風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第31話:激突、猫vs猿】

作・風祭玲

Vol.463





ズドォォォォォォン!!

深夜の住宅地に突如、大音響が轟き渡ると

ギュン!!

雷雲が渦巻く夜空へ向かって光の帯が一直線に伸び、

余韻を残しつつ消えていった。

「…まったく、素直じゃないんだから…

 …ところで、あいつ…

 …乙姫の居場所を判ってて飛び出していったのかな?」

自分の目の前から消えていく光の帯を眺めながら水姫はそう呟くと、

雷光が輝く夜空へ視線を動かした。

その一方で、

バリバリバリ

ビシャァァァン!!

ガラガラガラ!!

天空に高々と舞い上がった海人をその周囲を取り囲んだ雷雲が前後左右より一斉射撃のごとく雷撃を放つが、

しかし、

「判ったよっ!

 判ったよっ!

 どいつもこいつも

 えぇ、えぇ行きますとも、

 この竜王・海彦様が直々に迎えに行ってやるから有りがたいと思えよぉ!!」

海人は雷雲からの雷撃をものともせずに、

そのもって行き場のない怒りを自らの身体にかけている空中飛揚術にぶつけて力を込めると、

グンッ!!

海人のスピードはさらに上がり、雷撃を蹴散らしていく。

しかし、

その海人自体、怒りに任せて飛び上がっただけに、

乙姫の正確な居場所など判るはずもなく

ただ闇雲に雷雲の中を突き進んでいるに過ぎなかった。



「…様っ!

 …ルド様っ!」

衝突し、絡み合った状態になっている二つの世界を引き離すための

N2超時空振動弾発射のカウントダウンが続く天界・時空間管理局内・発令室に女性の慌てた声が響き渡った。

「なに?

 どうしたの?」

その声に呼ばれた黒髪の女神がモニターより顔を上げると、

「はいっ

 特別監視中のディメンジョンナンバー RL338PMQ248 の界面上に高レベル魔導物体が出現、

 界面に沿いながら移動を開始しました」

と状況報告がなされる。

「なんですってぇ!?

 こんなときに飛び上がるだなんてどこのバカよ!!

 いまどういう状態か判っているの?

 N2超時空振動弾の起爆24時間以内の高濃度魔導の放出は禁止したはずよ、

 通報はどうなっているの?」

報告を聞いた黒髪の女神はヒステリックに叫ぶと、

あわてて、自分の前のコンソールを操作し始めた。

そして、操作しながら、

「ちょっと、手が空いている人、

 ユグドラシルシステムのデータベースからこのバカを検索して」

と指示を出す。

すると、

パパ

たちまち発令室のメインパネルに海人の情報が表示され、

それをみた黒髪の女神は

「なによっ

 竜王じゃない?

 もぅ乙姫はなにをしているのよ

 この非常時に…

 ちょっと回線を開いて竜宮を呼び出して、

 すぐに!」

と怒鳴り声を上げ指示を出した。

程なくして、

『はいっ、

 竜宮です…』

と言う声と共にちょっと気弱そうな人魚がメインパネルに姿を見せると、

「あぁ

 あたしだけど、乙姫はいる?」

持ち上げた受話器に向かって黒髪の女神は乙姫に出てくるように告げた。

ところが、

『はぁ…あのぅ』

電話口の人魚の返事はなぜか歯切れが悪かった。

「ん?

 どうしたの?

 なに?

 乙姫、居ないの?」

『はっはぁ』

「もぅなにやってんのよ、

 まぁいいわ、

 じゃぁ乙姫に伝えて、

 いま、あなたのところの竜王が界面上を飛んでいるの、

 すぐに引っ込めるように伝えて、

 じゃないと、折角固定した特異点の座標が振動でぶれるのよ、

 いーぃ、

 従わない場合はこちらから打ち落とすからね、

 じゃっ」

黒髪の女神は一方的にまくし立てると電話を切った。

しかし…

電話口に出た乙姫の従者である人魚・マヤは

ツーツー

切れた電話を握り締めながら、

『そんな事いわれても…

 乙姫さまは、ここには…』

と呟き途方にくれていた。



「玄光様っ

 ネコを射線上に捕らえました」

潜水艦・百日紅の艦内に音響探査員の声が上がると、

「よーしっ

 1番から8番管、魚雷射出!!

 外すな!!」

即座に幻光忠義の声が響き渡った。

すると、

「アイアイサー!」

その声に呼応するようにオペレータが一斉に魚雷発射スイッチを操作した途端、

ゴゥゥゥゥン!!

シャシャシャッ!!

百日紅の艦首に開いた魚雷発射管より左右4本づつ、計8本の魚雷が飛び出し、

その延長線上に姿を見せる巨大な魚を思わせる影・シーキャットへと向かっていった。



一方、百日紅の標的にされたシーキャットでは

「艦長、

 サルが魚雷を射出しました。

 合計8本です」

百日紅が射出した魚雷を感知すると、

「ふっ

 面白い、
 
 サルの分際でこの猫柳泰三に刃を向けるかっ」

魚雷襲来の報を聞いた猫柳泰三は徐に立ち上がり、

「サルに我がシーキャットの性能を見せ付けてやれ!!

 人魚を見失わないようにしつつ、

 ダッシュをしろ!」

と指示を下した。

そして、泰三の声が響くと同時に、

「シーキャット、ダッシュ!!」

艦長の貝枝が命令を下すと、

「アイアイサー!!」

ガコン!!

航海士が操作レバーを下げる。

すると、

クィィィィィン…

電子音と共にシーキャットの電磁推進システムが一斉に出力を上げ、

シーキャットの周囲の海水を一斉に後ろへと押し下げた。

その途端、

グンッ!!

まるで後ろから突き飛ばされたかのようにシーキャットは前へと飛び出し、

「え?

 うっ 

 うわわわわわ!!」

ゴロゴロゴロ!!

とても海中とは思えない猛烈な加速に絶えらず、

泰三を含む乗組員が一斉にひっくり返ってしまった。



『うん?

 なんだ?』

周囲の海水が一斉に動き始めたことに櫂が気づくと、

『なにが起きた?

 ん?
 
 海水が動いているな』

傍を泳ぐ竜彦は冷静に突然始まった海象を分析する。

しかし、櫂と竜彦の背後に人工的な灯りが姿を見せると、

シャァァァァァァ!!!

周囲の海水を動かし、巨大な物体が文字通り櫂と竜彦の真上を飛んでいく、

『うわぁぁぁぁ!!

 なんだあれは?』

いきなり頭上を乗り越えるように動いていった物体に櫂と竜彦は驚くと同時に、

ゴバァァァ!!

『どわぁぁぁ!!』

『うわぁぁぁぁぁ』

物体とは正反対の後ろへと動いていく海水の流れに巻き込まれ、

猛烈なスピードで押し戻されてしまった。

『ちぃぃぃぃ!!

 おっ俺に捕まれ!!』
 
『わっわかった!!』

猛烈な流れに翻弄されつつも何とか体勢を立て直した竜彦が声を上げると、

櫂は竜彦の体にしがみつき、

『よっよし』

それを感じ取った竜彦は一気に流れから飛び出した。

『なっ何だ?』

『さぁ?』

海水の流れからかろうじて抜け出した二人は顔を見合わせていると、

間髪おかず、その物体を追いかけるように

今度は8本の影が泡を吹きながら急流を登るサケのように走り去っていく、

『なんだ?

 こんどは?』

夜光虫の灯りをさえぎり移動していく影に櫂は目を見張ると、

その影が消えて約3分後、

ずずずずずずんんんんんん…

海水を振動させながら衝撃波が襲ってきた。

『どわぁぁぁぁ』

『うわぁぁぁ』

瞬く間に衝撃波は櫂と竜彦を飲み込むと二人を押し流して行く。

『まったく、

 なんなんだよ、今日は』

櫂に抱きつかれながら竜彦は這々の体で自分達を翻弄する海水の流れより抜け出すと

影になる岩場を嗅ぎ分けすかさず潜り込んだ。

『ぶはぁ

 あぁ非道い目に遭った』

翠の髪を振り乱し櫂が衝撃波に遭った心境を言うと、

『どうやら地上人の船が争いを始めだしたみたいだな

 いい迷惑だぜ』

髭を動かしながら竜彦も大きく頷く。

『えぇ?

 戦争?』

『あぁ、目では見えないが奥に居る船が、

 さっき、俺達の頭の上を通った船を攻撃したみたいだ』

『ちょちょっと待って、

 なんで、戦争が始まるんだよ、

 ここは日本の海だよ』

『知るかよ、

 現にこんな目に遭っているじゃないかよ』

『そっそうだけど

 どうする?』

『仕方ない、いま表に出るのは危険だ、

 とりあえず、夜明けまでここで待とう』

相変わらず渦巻く海水を感じながら竜彦はそう判断をすると、

『あーぁ、

 暗いうちに忍び込もうと思ったのにぃ』

櫂は文句を言いながら尾びれで岩を叩いた。



ゴゴォォォォォォン!!

自ら放った魚雷による衝撃波が百日紅へ届くと、その巨体を大きく揺らす。

「やったか」

その振動を全身で感じながら忠義は成果を尋ねるが、

「いえっ

 魚雷は全弾外されました」

魚雷の行方を追っていた担当員はキッパリと答えた。

「なに?」

その言葉に忠義の表情が引きつると、

「ネコの船は潜水艦として考えられない速度で動き、

 こちらが射出した魚雷を振り切りました。

 この衝撃は振り切られた魚雷が岩場をネコと誤認、着弾したものと思われます」

と担当員は答る。

「なんだとぉ

 ネコは一体どれ位の速度で動いた?」

「はっ

 おそらくは50ノット以上の速度で動いたものと思われます」

「なにぃ?

 いきなり50ノットだぁ?

 出来るわけないだろう、そんな速度を出すなんて」

「でも、その速度で動いたのは確かです」

「……」

そう返事をしながら担当員はシーキャットの位置を示したプロット図を忠義に手渡すと、

それを見た忠義はそのまま黙ってしまた。



一方、シーキャットはと言うと、

シュゥゥゥン…

ダッシュによる超加速は瞬発的なもので持続させることは出来ず、

海水の抵抗により次第に速度を落としていくと停船してしまった。

艦の停船と同時に加速に着いて行けずにひっくり返っていた泰三が起き上がり、

そして、痛む腰を庇いながら艦内の様子を眺めてみると、

艦内は超加速により乗組員の大半は泰三と同じようにひっくり返り、

また、資料が落ちるなど艦内は滅茶苦茶の様相を呈していた。

「あははは…

 さすが、ダッシュだな」

その光景に泰三は怒りもせずに豪快に笑うと、

「おいっ

 いつまで寝ているんだ、

 サルの魚雷を捲いたといっても、

 すぐ次が来るぞ!!」

と声を張り上げる。

すると、

「もっ申し訳ありません」

泰三の声にひっくり返っていた者達が一斉に起き上がると、

大慌てで片づけをはじめだした。

そのとき、

「会長…」

泰三の脇に原子力博士が寄ると、

「いまのダッシュ、なかなかのものですな、

 この原子、感服いたしました」

と笑みを浮かべ話しかけてきた。

「ははは、

 そうだろう

 そうだろう

 このシーキャットの建造には猫柳の持てる力をつぎ込みましたからな

 性能に関しては折り紙付ですぞ」

と泰三は悦に浸りながら返すと、

ニヤッ

原子は再び笑みを浮かべ、

「会長、

 報復攻撃に原子爆弾を使ってみては如何かな?」

と提案をした。

「なに?」

原子の提案に泰三は驚くと、

「心配は要りません、

 予備のも持ち込んできていますからな、

 一度、海水中での威力も知って起きたいと思いましてな

 ハハ

 なぁに、研究者としての好奇心による我侭ですが、

 どうだろうかのぅ」

と原子は訳を話す。

それを聞いた泰三の目は急に爛々と輝きだすと、

「そうですな、博士」

と原子の意見に同調し、

「おいっ艦長、

 予備の原子爆弾を魚雷にセットし、

 サルに向けて放て!!」

と高らかに命じた。

そして、程なくして、

ガコン!!

シーキャットの魚雷射出口が開くとゆっくりとその狙いを百日紅へと向けた。



ギュォォォォン…

ドムッ!!

悪天候をつき飛来してきた大型貨物輸送機エアバス・A380Fが

タービンの音を響かせ深夜の猫柳私設空港の滑走路に接地する。

成田空港の約6倍の敷地面積を有する猫柳私設空港は4000m級の滑走路を5本持ち、

狐川・狸小路・犬塚・猿島の各私設空港と共にアジアでのトップ10に輝く空港である。

ごわぁぁぁぁ!!

その猫柳私設空港を横目に見ながら蒼王鬼が雄たけびを上げると、

「しー」

その蒼王鬼に跨る巫女神沙夜子は口に人差し指を立て静かにするように命じた。

「それにしても、大きな空港ねぇ」

滑走路を照らす灯り列を見ながら沙夜子の後ろに乗る夜利子が感心しながらつぶやくと、

「そうねぇ…

 成田空港の数倍はあるかなぁ」

灯りの列を数えながら沙夜子は返事をする。

「で、

 小夜ちゃんの雷竜扇が指し示すものって、

 あの空港に有るの?」

沙夜子の手に濁られている霊扇・雷竜扇より伸びる光の帯が指す方向を眺め夜利子が尋ねると、

「うん、そうみたい」

沙夜子は返事をし雷竜扇を改めてみると、

ヒュン!!

その雷竜扇より一本の光の帯が遠くに見える空港ターミナルビル方向へと伸びていく。

「あそこに、この扇を呼ぶ何かがある…」

ターミナルビルを眺めながら沙夜子はそう呟くと、

「いけっ

 蒼王鬼!」

と自らが跨る大鬼・蒼王鬼に命じた。

ごわぁぁぁぁぁ!!

夜の闇に蒼王鬼の雄たけびが上がると、

バッ!!

沙夜子と夜利子は猫柳私設空港・ターミナルビルへと向かっていく。



そのとき、

「ん?」

「如何なされました、馬場様?」

大日本航空宇宙センターへの書類の提出手続きをしていた馬場勝文ことハバククが

何かを感じそして振り返ると、それに気づいた秘書が声をかける。

「いやっ、なんでもない」

秘書の声にハバククはそう返答するが、

しかし、

「いやっ

 何か、いやな予感がする…

 !!

 ちょっと空港まで行ってくる、

 お前達はこの書類を提出しておけ」

自分にとって好ましくない状況が差し迫ってきていることを感じ取ってか、

ハバククはそう部下達に命じると、

バッ!!

スーツの上着を羽織り、執務室から出て行った。

そして、ハバククが出て行った途端、

「なぁ知ってるか?」

部下の一人が隣で作業をする女性秘書に声をかけた。

「え?」

部下の声に秘書は振り向くと、

「馬場さん、人魚を会長の部屋から空港へ運んだの」

と部下はハバククが人魚を空港へ運んだことを告げた。

「え?、人魚こっちに居るの?」

「そうだよ」

「空港って?」

「あぁ、なんでもDEJIMAにもって行くって聞いたけど」

「あのドケチな会長が

 よく、そんな決断をしたよなぁ」

「うっそぉ

 あたし何も聞いてないよ、

 第一、人魚がここにいるのなら、

 なんで会長は人魚を捕まえに潜水艦に乗っているのよ、

 ちょっと問い合わせてみる」

部下から人魚がここ猫柳邸に居ることを聞かされた秘書は驚き、

そして、泰三に真偽を確かめようと立ち上がると、

「ちょっと待って、

 さっきから電波障害がさらに酷くなって、

 特に対潜水艦用の長長波通信はほぼ通信不能だって、
 
 さっき、総務からメールが入ったよ、

 だから、確認は少し待ったほうがいい」

とそれを見ていた部下が注意をした。



「ここね…」

「うん、ここ…」

雷竜扇より伸びる光の帯が空港ビルに寄り添うように建つ格納庫を指し示すなか、

蒼王鬼はその上を大きく旋回をしていた。

「いくよ、

 準備は良い?」

巫女装束を翻しながら沙夜子は夜利子に覚悟をたずねると、

「ふふっ

 いつでもどうぞ」

夜利子はそう返事をし大きく頷いた。

「よーし、

 蒼王鬼っ

 あのシャッターをぶち破ってあの中に突入をしろ」

夜利子の気合を確認した沙夜子は蒼王鬼に命じると、

ごわぁぁぁぁぁ!!

蒼王鬼は雄たけびを上げ、

グンッ!!

上空から一気に沙夜子が指し示したシャッターへ向かって降下した。

そして、シャッターが目の前に迫ったところで、

ごわぁぁぁっ

カッ!!

ボン!!

蒼王鬼は大きく息を吸い込むと、その口より火炎弾をシャッターに向けて放った。

刹那、

バゴォォォォン!!

蒼王鬼の火炎弾の直撃を受けたシャッターは無残に吹き飛び、黒い開口部を晒す。

「よーしっ

 あそこに飛び込め!!」

その開口部を指差し、沙夜子が声を上げると、

ごわぁぁぁ!!

蒼王鬼とともに沙夜子と夜利子は格納庫の中へと突入していく、



ゴォォォォォン!!

格納庫に中に衝撃音が響き渡ると、

『なっ何かな?』

水槽に入れらた真奈美は不安そうに音が響いた方を見る。

『なにか、随分と大きな音でしたが』

落ち着いた表情で乙姫もその音がした方を見ていると、

キィィィン!!

真奈美と乙姫、二人の胸元にある竜玉が光り輝き激しく反応を始めだした。

『これは』

光り輝く竜玉に真奈美が驚くと、

『人魚の秘宝…雷竜扇

 近くに来たのね』

真奈美以上に輝きを発する自分の竜玉を見ながら乙姫はそう呟いた。

すると

「ねぇ…まだ見つからないの?」

「こっちだ!!」

と2人女の子の声が格納庫内に響き渡り、

それと時を合わせて、

ズシン

ズシン

と響くような足音と共に

ヌッ!!

巨大な大鬼が姿を見せた。

『え?

 おっおっ鬼ぃぃぃぃ!!』

巨大な鬼の姿に真奈美が悲鳴をあげると、

「小夜さん、小夜ちゃん

 誰か居るよ」

と少女の声が響いた。

『ストーップ!!』

その少女の声に返事をするかのように、

別の少女が命令を出すと、

ズシン!!

大鬼の足がその場で止まり、

ゆっくりと鬼の手が下ろされると、

その手に腰掛けるようにして二人の巫女が降りてきた。

『おっ女の子?

 しかも、あたしと同じくらい…』

厳つい大鬼とは対照的な巫女の少女の姿に真奈美が驚いていると、

『お久しぶりです、

 巫女神沙夜子さん』

真奈美とは打って変わって乙姫は久しぶりに友人に会ったような表情をし話しかけた。

「うわっ

 人魚だ」

意外なところで出会った人魚に夜利子は驚くと、

「やはり、あなたでしたか、

 乙姫様」

と沙夜子は返事をしながら乙姫が入っている水槽に近づいていく。

『雷竜扇に呼ばれましたか?』

沙夜子の胸元で輝く雷竜扇を見つつ乙姫は告げると、

「えぇ、そうですね、

 もっとも私は、以前から私たちを付けねらってきていた連中がこの猫柳と判り、

 怒鳴り込みに来たんですが」

『あらあら、

 それにしては大鬼を引き連れてだなんて、

 随分と乱暴ですね』

沙夜子の説明に乙姫はクスリと笑いながら指摘すると、

「いやっ

 まぁ…

 で、それよりもなんで乙姫様はこんな所に居るんですか?」

ややバツの悪い思いをしながらも沙夜子は乙姫がここに居る理由を尋ねた。

すると、

『来たのじゃなくて、

 連れて来られたの!!

 海魔のハバククと言う奴に!!』

話を聞いていた真奈美が声を上げた。

「海魔?」

真奈美が言った”海魔”と言う言葉に沙夜子・夜利子が反応すると、

「その通り、

 このわたくしが乙姫様他1名をここへお連れしたのです」

と言う声を響かせスーツ姿のハバククが姿を見せた。

「え?」

その声に驚いた沙夜子が振り返ると、

「ほぅ

 お嬢様方ですか、

 我が猫柳防空網を突破し、

 大手門を固めていた守備隊を壊滅させたのは…」

両手を広げハバククはそう言うと、

「さぁね…

 忘れたわ、そんな昔のこと

 でも、どうやらお前があたし達を付けねらっていた連中の親玉のようね、

 海魔さん」

ハバククを見据えながら沙夜子は返事をした。

「ハバククと申します、

 よろしくお見知りおきを」

沙夜子の言葉にハバククは自己紹介をすると、

右手を胸に廻し頭を下げた。

その途端、

『危ない!!、

 逃げて!!

 それは罠よ!!』

その様子を見ていた真奈美が声を上げた。

「罠?」

真奈美の声に沙夜子がハバククを見ると、

シャッ!!

その沙夜子目掛けて爪が伸びてきた。

「はっ」

間一髪、

横にとんだ沙夜子はその爪をかわすと、

「ふっ

 私の一撃を避けたのは久しぶりですねぇ」

爪を引っ込めたハバククは余裕の表情で呟く、

「小夜ちゃん!!」

「やるわね」

胸元が切れた巫女装束を見ながら沙夜子は静かに雷竜扇を開き、構えると気合を込める。

そして、

フォン!!

沙夜子が気合を込めた途端、

雷竜扇は翠色に輝き、その開いた扇の面に光玉を成長させはじめた。

「ほぅ、

 それは、人魚共の秘宝・雷竜扇ですか」

沙夜子が構える雷竜扇を眺めながらハバククはそう指摘をすると、

「ふんっ

 お前の相手はコレで十分だ」

勇ましく沙夜子は返事をした。



「勝てますか、

 この私に?」

「一発で吹き飛ばす」

ジリ

ジリジリ

雷竜扇を構える沙夜子と隙を狙うハバククの睨み合いが続く、

5分、10分、睨み合いの状態で時間が過ぎ、

そして、その均衡が崩れたのは

「(ピーンポーン)

 馬場様

 馬場様

 輸送機の準備が出来ました。

 荷物の搬出をお願いいたします」

と格納庫内に響き渡った放送だった。

「荷物?」

その声に沙夜子の注意がそがれると、

「ふっ、

 そういうとこだ、お嬢さん!!」

その一瞬の隙を突いてハバククの爪が沙夜子を襲う、

「しまった!!」

「小夜ちゃん!!」

格納庫内に夜利子の叫び声が響くが、

しかし、

カシッ!!

ハバククの爪は沙夜子を襲わずに、

彼女が手にしている雷竜扇を弾き飛ばすと、

「さぁ、お前達!!

 出てきて、この方々のお相手をいてあげなさい!!」

とハバククが叫んだ。

その途端、

ヒュンヒュンヒュン!!

ハバククの背後から複数の影が跳ねるように飛び出すと、

シュタッタッタッタッ!!

海魔とは思えない素早さでたちまち沙夜子と夜利子の周囲を十重二十重に取り囲んでしまった。

「うそぉ?

 こんなにたくさん」

「くっそぉ

 団体さんのお越しかよ」

シャー…

口を開け、牙を見せつける無数の海魔を睨みつけながら、

沙夜子と夜利子は互いの背をつけ構える。

「ふふふふ…

 いかがでしょうか?

 失礼がないようにこれまであなた方がお相手をしていた海魔とは格上のクラスをご用意いたしました。

 どうぞ、ご存分にお楽しみください」

嫌味のごとくハバククはそう告げると、深々と頭を下げる。

「(キッ)蒼王鬼!

 構わないっ

 こいつらを踏み潰せ」

そんなハバククを見ずに沙夜子は控えたままの蒼王鬼に命令を下すと、

ごわっ!!

蒼王鬼はその命令に応え、足を上げて海魔を踏み潰そうとする。

ところが、

ヒュンヒュン

ズシン!!

ヒュンヒュン

ズシン!!

沙夜子たちを取り囲んでいた海魔たちはまるでノミのごとく飛び跳ねて逃げ回り、

踏み潰されるものは皆無だった。

そして、それにあわせるようにして、

『あっちょちょっとぉ

 あたしをどこにもって行くのよぉ』

突然、真奈美の叫び声が上がると、

いつの間にか真奈美の水槽がクレーンで持ち上がられ、

また乙姫が入っている水槽にもクレーンが降ろされていた。

「はははは

 大鬼のダンスとはまた面白い、

 地球を立つ前に面白い余興を見せてもらい、

 このハバクク感服いたしました」

と言いつつハバククは頭を下げると、

グィーン…

乙姫の水槽とともに天井へと上がっていった。

「あっちくしょう!!」

去っていくハバククと水槽を眺めながら沙夜子は臍を噛むが、

シャッ!!

その隙を突くように海魔が襲い掛かる。

その一方で、沙夜子たちの相手を配下の海魔に任せたハバククは表に出ると

キィィィィィン…

スポットライトに照らしだされる輸送機を見上げながら

「ふふ」

微かに笑みを浮かべた。



ゴォォォォォォ…

「ワープは何時ごろになる」

ツルカメ彗星の中心に浮かぶ巨大浮城のコントロールルームに五十里の声が響き渡ると、

「あっはいっ

 外宇宙のような誤差は許されないので、

 いま、ワープアウトポイントの微調整を行っています。

 そーですねぇ…あと半日待ってもらえますか」

軌道計算をしている相沢がそう返事をする。

「よかろう

 今日の18:00にワープを行う」

相沢の返事を聞いた五十里はそう告げると席を立った。



つづく


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