風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第48話:宇宙(そら)へ】

作・風祭玲

Vol.567





「ひぃぃぃ!!!」

「ごめんよ、じっちゃんっ

 墓参りには必ず行くから、

 祟らないでくれぇぇ!!!」

「お助けぇぇぇぇ!!」

盛り上がる海面の中より突き出した戦艦の艦橋を指差し、

漁師たちが皆震え上がる中、

「よぉしっ海面に出たぞ。

 エネルギー伝導管を開け!!!

 フライホイール接続!!

 キリーリンクの全エネルギーを魔導炉に放り込め!!!」

海水が満たす戦艦内の艦長席に座る成行は思いっきり怒鳴ると、

『アイサーっ』

オペレーション席の人魚はその返事とともに操作をする。

すると、

カッ!!!

ドォォォォォォン!!!

海より飛び出した艦橋の後方より、

東京タワーに匹敵するかと思われる巨大な水柱が立ち上ると、

ズォォォォォッ!!!

一気に艦橋は上昇し、

それに続いて戦艦の艦体、

さらに、その下より巨大な岩塊が姿を見せる。

「なっ何だあれは…」

「…かっ亀だ…」

「岩の亀だ!!」

垂直に切り立つ波間の中で必死に操船をしていた漁師達は

光り輝く翠色のリングを従え、

太陽を隠しながら上昇していく巨大な亀の姿に腰を抜かしていた。



『えーっ

  番組の途中ですが、

 ニュースをお伝えします』

ひさびさの快晴となった日曜の昼、ここ水城家では

櫂の母の綾乃と妹の香奈がのんびりと人気の韓流ドラマ

”男女七人冬のソナタ(再放送)”を観ながら昼食を取っていると、

突然番組が差し替えられ、

緊張した面持ちのアナウンサーが画面いっぱいに映る。

「なにかしら?」

「もぅ!

 またツルカメ彗星が消えたの?

 いちいちそんなことで番組つぶさないでよ」

チュルッ!

冷やし中華の麺を啜りながら香奈は文句を言うと、

『えー

 本日、午前11時50分ごろ、

 相模湾沖にて操業中の複数の漁船より、

 戦艦らしきものが海の中から浮上してきたとの通報が海上保安庁にあり、

 確認のため、現在巡視艇が現場に向かっているとのことです』

「(ぶっ!!)

 はぁ?

 何それぇ!!」

真面目顔のアナウンサーが告げる突拍子のないニュースに

香奈は啜っていた麺を吹き出すと、

「もぅ、そんなことで冬ソナ潰さないでよ、

 折角、いい場面なのに…

 何を考えているのかしら…」

そんな文句を言いながら

ピッ

手にしたリモコンでチャンネルを変える。

すると、

パッ!

湘南あたりからの中継だろうか、

江ノ島と思われる島影と荒れ狂う海辺を背景に

大勢の人が海を指差しながら叫んでいる光景が映し出される。

そして、

『…えっと見えますでしょうか?

 この画面の奥、

 はいっ

 盛り上がった海面から人工構造物が姿を見せ、

 東の方向・葉山の方へと移動をしております。

 (カメラさんカメラさん

  追って追って!!)

 あっ失礼しました。

 えーっ

 私たちですが、

 これから夏本番を迎える湘南海岸での津波対策について

 取材していたのですが、

 今日のお昼前、突然沖合いの海面が盛り上がり

 ごらん頂いている通り、

 その中から戦艦らしきものが姿を見せたのです。

 言っておきますけど、これは事実です。

 決して映画やドラマなどではありません』

『こちらスタジオですが

 あのーっ

 その構造物とは一体どういうものでしょうか』

『…あっはいっ

 詳しくは判りませんが、

 地元の古老の話によると旧日本海軍の戦艦らしいとのことです』

『せっ戦艦ですか?』

『はいっ(ザッ)

 間違いないとおっしゃっていました。

 …え?なに?
 
 あっ!!!!』

『どうかしましたか?』

『いま、その構造物の後方より巨大な水柱が上がりました。(ザッ)

 一体何メートルあるのでしょうか(ザッザー)』

『水柱ですか?

 映像がありませんので判断できないのですが』

『(あぁっこのガキっ!!

  勝手に機材に触るんじゃねぇ!!)

 あっ申し訳ございませんっ

 ちょっと子供が機材のケーブルを抜いてしまいまして、

 映像が送られない状態になってしまいました(ザザッ)。

 えー現在の状況ですが、

 水柱が上がったあと構造物は一気にせり上がりまして、

 いま見えているのは、間違いなく船の形をしています。

 また、スタッフによると船は旧海軍の戦艦だとのことです。

 あっまたさらに上がり出しました。

 あれは…岩でしょうか?

 え?
 
 頭?

 亀?

 かっ亀です。

 戦艦の下からその何倍もある巨大な亀が姿を見せました。

 そして…さらに向きを変え…

 うわっ

 こっちに向かってくる!!!

 わっ
 
 わっ
 
 わぁぁぁぁ

 うぎゃぁぁぁ!!!!…(ブツッ)』

海鳴りの音と共にレポーターの断末魔が響き渡ると、

音声がとぎれてしまった。

『もっもしもしっ

 もしもーしっ

 えーなんか、

 現場は大変混乱しているみたいですが』

『取材班は大丈夫なのでしょうか?』

『さぁ、明日にはちゃんと次の取材に行っていると思いますよ、

 予定はびっしり詰まっていますから』

『では、このニュースにつきましては動きがあり次第お知らせします』

レポーターの断末魔とは裏腹に、

所詮他人事という雰囲気を漂わせながらワイドショーは進行してゆく、

「なっなによっ

 なによこれぇ!?」

ピッ

ピッ

異常事態を告げるTVに香奈は困惑しながらチャンネルを変えるが、

しかし、12番目のチャンネルでいつものアニメを流している以外、

どの局もこのニュースに切り替わり、

香奈が切れかかりながらチャンネルを切り替えてゆく、

すると、

「ちょっと待って、香奈!!」

TV画面を見ていた綾乃が声を上げると、

香奈の手を静止させる。

「なっなに?」

綾乃の声に香奈が驚くと、

「まさか…

 あれって竜宮?」

別の局で映し出された中継画面を見ながら綾乃はつぶやくと、

「え?

 竜宮って、

 海の中の竜宮?

 それがなんで亀なのよっ」

綾乃の言葉に香奈は思わず聞き返した。

すると、時を同じくして、

パァァァァ!!!!

突然、空の東西に巨大な虹の帯が走ると、

その帯はゆっくりと上下に拡大し、

やがて正面から迫る彗星の姿をバックに

東南アジア風のギョロ目の仮面をかぶった顔が映し出される。

そして、

『…DEJIMAの老人達、

 並びに、竜宮の人魚の諸君、

 わたしは帰ってきた。

 ふっふっふっ

 敢えては名乗らないが

 海母の鰭のときは随分と世話になった者だ。

 諸君らに再会できる時を楽しみにしているぞ…』

一方的にそう告げるなり瞬く間に姿を消してしまった。

その途端、

『なっ何でしょうか、いまの現象は!!』

その番組のレポーターはいきなり興奮すると、

捲くし立てるようにしゃべり始める。

「いまの声…

 TVじゃなくて、

 マジでこの上から聞こえたよね」

仮面からの警告の後、

香奈はキョロキョロしながら天井を見つめる。



「ほぅ、

 海母様の鰭とな…」

仮面からの警告を艦橋で聞いた成行は顎を掻きながらつぶやくと、

『はいっ

 大分前ですが、

 奪われてしまった海母様の鰭をカナとマナの2名が

 取り返してくれたことがありました。

 まさか、そのときの…』

事情を聞かれた人魚は成行に鰭の騒動について話す。

「ふむ、

 そのようなことがあったのか」

その話を聞き終わると成行は感心しながら幾度もうなづき、

「そうなると、あの仮面はその五十里という奴が仕掛けたのか、

 まったく、無茶をしおって…

(表にバラしおって、これからどうするんだ?)

 どうやら、我々が最も警戒しないとならないのは奴のようだな、

 そして、乙姫はその五十里が居るツルカメ彗星に近づいているとなると、

 これは急がないとならないか、

 各システムに問題はないか、

 問題なければこのまま地球の引力を振り切るぞ、

 竜宮、宇宙に向け発進!!!」

艦長席に座る成行は顔をドアップにして叫び、

『アイサーっ

 キリーリンク異常なし、

 魔導炉出力最大っ

 竜宮っ

 第1宇宙速度にて上昇します』

それに応えるようにして人魚はオペレーションを行い、

厚木基地上空に達していた竜宮は翠のリングをさらに輝かせると、

その進路を宇宙へと向けた。



「えぇいっ

 何をしておるっ

 竜宮が行ってしまうではないか!!!

 猫柳空軍、

 全機出撃じゃ!!

 なんとしても竜宮を阻むのじゃ」

専用回線で送られてくる上昇していく竜宮の映像に、

シーキャットより救出され、

全身包帯まみれの猫柳泰三は怒鳴りとばすが、

「お言葉ですが、会長!!!

 猫柳私設空軍は現在壊滅状態です。

 スクランブルできる機体がございません」

と同じ包帯まみれの青柳が頭を垂れながら

猫柳軍の惨状を報告する。

「なんだとぉ!!

 えぇい動けるものなら戦車でもなんでも構わん、

 とにかく追いかけるんだ!!」

そんな青柳に泰三は怒鳴り散らすと、

「はっただいま!!」

青柳は体の痛みも放り出し、

「猫柳私設陸軍、出撃!!」

と被害の小さかった私設陸軍に出撃命令を下した。

一方、あの猿島家でも

「猿島私設陸軍、出撃!!」

包帯まみれの幻光忠義は電話に向かって私設陸軍の出撃を命じると、

ズドドドドドドドド!!!!!

宇宙へと向かう竜宮を追って

猫柳、猿島両軍の戦車が街中を走り始め、

そして、右往左往した後

『富士山に登れ!!』

の号令の元、一斉に富士山めがけて進撃を開始した。



『…今日の状況を作り出したのは、

 首相の政権運営のミスですので、

 いま必要なのは政権交代だと思います』

『…ほほぅ

 政権交代をすれば今回の事件は解決するのですか?』

『…いいえ、解決する。しない。は問題なのではありません、

 いまこそ政権交代が必要なのだと私が言っているのです。

 いいですか、

 政権に就けばあっちの団体、こっちの団体から

 1億円の小切手が吹雪のように舞い込んでくるのですよ。

 さじ加減一つで補助金を操作し、

 従わない自治体があれば交付金を減らし、

 ODAと島一つかの国に施してあげれば、

 私の実家が経営するスーパーが大手を振って商売できるのですよ、

 ですから、いま必要なのは政権交代なのです。

 さぁ、みなさん。

 ”わたしのために”政権交代をいたしましょう』

『いいえ、

 いいですか、いま必要なのは政権交代ではなく

 憲法9条を護ることです。

 憲法9条さえ護れば、なんの問題もありません』

『…しかし、憲法9条でこの事態の解決は…』

『何を言っているのです。

 このすばらしい憲法9条を護ってさえすれば、

 全宇宙は平和なのです。

 たとえ、オレオレ詐欺にあっても、

 不良外国人による強盗にあっても、

 リストラにあって練炭を買うハメになっても、

 憲法9条さえ護ればなんの問題もないのです。

 頑固に平和!!!

 さぁ、みんなで歌いましょう、

 平和の歌を、

 そして、キタの将軍様を称えましょう。

 将軍様はノドンという名の白馬に乗って

 きっと救済に来てくれます。

 そしてわたしは地上の楽園に召されるのです!!』

『…だーめだ、こりゃぁ…(ワハハハ)』

ピッ

「はぁ…みんな好き勝手なこと言っちゃって…」

中身のない緊急テレビ討論に見切りを付けた香奈がスイッチを切ると、

「で、お母さん、

 何か判った?」

庭の池に向い、水術による交信を行っている母・綾乃に状況を尋ねた。

すると、

「うん、

 なんか、櫂…

 乙姫様の救出に失敗した見たいね」

顔を上げた綾乃は香奈に向かって呟くと、

「なによっ

 ミスっちゃったの?

 もぅだらしがないんだから…

 で、乙姫様どこに行っちゃったの?」

それを聞いた香奈は乙姫の居場所について尋ねる。

「なんか、月に向かったそうなんだけど、

 いまは別のところに向かっているとか、

 まっ櫂も昨日のあの爆発に巻き込まれて

 仕方がない状況らしいけどね。

 あっそうそう、

 ほらっこの間までうちでご飯を食べてた

 成行とか言うおじいさんが居たでしょう?」

「あっうんうん、

 いきなり消えちゃったおじいさん?」

「その成行さんがなんでも竜宮のことをよく知っている人で、

 成行さんが乙姫様を追うために竜宮を動かしたそうよ」

「へぇ…

 なんかこっちも無茶しているって感じ、

 でも、乙姫様も竜宮も宇宙にって…

 大丈夫なの?」

竜宮の事情がある程度わかった香奈が

皆そろって不在と言う状況について指摘すると、

「こればっかりは判らないわ」

綾乃はそう返事をすると空を眺めた。



そして、その空の先宇宙空間には

ツルカメ彗星討伐のため

サイド3:DEJIMAより出撃をした地球連合艦隊が

作戦を展開する土星軌道を目指し、道を急いでいた。

「ふぅ、お腹いっぱい…」

拉致されて以降やっとまともな食事を摂ることが出来た真奈美は

久々に味わう満腹の感覚を味わいながら、

ズズズー

っと湯気が立つ緑茶を啜る。

「ぷはぁ…

 まさか、宇宙で懐石料理が食べられるだなんて、

 思ってもいなかったわ」

コーン!!

シシオドシが鳴る和室の中でくつろぎながら真奈美は感想を言うと、

「こういう食事も面白いですね」

乙姫は静かにお茶を啜りながら感想を言う。

「そういえば…

 あいつらは何を食べているんだろう?」

落ちついたところで、

真奈美はこの食堂につれてきた海魔たちが何を食べているのか気になると、

閉まっていた襖をあけ、

「ねぇ、貴方達は何を食べているの?」

と声をあげると、

『あっ姐さんっ

 こっちはバイキングで勝手にやってますんでご心配なく』

てんこ盛りに食事を乗せた皿を見せながら海魔の一人が返事をする。

「だっだれが姐さんよ」

海魔の言葉に真奈美はムッとすると、

「まぁまぁいいじゃないですか、

 海魔さんたちもやっと安心したんでしょう」

乙姫は真奈美にそっと言うと、

「だからって姐さんなんていわなくてもいいのに、

 これじゃぁ、あたしがあいつらの親玉じゃない」

と文句を言う。

「それにしても、

 本当にこの艦にはあたし達しか居ないみたいですね」

ふと乙姫が周囲を見渡しながら、

この宇宙戦艦ヤマモトに乗組員が居ないことを指摘する。

「そうですね、

 この料理を運んできたのもロボットだし、

 なんかあたし達しか居ないみたいですね」

乙姫の指摘に真奈美はそう呟くと、

「あっでも、

 艦長さんなら居るかもしれないですよ、

 だってほら、

 あたし達が乗ったシャトルが収容されたとき、

 話しかけてきたでしょう、

 ヤマモトって男の人から…」

真奈美はこの戦艦に収容されたときのことを思い出しながら話すと、

「そうですね。

 確かにヤマモトさんて方が

 あたし達に話しかけてくれましたよね」

「うんっ

 じゃぁ会いに行って見みましょうよ

 こうして、食事ご馳走になったし、

 そのお礼はしないと」

真奈美はそう言いながら立ち上がる。



「んーと、

 ヤマモト艦長が居るところって

 やっぱり艦長室かな?」

カツン

カツン

ハイヒールの音を響かせながら

バニースーツ姿の真奈美と乙姫は

赤外線が照らし出す宇宙戦艦の中を歩いていた。

「えーと、

 こっちは動力エリアで、

 居住エリアはこっちか…

 うーん、複雑で判りにくいなぁ」

所々にある艦内案内表示を眺めながら二人は艦長室を目指していくと、

やがて、目の前に”艦長室”と書かれた札が下がるドアが姿を見せる。

「あっここっ

 ここですよ、

 乙姫様」

札を指差しながら真奈美は乙姫に話しかけると、

スッ

乙姫は一歩前に出て、

コンコン!!

っとドアにノックをした。

しかし、

「………」

ドアの向こうからの返事は無く、

「?」

二人は顔を見合わせると、

「失礼します」

声を合わせて挨拶をしながらドアを開けてみた。

すると、

ガチャッ!

重厚そうなドアはあっさりと開き、

「開きましたね」

「うん」

その感触に真奈美と乙姫は互いに頷き合った後、

艦長室へと入っていく。

そして、

「失礼します。

 あのぅ…

 お礼を言いに来ました」

そう言いながら二人が入った艦長室は意外と広く、

乙姫の声は反響しながら響き渡る。

「結構広いみたいだけど…

 ほとんど真っ暗じゃない」

部屋の中を照らし出す光はほとんど無く、

また赤外線も暗く灯されているため、

真奈美は目を凝らして見るものの、

部屋の全容を知ることは容易ではなかった。

すると、

『…何者だ…』

部屋中に男性の声が響き渡る。

「きゃっ!」

その声に真奈美が飛び上がると、

「あのぅ…

 先ほど助けてもらったシャトルに乗っていた者です。

 漂流中、助けていただきありがとうございます」

その声に臆することなく乙姫は礼を言うと、

『そうか…

 あのシャトルの乗組員か…』

男の声は納得したような台詞を言う。

「あっ…

 あの、食事まで頂いてしまって、

 どうもありがとうございます」

男の口調に真奈美はやや安堵しながら頭を下げると、

『当たり前のことをしたまでだ』

と男は返事をする。

「あのぅ…

 失礼ですが…

 この艦の艦長さんでいらっしゃるのですか?」

『ん?

 そうだ、

 私はこの宇宙戦艦・ヤマモトの艦長ヤマモトイソロクである』

乙姫の問いかけにヤマモトはそう返事をすると、

「へ?

 ヤマモトイソロクって、

 歴史に出てくる山本五十六さん?

 あっ同姓同名ですよね。

 いくらなんでも…」

ヤマモトの名前に真奈美は作り笑いをすると、

『何を言うかっ

 私こそ、

 帝国海軍の指揮を陛下より承った連合艦隊司令の山本だ。

 なにか良くわからんのだが、

 こんな戦艦に姿を変えられているがな…』

とヤマモトは告げる。

「はぁ?」

「それってどういう?」

ヤマモトの言葉に真奈美は首をひねると、

パパパパッ!!!

暗い部屋の中に赤外線の明かりがつき、

その光が艦長室を照らし出す。

「真奈美さん、

 アレを…」

乙姫が指差しながら真奈美に言う。

「え?

 なんです?

 って…

 うわっなにこれぇ!!!」

乙姫のその言葉に振り返るのと同時に真奈美は声を上げると、

どーーーん、

彼女達の目の前には

巨大な円筒形の水槽に入った高さ3mほどの巨大な人間の脳と、

その脳の上部でチカチカと明かりを明滅させる半球状の金属製の物体、

そして、金属製の物体と脳を結ぶ無数の透明なチューブが目に入った。

「なに?

 人間の脳みそ?」

「それにしては大きいですねぇ」

水槽を見上げながら乙姫と真奈美は感心していると、

『そうだ、

 これが私だ、

 私は記憶データと言うものに姿を変えられ、

 この中におる。

 そして、この戦艦そのものが私の肉体であるのだ』

とヤマモトは二人に告げた。

「うひゃぁぁぁ!!!」

「はぁぁぁぁ…」

ヤマモトからの衝撃的な話に、

乙姫も真奈美もただ呆然としていると、

『さて、

 では、今度は私の方からお前達を見てやろう、

 随分と女性のような声をしているが…』

と言いながらヤマモトの”眼”なのか、

黒く輝く球体が2つどこからともなく出てくると、

グルリと真奈美と乙姫の周りを回る。

そして、その途端。

『うわぁぁぁぁぁ!!

 お前達は女でないかっ

 しっしかも、

 その格好はなんだぁぁぁぁ!!!』

と叫び声を上げ、

それにあわせて艦体が激しく振動した。

「あら失礼ねっ

 声でわからないの?

 そう、あたし達は女の子よ」

緊張したのか忙しく動き始めた球体をキャッチして真奈美はそういうと、

『うわぁぁ!!

 ヤメロ!!

 それを触るな、

 だめだ

 すぐに離せ!!』

真奈美の行動にヤマモトは悲鳴を上げた。

「くすっ

 なに、焦っているのよっ

 もぅ、純情って歳じゃないんでしょう?」

うろたえるヤマモトの姿に真奈美は悪戯心を湧かせ、

手にした球体を自分の胸の中にギュッ!っと押し込んだ。

『うっ!!

 なっなんだ、この感覚は…

 やめろ

 離せ、

 離すんだ、

 じゃないと…

 ダメだ、

 すぐに離すんだ』

球体より感覚が伝わってくるのか、

ヤマモトは真奈美に向かって球体を手放すように命令するが、

「だーめっ

 あたし達をすぐに地球に返してくれるって約束をしてくれなくっちゃ

 イ・ヤ・よ!」

その命令に真奈美はそう答えると、

ギュュュ!!!!

っと球体を抱きしめてみせる。

『(ミアミアミアミア…)

 だぁぁぁぁぁぁ!!

 いまは作戦中だ。

 それが終われば我々は地球に帰還する。

 そっそれまで待て、

 だから、

 すぐにそれを離して…』

懇願するようにヤマモトは真奈美に言うが、

「(ん?、何の音かしら?)

 ダーメっ

 すぐに返してくれなきゃ

 イ・ヤ」

真奈美はそう囁きながら球体の上を指先でなぞったとき、

『(ミミミミミ…)

 あっあっあぁぁぁ

 はっ…はっ…

 はぁ…

 はぁ

 はぁ…!!!』

ヤマモトの泣き声に似た声が響き渡り、

その直後、

『ハックショーーーーーーン!!!』

盛大にヤマモトのくしゃみの音が響くと、

シャッ!!!

艦首より閃光が走り、

ドォォォォォォォォン!!!!

宇宙戦艦・ヤマモトは艦首拡散波動砲を宇宙空間に向け発射してしまった。

「あら?

  何かしらいまの音は?」

艦内に響き渡る音に真奈美は驚きながら乙姫を見ると

「ちょっと…

 いまのはどうかと思いますが…」

乙姫がそれとなく真奈美に注意をする。

「えへっ

 やっぱりまずかった?」

「かなり…」

「表現に問題はないと思うけど…」

「でも、事情を知らない人が見たらなんというか」

「あっヤマモトさん…

 お加減、大丈夫ですか?」

バツの悪さを感じながら真奈美はヤマモトに尋ねると、

『ハァハァハァ…

 あぁ…

 ダメダ…

 ちっ力が出ない…

 あぁ…』

想定外の波動砲を撃ってしまったヤマモトは

すっかり脱力してしまっているみたいで、

満足な返事は返ってこなかった。

「あらら…

 そうだ、

 地球に戻ったら櫂にしてあげよう、

 アイツ、どんな反応するか楽しみぃ!!」

手にしていた球体を放り出して、

真奈美は艦長室から出て行くと、

「どうも申し訳ありませんでした」

乙姫は頭を下げ、

「あのぅこれ、

 必要かどうかわかりませんが、

 一応、置いていきますね」

と言い残して、

ポケットティッシュを一つ艦長室に置いていった。



グォォォン!!!!

『なぁ、オギン…』

タイムスリップ中、

未来へと続く亜空間の中を光の粒子を追い抜きながら

櫂は平行して飛ぶ摩雲鸞・オギンに尋ねると、

『なによっ』

オギンは振り向かずに返事をする。

『僕が戦国時代に行って、

 あの時代の真奈美に会ったのって、

 必然だったのかなぁ…』

そんなオギンに男の姿に戻った櫂は尋ねると、

『さぁねっ

 なんとも言えないわね、

 唯一つ言えるのは、

 真奈美さんと君は400年前から続く想いに

 結び付けられているってことかな、

 真奈美さんが400年後、

 再びあの場所に訪れて、

 藍姫の想いがこもった櫛を手に入れ、

 その櫛が巡り巡って力を失った君を戦国へと誘い、

 再び力を取り戻させた。

 あっそうそう、

 気づいてないかもしれないけど、

 君の力の波動、

 力を失う前と今とではちょっと違うわよ、

 まっ何ていうのかな…

 一皮剥けた…って言葉が合うかもね』

オギンは櫂に向かってそう告げると、

『はぁ?

 何だそれは?』

オギンの言葉に櫂は困惑の表情を見せ、

はるか先に見えてきた400年後の世界へ向かっていく。



『月を通過いたします』

地球を飛び出し宇宙空間を突き進む亀、いや竜宮は

巨大な月を真横に見てその脇を通過しようとしていた。

「はぁぁ…

 マジで月かよ」

「こうしてみると大きいわねぇ…」

「まさか、こんな形で見ることになるとは…」

亀の背中に乗る戦艦の艦橋から見える月の姿に

藤一郎たちは感嘆の声を上げていると、

『艦長!!

 月から飛行物体がこちらに向けて飛行しています

 全部で9機です』

レーダーを見ていた人魚が声を上げる。

「なに?」

その声に成行の表情が硬くなると、

「月のカグヤに向けて

 ”緊急事態につき通告の無いまま領内を通過する。

  許可されたい。”

 と告げろ」

そう指示をすると、

『艦長、

 その月のカグヤさまから通信が入っていますが』

と通信担当の人魚が声を上げた。

「なに?」

その声に成行は驚くと

パッ!!!

艦橋の天井に誂えたパネルスクリーンに

十二単を身にまとい扇で顔を隠した女性が姿を見せ、

『わたしはカグヤ…

 月の王国・シルバーミレニアムの王女です。

 竜宮、応答してください』

と話しかけてきた。

すると、

「こちら、竜宮、

 カグヤか、

 私だ、ダン・イルグースだ、

 わけあって竜宮の指揮をとっておる。

 久しぶりじゃのぅ」

成行はカグヤに向かって話しかけた。

『あら…

 ドクターダン…

 お久しぶりでございます』

こっちの画像が向こうに映し出されたのか

やや緊張したカグヤの声がやや解れると、

扇からはみ出る2つのお団子が左右にゆれた。

「ねぇ、カグヤ姫ですって、夜莉ちゃん」

「しっ静かに…」

『…乙姫を迎えに行くのですね』

「あぁそうじゃ…

 おとなしく竜宮に居ればよいものを

 いろいろと揉め事に逢ってのぅ…」

『そうですか、

 私も乙姫から宇宙に放り出された。

 と連絡を受けたときはびっくりいたしましたわ、

 それで、こちらにお招きをしたのですが、

 どういう訳か、

 乙姫が乗っている乗り物がコースを外れてしまって、

 それで、あの者達が飛ばした大型の戦艦に収容されたようです』

「DEJIMAの連中か…

 まったく、

 こっちに向かっている五十里とかいう奴と一戦を交えるみたいだが、

 なんとしてもその前に乙姫を救い出さないとな」

『ふふっ

 大丈夫ですよ、

 乙姫はあぁ見えても、

 しっかりしていますから』

「ならいいのじゃが…」

『それで、私の方からも

 少しでもお手伝いできましたらと思いまして、

 私の親衛隊をそちらに向かわせました。

 信頼を出来る者達なのでご存分に働かせてあげてください』

成行に対してカグヤはそう告げると、

「かたじけない」

カグヤに向かって成行は頭を下げ、

「おいっ、

 収納庫を開けろ、

 カグヤより派遣された親衛隊を収容するんだ」

と声を上げた。



「五十里っ

 さっきのアレはまずかったんじゃないか?」

土星に向かって突き進むツルカメ彗星の中心部に浮かぶ浮城、

その浮城内に夏目の懸念の声が響く、

「そうか?」

その声に手にしているギョロ目の仮面を弄びながら

五十里は返事をすると、

「(それ、いつ買ってきたんだ?)

 あんなことをすれば火に油を注ぐだけ、

 DEJIMAの老人達がムキになると思うが」

そう夏目は指摘する。

「(シンガポール出張の際に買ったんだよ)

 ふふっ」

「なんだ、ヤケに自信があるではないか」

「なぁに、

 あれは脅しにしか過ぎない。

 あのDEJIMAの老人達がどこまで出来るか、

 まぁ向こうの手の内を見てみようではないか」

夏目の指摘に五十里は自信たっぷりに返事をしていると、

「おいっ

 地球から出てきた連合艦隊を監視していた偵察艦が

 撃沈されたぞ」

と桂が五十里に偵察艦撃沈の報告をする。

「なに?

 確か異次元潜航タイプの高機能艦のはずだが…

 それがヤられたのか?」

その報告に五十里は撃沈された偵察艦について問いただすと、

「あぁ…

 ちょっと動力にトラブルがあってな、

 緊急避難的に通常空間に浮上させた途端、

 連合艦隊の旗艦がいきなり、

 ズドン!

 まったく、我々への見せしめかねぇ、

 拡散波動砲とか言う高出力砲の一撃で宇宙の藻屑。

 これは舐めて掛かるんじゃなくて、

 気を引き締めたほうがいいぞ」

驚く五十里に桂は指摘すると、

「ほぅ…

 向こうもやるって訳か…」

その指摘に五十里は不敵な笑みを浮かべていた。



つづく





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