風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第34話:マーエ姫】

作・風祭玲

Vol.469





どぉぉぉぉん!!!

櫂(人魚名:カナ)にとって久方ぶりの竜宮は下界での騒動が何処吹く風のごとく平穏であった。

「あらら…

 平和じゃない…」

人魚達でごった返す城内を泳ぎながら櫂は感心していると、

「まっ、

 ここは人間界とは切り離された聖地だからな…

 いくら人間共が騒いでもそれは人間界だけの話、

 竜宮の水は見ての通り微動だにもしない」

そんな櫂を横目にしながら竜彦が胸を張りながら返事をする。

「ふぅぅぅん」

竜彦の言葉に感心しながら櫂は道路脇を眺めると、

竜宮の南北を貫く大路の両脇には人魚達の住まいや商店などが立ち並び

そして、その中を櫂と竜彦は進んでいく。

「…なぁ竜彦」

竜宮の都大路を泳ぎながらふと櫂が達彦に尋ねると、

「なんだ?」

面倒くさそうに竜彦が返事をする。

「あのさ、

 この竜宮で暮らしていかなければいけないんだろう?」

「あぁそうだ」

「ってことはさ、

 なにか、アルバイトみたいなことをしないとならないんだろう?

 どこかで募集でもしているのかなぁ…」

「アルバイト?」

そんな達彦に櫂はボソッと質問をすると、

「うん

 お金がないと、物が買えないしぃ…
 
 あっそうだ、部屋を借りるとしてもお金持ってないよ、
 
 やっばー、母さんに当座の生活費、貰ってくればよかったぁ」

キョトンとしている竜彦をよそに櫂は頭を抱えて悩み始めた。

「いやっ

 その必要はない」

悩んでいる櫂に竜彦はその悩みが不要であることを告げると、

「え?

 ホント?」

櫂は明るい顔をしながら振り返り、

「ここって、部屋を借りるとき敷金とか礼金とか要らないの?」

と聞き返した。

「いっいや、

 何のことだが判らないのだが、
 
 そのような物は要らない、
 
 と言うか、
 
 なんでお前が、そんな心配をしているのか理解できないが…」

と竜彦は櫂に言う、

「へぇ…そぅなんだ…

 ってことは、
 
 寮か何かがあるのかな?
 
 僕のような人魚達が寝泊まりできるところが…

 あぁ、でも、
 
 やっぱりお金がいるなぁ…
 
 着る物は人魚だから要らないにしても、
 
 食事代やらナンダカンダ要るだろうしぃ
 
 それにどーやって、お金を稼ごうか、

 なぁ、竜彦、
 
 いぃバイト先、心当たりがないか?」

一度は安心した櫂であったが、

しかし、考えを詰めていくうちに再び不安になると、

竜彦に縋るようにしてすり寄った。

「いやっ

 だから、そのような物も必要ないって…」

「えぇ?

 本当にタダなの?」

「お前が言っているのは人間界の場合だろう

 ここ、竜宮では違うんだよ」

「でっでも…

 お店があるしぃ
 
 そっか、
 
 経済体制が違うのか

 公共料金がタダと言うことは

 共産主義のような計画経済なのかな?
 
 あっでも、市場経済の可能性も…
 
 う〜ん」

と櫂は真剣に考え込んでしまった。

「はぁ?

 なんだそりゃ?」

櫂のその様子に竜彦が顔を引きつらせながら声を上げると、

「いや、

 人間界の場合…

 労働と富の分配を巡ってまぁいろいろと揉めているからなぁ…」

と櫂は腕を組み思案顔のままそう言う。

「おぃおぃ、

 さっきも言ったけど、それは人間界の場合だろう?」

「いや、でも、生命の営みという点では人魚も人間も一緒だからね

 う〜ん、一体、竜宮ではどうなっているのか」

「ふんっ

 くだらないことを…」

「くだらないかなぁ…」

「まぁいい…

 仕方がない、お前にその答えを教えてやる。

 いいか、人間界と竜宮とで違う点はなんだと思う?」

なおも食い下がる櫂に竜彦は竜宮の違う点を質問すると、

「え?

 えぇっと…」

予想外の質問に櫂は考えをめぐらせた後、

「あぁっ(ポン)

 人魚には足が無い…」

とキッパリと言い切った。

「おいっ!」

そんな櫂の返事に竜彦は額を引きつらせると、

「ダメ?」

櫂は微笑を見せながら聞き返す。

そんな櫂に半ば呆れながら、

「まったく…

 まぁ単純に言うと、ここは食料に困らない。

 と言うかあまり食事は取らないからな」

と竜彦は自ら答えを言うと、

「えっそうなの?」

その答えに櫂は目を丸くした。

「おいっ、

 お前、もぅどれくらい人魚やっているんだ?」

櫂の驚き様に竜彦はさらに呆れると、

「え?

 ええっと、ひぃふぅ…」

櫂は慌てて指折り数え始める。

そんな櫂を横目で見ながら、

「…まったく…

 いいか、

 お前達人魚はその竜玉の力で生きているんだよ」

と竜玉のことを指摘すると、

「でっでも、

 お腹はちゃんと空いて来るよ」

櫂も負けずに言い返しながら自分の腹に手を当てる。

「それは、

 お前の竜玉の力がスッカラカンだからだろうが、

 竜玉に力がなければそれを食事で補わなければならない、

 だから、お前だけは普通の人魚の倍以上食べないとな

 と言っても、あまり食べてばかりだと太ってマンボウの様になってしまうがな」

そんな櫂をアザケ笑うように竜彦がそう言うと

「うっうるさい!!」

櫂は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「まっ

 とにかく、腹を空かす事があまり無い。

 男が居ない。

 そして人魚の数が増えない。

 それと、この竜宮では何処に住もうと自由だし、

 もしお腹が空いたら、適当に魚を捕って食えばいいだろう」

怒る櫂をよそに竜彦はそう結論付けると、

ポン!!

「あっそっか

 竜宮では貨幣経済ではなくて原始的な狩猟生活なのか、

 う〜む、それは大変だ
 
 そっか、野生が試される訳か、う〜ん…」

竜彦の話を聞いた櫂は櫂自身でそう結論づけるとマジマジと竜宮の様子を見直した。

「おいっ

 お前…

 いま変なことを考えてないか?」

そんな櫂に竜彦は顔を引きつらせながら呟くと、

「別にいいだろう…

 妄想は個人の自由なんだから!」

と櫂の怒鳴り声が鳴り響いた。



そのころ、天界では…

ビー!!

「ちょっとぉ!

 RL338PMQ248の軌道を0.0005動かして!!」

「UC457LD298、0.000003軌道修正完了!」

「あっ!

 ちょっとそれ待って!
 
 先にこっちのジョブを処理するから!!」

時空間管理局・発令所内に怒号とともに緊張したやり取りが響き渡る。

「あーぁ

 まるで糸が切れた凧みたいね」

発令所の中央部にデンと腰を据えるパネルスクリーンを見下ろしながら銀髪の女神が呟くと、

「もぅ、そんなところでボサっとしてないでこっち来て手伝ってよ」

その声を叱りつけるようにコンソールのディスプレイを睨みつける黒髪の女神が怒鳴った。

「おやおや、

 そもそもの原因はあんたが放った雷撃でしょう?」

ニヤニヤしながら銀髪の女神は黒髪の女神の失態を突くと、

「うっ五月蝿いわね、

 あっあれは…そうよ不可抗力よ、

 もし、あそこで撃たなかったらもっと大事になっていたんだからね、

 まったくもぅ

 あたしにこんな目に遭わせるだなんて、

 アイツ…

 ただじゃぁおかないんだから!!」

黒髪の女神はRL338PMQ248の世界の界面を強引に飛行した者を呪った。

そのとき、

「ビィー!!」

突然時空間管理局・発令所に警報音が鳴り響くと、

「こんどはなによぉ…」

やつれた表情で黒髪の女神が顔を上げながら声を上げる。

すると、

「時空間管理システム・宴に異常発生!!」

と時空間管理システム・宴に異常発生の報告が響き渡り、

「…え?」

その報告を聞いた黒髪の女神が慌ててイグドラシルの作動状況を確認すると、

「ヤッバァ…”宴”のアクセス先、MAKIのまだだった!!」

彼女は頭を抱えながらそう叫ぶ。

そして、その直後、

ヒュンッ!!

RL338PMQ248より2本の腕が伸びていくと、

重なり合うUC457LD298の中へと潜り込み、

そして、何かを掴みあげると素早く己の中へと取り込んだ。

「空間転移現象発生!!」

「質量差、補正します」

「くっ!」

再び発生した空間転移現象の発生報告と、

それによって発生した質量差の補正報告に黒髪の女神が屈辱的な表情を浮かべると、

「とにかく、急いだ方がいいわね」

彼女の後ろに立つ銀髪の女神は茶化すことなく真面目な顔でそう呟いた。



『海彦様』

「…誰だ?」

『わたくしです…』

「んあ?

 この感じは…乙姫か?」

『はいっ』

「どこに居るんだ?

 いまそっちにいくから」

『わたくしはここです』

「ここって、

 どこだよ」

『ここです…

 ここに居ります』

「どこだ?

 真っ暗じゃないか」

『ここで待っております…

 海彦様がおいでになるのを…』

「だから、どこだよ

 どこに居るんだよ」

『待っております…』

「おいっ

 どこだ

 どこに居るんだ乙姫!!

 おいっ………」



「乙姫…

 乙姫…

 乙姫ぇぇぇぇ!!」

ガバッ!!

乙姫の名前を叫びながらカッと目を開けた海人が飛び起きると、

「キャッ!!」

彼のすぐ脇で少女の悲鳴が響き渡った。

「え?」

ザバッ!!

その悲鳴に海人が我に返ると、

パシャッ!!

海人の視界にグルリと囲む石垣と自分の体を包み込んでいる水が目に入る。

「なんだ?

 ここは?

 池?」

見覚えのない風景に海人が首を傾げると、

「もぅ、海彦様ったら、

 いっいきなり大声を上げるから驚いちゃったよ」

と言う声が響いた。

「だっ誰だ?」

その声に海人が振り返ると、

「え?」

チャポ…

彼の視界の中で胸に手を当てるポーズをした人魚がびっくりした表情で海人を見ていた。

見覚えのないその顔に海人は

「だっ誰?」

と思わず尋ねると、

「クスッ」

翠の髪を水に漂わせながら人魚は驚いた表情を笑みに変え、

フワりと海人に抱きつくと、

「あたしのこと忘れてしまったのですか?」

と囁いた。

「え?」

その声に海人はマジマジと人魚を見ると、

ある夜のことが鮮明に思い出された。

それは以前、拉致された進藤伊織の救出するため海人はとある住宅の池に飛び降りたのだが、

しかし、その池にはなぜか人魚が居て、

飛び降りた海人を見つけるや否や絡み付いてきたのであった。

無論、そのときには水姫が割って入り、海人の貞操は無事だったのだが…

「おっお前はぁ!!…」

いま目の前にいるのが、そのとき海人の貞操を奪おうとした人魚・マイであることに気づき、

指差しながら海人が驚くと、

「ふふっ

 覚えていてくれていたのですか?

 マイ…嬉しいですぅ」

マイは海人が自分のことを覚えていてくれていたことに喜び再び抱きつこうとした。

ザバッ

「うわっ

 くるな!!」

バシャッ

迫るマイに海人はあわてて離れようとするが、

しかし、

「くすくす

 ここは、マイちゃんのお池ですよぉ

 誰にも邪魔されませんよ、

 ふふ、海彦さまぁ

 マイちゃんと心行くまでしましょうよ」

そう言いながら人魚・マイは肌を桜色にして海人に襲い掛かる。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

巫女神邸に海人の悲鳴が響き渡ると同時に

「こらっ!!」

沙夜子の声が響き渡った。

「きゃっ!!」

その声にマイは慌てて海人から距離を置くと、

「わたしが看病をしますと言っていたので任せたんだけど、

 一体、何をしているの?

 あ・な・たは!!」

「え?

 あっいやぁ…

 あははははは」

石垣の上に白衣に緋袴姿の巫女神沙夜子が立ち、

その睨みつける瞳に臆したマイは誤魔化すように笑って離れていく、

すると、危機が去ったことに

「ふぅ」

海人はホッとすると、

ザブッ

まるで水中から湧き上がるように水面に飛び出すと、

そのまま水面上に座り込んだ。

「なるほど…

 人魚達の王・竜王と言うだけにすごい力ね」

そんな海人のパワーを感じたのか沙夜子は感心しながらそう言うと、

「別に…

 そんなもんじゃねーよ」

感心する沙夜子に当て付けるように海人は悪態をついた。

「さて、

 マイとは違ってあなたは二本足で歩ける人魚みたいだけど、

 どぅ?
 
 こっちこれる?」

そんな海人を見ながら沙夜子は海人を誘うと、

「おいっ」

海人は沙夜子を睨みつけながら声を掛ける。

「なによっ」

海人の声に沙夜子は返事をすると、

「お前…コイツみたいに俺をここから引きずり出して襲う魂胆か?」

と沙夜子を指差し海人は尋ねた。

その途端、

「ふふっ」

沙夜子は笑みを浮かべながら、

スッ

懐に手を伸ばすと、

「翠玉波!!!」

と言う声とともに素早く雷竜扇を取り出し一気に開くと、海人目掛けて扇いだ、

シュパァァァン!!!

沙夜子の手が雷竜扇を扇ぎきるのと同時に飛び出した光球が海人めがけて突き進んでいく、

そして、

「え?

 うわっ」

自分目掛けて向かってくる翠色の光球に海人は慌てて己の手で防御するのと同時に

ドォォォォン!!

人魚・マイの池に巨大な水柱が立ち上がった。

ザザザザザザザザ…

「ゲホッゲホッ…」

降りしきる水の中、海人は咳き込んでいると

「誰があなたを襲うですって?」

腰に手を当てながら沙夜子は海人に言う。

「まったく…」

沙夜子の声に海人は頭を抱えると、

「おいっ!」

と叫びながらシュンと姿を消すと、

フッ

いきなり沙夜子の目の前に立ち、

そして、雷竜扇を持つ沙夜子の右腕をねじり上げながら、

「お前、水の使い手なのに竜王に手を上げるとはいい根性だな」

と凄みをきかせながら言う。

すると、

キッ

沙夜子は海人を睨みつけ、

「そうか?

 まんまと乙姫を連れ去られたヤツにそれを言う資格があるのかな?」

負けじと挑発に近い言葉を言った。

「なにを?」

「やるか」

沙夜子と海人が睨みあうと、

「ちょっと待ってよ」

夜莉子が慌てて駆け寄り、中を割った。

「ふんっ」

「けっ」

夜莉子の仲裁で衝突は避けられたが、

しかし、沙夜子と海人は互いにそっぽを向くと、

「もぅ、小夜ちゃんたら、

 海彦さんの様子を見に行ったんでしょう?

 それが何で喧嘩をするのよ」

と夜莉子は沙夜子に小言を言う、

しかし、

「知るかっ」

夜莉子の小言に沙夜子はそう返事をするとそのまま屋敷へと戻っていった。

その一方で屋敷へ入っていく沙夜子の後姿を見送りながら、

「ふんっ

 変なヤツ…」

一方の当事者である海人も息巻いていた。



「あなたがカナですか?」

「はい」

竜宮・謁見の間にて櫂はマーエ姫と謁見をしていた。

「綺麗な髪ですわね」

「はっはぁ」

「あら、お世辞ではないのですよ、

 ほんと、竜宮の人魚達は皆、髪が綺麗…

 これも、乙姫様の賜物ですわ」

とマーエ姫はしきりに櫂や竜宮の人魚達の髪を褒める。

すると、

「あっあのぅ…

 僕…じゃなかった、わたしに話とは…」

なかなか終わらないマーエ姫の話に櫂は話の区切りを見つけて話しかけると、

「カナ…

 ちょっと、こっちに寄りなさい」

マーエ姫は周囲の反応を見ながら櫂に話しかけ、

「はっはぁ」

マーエ姫の招きに櫂が近寄ると、

「もぅちょっと、

 こっちに」

とさらに招いた。

「はぁ?」

マーエ姫の手招きの意味を勘繰りながら櫂はさらに寄ると、

「ちょっと来て」

と言う言葉とともにマーエ姫は櫂の手を掴むと、

バッ!!!

いきなり、謁見の間から飛び出してしまった。

「マーエ姫様っ

 なにを」

「大変です!!

 誰か!!
 
 マーエ姫様が!!」

マーエ姫の突然の行動にたちまち侍従達がパニックに陥るが、

しかし、マーエ姫はそのことに関心を見せることなく、

シュンッ!!

櫂の腕を引っ張ったまま竜宮の中をジグザグに泳いでいく、

「あっ

 ちょちょっと

 マーエ姫様」

マーエ姫の行為に櫂は声を掛けると、

「しー!」

マーエ姫は自分の口に人差し指を当てる。

「え?」

そのことに櫂はキョトンとするが、

その一方で、

「大変です!!

 マーエ姫様がぁ」

「者共出会え!!」

と竜宮の中は蜂の巣を突っついたような大騒ぎになってしまった。

「いっ良いのですか?

 マーエ姫様」

「いいのよ、

 まったく、

 堅苦しいのはイヤって言っているのに…
 
 それよりもカナさん、
 
 あなた、乙姫からの信頼、厚いみたいね」

「はぁ」

「それと、ここの人間界には相当長く暮らしているんでしょう?」

「いっ一応は…」

「そっか…

 じゃぁ、ちょっと見て貰いたいのがあるのよ」

と周囲の騒ぎをよそにマーエ姫は竜宮の奥へと櫂を連れて行く、

そして、竜宮のもっとも奥にある扉を抜けると、

「こっこれは…」

驚く櫂の前に巨大な戦艦の艦橋が姿を見せた。

「なんでも、大昔の地上人の船なんだそうだけど、

 カナさん、
 
 これってどういう船なの?」

艦橋の正面に躍り出たマーエ姫は櫂のこの艦橋を持つ船のいわれを尋ねた。

「どういう船って…

 これって、
 
 戦艦っていうヤツじゃないのかな?」

マーエ姫の問いに櫂はそう呟きながら、

視線を上から下へと移動させ、

「こういうことなら坂上のヤツが詳しいんだけどな…

 そうだ、以前、彼奴が見ていた雑誌に載っていた日本の戦艦に似ているような…
 
 確か大和とか武蔵とかいうやつの…」

櫂は以前、友人が見ていた雑誌に掲載されていた日本海軍の戦艦に似ていることを思い出すと、

「マーエ姫様、

 この船は大昔の地上人の船に似ていますが」

と告げた。

「え?

 そうなの?
 
 そっか」

櫂の返事にマーエ姫は大きく頷くと、

「でも、なんで竜宮の奥にこんな船が…」

再度戦艦を見下ろしながら櫂は首を捻る。

「うん、

 そのことなんだけどさ、
 
 乙姫から何か聞いてない?」

そんな櫂にマーエ姫はこの戦艦のことを乙姫から聞いてないか尋ねると、

「え?

 何も聞いていませんが…
 
 と言うか、僕も初めて見たんです」

と櫂は返事をした。

「あら、そうなの?」

「えぇ

 まさか、こんなのがここにあるだなんて…
 
 乙姫様は一体、どうする気なんだろう」

「そっか、

 じゃぁ乙姫に聞いた方が早いみたいね」

戦艦のことを櫂が知らないことを知ったマーエ姫はそう口走ると、

「あっでも…乙姫様は」

それを聞いた途端、櫂は乙姫がさらわれたことをマーエ姫に教えようとした。

ところが、

「ん?

 乙姫なら種子島とか言う島にいるみたいよ」

あっさりとマーエ姫は乙姫達の居場所を櫂に教えた。

「え?

 本当ですか?」

「えぇ、

 侍従達がそんなことを言っていましたわ
 
 ねぇ、なんで乙姫はそんな島にいるのですか?」

「知らないのですか?」

「えぇ」

「実は…」

櫂はマーエ姫が乙姫がさらわれたことが知らされていないことに驚くのと同時に、

改めて事情を説明すると、

「なんですってぇ!!」

事情を聞いたマーエ姫は声を上げた。

「はいっ

 すべて僕の責任です。
 
 だから、いまから種子島に向かい乙姫様とマナを取り返してきます」

驚くマーエ姫に櫂はそう言い切ると、

「では」

と言い残して再び竜宮へ戻ろうとする。

「ちょっと、お待ちなさい」

そんな櫂にマーエ姫は待つように声を掛けると、

「でも」

櫂は振り返りながら悔しそうな顔をする。

すると、

「いまのあなたには何の力もないんでしょう」

とマーエ姫は櫂の竜玉に竜気が消えていることを指摘した。

「うっ」

マーエ姫の指摘に櫂は言葉に詰まると、

「この世界の竜王の居場所がわかっています。

 水の道を開きますのでそこを通って、竜王のところに行きなさい。
 
 そうすれば道が開けると思います」

と櫂に告げた。

「竜王?」

「そうです…

 人魚達の長・竜王です」

「そっか…乙姫様が探し続けたって言っていたっけ

 そんなに凄いのか?」

「えぇ…

 ですから、直ぐに竜王殿の所に行きないさい」

マーエ姫はそう言うとクルリと背を向けた。



その頃…

カラン…

「ねぇ、お母さん」

ジュースが入ったコップをかき混ぜながら

ふと香奈が母親の綾乃に声を掛けると、

「なに?」

香奈が掛けた声に家事をしていた綾乃が振り返った。

「お兄ちゃん…大丈夫かなぁ…」

テーブルに頬杖をつきながら竜彦と共に竜宮へと向かっていった、兄・櫂のことを案じると、

「あら心配してくれているの?

 香奈?」

と綾乃は香奈に尋ねた。

「そっそんな訳じゃないんだけどさ」

綾乃の言葉を香奈はあわてて否定すると、

「大丈夫よ、

 櫂はちゃんと戻ってくるから」

と自信たっぷりに綾乃は返事をする。

「うっうん

 それは、あたしも信じているけどさ、

 それにしても、成行博士もアテにならないわね、

 居なくなっちゃうなんてさ」

「それは…

 みんなそれぞれの役目があるところに向かっているのよ」
 
「そうかなぁ…」

「そうよ」

「じゃぁさ、
 
 あたしの役目は?」
 
「ここで、櫂の帰りを待つ」

「えぇそれだけぇ?」

「そう

 待つのも立派な役目よ」

文句を言う香奈に綾乃はキッパリというと、

暗雲が立ちこめる空を眺めていた。



つづく


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