風祭文庫・人魚変身の館






「狙われた乙姫」
【最終話:帰還、そして…】


作・風祭玲

Vol.589





月からの助っ人・美少女戦士達を見送った後、

ネオ竜宮のコントロールルームには

地球への帰還を喜ぶ安堵感と、

祭りの後等に感じる寂しさとを

合わせたような不思議な空気が流れていた。



「ウールー…

 もぅ他の星と見分けが付かなくなっちゃったね」

そう良いながら真奈美が宇宙の一点を指さすと、

天体望遠鏡で見ない限り、

宇宙を彩る他の星々と見分けが付かなくなってしまったウールーの姿があり、

そのウールーの近くには太陽系の巨人星・木星が寄り添い始めていた。

「木星に接近するみたいですね」

「あぁ、そうみたいだな」

「まさか、木星も水浸しになるのかな?」

「おいおい、

 木星はガスの星で地面なんか無いぞ」

「じゃぁ、どうなるんだよ」

ウールーと並ぶ木星を皆が眺めながらそんなことを言っていると

「むーっ」

ウールーの軌道を改めて計算をした成行は腕を組むとうなり始めた。

「どうしたのです?」

その様子を見た水姫が理由を尋ねると、

「うむっ

 ウールーがこのままの軌道を突き進んだ場合、

 木星と衝突をしてしまうぞ」

とウールーが木星に衝突をする軌道を進んでいることを告げ、

コントロールルームのパネルスクリーンに

ウールーと木星の現在位置と、

今後、両者が進んでいる軌道が表示させる。

「これは…」

「マジで激突するのか?

 ウールーと木星が…」

接近してゆく2つの軌道がある地点で交差している様子に

海人や藤一郎がそう呟くと、

『大丈夫ですよ』

真新しい玉座に座る乙姫は笑みを浮かべそう告げる。

「え?」

「それはどういうことですか?」

乙姫が告げた言葉の意味を櫂と真奈美が尋ねると、

『ウールーは言っていました。

 まもなくこの場から去ると…』

と返事をする。

「去る…

 ですか?」

『はいっ』

「去るってなんだ?」

「さぁ?」

乙姫の返事を受けて皆が一斉に首を捻る中

パネルスクリーンの中のウールーは木星へと接近して行った。



一方、地球では

「お母さん…ウールーどうなるのかな?」

TVの報道番組を見ながら、

香奈は母・綾乃にウールーの運命について尋ねると、

「こればかりはねぇ…」

と綾乃は困惑した表情をする。

「だって、

 金星のところでウールーの軌道が変わったのは

 お兄ちゃん達のお陰なんでしょう?」

「それは、そうなんだけど、

 櫂や乙姫様達がしたことは

 ウールーに軌道を変えるようにお願いをしたまでのこと、

 そのウールーから離れてしまっている以上、

 どうすることも出来ないでしょう」

香奈が金星付近での櫂達の活躍を引き合いに出したことへの返事をしながら

綾乃は空を見上げた。

皆がその行く末を心配する中、

ウールーは木星へと迫り、

誰もがウールーと木星との激突を予想したとき、

リィィィィィン!!!!!

まるで太陽系に別れを告げるような鈴の音がウールーより響き渡ると、

ズドォォォォン!!!!

ウールー周辺を震源とした巨大時空震が発生した。

「鈴の音だ…」

「これは、ウールーの…」

「えぇ…私たちにお別れを言っているわ」

「ってことは…」

ネオ竜宮の中に木霊する鈴の音に皆が聞き入っていた時、

『強い時空震を観測しました!!!

 dM7.5!!

 震源っ、

 ウールーっ』

コントロールルーム内に時空震の発生を告げる人魚の声が響き渡る。

「え?」

その声に皆が振り返ると、

「見て!!!」

今度は夜莉子がパネルスクリーンのウールーを指さし叫んだ。

「何?」

その声にまた全員の視線がパネルスクリーンに向くと、

シャッ!!

ウールーの側面で閃光が光り輝き、

やがて、その光が円形状に広がっていくとウールーを飲み込み始めだした。

「ウールーが…」

「光に飲み込まれていく」

その様子にふとそんな言葉が誰からの口から漏れると、

「ワープじゃっ

 ウールーがワープに入ろうとしているんじゃ」

と成行は呟く。

ズォォォォォォォォッ…

木星を目の前にしてウールーは光の中へ溶け込むようにしてその姿を消してゆき、

その光の中に没してしまう寸前、

リィィィィンンンンン…

ひときわ大きな鈴の音を鳴らす。

「ウールーが消えていくわ」

「そっか、ワープか…」

「木星の重力を利用してワープをしたのか…」

「星がワープインする場面、

 しかと見届けた」

「すごいねぇ」

光と共に消えゆく水惑星の姿を一同は見送ると、

それと交代するように

眼下より地球の青く巨大な弧がせり上がってくる。

「地球か…」

太陽系を揺るがしたあれほどの騒ぎがあったにもかかわらず、

いつもと同じ光景の地球を見下ろすと、

「変ね…」

と夜莉子が呟く。

「変ってなにが?」

その言葉に沙夜子が聞き返すと、

「だってさ、

 いろんなコトがいっぱいあったんだよ、

 本当に沢山いろんなコトがあったのに、

 地球はいつもと変わらないだなんて…

 変じゃない?」

これまでのことを思い出して気持ちが高ぶったのか、

眼から流れ出る涙を掬いながら夜莉子は訴えると、

「まっ、

 何も変わらない…

 その当たり前が大事なんだよな」

とキザっぽく海人が結論づける。

「そうね、

 本当にそうかも知れないな」

海人の言葉に櫂が大きく頷くと、

『櫂…いや、カナ…

 マナ…

 そして、皆さん』

乙姫が櫂や真奈美、

そして、この場に居合わせている者、全てに話しかけると、

『地球に戻ればこれまで以上の困難が待ち構えていると思います。

 でも、みんな力を合わせて克服していきましょう。
 
 これまで様々な困難に打ち勝ってきたのです。
 
 出来るはずですよね』

と尋ねた。

すると、

「えぇっ」

「ようよねっ」

「うんっ」

「まぁそうだな…」

その言葉に皆は一斉に頷くと、

『はいっ

 頑張りましょうね』

それを見届けた乙姫は満面の笑みを浮かべながら大きく頷くと、

『ちょーと、

 わたしも忘れないでください』

とあのマーエ姫がコントロールルームに入って来るなり、

そう怒鳴りながら乙姫に抱きついた。

『マーエ!!!』

「あぁ…」

「そう言えば…」

「すっかり忘れていた」

入ってきたマーエ姫に皆がその存在を思い出すと、

『ちょっと、

 ちょっと、

 まさか、本当にわたしのこと忘れていたの?

 もぅ、薄情者!!!

 このわたしとオルファの力がなければ

 今回の事件は解決しなかったんだからね、

 少しは感謝してよっ』

自分のコトを忘れられていたことにマーエ姫は抗議すると、

「あぁ…

 別に忘れていた訳じゃない、
 
 ただちょっと、思い出せなかっただけじゃよ」

と成行はフォローをするが、

『それって、

 忘れていた。
 
 っていうのと同じよ!!
 
 ひっどーぃ!!!』

とマーエ姫に怒りに油を注ぐ形になってしまった。

すると、

『マーエっ

 ありがとう』

そんなマーエ姫に向かって乙姫は頭を下げると、

『え?

 あっいやっ

 べっ別に、
 
 そんなつもりで言ったんじゃ…
 
 うっうん、
 
 あたしも一役買ったことを認めてくれればそれで良いのよ』

頭を下げる乙姫に向かってマーエ姫はそう言う。

すると、

「オホン!!

 さて、

 話が纏まったところで」

と成行が口を挟み、

「乙姫さまっ

 このネオ竜宮を地球の何処に着水させますか?」

織姫が建造し五十里が運んできた浮城と竜宮がドッキングした

ネオ竜宮の着水ポイントを尋ねてきた。

『あっそうでしたね』

成行のその言葉に乙姫はクスリと小さく笑いながら返事をすると、

『うーん、

 色々考えていたのですが、

 やっぱり、元あった所が一番落ち着くと思いますので、

 そこに行きましょう』

とネオ竜宮の着水ポイントをかつて竜宮があった所へと指定をした。

すると、

「あのっ

 乙姫様?
 
 いいんですか?
 
 だって、あの場所は猫柳や猿島達に知られているのでは?」

と櫂が猫柳達の潜水艦が押しかけてきたことを尋ねると、

『うふっ

 それは大丈夫ですよ、

 彼らが知っているのは洞窟の場所だけ、

 この竜宮は結界で切り離されているので、

 別の洞窟に繋ぎ変えれば良いだけですよ。

 さっ、

 日本周辺が夜のウチに着水しましょう。

 成行艦長、
 
 大気圏に突入してください』

と乙姫は答え、

成行にネオ竜宮の大気圏突入を指示した。

「アイサー!
 
 ネオ竜宮、ただ今より大気圏に突入いたします。
 
 着水ポイント、
 
 伊豆下田沖!!」

乙姫の指示に成行は帽子を被り直すと、

ラサランドスが放った光のツルと分かれ、

ドクターダンこと、成行博士の指揮の元、

ネオ竜宮は地球の大気圏へと突入し、

オレンジ色の輝きを放ちながら降下していった。

そして、深夜の相模湾に着水をすると、

そのまま水深1500mの海底奥深くへと潜行してゆく。

やがて、次元と次元が干渉し、

パワーが釣り合っているポイントへ到達すると、

ネオ竜宮はその場に着底し、

「結界展開!!」

「次元シールドを張れ!!!」

地球海底との次元の切り離し、

並びに結界の確立を矢継ぎ早に行うと、

ネオ竜宮が地球の通常空間とは異なる次元に落ち着くことが出来た。

「よしっ、

 固定完了!!!

 館内、Aブロックを除き、

 空気排出!!

 海水注入開始!!

と成行は成行が出来る最後の指示を伝えると、

ゴゴゴゴゴゴ…

ネオ竜宮の方々に残っていた空気が残っている部屋に海水が注入され、

ネオ竜宮は文字通り人魚の都として機能し始めだした。

「うむっ

 ご苦労だったな…みんな…」

全てが終わったことを実感しながら成行は礼を言うと、

スッ…

座っていた乙姫も2本足で立ち上がり、

「みなさん。

 ありがとうございました」

と礼を言いながら深々と頭を下げた。

「いいんですよっ」

「そうですよっ

 我々はあたりまえの事をしたのですから」

「うんっ」

そんな乙姫に藤一郎や沙夜子に夜莉子、

そして、バニー1号や美麗達が優しく声を掛け。

最後に、

「乙姫さまっ

 本当にお疲れ様でした」

櫂と真奈美が無事に地球に帰ってきたことへの労を労う。

すると、

「うふっ

 それを言うなら、

 櫂や、

 真奈美さんこそ、

 お疲れ様でした」

と今度は乙姫が二人に声を掛けると、

「いえ…」

「僕は別に…」

と二人は顔を赤くする。

「さて、

 ここもしばらくすると水没することになる。

 そもそも人魚の城だからな…

 まっ、人魚達はこのままいても問題ないが、

 我々、地上で生活をする人間はそうはいかんだろう」

そんな会話を割って成行は水で満たされていた旧・竜宮の艦橋とは違い、

未だドライな状態になっているコントロールルームを指差し指摘すると、

「で、そうなる前に巫女神家に水の道を接続するので、

 みんなはそこから帰るがよい。

 では、解散にあたり、

 景気付けに、三三七拍ぉぉ子ぃぃ」

と地上への帰還場所とチームの解散を宣言した。

「えーっ!」

成行のその提案に夜莉子が声をあげるが、

「いーじゃないっ」

笑みを浮かべながら沙夜子は夜莉子の肩を叩くと、

「ではお手を拝借ぅぅ」

シャンシャンシャン

シャンシャンシャン

コントロールルームに三三七拍子の音が響き渡り、

「ご苦労様でしたぁぁ!!」

追ってその声が響く。

「で、櫂さんたちはどうなされます?」

沙夜子たちと共に帰り支度をする櫂に乙姫は話し掛けると、

「あぁ、僕たちも藤一郎さんとともに帰ります。

 母さんや父さん、それに妹に全てが終わったことを知らせたくて」

と櫂は返事をし、

「じゃぁ、乙姫様っ

 竜王様っ

 今度の大潮の時には人魚として戻りますから、

 お元気で」

乙姫とともに並ぶ海人に真奈美は挨拶をした。

「おっおうっ」

その声に海人は照れくさそうに返事をすると、

「おいっ」

すかさず藤一郎が迫り、

「水姫さんを泣かせるようなことをしたら承知しないぞ」

と小声で脅しを掛けた。

「判っているよっ

 俺だってスグに戻るって」

そんな藤一郎に海人は小声で話すと、

「ほれ、

 道が繋がったぞ!!

 では、乙姫殿っ

 わしもこれで引き上げるとする。

 達者でのっ

 行くぞ、バニー1号!!

 わしのバニー探しの道はまだまだ続くぞ!!」

成行は被っていた艦長帽を乙姫に手渡し、

バニー1号に向かって声をあげると、

ポッカリと口を開く水の道の中に消えていった。

そして、

「あっ待ってください!!」

バニー1号がすかさずあとを追いかけて消えていくと、

「じゃっ

 行きましょうか…」

「楽しかったですわ」

沙夜子と夜莉子、

そして藤一郎が水の道の中に消え、

ペコリ!!

追って櫂と真奈美も一礼し消えていった。



『ふぅ…

 みーんな居なくなって、

 あたし一人ではつまーんない』

巫女神家の敷地内にある池で居候人魚のマイが、

ふと不満を声して叫んだのと同時に、

カッ!!

池の水がいきなり光り輝くと、

ズドォォォン!!!

その水をマイごと押し出すようにして光の玉が現れ、

「ただいまぁ!!!」

「ふぅ…久々の地球だぁ…」

「はぁ…」

光の玉の中より沙夜子や成行、

そして、櫂や真奈美達が続々と出てきて、

思いっきり深呼吸をする。

すると、

「お疲れ様でした」

そんなみんなを待っていたかのように、

巫女神家長女・摩耶がねぎらいの声を掛けけた。

「あっ

 お姉ちゃん!!!」

摩耶の姿に夜莉子が声を上げると、

「疲れたでしょう?

 ご飯の支度をしておきましたので、

 皆さんでどうぞ…」

と笑みを浮かべ皆を屋敷へと案内する。

「みんなっ

 何もかも終わったんだから、

 お姉ちゃんの好意に甘えて、

 ねっ」

困惑する皆に夜莉子はそう言うと、

沙夜子と共に成行や櫂、真奈美他全員を屋敷へと招くと、

盛大なお食事会が催されたのであった。



そして、それも終わった巫女神家からの帰り、

深夜の道を櫂と真奈美は並んで歩いていた。

そして、

「ふふっ」

道の真中を歩く真奈美が小さく笑うと、

「なっなんだよ」

その笑い声に櫂は戸惑った。

「だぁてさっ

 櫂のマ●ケンサンバ…」

「なんだよっ、

 またその話かよっ」

「えへへ…

 人魚なのに音痴なんだからぁ」

「べっ別にイイじゃないかよっ

 人魚が音痴でも…」

「でもねぇ…」

「わっ悪かったなっ」

余興のカラオケで歌った歌の指摘に櫂はむくれると、

ピトッ!

真ん中を歩いていた真奈美がいきなり櫂の腕にしがみつき、

「また、こうして櫂と一緒に居られることが

 出来るようになったたんだなぁっ…」

と感慨深げに呟いた。

「うっうん…そうだな」

真奈美の変わり身に櫂は戸惑いながらそう呟くと、

「あっお月様!!」

と青い海を光らせる月を指差した。

「本当だ…

 月のカグヤさんは今ごろ大変なんだろうなぁ…」

あの海の傍で美少女戦士たちと共に奮闘しているであろう、

カグヤの姿を櫂は思い出していると、

「あっネコ!!!」

と突然、真奈美が声を上げる。

「え?」

その声に櫂が驚くと、

ニャーッ!!!

真奈美が差した指の先に1匹のネコが櫂達の方向に向かって座り、

暢気そうに鳴き声を上げる。

「なんだ、ただのネコじゃないか」

ネコを見ながら櫂が文句を言うと、

「櫂…」

再び真奈美の声が囁いた。

「え?」

その声に櫂が振り返ると、

「ん」

間を閉じた真奈美の顔がそこにあり、

その唇が櫂を向いていた。

「真奈美…」

それを見た櫂はそっと真奈美の顔に自分を顔を近づけると、

お互いに抱きしめながら唇を重ね合わせた。



……こうして、

  櫂や真奈美、

  そして、乙姫達を巻き込み、

  さらには地球の運命までも弄んだ数々の事件は全て無事解決し、

  全ては安寧のうちに収まるかに見えた。

  だが……



ザバーーーン!!!

青く輝く月が照らし出す夜の海岸に巨大な波が押し寄せると、

「うっ」

一人の女性が打ち上げられる。

「うっぐっ

 ゲホッ

 ゲホゲホッ!!」

意識を取り戻した女性は激しく咳き込むと、

「はぁはぁ…

 なっ何とか生きているわ…

 あたしってすごい!!!」

女性は起き上がりながら、

生きて帰還できたことへの感謝をしながら、

月明かりに浮かび上がる自分の身体を確認し、

そして、傷の有無を調べる。

やがて、

「はぁ…

 よかった…

 たいした怪我も無くて…」

と安心したよな声をあげると、

「まっ

 まったくこれだから中国製のコピー品はだめだつーのよっ」

と握って離さなかった旅行カバンを改めて抱きしめたとき、

「ご苦労様っ」

その声と共に白い手が差し出された。

「え?」

自分に差し出されたその手に女性・ミールは呆気に取られると、

「月からの帰還、大変だったでしょう?

 まさか、大気圏突入の途中で

 カプセルが空中分解するだなんて思っても見なかったから…」

と言う声と共にリムルの顔が月明かりに照らし出される。

「りっりっ

 リムルぅぅぅぅぅ!!!

 あんたって人は!!!」

その顔を見た途端、

ミールはわき上がってきた怒り思わずリムルの胸倉を掴み上げると、

「あっ

 あたしが必死でSOS出しているのに、

 暢気に”どこに落ちたい?”

 なぁんて言わなくてもいいでしょう。

 大体ねぇ、

 ウールーの結晶集めるのにどれだけ苦労したと思っているのよっ。

 あなたって本っ当に人魚使いが荒いのね」

と突っかかりながら、

ミールはこれまで堪っていた鬱憤をぶちまけた。

「はいはい、

 抗議は後でいくらでも受け付けるわ」

そんなミールをリムルは軽くあしらうと、

「まったく、腹の立つ言い方ねそれっ

 友達なくすわよ」

そんなリムルを指さしミールが怒鳴ると、

「で、何しに来たの?

 まさか、あたしのお出迎え?

 言っておきますけど、

 お出迎えをしてくれただけで収まるほど、

 あたしの怒りは収まらないからねっ」

涼しげな表情をするリムルを指さし、

ミールが続けると、

「え?

 別にぃ…

 あたしはただお客様をお迎えに来たまでよ」

そんなミールをリムルは軽くあしらいながら立ち上がり

夜の海を見つめる。

「え?

 なっなによっ」

そんなリムルの姿にミールは追って立ち上がると、

ザバッ!!!

突然、海面が盛り上がると、

その中より直径3mほどの円筒形の物体が飛び出し、

波に乗ってゆっくりと海岸へと近づいてくる。

そして、

ズザザザザザ…

まるで上陸用の舟艇のごとく乗り上げてくると、

バコンッ!!

ブシューーッ!!

エアー音が周囲に響き渡せながら、

ガコン!!!

その先端に取り付けられていた扉が開くと、

キュィィン!!

折りたたまれたデッキが軽い金属音を上げながら海岸へと降りてきた。

「なっなによっ」

まるで未知との遭遇を思わせるこの展開にミールは戸惑っていると、

カツン!!

「地球か…

 何もかも皆懐かしいなぁ…」

の声とともに、あの五十里がゆっくりとした足取りで降りて来て、

地球の大地に第一歩を記した。

「うひゃぁぁ…

 まさかこんな形で地球に降り立つだなんて…」

五十里の後を追って相沢が辺りを見渡しながら叫ぶと、

「それにしても、

 打ち上げたビルに我々が乗っていると思い込ませて、

 そのまま浮城に留まり、

 そして、竜宮の地球帰還の際にこの潜水艇で脱出するとは…

 お天道様でも判るまいって…

 で、ココは一体どこなんだ?」

続いて桂が地球帰還の種明かしと現在位置について尋ねた。

「えーと、

 あれが、たぶん…江ノ島だから…

 茅ヶ崎辺りかな?」

地図を引っ張り出しながら夏目が見当をつけていると、

「お待ちしておりました…

 五十里様っ」

の声とともに

ザッ

一人の人影が彼らを迎える。

「誰だ!!」

その声に相沢が怒鳴ると、

「うふっ」

口元に笑みを浮かべながら金髪の女性が彼らの前に立つ。

「誰?」

その姿を訝しがりながら五十里が改めて尋ねると、

「初めまして、皆様。

 私はリムルと申します。
 
 お見知りおきを」

とリムルは自己紹介をした後、深々と頭を下げた。

「ほぅ…

 われわれの事を知っているみたいだが、

 どの関係筋かな?」

手にした拳銃をジャケットの中に忍ばせながら

五十里はリムルに向かって素性を尋ねる。

すると、

「いえっ

 私達はあなた様が知っている如何なる関係とは縁がありません。

 ただ、一つだけ関係があるとすれば…

 竜宮…でしょうか?」

と五十里の質問にリムルは答える。

「なに?」

リムルの言葉に相沢達の表情に緊張が走ると、

「うふっ

 関係があるといっても、

 対立軸としての関係ですわ…」

笑みを浮かべリムルはそう告げた。

「ほぅ…

 というと、

 君も人魚なのか?」

リムルの言葉に五十里はそう返すと、

「えぇ…

 竜宮とは対立関係にあるアトランティスの人魚…」

リムルはそう答え、

そして、五十里を見る。

「いっ一体、我々をどうしようと言うのだ?」

そんなリムルに向かって桂が声をあげると、

「うふっ

 別に…

 ただ私はヘッドハンティングに来ただけ…

 どうです?

 竜宮と一戦を交えたあなた方の経験を、

 我々アトランティスで生かしてみたいとは思いませんか?

 ふふっ

 高待遇でお迎えいたしますわ」

警戒する桂達に向かってリムルはそう告げると、

「ふふっ

 面白い…

 詳しく話を伺おうではないか」

もっていたジャケット中より五十里は拳銃を取り出し、

それをホルスタの中に押し込むと進み出た。

「五十里っ

 いいのか?」

「あぁ…

 今回の騒ぎでHBSも崩壊、

 こうして地球に戻って来ても当てが無いんだ、

 それならこの話の乗ってみるのも手だろう?」

驚く夏目に五十里はそう囁くと、

「よかった…

 あなたが話のわかる方で…」

リムルは不敵な笑みを浮かべ

「(ふふっ…

  ウールーの結晶を手に入れ、

  さらに、竜宮の宿敵の取り込み…

  乙姫、もぅあなたの勝手にはさせないわ…)」

笑みを浮かべながらリムルは五十里に手をさしのべた。



『ポセイドン様にご報告を申し上げます』

大西洋、

その中央海嶺に聳え立つ人魚の都・アトランティスに恭しく男の声が響き渡る。

『なにごとだ…』

ズゴゴゴゴゴ…

その男の目の前に置かれている巨大な玉座に影が姿を見せ、

その頭の部分より眼を思わせる赤い輝きがひときわ大きく輝くと、

ススッ

黒く重々しい衣装に身を包み、

仮面をつけた神官らしき姿をした男が前に進み出ると、

両手を双方の袖の中に入れ、

それを掲げながら、

『ポセイドン様に申し上げます。

 太平洋に派遣いたしましたリムルよりご報告。

 我、ウールーの結晶、

 並びにムーと対峙できる橋頭堡を確保。

 以上とのことです』

と男はリムルからの報告をアトランティスの王・ポセイドンに告げた。

すると、

『おぉ…

 そうか…でかしたぞ!』

その報告にポセイドンの眼は嬉しそうな形に姿を変え、

『リムルに伝えよ、

 直ちに行動を開始せよ。

 なお、追ってアトランよりムー攻略のための増援部隊を送る。

 とな』

ポセイドンは神官に向かって指示をする。

『ははーっ

 仰せのままに』

ポセイドンの指示に神官は深く一礼をするとまるでかき消す様に姿を消す。

そして、神官が立ち去った後、

『ふふふ…

 くはははは…』

アトランティスにポセイドンの笑い声が響き渡る。

そう、かつてムーに圧倒され、

西洋へと押しやれていたもぅ一つの人魚の王国・アトランティスが

長い沈黙を破りついに行動を起こした瞬間であった。



ニャオーン…

ニィー…

フミィ…

「櫂?」

「なに?」

「また、ネコが増えて…いる?」

「まさか…な」



おわり





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