風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第44話:竜宮の秘密】

作・風祭玲

Vol.557





真っ白に輝く惑星を背後に回し、

青い輝きを放つ惑星が静かに離れてゆく、

…この場所での私の役目は終わりました。

…さぁ次はどこでしょうか?

…乾いた星ですか、

…それとも熱い星ですか、

…これまでわたくしが撒いた命の種はどうなっているのでしょうか、

…願わくば…もぅ一度会って見てみたい…

そんな声を残し、惑星は速度を上げ始めると、

やがて前方の空間がひずみ始める。

そして、ひずみが大きくなるに従い惑星の速度は速まり、

ついに、ワープ域にまで達したとき、

ドンッ!!

青い惑星は光の粒子に包まれるとその姿を光の中へと没してゆく。

太陽系から程近い異空間…

それから少し間を開けて、

カッ!!!

ズドォォォォォォォン!!!

天界の女神が放ったN2超時空振動弾が炸裂した。



「さて、邪魔者は片付けた。

 次の仕事に取り掛かろうか」

竜宮で破壊の限りを尽くしたシーキャットとシーモンキーを片付けた

成行卯之助はそう言い残して竜宮・乙姫の居城へと足を向けると、

「あっちょっと待って」

去っていく成行を沙夜子達が追いかけていく、

すると、

『海人っ

 なにボケっとしているのっ

 さっさと行くよっ』

と水姫が海人に向かって声をあげるが、

しかし、

『うふっ

 待っていたわ竜王様っ

 ねっあたしとお相手をして…』

『竜王様っ

 ささ私と…して…』

『ねぇ、あたしの方が魅力的でしょう?』

『いやっ

 あのぅ…』

すでに海人は大勢の人魚達に取り囲まれ、

そして迫られていて、

取り囲む人魚の数はさらに増え続けていた。

『あっ!!!』

それを見た水姫は慌てて海人の元に駆けつけようとするが、

『なによっ

 あなたっ

 ちょっと割り込まないでよっ』

水姫は取り巻く人魚達から突き飛ばされてしまうと、

容易には近づく事が出来なかった。

『竜王様っ

 こんなの着ていないで、

 そのお肌を見せてぇ』

『あぁんっ

 もっとあたしを見てぇ』

『みっ水姫ぇぇぇ』

瞬く間に着ていたメイド服を引きちぎられ、

そして、迫ってくる人魚に海人は恐怖を感じるが、

しかし、この場から脱出する事は容易ではなかった。

『どっどうすれば…』

まるでゾンビの群れに取り囲まれたかのような雰囲気の中、

海人はここからの脱出方法を考えるが、

しかし、周囲360°どころか、

上も

下も

完全に人魚達に囲まれ、

まさに籠の中の鳥と言う状態になってしまっていた。

そして、

『ちょっと、やめてよっ』

『引っ張らないでよ』

『痛ぁーぃ』

『なによっやる気』

ついに人魚達の間で小競り合いが始まりだすと、

『あっあの…

 ちょっと、

 みんな落ち着いて…

 その、順番に…な』

海人は宥めてみるものの、

しかし、人魚達の小競り合いはだんだんエスカレートし、

喧嘩を起こす人魚まで現れてしまった。

『どーすりゃいいんだ?』

その中で海人は一人頭を抱えていると、

ガブリ!!

『痛い!!』

いきなり肩に激痛が走り、

そこを振り向くと、

人魚の固まりから押し出されかけていた一人の人魚が

海人の肩にしがみ付くようにして噛み付いていた。

『あーっ!!』

それを見た人魚達から声が上がると、

噛み付く人魚を引き離そうとするが、

しかし、それに乗じて別の人魚が噛み付いてくると、

『うわぁぁぁぁぁ!!!

 こっ殺される!!

 マジで殺される!!』

キンッ!!

ドォォン!!

恐怖に慄いた海人は思わず光弾を作ると人魚達に向かって放った。

ところが、

『きゃぁぁぁぁ!!』

『あぁいいぃ…』

『いっいっちゃう…』

海人が放った光弾の直撃を受けた人魚達だったが、

光弾は人魚達を弾き飛ばすことなく彼女たちの身体に吸収されてしまうと、

気持ちよくなったのかうっとりとした表情を見せる。

『…女を甘く見ると食い殺されるよ…』

その様子に海人の頭の中を水姫の忠告がリピートしていくと、

『たっ助けてくれ!!

 水姫ぇぇぇ』
 
ついに海人は水姫に向かって叫び声をあげてしまった。

すると、

『海人ぉぉぉ』

それに応えるように水姫の声が響き渡り、

『水姫っ

 ここだぁぁぁ!!』

水姫の声に応えるように海人は手を挙げるが、

しかし、

『きゃぁぁぁ!!!』

たちまちその手に向かって人魚が群がってくる。

その時、

『どけぇぇぇぇぇ!!!』

響き渡るような男の怒鳴り声が響くと、

ヒュンッ!!

バシバシバシ!!!

黒い影が勢いよく横切り、

その影に触れた10人近い人魚が弾き飛ばされてしまった。

『え?』

突然の事に海人は呆気にとられていると

シャッ!!

爪が光る腕が塊の中へと飛び込み、

次の瞬間、

ムンズ!!

海人の髪がワシ掴みにされると、

グィッ!!

思いっきり引っ張られる。

そして、

『うわっ!!』

ズボッ!!

力任せに海人の身体が人魚達の中から引っ張り出されると、

『どうだ?

 判ったか?

 人魚の怖さがっ』

とまた男の声が響き、

ジロッ

海人の視界に竜の顔が迫った。

『うわっ

 誰だお前は!!』

突然飛び込んできた竜の顔に向かって海人は怒鳴ると、

『んー?

 俺の名前は竜彦っ

 乙姫様に仕える竜族の者さっ』

と自己紹介をする。

『竜彦ぉ?』

その声に海人は聞き返すと、

『海人っ』

海人に近寄られなかった水姫が傍により、

『だっ大丈夫だった?』

と具合を尋ねた。

『あぁ、

 問題は無いけど…

 でも…

 マジで怖かったよ』

そんな水姫に海人は震えながら返事をすると、

『竜王様っ

 どこに…』

『あっあっちよっ!!』

『こらっ

 待てぇぇ』

離れていく海人を見つけた人魚達が指差して声を挙げると、

しかし、

『まずいことになったわね』

そんな人魚の姿に水姫は顔を曇らせる。

すると、

『とにかく居城にズラかるぞ』

海人を引っ張る竜彦はさらにスピードをあげ、

居城へと向かって行った。



『ふーん、

 あの人がこの竜宮の本当の主・竜王海彦か…』

海人の顛末を下より見ていたマーエ姫はそう呟くと、

『エマンっ

 わたしたちも戻りますわよ』

その言葉を残してマーエ姫は攻撃され

崩れかかっている居城へと向かい始める。

ところが、

「おーぃ、

 マーエ姫っ

 そっちじゃない、あそこから入るぞ」

上へと上がり始めたマーエ姫に向かって成行は声をあげ、

居城の中腹で硬く閉じられている出入り口を指差した。

『あっあそこですか?』

意外なルートを示されたことに、

マーエ姫のみならず、沙夜子なども驚くと、

「そーじゃっ

 あそこから入るんじゃ」

成行は涼しい顔をしながら返事をした。



ガコン!!

ギッギィィィィ…

長い間開閉されていないらしく、扉は重く、

「ふんぬぅぅぅぅぅ!!!!」

藤一郎がメイドスーツのパワーを全開しても、

人が通れるほどに開けることは非常に困難だった。

ギィィィィィ…ギッ!!

「よっよし…」

何とか人が通る程度に扉を開け、

「おーぃ、

 ここで扉を押さえているから、
 
 お前達、先に入れ!」

空間を確保した藤一郎が声をあげると、

「はーぃ」

その間を夜莉子、沙夜子、美麗、マーエ姫たちが次々と通り過ぎ、

『あっ待って!!』

人魚達に追われる竜彦と海人・水姫が飛び込むと、

「よしっ

 全員入ったな
 
 うわぁぁぁ!!!」

迫ってくる人魚の群れに藤一郎は驚きながら慌てて扉を閉めた。

その直後、

ドタン!!

ダンダンダン!!

『ちょっとぉ、誰よあなたっ

 竜王様を独り占めするつもり?』

『出てきなさいよっ』

『こらぁ!!

 あんた何様のつもり?』

『顔を覚えたからねっ

 見つけたら只じゃおかないわよっ』

『城の中よっ

 回りこみましょう』

扉の外側より叩く音と共に人魚達の罵声が響き渡る。

「うひゃぁぁぁ」

その声に沙夜子が肩をすくめると、

『やれやれ、

 とんだ憎まれ役だな、

 乙姫様が不在なのをいいことにすっかり羽目を外していやがる、
 
 さぁて、

 お前っあの人魚達に会うなよ、

 うっかり見つかったりでもしたら、
 
 ただじゃ済まないぞ』

と人魚達の声を聞きながら竜彦は水姫に指示をすると、

『えぇ、判ってます』

水姫はいたって冷静に返事をした。

「あのぅ

 だっ大丈夫なんですか?」

そんな水姫に夜莉子が恐る恐る尋ねると、

『さぁ?

 大丈夫かどうかは運次第。
 
 運がよければ何とかなるだろうし、
 
 悪ければ八つ裂きにされるわね、
 
 まっ容赦はしないでしょう』

その問いに水姫はサバサバとした口調で答え、

「乙姫様が居たらどうなるんです?」

と沙夜子が尋ねると、

『そうだなぁ…

 海人に噛み付いた時点で乙姫様の逆鱗に触れるな』

と水姫に代わり竜彦が返答をした。

「へ?」

その返答に沙夜子は目をパチクリさせると、

『乙姫様って見た目はおっとりしているけど、

 でも、逆鱗に触れるとその怖さはハンパじゃないぞぉ

 特にさっきみたいに竜王に危害を加えたりすると、

 躊躇うことなく…』

スー

そう説明をしながら竜彦は自分の首に指を当て、それを横に引く。

「うひゃぁぁぁぁ!!!」

それを見た夜莉子は悲鳴を上げると、

『ふふっ

 この竜宮を治めているんだもの…

 並みの者じゃ勤まらないわよねっ

 海人』

驚く夜莉子を横目で見ながら水姫は話を海人に向ける。

すると、

『うっ

 いっ行くぞ!』

自分に向けられた話の流れから逃げるようにして海人は通路を進み始め、

「ふっ

 まっ問題はないっ
 
 あの人魚達はここには来られない」

成行はそう呟きながら

海人の後を追うようにほんのりと灯りが灯る通路を進んで行った。

「来られないって…」

「やっぱり、成行博士ってヘンよ、

 この城の中の構造、

 詳しく知りすぎている」

「うん、絶対、

 あの人、普通の人じゃないわ」

迷わず城の中を進む成行の姿に沙夜子と夜莉子は小声で話しながら進んでいくと、

程なくして通路は終わり、薄暗い円形をした大きな広間へと出る。

「へぇ…

 なんの部屋かしら、ここ」

興味深そうに沙夜子はグルリと取り囲む石造りの壁を見渡すと、

「ん?

 まぁ、桟橋…と言ったほうがいいかもな」

成行はこの場所の用途をポツリと呟く、

「え?」

『桟橋ですか?』

「水の中で桟橋というのもヘンだよなぁ」

成行のその言葉に一同は顔を見合わせると、

スッ…

成行は部屋から伸びる階段を上っていく、

「あっ待って!!」

その階段を上り、そして、

前に見えてきた青く輝く透明な壁を越えた途端、

ストン!!

「あれ?」

「水が…」

周囲を満たしていた水が消え去り、

水が一滴もない空気が満ちた地上と同じ空間になっていた。

「へぇ…

 竜宮の中にこんなところがあるなんて…」

コツリ…

靴の音を久々に響かせながら夜莉子が感心すると、

「わっ」

「きゃっ!!」

ビタン!!

人魚体の水姫とマーエ姫はいきなり水が消えたために、

通路の上に折り重なるようにして転がり落ちてしまった。

「やれやれ、

 世話の焼ける人たちだ」

思わぬ失態に海人はニヤケながら手を差し伸べると、

「うっうるさいわねぇ」

水姫は顔を真っ赤にして怒鳴り返す。



「さて、行くぞ」

人魚の面々が人間体になった頃を見計らって成行は腰を上げると、

「どうやら、

 俺達はあのおっさんに命運を握られているみたいだな」

藤一郎が皮肉を交えながら言うと、

「そーいうことになるな」

珍しく海人も同意した。

そして、相変わらず薄暗い通路を歩いていくと、

程なくして広めの通路と合流し、

その先に姿を見せたドアを開くと、

闇が支配する巨大な空間へと入っていった。

「なっなんだここは?」

空間に響き渡る声の反響音に一同が驚くと、

コトリ…

成行は闇の中へと消え、

間もなく、

パッ!

パッパッパッパッ!!!

一斉に灯りが灯ると、

「おぉ!!!!」

その灯りに照らし出された部屋の様子に皆驚きの声をあげる。

「なっなんだなんだ

 これは…」

「うわぁぁぁぁぁ!!

 ねぇねぇ…沙夜子ちゃん、
 
 ほらっ
 
 TVかなんかでやる秘密基地みたい」

「うわぁぁぁぁぁ…

 竜宮にこんなものがあるなんて…」

灯りに照らし出されたのは巨大な水晶球を中心にすえ、

その周囲をグルリとオペレーション用の席が取り囲む発令所だった。

「かぁぁぁ…

 なんつーか、
 
 古代ハイテク文明の遺跡と言うか、
 
 失った主をひたすら待つ太古のメカというか…」

その部屋の佇まいを海人はそう評すると、

「でも、この構造って二本足の人間を前提にしているみたいだけど、

 人魚の城の竜宮で人間用の施設って言うのもヘンね…」

沙夜子は首を傾げながら疑問を口走った。

すると、

「あれぇぇぇぇ?

 ここって…」

マーエ姫はこの部屋に見覚えがあるかのように首を捻ると、

「ふむっ

 マーエ姫はこことよく似たところに行ったのか?」

その様子を見た成行がマーエ姫に尋ねた。

しかし、

「えぇ…

 でもなんか違うんです」

とマーエ姫は部屋のグルリと見渡しながら返事をすると、

「ふむっ

 なるほど、
 
 マーエ姫が訪れたところはこの竜宮とは点対称の形で存在する、
 
 もぅ一つの竜宮…に行かれたか」

成行はマーエ姫がこの竜宮とは別に存在する城に踏み入れたことを指摘すると、

「えぇ!

 じゃぁ、
 
 やっぱりラサランドスと同じ構造なんですかっ
 
 竜宮って!!」

それを聞いたマーエ姫は驚きながら声を上げた。

「ふふっ、

 そうだ、

 さて、猫柳、猿島の脅威が消えた今、

 残る懸念はさらわれてしまった乙姫様の奪還と、

 こっちに向かっているツルカメ彗星だからなっ」

キラッ

目を輝かせながら成行はそう断言すると、

「成行博士っ」

藤一郎と海人はそろって前に進み、

「教えてください。

 さっきも尋ねましたが、

 本当にあなたは一体何者なんです?
 
 ただのバニーガール好きの変態爺さんではないでしょう」

と声をそろえて尋ねた。

「ふっ

 くっくっくっ
 
 バニーガール好きの変態爺さんか
 
 中々の言われようじゃのぅ…
 
 まぁ確かにバニーは三度の飯よりも好きだが、
 
 それは、この世界に来たときに見たバニーガールの美しさに惚れたためじゃ、
 
 それ以前はあっちの世界、

 また、こっちの世界と

 いろんな世界を旅する放浪生活を送っていたからのぅ」

藤一郎と海人の指摘に成行はそう昔話をすると、

「おぉ、そうじゃ、

 久しぶりにスレイブに逢っておくか、

 一つ調べたい事があるからの」

の言葉を残し部屋の左側にある扉に向かって歩いていった。

そして、その扉の真ん中についている掌大の五角形をした出っ張りに手を着くと、

−ピンッ−

何かを弾いたような音が響き渡り、

『ぴっ、ドクター…ダン様と認定…』

と機械的な声が響くと、

フッ

成行の体はドアにめり込むようにして中へと消えて行く。

「あっおいっ」

「うそっ、

 ドアの中に入って行っちゃった」

「追いかけるか?」

藤一郎たちは顔を見合わせると、

『おーぃ、

 何をしておる…

 さっさと入ってこないか』

扉の中から成行の声が響き渡る。

「来いってよ」

「行くか…」

その声に皆は意を決すると、

閉じた状態の扉に向かって体を当てた。

すると、

スー…

まるでエアーカーテンを通り抜けるような感触が体を突き抜けると、

フッ!!

あっという間に扉の向こう側へと立っていた。

「ほぇ…」

あまりにもののSF的展開に最初に通り抜けた海人は呆気にとられると、

ドォォン!!

いきなり背後より突き飛ばされ、

「あっごめんっ

 でも、そんなところに突っ立っているお前が悪いんだぞ」

の声とともに藤一郎が扉を抜けてきた。

「てめぇ!!!」

「なにぃっ」

突き飛ばされたことに怒った海人が藤一郎に掴みかかろうとしたとき、

ドォォォン!!

ドカッ!!

「きゃっ!」

「あっごめんなさーぃ」

「でも、そんなところに立っているのも悪いのよ」

の声とともに沙夜子と夜莉子が藤一郎と海人を相次いで突き飛ばした。



「こほんっ

 いいかのぅ」

何とか全員がそろったところで、

成行は咳払いひとつ上げ、

カンカンカン…

石造りの螺旋状の階段を下りはじめた。

そして、歩くこと5分ほどで皆の前に姿を現したのは、

グゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…

キーン

キーン

唸るような低い音と間欠的に響く音色をあげながら、

宙に浮かぶ数百個にも及ぶ六角形をしたクリスタルと、

それが一カ所により集まって出来上がった巨大な塊の上半分だった。

「はぁぁぁぁぁぁ…」

「うわぁぁ…

 きれい…」

「竜宮の中にこのようなものがあっただなんて…」

「なんか、なんて言っていいのか…」

あまりにも壮大な光景に一同が口をあけていると、

コツン

コツン

成行は床の下から天井に向かって突き出しているクリスタルの塊へと近づいて行く、

「あっ」

「待って」

その様子に藤一郎たちも後を追いかけていくと、



ゴワァァァァ

一気に天井が開け、

巨大な空間の中へと躍り出た。

そして、

カッ

天井に据えられた照明によって空間は照らし出されるものの、

空間の巨大さによって全体は薄暗い印象を与え、

そして、その空間に守られるようにクリスタルの塊は浮かんでいた。

「なっなんか…

 来てはいけないところに来たのかな、あたし達…」

まるで人体の中に迷い込んだウィルスになってしまったかのような錯覚を覚えながら、

夜莉子は歩いていくと、

成行そのまま壁より半島のように突き出した先端にあるコンソールへと歩いて行った。

ぶわっ

下部より猛烈な風が上へと流れていく中を成行はコンソールの前へと進み、

そして、

スッ

差し出した手をコンソールの正面に付けられている認証用のサークルへと触れさせる。

「アクセス!!、

 レベル、管理

 アクセス者、ダン・イルグース」

成行は手短にそう告げると、

ブンッ

サークルは青紫色に一瞬輝き、

フワッ

クリスタルを背にして

淡い紫色の光で出来た半裸の美少女を思わせる精霊が姿を現し、

『管理用特権にてアクセスしました。

 われらのマスター・ドクター・ダン様…』

と言う声が響き渡る。

「ダン・イルグースって」

「え?

 あの博士の本名?」

「じゃぁ、

 成行兎之助って名前は?」

精霊のその言葉に皆が顔を見合わせると、

「ふむ、

 ここにくるのは本当に久しぶりだな

 さて、スレイヴよ、

 挨拶はこの程度にして

 至急調べてもらいたいものがある」

光で出来た精霊に向かって成行はそう言う、

すると、

『はい、

 なんなりと…』

その言葉に精霊は跪き、成行からの指示を待った。

「ふむっ

 実はのぅ、

 天界の標準時間にして3ノーム半前に、

 N2超時空振動弾が使用された。

 詳しい時刻と座標はこのクリスタルに記載してある。

 で、調べてほしいのはその時刻におけるある星の軌道と

 N2超時空振動弾の炸裂がもたらす影響。

 そして、影響の結果なにがおきるのか、

 その辺を詳しく精査してほしい」

成行はそういいながら懐より一本のクリスタルを取り出すと、

前に進み出た精霊に手渡した。

『畏まりました。

 ただいまよりデータを転送し計算いたします。

 それでマスター

 その星とはどれでしょうか?』

成行よりクリスタルを渡された精霊はそういいながら、

それを壁にびっしりと並んでいるクリスタルの中に挿入すると、

星の名前を尋ねた。

「うむ、

 その星の名前とは、

 すべての始まりの星・ウールーじゃ、

 天界の束縛には囚われずに時間と空間の流れの中を自在に旅していく星が、

 どの場所でN2超時空振動弾の爆発に遭遇し、

 そして、衝撃の影響がどれくらい受けたのか、

 わしには気がかりでのぅ…

 天界がウールーも含めてしっかりと計算した上であの爆弾を使用したのならいいが、

 何分、天界にとって管理外の星…

 あの女神がそこまで気を回しているとはとても思えん」

成行は首を横に振りながら星の名前と目的を告げると、

『判りました。

 では、すべての始まりの星・ウールーの現在位置、

 ならびにN2超時空振動弾の爆発が

 ウールーに与える影響について計算を行います』

精霊は成行にそう告げると、

スッ

その姿を消す。



「さて、

 ここで、一息入れるか、

 あぁ…

 あの超音速飛行機から降りて以降、

 働き通しだったからなぁ…」

成行はコキコキと肩を動かしながらそういうと、

「どっこらせっ」

っとコンソールの前に座り込み、

「あぁバニー1号、

 すまぬが、

 肩を揉んでくれないか、

 肩が凝って凝ってたまらんわい」

声を張り上げる。

すると、

ズイッ

全員が一斉に進み出るなり、

「成行博士、

 教えてください。

 あなたって一体、何者なんです?」

と口をそろえて尋ねた。

「まったく何かといえば

 さっきから教えろ教えろと

 耳元でぎゃんぎゃん騒ぐなっ

 んー?

 わしが何者かって、

 そんなに興味があるのか?」

その声に成行は面倒くさそうに視線を藤一郎たちに向けると、

「だって、そうでしょう、

 あの爆発の中、

 僕達をこの竜宮に引っ張り込んだり」

「人魚と面識があったり」

「それに、人魚達すら知らない竜宮の中を熟知しているし」

「また、この人知を超えたSF的なシステムを自在に使いこなすこと」

「どーみても、ただの人とは思えませんっ」

と一つ一つ例を挙げ指摘する。

「くっくっくっ

 そうか、

 そんなに不思議か?

(あーそこそこ、

 そこをもっと強く…な)」

一斉に投げかけられた質問に対して、

成行はバニー1号にアレコレ指示を出しながら笑うと、

「そう…

 かつて私はドクターダンとしてこの竜宮に

 命の源・宝珠キリーリンクを中心としたシステムを整備し構築したのもこのわしじゃ、

 この人工知能スレイヴ・システムもわしの作品であるし、

 また、かつて君臨していた海母より頼まれ、

 竜気の不足に餓え苦しんでいた人魚達のために

 竜気の流れを整備したのもこの私…

 まっ、私はこの竜宮を竜宮としての機能が果たせるように

 リフォームをしたようなものじゃ」

と成行はかつての自分の成果を強調する。

すると、

「ドクターダンって…

 母から聞いたことがあります…

 悪鬼に侵され、

 存亡の危機にあった私の故郷マームヘイム

 ある日、素性が判らないなぞの博士が現れると、

 一本の杖をわが母に与え、

 また、持ち込んだ宝玉の力を発動させると、

 マームヘイムより悪鬼が消え、

 あたしたち人魚は平和に暮らせるようになったと…」

成行のその説明にマーエ姫は目を輝かせながらつぶやくと、

「エマン…

 あっあたし…

 いま、伝説の英雄に会っているのですよね」

と侍従のエマンに話しかけた。

「はいっ

 そうです、マーエ姫様っ

 マーエ姫様はわがマームヘイムを救った尊いお方に逢っているんです。

 ですから、恥ずかしくないように、

 姫様らしく振舞ってください」

とエマンはしっかり釘を刺した。

「それにしても、

 人魚達の英雄が

 僕達の世界ではただのバニーガール狂いとは、

 なんか情けないな…」

感激のマーエ姫を横目にしながら海人が皮肉交じりに言うと、

「バニーガール狂いだけは余計じゃっ」

成行は怒鳴り返した。

すると、

『マスターっ

 計算が終わりました』

その声とともにあの精霊が姿を見せると、

「うむっ

 早かったなっ

 ご苦労」

バニー1号を下がらせた成行は返事をしながら立ち上がり、

コンソールのところへと進んで行く。

「(ぽしょ)ねぇ、沙夜ちゃん、

 あたしさっきから気になっているんだけど…」

コンソールの前に立つ成行の背中を指差して、

夜莉子が小声で言うと

「なっなによ?」

話しかけられた沙夜子は困惑した口調で聞き返す。

すると、

「あのさっ

 なんで、あそこに”黒”って書いてあるのかな?」

夜莉子はコンソールにあるサークルの上、

そこに”黒”と書かれた札が下がっていることを指摘した。

「さぁ?

 なにか意味があるんじゃないの?」

夜莉子の指摘に沙夜子はそう返事をすると、

『では、結果をお知らせいたします』

スレイヴの声が響き渡り、

スッ

部屋の明かりが落とされると、

スレイヴの前に大きく青い惑星が立体映像で表示された。

「なんか地球みたいだけど…」

「うん、でも、

 地球とは違うね」

それを見ながら夜莉子と沙夜子はひそひそ話をする中、

スー…

青い星が見る見る小さくなっていくと、

『はいっ

 マスターが問い合わせをされました始まりの星・ウールーは
 
 N2超時空振動弾の起爆時、

 第6座標軸上を第2座標にむけて移動中でした』

と説明し、

フッ

映像の惑星に進行方向を示す矢印が表示される。

「6から2か…

 確か、N2超時空振動弾は第8座標軸上だから…

 影響がないといえばないか」

その答えに成行は安堵の表情を見せるが、

『ただ、起爆の10分前にウールーはワープに入り、

 ワープ突入直後の不安定な時期にN2超時空振動弾の衝撃を受けました』

とスレイヴは続けた。

「なに?」

その言葉に成行のこめかみがかすかに動くと、

『この衝撃により、

 ウールーの進行軸は上下角で約+3°、

 左右角で−1°の狂いを生じ、

 また、進行方向側からの衝撃でしたので、

 ワープ速度も急激に減衰。

 10ノーム以内に通常空間にワープアウトするものと思います』

と報告する。

「ワープアウトとな?

 第6座標でその角度で狂うとなると、

 こっちに向かうではないか

 して、その場所は?」

その報告に成行がウールーのワープアウト地点を訪ねると、

『はいっ

 時空間ナンバー:D6RKX789

 座標点はここにウールーはワープアウトいたします』

精霊はそう返答をしながら、

ウールーのワープアウト地点の座標と、

その後の予想進路を示して見せる。

「そんなっ」

「ばかな…」

「うむっ」

その表示を見て藤一郎や夜莉子と沙夜子は声を失うと、

「そーか、

 ウールーがこの地球のすぐそばを通るか」

成行は一人、進路図を見ながら指摘すると、

『はい、ウールーは太陽系第7惑星・天王星と

 第6惑星・土星とのほぼ中間点にワープアウトし、

 第4惑星・火星、

 第2惑星・金星、

 そして、太陽面を通過し、

 その後、第3惑星・地球、

 第5惑星・木星と駆け抜けた後、

 再びワープしていくものと予想されます』

と精霊は締めくくった。

「ちっ地球のそばを通るみたいだけど、

 そうなった場合、どうなるの?」

ウールーの軌道を示す矢印が

地球の至近距離を通過していることを夜莉子が指摘すると、

『計算によると最接近時のウールーと地球との距離は約12万キロ、

 お互いのロッシュ限界の外とはいえ月までの距離の1/3であります』

と精霊は返答する。

「まぁ、これだけ近づくとなれば、

 只ではすまんじゃろう」

「只ではって、

 まさか、人類絶滅なんてことは…」

「まぁ、そこまでは起きないと思うけど、

 でも、相手は巨大な水惑星、

 何が起きてもおかしくはないか…」

「そんなぁ!!!」

「ふんっまっ、

 そのウールーとか言う星の水が地球に降ってきて、

 水が増えても俺には関係ないけどな…」

天変地異の予測におびえる夜莉子に対して、

海人はいたって余裕の構えを見せる。

すると、

「なにのんきなこと言っているのっ海人っ

 陸の異変はあたし達人魚にも確実に降りかかってくるの、

 そんな他人事を言わないの」

と水姫がたしなめた。

「どちらにせよ…

 なんとしても乙姫を取り戻し、

 ウールーの軌道を変えてもらう必要があるな」

この結果に成行はそう呟くと、

「おっ乙姫様で何とかなるのですか?」

成行に向かって夜莉子がたずねた。

「まぁな、

 ウールーは大部分が水で出来ている水惑星であり、

 また自らの意思を持っている星でもある。

 故に、

 乙姫ならウールーと心を交わして、

 その軌道を変えることなど造作もないこと、

 ウールーが地球に来る前になんとしても乙姫を取り戻さねば」

と成行は声を震わせた。



つづく





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