風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第35話:全員集合】

作・風祭玲

Vol.481





「竜王?」

「そうです…

 人魚達の長・竜王です」

威厳を漂わせながらマーエ姫は竜王のことを告げると、

「そっか…乙姫様が探し続けていて、

 見つけた人ですよね…

 そんなに凄い人なんですか?」

と櫂は聞き返した。

「えぇ…

 無論、わたしも会ったことはありませんが、

 あなた方の竜玉の力の源にもなっているのです。

 ですから、直ぐに竜王殿の所に行きなさい」

マーエ姫は櫂にそう言うとクルリと背を向け、

「水の道を開きます。

 後についてきなさい」

と言い残して再び竜宮の中へと入って行くと、

「あっ待って…」

櫂もマーエ姫の後を追い竜宮に中へと戻っていった。

 

「ここは?

 宝物庫…」

マーエ姫の後を追って櫂が来たところは竜宮の宝物庫であった。

「そういえば…

 ここで色々あったんだよなぁ…」

かつてこの場所で海魔と戦ったことを思い出しながら櫂が泳いでいくと、

「あれぇ?

 確かここにあるって聞いたんだけど…」

マーエ姫の声が響いた。

「どうかなさったんですか?」

その声に櫂が泳いでいくと、

ガタガタガタ!!!

目の前に積み上げられていた箱が突然崩れ落ち、

櫂に向かって倒れてきた。

「うわぁぁぁぁ!!」

スローモーションの様に崩れ落ちてくる箱を前に櫂は金縛りにあったように動けなくなると、

グイッ!!

いきなり櫂の腕が引かれ、その場から引っ張り出された。

「え?

 あっ」

突然のことに櫂は呆気に取られていると、

「なにつっ立っているの?

 陸の上とは違って、竜宮ではゆっくり落ちてくるんだから、

 直ぐに逃げなさいよ」

マーエ姫の声が響いた。

そして、

「もぅ、

 ちょっとぶつかった位で崩れるだなんて」

と文句を言う、

「(さっきと全然雰囲気が違う…)

 いっ一体何を探しているのですか?」

さっきまでの威厳が消えうせたマーエ姫に櫂は戸惑いながら探し物の事を尋ねると、

「水の道を開くための扉よ、

 以前来た時、乙姫様に水の道を作る扉を渡したんだけど、

 ここに仕舞ったまま見つからなくなったって言っていたのよ」

とマーエ姫は答え、箱が崩れた跡に戻り再び探し始めた。

そして、

「もぅどこなのかしら」

と髪を振り乱しながら箱を片っ端から開けていく、

「ふぅぅん

 扉ねぇ…」

そんなマーエ姫の姿を櫂は横目で見ていると、

キラッ

「ん?」

崩れ落ちた箱と箱の間に光るものがあることに気づいた。

「なんだ?

 これ?」

光るものに妙に惹かれるような感じがして櫂が拾い上げると、

それは櫛だった。

「櫛?」
 
普段、お店などで見られるような櫛ではなく、

半円形に漆が塗られた如何にも年代物と言わんばかりのその櫛を櫂が不思議そうに眺めていると、

ふと、以前乙姫が見つからないと言っていた、真奈美が持ち込んだ藍姫の櫛のことを思い出した。

「まさか、藍姫の櫛では…」

櫛を見つめながら櫂はそう思っていると、

「あったぁ!!」

宝物庫の中にマーエ姫の声が響き渡った。

「見つかりましたか」

マーエ姫の叫び声に櫂は櫛を持ちながらマーエ姫に近寄ると、

「うふふ…

 よっく見てなさい」

マーエ姫は箱の中より取り出したパーツをリング状に組み立てて見せ、

「じゃーん

 さっコレで準備完了

 ささっ

 カナさん、この中をくぐって見て」

と言いながらリング状に組み立てた”扉”を掲げた。

「え?

 それをくぐるのですか?」

ただのリングに見える”扉”を指差しながら櫂は驚くと、

「そうよ」

マーエ姫はしれっ答え、

「さぁ潜って」

と櫂に催促をした。

「うっ

(これじゃぁ、まるで水族館のイルカのショーじゃないか…)」

櫂は水族館などで行われるイルカの輪潜りを思い浮かべると、

「ほらっ、

 乙姫様を迎えに行くんでしょう?」

半ば痺れを切らせたようにマーエ姫は櫂のお尻を叩く。

「…仕方が無いなぁ」

そんなマーエ姫の言葉に櫂は意を決すると、

少し間をあけて、

「じゃぁ行きますよ」

と声を上げた。

すると、

「はーぃ、

 どうぞー」

一方で櫂を待ち受けるマーエ姫は手にした扉を上下に軽く振りながら、

明るい声で返事をする。
 
「………ひょっとしてバカにされているのかな…」

彼女のそんな行為に櫂はそう思いながら、

ビシッ

床を尾鰭で叩き、一直線に扉目掛けて突進し、

スルッ

マーエ姫が掲げた輪を潜った。

すると、

「はーぃ、いってらっしゃーぃ」

と言うマーエ姫の声共に、

ゴォッ

「うっうわっ!!!」

突然、正面に姿を見せた暗い闇の中へ櫂は吸い込まれてしまった。



「RL338PMQ248内にて次元通路が開らかれました」

櫂が扉を潜った途端、

天界・時空間管理局に次元通路が開かれた旨の報告が響いた。

「え?」

その声に黒髪の女神が驚きながら

メインパネルの隅に映し出されている時計を見ると、

「あっそっか…

 お昼過ぎているんだ…」

と呟く。

「なに?

 次元通路開いた奴がいたの?」

そのやり取りを見ていた銀髪の女神が話しかけると、

「うん、

 規制はお昼までって案内を流していたから、

 延長になったことに気がつかないのが居たみたい」

と黒髪の女神は答える。

「どうするの?」

「どうするって」

「規制が延長になったことを知らずに

 次元通路やらいろんなものを開ける輩がウジャウジャ出てくると思うから、

 その辺、キチっとしないと」

「判っているわよ、そんなこと

 とにかく、警告レベルを1ランク上げて、

 そして規制はまだ続いている。ってことを周知徹底しなさい」

と銀髪の女神に突っつかれるように黒髪の女神は声を上げると、

「はいっ」

その指示に即座に返事が返った。



「まったく、いつまでここに居るんだよ」

海人が目を覚ましてからすでに4時間近くが過ぎ、時間は昼を回っていた。

「ちょっと静かにしなさいよ

 小夜ちゃんが集中できないでしょう」

マイの泉より巫女神家に上がり込んで来た海人を窘めるように巫女神夜莉子が声を上げるが

「………」

しかし、その一方で巫女神沙夜子がはそんな海人を無視するかのように

祭壇に向って正座すると、ジッと手を合わせひたすら探査術を使っていた。

「けっ

 モタモタしやがって」

そんな沙夜子の姿を見ながら海人は悪態をつきながらも待っていた。

カチ

カチ

無言の時間を刻むように時が過ぎていく、

「もぅ待てない!

 俺は独りで行くぞ」

待つこと1時間、ついに痺れを切らした海人が声を上げると、

「どこに?」

そんな海人に夜莉子は行き先を尋ねた。

「おっ乙姫のところに決まっているだろう?」

「乙姫様がいま居る場所は判っているの?」

「そんなの飛べば判る」

「あら、飛べるの?」

「いちいち煩いな

 そんなもん、やってみなければ判らないだろう?」

「ふぅぅぅん

 折角、蒼王鬼に乗せてあげようと思ったけど、

 やめたわ。

 まっ行くのはいいけど、

 でも、ここからはヤメテね、

 万が一あんな落雷があったらたまったものじゃないから」

息巻く海人に夜莉子は冷たく言い放つと、

「なっなんだよっ

 あーそですか

 判ったよ、

 ふんっ」

夜莉子のその言葉に海人は臍を曲げ、怒鳴り声を上げた。

「まったく、子供なんだから…」

そんな海人の態度に夜莉子はそう呟くと、

「なんだとぉ、

 俺のどこが子供だ?!」

と海人の怒りはさらにボルテージが上がる。

「あぁもぅ!!

 そーやって、いちいち突っかかって来るところが子供だっていうのよっ

 あんたはいま幾つなの?

 小学生なの?

 少しは状況を考えなさい!

 あなたが空を飛べば雷が落ちてくるんでしょう?

 なら、じっとして時が来るのを待つのが男ってものでしょうが」

愚図る海人に夜莉子がついにキレると、

「………」

海人は夜莉子の剣幕に圧倒された。

とそのとき、

ピクッ

手を合わせていた沙夜子のこめかみが微かに動くと、

ビリビリビリビリ…

屋敷が微かに振動し始めた。

「!!

 これは…」

その振動に居合わせた全員が気づくと、

「水の道が開く…」

空気の動きを感じ取った海人が思わず呟いた。

「水の道?」

「竜宮から何かが来る?」

海人が呟いたその言葉に夜莉子と顔を上げた沙夜子が互いに見詰め合う。

すると、

「きゃぁぁぁぁ」

庭先から人魚・マイの叫び声が上がった。

「!!」

「マイの泉に道が開いたんだ!!」

その叫び声を合図にして3人は一斉に立ち上がると、

ドタドタっと飛び出していった。



ザザザザザ…

「ヤダヤダヤダ」

激しく渦巻く泉に流されないようにマイは岸にしがみつきながら悲鳴をあげていた。

「マイっ!」

駆けつけてきた沙夜子が声を上げると、

「あっ小夜に夜莉!」

マイは岸にしがみつきながら沙夜子に手を伸ばした。

そして、

沙夜子がマイの腕を掴もうとしたとき、

ゴバァ!!!

泉の中心より太さ3mほどの巨大な水柱が10m近く伸びると、

一気に泉の水かさが増し、岸辺のマイを飲み込むと溢れ始めた。

「え?

 えぇ!!」

ドドドドド!!!

溢れ返り津波のごとく自分に向かって襲い掛かってきた泉の水に沙夜子の足が止まると、

「ちょっちょっと…

 待て!!!」

そう叫びながら慌てて逃げ出した。

「なっなんだ?」

「いやぁぁぁ」

「いいから逃げろ!!」

ドドドドド!!!

襲い掛かってく水を背にして沙夜子は後から来た夜莉子と海人に逃げる様に叫ぶが、

しかし、その声も届かないうちに、

ガボッ!!

沙夜子は水に飲み込まれると、

追って、夜莉子や海人も水に次々と飲み込まれてしまった。



ザバァァァ!!

3人を飲み込んだ水はそのまま巫女神家本宅にも襲い掛かり、

「あら?

 あらあら」

家事をしていた摩耶の足元に水が押し寄せたのはそれから数分後のことだった。

「なっなんだこれは?」

摩耶の身体から湧き出るように姿を見せた紅鬼姫が

床上浸水の水を眺めながら呆れたような声を上げると、

「うん、恐らく小夜ちゃんと夜莉ちゃんの仕業かな?」

そう言いながら摩耶は困った顔をした。



「ん、明かり?」

マーエ姫が掲げた輪をくぐってから闇の中をひたすら泳いでいた櫂は

自分の向かってく先に小さな光を見つけると、

ヒュン!!

尾鰭を大きく叩き光に向かって泳ぎ始めた。

明かりに向かって泳いでいくにつれ、

その大きさはグングンと大きくなり、

やがて、櫂を飲み込んでしまうくらいの大きさになると、

カッ!!

櫂は光の中へと飛び出していった。



ドザァァァァァ…

マイの泉より溢れ出した水は水量が衰えることなく流れ続けていた。

「ぷはぁ!」

「ぱぁ!」

流れ下る水面より沙夜子と夜莉子が顔を上げると、

ハシッ

近くの木の幹にしがみつき、

そして、そのまま大ぶりの枝へと這い上がっていく、

「なっ何が起きたの?

 一体?」

枝に這い上がったものの、

未だに状況が良く飲み込めてない夜莉子が隣の沙夜子に説明を求めると、

「知るか!

 マイに聞け!」

自分の身の安全を確保することだけで精一杯の沙夜子はそう返事をする。

すると、

「いや、この人魚も何も知らないみたいだぞ」

と海人の声が水の中から響くと、

ザバッ

海人の顔が濁流の中から飛び出し、

まるで奈落から競りあがるかのように身体が水面に浮かび上がると、

その海人の肩には目を回し気を失った人魚・マイが担ぎ上げられていた。

「まっマイちゃん!!」

マイの姿を見た夜莉子が声を上げると、

「どうやら溺れたらしいな」

と海人は一言言う、

「おっ溺れた?

 人魚のクセに?」

海人の溺れたという言葉に沙夜子が呆れると、

「なぁに、不意打ち的な環境の変化についていけない奴がいるのは人間も同じだろう?

 でも、まぁ、人魚が溺れたというのはあまり聞いたことがないけどな…

 弘法の筆の誤り・河童の川流れ・人魚の溺死…

 まったく、恥さらしだよ」

海人も呆れながらマイを見る。

その一方で、

「人魚の溺死ってそれはあんまりでは…」

海人のたとえ話に沙夜子は額に汗を流す。

と、そのとき、

バシャッ!!

吹き上げる水柱の中より一人の人魚が朱色の鱗を輝かせながら飛び上がると、

ジュボッ!!

そのまま濁流の中へと落ちていった。

「あっ人魚!!」

それを見ていた夜莉子が指を指しながら声とあげると、

「アイツがこの犯人か!!」

海人は人魚が落ちたあたりを睨み付けながら怒鳴るなり、

「コイツを頼む」

と気絶しているマイを沙夜子に押し付け自分は濁流の中へと飛び込んでいった。

『(まったく、どこのバカだ?

 こんなことをしやがるのは…)』

腹を立てながら海人が泳いでいくと、

直ぐにさっきの人魚が海人の方へと流されてきた。

『おいっ!』

通り過ぎようとする人魚に海人は怒鳴り声を上げながら腕を掴むと、

気絶していたのか人魚はハッとした表情になると海人を見た。



ガボガボガボ!!!

何とか無事に光の中へと飛び出した櫂だったが、

しかし、水の流れから放り出されると、

「え?

 うわぁぁぁぁ」

自分が噴出した水によって空中高く放り投げられていることに気づくと、

「わぅちょちょっと待って!!」

と叫び声をあげる。

しかし、放り出された櫂はそのまま濁流が渦巻く水の中へと落ちると流されてしまった。

そして、少し流された後、

「おいっ」

という叫び声と共に櫂の腕がつかまれると、

グイッ

っと力強く引き寄せられる。

「だっだれ?」

その力に櫂は我に返り、

そして目を開けると、

「お前か!

 こんなことをしたのは!」

という怒鳴り声と共に見知らぬ男の顔がアップになった。

「だっ誰?」

その顔を見つめながら櫂は尋ねると、

「俺か?

 俺は…

 …」

と途中まで言ったところで言葉を濁してしまい、

「あっ

 ひょっとして、竜王さん?」

櫂はここに来る前にマーエ姫から言われたことを思い出すと、

半ば当てずっぽうに尋ねた。

すると、

「うっ

 あぁそうだよ、

 海彦、人間界では海人といっているけどな」

と海人は一瞬、言葉に詰まらせると櫂に自己紹介をし、

そのまま、櫂を引き寄せると、

「これは、お前がしでかしたことか?」

と濁流を指差し逆に櫂に尋ねた。

「え?

 違う、

 僕じゃない、

 マーエ姫が水の道を開くからといって扉を開けたんだ」

櫂は首を左右に振りながら責任を否定した。

「マーエ姫?」

「うっうん、

 いま竜宮に居る…

 そこでマーエ姫が扉を開けてここに来た。

 というか泳いできたんだけど…」

戸惑いながら櫂が事情を話すと、

「竜宮に…

 そうか…アイツが来ているのか」

あることに気づいた海人は大きく頷くと、

「ちょっと、こいっ」

櫂の腕を引っ張り水柱が上がる泉の中心へと向かっていった。



ドドドドドド!!!

バシャバシャバシャ!!

「ねぇ、なかなか水が引かないね…」

吹き上がる水柱を眺めながら夜莉子が沙夜子に尋ねると、

「なんか、どこかの底が抜けたような水の出方だなぁ」

と沙夜子は暢気に水柱を眺めていた。

すると、

ボボボボボ…

空高く吹き上げていた水柱がまるで蛇口を締めたかのように小さくなっていくと、

瞬く間に水柱は水面の下へと消えていってしまった。

「ん?止まったみたいだな」

「そっそうね」

消えた水柱を沙夜子が指差すと、

ザザザザ…

二人の足元を流れていた濁流も次第に小さく、

そして消えていくと、

サラサラサラ…

いつしか幾筋もの水の流れへと姿を変えてしまった。

「ふぅ

 やっと降りられる」

「はぁ…」

濁流が消えた庭に安堵しながら沙夜子が先に下りると、

「あっ小夜ちゃん、

 マイちゃん、マイちゃん」

と夜莉子は枝に引っ掛けられたままのマイを指差した。

「あぁ?
 
 そのまま干しておけば?」

そんなマイの姿を眺めながら沙夜子はそう言うと、

「そう言うわけには行かないでしょう」

と夜莉子は額に冷や汗を流しながら言い返した。



「まったく

 蛇口を開けたらスグに閉めとけっていうのっ」

そんな二人のやり取りを聞きながら海人が戻ってくると、

彼の肩には一人の人魚が担ぎ上げられていた。

「あぁ、海人?

 え?

 その人魚は?」

海人の声に振り返った夜莉子が人魚の事を尋ねると、

「ん?

 あぁ…

 こいつは乙姫のガード役をしているカナという奴だ」

と海人は櫂を夜莉子・沙夜子に紹介をした。

「カナって確か?」

「乙姫のガード役って

 あの?」

櫂の名前に二人が顔を見合わせると、

「あぁ、そうだ、

 竜牙の剣を持つ人魚だよ」

と海人は櫂のもぅ一つの一面を教えた。

「え?」

海人のその言葉に櫂は驚き、

そして、海人の顔を見ると、

「ふっ

 お前が考えているより、

 名前は知られていたようだな」

と海人は櫂に告げた。



「なるほど…」

浸水の跡が残る巫女神家の一室に海人の声が響き渡った。

「ふぅ、

 そう言うことなのね」

海人の声に合わせて沙夜子が大きく頷くと

「あの海魔・ハバククがカナさんにまで手を出していたなんてね」

と夜莉子も呆れるポーズをした。

「それは当然だ、

 カナは乙姫のボディーガードの様なものだ、

 乙姫が攫われたと聞いたときには、

 妙にあっさりとしてやられたなぁ…

 と思っていたが、なるほど」

胡坐を組む海人は納得した表情をしながら手を頭の後ろで組んだ、

「ちょっとぉ

 納得しないでよ」

そんな海人に夜莉子が抗議すると、

「おいおい、

 失敗を直視してこそ未来があるんだろう?

 俺に文句を言っても乙姫が攫われた。いう現実は覆らないぜ」

「なによ、その言い方

 あったまに来るわねぇ」

「あっあのぅ」

険悪化する海人と夜莉子に櫂は思わず声をかけると、

「しかし、猫柳ってあっちこっちに手を出していたんだなぁ」

と沙夜子は今回の一連事件の影で暗躍していた猫柳泰三のことを指摘した。

「うっうん」

「しかも、あの伊織の事件も猫柳が関係していたとなぁ…」

「互いに面識が無い関係者を片っ端か…」

「でも、なんで、そんなに猫柳ってあたしたちのことを知っていたの?

 あたし達だって、いまこうして会ったのは初めてでしょう?」

自分達同士面識の無いにもかかわらず猫柳が動いていたことを夜莉子が指摘すると、

「海魔…」

と櫂が呟いた。

「ん?

 それはどういうこと?」

櫂の言葉に海人が訳を尋ねると、

「この事件…

 猫柳が海魔を使って起こしたんじゃなくて、

 海魔・ハバククが猫柳を操っていた。と考える方が自然じゃないかな?」

と櫂は泰三のバックに海魔がいることを指摘した。

「海魔が…」

「そっかぁ

 確かにそう考えた方が自然ね」

「うん…」

櫂の指摘に皆が頷くと、

「でも…これで、全ての糸が繋がったね」

と夜莉子は沙夜子に言う。

「うん…

 まだ、いくつか疑問はあるけどね…

 それにカナが竜宮の近くで遭遇した潜水艦と言うのも気になるわ」

「これも、やっぱり猫柳?」

「その可能性はあるわ、

 猫柳は大財閥だからね」

「金持ちのことなら、犬塚の奴が何か知っているかもな」

「え?」

「あぁ、俺の知っている奴で犬塚って言うのがいるんだけど、

 ふん、イケすかねぇ奴だが、

 まぁ、こういうときには頼りになる。

 さっき、水姫に連絡をして貰ったから
 
 いま、こっちに向かっているはずだ」

と海人が犬塚藤一郎のことを紹介すると、

「へぇ…

 海人さんって、

 犬塚家と知り合いなんだ…」

櫂と沙夜子は感心する。

「別に…知り合いって程じゃないけどな」

驚く櫂と沙夜子に海人はそう返事をすると、

ゴォォォォォ!!!

程なくして巫女神邸上空に犬塚私設空軍機が姿を見せた。



「はじめまして、犬塚藤一郎です」

誠実感を漂わせながら藤一郎が挨拶をすると、

「へぇぇ、

 美形じゃない」

「あっどうも」

沙夜子・夜莉子、そして櫂はタイミングを計ったかのように頭を下げた。

しかし、そんな中、

「けっ

 何気取ってんだよ」

と海人が悪態を付くと、

ツカツカ!!

藤一郎は海人の前に立ち、

「僕は水姫さんの頼みでここに来たんだ。

 僕が来たことに何か文句があるのなら聞こうではないか」

と手にした刀に軽く手を触れながら告げた。

「ん?

 別に?」

そんな藤一郎に海人は不敵そうな笑みを浮かべて返事をすると、

「あっあのぅ…」

その様子を見ていた櫂たちが声をかけた。



「そうですか、

 確かにここしばらくの猫柳の行動には不可解なことがありました」

改めて事情を聞いた藤一郎はそう切り出すと、

「なんで黙っていたんだよ」

と海人はすかさず突っ込みを入れる。

「あぁ、こうなることが判っていたら、

 教えるけどなぁ

 でも、

 進藤さんの事件や、

 この巫女神さん達が巻き込まれたこと、

 そして、海の女神・乙姫さんが攫われたことなど、

 僕の情報網ではすべて別件で上がっていたからな」

と海人に反論をした。

「けっイザというときに役に立たないな、

 お前の軍隊は…」

藤一郎の反論に海人はそう言い放つと、

「なにっ

 今のセリフは聞き捨てなら無いぞ!」

と叫びながら海人は立ち上がり、再び刀を抜こうとする。

「あっあのぅ!!」

その様子に沙夜子が声を上げると、

「え?

 あっあぁ

 どうも、申し訳ありません」

その声に我に返った藤一郎は手を収め座りなおした。

「けっ!」

場が収まったことに海人はそっぽを向くと、

「それでですが、

 実は猫柳以外にも猿島という東北の財閥も絡んでいるそうです」

と藤一郎は猫柳のほかに猿島家も一連の騒動に加わっていることを告げた。

「猿島?」

「はいっ

 私達の方で把握しているのは

 猿島家特殊部隊がこの地域で諜報活動を行い、

 そして、水無月高校よりモビルスーツで飛び立ち、

 そのまま仙台近郊、猿島邸へと降りたところまで把握しています」

と説明をすると、

「あっ、

 それ、

 サヤさんが攫われた事件だ」

話を聞いていた櫂が声を上げた。

「サヤさん?」

「あっえぇ

 本来の乙姫様の身辺を警護している人魚です。

 そのサヤさんが学校での騒動で連れ去られてしまったんです。

 乙姫様は大丈夫って言っていたけど…」

サヤのことを聞く周囲に櫂は水無月高校で起きた事件を説明する。

「じゃっじゃぁ

 高校生全員がバニーガールになったっていうのも

 その猿島のせい?」

口コミで伝わっていたのか、

マスコミでは伝えられなかった水無月高校での事件を夜莉子は尋ねた。

「いえっ

 バニーガールはまた別です。

 あれは、猿島のモビルスーツに追い詰められたとき、

 成行博士という老人がバニー砲という武器で助けてくれたときの影響です」

と夜莉子の質問に櫂が答えた。

「成行博士ぇ?」

「はいっ

 なんでも、バニー研究の第一人者とかで、

 究極のバニーを捜し求めていたとか」

「はぁ、

 世の中いろいろな人がいるのね…」

櫂のその説明に沙夜子が感心すると、

「そういえば、成行博士っていまどうしているんだろう」

櫂はあの事件以降会っていない成行博士のことが気にかかっていた。



つづく




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