっと待ってっ

 そんな話聞いて…

 いや…そう言えば、

 ”ウールーが月の傍を通ったときに

  ウールーの結晶を一つ手に入れてきて欲しいの…”

 ってリムルは言っていたよねぇ…

 ってことは…

 あぁ!!!

 図ったなぁ!!

 リムルぅぅぅ!!」

そのときになってミールは自分が置かれた状況に気が付くと、

叫び声をあげた。

「ふふっ

 自分の生まれの不運を呪うべきね、ミール。

 将軍様のカプセル回収はあくまでお題目にしか過ぎないの、

 私の本当の狙いはウールーの結晶。

 ウールーが月の傍を通ったとき、

 本来地球に降り注ぐはずだった水は月に落ちてゆくわ、

 そして、その中にウールーの結晶があるのよ。

 ミール、あなたが持っていったカバンには

 その結晶を回収し地球へ転送する仕掛けが施してあるのよ、

 これで、アトランティスは事を構えても10年は戦える。

 ミール、あなたの犠牲は決して無駄にならないわ、

 ふふっ

 ポセイドン様に栄光を…」

ミールが悲鳴をあげているであろう月に向かってリムルは杯を捧げると、

深い赤味を放つ酒を呷る。



ザザザーン

ウールーの海原を照らし出していた巨大な太陽が沈み、

その夕焼けを背景にして、

浮城の明かりが暗さを増しはじめた海面に映し出される。

「よーしっ

 日が沈んだ、

 表に出ても大丈夫だ」

日中の強烈な日差しに浮城中で待機をしていた者達が一斉に表に出てくると、

「すぅぅぅぅ」

「はぁぁぁぁ」

思いっきり深呼吸をするもの、

『きゃっ、

 いくわよぉぉぉ』

ドボーン!!

海に飛び込むものとに分かれ、

つかの間の休息を味わっていた。

『ふぅ、気持ちいい…』

『そうだねぇ』

チャポン!!

バシャッ!!

その中で人魚姿のカナとマナはウールーの海面を二人並んで泳いでいた。

『どうしたのカナ?』

ふと止まったカナにマナが尋ねると、

『ほらっ、あそこに見える星…』

と言いながらカナは夕焼けの空にひときわ輝く星を指差した。

『なに?』

『あの星、水星なんだってさ…

 さっき、成行博士から聞いたんだ』

とカナは星の名前を言う。

『へぇそうなんだ…』

カナの話にマナは興味深そうに眺めていると、

『マナ…』

カナはマナの名前を呼ぶ。

『なっなによっ

 改まって』

カナのその態度にマナは困惑すると、

『うん、

 なんか、一杯迷惑を掛けちゃったなってね』

そんなマナにカナは謝ろうとした。

『そんなことは無いわ、

 迷惑掛けたのはむしろあたしの方よ、

 カナって、

 あたしと乙姫様が連れ去られたあと、

 色々大変だったんでしょう?

 みんなから聞いたわ、

 あたしと乙姫様を探し回ったり、

 猫柳の空港で戦ったり、

 種子島であのハバククを倒して、

 さらには、戦国時代であたしの前世・藍姫に会って、

 そして、月のお姫様・カグヤさんに会ったり。

 もぅ…ずっと動きっぱなしだったって言うじゃない。

 それからすればあたしは…

 乙姫様に助けられたりして…

 はぁ、なんか落ち込むわぁ…』

と言いながらガックリとうなだれる。

『え?

 そんなことは無いよ、

 マナは強いよ、

 だって、あのハバククに攫われてからも乙姫様を助け、

 種子島から宇宙に放り出されても

 気丈にシャトルの指揮をとっていたじゃないか、

 海魔たちから聞いたけど、

 ハバククに見放された彼らにとって頼もしい存在だった。

 って言っていたよ』

うな垂れるマナにカナはそう励ますと、

『なんか、

 嬉しいような…

 嬉しくないような誉め言葉ね…』

ジト…

マナは複雑な表情を見せながらカナを見る。

『え?

 いや、そんな意味じゃぁ…

 でっでも、

 あの五十里が仕向けてきたドール・ザケンナーを

 乙姫様とともに倒した。って言うじゃないか』

マナの機嫌を取り直そうとして、

カナはそのことを言うと、

『とっととおうちに帰りなさい!!』

ビシッ

突然マナはそう叫び、

カナを指差した。

『はぁ?』

マナの突然の言葉にカナは唖然とすると、

『うふっ

 ひ・み・つ』

含み笑いをしながらマナはそう言うと、

チャポン!!

海の中へと潜っていった。

『あっちょっと』

潜っていくマナを追いかけてカナも潜ると、

『カナ…』

泳ぎながらマナはカナの名を呼ぶ。

『なに?』

『あの時さ、

 ほらっ

 ウールーの意志に会いに行くとき、

 あたし達、

 何も無い闇に飲み込まれたでしょう』

このウールーの軌道を変えるため、

乙姫とともにウールー深部へと潜っていったときのことをマナは言うと、

『あぁ…

 ウールーが試練といっていたあれ?』

カナはそう返事をする。

『うん…

 実はあの時…

 あたし、怖くて泣いていたんだ…

 だって、カナも乙姫様も消えてしまって、

 いくら名前を読んでも返事が無くて、

 光も…

 音も…

 何にもない、そんなところに放り込まれて、

 ハバククに連れ去られたときは乙姫様がいた。

 そして、シャトルで宇宙に行ったときには海魔たち、

 さらには、あのヤマモトさんもいた。

 でも、あの時はホント一人ぼっちだったのよ

 いくら逃げても逃げても、

 決して逃れることが出来ない真っ暗な闇…

 あたし怖くて、気が狂いそうだったの、

 でも、そのときよ、

 カナの歌が聞こえてきて…

 カナが直ぐ傍にいる…

 そう感じたあのときが一番嬉しかったわ』

とマナはウールーの意志が試した試練のことを言うと、

『違うよ、

 それは僕の方だよ、

 僕も永遠に続く闇の中を逃げ回っていたんだよ、

 そして、逃げられなくなってどうしようもなくなったとき、

 言われたんだよ、お前は何だ?ってってね。

 そのとき、

 僕は自分が人魚であること、

 そして、歌が最大の武器であることを思い出して歌ったんだよ、

 そしたら、マナや乙姫さまの歌声も直ぐに聞こえてきて、

 闇雲に逃げ回っていたのは僕だけだったんだ。

 と思い知らされて…

 ちょっと恥ずかしかったんだ』

とカナはあの時の心境を告白した。

『そっか…

 それが、試練だったのか…

 ウールーはあたし達から全てものを取り上げて様子を見ていたんだ。

 何もない。

 あるのは自分の心のみ。という状況にあたし達を追い込んで、

 そして、そのときに見せるあたしたちの意思を見ようとしたんだ』

『そっか…』

マナのその話にカナが大きく頷くと、

『……そうですよ……』

カナとマナの心の中にウールーの言葉が響いた。

『え?』

その声に二人は顔を見合わせると、

『…あななたちの意志……

 …わたしは試練を通してそれを見させてもらいました。

 …そして、あなた達が見せた意思の強さに感服しました。

 …それゆえ、軌道を変えたのです。

 …さぁ、そろそろ、ここを発つ時間のようです。

 …お戻りなさい。

 …あなた達を皆が待っていますよ』

とウールーは二人に話し掛けた。

『あっはい…』

『ありがとうございます』

その声に押されるようにしてカナとマナは海面に浮かび上がると、

ザザザザ…

明かりをつけた一隻のボートが二人に近づき、

「おーぃっ

 お前達、何をしているんだ、

 成行博士が呼んでいるんだぞぉぉ」

と藤一郎が身を乗り出しながら声を掛けてきた。



「遅くなりました」

浮城のコントロールルームに

人間の姿になった櫂と真奈美が入ってくるなり、

コントロールルームに詰めていた

乙姫をはじめとする面々が一斉に振り返ると、

「うむっ

 待っていたぞ」

成行は二人に声を掛ける。

そして、

「いよいよ地球に帰るのですか?」

開口一番櫂が尋ねると、

「あぁそうじゃ

 ウールーは近日点を通り過ぎ、

 金星軌道を通過したところじゃ」

パッパッパッ

成行のその言葉とともに壁に掛かるスクリーンに太陽系の各惑星の軌道図と、

ウールーがワープアウトしてから現在地点までの軌道が同時に表示される。

「なるほど…

 土星近くでワープアウトをして、

 木星軌道、

 火星、

 地球軌道、

 金星、

 近日点を通過して、

 また金星軌道を横切ったところか」

表示される軌道図と惑星の位置を見ながら藤一郎が言うと、

「うむっ」

成行は大きく頷く。

「で、地球にはあとどれくらいで?」

「うむ、1日も掛からん、

 故に支度に遅れはあってはいかん。

 現在、この浮城と竜宮とのドッキング作業を行っていて、

 それはあと1時間後には終了する。

 この浮城を建造した織姫に問い合わせたところ、

 ここの宇宙港は最初から竜宮とのドッキングを前提に作られていたそうでな、

 それ故、工事は簡単に済んだ」

「そうですか…

 って、でも、ここで竜宮とドッキングしてしまったら、

 地球に帰ったあと、竜宮はどうなるのですか?」

と櫂は地球帰還後について尋ねた。

すると、

「あっ、

 櫂っ

 実はこの浮城が新しい竜宮なのよ」

と真奈美が櫂に話し掛けた。

「え?」

「このことを教えてあげるの…

 すっかり忘れていたわ。

 ごめんね」

唖然とする櫂に真奈美は頭を下げると、

「あっそうなの…

 そうなんだ…

 でも、僕、

 思いっきり壊しまくってしまったけど」

と衝撃の事実を告げられ、

櫂はモビルスーツで暴れまくったときのことを思い出すと、

「はっはっはっ

 その点は大丈夫だ。

 すでにザケンナーによる修繕は終わっておる。

 この浮城にはあの戦いの跡はどこにも残っていないわ」

成行は笑い飛ばしたが、

しかし、そのあと急に真顔になると、

「ただ懸念が一つある」

と付け加えた。

「懸念?」

その言葉に皆の顔が一斉に注目すると、

「オホン!」

成行は軽く咳払いをし、

「竜宮のエネルギーコンデンサーに蓄積をしていた

 プラスエネルギーの漏出が予想よりも大きくてな、

 如何にしてここのマイナスエネルギーを振り切って、

 宇宙へ飛び出すのか、

 そこがちょっとな…」

と現状を正直に話す。

「漏出って、そんなに酷いのですか?」

「まぁ、以前にも言ったが、

 ある程度の漏出は計算済みだったのだが、

 しかし、金星通過の際にゴッソリ削ぎ取られてしまったわい」

帽子を取り、頭を掻きながら成行は悔しそうな顔をする。

「なんなら、俺がもぅ一発抜こうか?」

そんな成行に海人が右手を上下させながら申し出ると、

「やだー」

「えっちぃ!!」

まるで汚物を見るような視線で夜莉子と沙夜子は海人から距離を置き、

身をすくめた。

「なんだよっ

 その態度は、

 そうしないとここから脱出できないんだろう?」

そんな二人に向かって海人は怒鳴ると、

「まーまーっ

 コンデンサーは開放しないと次のチャージは出来ないのだ、

 しかも、一度開放してしまうと、

 プラスエネルギーは文字通り空になってしまうので、

 その間のエネルギーの手当てが出来ないここでの開放は危険なのだ、

 それに、金星通過以降、

 竜気の吊り合いも不安定なっているからのぅ、

 冒険は止めておこう」

と成行は説明をする。

「けど、どうすれば…」

「こうしている間にも地球に接近しているし…」

八方塞の状況に皆が考え込むと、

「ねぇ…」

何かに気が付いたのかマーエ姫が声をあげた。

「ん?」

その声に皆の顔が一斉にマーエ姫を見ると、

「竜宮が地球を出るとき、

 対極のであるもぅ一つの竜宮からエネルギーを分けてもらいましたよね、

 もぅ一回それって出来ないのですか?」

とマーエ姫はもぅ一つの竜宮、ラサランドスの存在を指摘した。

ポンッ!!

「おぉ、そうじゃった!!

 すっかり忘れておった」

マーエ姫の指摘に成行は手を叩いて声をあげると、

「博士ぇぇぇ」

バニー1号がジト目で成行を見る。

「オホンっ

 まっ、この年になれば忘れっぽくなる。

 という事じゃ

 よし、直ぐに連絡をしてみよう」

冷たい視線を一身に浴びながら成行は自席に戻っていく。



「サーラ姫さまっ

 ドクダーダン様からお電話が!」

夕暮れのルルカの地に聳えたつ、浮城ラサランドス。

そのラサランドスを治める姫・サーラの元へ

ドクターダンこと成行からの電話を告げる侍従が走っていく。

「そういうわけですか…

 はいっ

 別にわたくしは構いません。

 えぇ…

 私達の恩人であるドクターダンさまのお役に立てるのであるなら、

 エネルギーを融通いたしましょう。

 いえっ…そんなことは…

 では、失礼いたします」

ジッと侍従たちに見守られてサーラ姫が装飾が施された受話器を置くと、

「ドクターダン様はなっなんと?」

一人が歩み出て

ラサランドスにとって歴史的な英雄からの電話について尋ねた。

すると、

「至急、カンダとサファンを呼びなさい」

それについての返事はせずに、

サーラ姫はカンダとサファンを呼んでくるように申し付ける。



「カンダ」

「並びにサファン、

 お申し付けにより、

 ただ今参上いたしました」

それから程無くしてカンダとサファンの二人がサーラ姫の御前に姿を見せると、

「ごくろうです」

玉座に座るサーラ姫は二人をねぎらう。

「あの…

 なにか、失礼なことでもいたしましたか?」

恐る恐る見上げながらサファンが尋ねると、

「なんだよっ

 お前、何かやらかしたのかよ」

とカンダが小声で囁く、

「うっうるさいなぁ…

 こっちは何もしていないぞ、

 それよりも、カンダ、

 お前の方がサーラ姫様に迷惑を掛けることをしたんじゃないのか?」

その声にサファンが言い返すと、

「サファン…」

サーラ姫の声が響いた。

「はっはいっ」

その声にサファンは慌てて畏まると頭を下げる。

「ふふっ

 その姿も板につきましたね」

「え?

 いやっあのっ」

サーラ姫に見格好のことを指摘されてサファンは慌てる。

「あの…

 コイツ…何かしでかしましたか?」

そんなサファンを指差してカンダが尋ねると、

「いえっ

 そなた達を呼んだのは他でもありません。

 私達にとって非常に恩義のありますドクターダンより連絡がありまして、

 このラサランドスのキリーリンクのエネルギーを融通して欲しい。

 と言われました」

とサーラ姫は成行からの頼みごとを二人に話す。

「え?

 ドクターダンってまだ生きていたんですか?」

「じゃぁ、この間のアレも、

 ドクターダンの仕業なの?」

歴史的人物と思われていたその名前に二人は驚くと、

「そうです。

 あのお方はまだ生きておられます。

 それで、二人にはドクターダンからの指示に沿って、

 このキリーリンクを操作してもらいます。

 よろしくお願いしますよ」

サーラ姫はそう申し渡すと、

スッ

腰をあげる。

すると、

「あの…」

サファンが声を掛け、

「なにか?」

その声にサーラ姫が振り返ると、

「ドクターダンが直接指示を出してくるのですか?」

と聞き返した。

「えぇ、そうです。

 頼みますよ」

その質問にサーラ姫は答えると幕間に消えて行き、

「…だってよ」

「はぁ…何がどうなっているのだか」

サーラ姫が消えた後、

二人は顔を見合わせていた。



「そうか、すまぬな…」

ウールー海上に浮かぶ浮城のコントロールルームに成行の声が響くと、

「よーしっ

 エネルギーの手当ては何とか済んだぞ」

と受話器を置いた成行は声を張り上げる。

「そうですか…」

「よかった…」

その声に詰めていた全員から安堵の声が漏れると、

『まもなくウールーが地球の引力圏に入ります』

『ザケンダーより報告、

 ドッキング工事終了したとのことです』

と相次いで人魚の声が響いた。

「うむっ」

その声に成行は帽子を被りなおすと、

「よーしっ

 竜宮ドッキング開始!!」

と声を張り上げた。

「はいっ!」

成行の声に一斉に返事が返ってくると、

ガコン!!!

浮城の下部、クレータが覆う半球状の部分がゆっくりと開き、

その開口部分に亀の姿の竜宮が進み出る。

「左左…右…だ、ザケンナー」

「ヤワヤワ…」

「ヤワヤワ…」

浮城に迫ってくる竜宮をレーザー誘導を行いながら、

作業着姿のザケンナー達がテキパキと作業を行い。

ガシャン!!!

ズゥゥゥゥン!!!

竜宮を飲み込む形で浮城の連結器が固定すると、

カシャン!!

カシャン!!

エネルギーパイプが双方をつないぐ。

すると、

ガッション!!!

竜宮を飲み込んだ浮城の両脇に竜宮の亀の頭と尻尾が飛び出し、

浮城は竜宮より数周り大きな甲羅を持つ亀となってウールーの海上を飛行する。

「ねぇ、亀がパワーアップしたって感じでいいのかな?」

「うん、まぁなんて言っていいのやら…」

「うわぁぁ、強そう!!」

大きく変身をした浮城・ネオ竜宮の姿に、

コントロールルームに詰めている面々は唖然として眺めていた。

「よーしっ、

 ドッキング完了だ。

 さて、ラサランドスに指示を出すか」

そう言いながら成行はマーキングが終わった作業チェックシートを交換すると、

音声ではなく文面でラサランドス側に向うが行う作業手順を送信した。



「カンダ!!

 着たぞ!!」

「おっおうっ」

成行ことドクターダンからの指示書が転送され、

それを受け取ったサファンが声をあげると、

「えーと?

 これをこうか…」

カンダとサファンは指示書を頼りにスレイヴの操作を始めだした。

そして、

「うんっ

 これで最後…」

カシッ!

その言葉とともにクリスタルを差し込むと、

グゥゥゥゥン!!!

突如スレイヴが置かれている部屋全体に光が点り、

『マスターシステム・起動…

 キリーリンク出力上昇!!!

 高エネルギー転送システム・チャイカ…発動します…』

と声が響き渡った。

「なっなんだ?」

「さぁ?」

「お前、操作、間違えたか?」

「かっカンダこそ…

 間違えて無いだろうなぁ」

光り輝くスレイヴを見上げながら、

カンダとサファンは抱き合っていた。

そして、

ウォォォォォン…

キリーリンクのパワー上昇によってラサランドス本体も輝き始めると、

やがて、

フワッ…

その光は首を大きく伸ばし翼を羽ばたく鳥の姿となり、

クゥゥゥェェェェェェ!!!!!

ひときわ大きく鳴き声を上げると、

ブワッ!!!

上空へ向かって飛び上がっていった。



『これは…

 艦長!!

 浮城…いえ竜宮の上空に高エネルギー体反応が』

「ネオ竜宮と呼べ」

『はっはぁ?』

「で、何が現れたのだ?」

『あっはいっ

 映像を廻します』

成行と人魚とのそんなやり取りの後、

ブンッ!!

パネルスクリーンにネオ竜宮の上空に現れたエネルギー体の映像が映し出される。

「なんだ、これは…」

「鳥?」

「うーん、なんか鶴に見えるような」

映像を見ながら全員が首をひねると、

『キリーリンク出力上昇します。

 エネルギー値が回復します』

と別の人魚が声を張り上げた。

「え?

 じゃぁあれは?」

その声に藤一郎が成行を見ると、

「うむ、

 あれこそがラサランドスからのエネルギーじゃっ

 乙姫様っ

 地球に帰りますぞ」

ウールーに溢れる負のパワーを振り切るだけの力を得たことに

成行は自信満々で上座に座る乙姫を見ると、

「さぁ、

 帰りましょうか」

と言いながら乙姫は笑みを浮かべた。

「はーぃっ!」

その声に全員が返事をすると、

「ネオ竜宮発進!!!

 目的地。地球!!!」

成行は声を張り上げ、

それと共に

シャッ!!!

竜宮の尻尾の下部に翠色のリングが姿を見せると、

ズズズズズズ…

空を舞う光の鶴に導かれて、

竜宮はウールーの空に輝く地球に向け上昇を開始した。

そして、

『…………

 …さよなら…

 …私の子供達…

 …もぅ二度と会うことは無いでしょう…』

飛び去ってゆく竜宮を見送りながら、

ウールーの海の奥深くよりその声が響き渡っていった。



ゴゴゴゴゴ…

「よーしっ

 このまま引力圏から脱出だ!!」

机を叩きヒートアップする成行を他所に、

「ウールーが小さくなっていくわね」

「うん…」

「このあとどうなるのかな?」

「さぁ」

丸い輪郭を見せるウールーを眺めながら真奈美と櫂が話をしていると、

「ご苦労様でした」

水姫がそんな二人の肩を労いながら叩く。

「いえっ」

水姫の言葉に真奈美は顔を赤くすると、

「まっいろいろあったけど、

 その分、平和な日々が送れると思うわよ」

そんな二人に水姫はウィンクをして見せた。

「あの…」

「ん?」

「水姫さんはどうなるのですか?」

「あら、あたしのこと心配してくれるの?」

「だって…」

「ふふっ

 私の役目は竜王・海人を無事に乙姫様にお渡しをすること、

 それが済めばお払い箱よ」

「それじゃぁ…」

「人の心配よりもまず自分の心配をしなさい」

自分の事を心配してくれる真奈美に水姫は感謝をしながら抱きしめ、

そして、

「櫂くんと、

 決して別れてはダメよ」

と囁く。

「はい」

その言葉に真奈美は頷くと、

「こらぁ、櫂っ」

今度は櫂に絡みつき、

「なっなんです?」

「君ぃ、

 アレだけ周りに散々迷惑を掛けて

 追いかけてきた真奈美ちゃんなんだから、

 もし泣かせることをしたら、

 月に代わってお仕置きしちゃうからねぇ〜」

と指で櫂の頬を突っつきながら釘をさした。

「おぉ、そうだ」

「そうよねぇ…

 みんな引っ掻き回してきたんだから…

 当然感謝しているよね」

水姫の言葉に藤一郎や沙夜子たちが集まってくると、

「ウールーを見ろ!!」

突然藤一郎の声が上がり、

「あぁっ!!」

ウールーの海上に現れた巨大な雲の渦が目に入った。

そして、その目の中心から鎌首を擡げるように、

水の柱が伸びてゆくと、

ザザザザザ!!!

地球に向かう竜宮の下をウールーから流れ出た水の帯が流れ下ってゆく、

「水が…

 ウールーの水が地球に!!!」

「流れなかったのではないのか?」

その様子を見ながら皆が驚くと、

「大丈夫じゃ、

 あの水は月で止まる」

と成行は正面に見えてきた月を指差すと、

バシャァァァァ!!!

その言葉どおりに水はウールーと地球の間に割り込んできた月に命中し、

次々とクレータを水没させていった。

「あーぁ」

それを見た月からの美少女戦士たちから一斉にため息が漏れると、

「プリンセスはちゃんと引越しは済ませたか?」

「さぁ?

 今ごろ、大慌てでしているんじゃないの?」

「いっつもギリギリで慌てるタイプだから…」

と言い合い、

「やれやれ、戻っても仕事はありそうだな」

そう呟きながら肩を落とす。



「じゃっ、

 この虹水晶はプリンセスにお渡しいたします」

「よろしく言っておいてくれ」

「あっ、モビルスーツ壊してごめんなさい」

「がんばってねー」

シャァァァ…

ギュォォン…

皆に見送られながら、ウールーからの水で青い海を頂くようになった月に向かって

美少女戦士たちが戻っていくと、

「ふぅ…

 さてと、

 これだけの図体になったから

 着水ポイント探しも慎重にしないとな」

腰を上げた成行は地図を広げ、

「乙姫殿っ

 どこに下りましょうか?」

と乙姫に尋ねる。

その一方で、

「地球か…」

「何もかもみーんな懐かしいわね…」

大きく弧を描く地球を見ながら

櫂と真奈美は手を握り合い、

仲良く並んで見つめていた。

そして、

「戻ったら、またいつもの生活が始まるのね」

と真奈美は呟くと、

「そうだな、

 でも、同じ毎日でも、

 希望をもてば少しずつ良い方向へと向かっていくと思うよ」

櫂はそう言うと、

「うふっ

 そうねぇ」

真奈美は櫂の身体に身を寄せ、

そして振り返ると、

「バイバイ、

 ウールー…」

去っていく星・ウールーに別れを告げ、

またウールーも、宇宙を舞うツルとカメに見送られながら、

地球から去っていった。



つづく





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