風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第46話:櫂、復活!】

作・風祭玲

Vol.561





N2超時空振動弾の爆発の影響を受け、

急遽通常空間にワープアウトしたツルカメ彗星だったが、

しかし、緊急避難的なワープアウトは

ツルカメ彗星の動力である魔導炉に深刻な影響を与えていた。

「まだ魔導炉の出力は上げられないのか」

外宇宙を飛行してきた1割程度の速度で天王星軌道を通過したとき、

彗星中心核内部にて聳える浮城内に五十里の声が響き渡る。

「申し訳ありません。

 まだ最終点検が終わりません。

 今しばらくお待ちください」

その声に魔導炉の点検を指揮している相沢が事情を話すと、

「まだか…

 くそっ」

その説明を聞き、

五十里は苛立ちをぶつける様に目の前の机を殴った。

「まぁ、落ち着け五十里、

 机を殴ったところでなんの解決にもならない、

 渋滞にハマったときはじっとガマン。

 それがお約束だろう?」

珍しく感情を出した五十里に夏目はそう諭すと、

「わかっているっ

 それくらいのこと」

五十里は憮然とした口調で返事をし、

椅子に深く腰掛けなおす。

「で、どうなんだ?

 魔導炉の具合は?

 結構時間がかかっているみたいだが」

そんな五十里を横において作業の進捗状況を相沢に尋ねると、

「はいっ

 ワープアウト時のエネルギー排出が

 魔導炉に高負荷をかけてしまったのでしょう、

 8本あるエネルギー伝導管のうち1本が焼き切れていました。

 これについては魔導炉のコネクションプラグを1機切り離してしまえば、

 航行への差し障りはないのですが、

 ただ、不完全な状態にはしたくないので、

 交換を行い現在調整中です」

と相沢は状況を説明する。

「地球侵攻艦隊の準備は整っているんだ、

 コネクションプラグの1つぐらい無くても構わんだろう」

その説明に五十里はそう呟くと、

「いやっ

 万全は期した方がいい、

 老人たちも腹を決め連合艦隊を出してきたぞ」

地球周辺に展開する偵察部隊からの報告を集めていた桂が

五十里に向かってそう告げ、

パッ!

それとともに発令所の壁にかかる大型スクリーンに

出撃していく宇宙艦隊の雄姿が映し出された。

「ほぅ…

 ついに出てきたか」

「意外と早いな…」

それを見ながら五十里や夏目が呟くと、

「艦隊の速度から見て

 恐らく…土星当たりでこっちとぶつかるかな

 私なら、間違いなくここに防衛線を張る」

と桂は断言する。

「ふむ、

 なるほど土星で決戦というわけか、

 老人たちが好みそうなシナリオだな、

 ふふっ

 しかし、そんな老人たちに絶望と言うのを教えてあげるのも

 また一興か」

それを聞きながら五十里はニヤけながら呟き、

「よし、

 進路、スピードともこのままっ

 連中がどんな陣を敷くのか見極めてからでも遅くはない」

と言いながら席を立つ。

「ふぅ…

 なんとか話題をそらせたな」

「本当、

 気分屋なんだから」

意気揚々と引き上げていく五十里の後姿を見ながら、

桂と相沢はそう呟くと、

「こっちの準備も万全にしておけ、

 これから何があるかわからないからな。

 それと、監視をしている部隊に命じて

 アステロイドベルトあたりに

 何か仕掛けさせておくのもいいかもな、

 連中の戦力を調べておきたい」

と夏目は指示を出す。



「馬を引けぇぇぇ」

「出陣じゃぁ!!!」

戦国時代、守上の山中に男たちの声が響き渡ると、

「よいかっ

 敵は秀吉とはいえ、

 たかだか3000の兵だ!

 われ等には水神様がついておられる。

 皆のものっ

 何一つ心配することなく戦うのだ!!」

守上城の庭を埋めつくす甲冑武者たちに向かって、

昭弘の父・先代の守上城主が声を張り上げる。

すると、

「おぉぉぉっ!!!」

甲冑に身を固めた武者たちの鬨の声が響き渡り、

「皆の者っ

 出陣じゃ!!」

馬上に跨る森上昭弘の雄たけびがあがるや否や、

ドンドンドン!!!

城内より出陣の合図となる太鼓が打ち鳴らされた。



『これはまた…』

響き渡る太鼓の音を聞きながら人魚姿の櫂は

館の中に誂えられた桶の中より這い出ると、

格子戸より出陣していく軍勢の様子を見ていた。

すると、

「これより秀吉の軍勢を迎え撃ちに行くそうです、

 水神様」

の声とともに巫女装束姿の藍姫が櫂の後ろに立った。

『え?

 あっ!』

その声に櫂があわてて振り返ると、

「一言言ってくだされば、

 下の者に命じて 

 お連れいたしましたのに…」

水から離れ、

興味深そうに覗き込んでいる櫂の姿を見て

藍姫は小さく笑った。

『いやっ

 ちょちょっと気になったので』

藍姫のその笑みに櫂は無性に恥ずかしさをを感じると、

スッ

いきなり藍姫はその場に座り、

そして、頭を下げながら、

「水神様がご降臨される前、

 兵たちは皆怯え、

 逃亡する者すら出ておりました。
 
 しかし、水神様の降臨によって、

 皆の顔に自信が戻り、

 いま、士気高く出陣しております。

 これもすべて水神さまのおかげであります。

 どうかこれからも我らのこと、

 よろしくお頼み申し上げます」

と口上を告げた。

『え?

 いやっ

 あのぅ

 そんな…

 僕はただ…

 なにもしてないですよ』

藍姫の言葉に櫂はあわてて繕うと、

ニコッ

「いいえっ

 水神様だからこそ皆に力を与えてくれたのです、

 わたしは非常に感謝しております。

 無論、十郎太もそうでしょう?」

と藍姫は笑みを浮かべながらそう言い、

そして、部屋の外で待機している若侍・十郎太に話しかけた。

「はっ

 我が軍勢は士気も高く、

 間違いなく敵を殲滅させるものと思います。

 これも、水神様のおかげでございます」

藍姫の言葉を受けて甲冑姿の十郎太はそう返事をすると、

「えぇ…

 勝ちますとも、

 百姓上がりの太閤ごときに我らが負けるはずはありません」

と藍姫は力強く言う。

『(でも…

  歴史では小田原征伐は秀吉の圧倒的勝利で終わるんだけどな…)』

そんな藍姫と十郎太の姿を見ながら櫂はそう思っていると、

「水神様っ

 いつまでも外に出ていると体が乾いてしまいます。

 そろそろ水の中に戻られたほうがよろしいのでは?」

藍姫は巫女装束の上衣を櫂に掛けながら告げると、

「だれかっ

 水神様を水の中へ」

と声を上げた。

すると、

「はい」

その声とともに巫女装束姿の若い女性が姿を見せ、

「さっ、

 水神様、

 お運びいたします」

と話しかけると、

ヨイショ

櫂を抱きかかえ、

部屋の真ん中に作られた巨大な桶の中へと連れて行き、

水の中へと放した。

そのとき、

『あれ?

 この人ってどこかで?』

自分の体に水を掛ける巫女の顔立ちに見覚えがあることに気づくと、

じっと巫女の顔を見つめる。

「あっあのぅ…

 なにか?」

まだ14・5歳くらいだろうか、

初々しさが残る顔を見られて巫女は困惑すると、

『あっ

 いっいやっ

 ちょっと知っている人に似ていたもので』

あわてながら櫂が言い訳をする。

「え?

 本当ですか?」

櫂のその言葉に巫女は嬉しそうな顔をしたとき、

『あっ…』

櫂の脳裏にある人物の顔が浮かび、

『(この巫女…潮見の婆様に似ている

  と言うか、まさか…)』

と巫女の顔と潮見の婆様の顔が似ていることに気づき、

そして、潮見の婆様が戦国時代の生まれであること、

彼女の目元にあるホクロが

潮見の婆様のと同じであることに気づくと、

『(まっ間違いないっ

  この子…潮見の婆様だ…)』

櫂はこの巫女が後の潮見の婆様であることを確信する。




夜、

『はぁ…

 みんなどうしているんだろう?

 …真奈美や乙姫様は無事なのかな…』

守上城内より夜空に浮かぶ満月を見ながら櫂は飛行してゆくシャトルを飲み込み、

そして、海人や藤一郎たちに迫る閃光の光景を思い出していた。

『僕が戦国時代にタイムスリップしてしまったのって、

 やっぱり、あの爆発に巻き込まれたためだからだよなぁ…

 となると、

 現代に戻るためにはあの爆発と同じ爆発が起きないと、

 僕は戻ることが出来ないって事か?

 出来るのか、いまの僕にそんなことが…

 はぁ…

 どうすればいいんだよ…

 このままずっと、

 神様として祭られて一生を終えるのか?

 二本足で歩くことも出来ず、

 人魚としてこの桶の中でか?

 乙姫様や真奈美、

 そして、みんなに会えないままずっとここに居るのか?

 うぅ…

 どーすればいいんだよぅ!!』

窓の外より照らし出す月明かりを受けながら、

櫂は思わず涙ぐむと、

「へー…

 水神様でも泣くことがあるのか」

と男の声が響き渡った。

『(ひっ!)

 誰だ!!』

その声に櫂はあわてて涙を拭い、

声を上げると、

ガシャッ

戸の向こうより甲冑を鳴らしながら武者が姿を見せ、

ジロ

見下すように櫂を見つめる。

『十郎太?…』

兜を付けていない武者の姿を見つめながら櫂は武者の名前を呼ぶと、

「ふんっ

 妖ごときに名前を呼ばれる筋合いはないね」

十郎太はそう言いながら、

スッ

太刀を鞘ごと抜き取ると、鞘の先で櫂の顎をあげた。

『なんだ、

 お前は』

十郎太のその行動に櫂は不快感を見せながら逆に睨み付けると、

「けっ

 気に入らないなぁ

 その目、

 その口、

 その姿、

 何をとってもお前は気に入らないよ」

喧嘩腰で十郎太は櫂を挑発する。

『ふんっ

 それはこっちも同じだ、

 お前のその態度、

 口の使い方にその仕草

 どれをとっても不愉快だ』

「なんだと…」

『文句あるのか?』

「てめぇ…

 神様だと崇められて調子に乗るんじゃないよ」

『それは、そっちもだろう?

 藍姫様の後ばかり追い掛け回して

 戦に行かなくていいのかよ

 その甲冑はただの飾りか?』

「わたしを馬鹿にしたな…」

『やるのか?』

スッ

櫂を睨み付ける十郎太が太刀を持ち替えると、

太刀を静かに抜き取り、

ギラッ!!

銀色の光がゆっくりと櫂を照らし出した。

「神様なんて関係ない。

 この場で、

 叩き切ってやる」

チャッ!

そう呟きながら太刀を構えた十郎太は、

その視線を櫂に向けると、

『僕もただでは切れませんよ』

チャポン…

スッ!!

櫂は両手を水につけ、

そして、その中で構えた。

すると、

キン…

櫂の胸の竜玉が淡く光り始め、

ザザザザザ…

桶の水が軽く振動し始める。



「…………」

『…………』

櫂と十郎太のにらみ合いは静かに続き、

そして、

ふー

すー

ふぅ…

すぅ…

二人の息が合ったとき、

「うらぁぁぁ!!」

『でぁぁぁぁ!!』

十郎太と櫂は激突する。

そして、

カッ!!

バシン!!

振り下ろされた十郎太の太刀が櫂の水術によって弾き飛ばされると、

「まだまだ!!」

太刀を失った十郎太は櫂に掴み掛かり、

『沈みやがれ!!!』

櫂も十郎太に殴りかかる。

サバッ!!

バシッ!!

バザーン!!

人魚と武者との拳同士の喧嘩はなかなか決着がつかず、

「この野郎!!」

『くぉのっ!!』

ついには桶の外へ飛び出すと

転がりながらの殴り合いになってしまった。

バキッ!

ガツンッ!!

ゼェゼェ

ゼェゼェ

お互いに顔を腫らし、

息が切れて来ても殴り合いを続ける。

すると、

ポ…ぅ…

殴りあううちに櫂の胸にある竜玉に少しづつ光が戻り、

淡く輝き始めた。

そして、

ドタン!!

ついに力尽きたのか、

拳を振り上げた櫂がそのまま倒れてしまうと、

「へへっ

 なんだよっ

 水神って大したこと無いじゃないかよ」

そんな櫂を馬鹿にしながら十郎太が立ち上がろうとするが、

「うっ」

グラッ

十郎太もバランスを崩してしまうと、

ガシャァン!!

甲冑の音を立てながら倒れ、

気を失ってしまった。

ぜぇぜぇ

『くっそう、

 手加減無く殴りやがって』

中空に掲げる月を恨めしく見ながら櫂はそう呟くと、

クスクス

部屋の中に笑い声が響き渡った。

『だっ誰?』

その笑い声に櫂は怒鳴ると、

「まったく、

 何をしているのかと思えば…

 戦国時代で喧嘩とはねぇ…」

と言葉とともに、あの摩雲鸞・オギンが小鳥の姿で姿を見せる。

『おっオギン!!!

 お前もこっちに来ていたのか!!』

オギンの姿に櫂は痛む体を起こすと、

「はいはい、

 一人芝居の喧嘩、

 とくと見せてもらいましたよ」

とオギンは呆れた口調で言う。

『一人芝居だってぇ?

 誰が一人だよっ

 僕はそこのイケ好かねぇ奴を叩きのめしていたんだよ』

櫂は倒れている十郎太を指差し、オギンに説明する。

「ふふっ

 だから一人芝居だって言うのっ

 櫂っ

 アナタ、潮見の婆様の所での話、忘れちゃったの?

 あの話を思い出してみれば、
 
 なんで、櫂が戦国時代に来たのか、

 なんで、藍姫様と会ったのか、

 なんで、十郎太と喧嘩をしたのか、

 がすべてわかると思うけど…」

とオギンは櫂に告げる。

『え?

 潮見の婆様との話?

 そういえば…

 いろいろあったからすっかり忘れてた

 えっと、何だったっけ?』

すっかり忘れてしまっていた潮見の婆様のところでの話を

引き合いに出され櫂はキョトンとすると、

「まったく…

 本当に忘れちゃったのね。

 いーぃ、良く聞きなさい、

 そこでひっくり返っている十郎太と言う侍は

 櫂、あなたの前世の姿よ、

 そして、藍姫様は、真奈美さんの前世。

 そう、あなたと真奈美さんはこの戦国時代では、

 十郎太と藍姫として逢っているの」

『うそぉぉぉ!!!』

「もぅ、すっかり忘れているぅ」

『だぁって………

 そんなこと言っても、

 忘れたのは忘れ……

 ………

 あれ?

 そういえば…

 あっ!!

 そんな話…あったっけ』

「やれやれ…

 やっと思い出したようだね

 反応、鈍すぎダヨ、あんた」

オギンより告げられた衝撃の事実に、

最初は潮見の婆様のところで交わされた会話のことを忘れていた櫂だったが、

しかし、何とか記憶がつながり、

そのときの事を思い出すと、

『そっか…

 十郎太を見て感じた不快感って、

 僕と十郎太が同じ魂を持っていたためか』

と驚きながら十郎太を見る。

「そうね、

 同属嫌悪の激しいヤツって感じかな?

 ふふっ

 それに…

 櫂さんっ

 竜玉に力が戻ってきていますよ」

そんな櫂の胸に掛かっている竜玉が

ほのかに光り始めていることを指摘すると、

『あっ本当だ…』

と櫂は嬉しそうに竜玉を見る。

すると、

トトトトト

部屋の外から人が走る音が響き、

「水神様っ

 父上が、

 父上が!!」

の声と共に藍姫が駆け込んでくると、

「父上の軍勢が秀吉を追い払いました」

と喜びながら守上軍勢が秀吉配下の軍勢と交戦、

これを撃退したことを報告する。

『(真奈美…)

 そっそうですか、

 それは良かったですね』

そんな藍姫に櫂は労うと、

「はいっ

 良かったです。

 これも、水神様のお陰です」

藍姫は涙を拭きながら櫂に礼を言うが、

「あれ?

 水神様?

 お顔が腫れていますが…」

と十郎太との喧嘩で腫れている顔を指摘する。

『え?

 あぁこれはちょっとね…』

藍姫の指摘に櫂は思わず繕うが、

「十郎太っ

 お前、

 こんなところで…

 って、十郎太っ

 なんですか?

 その顔は…

 はっ

 まさかっ

 水神様に無礼なことをしたのでないでしょうね」

倒れて転がされている十郎太に気づいた藍姫は

顔を青くして問いただした。

「え?

 はっ

 藍姫様?

 あれ、わたしは…」

藍姫の声に十郎太は気がつくのと同時に、

「十郎太っ

 父上が大勝利というときに、

 水神様になんていうことをしてくれたんですか」

と藍姫の怒鳴り声が響き渡る。

「あっ

 もっ申し訳ありませんっ」

藍姫の怒鳴り声に十郎太は反射的に頭を下げると、

ワナワナ…

藍姫は体を震わせ、

バッ!

櫂のほうを見るなり、

その場に這い蹲るようにして頭を下げると

「まことに申し訳ありませんっ

 十郎太の不始末は私の不始末っ

 この責めは私の命を差し上げることでお許しください」

というな否や、懐刀を取り出すと、

自分の胸を突こうとした。

『わぁぁぁ!!

 ちょちょっとタンマ!!

 僕は怒ってないよっ

 やっやめて、

 そういう事は』

藍姫の行動に櫂はあわてて止めに入ると、

「いいぇ

 そういうわけには行きません」

と藍姫は頑として聞き入れなかった。

『とにかく、

 僕のことで命をささげられては困るんだよ、

 今夜のことは父上の軍勢が勝利したことで無かったことにしようよ、

 藍姫の父上だって、

 戦に勝って館に戻ってきたのに藍姫さんが死なれていては、

 勝利の喜びも吹き飛ぶって!!

 だから物騒なことはやめてよ』

と櫂は必死になだめる。

すると今度は、

「ごめんっ!!」

の声と共に、

甲冑を脱いだ十郎太が櫂との喧嘩で飛ばされた太刀を拾い、

その場で切腹しようとする。

『だぁぁぁぁ!!!

 お前は切腹をするなっ』

それを見た櫂は慌てて十郎太に飛び掛ると、

再び殴り、太刀を奪い取る。

そして、

『いいかっ

 良く聞けっ

 僕は君たちに感謝しているんだっ

 失った力も取り戻せてきているし、

 だから、命を粗末にすることだけはやめてくれ!』

と怒鳴ると、

「はぁ…」

十郎太と藍姫はポカンとしながら頷いた。

『まったく…

 イヤだよ、

 そういうのは…』

そんな二人の姿を見ながら櫂は呟いていると、

「あっ

 水神様っ

 髪が乱れています」

櫂の翠の髪がすっかり乱れてしまっていることに気づいた藍姫はそう言うと、

懐より櫛を取り出し、櫂の髪を梳き始めた。

すると、

『あっその櫛は…』

藍姫が持つ櫛が櫂をこの戦国へと誘った櫛と同じ形をしていることに気がつくと、

「え?

 あぁ、これですか?

 ふふっ

 十郎太が私にと…

 持ってきた物なのですよ」

と藍姫は笑みを浮かべながら説明をした。

『え?

 あっそうですか…』

髪が梳かれる感触に

気持ちを次第に落ち着かせながら櫂は返事をする。

『(あっ

  なんか気持ちいいなぁ…
  
  髪を梳かれるというのはこんな気持ちになるんだ…)』

髪から伝わってくるその感触に身体を委ねていると、

「水神様って面白い方ですね、

 命を粗末にするなって…

 なんか、大事なことを教えられたような気がします」

と藍姫は櫂に話しかける。

『いやっ

 僕のことぐらいで命を投げ出されると、

 いい気持ちはしないからね、

 命を懸けるときはもっと大事なことに使ってよ、

 ということです』

藍姫の言葉に櫂はそう言い訳をすると、

「そうですか…

 でも、わたくしにとっては水神様はものすごく大事なのですが」

と藍姫は言い、

「それにしても、

 吸い込まれそうな位、

 美しい髪、

 わたくしもこのような髪で生まれたかった」

そう囁きながらそっと櫂の髪を触った。

『そんなこと…』

藍姫のその言葉に櫂は恥ずかしさを感じたとき、

キーーン…

櫂の竜玉がさらに輝きを強め、

そして、

フッ!!

櫂の脳裏に漆黒の闇を背景に迫りくる巨大彗星と、

それに立ち向かう人の姿が映し出された。

『乙姫様…

 真奈美…』

その姿に櫂は思わず二人の名前を呼ぶと、

竜玉の光はさらに強まり、

フワッ!!

櫂の周囲に幾つもの光の粒子が現れる。

「水神様?」

その様子に藍姫は驚きながら下がると、

パタタッ!!

摩雲鸞・オギンが櫂の肩に止まり、

『コホンっ

 よくお聞き、

 水神様はここでの役目が終わったので、

 お帰りになる』
 
と藍姫たちに告げ、

『さぁ、

 参りましょう!!
 
 貴方を待つ人達が居るところへ!!!』

櫂に向かって言うなり、

瞬く間にオギンは光と化すと、

『藍姫さん、

 これから行かなくてはならないところがあるのです。

 短い間でしたけど、

 ありがとうございました』

光に包まれた櫂はそういい残し、

流れ始めた光の粒子と共に藍姫や十郎太の前より姿を消した。

「あっ…

 水神様っ」

櫂の姿が光の中に飲み込まれ、

そして消えた後、

藍姫はさっきまで櫂がいたところを見つめると、

「こちらこそ、

 ありがとうございました」

と礼を言いながら手を床につけ頭を下げる。



ゴォォォォォ!!!!

光の粒子に包まれ、

戦国時代を後にした櫂とオギンは今度は光の粒子を追い抜くようにして、

400年後の現代を目指す。

『なぁ、オギン…

 あの二人って戦に負けて死ぬんだろう?』

『うんそうねぇ…

 今回の戦は秀吉から見れば小手調べ、

 あの時から三月後、

 本気モードで襲い掛かってくるわ

 そして、守上家は敗れ、

 藍姫は櫂が落ちた池で命を落とし、

 最後まで守った十郎太も同じく…』

『そして、

 それから400年が過ぎて、

 十郎太は僕に生まれ変わり、

 藍姫は真奈美に生まれ変わった…

 なぁ、ひょっとしていま僕が飛んでいるこの道って、

 これまでにも何度も行ったり来たりしているのかな?』

『さぁねっ

 わたしはそこまで知らないけど、

 でも、戦国に散ったあの二人の想い、

 今度こそは成し遂げるんだよ』

時間を越える流れの中で櫂とオギンはそんな話をすると、

『そうだねっ

 その為にも、

 真奈美は守らなくっちゃ』

櫂は意を決すると、

すべてが待ち構える400年後を見据えた。



「くっくっくっ

 決まっておるであろう?

 この竜宮で行くのじゃ!!」

宇宙に連れ去られた乙姫達を救出する方法を考えていた藤一郎たちに

成行は自信たっぷりに返事をすると、

「りっ竜宮って…

 この竜宮でですか?」

あまりにも突拍子なその提案に皆が目をむいて驚くと、

「はぁ、何を驚いているのじゃっ

 竜宮の中心に聳えるこの居城はそんじゅうそこらのモノとは質が違う、

 何しろこのわしが精魂込めて作ったのだからなっ

 ふはははははは!!

 宇宙なんて楽勝よ」

驚く者たちを小馬鹿にするようにして成行は笑うと、

「むっ

 なんかムカつくわね」

そんな成行の態度に夜莉子は不快感を見せる。

すると、

「で、どうやって宇宙に行くんですか?

 成行博士?

 見たところ、ここにはロケットエンジンなんて設備が

 備わっているようには見えませんが」

不快感を見せる夜莉子の横より藤一郎が皮肉を込めて尋ねると、

「ふんっ

 外見で物事を決めるのは良くないぞ、

 これだから若い者は…」

と成行は文句を言いながら、

「よいか、

 ロケットエンジンなどという原始的なものは竜宮にはついてない。

 竜宮のすべてを司るエネルギー源は宝珠キリーリンクじゃ、

 この竜宮の奥深く、

 竜宮のすべてを統べる者のみしか

 触れる事が許されないその宝珠の力を使って竜宮を動かし、

 宇宙へと上るのだ」

と竜宮の力の源であるキリーリンクのことを指摘し、

そして、そのキリーリンクの力を発動させることを告げた。

「キリーリンクぅ?」

成行の提案に一同が驚くと

「おぉ、そうじゃっ

 万物の生きるエネルギーであるキリーリンクの力を

 魔導炉へと注ぎ込み、

 それより生み出されるパワーで一気に飛び上がるのじゃ」

 ふふっ

 まさか、この竜宮を宇宙へと向かわせる日が来るとは

 夢にも思っていなかったが

 行くぞぉ…宇宙へ、

 よーしっ

 そうと決まればスグに支度じゃっ!!

 海人、

 いや、竜王と呼んだほうがいいかな?」

成行は一人盛り上がりながら海人を指差すと、

「おっ俺?」

指差された海人はキョトンとする。

「そうじゃっ

 竜宮を宇宙へと向かわせるには

 お前にも一肌脱いでもらう必要がある」

「一肌脱ぐって…

 何をするんですかぁ?」

「ふっふ

 これはお前でしか出来ない仕事だ、

 宝珠キリーリンクに付いての作業はこのわしがするとして、

 乙姫不在のこの竜宮ではお前が主だ。

 だからこそ、

 ここを拠所にしている人魚達を指揮し、

 この大事業を成し遂げるのだ。

 よいかっ

 この試練を乗り越えるには、

 皆が力を合わせ、

 一致団結する必要があるんだ。

 立てよ、国民!!!

 ジーク…まっここから先は場違いか」

と成行は海人に指示をすると、

「えぇ!!!

 俺がぁ〜?」

その指示に海人は飛び上がる。

「えぇいっ

 しっかりせいっ

 いまは人魚達の力を一つにする必要があるのだ。

 これはお前にしかできないんだ。

 頼んだぞ、竜王!!」

困惑する海人の肩をしっかりと握り締め、

成行はそう言い聞かせると、

「そうは言われても…」

海人は自信のなさそうな返事をする。



その頃、乙姫たちを乗せた宇宙戦艦ヤマモトを含む連合艦隊は

一路土星を目指していた。
 
『土星に防衛線を張る…

 ツルカメ彗星はその防衛線で撃破するのだ』

宇宙戦艦ヤマモトのバーチャル艦長・ヤマモトはそう呟くと、

ぬぉぉぉぉぉつ!!!

その真横より姿を見せた巨大な円筒形の物体を自信をもって見つめた。

地球の命運を決める土星会戦まであと少し…



つづく





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