風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第45話:藍姫】

作・風祭玲

Vol.559





『はははは!!

 無駄だ!!
 
 お前は負けたのだ!!』

宇宙に向かって飛行するスペースシャトル・隼の上で

半ば凍り付きながら仁王立ちのハバククがそう宣言したとき、

カッ!!!

隼の行く手に閃光が輝いた。

『何?』

「え?」

光り輝く閃光は見る見るその大きさを膨らまし、

まるで飲み込むように迫ってくると、

『なっなんだこれは!!!!

 うわぁぁぁぁぁっ!!』

ハバククは叫び声を残し閃光の中へと消え、

また隼も迫る閃光に飲み込まれていく、

「真奈美っ!!!

 乙姫様っ!!」

閃光の中に消えていく隼の機影に向かって櫂が叫んでいると、

『櫂さんっ!!

 逃げて!!』

シャッ!!

櫂の真下よりあの摩雲鸞・オギンが巨大化しながら、

上昇してくると、

バシッ!!

閃光に向かって飛び続ける櫂の体を強奪するように

キャッチすると迫る閃光より逃げ始める。

「何をすんだっ

 離せ!!」

迫る閃光に背を向けて飛ぶオギンに向かって櫂は怒鳴るが、

『くっ』

その声にオギンは答えずにさらに飛ぶスピードをあげる。

しかし、その速度も長く維持できず、

再び閃光が迫ってくると、

『ダメっ

 逃げ切れない!!!』

ついにオギンが悲鳴を上げ、

「乙姫様!!!

 真奈美!!!」

櫂は自分を飲み込もうとする閃光をみつめながら叫び声を上げる。

すると、

ボゥ…

櫂が着ているメイド服の胸ポケットが輝きはじめ、

その輝きが強くなってくると、

スゥゥゥ…

ポケットの中より一つの櫛が飛び出してきた。

「これは…

 真奈美の櫛だ…」

真奈美が乙姫に預け、

そして巡り巡って櫂の手に渡った古風な鼈甲の櫛を

見つめながら櫂が呟くと、

ブンッ!!

櫛よりオーラが吹き上がり、

そのオーラは櫂と向かい合う形で

長い髪を棚引かせた着物姿の女性へと姿を変える。

「誰だ?」

光の輪郭でしかないものの、

時代劇などに登場する姫様を思わせるその姿に櫂は驚いていると、

『このような危ないところで何をしているのです、

 さぁ、

 こちらへ』

そう囁きながら女性は櫂に向かって手を差し伸べた。

「あっあぁ…

 でっでも…

 誰です?

 あなた?」

『大丈夫、

 わたくしはあなたを守ります。

 だから…』

躊躇する櫂に女性はそう告げると、

バッ…

体を開くように大きく両腕を左右に広げると、

ブワッ!!

着ていた着物がまるで広げた布のごとく広がり、

瞬く間に櫂の体を包み込んだ。

「あっ…

 真奈美の匂いだ…」

その一瞬、櫂は真奈美に似た匂いを感じ

思わず体を預ける。

すると、

『さぁ、

 わたくしがお連れいたします。

 これからあなたが行くべきところへ…』

と女性は櫂を抱きしめながら告げ、

そして、直前にまで迫った閃光に背を向けると、

フッ!!!

摩雲鸞もろともその姿を消した。




光る女性に抱きしめられた直後、

ズドォォォォォォォン!!!

『うわぁぁぁぁ…』

櫂は幾筋もの粒子が飛び交う世界に放り出され、

自分に向かって飛んでくる光の粒子とは反対方向へと飛ばされていった。

『うぐぐぐ…

 一体どこに行くんだ?

 ねぇ、

 僕をどこへ連れて行くの?』

自分をこの場所へ誘った女性に向かって櫂は行き先を尋ねるが、

『………』

その問いへの返事は返ってこない。

『ちょちょっと、

 僕を、どこへ

 一体、この先は何なの?

 ねぇっ

 教えてよっ

 君は

 君は誰なんだ?』

猛烈なスピードで落ちていく様な錯覚に囚われつつ

櫂は女性の正体を尋ねるが、

『……わたしは…

 あなたを…

 お連れする…』

という返答が返ってくるのみだった。

「お連れするって…

 一体、どこに…」

シュン!

シュン!!

迫ってくる光の粒子が体を掠めたり、

また当たったりするだけで、

櫂が着ているメイド服は傷つき引き裂けていく、

「どっなっているんだー!!」

瞬く間に櫂は裸にされ、

さらに、足を持つ人間の姿から、

朱色の鱗と尾びれをもつ人魚本来の姿にまでなったとき、

キラッ!

向かっていく先に一筋の光が見える。

そして、それが櫂を飲み込むかのように大きくなりながら近づいてくると、

ブワッ!!

カッ!!

ビシャーーン!!!

稲光が真横を駆けぬけ、

大粒の雨が降りしきる空へと櫂は放り出された。

「え?

 え?

 えぇ?

 ちょちょっと、

 どっどうなるの…

 これぇ!!」

上空何百メートルだろうか、

遥か真下で鉛色の水面を映し出す池を見下ろしながら、

櫂は悲鳴を上げるが、

しかし、空を飛ぶことが出来るあのメイド服は無く、

また、助けてくれてきた摩雲鸞の姿も見えず、

そして、櫂をここへと連れてきた光る女性すらも消えてしまったために、

櫂は重力と共にただ下へ落ちるしかなかった。

「そんなぁ!!

 ちょっとぉ!!

 誰か!!

 助けて!!」

迫ってくる水面を見ながら櫂は助けを呼ぶが、

しかし、その声を聞きつけて馳せ参上するものなどは無く、

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

櫂は悲鳴を上げながらも反射的に手を構え衝突に備えた。

その時、

キラッ…

櫂の体より光の粒子が吹き上がると、

グググググ…

急減速をしながら

ドボォォォォォォォォォォン!!!!

巨大な水柱をあげて着水する。

そして、

ズドォォォン!!!

ほぼ時を同じくして水面より突き出している朽木に雷が落ち、

バリバリバリ!!

朽木は二つに裂けながら水面下に没していく。



ズォォォォォォッ!!!

ゴボゴボゴボ!!!

着水と同時に櫂は深くへと潜って行くが、

しかし、櫂が着水した部分の水深は想像以上に深く、

ゴツンッ!!

『痛っ!』

池の底に軽く頭をぶつけて止まった時には、

100m以上潜っていた。

『ててて

 うー…

 どこかの池のようだけど…』

大きな怪我をすることなく無事止まることが出来たことに

櫂は安堵しつつ尾びれを翻すと、

ブワッ!!!

翠色の髪を大きく広げて体勢を立て直すと、

池の様子を調べ始めた。

『ふーん、

 全然手がつけられていないんだ、

 それにゴミもほとんど落ちていない。

 いまどき珍しいなぁ…

 こういう池って』

グルリと池の底の様子を見渡しながら櫂は感心しながら呟くと、

『どれ…』

池の底を尾びれで叩き、

上に見える水面目指して上昇していった。

さっきの雨は通り雨だったらしく、

水面からは日の光が差し込んでいる。

『一体、ここはどこなんだ?』

差し込んでくる光に櫂は体を照らし出されながら昇っていくと、

バシャッ!!

いつもの要領で勢いをつけながら、

水面より高く飛び上がると

クルリと回り、周囲を確める。

『まっイルカショーの真似だけど、

 これが結構使えるんだよなぁ…』

そう思いながら櫂は周囲の風景を確かめていると、

「きゃっ!!」

いきなり女性の悲鳴が響き渡り、

『え?』

その声に驚いた櫂はそのまま水面下に没していく。

『まずい、

 人が居たんだ』

少し油断していたことを悔やみつつ、

水面下より櫂は声が響いた方を見ると、

程なくして、

ヌッ!

その水面を覗き込むようにして一人の女性が姿を見せた。

「まっ真奈美っ!?」

その顔が一瞬、真奈美に見えた櫂は反射的に、

バシャッ!!

水面に浮き上がると、

『真奈美っ!』

と叫び声をあげた。

ところが、

「己っ

 魔物っ

 藍姫様に何をするっ」

の声と共に、

シャッ!!

一筋の太刀が櫂にめがけて斬りかかってくる。

『え?

 うわっ!!』

自分に迫ってくる太刀に櫂が悲鳴を上げると、

「よしなさいっ

 十郎太っ」

その者の行動を制する声が響き、

「よく見なさい。

 この者の姿を、

 この者は私の求めに応じ、ご降臨下された水神殿ですぞ。

 我らにとって大事なとき、

 もし、水神殿を切り捨ててしまったとなれば、

 我らはただでは済まされません」

と嗜めた。

「はっ、

 もっ申し訳ありません」

巫女装束を身にまとう女性の声に

甲冑に身を固めた男は直ちに振り上げた太刀を収めると、

跪き頭を下げる。

『どう見ても

 よっ鎧武者だよなぁ…

 雉沼さんたちのメイドが何か新しいことでも始めたのかな…』

池の中より巫女に向かって跪く鎧武者の姿を見ながら

櫂はそう思っていると、

「どうか水神様、

 この者の無礼をお許しください」

巫女は櫂に向かうと頭を下げた。

『いや、別に…

 ちょっと驚いたけど、

 でも、当たっていないし』

巫女の丁重な態度に櫂は困惑していると、

「さっ、

 水神様をこちらへお連れして」

と巫女は振り向き指示をする。

すると、

「はい」

その声と共に

ザブン

ザブン

すぐに肌を晒す数名の女性が池に飛び込み、

『あっ、

 あの…』

困惑する櫂を抱きかかえると

巫女が座る祭壇の上へと引き上げられた。

その途端、

「おぉ!!」

「まさに水神さまじゃ…」

巫女の周囲を固めていた同じ巫女装束姿の女性たちが

一斉に驚きと感嘆の声を上げると、

『えっ

 あっ!!』

櫂は人魚の姿をさらしていることに恥ずかしさを感じ、

あわてて手で胸と尾びれを隠した。

すると、

「さっ水神さまこれをどうぞ…」

櫂のその姿を見てか、

巫女は櫂の肩に巫女装束の上掛けを掛けると、

スッ

櫂の元に伏し、

「はじめまして、水神殿。

 わたくしはこの地を納めます守上昭弘の娘、藍と申します。

 この度、わたくしの願いを聞き入れ、

 この地へのご降臨、まことにありがとうございます」

と口上を述べた。

『いやっ

 あの…

 なっ何かのお祭りかなにかですか?』

周囲を巫女によって固められた異様な光景に櫂は臆していると、

ヒュンッ!!

カッ!!

櫂の頬を何かがかすめ、

背後の祭壇に突き刺さる。

『へ?

 矢?』

祭壇に突き刺さる矢羽を見ながら櫂は顔を青くすると、

「藍姫様っ」

「何をしているのですっ

 十郎太っ

 羽柴の間者です」

さっきの武者に向かって藍と名乗る巫女はそう指示をすると、

「ハッ!!

 秀吉の間者だっ

 我に続けっ」

十郎太と呼ばれた武者は部下を率いて飛び出していった。

『合戦でも始める気かな…』

血気盛んに飛び出していく十郎太を櫂は見送っていると、

「では、水神殿っ

 この場は危のうございます。

 我が父、守上昭弘の元へお連れいたします。

 しばしのご辛抱を」

櫂に向かって藍はそう告げると、

「さっ

 水神殿を輿へ…」

と控える巫女たちに指示をした。



ギッ!!

ギシッ!!

きしむ音を上げながら櫂が乗せられた輿は山道を登り、

そして、山上に居を構える館へと連れて行かれる。

『なんだ?

 ここは…

 まるで、戦国時代って感じだけど…

 それって、マジ?』

肩に掛けられた装束を引き寄せながら

櫂はいま自分が置かれている状況を分析をする。

そして、その間にも櫂を乗せた輿は山道を登り、

程なくして武者たちによる物々しい警備が敷かれている館へと入っていった。



「おぉ、藍姫っ」

「お喜びください、お父様っ

 水神は私の求めに応じてご降臨くださいました」

館に到着するのと同時に藍は出迎えた武者に向かってそう報告をすると、

「なんと…」

いかにも戦国武将と言った趣の武者は輿に乗せられた櫂を一目見るなり、

「おぉ…

 その深い翠の髪…

 言い伝えどおりのお姿…

 間違いない。

 水神様だ…」

と呟き、

バッ!!

いきなりその場にひれ伏すと、

「この度のご降臨っ

 まことにありがとうございますっ

 わたくし、代々この地を治めております守上家当主、昭弘と申します」

と櫂に向かって口上を言う。

『はっはぁ…』

昭弘の口上に櫂は短く返事をすると、

「水神様にご降臨していただいたのは、

 現在、当家は小田原北条殿との縁により、

 北条殿とともに秀吉の軍と戦をしておりますが、

 いくらこの館が難攻不落とはいえでも、

 苦戦を強いられております。

 そこで、神仏にすがる思いで、

 この地の守神である水神様にご加勢くださいますよう、

 お願いをしておりました。

 なにとぞ、お力を!!」

と事情を話すと深々と頭を下げ、

「お願いいたします」

昭弘の家臣と思われる甲冑姿の男たちも一斉に伏す。

『いやっ

 あのぅ…

 そう言われても…

(秀吉って豊臣秀吉のことだよなぁ…

 で、北条がどーしたって言うと…

 秀吉の小田原攻め…か?

 ってことはここって1590年…

 うーやっぱり、あの爆発に巻き込まれて…

 タイムスリップしてしまったのか?)』

あの爆発に巻き込まれたことによって

櫂は自分が戦国時代に来ていることを実感すると、

泣きたい気分になった。

すると、

それに応えてか一度は晴れていた空に雲がかかり始め、

ゴロゴロゴロ…

雷鳴の音ともに、

ザッ!!

再び雨が降り始める。

しかし、雨が降り出しても頭を下げる昭弘の姿に、

『あっあのぅ…

 濡れてしまいますよ…

 うー困ったなぁ…

 雨…

 止まらないかなぁ…』

頭を上げない昭弘の姿を見ながら櫂は手を差し出し、

声を小さく、

『…止まれ…』

とつぶやくと、

キンッ!

胸の竜玉が一瞬光り、

その瞬間、

スッ…

雲より落ちる雨粒が静止する。

「おぉ…

 これぞまさに神通力っ

 お館様っ

 水神殿は我らの願い、聞き入れてくれましたぞ!」

落ちることなく宙に留まる雨粒に昭弘の家臣たちが驚きの声を上げると、

「水神様っ

 我らの願い聞き届けありがとうございます」

目に涙を溢れさせながら昭弘は礼を言うと、

「やったぁ!!」

「我らの勝利だ!!」

「水神様がついているぞ」

たちまち館の中は割れんばかりの歓声が響き渡り、

まるで、戦に勝ったかのような喜びの声が上がった。

『なんで、竜玉が発動したんだ…

 海彦のパワーが残っていたのかな』

その歓声を聞きながら櫂は力が出たことを不思議に思っていると、

「さっ水神殿をお運びして」

巫女装束姿の藍姫はそう指示をすると、

「はいっ」

櫂が乗せられた輿は再び担ぎ上げられると、

館の奥に作られた池へと運ばれていった。



『はぁ…

 一体これからどーなるんだ?』

パシャッ!!

その夜、櫂は夜空にかかる満月を眺めながら尾びれで水面を叩く、

『なんとかして元の時代に戻らないと、

 乙姫様や真奈美を助けに行くことなんて出来ないし、

 うー…

 でも、どーすればいいんだよっ

 ずーっと戦国時代で生きていかなければならないのか?

 それはイヤだ!!

 でも、タイムスリップの方法なんて知らないぞぉぉ!!

 誰か教えてくれぇ!!!』 

夜空に向かって櫂の叫び声が響き渡った。



そして、400年後の宇宙空間では、

コォォォォォォッ!!!!

小さくなっていく地球をバックに

巨大な2連装の巨大砲口を艦首に掲げる宇宙戦艦が船出をしていた。

ピッ!

『遭難者収容』

その宇宙戦艦を指揮するバーチャル艦長・ヤマモトの元に、

救難信号を発していたシャトル・隼収容の報告が入ると、

『うむ』

ヤマモトはおもむろに返事をし、

『回線を開け、

 ”ようこそ、宇宙戦艦・ヤマモトへ

 私はこの艦を指揮する艦長のヤマモトである”』

と収容した隼に向かって話しかける。



『…ようこそ、宇宙戦艦・ヤマモトへ

 私はこの艦を指揮する艦長のヤマモトである』

「乙姫さま…

 あの…

 何か言ってきていますが」

飛行してきた巨大宇宙船に取り込まれてしまった隼の中に

無線を通じて艦長ヤマモトからの声が響き渡ると、

真奈美は隣に座る乙姫に話しかける。

すると、

「シッ!

 静かに…」

乙姫は真奈美の言葉をさえぎり、

ヤマモトの声を響かせるコクピットのスピーカーに耳を傾ける。

『…なお、遭難者を収容した場合、

 速やかにDEJIMAに連れて行かなくてはならないのだが、

 あいにく当艦は作戦行動発令中につき、戻ることは出来ない。

 まことに申し訳ないが、

 現在進行中の作戦が終了するまでご同行を願いたい。

 なお、艦内は地球と同じ気圧・湿度・酸素濃度に保っている上に、

 水・食料等も十分にあるので、

 安心してシャトルより降りられるが良い。

 では』

と艦長のヤマモトは一通り告げ、通信をきった。

「どっどうします?

 乙姫様」

ヤマモトからの呼びかけが終わった後、

真奈美は乙姫にその対応について尋ねると、

「うーん、どうしましょう」

乙姫は考えるそぶりをした後、

「とりあえず、

 悪い人ではなさそうだから、

 お言葉に甘えましょうか」

と答え席を立った。

ピッ

カシュッ!!

程なくしてシャトルのハッチが軽い音を響かせて開くと、

カツンッ!!

ハイヒールの音を響かせながら

バニースーツ姿の乙姫と同じ格好をした真奈美がシャトルより出てくる。

オォォォォォン…

高い天井より点々と灯る小さな明かりと、

機器の動作音のみが支配する格納庫を見上げながら、

「誰もいませんね…

 それになんだか暗くて怖い」

真奈美がそっとつぶやくと、

「そうですね、

 でも、まったく灯りが無いわけではないですね、

 地上人で言う赤外線の光がこの格納庫を煌々と照らし出していますよ」

そんな真奈美に乙姫は指摘する。

「え?

 赤外線ですか?」

「ふふっ

 ここを海の中と思って、

 人魚の目で見るのです。

 とても明るいですよ」

「え?

 あっそうかっ」

乙姫の指摘に真奈美は慌てて目を擦り

目をパチクリさせながら改めて見直すと、

赤外線によって照らし出されている格納庫の様子が次第に見え、

「あっ本当だ、

 なんだこうしてみると結構明るいじゃん」

と安堵した表情をして見せる。



カツン

カツン

無人の格納庫内にハイヒールの音を響かせて、

真奈美と乙姫は歩いていく、

「…へぇぇぇ…

 あまり意識してなかったけど、

 そっか、人魚の目って

 赤外線も見えるのか

 なんか得をしたような…」

改めて自分の目の力に真奈美はしきりに感心すると、

「ふふっ

 そうですね…

 竜宮も普通の光で十分、明るいですし、

 人魚本来の力を意識することはあまり無いですね」

乙姫も同意する。

「えぇ…

 海の中に潜っても苦しくないことや、

 尾びれを遣って泳ぐ泳ぎ方も、

 なんか普通に感じちゃているけど、

 そうですよね、

 考えてみれば凄いことなのかも…

 でも、

 誰もいませんね…」

人魚としての力に感心しながらも、

真奈美は人の気配が一切しない艦内を指摘すると、

「誰か居そうなものなのに…

 誰も居ない…

 まるで無人の船?」

宇宙船内で作業をしている人間の姿を探し

乙姫が周囲を見ると、

キュキュキュ!!!

突然、足元よりモーターとギアの音が響き、

シャーッ

一台の小型メカが走り去っていく、

「キャッ!!」

その姿に真奈美が軽く悲鳴を上げ、

「なっなに?

 いまの?」

次第に小さくなっていくメカを唖然として見送ると、

「それなら、

 ほら

 あそこにも居ますよ」

乙姫は壁にへばりつき灯りを点滅させているメカを指差した。

「なっ何をしているのでしょうか…」

「さぁ?

 なにか作業をしているみたいですが…」

立ち止まり動作中のメカを見ながら真奈美と乙姫は首をかしげていると、

ぐっぐぅぅぅぅ〜っ

真奈美のお腹より、盛大に音が響き渡る。

「あっ

 もっ申し訳ありません」

その音に真奈美は慌てて頭を下げると、

「うふっ

 そうですよね、

 ずっと食べなかったから

 お腹、空きましたよね」

と乙姫は笑い、

「確か、

 食事も出来るって言ってましたよね、

 何か食べに行きましょうか、

 あっあなた方も食事に行きませんか」

シャトルの中から出ずに周囲を伺っている海魔たちを誘う、

「ちょちょっと乙姫様っ

 いいんですか?

 海魔も誘っちゃって…」

乙姫の言葉に真奈美は思わず聞き返すと、

「人の気配の無い中で2人で食事するより、

 みんなでワイワイしたほうがいいでしょう?」

と乙姫は答え、格納庫出入り口のノブを開けた。



「乙姫様の力でウールーの軌道を変える?!」

成行の言葉に海人や夜莉子達が驚くと、

「まぁなっ

 乙姫ならそれはできる」

と成行は断言した。

「でも、どうやって、

 乙姫様はあの爆発に飲み込まれ、

 行方不明なんですよ、

 いま本当に生きているのかも判らないのに」

N2超時空振動弾による閃光に消えていった

スペースシャトルの機影を思い出しながら沙夜子が指摘すると、

「ふふっ

 問題は無い。

 乙姫はちゃんと生きておるし、

 シャトルも無事だ」

成行は笑みを浮かべながら返事をする。

「え?

 それって本当ですか?」

成行の言葉に一同が驚くと、

いきなり成行の顔が呆れた表情になり、

「なぁに、

 そんな顔をしているんだっ

 お前達はそんなに乙姫を殺したいのかっ」

と一喝する。

すると、

「こらっ

 誰がそんな事を言った」

「そうよっ

 あたし達だって本当はすっごく乙姫様や

 真奈美さんのこと心配しているんだから」

その途端、

藤一郎や沙夜子からの猛烈な抗議が上がり、

「そっそうか、

 なら良いんだけど…」

そのパワーに押されてしまった成行は

その言葉を撤回する羽目になってしまった。

「で、その乙姫様は、

 いまどこに居るの?」

その流れを断ち切るように水姫が乙姫の所在地について尋ねると、

「おぉ、

 そーじゃった。

 それについてはあの爆発直前、

 バニー1号に命じてな、

 シャトルに発信機を打ち込んでおいた。

 バニー1号っ

 現在のシャトルの位置は?」

水姫の質問に成行はそう返事をしながら、

バニー1号に乙姫たちが乗ったスペースシャトル・隼の現在位置を尋ねる。

「はいっ

 えっとですねぇ…」

成行の質問にバニー1号は携帯端末を取り出すと、

それを操作し始める。

ところが、

「あれぇぇ?

 さっきまで月に向かっていたのに…

 今は月とは違う方向へ向かっています。

 変だなぁ…

 何で加速しているんだろう?」

と端末の画面を見ながら困惑した表情をすると、

「ん?

 加速しているだとぉ?」

成行は画面を覗き込む。

そして、

「ふーむっ

 これではまるで地球から出て行くような素振りじゃのぅ、

 シャトルごときにこんな加速出来たっけか?」

と考えこんでしまうと、

「え?

 ちょっと待って!!!

 それってどういう?」

即座に沙夜子が訳を尋ねると、

「とにかく追いかけましょう、

 急ぎ犬塚邸に戻りシャトルを手配します」

と藤一郎が声を上げた。

すると、

「ちょっと、待て!

 いったん戻ってからでは遅すぎる」

そう成行が静止すると、

「じゃぁどうするんです?

 このままじゃぁ

 乙姫様、

 二度と戻ってこれなくなってしますます」

夜莉子が訴える。

「落ち着けっ

 誰が放置すると言った。

 無論、追いかける。

 じゃが、

 戻ってからシャトルを手配するのでは遅すぎる。

 と言っておるのだ」

「では、どうするのです?

 この竜宮にシャトルでもあるというのですか?」

成行のその言葉に藤一郎がすかさず返すと、

「そんなものは…あるわけ無いっ!」

成行はきっぱりと断言し、

「じゃが、

 シャトルを使わなくても、

 追いかける手段はある」

と続けた。

「別の手段?」

「そーじゃっ」

「別とは何です?」

「そーですよ、

 シャトルも無いのにどーやって宇宙に行くんですか?」

シャトルが無くても宇宙にいく手段があることを告げる成行に、

皆が一斉にその方法を尋ねると、

「くっくっくっ

 決まっておるであろう?

 この竜宮で行くのじゃ!!」

成行は自信たっぷりに返事をした。



つづく





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