風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第32話:熱闘、海人vsハバクク】

作・風祭玲

Vol.465





「どぉ?」

「はいっ、まだ移動中です」

天界・時空間管理局内のコンソールを覗き込みながら黒髪の女神が状況を尋ねると、

尋ねられたオペレータは画面から目を離さずに返事をする。

「いかが致しますか?」

「もぅっ

 いい加減にしてよね」

ピッ

ピッ

ピッ

苦虫を噛み潰したような表情で黒髪の女神が見つめる先には

櫂たちが住む世界 RL338PMQ248 の界面上を高速で移動する光点、

そう、飛翔術を使い空を飛ぶ海人が映し出されていた。

「強制的に降ろしますか?」

「う〜ん、

 そうねぇ

 打ち落としてやりたいのは山々だけど、

 もぅちょっと待って、

 曲がりなりにも竜宮の管轄なんだから、

 竜宮の出方を待ちましょう」

判断を求められた黒髪の女神はそう返事をすると、

「はいっ

 監視を続行いたします」

担当員は返答と同時に、

カチッ!

海人の光点のプロパティを開き、その中の項目である自動追尾にチェックを入れた。



ゴォォォォォォ…

水姫に追い立てられ、

半ばやけ気味で飛び立った海人はすでに地球を5周し、6周目に入ろうとしていた。

「くっそう!!!

 乙姫の奴は一体どこにいるんだ!!

 こらぁ!!!」

遠くに見えてきた東京の明かりを見つめながら海人は怒鳴り声を上げたとき、

『♪〜…』

「!!」

彼の耳に乙姫の歌声が聞こえたような気がした。

ドンッ!!!

反射的にブレーキをかけ、海人は空中に停止すると、

全ての神経を使いその歌声の流れてくる方向を見定める。

そして、

「!っ

 こっちか…」

一番歌声の強いところを探り当てると、

ドゴォォォォォン!!

その方向へと一直線に飛んでいった。



「…ルド様っ

 監視対象が向きを変えました」

天界・時空間管理局で海人の行動を監視していた担当員が声を上げると、

「向きを変えた?」

その声に素早く黒髪の女神が駆けつけモニター画面を覗き込む。

「はっはいっ

 RL338PMQ248の北緯40度xx分、東経149度xx分の太平洋上で進路を変更しました

 が…」

食い入るように画面を見つめる黒髪の女神の気迫に押されるように担当員は状況を説明すると、

「そう、よっく判りました。

 そっちがそう言う気なら、

 こっちも手加減はしません。

 構まいません、撃墜しなさい」

画面から顔を離した黒髪の女神は指示を下した。



ガラガラガラ!!

ドドドーン!!

雷鳴と共に初夏の短い夜が終わりを告げ、

東の方が少しずつ明るさを増してくる。

巫女神姉妹を手下の海魔達に任せたハバククはひとり、

輸送機の下で夜明けの空を眺めながらタバコの煙を揺らしていると、

プルルルル…

胸ポケットの携帯電話が振動した。

「あぁ馬場だが」

携帯電話を開き人間界での名前を告げると、

「あっ

 馬場様っ

 荷物の積み込みが完了しました」

と携帯電話の向こうから部下の声が響く、

「そうか、

 よし、

 私が戻り次第、離陸だ、

 管制室とパイロットにそう伝えろ」

ハバククは手短にこれからの段取りを伝えると、携帯電話を畳み、

エチケットポケットにタバコを押し込むとタラップを上り始めた。

「さて、

 この景色ともお別れか、

 まったく、ジラに任せていたら何年たってもこの仕事は終わらなかったな」

一歩一歩タラップの階段を踏みしめながらハバククは回想に浸る。

と、そのとき、

カッ!!!

数十万個のフラッシュを一度に焚いたような閃光が空港の真で光り輝いた。

「!!

 なに?」

周囲の景色を飲み込むような勢いの光にハバククは顔を上げると、

シャァァァァァァァァァァァァ!!!!

空間を切り裂き何かが落ちてくる音と間髪をいれずに

ドゴォォォォォォン!!

表にいる者の鼓膜を破らんばかりの大音響が響き渡った。

「うわっなんだぁぁぁぁ」

突然のことにハバククは腕で顔を庇うが、

その際に

ズルッ

「え?

 うわぁぁぁ」

ドガガガガガガガドタン!!!

光の強さに一瞬バランスを崩してしまうと

足を踏み外してしまったハバククは転げ落ちるようにしてタラップから転落してしまった。

「馬場さまっ!」

「大丈夫ですか?」

機内よりそれを目撃した部下たちが慌ててタラップを降り駆け寄ろうとすると、

「私は大丈夫だ!」

そう返事をしながらハバククは起き上がると、ハンカチで額の血を拭いはじめる。

「一体、なにが起きた?」

怪我をした箇所を押さえながらハバククは状況を尋ねると、

「さぁ、我々にも…」

「なにがなんだか…」

駆け寄った部下達も皆首をひねる。

すると、

「おいっ

 誰かいるぞ」

「なに?」

一人が上げた声にハバククも含む全員が一斉に振り向くと、

スタ

スタ

さっき落雷があった地点より一人の少年が頭を押さえながら輸送機のほうへ向かって歩いてくるのが見えた。

「そんな…さっきまでは居なかったのに…」

あの閃光以前、滑走路には人影が無かったことを部下の一人が呟くと、

「!!

 お前達は下がっていろ」

少年に何かを感じたハバククは部下達に下がるように告げた。

「え?

 でもっ

 馬場様を置いては…」

ハバククの言葉に部下達は驚くと、

「えぇぃっ

 さっさと行かんかっ

 お前たちが居ては足手まといだ」

困惑する部下にハバククは痺れをきたしたかのように怒鳴る。

「はっはいっ!

 では我々は先に搭乗しています」

ハバククの剣幕に部下達は縮みあがるとアタフタとタラップを上っていく、

そして、一人残されたハバククは起き上がり、

パンパン!!

っと汚れたズボンを叩くと、

サッ

転落で乱れた髪を直し、

キッ

自分へと向かってくる少年を見据えた。



しかし、

スタ

スタ

スタ

少年は無言でそんあハバククに構うことなく近づいてくると、

彼の5mほど手前で立ち止まり、

「まったく

 着いたと思ったら、

 いきなり叩き落しやがって、

 天界か?

 こんなことをするのは?

と文句を言いながら少年は空を見上げ、

そして、ハバククの方へ再度視線を向けると、

「さて、

 ここに、竜宮の乙姫が居るはずだが…」

と尋ねた。

しかし、ハバククはすぐには答えず

ただ、右手を胸に添えながら大きく頭を下げると、

「そのような方はご存知ありませんが…」

と返答をする。

「知らないか」

「はい」

「そうか」

「はい」

少年とハバククのそのような会話が続いた後、

ニヤッ

一瞬、少年は笑みを浮かべると、

急に険しい顔になり、

「海魔風情が、そんな見え透いた嘘で騙されるかっ」

と声を荒げ、

「そこを開けろ」

ハバククに向かって命令をした。

しかし、

「ふふっそうですか…」

頭を下げたままのハバククはうすら笑いをしながらそう呟くと、

フッ

今度は勢いよく頭をあげ、

「竜王・海彦殿の直々とあらば、わたくしめもそれなりの応対をせねばなりません」

と言うなり、

シャッ!!

少年・海人目掛けて己の爪を放った。

ところが、

「ふんっ」

向かってくるハバククの爪を見据え海人は鼻で笑うと、

フッ!!

爪が海人の身体に届く直前、その姿が消えた。

しかし、

「ふっ、

 そこぉ!!」

消えた海人の姿に動じることなくハバククはある一点の空へ向かって爪を放つ

その途端、

バシッ!!

ハバククが放った爪が壁に当たったかのように弾かれると、

フッ…

ハバククの横に海人が姿を見せる。

「へぇぇ、

 なかなかやるじゃん、
 
 お・じ・さ・ん」

ハバククの攻撃に海人は感心すると、

「光栄です」

ハバククは笑みを浮かべながら返事をする。

「そうか、

 じゃぁ、今度はこっちからいくぞ」

パンパンと肩を叩きながら海人は次は先手でいくことを告げると、

「はいっ、どうぞ…」

余裕の表情を見せながらハバククは静かに構えた。

バッ

フッ

一瞬の間合いを置いて二人の姿が消えた途端、

その直後より、

バンッ

ドォンッ

ドコッ

ドォォンッ

輸送機の周囲に次々と翠色のオーラの華が大きく開き、

そして、花開いたオーラは次々と癒着していくと、

巨大な渦へと成長していった。



「!!!」

輸送機の回りでオーラが花開くと同時に、

格納庫内で海魔と戦っている沙夜子と夜利子もそのパワーを感じ取った。

「小夜ちゃんこれは…」

「これは…そーとー強いぞ」

背中合わせに海魔と対峙する二人にパワーが伝わってくるか

巫女装束から覗く柔肌に鳥肌が立っていく、

そして、そのパワーはこれまで沙夜子たちを苦しめてきた海魔にも影響を与え、

グググググ…

パワーに押されるように海魔たちの動きが鈍り始めた。

「いまだ!!」

海魔共の動きが鈍ったことを見切った沙夜子は

奪取で飛び出すと海魔の包囲網を破り、、

ハバククに弾き飛ばされた雷竜扇へと飛びついた。

そして、

間髪居れず、

バッ!!

雷竜扇を開くと、

「翠玉波!!」

と巫女装束を翻し扇いだ。

刹那、

カッ!!

格納庫内に翠色の閃光が走り、

ドォォォォン!!

ほぼ同時に波紋を思わせるオーラの津波が格納庫内を駆け巡っていった。



シュワァァァァァ…

「はぁはぁ」

影を残してものの見事に消し飛んだ海魔の姿を見下ろしながら沙夜子は肩で息をしていると、

「小夜ちゃんっ

 乙姫様!!」

出口へと駆け出した夜利子は沙夜子に声をかける、

「あっうん」

その声に沙夜子も雷竜扇を畳み、追いかけていくが

しかし、格納庫の出口に来た途端、



ドォォォォォン!!

「きゃぁぁぁ!!」

表で吹き荒れるオーラの嵐に先を行く夜利子がボールのごとく吹き飛ばされると、

後から来た沙夜子に激突してしまった。

「痛たたたた…

 ちょちょっと夜利ちゃん」

気絶したまま覆いかぶさる夜利子を押しのけて沙夜子が起き上がると、

ドォォォォン!!

一段と強さを増したオーラが格納庫に吹き込んでくる。

「なんだこれは?」

オーラのパワーに息苦しさを感じながら沙夜子はきを失っている夜利子を背負い、

「一旦、退却!!」

といいつつ格納庫の奥へと避難して行く。



『おっ乙姫さま…』

そのころ、輸送機の中で真奈美が自分達の周囲を旋回するように激しく動くパワーに驚くと、

『海彦さま…来てくれたのですね』

乙姫はそっと自分の竜玉を抱きしめ祈り始めるが、

その一方で、

「おっおいっ

 なんだこれは?」

駐機場に留まる輸送機を中心にして湧き上がり始めた翠色のオーラに気づいた管制官が驚き腰を上げていた。



ゴォォォォォ!!

輸送機の周囲で渦を巻くオーラは次第に勢いを増し、

やがて竜巻へと成長していく、

そして、

ビシッ!!

バリバリバリバリ!!!

管制塔の窓ガラスに一斉にヒビが入ると、

バチン!!

「うわぁぁぁ!!」

「退避だ!!」

「空港を閉鎖しろ!!」

レーダーをはじめとした管制機器の電源が一斉に落ち、

また、管制官たちも我先へと逃げ出してしまい、

猫柳私設空港は実質上閉鎖状態に陥ってしまった。

「ちっまずいなぁ」

灯りが落ち真っ暗になった管制塔の様子にバククは舌打ちをすると、

「しゃっ」

向かってくる海人に向けて素早く気功弾を放つ、

ところが、

「うるせー!!

 こっちは行きたくも無いのに無理やりケツを叩かれたんだ、

 くそ面白くねぇ!!

 これでも食らえやがれ!!」

自分に向かってくるハバククにあのときの水姫の姿を重ね合わせた海人は、

その感情をぶつけるようにハバククの数倍の気功弾を弾幕の様に撃ちまくる。

「なんて奴だ…

 だが、

 先を見ているのではなくて、

 感情だけで攻撃とは
 
 ふっ竜王とは言っても所詮は子供か」

海人からの気功弾を巧みに交わしながらハバククは徐々に海人との間合いを詰めていく、

そして、一瞬の隙を突いて海人の懐に飛び込むと、

「君のいけないところは

 感情に任せて攻撃をすることですよ」

と叫びながら海人の胸元に気功弾を放とうとすると、

「しまった!」

目の前に迫るハバククに対抗して海人も気功弾を放った。

その瞬間、

ズンッ!!

オーラの嵐が吹き荒れる空中に一際大きい華が咲くと、

その華よりそれぞれ方向へ向けて

シュッ!!

ヒュンッ!!

二人の影が飛び

ドン!!

ドォン!!

海人は格納庫の壁に、ハバククは輸送機にすえつけられているタラップへと激突してしまった。


シュォン…

あれだけ吹き荒れていたオーラの嵐はピタリと止み、

夜明け独特の静けさと清清しさが空港に漂いはじめる。

「イタタタタタ…

 これは…

 さすがに…

 キツイな」

最初に動いたのはハバククの方だった。

全身がバラバラに裂かれるような激痛に耐えながら起き上がったハバククは

自分の激突による衝撃で捻じ曲がったタラップをよじ登っていくと、

チラリ

格納庫の壁に激突したままいまだ気を失っている海人を見た。

そして、

「どうやら、動けないようだな、

 悪いが私は先を急ぐのでな」

と呟くと、痛む身体を引きずりながら輸送機の機内に消えて行き、

「なにをしている!!

 他に飛行機は飛んでないんだ、

 無管制でかまわないからさっさと飛びたたんか!!」

と部下たちに命じるとそのまま機内に据えつけられているソファへ倒れこんだ。



キィィィィン!!!

程なくして滑走路に引き出された輸送機はタービン音を響かせ始める。

すると、それに気づいた沙夜子が夜利子を担いで恐る恐る格納庫より出てくると、

「ジェットエンジンの音?

 終わったのか?

 一体あれは?」

あれほど荒れ狂っていたオーラの嵐がピタリと止んでいることに驚くのと同時に

滑走路上を移動していく輸送機に気がついた。

その途端、

シュンッ!

沙夜子の懐に仕舞われている雷竜扇よりまた光の帯が伸び、

いままさに飛び立とうとしている輸送機の脇に届いた。

「雷竜扇が…

 ということは乙姫はあそこに…

 しまった!!!」

それを見た沙夜子はあの輸送機に乙姫が居ることに気づくと

「蒼王鬼!!」

と猫柳邸に押しかけたときに乗ってきた大鬼・蒼王鬼を呼ぶが、

しかし、肝心の蒼王鬼はさっき沙夜子が放った竜玉波を浴び動けない有様になっていた。

「あちゃぁ」

満身創痍の蒼王鬼の姿に沙夜子は頭を抱えると、

「うっ…」

格納庫の壁からうめき声が上がる。

「え?

 誰かいるのか?」

その声がした方を沙夜子は覗き込むと、

「お前は…」

壁に叩きつけられたのか、

大きくへこんだ壁の下で呻き声を上げている少年・海人を見つけ、

沙夜子は恐る恐る近づいていくと、

「おいっ

 しっかりしろ」

っと声をかける。



一方、滑走路に出た乙姫を乗せた輸送機も離陸出来ずに居た。

猫柳私設空港の管制システムがダウンしている状態での強行離陸はあまりにも危険すぎ、

輸送機を操縦するパイロットが管制塔からの許可がないと離陸できないと言ってきたためであった。

「あっあのぅ…

 馬場様…

 やはり、管制塔からの許可がないと…」

文字通り倒れたままのハバククに部下達がそう進言すると、

「なんだとぉ

 まだ離陸していないのか」

必死で意識をつなぎとめながら、

ハバククはまだ空港に居ることを叱りつける。

「はっ申し訳ありません、

 ただ、パイロットが管制を受けない離陸はできないと言っていて…」

「俺が許可をしたんだ、

 さっさと出さないか」

「でっでも」

「えぇぃっ

 俺の言うことが聞けないというのか」

「いえっ、そんな訳では

 でも、ここは管制塔の業務が復帰してからでも」

無茶な命令をするハバククに部下達はあえてそう進言した。

しかし、

「ばか者!!」

それを聞いたハバククの怒鳴り声が機内に響き渡ると、

「いまは一刻一秒を争う事態だ、

 管制が受けられないからといって、

 離陸を躊躇する奴があるかっ

 いいから出せ!!

 出すんだ!!」

と烈火のごとく怒りながら怒鳴りつけた。

「はっはいっ!!」

ハバククの逆鱗に部下達は縮み上がり、

そして、コックピットへ押しかけると、

離陸を渋るパイロットを半ば強引に説得し始めた。

「責任は全てそっち持ち

 手当ては二倍に弾んでくださいよ」

部下達の説得にパイロットはそう返事をすると操縦桿に手を置いた。



キィィィン…

タービン音が高鳴り始め、

それが耳に入った沙夜子は、

「ちょちょっと、君、寝てないで起きてよ

 竜宮の関係者なんでしょう

 さっさと起きなさいよ」

海人から漏れてくる竜気に

この少年が人魚と関わりのあることを察した沙夜子は

ようやく離陸体制に入った輸送機を横目に見ながら数回叩くと、

ようやく気がついたのか、海人はハッと目を開け飛び起きた。

そして、

ガシッ

「おいっ

 アイツはどこだ?」

と尋ねながら目の前にいる沙夜子の胸倉を掴み上げる。

「なっなによっ(げほ)」

まさに絞め殺さんとばかりの海人の力に沙夜子は苦しそうな声を上げると、

「それよりも乙姫さまがあの飛行機で連れて行かれちゃうのよ

 なんとかしなさいよ」

と輸送機を指差し怒鳴る。

「あれに?

 乙姫が?」

沙夜子の言葉に海人は立ち上がり、

そして、動き始めた輸送機に向かって走り始めると、

「あっちょっと

 走って追いかけられるものじゃないよ」

輸送機に向かって走っていく海人に沙夜子は叫ぶ中、

ゴォォォォォォ!!!

大型輸送機エアバス・A380Fは轟音とともに猫柳私設空港を飛び立っていった。

「己っ!!」

雲の中へと向かっていく機影を追いかけながら海人は叫び声を上げ、

カッ!!

右腕を掲げ竜気をその腕に集中させ飛翔術を使おうとする。

そのとき、

ピーーーーっ

「…ルド様っ

 また高レバル魔導物体が界面方向へ向けて動き始めました」

天界・時空間管理局内に担当員の叫び声が響き渡った。

「まじ?

 あれで大人しくなったんじゃないの?

 えぇぃっ

 構わないわ、

 即、撃墜しなさい!!

 今度上がられては特異点が動いちゃう」

と報告を聞いた黒髪の女神は叫び声を上げた。

その途端、

シャァァァ!!

飛び上がろうとした海人目掛けて雷雲の遥か上空より、

特大の雷撃が降り注いできた。

「え?

 うわぁぁぁぁ!!!」

ドドドォォォォン!!!

瞬く間に迫ってきた雷撃に海人は避けることなく直撃を受けると、

そのまま滑走路に叩きつけられる。

そしてその余波により、猫柳邸内の全ての電源が一斉にショートし

広大な猫柳邸を陰で支えていた電気系統は一部を除き破壊されてしまった。



「若っ

 06:00(マルロク・マルマル)猫柳邸内、完全に沈黙しました」

猫柳邸を監視していた犬塚家安全保障部に藤一郎を呼ぶ声が響くと、

「落雷か?」

書類に目を通していた藤一郎は原因を尋ねる。

「はっ

 レーダーによる観測によると大規模な落雷があった模様です」

「そうか

 落雷か…」

「はいっ」

「猿・狸・狐の動向は?」

「はっ沈黙を守っております」

「よしっ

 とりあえず危険は無いようだな

 我が犬塚も現行体制を維持したまま猫の動静に注意せよ」

「はっ」

藤一郎は他の猿島・狸小路・狐川の各財閥に動きが無いことを確認すると、

現行体制による哨戒を言い渡すと立ち去っていった。

そして、それから3時間後、

天界・時空間管理局のイグドラシルシステムでとんでもない事態が発生し、

それはすべての者達の運命を大きく変えていくのであった。



「だっ大丈夫?」

雷撃を受け滑走路上で倒れている海人の下へ沙夜子が駆け寄ると、

「くっくっそぉ…」

なおも海人は立ち上がろうとするが、

しかし、彼の力はそこで尽きると、

そのまま沙夜子の腕の中に倒れてしまった。

「え?

 ちょちょっと…

 参ったわねぇ…

 夜利ちゃんもまだ目を覚まさないし

 どうしよう…」

意識を失った海人に沙夜子は困惑していると、

『まったく、無様ねぇ…』

という女性の声が響き渡る。

ハッ

その声に沙夜子は驚き上を見ると、

フッ!!

沙夜子の上空10mほどに赤い髪を長く伸ばし、

頭には二本の角を生やした鬼の女が浮かんでいた。

「紅姫鬼!!」

予想外の鬼姫・紅姫鬼の出現に沙夜子は海人を路面に寝かせると大急ぎで雷竜扇を取る。

『ふんっ

 なによ、やるって言うの?』

雷竜扇を構える沙夜子に紅姫鬼はそう言うと、

「どうやってここに来た、

 摩耶さんはどうした?」

雷竜扇を構えを崩すことなく沙夜子は尋ねる。

『ふんっ

 ピンピンしているよ、

 というより、

 その摩耶の命令でここに来たんだよ』

沙夜子の質問に紅姫鬼は答えると、

「え?

 摩耶さんの命令?」

『あぁ、

 そうだよ、

 あたしの蒼王鬼を持ち出して出かけたっきり

 いくら待っても連絡が来やしない。

 それで、摩耶があたしに様子を見て来いってね』

「そっそうなんだ?」

紅姫鬼の説明に沙夜子は雷竜扇を静かに下ろすと、

『でも、

 いいんだぜ、

 あたしはお前達のその首をもぎ取ってやりたくて仕方が無いんだら』

紅姫鬼はうっすらと笑みを浮かべ、

ペロリと舌なめずりをしながらそう言う。

「出来るのか?」

『やってみようか?』

巫女と鬼のにらみ合いに周囲に緊張が走る。

しかし、

「ふっ」

沙夜子は小さく笑うと、

「そんなこと、出来るわけないのはお互い様でしょう」

と紅姫鬼に告げた。

『ふんっ』

沙夜子の言葉に魎鬼姫は鼻でため息をつくと、

『で、如何するんだ?』

と尋ねる。

「そうだなぁ、

 とりあえず、ウチに一旦撤収だな

 体勢を立て直して出直しするしかないだろう」

事実上、乙姫を追いかけることが不可能であることを紅姫鬼に返答すると、

『やれやれ

 大口を叩いた割にはこの様かい』

紅姫鬼は憎まれ口を言いながら呆れたポーズをした。



つづく


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