風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第41話:潜水艦襲来!】

作・風祭玲

Vol.549





カッ!!!

ゴォォォォォォォン…

その日の夕刻、

まるで蓋をしたかのように敷き詰められた空の遥か上層で

一筋の閃光とともに巨大な爆発音が響き渡った。

衝突し絡み合っていた2つの世界を引き離すために、

天界が放ったN2超時空振動弾の炸裂の瞬間であった。

そして、同時刻

天界・時空間管理局発令室の壁に掲げられている横72m、縦36mの

特大パネルスクリーン(通称”千畳敷き”)に衛星軌道上に置かれた監視カメラ経由で

その様子が映し出されると、



『やった、成功だ!!』

『ブラボー!!』

『グットジョブ!!』

『乙です』

と一斉に歓声が沸きあがる。

そして、その歓声を聞きながら、

『そーでしょう

 そーでしょう、
 
 私の技術は完璧よぉ!』

黒髪の女神は一人悦に入っていた。



しかし

この爆発は絡み合っていた2つの世界 UC457LD298・RL338PMQ248 を

引き離すだけでは終わってはいなかった。

爆発によって発生した時空震は四方八方へと拡散し、

ワープに突入し亜空間内を移動していくツルカメ彗星に襲い掛かった。

ドォォォォォン!!

ズゴゴゴゴゴゴ!!

「なっ何事だ!!!」

椅子から放り出されるくらいの激しい揺れに見舞われた

コントロールルームに五十里の怒鳴り声が響き渡ると、

「じっ時空震です。

 ディメンジョン・マグニチュード、暫定値で8.0

 震源は太陽系内!!

 直下型です」

振り飛ばされないように机にしがみつく相沢が怒鳴ると、

「太陽系内が震源だとぉ!?」

五十里の表情が一気に硬くなった。

「はいっ

 太陽の近くかと思われます」

「何が起きたんだ?」

「詳細は不明、

 ただしエネルギーは亜空間のみに拡散し、
 
 通常空間の被害は軽微です」

と相沢は通常空間には被害が無い事を告げると、

「五十里っ

 魔導炉の緊急安全装置が働いたぞ、
 
 魔導炉の出力大幅低下、
 
 このままワープを続けるのは危険だ、

 一旦ワープアウトをして立て直そう」

夏目がワープアウトを進言する。

「くそっ、

 地球を目の前にしてどうなっているんだ」

夏目の言葉に五十里は感情を露にしながら机を叩き、

「仕方が無い、ワープアウトだ!」

と夏目の提案を了解した。

「相沢っ

 ワープアウトだ、急げ!」

五十里がワープアウトを指示した事で、

夏目は相沢に向かって声をあげると、

「了解っ

 緊急ワープアウトを行います。
 
 ワープアウト地点、
 
 ………
 
 地球から約22天文単位。
 
 海王星と天王星のほぼ中間地点です」

相沢はワープアウトの準備を行いながら

ツルカメ彗星のワープアウト地点を告げた。

「そうか」

相沢の報告に五十里は口の前に手を組むいつものポーズをして、

不満そうに返事をすると、

「……」

それを見た相沢は一瞬気後れをするが、

即座に夏目が相沢の肩を叩くと、

「(はい)ワープアウトしますっ

 ワープアウト!!!」

相沢は声をあげて、

ワープアウトのオペレーションを行い、

同時に、

ズズズズズズズ…

漆黒の宇宙空間を突き破るかのように、

ボンッ!!

白銀色のガスが噴出すと、

噴出すガスが見る見る巨大化し、

ツルカメ彗星の巨大な姿が宇宙空間に躍り出た。

「ワープアウト終了、

 浮城並びに外殻に異常なし。
 
 緊急安全装置のリセットを行います。

 なお、安全装置のリセット後、
 
 魔導炉の点検を行うため、
 
 当浮城は速度を通常の10%以下に落とし航行を行います」

ワープアウト後、

相沢はオペレーションを続けながら、

ツルカメ彗星の速度が1/10以下に低下する事を告げる。

「ふぅ…

 1/10以下か…」

「地球を前にして料金所の渋滞にハマったって感じだな」

「果てさて、ここは浦和か、新座か、川崎か…か…」

相沢の報告に皆が一斉にため息をつく。




一方、ここは月の裏側のサイド3、通称Dejimaは騒然としていた。

「ぬわにぃ!!

 ツルカメ彗星が消えただとぉ…」

末端衝撃波面を乗り越え太陽系に進入してきたツルカメ彗星の突然の消失に、

サイド3・ムスシティに聳える国連・地球防衛軍本部は文字通り上へ下への大騒ぎとなっていた。

「ワープしたのか」

「いやまだわからん」

「太陽系内だぞ、

 そんなところで1万光年を一気に飛ぶワープが出来るはずが無いし
 
 意味が無い」

「じゃぁ、太陽系から出て行ったのか?」

「まさか、

 まっすぐ地球に向かっていたんだぞ」

彗星を迎え撃つ準備を着々整えてきただけに、

その衝撃は計り知れないものがあった。

そして、

「さがせっ」

「太陽系内、

 いや、半径10光年内のすべての空間で索敵をするんだ。
 
 奴はどこかにいる。
 
 いいか、長さ1mmの蟻まで徹底的に調べるんだ!!」

防衛軍長官はヤカンのごとく禿げた頭を真っ赤して怒鳴り散らすと

「はっ!」

部下達は一斉に散っていく。

しかし、改めて放たれた探索機は不審物の調査結果や

時空のゆがみなどのデータを刻々と送ってくるものの、

ツルカメ彗星消失後に発生した大規模時空震の影響で、

データの多くに欠落が発生し、

彗星消失の原因究明を行う事は非常に困難になっていた。

「やはり、長旅の無理がたたって崩壊したのではないか」

「いや、それなら破片が見つかるはずだ」

「時空震に驚いて引き返したのでは?」

「消えたのは時空震発生前だぞ」

見つからない彗星に様々な根拠も無い憶測が乱れ飛ぶ。

そんな中、

『こんなところで騒いでて居るのではなく

 直接行けば良いのではないか
 
 出航許可はまだ下りないのか』

ツルカメ彗星討伐のために編成された地球連合艦隊。

その第1攻撃隊の旗艦を勤める事になった、

新造戦艦・ヤマモトの艦長ヤマモトは苛立ちの声をあげる。

『まったく、

 どいつもこいつも浮き足だちおって』

メールや通話などデジマの中でやり取りされるデータを見ながらヤマモトは歯軋りをすると、

『さっさと、ゲートを開けっ
 
 出航するぞ!!』

と怒鳴る。

すると、

ゴゴーン!!

係留されている宇宙戦艦の艦体が大きく振動し、

「うわわわわ」

「ちょちょっとぉ」

「うわ」

メンテナンスのため艦体に張り付いていた作業員達が次々と振り飛ばされてしまった。

そう、この艦の艦長ヤマモトイソロクは実在する人間ではない。

かつての名将:山本五十六の人格・記憶データを用いて

この戦艦のメインコンピュータ内にバーチャル的に再構成した仮想艦長なのである。



「なぁ、バーチャル艦長のベースになっている山本五十六って

 沈着冷静な人って聞いていたけど」

暴れるヤマモトが係留されている浮きドックのシステム室にて、

リモートメンテナンスをしていたエンジニアがふと愚痴を漏らすと、

「どうせOSのバグじゃないのか?

 この間当てたサービスパック2、

 あれのせいで”引きこもり”になった艦もあったというし」

と隣の席に座る同僚が笑いながら返事をする。

「あぁっ、

 セキュリティーホール全部埋めたら、

 穴どころか出入り口みんな塞いじゃってダルマになっちゃった。

 っていう奴だろう」

「そーそ、

 いくらウィルス対策って言ってもなぁ…

 バカみたいにただ塞げばいい。ってもんじゃないだろう」

「あはは…

 そりゃそーだ、
 
 でも、あの会社にそんな高等な事を要求してもなぁ…」

「あははは…」

先日リリースされたバーチャル艦長の修正プログラムの出来について

部屋に詰めていたエンジニア達は笑うと、

ポンっ

そのうちの一人が手にした技術雑誌を放り出した。

そして、その雑誌が壁に当たるのと同時にとあるページが開き、

そこには「X」型のビルが立ち並ぶ航空写真と、

世界シェアNo1を謳うキャッチコピーが踊っていた。



「司令っ

 ヤマモト艦長より再三出航要請が来ていますが」

ツルカメ彗星探索中の地球防衛軍オペレーションルームに

ヤマモトからの要請について報告が上がると、

「なんだ、戦艦のコンピュータが騒いでいるのか」

司令官席でふんぞり返っていた、

司令が面倒くさそうに返事をした。

「はぁ、

 出航を認めろと」

「まったく、こっちはそれどころではないのに…」

「でも、1時間以内に回答がなければ、

 砲でぶち破ってでも出て行く。
 
 と脅していますが」

「ちっ、

 人工知能の分際で…
 
 出航は認めない。
 
 団体行動を乱す奴は容赦なく叩き潰す。
 
 何事も大事なのは団体行動だ!!
 
 一糸乱れなく整然と整列して行進していく…
 
 あぁ、その姿の美しさ…
 
 美しくないものは例え強くても意味がない。
 
 良いか、すべてを決めるのは美しいか美しくないかだ、
 
 美しくないものはこの宇宙に存在してはならんのだ。
 
 誰がなんと言おうと、
 
 この地球防衛軍司令である私が認めん!!」

ダンッ!!

司令は白手袋をはめた手で目の前の机を叩くと、

ヤマモトからの要請を即座に却下した。



『ならば仕方があるまい』

自分があげた要請を防衛軍司令が却下した事に、

宇宙戦艦ヤマモトのバーチャル艦長・ヤマモトは決断を下すと、

『ただいまより、

 本艦は冥王星宙域に出撃する。
 
 我に抵抗する者があるなら、
 
 拡散波動砲の露と消えるであろう』

そう高らかに宣言し、

『いますぐ、ゲートを開けろ!!』

とドッグに向かって命令をした。

「ならぬっ

 よいかっ
 
 絶対にゲートを開けるなよっ
 
 この私の許可があるまでゲートを空けるなっ
 
 いいか、
 
 来週には人事発令が降りて、
 
 私は地球に降りられるんだ、
 
 この私の輝かしく美しい経歴に傷をつけるんではない」

ヤマモトの脅しに司令はそう反論をするが、

「ぬわにが美しい経歴だ…」

「大した成果も挙げてないくせに」

「全部、ゴマすりに手八丁口八丁じゃないか」

「知っているか、

 あの席だって金で買ったんだってよ」

とオペレーションルームに詰めている職員達は

覚めた目で司令を見つめていた。

すると、

『やむをえん、

 艦首・拡散波動砲にエネルギー注入!!』

埒が明かないことに業を煮やしたヤマモトは、

宇宙戦艦の艦首に備え付けられている究極兵器・拡散波動砲へのエネルギー注入を開始する。

ミミミミミミミ…

瞬く間に砲口へ向かって粒子が集まり、

2連並んだ砲口は白熱してゆく、

ミーーーーー…

『目標!!

 前方、ゲート、
 
 軸線修正+0.0006
 
 エネルギー充填、
 
 …90%、100%、110%
 
 対ショック装置起動、
 
 対エネルギーシールド展開』

バーチャル艦長・ヤマモトの身の回りにそれぞれの状況を告げるスクリーンが

取り囲むようにして現れては積み重なっていくと、

拡散波動砲の発射準備は完了する。

そして、

『拡散波動砲!!

 発射!!』

ヤマモトのその一声で、

カッ!!!

拡散波動砲の砲口が一気に輝き、

ボムッ!!

サイド3・Dejimaに浮かぶ宇宙ドックの半分が

噴出するエネルギーと共に蒸発してしまった。

「あぁ!!

 なっなんて事だ!!」

その模様をオペレータールームのモニターで見ていた司令は驚きながら腰を浮かすと、

「あぁぁぁぁ…

 サイド3でもっとも美しいといわれていたドッグがぁ

 私の昇進がぁ
 
 地球行きがぁ」

と嘆きながら頭を抱える。

そして、

「くっそう…

 たかが、コンピュータの癖に

 昇進した後、
 
 天下って、

 天下って、
 
 天下って、
 
 たっぷりと年金もらって、
 
 億万長者としてカリブの島を買い取って、
 
 毎日、美しくて若いねーちゃんをはべらそうと思っていた
 
 この私の人生計画を台無しにくれたなぁ…
 
 このウラミ、ハラサズニオクベキカ…
 
 構わんっ
 
 あの船を撃沈しろ!!
 
 えぇいっ
 
 このコロニーを激突させてでも沈めてやる!!」

涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら司令は怒鳴ると、

ムスシティが建つコロニーの制御ボタンを押そうとする。

すると、

「やめてください!!!

 司令!!」

それを見た職員達が一斉に司令に飛び掛り、

席から引き離すと押さえ込んだ。

「離せっ!

 えぇいっ
 
 この私の人生を台無しにした奴をこの手で…」

「司令は体調を崩されたっ、

 お連れしろ」

「何を言うか、体調は悪くないっ

 離せ!!
 
 離せ!!」

職員全員が注視する中、

司令は駆けつけたSPたちによって取り押さえられ、

そして、救護室へと搬送されていった。

すると、

「つっツルカメ彗星が…出現しました」

そんな騒ぎにもかかわらず索敵を行っていた職員が声をあげると、

「なにっ!」

その声にオペレーションルームに緊張が走る。

「ちっ地球から22天文単位、

 海王星と天王星のほぼ中間地点に出現、
 
 現在、太陽系中心に向け移動中です」

職員はモニターに探査機より捕らえた彗星の画像を写しだしながら説明をすると、

「短距離ワープかっ」

司令退席後、

その任を引き継いだ副指令が声をあげる。

「判りませんっ

 ただ、再出現後、
 
 ツルカメ彗星の速度は大幅に低下、
 
 消失前と比較して1/10以下になっています」

その声に職員は返事をすると、

「そうか、

 連合艦隊に通達!!

 急ぎ、艦隊を組成し直ちに出撃せよ!!!
 
 良いかっ
 
 これは地球の運命をかけた決戦である」

副指令はそうゲキを飛ばすと、

「はいっ!」

オペレーションルームに職員達の声が響き渡った。



『乙姫様ぁ、

 どうです?』

『うーん、困りましたねぇ…』

真奈美や乙姫が搭乗するスペースシャトル・隼は、

N2超時空振動弾の爆発に一度は飲み込まれたものの

進路が爆心地から外れていたため、

すぐに閃光から抜け出すと宇宙へと飛び出していた。

しかし、本来ハバククが操縦する手はずだったために、

目標が定まらない状態での半自動操縦で飛行を続けていた。

『はぁ…

 櫂たち、大丈夫かなぁ…
 
 あの爆発に巻き込まれてなければいいけど』

バニースーツを月明かりに輝かせながら真奈美は座り込むと、

『櫂の事です。

 大丈夫でしょう』

同じバニー姿の乙姫は笑顔で返事をする。

『でも…

 はぁ…
 
 まさか、こんな格好で宇宙旅行する羽目になるだなんて…
 
 もっと、ちゃんとしたものを着たかったわ
 
 あぁんもぅ恥ずかしい!!』

真奈美は顔を真っ赤にして俯くと、

『あら?

 そうですか?
 
 わたくしは普通だと思いましたが』

乙姫はキョトンとしながら返事をした。

『ふっ普通って…

 それって…』

乙姫の予想外の返事に真奈美は顔を上げながら冷や汗をかくと、

『あっあのぅ…

 お取り込み中、申し訳ありませんが…』

と海魔が話しかけてきた。

『なによっ』

海魔の声に真奈美は不機嫌そうに返事をすると、

『あっいえ…

 そのぅ…
 
 救難信号出してよろしいでしょうか?
 
 何しろハバクク様、ジラ様ともに不在の状況ですので、
 
 一応、あなた方の承諾を得ようと思いまして…』

と海魔は申し訳なさそうに言うと、

『そんなこと、そっちで決めなさいよっ

 もぅ、
 
 あたしと乙姫様はあなた方に誘拐されたのよっ
 
 それがここに来て、判断をしてください。
 
 なぁんて言われても…』

『はぁ…

 ただ、我々も困っているのです。
 
 ハバクク様に付いて従って来ましたが、
 
 ハバクク様はあの爆発で行方不明になるし、
 
 またジラ様も同じく音信不通…
 
 一体、私たちはどうしたら…』

怒る真奈美に対して海魔たちはさめざめと泣き出した。

『はぁ…

 なんか、左遷され地方に飛ばされたサラリーマンって感じね』

そんな海魔たちの姿を見ながら真奈美はそう呟くと、

『真奈美さん、

 この飛行機…シャトルでしたっけ、
 
 これ操縦できますか?』

といつの間にかコクピットに座る乙姫が真奈美に尋ねてきた。

『ちょちょっと、乙姫様っ

 あたしは高校生なんですよ、
 
 スペースシャトルの操縦なんて出来るわけありませんよ』

そんな乙姫に慌てて真奈美は否定すると、

『そうですか、

 月まで行けばカグヤに頼めるんですけど…』

真奈美の言葉に乙姫はそう呟く。

『あのぅ…カグヤって誰です?』

乙姫の言葉に出てきたその単語について真奈美が質問をすると、

『えぇ…

 あの月を治める女王です。
 
 たまに会ってお茶会をしているのですが…』

と乙姫はバレーボール大に大きくなった月を指さした。

『へ?

 月の女王?
 
 お茶会?
 
 乙姫様って宇宙は初めてじゃないのですか?』

乙姫の言葉に真奈美は目を点にしながら聞き返すと、

『はいっ

 これで、何回目になりますか、
 
 あっでも、このような小さな乗り物は初めてです』

と笑顔で答えた。



時を少し戻して、

N2超時空振動弾が炸裂する直前。

シュボッ!!

追尾するシーキャット目掛けて魚雷を放った百日紅はその成果を確認することなく

再び向きを変えると洞窟の奥へと進み始める。

「ふふふふ…

 誰にも邪魔はさせん。

 竜宮は私のものだ」

艦内に設置されたモニターに進み行く洞窟の様子が映し出されるのを見ながら、

玄光忠義はほくそえむ。

すると、

ズゴォン!

洞窟を進む百日紅を強烈な振動が襲った。

「なっ何事だ!!

 ネコの反撃か!」

振動に足をすくわれ、

尻餅をついた忠義は声をあげると、

「いえっ

 ネコの攻撃ではありませんっ
 
 艦内で爆発が発生した模様です」

と報告が上がる。

「ぬわにぃ!!」

その報告に忠義は怒鳴り返すと、

再び、

ズゥゥゥゥン!!!

百日紅の艦体が揺れ、

艦内の照明が激しく明滅した。

「忠義っ!」

「ご安心ください奥様っ

 この百日紅、
 
 深度1万メートルのマリアナ海溝の底でも余裕でお茶が飲める設計になっております。
 
 この程度の衝撃など蚊に刺されたようなものです」

うろたえる猿島雪乃に向かって忠義は胸を張って返答するが、

「動力炉付近にて爆発!!

 推進力50%ダウン!!」

の声が響くと、

「えぇいっ

 何をしておるっ

 サルが後ろに居るんだぞ!!

 さっさと原因を究明せんかっ!」

と怒鳴り声を上げた。



「退避ぃぃ!!!」

「サポート要員は安全室に全員退避!!」

「いそげ!!

 水が来るぞ!!」

2度目の爆発が発生した百日紅艦尾の動力炉付近では、

爆発によって生じた亀裂からの浸水にパニックに陥っていた。

「逃げろ!!」

「俺を置いていくなぁ!!」

悲鳴と罵声が飛び交い、

膝まで水につかりながらも要員たちは必死に逃げていく、

しかし、その惨状をほくそえみながら見つめる視線があった。

「ふふっ

 地上人とは不便なものだ、
 
 この程度の水でうろたえちゃって…」

パチャッ!!

乙姫配下の人魚戦士・サヤは朱色の鱗に覆われた尾びれで次第に上がってくる水面を叩く。

そして、浸水してくる水を巧みに使いサヤは百日紅に開いた亀裂のところに行くと、

「さぁて…

 ここから逃げ出すにはまだ穴が小さいか…」

穴の大きさがサヤが抜け出すには小さい事を確認した後、

 そーれっ

 もぅ一発!!」

と大きく振りかぶり、

海水を噴出す亀裂目掛けて光弾を放った。

その途端、

ズゥゥン!!

3度目となる振動が百日紅の艦体を大きく揺った。

一方、

「サルの動きが急に遅くなりました」

「なに?」

百日紅で発生した異変は百日紅が放った魚雷の回避を行ったために

洞窟より離れた位置を航行していたシーキャットにも知らされていた。

「そうか、

 ふふっ
 
 人を出し抜こうとするから罰が当たったのだ。
 
 おいっ
 
 このチャンスに何をしておる。
 
 さっさと原子(ハラコ)魚雷をサルに食らわしてやらんかっ」

百日紅の異変を知った猫柳泰三はそう指示をすると、

シャーッ!!

シーキャットは洞窟目かげて転進し、

そして、魚雷発射管の矛先を百日紅目掛けてセットした。

「くっくっくっ

 この猫柳泰三の顔を踏みつけた罪っ
 
 貴様らの命で償ってもらおうか…」

百日紅の後を追って洞窟内に入り込んだシーキャットの中で泰三はほくそえむ、

そして、時間にして17:55

「原子(ハラコ)魚雷っ

 発射!!」

泰三の声が響き渡ると、

シュボッ!!

先行する百日紅目掛けてシーキャットは原子(ハラコ)魚雷を放つのと同時に

フッ!!!

百日紅、シーキャット共に地球と竜宮とを隔てる亜空間に突入する。

「幻光様っ

 ネコが!!」

「なに?」

「ネコが我が艦に向けて魚雷を放ちました」

「なんだとぉ

 回避しろ!!
 
 囮の魚雷発射!!」

シーキャットが放った魚雷を百日紅が感知すると、

忠義の命令と同時に囮用の魚雷を放ち回避行動を取り始める。

「申し上げますっ

 サルは囮の魚雷を放ち回避行動を取り始めました!!」

「くくくっ

 いまさら無駄だ

 さぁ、さぁ!、さぁ!!」

百日紅の行動を泰三は笑いながら

自らが放った魚雷の成果を心待ちにする。

しかし、そんな彼らを襲ったのは



ズドォォォォォォォォォォン…



亜空間世界にセットされた特異点にて炸裂した、

N2超時空振動弾による衝撃波であった。

ドォォォォォォォン!!!

「うぉっ!!!」

「ぬわにぃ!!」

N2超時空振動弾の衝撃波はダイレクトに百日紅・シーキャットに襲い掛かると、

その特殊合金製の艦体を容赦なく翻弄する。

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!!」

まさに潜水艦もろとも巨大な脱水機に掛けられたかのような衝撃の中、

「えぇいっ

 ダッシュだ!!
 
 シーキャットの持てる機能を最大限に使え!!
 
 動力炉が焼ききれても構わんっ
 
 限界最大出力!!!
 
 ダッシュ!!」

必死に潜望鏡に必死にしがみつきながら泰三が指示を叫ぶと、

「限界最大出力

 ダッシュ!!」

艦長の貝枝はそう復唱しながらレバーを一気にレッドゾーンの一番下にまで引き下げる。

すると、

シュィィィン!!!!

シーキャットの艦体が青白く光り、

ズゴォォォォォォォン!!!

きりもみをしながら猛烈な勢いで飛び出した。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

たちまち艦内は総崩れになり、

文字通り目茶目茶な状態になってしまった。

一方、百日紅の方はさらに深刻な事態に陥っていた。

「幻光さまっ

 かっ艦体が裂けます!!」

「何とか出来ないのかっ」

「むっ無理です」

シーキャットと同様、

きりもみ状態に陥っていた百日紅だったが、

しかし、人魚のサヤが艦体に開けた亀裂が一気に広がり、

百日紅は真っ二つに折れかけていたのであった。

「忠義ぃ

 何とかするのです。
 
 不老不死になる前に死んでしまっては元も子もありません」

椅子にしがみつく雪乃は泣き叫びながら忠義に命じるものの、

しかし、この状態では手も足も出す事は出来なかった。

「くっそぉ!!!

(もはやこれまでか!!)」

歯軋りをしながら忠義が壁を叩くと、

カッ!!!

たまたま近くに流れてきた原子(ハラコ)魚雷が百日紅の艦体に反応し、

ドォォォォン!!!

至近距離で自爆する。

「うわっ!!!」

襲い掛かる衝撃に忠義は振り飛ばされるものの、

しかし、幸か不幸か、

その衝撃によって百日紅に逆の力がかかり、

翻弄されていた艦体が徐々に安定し始めたのであった。

ゴゴゴゴゴ…

「ん?

 振動が…」

「収まってきた?」

相変わらず振動は激しいものの、

しかし、何とか姿勢を維持してきた艦体に忠義以下、

皆がホッとするのも束の間。

「げっ幻光様っ

 ねっネコが急速接近!!
 
 うわっ
 
 ぶつかる!!!」

索敵をしていた担当が悲鳴を上げるのと同時に

ズドォォォォン!!!

ギュルギュルギュル!!!

百日紅と暴走してきたシーキャットは激突をすると、

回転しながら百日紅の艦体にめり込んだ。

そして、この衝突は当然、シーキャットにも跳ね返り、

ズドォォン!!

動力炉のコンデンサを吹き飛ばすと

シーキャットご自慢の電磁誘導システムに致命的な障害を引き起こさせる。

しかし、衝突をしてもスピードはさほど衰えることなく、

2つの潜水艦は一直線にある方向へと移動していき、

やがて、その先に壮麗な朱塗りの門…

そう、竜宮の門が姿を見せてきたのであった。



ドォォォォォォォォン!!!

門を閉じた竜宮の空に衝撃波が響き渡る。

「あの音は…」

その音に竜宮に戻っていたマーエ姫が驚くと、

「天界が注意するように言っていた爆発でしょうか」

と侍従たちは口をそろえた。

「そうですか、

 門はちゃんと閉じていますね」

「はいっ

 厳重な位に…」

「ならばいいです」

侍従たちの返事にマーエ姫は満足そうに頷くと、

「ところで、

 竜宮と地上とを結ぶ通路はちゃんと閉じたのか?

 あれも閉じなくてはならないのであろう」

話を聞いていたエマンが指摘すると、

「あっ!!!」

エマン以外の人魚達が一斉に驚いた声を挙げ、

その口を手でふさいだ。

「お前達…」

その様子をみたエマンは呆れながら手を額に添える仕草をすると、

「いっ急いで…

 閉じてきます!!」

そう声を残して侍従が飛び出そうとする。

ところが、

「たっ大変でーす!!!!」

その侍従を突き飛ばして別の侍従が玉座の間に飛び込んでくると、

「地上人達の物と思える物体が竜宮に接近してきます」

と声をあげた。

「なんだと」

「それは本当ですか?」

その声に皆が一斉に驚くと、

カッ!!!

ズドォォォォォン!!!

シーキャットが放った原子(ハラコ)魚雷の一発が竜宮の門に命中し、

石を積み上げて作った門柱を大きく破損させた。

「何事です!!」

竜宮中に響き渡った爆発音にエマンを声をあげると、

『ご報告!!!

 門が、
 
 門が、何者かの攻撃を受け破損しました!!』

被害を知らせる人魚が飛び込み状況を告げる。

『なんと!!』

その報告にさらに驚くと、

続いて2発目の爆発音が竜宮を揺るがせた。

『なになに?』

『逃げるのよ』

『どこに?

 宮殿に行こう』

『宮殿に避難よ』

響き渡った2回の爆発音に竜宮内の人魚達は驚き、

一斉にマーエ姫の居る宮殿へと向かい始めた。

『マーエ姫様っ

 人魚達が集まり始めました』

『わかっています。

 皆を収容しなさい。
 
 それと、残っている人魚たちも全員宮殿に集まるように布令を出すのです』

その報告にマーエ姫はそう決断を下すと、

竜宮内の人魚に召集を掛ける。

こうして、竜宮内の人魚達、

いや、竜宮を根城にしている聖魔達も皆宮殿に集まり、

ほぼ全員を収容したとき、

ボッ

シュォォォン!!!

亜空間より激突したままの状態で百日紅とシーキャットが飛び出すと、

スピードを落とすことなく竜宮の門へと接近する。

そして、

ゴンッ!!

ズガガガガガガガン!!!!

半壊している門に激突すると、

その衝撃によって門の鐘楼は一気に崩壊するが、

しかし、

ゴゴゴゴゴゴゴ!!!

ドゴォォォォォォン!!!

ゴガガガガガガガガガ!!!!

門の崩壊だけではシーキャットを止めることは出来ず、

門の部材と渾然一体となった塊の状態で、

竜宮本体に激突し、家屋などの地上構造物群をなぎ倒していく、

そして、その衝撃の中、ついに百日紅の艦体は2つに引き裂け、

また、シーキャットは倉庫群をなぎ倒した後、

竜宮の中央で聳える宮殿のふもとにふかぶかと突き刺さってしまった。

『きゃーっ!!』

『マーエ姫さまっ!!』

『だっ大丈夫ですっ

 落ち着くのです』

衝突の衝撃は宮殿を激しく揺さぶるが、

しかし、潜水艦の爆発と言った最悪の事態は起こらなかったので、

若干のけが人を出しただけで宮殿はその威容を保っていた。

しかし、

『みっ見て!!』

『う・・・・・・・・・・』

これまで平和に暮らしてきた人魚にとって天変地異に等しい惨状に声を失い、

大きく破壊されてしまった竜宮の姿を呆然と眺めていた。



つづく





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