風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第50話:熱唱、土星沖会戦】

作・風祭玲

Vol.572





「行ってきます…」

久方ぶりに水無月高校の男子制服に袖を通した櫂だったが

しかし、その肩はガックリと落ち、

昨日まで見せていた覇気も今はすっかり消え失せていた。

「あっ行ってらっしゃい、お兄ちゃん!

 って聞いてないか…」

「……どうするの?

 お母さん…」

「どうするって言われてもねぇ…」

まるで幽霊のごとく玄関から出て行く櫂の背中を見送りながら

妹の香奈は母親の綾乃に今後のことを尋ねるが、

しかし、完全に置いてけぼりを食らってしまっているこの現状を

覆すことはほぼ不可能であった。

タタンタタン…

タタンタタン…

いつも乗る銀色の電車に揺られながら、

櫂は車窓から見える海をジッと眺めていると、

『大丈夫です。

 何とかなりますよ

 だから元気を出してください』

人に怪しまれないようにOLに姿を変えた摩雲鸞・オギンが櫂を励ます。

しかし、オギンの励ましにもかかわらず、

「はぁ…」

櫂は大きくため息をつき、床に座り込んでしまった。

『あぁ…

 困ったなぁ…』

完全に落ち込んでしまっている櫂の姿にオギンは困惑していると、

コツンっ

そんな櫂の前に女物の靴が立つなり、

「なーに、一生分の不幸を背負ったような態度をしているのよ、

 この青少年は!」

と声が上から降りかかってきた。

「え?」

『だれ?』

その声にを櫂とオギンが驚きながら見上げると、

「グッドモーニング!」

ブロンド色の髪を梳きながら水無月高校の英語教師ミールが

櫂達に向かって軽くウィンクしてみせる。

「え?

 先生?

 先生も学校ですか?」

あの集団バニー化事件以降、

学校が閉鎖されていることを聞かされていた櫂はスーツ姿のミールに驚くと、

「そうよ」

彼女は軽く答え、

「君こそ、まだ学校閉鎖が続いているのに、

 なんで制服着ているのよ」

と逆に質問をしてきた。

「あっ

 いえっ

 学校に荷物を置いたままだったので、

 ちょっとそれを取りに…」

ミールからの質問に櫂は答えると、

「ふーん、

 そうなんだ…真面目なのね、

 まぁあの時は色々あったからねぇ…

 って、

 あれ?

 君の体、男の子に戻ったの?」

櫂の返事にミールは頷き、

そして、櫂の姿が男子生徒に戻っていることに改めて気づくと、

「えぇ…

 まぁ、

 色々ありまして…

 なんとか戻りました…」

櫂は気恥ずかしさを出しながら返事をする。

「そっか…

 男の子がいきなり女の子になったり、

 学校の生徒や先生が集団でバニーガールになったり、

 変な雷がずっと続いたらと思ったら、

 いきなり空を揺るがす大爆発、

 しかもそれで終わりではなくて、

 その後、海から巨大な亀が飛んでいったら、

 今度は変な仮面が空に現れて人魚に宣戦布告…

 もぅ何がなんだか…って感じよね。

 あぁそうそう、

 変といえば、

 ツルカメ彗星とか言う変な彗星も来ているんだっけ、

 さらにインターネットでは、

 望遠鏡で月面を観測していた人が

 ”月の裏側から宇宙艦隊が大挙出撃して行ったぁ…”

 なぁんて報告をするブログが立ったと思いきや、

 いきなりそのブログが削除された上に、

 立てた人も行方不明…って話が実しやかに…

 ふふっ

 ねぇ水城くん、

 この辺の裏側…何か知らない?

 君、その辺結構近いトコ

 うろついていたでしょう?」

つり革に捕まりながらミールは話を向ける。

すると、

「…くそ…

 あの五十里が戻ってきたと言うのに

 僕は…なにも…」

ミールの言葉に櫂は悔しそうに唇をかみ締めて見せると、

「そういえばさ…

 月には乙姫の親友・カグヤってお姫様が居るって話じゃない。

 月まで行けば何とかなるんじゃないの?」

ミールは車内広告に視線を向けながら櫂に話す。

「!!」

『!!』

ミールのその言葉に櫂とオギンは驚きながら振り返ると、

「ふふっ

 あたしにはちょっとコネがあってね。

 月まで送り届けてあげましょうか?

 お客さん、お安くいたしますよ」

不敵な笑みを浮かべながら櫂に告げた。


 
『土星か…』

大きさを増してきたツルカメ彗星の前に回り込むように

巨大なリングを持つ太陽系第6番惑星・土星が姿を見せる。

その土星を眺めながら宇宙戦艦・ヤマモトの

バーチャル艦長・ヤマモトは感慨深そうにつぶやくと、

「うわぁぁぁ…

 乙姫様…

 土星が綺麗ですよぉ」

空を覆い尽くすかの大きさの土星を見ながら真奈美は声を上げると、

「ちょっちょっと…」

ヤマモトの視線を気にしながら乙姫は真奈美に注意をする。

すると、

『まぁ良いではないか、

 こんな光景はめったに見られないんだから』

ヤマモトは悠然と構えながら、

眼下に見える土星最大の衛星・タイタンを見下すと、

ピッ

『はぉ…

 地球からの援軍がやっと到着したか』

『ふぅ

 我々の足手まといにならなければいいが』

『まっ

 君たちの出番はとっておいて置くよ

 運がよければな』

『すまぬが

 タイタンより内側には入って来ないでもらえないだろうか?

 すでに配置は終わっているのでな』

とヤマモトを挑発するような通信が次々と入り始めた。

「なっなによっ

 この言い草は!!」

それを聞いた真奈美が顔を真っ赤にして怒鳴ると、

『ふんっ

 ネルソンにハルゼー…

 デカイ面をしおって、

 まぁいいっ

 我々にはヤマトソウルがある。

 彼らのお手並みを拝見しようではないか』

土星に向かっていたのはヤマモト率いる連合艦隊だけではなく、

太陽系の外周部に展開をしていた各艦隊が一足早く土星に集結し、

連合艦隊は実質上控えに回されることなってしまった。

しかし、ヤマモトはそれらの声を捨て置き、

艦隊をタイタン後方に下がらせると、

ヤマトソウルを中心とした陣形を整え始めだした。



「ちょっと、

 乙姫様たちには木星で追いつくはずじゃなかったの?」

そのころ、木星軌道を通過した竜宮に沙夜子の怒鳴り声が響く

「そー、キャンキャン騒ぐなっ

 仕方がないだろう、

 アステロイドベルトを抜けるのに時間が掛かったんだから」

その声に耳をふさぎながら成行が反論すると、

「大体、

 アステロイドベルトのところで故障なんかするからよ」

「不可抗力だと言っているだろうが、

 あれだけ出力に魔導炉が耐え切れなかったんじゃ」

「だったら、

 それくらい耐えれるようになんで設計しなかったの?

 ホノカさんが居なかったらあたし達、

 宇宙を彷徨っていたところなのよ」

「無茶を言うなっ

 元々がやっつけ仕事だったんだから、

 こうして土星を目指せるだけでもありがたいと思え」

艦長席の成行に迫る沙夜子と

それに反論する成行とで艦橋内は緊張するが、

「まーま、沙夜ちゃんっ

 そんなに熱くならないのっ

 乙姫様たちが乗っている宇宙船は土星に着いたばかりだし、

 それに、戦いも始まっていないんだから…」

そんな沙夜子を夜莉子はなだめ始める。

「でも…」

「焦らないのっ

 いまあたし達が出来ることは、

 無理をしないで土星に行くこと、

 またここで止まってしまっては元も子もないでしょう」

納得の行かない沙夜子に夜莉子はそう告げると、

「う……」

沙夜子はふて腐れながら艦橋から出て行った。

「すまんのぅ」

沙夜子を説得した夜莉子に成行は礼を言うと、

「成行博士も全力航行に無理があるなら、

 ちゃんと言って下さい。

 がっかりしている人魚さんたちも意外と多いんですから」

すかさず沙夜子は成行に釘をさした。



乙姫たちを迎えに行っていた竜宮がもたもたしているとき。

ゴォォォォォ…

土星に接近するツルカメ彗星内では
 
「ん?

 ほぅ、防衛線か…」

コントロールルームのパネルスクリーンに映し出される

ネルソンやハルゼーたちが作り上げた防衛線に五十里は感心した口調で言うと、

「どうする?

 五十里、

 このまま強行突破するか?

そんな五十里を見ながら夏目が訊ねる。

「ふん、

 まぁそれもいいが、

 折角、彼らが一席を設けてくれたんだ。

 そのご招待には乗ってあげないと失礼だろう。

 よし、こっちも出撃だ」

夏目の問いに五十里はそう指示を下すと、

その指示からわずが1時間後、

ギュォォォン!!

彗星を取り巻くガス雲の中より超大型宇宙戦艦を核とした、

無数の駆逐艦やミサイル艦さらにはイージス艦のほか、

十数隻の機動宇宙空母からなる宇宙艦隊が発進して行く、



『レーダに反応、

 ツルカメ彗星内より10万メートル級大型戦艦1、

 5万メートル級…(中略)…以上の総合計1192隻の
 
 艦艇で構成された艦隊がこちらに向かって発進してきました』

索敵を行っていた駆逐艦からの報告に

『なるほど、力づくでここを通るというわけか、

 よかろうっ!!

 全艦隊に告ぐ、

 敵は臆することなく我々と一戦を交えるつもりである。

 しかぁしっ、

 我々は栄えある地球防衛軍である。

 敵が如何に強力であっても、

 決して臆することなく、一歩も引くこともなく、

 華々しく散ろうではないかっ!!

 地球万歳!!』

とヤマモトと同じバーチャル艦長のハルゼーが叫ぶび声を上げると、

ズドォォォン!!

突如ハルゼー艦が火柱を上げ、瞬く間に撃沈してしまった。



ぴっ!!

コントロールルームのスクリーンパネル上からハルゼー艦を示す灯りが消えると。

「ふっふっふ

 1192隻、いい国造ろう鎌倉幕府か、

 なかなかいい語呂合わせだな

 さて、まずは一隻…」

バイブレーションつきのゲームパッドを握り締めながら五十里がにやける。

「まったく、1/1実スケールのゲームとは贅沢だな」

そんな五十里を横目で見ながら夏目はため息をつくと、

「ふんっ、

 どうせあの老人達が作り上げた無人艦隊だ…

 いくらぶっ壊しても文句は言わせないぞ」

パッドのスイッチを叩きながら五十里は返事をする。

すると、

「あっいかがですかっ?

 一緒にやりません?

 それとも夏目さんには、

 こっちの方がよろしいでしょうか?」

夏目の横に座る相沢はそう言いながらキーボードを差し出した。

「なんだそれは…」

差し出されたキーボードを怪訝そうな目で見ながら訊ねると、

「いや、折角の機会ですから、

 タイピングの練習でもと…」

相沢は笑顔で薦める。

その途端、

「馬鹿者!!、

 そんなことをしなくてもブラインドタッチくらいは出来るわ」

相沢を怒鳴り飛ばした夏目はキーボードをひったくるなり、

スクリーンに映し出される文字を一心不乱に打ち込み始めた。

と同時にツルカメ彗星より発進した宇宙艦隊は一斉に地球防衛艦隊へと襲い掛かり、

こうしてに土星を背にして地球防衛艦隊vs五十里艦隊との

壮絶な戦いの火蓋は切って落とされた。



ズシャッ!!!

ドゴォォォォォン!!

シャシャシャ!!

バゴォォォォン!!

両軍入り混じっての戦いは熾烈を極め、

スクリーンに映し出される五十里側の艦数も

700を切るところにまで落ちていた。

しかし、それにもかかわらずジョイパッドを握り締め

カチッカチッ

「いけっ」

カチッカチカチッ!

「よしそこだ!!」

と戦艦を操作し戦いにヒートアップしていく五十里と

「そこと

 そこと

 そこぉぉぉ!!

 よーし、ジ●ン十字勲章いただきだぁ

 この”赤い彗星”を止めれられるものなら止めて見せろぉ!!」

真紅に塗られた角付き3倍速モビルスーツを操作し、

大型マシンガンで地球側宇宙戦艦を次々撃沈してゆく相沢、

またその横では、

カチャカチャカチャ!!

額より汗を流しながら

一心不乱にタイピング練習を行う夏目と、

三者三様にこの戦いを繰り広げ、

そして、それらの姿を桂は冷ややかな目で見ていた。



『…またあの赤いのだ!!』

『…何をしている、撃ち落とせ!!』

『…だめだ、間に合わない!!』

『…そっちにったぞ!!』

『…うわっこっちに来るな!!!』

『…うわぁぁぁ!!!(ブツン!)』

『くっ

 なかなかやるではないか…』

混乱する友軍艦船からの無線と

漆黒の宇宙空間に次々と開花してゆく閃光の華を見ながら

バーチャル艦長ネルソンはつぶやくと、

『このままでは埒が明かない…

 仕方がないアレを使うとするか、

 ”全艦隊に告ぐ

  我が艦を中心に集結し、

  拡散波動砲による一斉射撃を行う

  目標は敵艦隊の後方、

  ツルカメ彗星である”』

とすべての艦隊に向けてそう通告をするが、

タイタンの後方で展開する連合艦隊からは一隻を動く艦はなかった。

『ヤマモトの連合艦隊は動かないようです』

『捨て置けっ

 あいつらなど居ても居なくても一緒だ』

連合艦隊が動かないことにネルソンはそういうと、

ネルソン艦を中心に上下5段の横列構えとなった地球防衛艦隊は、

艦首の波動砲を軸線を迫るツルカメ彗星へと向けた。

「五十里っ

 これは!!」

地球艦隊のその光景に夏目が声を上げると、

コト…

五十里は握っていたジョイパッドを置き、

「こちらの艦隊を下げさせろ、

 構わんっ

 好きなようにさせろ」

と言うと勝利の笑みを口に浮かび上がらせる。

ゴォォォォ…

ツルカメ彗星はさらに土星へと迫り

ミアミアミアミア…

そのガスの明かりが拡散波動砲発射体制の地球艦隊を照らし始める。

『エネルギー充填、80%…

 90%…』

ビリビリビリ…

ツルカメ彗星からの重量波をもろに浴びながらも、

『まだ…だ』

ネルソンはじっと彗星を見据え、時が来るのを待つ。

一方、連合艦隊では、

『よーしっ

 敵はネルソンたちに気を取られている。

 いまこそが絶好の好機である。
 
 ヤマトソウル砲、

 直ちにエネルギー充填開始!!』

タイタンの後方に控えていた連合艦隊にヤマモトの号令が響くと、

『いいのか、

 ヤマトソウルの放線上にはネルソンたちが居るが』

ヤマトソウル砲担当バーチャル艦長がヤマモトに真偽を尋ねる。

しかし、

『構わんっ

 我々の射線上にたまたまネルソンたちが入ってしまったまでだ。

 戦場ではよくある話だ』

その問いをヤマモトは切って捨てると、

『狙いをはずすなっ』

と声を張り上げる。

そして、その声にあわせて

ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

ヤマトソウル砲の側面についている8枚2組のエネルギー集積板が

まるで菊の花が開花するように一斉に開き、

そして窄まっていくと、

ミミミミミミミミ…

起動音と共にその砲口が真っ赤に染まり始めた。



「地球艦隊まで距離あと3000!」

ネルソンらが待ち構える防衛線までの距離が知らされると、

「ふっ

 一気に踏み潰せ!」

上下5列の横一直線に並ぶ艦隊を見据え、

五十里はそう指示をする。

そのとき

「ん?」

その艦隊の後方、タイタン付近で展開する別の艦隊の存在に桂が気づくと、

「五十里っ

 あの艦隊の後方、

 タイタンのところに別の艦隊がいるぞ」

と指摘し、

スッ!!

スクリーン画面が手前の地球艦隊ではなく、

後方の艦隊をクローズアップした。

「なに?」

「なんですか?

 あれは…」

赤い明かりが灯る大型の構造物を中心に展開する艦隊に全員が驚く中、



『ツルカメ彗星まで3000宇宙キロを切りました』

『全艦、拡散波動砲発射よーぃ』

バーチャル艦長ネルソンの甲高い声が響き渡る。

そのとき、

ズンッ!!

ズズンッ!!

ネルソンの後方より重厚な音楽が響き渡り、

迫る彗星を前に展開する地球艦隊を大きく揺さぶり始めた。

『なっなんだこれは!!』

『重力波です』

『発進元は…

 後方…

 タイタンに展開中の連合艦隊からです』

『なにぃ』

空間を揺るがす音がヤマモトが率いる連合艦隊より出されていることに

ネルソンらが気がつくと、

『連合艦隊に告ぐっ

 今すぐ、その音楽をやめるんだ。

 聞いているだけで不愉快になる!!』

と抗議をした。

しかし、

『ふんっ

 捨て置け、

 どうせ、毛唐にはわからぬモノだ。

 さて、ヤマトソウル砲の準備はどうだ』

ネルソンからの抗議を一蹴したヤマモトは

エネルギーを充填しつつあるヤマトソウル砲の状態を尋ねると、

『エネルギー充填120%!!

 いつでも発射可能です』

との返事が返ってくる。

「真奈美さん…

 この曲ってなんですか?」

艦内に響き渡る音に耳をふさぎながら乙姫が曲について尋ねると、

「乙姫様っ

 これは…軍歌です。

 昔の軍隊が歌っていた軍歌です」

と説明をする。

すると、

『そうだ、

 戦いはすべて精神力だ。

 無尽蔵の精神力こそが我々の武器であり、

 そして、その精神が邪悪な心を撃ち砕くのだ。

 喰らえっ

 大和魂の底力を!!!

 ボリュームを上げろ!!

 ヤマトソウル砲!!

 発射っ!!!』

顔面に幾つもの青筋を立ててヤマモトが怒鳴ると、

ジャコン!!!

閉じていた放熱板が一斉に立ち上がり、

宇宙に巨大な菊の花を咲かせると、

響き渡る海軍軍歌と共に、

ドォォォォォォォン!!!!

真っ赤に染まる旭日が迫るツルカメ彗星に向け発射した。

そして、

『なにぃっ?

 我々を巻き込む気か!!!』

その旭日は拡散波動砲の発射態勢に入っていたネルソンら艦隊を

瞬く間に背後より飲み込んでしまうと、

勢いそのままツルカメ彗星に向かって突き進んでいく、



「五十里っ!!!」

「くっ」

地球艦隊を飲み込みそして迫ってくる旭日に五十里が立ち上がったとき、

ズズズズズズンンンン!!

オペレーションルームに海軍軍歌の音が高らかに響き渡った。

「うわぁぁぁぁ!!!」

「これはははは!!!」

まるで心を揺さぶるかのように響き渡る軍歌に皆がのた打ち回ると、

「夏目ぇぇぇぇ!!!」

五十里の怒鳴り声が響き渡り、

「マイクを

 マイクを貸せぇぇぇぇぇ!!!」

と続けた。

「まっマイクだって?」

耳を押さえながら夏目はひっくり返った道具箱の中からマイクを取り出すと、

「マイクなど何に使うんだぁぁぁ!!!」

と尋ねながら五十里に放り投げる。

すると、

「相沢っ

 カラオケの準備をしろ!!

 早く!!!」

マイクを片手に今度は相沢にカラオケの準備を命じ、

そして、

「準備が出来たらスグに流せ!!

 曲目は…

 演歌!!!

 サブちゃんで何でもかまわん!!!!」

と怒鳴る。

「はっはいっ」

痛いくらいに響く軍歌の中、

相沢は無我夢中でレーザーカラオケをセットをすると、

「五十里さんっ

 サブちゃん、行きまーす」

の声と共にスイッチを入れた。

すると、

ジャコン!!

浮城から巨大スピーカーがせり出し、

ジャーーーン!!!

オペレーションルーム内にカラオケの音が響き渡ると、

スクッ!!

いつの間にか和服に身を固めた五十里がマイク片手に立ち上がった。

そして、

「ふっ

 大和魂に訴えかけるこの攻撃、

 見事だ、

 だが、しかぁしぃ、

 我々にも武器がある。

 そうだ、心だ。

 心こそ最大の武器だ。

 …日本の心…

 それは演歌!!!

 一番・五十里、

 サブちゃんを歌いますっ」

高らかに宣言をすると、

タイタンに展開する艦隊に向け演歌を歌い始めた。



ズズズズン

ボボボボン

ウォォォォォン…

宇宙空間に重力波が響き渡り、

それに乗せて軍歌と演歌による歌合戦が始まるが、

この戦はお互いに一歩も引かない熾烈な戦いとなって行く。

『なんだ?

 この曲は…』

迫る彗星から響き始めた音にヤマモトは驚き、

また、

「乙姫さまっ

 えっ演歌が!」

耳を押さえながら真奈美が悲鳴を上げると、

「歌と歌が…

 戦っています。

 これが歌の力なのですね…」

ゴゴゴゴゴ…

眼下のタイタンの大気が激しく振動し、

また土星の輪がその形を崩していく様子を見ながら

乙姫は歌の力を実感していた。

『えぇいっ

 押されているぞ!!

 もっと出力を…ボリュームを上げろ!!!』

押され気味のヤマトソウル砲に向かってヤマモトは怒鳴ると、

『出力上昇!!』

担当艦長の声を同時に

ガコンッ!!

ヤマトソウル砲の両脇よりYAM●HAのロゴマークが輝く巨大サブウハーがせり出し、

ズンッ!!

大出力の重力波を放つ、

『くっ

 大和魂の弱点を即座に見抜き、

 防御をかねながら攻撃してくるとは…

 侮れない奴…』

演歌をかき消して響き渡る軍歌をバックに

ヤマモトは敵の恐ろしさを感じ取っていた。



「五十里さんっ

 押されています!!!」

ツルカメ彗星ではボリュームアップした軍歌に相沢が悲鳴を上げる。

「代われ、相沢っ」

五十里はマイクを相沢に渡し、

「ちょっと着替えてくる

 この場を押さえろ」

と命じた。

「えぇ?

 僕が歌うんですか?」

五十里の指示に相沢は驚くと、

「いいか、

 この危機を乗り越えるのは”心”だ、

 お前はその心を歌えばいいんだ」

驚く相沢に五十里は言い聞かせる。

「わっ判りました

 この相沢っ

 日本の心を歌って見せます」

元気良く相沢は返事し、

そしてマイクを硬く握り締めると、

「2番・相沢っ!!

 ”飛べ、ガ●ダム”歌います!」

と高らかに宣言し

そして、歌い始めた途端。

「馬鹿者!!!

 だれが、アニソンを歌えと言ったぁ!!」

夏目の怒鳴り声が響き渡ると、

「ひっどーーーーーぃっ

 アニソンだって日本の”心”ですよぉぉぉ!!!」

涙を盛大に流しながら相沢は抗議する。

そして、

「えーぃ、

 ガ●ダムがだめなら、

 そうだ、”萌え”だ、

 3番・相沢

 日本のが誇る萌え、

 ”ネコミミモード”を歌います」

と宣言するや否や、

ボリュームをさらにアップして歌い(?)始めた。

が、しかし、

「なんだそれは!!!

 それが歌かぁぁぁ!!!」

「男が歌うなぁぁぁぁ!!」

歌う相沢に向かって桂がとび蹴りを食らわせると、

「だったら、桂さんたちが歌ってくださいよぉ!」

ボコボコにされた相沢は抗議しながら、

マイクを桂に手渡すと、

「えぇ?

 俺がかぁ?」

マイクを手にした桂は困惑した後、

「おほん!!

 それでは…4番、桂

 谷村●二の”昴”いきます…」

と曲目を告げた後、歌い始めるが、

「こらぁ!!

 全然音程が合ってないぞ!!!」

「そーですよ、

 もぅ少し真面目に歌ってくださいよ」

たちまち夏目や相沢からブーイングがあがる。

「やはり、

 私が歌わなければダメか…」

そのような状態に鬘を被り、濃厚なメイクと総金ラメの和服姿の五十里が現れると

桂よりマイクを奪い取り、

「これでキメるそ、

 5番・五十里……

 マツ●ン・サンバ(五十里バージョン)を歌います」

と高らかに宣言をするなり、

ザザザザ!!!!

どこから湧いたか和服姿の大勢の女性達が五十里の周囲を取り囲む、

そして、

「ミュージック…スタート!!!」

のかけ声が響き渡ると同時に

バババババ!!

浮城の周囲にB●SEのスピーカが一斉に花開き、

ノリノリで歌う五十里のマツ●ン・サンバを流し始めた。

ズズズズンンンン!!!

ボボボボンンンン!!!

ツルカメ彗星と連合艦隊、

それぞれが放つ曲と曲がぶつかり合い、

そして、バリアのごとく弾き返す。

『押されているぞ、

 出力限界にまであげろ!!!

 タイタンにありったけのアンカーを打ち込め!!!

 ヤマトソウル砲が流されないように固定しろ!!』

「魔導炉出力上昇!!!

 ボリューム最大フルパワー!!!

 押して押して押し捲れぇぇぇぇ!!!」

まさに総力戦であった。

しかし、

拮抗を保っていた戦線は徐々に連合艦隊へを押され始め、

宇宙戦艦ヤマモトの中にもマツ●ンサンバが響き渡り始めた。

『…なっなんだ!!!

 この歌は!!!

 ぐわぁぁぁぁ!!!

 精神が

 精神が汚染されるぅぅぅぅ』

響き渡る五十里のマツ●ン・サンバに

バーチャル艦長・ヤマモトは頭を抱えてのた打ち回ると、

ピシッ!!

ピシピシ!!

最大出力で海軍軍歌を流していたヤマトソウル砲の鋼体に亀裂が入る。

『なっなんだ、

 エネルギーが…

 相殺されていきます。

 危険です。

 早急に停止を!!!』

ヤマトソウル砲担当バーチャル艦長から停止を要求する声が上がるが、

『…だめだ(ぜはぁぜはぁ、

 いっいま、止めたら…

 せっ精神汚染が…一気に進み我々は崩壊するぞ』

その声に向かってヤマモトは言い聞かせる。

そのとき、

「乙姫様っ

 土星が!!」

急ごしらえの耳栓をしていた真奈美が輪を失い

大気中に幾つもの渦巻きを急激に発達させている土星を指さすと、

「なんてこと…

 土星が怒っています」

と乙姫は呟いた。

その一方で、

『ぷろとかるちゃぁぁぁぁ!!!』

長時間両者の間に挟まれ攻撃を受けていた

ネルソン率いる地球防衛艦隊のバーチャル艦長達の精神が

ついに耐え切れず崩壊を始めだすと、

メルトダウンを起こし自爆するまで拡散波動砲を打ちまくる艦

ところ構わず体当たりを行い自爆する艦

土星へと飛び込み自殺を図る艦

また彗星に向かって特攻をする艦が続発し、

鉄壁を誇っていた防衛線は瞬く間に自滅してしまった。

そして、それはヤマモト率いる連合艦隊とて例外ではなく、

五十里が歌うマツ●ン・サンバの歌声に

パキン!!!

ヤマトソウル砲の安全装置が破断してしまうと、

バキバキバキバキ!!!!

傷だらけの砲身が見る見る膨らみだし、

カッ!!!

ズゴォォォォォォォン!!!

ついにヤマトソウル砲は大爆発を起こしてしまった。

そしてその爆発エネルギーは周辺に展開している連合艦隊をたちまち飲み込んでしまうと

連合艦隊の夥しい艦艇群はタイタンへと落下、激突し

それによって発生した高温の爆風がタイタンの表面を焼き尽くしていく。

無論、

「きゃぁぁぁぁぁ!!!」

宇宙戦艦ヤマモトも、ヤマトソウル砲の爆発に巻き込まれるものの、

幸いヤマモトはタイタンの大気から弾き飛ばされ、

何とか宇宙に踏みとどまることが出来た。




ビシっ

マツ●ン・サンバを歌えあげた五十里が華麗にフィニッシュを決めると、

ズドォォォォォン!!!!

タイタン付近で大規模な爆発が起こり、

あれだけ流れていた軍歌がぴたりと止む。

「五十里さん、

 軍歌がとまりました」

「うむ」

「恐ろしい相手だったな」

「さすがにこれほどの物がでてくるとは…

 予想はしてなかったな」

歌合戦に勝利し、

地球艦隊を含めた障害物が消えた宇宙空間を見ながら

五十里はここ行われた激しい戦いを思い返すと、そっと涙をする。

「ところで、この彼女たちは一体?」

相沢が五十里の後ろで踊っていた和服姿の女性達のことを尋ねると、

「ん?

 あぁ…

 これまでのドールの欠点を克服した、新型ドール・ザケンナーだ」

五十里が女性達を紹介する。

「新型ドール?」

「これがですか?」」

五十里の言葉に皆が顔を見合わせると、

フッ

女性達の口元が一瞬ゆるみ、

ポンポンポン!!

瞬く間に黒い影法師を思わせる姿へと変身する。

「うわっ」

それを見た相沢が悲鳴を上げると、

ビシッ

ドール達は五十里に向かって一斉に敬礼をし、

『作戦終了、ただいまより持ち場に戻ります。ザケンナー』

と返答をするやいなや、わらわらと姿を消して行った。

「なっなんですかっ、アレは!!」

「だから、新型ドールだと言っているだろう?

 ふっ見てのとおり、

 いろんな姿に変化することが出来、

 さらに、指揮系統の関連付けをしてあげれば、

 集団でさまざまな事象に対処できる。

 まさに新世代のドールだよ」

涙を吹き出しながら訴える相沢に五十里は呆れながら説明をした。

そのとき、

ビッー!!!

オペレーションルームに警報音が鳴り響くと、

「五十里っ

 生き残った地球の戦艦が一隻、

 こっちに向かって突っ込んでくるぞ!!」

と自席に居る桂が声を上げた。

「なに?」

その声にたちまち皆が集まると、

「特攻でもするつもりか?」

五十里は接近する戦艦の目的を尋ねると、

「可能性はある。

 でも、

 このルートはまずい。

 このまま行くと…」

と桂は宇宙戦艦ヤマモトが取っているコースに懸念を告げた。



「ちょっと、

 何をする気?」

そのとき宇宙戦艦ヤマモトの中では、

『えぇいっ

 行かせろ!!!

 私に生き恥をかかせるなぁぁ!!!

 このまま敵を通したとなれば子々孫々までの恥。

 わが身を犠牲にしてでも敵に一矢報わねば、

 死んで行った仲間へのしめしがつかない』

「馬鹿なことを言わないでよ!!!」

「そうですよ、

 死んで花実は咲きませんって」

「やめなさいって」

ツルカメ彗星に向かって特攻をかけるヤマモトに、

真奈美と乙姫は必死で説得をするが、

『うるさい

 うるさい

 見せてやるぅ

 大和魂の真骨頂を、

 大日本帝国ぅぅぅ!!!

 万歳ぃぃぃ!!!』

バーチャル艦長ヤマモトは雄たけびのごとく叫ぶと、

宇宙戦艦ヤマモトを彗星の中へと飛び込んでいく。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

宇宙戦艦ヤマモトを取り囲むように巻き渦巻くガスの流れに

真奈美は思わず手で顔を隠すが、

「あっ

 あれは…」

渦の先に見えてきた浮城に乙姫の目は釘付けになる。

そして、

ズゴゴゴゴゴゴンンンン!!!!

閉じかけていた浮城のゲートを突き破った宇宙戦艦ヤマモトは

浮城内へと突っ込んでいくと、

内部で待機していた宇宙戦艦群を払いのけつつ岸壁に激突をする。



「はいっ、

 アイマスク取って良いわよ」

「あっはいっ」

その頃、櫂はミールの許しを得てアイマスクを取り外した。

すると、

ズーン!!

「なっなんだ…

 ロケット?」

櫂の目の前にそびえ立つ巨大なロケットに目を丸くすると、

「この国が持つ最大級のロケット…

 テポドン5よっ」

とミールは胸を張って説明をする。

「へ?

 テポドンってあのテポドン?」

ミールのその言葉に櫂の顔から表情が消えると、

「なによ」

ミールは不機嫌そうに聞き返す。

「いま…

 なんて言いました?

 テポドンって聞こえたのですが…

 それに、ここは一体どこなんです?」

そんなミールに櫂はいま自分がいるところについて尋ねると、

「まぁ、そうね、

 日本の斜め上…って所かしら…」

ミールははぐらかすように返事をする。

「ちょっと、ミール先生…

 ひょっとして僕はとんでもない所にいるんじゃないですか?

 あのロケットにはなんかハングル文字がいっぱい書いてありますし、

 それに、さっきから聞こえる歌には
 
 ”キムなんとか”とか、

 ”マンセー”とか
 
 やたら聞こえるんですが…」

冷や汗を流しながら櫂はそう言うと、

「細かいことは気にしないのっ

 第一あのロケットは実績で勝負のロシアロケットを

 コピーして作ったチャイナロケットを

 またまたコピーして作った由緒あるロケットよ、

 飛ぶに決まっているわ」

「それって全然信用がないって事じゃないですか!」

「何を言っているのっ

 あんた達のカンニングペーパーだって回り回っても、
 
 それなりの得点を上げているじゃない」

「カンニングペーパーとロケットを一緒にしないでください!」

「もぅ

 日本のH2ロケットは値段が高くて手配できなかったのっ

 だからコレで我慢しなさいよ」

櫂の抗議を頑として受け付けないミールを横目に櫂は冷や汗を流すと、

「もぅ、辛気臭いわね、

 月までの飛行については話はついているからさっさと乗る。

 大丈夫だって、

 将軍さまのロケットはちゃんと飛ぶことになっているんだから、

 それにいくら君が不幸な青少年だからといっても、

 簡単に死にはしないわよ」

顔を引きつらせる櫂の背中をミールは笑みを浮かべながら叩くと、

「ほらっ

 早くしないとアメリカの偵察衛星が来ちゃうじゃない。

 これが見つかると面倒なことになるんだから…」

そう言いつつ

「ちょっと待ってください!!

 ほっ他のロケットは手配できなかったのですかっ、

 せめてロシアのオリジナルロケットをぉぉ…」

と叫ぶ櫂を某親子の肖像が掛かるロケットへと引っ張っていった。

そして、

現時時間の夕方…

ゴォォォォォォ!!!!

偵察衛星の隙をついて白頭山の麓にある某国の秘密基地より

一機のロケットが打ち上げられた。

一人の人間を月へと送り届けるために…



パリン!!

「どしたの香奈?」

「お母さん

 お兄ちゃんのお茶碗が…」

夕食の支度をしていたかなが

真っ二つに割れた櫂の茶碗を持って綾乃に説明をすると、

「あらっ

 手、怪我しなかった?

 それにしても櫂はどこに行ったのかしら?」

星空を眺めながら綾乃はそっとつぶやいた。 



つづく





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