風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第51話:出現、水惑星ウールー】

作・風祭玲

Vol.574





ガコン!!

第3ロケットの切り離し音が響き渡ると、

テポドン5は地球の引力を振り切り、

櫂と摩雲鸞・オギンが搭乗するカプセルを放出する。

そして、一路月を目指すカプセルの中で、

「だっ大丈夫なんだろうなぁ…このロケット…」

櫂は正面に張られている某親子の写真を見ながら不安そうに呟くと、

『こうなったら運を天に任せるしかないですね…

 とにかくいまは月のカグヤ姫に会うことだけを考えましょう。

 あっくれぐれもパニクらないでください。

 ところでこのキムチ、美味しいですよ…』

鳥の姿をしているオギンはカプセル内に山と詰まれている

キムチを突付きながらさりげなく注意すると、

「こんな状況で、よく食べられるよなぁ」

そんなオギンを櫂は横目で見る。

こうして櫂とオギンとの月への道中が始まったとき、

連合艦隊を追いかけ土星へと急いでいた竜宮では

「なに?

 連合艦隊が全滅?」

ヤマモト率いる連合艦隊がツルカメ彗星軍との交戦の後、

壊滅したとの報告が入り、動揺が広がっていた。

「乙姫様たちの消息は?」

『調査中です。

 あっ土星の映像が入りましたのでパネルに回します』

成行の問いにオペレーションを行っていた人魚はそう答えると、

ピンッ

タッチパネルに映し出されているボタンを押す。

すると、

ポゥ…

艦橋の天井に迫り出して備え付けられているパネルスクリーンに

扁平のガス状惑星とその背後に輝くツルカメ彗星の映像が映し出された。

「なっ」

「ぬわに?」

「これが…土星なのか?」

「あれぇ!!

 輪っかが無いじゃない」

「本当だ…」

「それに、模様もヘン…」

スクリーンに映し出される土星の様子に艦内の誰もが声を失う。

「むー…

 輪を吹き飛ばし、さらに土星本体これほどの影響を与えるとは…

 相当な激戦だったようじゃのう」

惨状を目の当たりにした成行は思わずうなると、

「乙姫様…まさか死んじゃったの?」

と夜莉子が呟く。

「ばかなっ

 そんなことはない…
 
 …っと思いたいのだが…
 
 これほどの惨状では…」

夜莉子の言葉を藤一郎が即座に否定するものの、

しかし、すっかり様相が一変してしまった土星の様子を改めて見直すと、

その語尾には力が入っていなかった。

すると、

『大丈夫です、

 乙姫様は無事です』

コレまで口を噤んできたマーエ姫が皆の前に進み出ると、

乙姫の安否について発言をした。

「無事って?」

「本当なのか?」

「根拠は?」

その言葉に皆から一斉に質問が浴びせられる。

しかし、

『私には判るのです。

 乙姫様はご無事であることが…

 さぁみなさん、

 ここで悩んでいる場合ではありません。

 いまが一番重要なときです。

 一刻を争うのです

 急ぎましょう。

 なにやらイヤな予感がするのです。

 今回よりももっと大きな事が起きます。
 
 そうなる前に急いでください』

その質問には答えずにマーエ姫は前に進むことを進言した。

「ん?

 大きなこととは?

 あのウールーの事か?

 ウールーは確かにこっちに向かってきておるが、

 あれがワープアウトするところはまだずっと奥じゃ」

マーエ姫が指摘したことが

水惑星・ウールーについてのことと判断した成行はそう尋ねるが、

『判りません…

 私が感じている予感がそのウールーのことなのか

 それとも違うのか…
 
 とにかく急いでください』

マーエ姫は震える体を押さえるかのように手を肩に回し、

艦橋から去っていった。

「どうします?」

マーエ姫が去った後、バニー1号が成行に判断を仰ぐと、

「行くしかあるまい」

成行は呟くように返事をし、

「摩導炉出力上昇!

 土星に急ぐぞ!」

と声を張り上げた。



「被害を知らせろ!!」

「突入した地球の戦艦は第3ポートに侵入、

 複数の宇宙戦艦を破壊した後、
 
 停船しています」

宇宙戦艦ヤマモトの特攻攻撃を受けた浮城では

緊迫した声が飛び交っていた。

「油断した…」

ダァァン!!

歌合戦の終了の後に発生した予想外の特攻攻撃とその影響に

五十里は金ラメ衣装姿のまま机を叩くと、

「五十里っ

 悔しがっている暇はないぞっ

 敵が乗り込んできたと言うことは、

 これから白兵戦が始まるぞ」

カチャッ!

拳銃の弾倉の確認をしながら夏目は叫ぶ。

「判っている!

 第3ポートに通じる通路はすべて封鎖しろ、

 無論、お手伝いさん達も動員だ。

 第1級非常戦闘配備!!

 いいか、この内部への侵入を許すなっ」

夏目の声に五十里も拳銃を取り出しながら返事をすると、

「まさか、ここに来てこんなに事になるとは…」

と呟いた。




「イタタタタ…

 もぅ、あたしたちを巻き込んでのカミカゼは止めて欲しいわ…」

浮城の岸壁に激突し、

横倒しになっている宇宙戦艦ヤマモトの橋内に真奈美の声が響き渡ると、

「大丈夫ですか?」

直ぐに乙姫の返事が返ってきた。

「あっはい、なんとかって…

 うわぁぁぁ!!

 これは…」

大きく損壊した艦橋の惨状に真奈美は驚くと、

何かを見つめている乙姫の姿がそこにあり、

その視線の先には

『とつげきー

 かみかぜだー

 すすめ一億火の玉だぁー』

と倒れたままエンドレスに呟き続ける

バーチャル艦長ヤマモトイソロクの姿があった。

「まったく、

 迷惑な艦長ねぇ…」

両手を腰に据えながら真奈美は呆れた表情で言うと、

「そんなことを言ってはいけません、

 この人も一生懸命だったのですから…」

乙姫はそう戒め、半透明のヤマモトの傍によると、

スッ…

静かに手を構える。

すると、

キーン

あの輝水の竪琴が乙姫の腕の中に姿を見せ、

♪〜っ

それを奏でながら乙姫は柔らかな歌声で歌い始めた。

♪〜っ

♪〜っ

「乙姫…」

そのとき、真奈美は乙姫に声を掛けようとしたが、

しかし、スグにそれを止めると、

2・3歩下がり乙姫が奏でる歌に耳を寄せる。

すると、

『とつげき…

 とつげき…
 
 とつ…』

エンドレスに声を張り上げていたヤマモトの声が徐々に小さくなっていくと、

やかて、その体は光に包まれ、

そして、

パァァァァァ!!!!!

まるで砕け散るように小さな光の粒子となると消えていった。

キーン………

「乙姫様?」

ヤマモトの姿が消えた後、真奈美が駆け寄ると、

「歌は人々に様々なものを与えてくれます。

 希望を持たせる歌。

 闘志を沸かせる歌。

 …でもこのような優しい歌があることを、

 この人は果たして知ることが出来たでしょうか?

 あのようなケンカのための歌ではなくて…

 さて、

 もぅ一人、この歌を聞かせてあげるべき、
 
 いえ、聞かないといけない人がここにいますね…」

乙姫は決意をした表情をすると、立ち上がった。



「なんだ…この歌は…」

浮城のコントロールルームに微かに流れた歌声に五十里は声を上げると、

「さぁ?

 カラオケが掛けっぱなしだったかな?」

相沢が地球艦隊との戦いで使ったカラオケセットのチェックを始めるが、

その横で、

「五十里、ちょっと」

レーダーを見ていた桂が声を上げ手招きをする。

「どうした?」

その声に誘われ五十里が腰をあげると、

「コレをどう見る?」

そう尋ねながら桂はディスプレイに浮かぶレーダー画像を見せる。

「これは?」

「先ほどから現れた、

 ちょうど、さっきの歌が始まったあたりなんだが、

 我々の後方で空間の歪みがどんどんと成長しているぞ」

「うーん…

 この広がりはただ事じゃないな…

 何かがワープアウトしてくる前兆か?

 いや、でも、大きすぎるな」

画像を見ながら五十里と桂が話し合っていると、

「五十里!!」

今度は夏目の声が響き渡る。

「なんだ?」

その声に五十里が振り返ると、

「地球方よりこっちに向かってくる飛行物体があるぞ」

と夏目はツルカメ彗星に接近する飛行物体の存在を告げる。

「飛行物体だと?

 連中の残存部隊か?」

飛行物体を連合艦隊の残存部隊と考えた五十里は聞き返すと、

「いや、

 一隻だけだ。

 ただ、宇宙戦艦にしてはちょっと大きすぎるし、

 土星であった連中とは形も違う…

 画像を捕らえたのでスクリーンに回すぞ」

端末を操作しながら夏目はそう叫び、

フンッ!!

オペレーションルームの正面に備え付けてある巨大スクリーンに

漆黒の宇宙をバックにこっちに向かって進んでくる飛行物体の姿が映し出された。

「なっなんだあれは?」

「はぁ?」

「かっカメですか?」

それを見た瞬間、一同の口から呆れたような台詞が漏れると、

「ん?」

五十里はカメの上に備え付けられている戦艦に気が付き、

「旧帝国海軍の戦艦?」

と呟く。

「あっ気づかれました?」

五十里の声に相沢が即座に反応すると、

「あそこにおいてあるのは旧帝国海軍の大和級戦艦ですね

 どうやって乗せたんだろう?」

と首を傾げる。

そのとき、

ピピー!!

オペレーションルームにコール音が鳴り響き、

「あっ

 あの飛行物体から通信が入ってきています、

 回しましょうか?」

と慌てて席に戻った相沢が飛行物体より通信が入ってきていることを告げると、

「回せ!」

自分の席に戻った五十里は両肘を机につき、

口の前で手を組むいつものポーズをしてみせる。

すると、

『…ツルカメ彗星に告げる。

 我々は竜宮・乙姫を迎えに来た者だ。

 即刻、乙姫並びに他1名を引き渡して貰いたい』

オペレーションルームのスクリーンに一人の老人が姿を見せると、

乙姫の引き渡しを要求してきた。

「竜宮…乙姫だと?」

その言葉に五十里のこめかみが微かに動き、

返事はせずにジッとスクリーンの老人を見つめる。

「五十里さん、

 一体どういう?」

「(相沢、黙っていろ)

 …ご老人に告げる。

 もし、乙姫がここにいないと言ったらどうする?」

表情を変えずに五十里はスクリーンに向かってそう返事をすると、

『ふっ

 知れたことよ…』

老人はそれ以上言わなかったが、

しかし、その目は実力行使をすることを示唆していた。

「…よかろう…返してあげよう。

 ただし、私の前に直接来たらな…
 
 ふふっ
 
 竜宮の者達には色々世話になったし、
 
 そのお礼も是非したいので」

皮肉たっぷりに五十里は返事をすると回線を切った。

「五十里さんっ

 竜宮の乙姫って」

「あぁ、人魚どもの女王だ」

「でも、そんな人、ここには居ませんよ」

「ん?

 大方、潜り込んできたんだろう?」

「どうやってです?」

「第3ポートにな…」

「まさか…」

「妙だとは思った…

 ふっ

 こういう形で潜入してくるとはな…

 まっ人魚どもにしてはやるじゃないか、

 いまの通信は竜宮自らが我々の前に立ちはだかり、

 注意を引きつけた後、

 内部で破壊工作を行うつもりのようだが、

 だが、このわたしがそこまで甘くないことを教えてやる」

そう言いながら五十里は自信に満ちた表情になると、

「それにしても

 お伽話ではカメに乗っていったのは浦島太郎だが、

 竜宮がカメになって駆けつけてくるとはな

 見えすぎた漫才みたいで面白い…

 夏目っ

 出せる艦隊をスグに出せ、

 我々も乗ってあげようではないか、

 竜宮の策と言う奴に…
 
 全艦隊出撃!!」

と五十里は宇宙艦隊の出撃を命じた。



『ツルカメ彗星まで1万宇宙キロ!!』

艦橋に備え付けられたパネルスクリーンではなく、

通常の肉眼でも大型のフライパンサイズに見えてきたツルカメ彗星までの

距離が告げられると、

「むっ」

艦長席でそれを聞く成行の肩に力が入る。

「それにしても、成行博士…

 向こうにあんなこと言って乙姫様、大丈夫でしょうか?」

迫る彗星の姿を横目に沙夜子は尋ねると、

「大丈夫だ、

 乙姫様の身に何かあったら只ではおかない。と言う警告だ」

艦長席でふんぞり返る成行はそう答える。

「しかし、行くんですか?

 直接来い。って言ってもあのガスの渦を越えるのは並大抵の…」

そんな成行に海人が彗星を取り巻くガスの渦を指摘しようとすると、

「ふっ

 それなら手を考えてある。

 あのガスの嵐を吹き飛ばす手をな」

海人の言葉を遮りながら意味深に成行がそう答える。

すると、

『彗星より多数の飛行物体が…

 これは…

 艦隊です。

 宇宙艦隊が彗星より発進、

 こちらに向かってきています』

索敵を行っていた人魚が突然声とあげると、

ギンッ!

「よぉーしっ

 こっちも戦闘態勢だ!!、

 先ほども聞いたと思うが、

 乙姫の歌はあの彗星から聞こえてきた。

 これは乙姫があの彗星の中に囚われている確かな証拠だ。

 よいかっ
 
 我々はコレに勝利しなくてはならない。

 ブラックタイガー隊発進せよ」

彗星を睨み付けながら成行が声を張り上げると、

シャシャシャシャ…

竜宮の後方よりエビ型の戦闘機が次々と発進してゆく、

「あれぇ?

 カグヤ姫より預かった部隊じゃないの?」

発進する戦闘機を見ながら沙夜子が尋ねると、

「ふっ

 彼女達には別の役割がある。

 それまで待機してもらう」

イスを倒しながら成行は説明をする。

すると、

「しかし、ブラックタイガーって名前は勇ましいが、

 エビって言うのはどうかなぁ…」

と海彦が呟くと、

「ふっふっ

 竜宮のブラックタイガーを甘く見ない方がいい、
 
 見よ」

その海人の言葉に成行はそう言うやいなや、

彗星の艦隊に接近したブラックタイガー部隊は

次々に円くなると、

たちまち人型のバトロイド体型へと変形し、

彗星艦隊に向けて一斉に攻撃を始めだした。

「はぁ?」

ゴシゴシ

「すっすまんっ

 もっもぅ一度見せてくれ」

円くなったブラックタイガーが一瞬にして人型に変形したことに、

驚きながら海人は目をこすり、リプレイを要求した。

すると、

「んー?

 ほれ、第2陣が取り付くぞ」

その要求に成行は第2陣が変形体制に入ったことを告げると、

「ジッ!」

海人は一瞬の隙もないように目を凝らした。

しかし、

グルンッ!

カシュン

カシュン

ガッ!!

たった4回の動作で見事人型ロボットへと変形を行うブラックタイガーの変形術を

見抜くことは容易ではなかった。

「くっくそー

 一体どうなっているんだ?」

幾度も目をこすり、

ブラックタイガーの変形術を見抜こうとする海人をよそに、

成行は沙夜子を見ると、

「敵の艦隊はブラックタイガーに任せておけばよし、

 さて、今度はお前さんの出番じゃ」

と指差した。

「へ?

 あっあたし?」

差されたことに沙夜子は驚くと、

「そうじゃこれは、お前さんにしかできない仕事だ」

成行は立ち上がりながら告げる。



「おっ乙姫様っ

 どこに行くのですか?」

横倒しになっている宇宙戦艦ヤマモトの艦内より抜け出した乙姫の後を追って

真奈美が行く先を尋ねると、

「真奈美さんっ

 あなたは海魔と共にここに残ってください」

乙姫は追いかけてくる真奈美を制止し、

自分一人でヤマモトがら出ていくことを言う。

「乙姫様っ

 あの五十里に歌を聴かせるのでしょう?

 きっ危険です。

 アイツのことだからどんな罠が待ちかまえているか」

乙姫の目的を感づいた真奈美は五十里の危険性を指摘すると、

「判っています。

 でも、コレは竜宮の主である私の役目です」

乙姫はそう言いきる。

「乙姫様…

(本気なのですね)」

乙姫のその姿に真奈美も決心すると、

「私もお供いたします」

と一歩前に進み出た。

「真奈美さん…」

「えへっ

 本当は怖くて仕方がないんだけど、
 
 でも、いつも櫂に甘えているわけには行かないしね、
 
 あたしだって、やるときはやる。ってこと見せたいもん」

驚く乙姫に真奈美はそう告げると、

『姐さん…』

心配そうに海魔が寄ってくる。

「なに今生の別れみたいなことするのよ

 大丈夫だって…

 それより、

 この戦艦の守り、お願いね。

 いざという時はこの戦艦で脱出するんだから…」

海魔に向かって真奈美はそういうと、

『乙姫さまっ

 真奈美さまに敬礼!!』

ビシッ

これに答えるように海魔は乙姫と真奈美に向かって敬礼をする。

「では参りましょう!」

敬礼をする海魔たちを見ながら乙姫は真奈美に手をさしのべると、

「はいっ」

真奈美は乙姫は手をつないで走り始めようとした。

そのとき、

パチパチパチ!!!

いきなり拍手が響き渡ると、

「うんうんうん、

 素晴らしい、
 
 実に素晴らしい!!」

の声と共に二人の供を従えた老人が姿を現す。

「あっあなたは…」

その老人を指さし真奈美が声を上げると、

「ふふっ

 久しぶりじゃのぅ
 
 藍姫…いや、真奈美殿」

この場所にはあまりにも場違いな

金色の頭巾にえび茶の着物、

そして小豆色のちゃんちゃんこ姿の老人は

真奈美に向かって懐かしそうに声を掛ける。

「えっ

 えーと…だれだっけ?

 あっうー…
 
 ここまで出て居るんだけど…
 
 そうだ、
 
 越後の縮緬問屋のご隠居だ!」

なかなか老人について思い出せなかった真奈美はそう叫ぶと、

ズルッ!!

老人と供二人は盛大にコケる。

「こらぁ」

「無礼であろうが」

「えぇい、このお方を何方と心得る!!」

「恐れ多くも…」

真奈美の声に供の二人がそう言いかけたとき、

「まぁまぁ

 スケさんにカクさん、

 真奈美殿の記憶はこのわしが消したんだから仕方があるまい」

そんな二人に向かって老人はそう言うと、

「お久しぶりでございます、

 水神様」

老人に向かって乙姫は頭を下げた。

「ほっほっほっ

 乙姫も達者の様じゃのぅ、
 
 そうじゃ、兼ねてから探しておった竜王は見つかったか?」

「はいっ

 おかげさまをもちまして、

 先日、お逢いすることが出来ました」

「そうか、

 それは良かった。
 
 これで、竜宮も安泰じゃのぅ」

「はい」

「ねぇねぇ、乙姫様

 このお爺さんって水神様なの?」

弾む話の腰を折らないように真奈美は乙姫に尋ねる。

すると、

「(グイッ)そうじゃっ

 わしこそ、水にまつわる全てを統べる水神じゃ、

 まっもっとも、海については乙姫の管轄じゃがの」

老人は”このときを待っていました”とばかりに

ふんぞり返りながら高らかに声を張り上げる。

「はぁ(タラ…)」

ふんぞり返る水神の姿を真奈美は見ていると、

「さて(カツン!)、

 コレより敵の懐、奥深くに飛び込んでいく所なのであろう?」

水神は杖を床に向けて一回叩いて、

乙姫達がこれからなそうとしていることを指摘する。

「はいっ」

その言葉に乙姫は元気良く返事をすると、

「そうか、

 それならわしから餞別を進ぜよう、

 さぁ、この中から好きな物を一枚取るが良い、

 それに見合った神通力をお前達に貸してやろう」

乙姫の言葉を聞いた水神は

ビラッ!

トランプの様に手に大きなカードを開き、

乙姫達の前に差し出し中の1枚を取る様に勧めた。

「はぁ…

 どれにしましょうか?

 真奈美さんにお任せします」

そのカードを見ながら乙姫は真奈美に選択させると、

「そうねぇ…」

真奈美は少し考えた後、

「じゃぁコレ!」

と言いながら1枚のカードを引いてみせた。

すると、

「ふむっ

 それが良いわけだな」

真奈美の引いたカードを水神は満足そうに頷くと、

「スケさん

 カクさん」

と声を張り上げる。

「ははっ」

その声に供の二人は即座に跪くと、

「この御仁はこのカードを選択した。

 よって、シルバーミレニアムのプリンセスに代わって命ずる。

 月のキリーリンク・幻の銀水晶よっ

 わが命に応えよ、

 われの目の前に居る者たちに”光の力”を分け与えよ」

そう水神は声高に叫ぶと、

「メポ!」

「メポ!」

たちまち供の二人の姿が消え、

青と赤のコミューンが乙姫と真奈美の手に握らされる。

「こっこれは?」

コミューンを手に取りながら真奈美が尋ねると、

「ふっふっ

 これから困難に直面するときがあるじゃろう、
 
 そのとき、そのコミューンにこのカードを通し、

 二人手をつないで
 
 ある呪文を叫ぶのじゃ、
 
 そうすれば、新たな力が…ってあれ?」

威厳たっぷりに水神はコミューンの使い方を教えようとするが、

しかし、

「先を急ぎますので」

「ありがとう水神様」

水神よりカードをひったくるなり、

乙姫と真奈美はその声を残して去って行ってしまっていた。

その姿を見送りながら、

「やれやれ、

 まっ頑張るのじゃよ…

 さて、残るはもぅ一人か、

 やれやれ、疲れるの…ポポ…」

水神はそう呟き、

「さて、お前達にチト話がある…」

乙姫たちを見送る海魔に向かって話し掛けた。



「うぅっ

 なんで、こんな事をしなくっちゃならないのよ」

その頃、竜宮では巫女装束に身を固めた沙夜子が雷竜扇を片手に

竜宮の舳先、そう、カメの頭の上に立っていた。

『沙夜ちゃん頑張って!!』

『そうじゃっ

 敵の艦隊はブラックタイガーが遠くに引き寄せておる。

 叩くならいまじゃ、

 お前さんの役目はさっきも言ったとおり、

 あの彗星に向かって翠玉波を放つのじゃ、

 その雷竜扇から放たれる翠玉波は小さな物かも知れないが、

 しかし、その小さな波動がこの竜宮の竜気を巻き込んで巨大な力となり、

 邪悪な彗星を打ち砕くのだ。

 とは言ってもいきなり撃てと言われても出来ないじゃろう、

 いまより翠玉波を打つ際の目標を示す。

 その目標に向かって放て』

 頭につけたインカムを通して夜莉子の声援と共に成行の指示が入ると、

フォンッ!!

亀の鼻の頭の上に赤い的が姿を見せた。

「あっあれに向かって打てばいいのね」

まさに自分を飲み込まんばかりに巨大になった彗星を前に

沙夜子は雷竜扇を構えると、

「逃げちゃダメだ

 逃げちゃダメだ

 逃げちゃダメだ

 逃げちゃダメだ

 逃げちゃダメだ

 逃げちゃ…ダメだ…」

念仏のようにそう唱えながら気持ちを落ち着け、

そして、目を開くと、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 翠玉波!!!!」

気合いと共に沙夜子は目標に向かって雷竜扇を一気に仰いだ。

すると、

シュパァァァァァン!!!

沙夜子が持つ雷竜扇より発せられた翠の輝き・翠玉波が目標を貫き、

そして、竜宮から沸き起こる竜気を纏って、

見る見る巨大化していくと迫る彗星に向かって襲いかかった。

しかし、

ググググ…

その翠玉波の軌道が突然ゆがみ、

シャー!!!

巨大翠玉波は彗星をかすめ、宇宙の彼方へと消えていってしまった。

「あっあれぇ…」

予想外の出来事に沙夜子は驚くと、

「じゃっ、も一回…」

気を取り直し、再度翠玉波を撃つが、

しかし、再び撃っても翠玉波の軌道は捻れ彗星に当たることがなかった。

「ちょちょっと、

 本当にこの目標で良いの?」

当たらない翠玉波に焦りながら沙夜子は問いただすと、

『ちょっと待て、

 おかしい…
 
 計算と実軌道とにズレが生じている』

なにか焦ったような成行の声が響き渡った。



「そうか、あくまで私に楯突く気か

 面白い…

 踏み潰してくれる!!」

2度の大型ビーム砲を放った竜宮の姿を

五十里はスクリーン越しにグッと睨みつけると声を上げる。

すると、

「魔導炉出力上昇!!」

「制限20にて進行!!!」

コントロールルーム内に追って相沢達の声が響き渡り、

ニヤッ…

徐々に大きくなってくる竜宮の映像に五十里の口元がかすかに緩むが、

しかし、

「!」

急にその口元が引き締まると、

「どうしたっ

 さっさと前に出ないかっ」

と声を上げた。

そう、ツルカメ彗星の速度は上がるどころか、

逆に遅くなってきているのであった。

すると、

「五十里さんっ!!

 魔導炉の出力が上がりません!!」

魔導炉のコントロールをしていた相沢が声を上がる。

「なにぃ?

 どういうことだ?」

その理由を尋ねる五十里の声が響き渡ると、

「げっ原因は不明です。

 あっでも…

 え?

 まっ魔導炉には異常はありません。

 魔導炉本体の出力は上がっています。

 でも、それが反映されていないのです」

と悲鳴に近い声を上げる。

「どういうことだ?」

その報告に五十里は思案顔になると、

「五十里…

 これを見ろ!!」

ツルカメ彗星周辺のエネルギー分布をチェックしていた桂が五十里に話しかけ、

自分の目の前にあるモニターを五十里へ向けた。

「これは?」

「さっきの歪みに向かってこの浮城の魔導エネルギーが流れ落ちている。

 竜宮が放ったビーム砲の軌道が捻れたのもコレが原因だ」

「魔導エネルギーが流れ落ちている。だとぉ?」

浮城の魔導エネルギーが流出していることに五十里は驚くと、

「なにかが起こる前触れかもしれん」

桂は思案顔になり本能的に身を縮めて見せた。



一方、ツルカメ彗星を襲う異変は竜宮にも同じようにおよび、

「おいっ

 どうしたんだよ。

 何で当たらないんだ!」

艦橋に海人の声が響き渡ると、

『大変です。

 魔導炉の出力が下がっています。

 すでに73、72、71、70!!

 だめっ

 70%を割りました!!』

竜宮の中心に据えられている魔導炉の出力が70%に落ちたことを人魚は報告する。

「しかし…

 キリーリンク・魔導炉共に動作状況に問題はないな…」

成行は竜宮の動力系に異常がないことを指摘すると、

「魔導炉が正常って…

 どういうことですか?

 成行博士?」

話を聞いていた水姫がその原因を尋ねた。

「何が起きているんだ?

 ん?

 …引っ張られている?

 …まさか…」

思案顔の成行は正面に迫るツルカメ彗星を見ながらつぶやくと、

「え?

 引っ張れれているって

 何かあるんですか?」

と夜莉子が聞き返した。

「ん?

 前のツルカメ彗星を良く見てみろ」

「え?」

成行の声に全員がツルカメ彗星を見ると、

「あっ」

「あれ?」

「なんか…

 向かって右側に引っ張られているみたい…」

皆同じことを言う。

すると、

「そうだ、

 この竜宮も水平で13時から14時、

 鉛直では8時の9時の方向に向かって

 魔導エネルギーが吸い取られている。

 こんなこと、聞いたことがない…

 あるとしたら

 まさか…

 ばかな計算ではウールーがワープアウトをするのは

 まだずーと奥のはずだぞ」

顎をかきながら成行に表情が緊張してきた。

「説明してくれ、何が起きるんだ」

「この現象…

 間違いなく、ウールーがこの宙域に現れる前兆だ」

迫る海人に成行がきっぱりと断言した。

「ウールーって…

 だって、計算ではまだもっと向こうに…」

成行の口から出た言葉に矛盾点を夜莉子は突くと、

「いや、間違いない!!

 ウールーが出てくるぞ!!

 沙夜子っ

 スグに戻れ!!」

カメの頭の上に居る沙夜子に向かって成行が叫ぶのと同時に、



リィィィィィィィィィィン…



宇宙空間に響き渡るかのように鈴の音が鳴り響いた。

「きゃっ!!」

「なに?

 この音?」

「音ではないっ

 重力波だ。

 来るぞ」

響き渡る鈴の音に耳をふさぎながら成行が叫ンだ途端、


ゴゴォォォォォォォォン!!


竜宮全体が激しく揺さぶられ、

同じ振動はツルカメ彗星にも襲いかかっていた。

「大規模時空震発生。

 ディメンジョン・マグニチュード、9.5を観測!!

 空間断層が拡大してゆきます」

激しく揺さぶられるコントロールルーム内に、

この揺れが時空震であることが告げられた。

「くっそぉ、

 なんだ、

 音の次は時空震か」

「いっ五十里さん!!

 私達の後方に大質量体がワープアウトしてきます!!」

「なに?」

「ロッシュ限界出現!!

 あぁ!!

 急速に拡大してきます!!」

「針路変更、脱出を優先しろ!!」

「魔導炉出力さらに低下っ

 だめです、脱出できません!!」

「一体…何が出てくるんだ…」

大騒ぎのコントロールルーム内で

五十里は急変する事態に呆然としていた。

そして、

「ちょちょっと、

 何が起きているの?」

必死の形相で沙夜子が艦橋に駆け込んでくると、

「あっあれを見て!!」

外を見ていたバニー1号が声を上げた。

すると、

フォォォォン…

ツルカメ彗星の背景が大きくゆがみ始めた。

「何が起きているんだ?」

ゆがんでいく光景に藤一郎が声をあげると、

「いかん!!

 ワープアウトだ!!!」

と成行が叫んだ。

それと同時に、

シャッ!!!

ツルカメ彗星の背後に閃光が輝き、

そして、その閃光の中より青く輝く弧が姿を見せると、

その上下を一気に引き伸ばして巨大な円へと姿を変えたとき、

ズゥゥゥゥン!!!

再び時空震が襲い、

皆の前に巨大惑星が姿を見せた。



「なっ…」

「直径、約6万キロ…

 地球の5倍…木星の半分はある惑星だ」

自分たちの真後ろに姿を見せた巨大惑星に五十里は驚くと、

「五十里!

 見ろ!!」

夏目の声が響き、

パネルスクリーンに巨大惑星に急速接近していく小惑星の姿が映る。

「小惑星、まもなくロッシュ限界に突入…」

接近してゆく小惑星の姿を見ながら相沢が叫ぶと、

ピシッ

ピシピシピシ!!

小惑星の表面に無数の亀裂が入り、

バカッ!

瞬く間に小惑星は引き裂け砕け散ってしまった。

「ロッシュ限界内に飛び込んだのか…」

粉砕されてゆく小惑星の姿に五十里は呟くと、

ズズン!!!

時空震とは違う揺れが浮城を襲った。

「我々もあの惑星のロッシュ限界に捕まりました!」

「まずい!!

 このままだと彗星もろとも粉々だぞ!」

ツルカメ彗星が巨大惑星のロッシュ限界内に飲まれたことが報告されると、

「仕方があるまい、

 引きずりこまれる前に外殻を破壊して身軽になるんだ!!

 惑星とは反対側のCブロックより破壊する。

 早くしろ!」

即座に五十里は命じ、

「判った!!」

その命令に相沢は緊急脱出用のレバーを引き下げる。

すると、

バババババ!!

外宇宙より浮城をずっと守ってきていた氷の外殻を切り裂くように爆発が起こり、

その中より五十里や乙姫達が居る浮城がゆっくりと浮上していく。

そして、浮城が離れたツルカメ彗星は

惑星に吸い寄せられるようにその軌道を大きく曲げてゆくと、

崩壊し惑星を回る輪と化していく。



それより少し前、乙姫達は…

『不審者を発見、ザケンナー』

『ただいまより捕縛します。ザケンナー』

浮城を警備する黒い海坊主のような姿をしたドール達に発見されると、

「きゃっ、

 出たぁぁぁ!!!」

「あっちに逃げましょう!!」

「はっはいっ」

二人は追いかけてくるドール達から逃げるものの、

しかし、逃げれば逃げるほどドールの数は増えてゆき、

そして、

『もぅ逃げられないぞ、ザケンナー』

『おとなしく降伏する。ザケンナー』

ついにその周りを取り囲まれてしまった。

「おっ乙姫様っ」

「大丈夫です」

ジリジリと迫るドール・ザケンナーの群れに、

真奈美と乙姫は手を握り締め合う。

すると、

『はははは!!!

 侵入者の二人に告げる。

 もぅ逃げ道はないぞ!

 おとなしく降伏するんだ』

そのの声とともに歌舞伎役者を思わせるメイクと

特異なヘアスタイルをした男が

マントを翻しながらドール達の間から出てくるなり、

ビシッ

真奈美たちを指差した。

「だっ誰が、降参するものですかっ」

歌舞伎メイク男に向かって真奈美が声を張り上げると、

「乙姫さまっ

 水神様より分けて頂いた力を使わせて貰いましょう」

コミューンを見せながら乙姫に言い、

「そっそうですわね」

真奈美のその声に

乙姫も水神より賜ったコミューンを取り出した。

そして、

ジャキーン!!

ジャキーン!!

相次いでコミューンの読み取り機にカードを通すが、

「あれ?

 そういえば呪文聞いてなかった…」

その時になって真奈美は水神より呪文を聞いてないことを思い出した。

しかし、

「真奈美さん、行きますよ」

困惑する真奈美をよそに二台のコミューンを付き合わせて

乙姫は手を握ると空いている互いの片手を高く掲げる。

「え?、

 あれ…何でこんなことを…」

無意識に採った自分の行動を真奈美は不思議がるものの、

しかし、その次の瞬間には

「デュアル・オーロラ・ウェーブ!!」

と乙姫とともに高らかに呪文を叫んでいた。



つづく





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