風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第36話:出撃】

作・風祭玲

Vol.484





「あれ?

 お母さん?」

水城家に香奈の声が響き渡ると、

「どうしたの?

 香奈…」

洗い物をしていた綾乃の手が止まる。

すると、

「成行のおじさんの姿が見えないんだけど…」

と香奈はキョロキョロしながら綾乃に尋ねた。

「え?

 いないの?」

香奈の言葉に綾乃は驚きながら聞き返すと、

「うん」

香奈は二つ返事で答える。

そして、香奈と二人で成行の姿を探してみるが、

しかし、成行の姿も助手のバニーガールの姿もどこにも見当たららず、

「一体…どこに行かれたのかしら…」

綾乃は文字通りぷっつりと姿を消してしまった成行の身を案じた。



ちょうどその頃、

「博士ぇ…」

「なんじゃ」

成行と助手のバニー1号は街をさ迷い歩いていた。

「疲れましたぁ

 一休みしましょうよ」

コツコツ

バニースーツに編みタイツ姿のバニー1号がハイヒールを鳴らしながら、

疲れたような素振りを見せながらそう訴えると、

「そうじゃなぁ…」

成行は相変わらず空を覆ったままの黒雲を見上げながら、

「よし、そこの公園で一休みするか」

とバニー1号に告げた。

「やったぁ」

成行のその声にバニー1号は手放しで喜ぶと、

「じゃぁ、急いで支度しますね」

と言い残し、

テキパキと公園内の一角に赤い脚敷きを引き、赤い和傘を広げ、

あっという間に野点の準備をし終えてしまう。

「さぁ、博士っ

 どうぞ」

「おぉ、

 相変わらず手際が良いなぁ」

瞬く間に出来上がった野点のセットに成行は目を細めながら座ると、

シャッシャシャッ!!

ハイヒールを脱いだバニー1号は正座をすると茶せんでお茶をたて始めた。

「どうぞ」

「むっ」

ズズズ…

出された茶碗をすすりながら成行がお茶を味わうと、

「ふむ…

 バニーの立てるお茶は格別じゃのぅ」

とお茶を評した。

「ありがとうございます」

「うむっ」

侘と寂が奏でる和の雰囲気が公園の一角を染めていくなか、

「ねぇ博士」

とバニー1号が成行に尋ねた。

「なんだ?、

 バニー1号」

平和なひと時を満喫しながら成行が聞き返すと、

「どうして、水城さんに黙って出てきちゃったんですか?」

とバニー1号は成行が水城家の誰にも話さずに家を出た理由を尋ねた。

「ん?

 あぁ、そのことか」

ズズー

っと茶をすすりながらそう返事をすると、

「うむ、

 良い質問だ、

 なぜ、私があそこを出たのか、

 それは…」

と言ったところで区切る。

「それは?」

返答を区切られたバニー1号は身を乗り出して尋ねると、

「それは…

 まぁなんだ

 ワシの居場所が無いからじゃ」

と成行はあっさりと続きを言った。

「はぁ?」

その返事にバニー1号は眉間に皺を寄せると、

「まぁ、そんな顔をするな、

 ワシには一箇所にとどまるのがどうも苦手でのぅ…」

と理由を付け足す。

「でっでも、

 博士、

 バニー砲を作っているときは研究所に篭っていましたよ」

成行の返答を聞いたバニー1号は、

彼の画期的発明である、バニー砲発明の経緯をあげて聞き返した。

「あぁ…

 アレか

 そうだなぁ

 まぁなんじゃ、

 何かを作り上げるときは、集中できる環境が欲しくてとどまるが、

 しかし、普段はこうして流浪の旅をしているのはワシの性に合うんじゃ」

とバニー1号の質問に答える。

「はぁ

 そう言うものですか…

 ところで、博士

 一度聞いてみたいと思っていたのですが」

と切り出すと、

「ん?

 なにかね?」

茶碗を抱きかかえ成行が聞き返す、

すると、

バサッ…

バニー1号はやおら分厚い資料を取り出し、

「このバニー砲の原理なんですが、

 わたしには一つ理解できないところがありまして、

 バニー砲のエネルギー源である小型魔導炉…

 この魔導炉のエネルギー算定式の中にある第1次変換式

 この解法なのですか…」

と成行に質問をした。

「ふむ、

 よい質問じゃ」

バニー1号の質問に成行は頷くと、

「この算定式はじゃのぅ」

と解説を始めだす。



ゴロゴロゴロ…

昼下がりの公園に雷鳴がとどろき渡る中、

「と、言うわけで、

 この解はこうなって、

 こうなるというわけじゃ、

 判ったかな」

成行は一通り説明をしたのち、

改めてバニー1号の理解を尋ねたが、

「はぁ」

バニー1号はただ首を捻るだけであった。

「ほっほっほっ

 まぁ無理もない、

 ワシのこの理論を理解できたものは様々な世界の中でも5人しかおらん」

とバニー1号の様子を見ながら胸を張った。

「はぁ…(様々な世界?って)」

胸を張る成行の姿を見ながらバニー1号は彼が言った言葉の意味を勘繰ると、

ドドーーーン!!

一際大きな雷鳴が鳴り響いた。

すると、

「ふむ、

 N2超時空振動弾の発射が遅れているようだな…

 スケジュールが遅れいるいうことは…

 あの女神め、何かヘマをしたな…

 一度、イグドラシルのメンテをしたほうが良いかもな」

と空を見上げながら成行は呟く。

「博士?

 なんです?

 その超ナントカ弾とかイグナントカというのは…」

成行が呟いたその言葉にバニー1号が尋ねると、

「ん?

 はっはっはっ

 イグナントカではない、

 イグドラシル…イグドラシルシステムじゃ、

 なぁに、昔、ワシが作った万能型管理システムでな、

 松・竹・梅

 この3台のウルトラコンピュータで下位システム・MAKIを

 同じく、雪・月・花の3台で上位システム・MAGを形成する2段構成になっておってな、

 それは美しいシステムだったぁ…

 アレを作ってから、どれくらいが経っただろうかのぅ…」

「はぁ」

「で、その後は魔導炉の開発に専念し、

 最初は大型で大出力の魔導炉を、

 そして、その後はこのバニー砲にあるような小出力・携帯型の魔導炉の開発をしたのだ」

「はぁ…

 でも、これほどのものを作ったのに、

 どうしてノーベル賞を狙わないのですか?」

成行の輝かしい功績を聞いたバニー1号はふと尋ねると、

「ふんっ

 この世界の人間ではわしの発明品の真の評価は出来ない」

と成行は言い切った。

「はぁ…」

その言葉にバニー1号は呆気に取られると、

「さて、バニー1号、

 出かけるぞ!」

と成行はそう言いながら、

スクッ

と立ち上がった。

「あっ、あの、どちらへ?」

大慌てで片付けながらバニー1号が行き先を尋ねると、

「巫女神家じゃっ

 そこで、いまワシを必要としておる!!」

成行は街のある一点を指さしてそう言い切ると、

雷光が明滅をする空の下を一路巫女神家へと向かっていった。



「へぇ、以外と大騒動だったのね…」

櫂が猿島家諜報部隊・モンキースィーパーが水無月高校で起こした騒動のことを説明した後、

その顛末に夜莉子が驚くと、

「そうなんだ

 もっとも、そのとき僕も巻き添えになってバニーガールになってしまったんだけどね」

と櫂は自分もバニーガールになってしまったことを言う。

すると、

「へ?

 人魚のバニーガールですか?」

櫂の言葉に夜莉子は驚きながら聞き返した。

「え?

 あっ

 あぁ

 この身体ではありませんよ、

 そのときはちゃんと2本足で立っていましたから」

驚く夜莉子に櫂はピチッ!と尾びれで床を叩きながら説明をすると、

「そうよねぇ…

 人魚でバニーなんてなんかおかしいものよねぇ」

櫂の説明に夜莉子は大きく頷き、

「海魔・猫柳・猿島…

 あたし達にはどうも敵が多そうですが…」

と沙夜子が口を開いた。

「そうですが…とは?」

含みを持たせた沙夜子の言葉に話を聞いていた藤一郎が聞き返すと、

「これを…」

と言いながら沙夜子は水没を免れたTVのスイッチを入れた。

少し間をおいて、

『……太陽系に接近中のツルカメ彗星ですが、

 このところの悪天候ですっかりご無沙汰になっています。…』

とレポーターが天文台からのリポートを放送しているシーンが映し出されると、

「あっケーブルTV、

 水に浸かっても生きていたんだ、

 もぅこの雲が覆ってから普通の番組の映りが悪くて…

 あぁ…良かったぁ」

とTVが無事点いた事に夜莉子がホッとした仕草をする。

すると、

「なに暢気なことを言っているの?

 気をつけて、

 いまは空のせいもあってあまり感じないけど、

 この彗星からはすごい邪気を感じるわ」

とはしゃぐ夜莉子に沙夜子は一言注意をした。

「邪気って…

 小夜ちゃん、

 あれは星よぉ?

 星に邪気なんてあるわけないでしょう?」

沙夜子の警告に夜莉子は呆れながら反論すると、

「…本当にただの星ならね」

と沙夜子は呟く。

「星じゃない。のですか?」

その会話を聞いていた櫂が聞き返すと、

「えぇ…

 あの星の中には城があり、

 そして人が居ます」

櫂の質問に沙夜子はそう返事をすると、

ジッ

っと画面に映し出されるツルカメ彗星の姿を見つめた。

「城が…

 それに人って…

 ってことは、あの彗星は人工のモノなんですか?」

沙夜子の説明に藤一郎が驚くと、

「なぁに、驚いているんだよ、犬塚、

 お前んちの別荘、

 DEJIMAにもあるんだろうが」

と海人が茶化した。

「なっ

 おいっ

 なぜお前がDEJIMAを知っているんだ?」

海人の口から出たDEJIMAと言う言葉に藤一郎が突っかかると、

「出島って、

 あの、長崎の出島ですか?」

と夜莉子が聞き返す。

「違う違う、

 長崎の出島ではなくて、

 地球のDEJIMAだよ、

 お前達は知らないだろうけど

 月の裏側に巨大なコロニー群があって、

 そこで、宇宙人と商売をしているって話だ、

 なっ藤一郎?」

「うっ」

まるで秘密を話す子供の様にはしゃぎながら海人が説明をすると、

彼のその言葉に藤一郎は返答を詰まらせる。

「なぁに、そんな顔をするな、

 別に情報が漏れたわけではない。

 竜宮に関係する者は誰でも知っていることだし、

 そこにいるカナは異世界からやってきた人魚・マーエ姫と接触をした。

 それに、これからの戦いにはその巫女神さんも絡んでくるからな、

 一応、俺達の世界の裏で進んでいることも知ったほうが良いんだよ」

海人は悪びれずにこの場にいる者たち一人一人を見ながらそう言う。

「………」

無言の時間が過ぎた後、

「ふぅぅん…

 なんかSFじみた話だけど…

 でも、ありえるかもね…」

静寂を突き破るかのように沙夜子が声を上げ、

「現実はSFを凌いでいるわけ、ということよ」

と夜莉子に同意を求めた。

ところが、

「うん…」

夜莉子はなにやら思いつめたような顔をすると、

「あっあのさ…」

と尋ねる。

「ん?

 なに?」

夜莉子のその言葉に皆が一斉に彼女を注目すると、

「行く前に宇宙服って用意したほうが良いのかな?」

と皆の視線を一身に浴びて夜莉子は尋ねると、

「あのねぇー!」

その直後、沙夜子の怒鳴り声が響き渡った。



「もぅ小夜ちゃんったら、そんなにムキになって怒鳴らなくても…」

指で耳を塞ぎながら夜莉子が抗議すると、

「そんな心配はしなくて良いの!!

 もぅ夜莉ちゃんたら、

 何を言い出すのかと思えば…

 あぁ恥ずかしい…」

沙夜子は顔を真っ赤にして強い調子で言う。

「恥ずかしい…って

 そんなぁ」

沙夜子の言葉に夜莉子は口を尖らすと、

「まぁまぁ

 姉妹げんかはその辺にして…」

と藤一郎が割って入った。

「よっ

 女性に優しい藤一郎君!!」

そんな藤一郎の姿を海人がすかさず茶化す。

「聞き捨てなら無いな今のセリフは…」

海人の茶化しに藤一郎が食って掛かると、

「大丈夫かなぁ…

 こいつらと組んで…」

そんな姿を見ながら櫂は額に幾本も線を流しした。

そのとき、

「うんうん

 元気があってよろしい」

という老人の声が響き渡った。

「誰?」

「誰だ!」

響き渡ったその声に皆が一斉に反応をすると、

バン!!

閉じられていた襖が勢い良く開き、

白衣を着た老人が姿を見せた。



「誰?」

その姿を見た海人や沙夜子は思わず尋ねると、

「あっ

 あぁ!!」

櫂一人が声を上げ、老人を指差す。

「カナさんの知り合いなんですか?」

それを見た夜莉子が櫂に尋ねると、

「なりゆき任せ!!」

と櫂は老人に向かって叫んだ。

「なりゆき任せ?」

「なりゆき任せって…

 なんか無責任な響きですが…」

そんなことを言いながら皆が老人を見つめると、

「ふっ

 誰がなりゆき任せだ」

老人はサッと髪を整え、

「教えてやろう、

 私の名前を…

 良いかっ

 わしの名前は…」

と名乗り声を上げると、

ズザザザザザ!!

いきなりバニースーツを身に着けたバニーガールが滑り込むようにして現れ、

「究極のバニーを追い求めて世界を駆け巡る天才科学者・成行兎乃助ででーす」

と手にしたボンボンを振りながら老人を盛り立てるかのように紹介をした。

ひゅぅぅぅ…

言い様も無い間と、一陣の風が部屋の中を吹き抜けていく

コチ

コチ

コチ

秒針が時を刻む音が響く中、

「…なぁ知っているか?」

と沈黙を破って海人が藤一郎に話しかけると、

「さぁ、初めて聞く名前だ」

話しかけられた藤一郎も頷きながら返事をする。

「小夜ちゃぁん、知っていた?」

「うぅん、あたしもはじめて聞く名前ね」

海人と藤一郎との会話を聞いた夜莉子が沙夜子に話しかけると、

沙夜子も首を横に振る。



ジトッ

櫂を除く全員の冷たい視線が成行に浴びせられる中、

「ふんっ」

そんな視線を成行は鼻息一つで払うと、

「さて」

と言いながら腰を落とした。

「さて?」

成行が告げたその言葉に海人たちが顔を見合わせると、

「…お前達、…

 これから乙姫の奪還に向かうのであろう?」

と問いただした。

「え?」

成行の口から出た言葉に沙夜子が驚くと、

「あっそうか」

それを聞いた櫂が声をあげ、

「母さんから聞いたのですね」

と聞き返す。

しかし、

「いや、お前の母親からは何も聞いてはおらん、

 でも、わしにはこの星で何が起きているのか、

 その全てがわかるのだ!」

成行はそう言い放つと威厳をかもし出すように腕を組んだ。

「だってぇ?」

「ほんとに?」

そんな成行の言葉に沙夜子と夜莉子はヒソヒソ話をすると、

ジロッ

成行は沙夜子の方を見るなり、

「巫女神沙夜子だな

 お前はいま乙姫の居る所を把握しているな」

と指摘する。

「え?

 えぇ?

 でも、何でそれを」

成行の言葉に沙夜子が驚くと、

「ふんっ

 それくらい目で見れば判るわ、

 さて、で、何で行くつもりだ?」

と成行はいま乙姫が囚われている場所へ行く方法を尋ねた。

「え?

 そっそれは蒼王鬼で…」

成行の質問に沙夜子は猫柳家に押しかけたときに使った、鬼・蒼王鬼で向かうことを呟くと、

「そんなもんで向かっては間に合わないぞ」

と成行は断言した。

「間に合わない?」

「間に合わないって?」

成行が言ったその言葉に皆の注目が集まると、

「ん?

 わからんのか?
 
 沙夜子、乙姫はいまどういう状況にある?」

成行はそう答え話を沙夜子に振った。

「え?

 あっ…」

成行に話を振られた沙夜子は一瞬キョトンとすると、

「そっそれは

 えっえぇっと、

 うん、

 そうなのよ、

 乙姫様の奪還は時間が余り無いの」

と慌てふためきながら返事をする。

「時間がない?」

沙夜子のその言葉の意味を櫂が尋ねると、

「うんっ

 乙姫様がいま居るところが種子島と言う島で」

と沙夜子は乙姫の居場所について答えた。

「え?

 乙姫様…種子島にいるのですか?」

乙姫が九州の南に浮かぶ種子島にいることを櫂が驚くと、

「でも、なんで、種子島なんかに?」

と夜莉子が沙夜子に尋ねた。

「種子島と言ったら…」

それを聞いていた藤一郎が考えをめぐらすと、

「1543・鉄砲伝来か?」

と海人が答える。

「おいっ!」

「なんだよっ」

「人が真面目に考えているのに茶化すな」

「悪かったな!!」

再び始まった海人と藤一郎とのケンカを横目に、

「あっ!」

何かを思いついた櫂が声を上げ、

「大日本宇宙センター!!」

と答えた。

「大日本宇宙センター?」

櫂が上げた声に全員が振り返ると、

「うんっ

 種子島には日本初のスペースシャトルがある」

「そっか、シャトルか」

「確かに猿島なら国に横車を押してシャトルを飛ばすだけの力はあるが、

 でも、どこに行く気だ?」

話を聞いていた藤一郎が聞き返すと、

「それは…」

と答えたところで櫂の口が止まってしまった。

すると、

「DEJIMAか?」

すかさず海人がその答えを言う。

「DEJIMAって

 まさか、

 乙姫様やマナを宇宙人に売ってしまうの?」

海人の言葉に櫂がアップになって迫ると、

「それは、判らない。

 でも、シャトルで行くとしたらDEJIMAしかないだろう?」

と海人は答えながら、迫る櫂を押し返した。

「そんなぁ」

ペタン!!

ショックを受けた櫂がガックリと尾鰭を下げてしまうと、

「おいっ

 いくらなんでも言いすぎではないか?」

と藤一郎が海人に注意をした。

「さぁな、

 俺は楽観主義じゃないんでね」

藤一郎の言葉に海人はそう返すと、

「ならば、そのシャトルが出発する前に奪い返せばよかろう」

といつの間にか湯気が立つ湯飲みを啜っている成行がそう呟いた。

「あっいつの間に?」

湯飲みを見た沙夜子が声を上げると、

「小夜ちゃん、

 すぐに蒼王鬼で行こう!」

と夜莉子が叫ぶ。

すると、

「まぁ、落ち着け」

成行が皆を制すると、

「おいっ、散々煽っておいておきながら何を落ち着いているんだ」

苛立つように藤一郎が怒鳴る。

「別に煽ってはせん。

 第一、頭に血が上った状態で飛び出していっても要らぬ怪我をするだけだ。

 沙夜子、その蒼王鬼という奴はどれ位のスピードが出る?」

皆を制しながら成行は沙夜子に蒼王鬼の速度について尋ねると、

「え?

 えぇ…っと、

 どれくらい出るんだっけ?」

予想外の成行の質問に沙夜子が呆気に取られると、

「速度がなにか?」

と櫂が訳を聞いた。

「ん?

 判らんのか、

 ここから種子島までどれくらいある?

 ちょいと出かける程度の距離ではないぞ、

 天界の規制で竜王の神通力は事実上封じられているし、

 人魚のおまえさんはここから水の道を作ることは出来ないだろう?」

成行がそう指摘すると、

「あっ」

それを聞いた櫂と沙夜子が声を上げた。

その一方で、

「本当に、おじいさんって物知りなんですね…

 あたし達のことをみんな知っている…」

次々と問題点を指摘する成行の姿を見ながら夜莉子は関心をしていた。

「さてと」

そんな者達を横目に見ながら、改めて成行は藤一郎を見ると、

「お前…

 早く飛ぶ飛行機を持っているな」

と告げると、

「ふんっ

 それもお見通しというわけか」

皮肉を込めて藤一郎が呟いた。

「いまは、ここに居る者達の力よりもお前の力の方が当てにできるからな」

藤一郎の言葉に成行は煽てるかのように言う。

「俺を煽てても何も出ないが…」

そんな成行を見ながら藤一郎は徐に携帯電話を取り出し、

「藤一郎だ、

 コレクションのSR−71を至急準備しろ」

と命令をした。



「さて、じゃぁ、出撃ということになるかのぅ」

成行のその言葉に全員が頷くと、

「とっとにかく急ごう!!」

と櫂がそう言いながら身体を浮かした途端、

「え?

 うわっ!」

ビターン!!

バランスを崩すとそのまま倒れ、床に顔面を強打してしまった。

「まったく…

 人魚の身体のまま立ち上がろうとするからだ、

 人間になれないのか?」

そんな櫂の姿を見ながら海人は呆れながら指摘すると、

「だって…

 竜玉に力が無いんだもん」

と顔面を抑えながら櫂はそう訴える。

「世話の焼ける奴だ、

 おいっ

 竜玉を出せ」

「え?」

海人の言葉に櫂は驚くと、

「なにをしている

 俺が力を分けてやる」

驚く櫂に海人はそう告げた。

「でっでも…」

竜王の言葉に櫂は顔を赤くしながらモジモジすると、

「だって、

 竜王から力を分けてもらうう時って…

 その…

 ”し”なくてはいけないんでしょう?

 …まだ心の準備が…」

と訳を話す。

その途端、

「ふぅぅん、そういうこと…」

「ハーレムってワケなのね」

「うむ、元気があって良い!!」

「え?

 はぁ?」

周囲の冷たい視線を一身に浴びた海人が呆気にとられると、

すぐに、

「ばっ馬鹿野郎!!

 こんなときに変なことを言うなっ!

 只でくれてやるよ

 俺には有り余るくらいあるんだから!」

顔を真っ赤にして怒鳴った。

「だってぇ、小夜ちゃん」

「うんっ、

 きっと、後でホテルに連れ込む気よ」

「うわぁぁ…小夜ちゃんのエッチぃ

 でもさ、人魚ってどんな風に”する”のかなぁ…」

「ちょちょっと、

 何を考えているのよ、夜莉ちゃんったら」

「いいじゃないのよっ

 ねぇねぇ、カナさん、

 人魚って…実際のところどうなの?

 人間と一緒?」

「え?

 いっいや、それは…」

妙に盛り上がった沙夜子と夜莉子が櫂に話しを振ると、

櫂は困惑をしながら手を横に振る。

すると、

「うぉほんっ」

咳払いの声が響き渡り、

「乙姫を助けに行くのではなかったのか?」

と成行が指摘をした。



キィィィン!!!

犬塚私設空軍基地にブラックバードことSR−71がタービン音を響かせ待機していた。

「うわぁぁ…

 面白い飛行機」

普通の飛行機を扁平につぶしたようなその独特なフォルムに夜莉子が声を上げると、

「SR−71、米軍が誇る超音速偵察機、

 J58型ターボジェットエンジンを2機搭載し

 その最高速度はマッハ3.3!」

と自慢げに藤一郎が説明をする。

そして、説明をしながら

「あぁ…

 本当なら、僕と水姫さんの二人っきりでフライトを楽しもうと思っていたのにぃ…」

と悔しそうな顔をしながら振り返ると、

「え?」

藤一郎の後ろには合流した水姫一人だけの姿があり、

その水姫は無言で飛行機を指していた。

「なに?…」

水姫の仕草に藤一郎は視線をSR−71へと向けると、

「おーぃ!

 藤一郎!!

 席が足りないぞぉ!!」

と搭乗口から海人が顔を出すと藤一郎に向かって叫んだ。

「まっまさか、お前ら…

 全員乗る気か?」

震える指を指しながら藤一郎が声を上げると、

「当たり前だろう」

海人は返事をする。

「あのなぁ!!

 SR−71は定員2名だ、

 それを無理して3名にしているんだから全員が乗れるわけ…」

そんな海人に向かって藤一郎が言い返そうとしたとき、

「色々といらないものがあったから、

 それをみんな捨てて、全員分の席を作っておいたぞ。

 さぁ行こうか」

と成行の声が追って響いた。

「え?

 ちょちょっと待て!!」

その声に藤一郎が顔を青くしてSR−71の機内に飛び込むと、

「うわぁぁぁぁ!!」

内部を見て悲鳴をあげた。

「うむ、一応、生命維持に必要な機材と、

 あと、わしが開発した高性能の空調設備を取り付けておいたから、

 マッハ2だろうが3だろうが余裕でお茶が飲めるぞ」

「へぇそうなの?」

「ねぇ早く行こうよ」

「そうだね」

呆然とする藤一郎を尻目に成行がそう説明すると、

彼が増設した席についていた夜莉子や沙夜子、

そして、人間の女性の姿になっている櫂が声をかける。

「ぼっ僕の飛行機が…

 僕のSR−71がぁぁぁ!!」

藤一郎は機内の惨状に頭を抱えると、その場に突っ伏してしまった。



「では、若っ発進します」

水姫を含めて全員の搭乗着席後、

操縦桿を握るパイロットが藤一郎に指示を尋ねると、

「うむっ

 頼む」

相変わらず突っ伏したままの藤一郎に代わって成行が返事をする。

すると、

「こらぁ!!

 この飛行機は僕の飛行機だ、

 勝手に命令をするな!!」

と起き上がった藤一郎は怒鳴るが、

すでにSR−71はタラップを離れ、

滑走路へと引き出されていた。

「一気に成層圏まで上がりマッハ2まで加速します。

 皆さん、酸素マスクを付けてください」

パイロットのその言葉が響くと、

「え?

 おっおい」

驚く藤一郎をそのままに

ゴォォォォォォォ!!!

犬塚家私設空軍基地にJ58ターボジェットエンジンの轟音が響き渡ると、

グォォォォォン!!

午後4:00

巨大な怪鳥が一路種子島へ向けて飛び立って行った。

そして、

グンッ加速が掛かる中、

「マナ…待ってろ…いま助けに行ってやるからな」

加速のGに耐えながら櫂は櫛を握りしめそう呟いていた。



その頃、

「おいっ、いまどの位置にいる」

シーキャットの中で猫柳泰三の声が響き渡ると、

「はっ

 莉島の南、約50kmのところに来ております」

と貝枝が現在位置を報告した。

「なにっ?」

それを聞いた途端、泰三のこめかみにしわが寄ると、

「まぁまぁ

 短気は損気…
 
 急がば回れとも言いますよ」

そんな泰三をみた原子力(はらこ・ちから)博士が声をかけ、

「敵が油断をしたときを見計らって原子魚雷を撃ち込んでみては如何ですかな?」

と提案をした。

「博士に作戦を指示されるいわれはない」

原子の提案をいったんは泰三は退けるが、

「いやっ

 そうだな、確かに博士の言う通りかも知れないな」

と考えを改めると、

「おいっ

 サルは何処にいる?」

泰三は猿島の潜水艦・百日紅の場所を尋ねた。

「はっ、莉島の東南東・約30kmのところを北上しております」

泰三の問いにそう返事が返ってくると、

「北上だとぉ?

 我々に背を向けているのか」

と貝枝が尋ねた。

「罠か?」

「それとも、諦めたのか」

百日紅の行動に泰三が首を捻ったとき、

「かっ会長!!」

血相を変えて青柳が艦橋に飛び込んできた。

「何事だ!!」

青柳の行動に泰三が訳を尋ねると、

「たっ探査機が

 回収をしなかった探査機が

 竜宮を発見致しました!!」

と声をからしながら青柳は報告をした。

「なに!?」

「本当か?」

青柳からのその報告に艦内は一斉に色めき立った。



つづく




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