風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第28話:反撃の始まり】

作・風祭玲

Vol.458





「翠玉波っ!!!!」

白衣に緋袴の巫女装束を翻して、

巫女神沙夜子の叫び声が響き渡ると、

フォォォォン…

淡く翠色に輝いていた扇・雷竜扇を

ブンッ!!

沙夜子は一扇ぎする。

すると、

カッ!!

ギュォォォォォン!!!

閃光とともに扇より翠に輝く光球が飛び出すと、

沙夜子の正面に迫っている闇の中へと消えていった。

一瞬の静寂の後、

カッ!!!

その闇を切り裂くように目映い閃光が輝くと

『ごわぁぁぁぁ!』

もののけの断末魔を思わせる叫び声とともに迫っていた闇は消滅していく。

すべてが終わり、静寂が辺りを支配していく中で

「ふぅ…」

沙夜子は大きく深呼吸をした後、額の汗をぬぐうと、

闇が蝕んでいた所に一本の木切れが落ちていた。

「これね…」

それを見つけた沙夜子が慎重に拾い上げようとすると、

ブワッ

木切れより一斉にタンポポの種を思わせる光玉が飛び出していくと、

ボロッ

木切れはまるで砂が崩れていくように崩壊し消えていく。

「あーぁ、

 逝っちゃった…

 もぅ、雑魚相手に翠玉波なんて強い技を使うからよ」

その様子を見ていた夜莉子が呆れながら姿を見せると、

「ふんっ

 弱すぎるからよ」

夜莉子の指摘に沙夜子は口を尖らせ文句を言う。

「荒れているね、小夜ちゃん」

沙夜子の心の内を知ってか夜莉子はやさしく声をかけ、

彼女の肩を軽く叩くと、

「だっだれが、荒れているってぇ?」

夜莉子の言葉に沙夜子が食って掛かる。

しかし、

「ふふっ

 知っているわよ、

 あの奇妙な連中が消えてから小夜ちゃんが荒れていること」

と夜莉子は自分たち姉妹を追いかけ回していたあのトレンチコートの集団が姿を消して以降、

沙夜子が荒れていることを指摘する。

「まったく、これからがあたしの番だというのに…

 あいつら、姿消しやがって」

「悔しい?」

「当たり前だろう、

 散々人のことを探っていたんだ、

 情報料として2・3発殴らせろ、っていうの!!」

「あら、乱暴者」

「悪いかよ」

「ふふ、そう言うときには蒼一郎さんの口癖がでちゃうのね」

「え?

 うっ」

夜莉子の言葉に沙夜子は一瞬言葉に詰まると、

キラッ!!

夜莉子は一つのバッジを掲げ、

「ねぇ、

 このバッジの出所、知りたいと思わない?」

と沙夜子に尋ねた。

「そのバッジは…」

「えぇ、あたし達を襲ってきた奴が残していたもの」

「知っているよ

 で、何なんだよ、

 そのバッジって」

「慌てない慌てない、

 インターネットで探してみても判らなかったので、

 摩耶お姉ちゃんに頼んで、調べてもらったの」

「麻耶さんにか?

 と言うことは、

 あの獄卒共が出て行ったの?」

「獄卒なんて言わないのっ

 お姉ちゃんを守る四天王なんだから」

「四天王ねぇ…

 で、それで」

「うん、そしたらね

 あいつら猫柳の特殊部隊だったそうよ」

「猫柳?

 猫柳ってあの…」

「そー…あの猫柳財閥よ

 どうしたの?

 まさか、相手が大財閥って聞いてビビった?」

「そんなわけないよ、

 ふふっ

 そーか、猫柳かぁ

 燃えて来たぞぉぉぉぉ!!」

「殴りこみに行く?」

「決まっているだろう!!

 あのときの落とし前はキッチリとしてもらうぜ!!」

「はいはい

 じゃぁ、あたしも付き合うからね」

「え?

 夜莉子も来るの?」

「決まっているでしょう、

 ”中学生の妹”の殴りこみに付き添わない姉は居ないでしょう」

バッジの出所を知り、

やる気満々になった沙夜子に夜莉子は”中学生”を強調すると、

その途端、沙夜子は肩を落とした。



そのころ…

ゴォォォォォ!!!

黒々と空を覆い尽くす黒雲の下、

櫂(人魚名:カナ)は竜彦の背にしがみ付き、

一路竜宮への入り口・門がある海域へ向かって飛んでいた。

カッ!!

ゴロゴロゴロゴロ!!

空を覆う黒雲からは至る所で雷光が輝き、

少し遅れて雷鳴が辺りに轟き渡る。

「まったく…

 ガラガラガラとやかましいなぁ」

響き渡る雷鳴に竜彦が忌々しく文句を言うと、

「なんだよ、

 雷を操る竜のクセに雷は苦手なのか?」

竜彦の背に乗る櫂は尋ねる。

「うるせー

 俺の意のままにならない雷は嫌いだって言うんだよ、

 知っているか?

 この雷は普通の雷じゃないってこと」

「あぁ、聞いたよ、

 なんでも、世界が衝突しているんだってぇ?」

「まぁな、

 ほら、

 上を良く見てみろ、

 雲の隙間から向こうの世界が見えるから」

「え?」

竜彦に言われて櫂が上を向くと、

キラッ!

黒雲の隙間から微かに街と思える灯りが見えた。

「本当だ…

 街がある…」

灯りを見上げながら櫂が呟くと、

「だろう?

 あれがこっちにぶつかっている向こうの世界の光だよ、

 不思議な光景だろう…」

「そうだなぁ…

 なぁ向こうにはいけるのか?」

自分が住んでいる世界と異質の世界を見上げながら櫂が尋ねると、

「無理だ!」

竜彦はキッパリと答えた。

「なんで?」

「あれはいわば幻のようなものだよ」

「幻?」

「お前、鏡というのを見たことがあるか?」

「あるよ」

「鏡というのは物を映す道具だそうだけど、

 あの世界はその鏡に映った自分の姿のようなもの、

 決して交わることなど出来ない。

 と聞いた」

「そーかなぁ…」

「なんだよ」

「いやな、シリアルという天界のネコと特異点探しを手伝ったんだけど、

 そのシリアルの話で、この世界に向こうの人間が来ている。

 って聞いたんだけどなぁ」

「え?

 本当かよ、それ」

「あぁ、

 特異点と言っても大きなヌイグルミだったけど、

 で、それを使って世界を切り離すって言っていたな」

「ふぅぅぅん…

 それでか」

「なんかあったの?」

「あぁ…

 明日の昼に亜空間にて大規模な爆発があるから、

 竜宮は門を閉ざしてそれに備えよ

 って指示が天界からあってな」

「そうか…

 じゃぁ、竜宮に行ったら明日の昼までは帰れないか…」

竜彦の説明に櫂はそう呟くと、

「はぁ?

 なに暢気なことを言っているんだ?

 お前、力が戻らなければずっと竜宮に居ることになるんだぞ、

 力が使えないダメ人魚が地上にいたら、みんなの足手まといになるだけだからな」

その言葉を聞いた竜彦はさり気なく突っ込みを入れる。

「うっ…

 でっでも、僕だって力がまったく0ではないぞ

 現に竜彦、お前のところまで飛んだだろう」

「おぉ、アレか、

 まぁっ、場所が場所だからなぁ…

 お前の竜玉に一時的に力が集まって飛ばせたんだろう?」

「なんだよっ

 ケチをつけるのかよ」

「ふんっ

 だったらこの場で人間に化けてみろよ」

「なに?」

「おっと、

 ここだここ

 おいっここから海に潜るから、

 しっかり掴まれよ、

 放り出されたら自力で竜宮にくるんだぞ、

 ただし、門の前でお仕置きの婆さんが手薬煉を引いて待っているそうだからな」

竜宮の門がある海域の上空に達した竜彦がそう告げると、

「うわっ 

 まっ待て!」

櫂の悲鳴を響き渡らせながら、

人魚を乗せた竜は一気に降下していくと

ザン!!

水柱を上げ、海中へと突入した。

ところが、

ピキィィィィィィィン…

竜彦と櫂が海中に入った衝撃を、丁度その真下を通過していたセンサーが捉えていた。



「会長…」

大島沖の海底で停泊しているシーキャットの中で海図と睨めっコしている泰三の耳元に青柳の声が響く。

「何だ!!」

その声に泰三が振り返ると、

「先ほど探査機4号・アビシニアンが海上から飛び込んできたものと思われる衝撃波を観測しました」

青柳は泰三に竜宮探査のために放った探査機が不審な衝撃波をキャッチしたことを告げる。

「えぇいっ

 どうせ、魚か何かが飛び跳ねたんだろう、

 そんなことでいちいち報告に来るな」

その報告に泰三は思わず叱咤するが、

「しかし、

 音響観測員の判断では、

 魚のような類のものではなく、

 細長いひも状のものが海上から意図的に突入してきた。

 と言っておりますが」

青柳は引き下がることなく音響観測員の判断を泰三に告げる。

「なに?」

その言葉に泰三の表情が変わると、

「すぐに音響観測員をここにつれて来い、

 詳しい話を聞こう」

慌てるように海図を片付け、青柳にそう指示を出す。



「で、海中に突入したのはどのようなものだ?」

それから10分後、

泰三の前に連れてこられた音響観測員に突入をした物体の事を訪ねると、

「はいっ」

音響観測員は手にした資料を泰三の前に広げ、

「これが、そのときの音響探査図です」

と説明をした。

「これがか?」

一見すると地層かなにかを絵にしたような図面に泰三は眉間に皺を寄せると、

「はいっ

 この図は竜宮の位置を調べるために探査機が放った音の反響状況を図にしたもので、

 海底の様子を記したモノではなく、垂直方向の状態を表すバーチカル図です」

「バーチカル?」

「こっこらっ

 会長にわかるように説明をせんか」

音響観測員の説明に首をひねる泰三の姿を見て、

青柳が慌てて注意をすると、

「あぁよいっ

 で、この絵のどこに、

 その物体がいるんだ?」

と泰三は話の先を聞く、

「はっはいっ

 えー、

 この部分をご覧ください」

泰三の言葉に音響観測員は

スッ

っと指を滑らせてバーチカル図の上の方を示した。

しかし、泰三は音響観測員が示した物を見つけ出すことが出来ず、

「どこだ?」

っと眉間に皺を寄せる。

「ここっここです」

「んー?」

「判りませんなぁ」

青柳も加わって探すが、

しかしなかなか見つけられないでると、

「この黒い筋みたいな物です」

音響観測員はヒントとして影の特徴を言う、

「どれ?」

「あっ、ひょっとして、コレですか?」

「はい、それです」

「どれだ?」

「会長この金魚の糞みたいなものですよ」

「あー…これか!!」

そのヒントでようやく青柳が影を見つけると、

その青柳のアドバイスで泰三もやっと見つけることが出来た。

「で、これは一体なんだ?」

そこに記されている細長い影のようなものの正体を泰三が尋ねると、

「えぇ

 これが、突入した物体で、

 影を分析したところ

 長さは約2m〜3mほど、

 2体の物体が重なり合う状態で突入したものと思われます」

と音響観測員は説明をする。

「2体重なり合う?」

観測員のその言葉に泰三が反応すると、

「えぇ…そうです」

と観測員は返事をする。

すると、

「!!

 で、その物体はいまどうしている?」

何かに閃いた泰三が聞き返すと、

「はいっ

 予備の観測機・ヒマラヤンを使いその物体の追跡を行っています」

観測員は胸を張って返事をした。

「そうか、

 でかした。

 これで竜宮の場所がわかるぞ!」

テーブルをドンとたたき泰三が立ち上がると、

「会長、

 なぜ、判るのです?」

と成り行きを見ていた青柳が尋ねた。

その途端、

「判らんのかっ!

 この影は人魚に間違いない」

影を指差し泰三は声を荒げた。

「え?

 えぇ?」

泰三の剣幕に青柳が驚くと、

「ふんっ、

 猫柳をここまでに育てたわしの勘がこの影を人魚と断定をしたのだ、

 お前達の意見などは聞かぬぞ、

 それに小癪なサルの潜水艦もこの近海に来ていおるし、

 よいか、何があっても竜宮への一番乗りはこのわしじゃ!!

 えぇぃっ

 探査機収容、シーキャットを発進させろ!!」

泰三がシーキャットの発進を命令した。

その途端、

ゴゴゴゴゴゴ…

海底に鎮座していたシーキャットがスッと浮かび上がると、

ゆっくりと移動しはじめる。



ザンン!!!

『くぅぅぅぅぅぅ』

竜彦が海に飛び込んだ途端

櫂は久しぶりに潮の味にギュッと竜彦にしがみつくと、

『ふふっ

 どうだ?

 久方ぶりに味わう潮の味は…

 人魚の身体では堪らないだろう』

そんな櫂の気持ちを察してか竜彦が話しかけてくる。

『うぅぅぅ…

 気がつかなかった…

 海水がこんなに気持ち良いだなんて』

全身を洗う海水の流れと、

甘く感じるその味に櫂は一瞬酔いしれる。

すると、

『ん?

 妙に騒がしいなぁ…』

海の中を響き渡るエコーに竜彦は気づくと、

『ひとつ、

 ふたつ、

 ん?

 なんだぁ?

 これは…』

とエコーの発信源を探り、

やがて、

『ふんっ

 これは人間の潜水艦という奴が出す音だな…

 何かを始める気だな?』

竜彦はこのエコーが人間の目的意識によって発せられているところまでは読み取ったが、

しかし、それが竜宮の探査であることまでは気づいては居なかった。



ゴゴゴゴゴゴゴ…

「幻光様っ

 ネコの潜水艦を察知しました」

伊豆大島の東海岸を南下していた猿島家潜水艦・百日紅の艦内にシーキャット発見の報が響き渡った。

「本当か?」

その知らせに幻光忠義は顔を上げると、

「はっ

 伊豆大島の西海岸を進路・××の方向で一直線に南下しています」

と忠義にシーキャットの進行方向と現状が報告される。

「何?

 我々と同じ方向に進んでいるのか、

 ネコの船は…」

「はいっ」

「まずいっ

 このままではネコが竜宮を見つけるのを見守るようなものだ、

 総員、第1種戦闘配備につけ!!

 竜宮が発見される前にネコの船を沈めるのだ!」

海図に記された竜宮の場所を知らせる印にシーキャットも向かっていることに忠義は気づくと、

シーキャットに対し攻撃を仕掛けることを発令した。

『【警報】第1種戦闘配置』

パ!

パ!

パ!

パ!

艦内放送は響かず、

代わりに艦内各所に配置されている液晶掲示板にその指示が表示された途端、

ザザザザザ…

百日紅艦内に緊張が走り、

配置場所へと乗組員達は一斉に移動していく、

そして、

その気配に気づいてか、

ピクッ!!

「うっ…」

百日紅の艦内奥深くに封じ込められているサヤの顔が微かに動くと、

うっすらと目を開けた。

その途端、

ポウッ…

それに合わせてサヤの胸元にある竜玉は輝きを取り戻すと、

サヤの身体中に付けられていた傷はすでに消え、

傷一つ無い美しい人魚の体が竜玉の光に照らし出される。

「!!」

自分の力が元に戻っていることをサヤは確認すると、

「(はっ)くぅぅぅぅぅ!!!」

全身の力を搾り出し自分の身体を拘束する鎖を引き千切り始めた。

すると、

サワッ!!!

忠義によって切られた翠の髪が蠢き始めると、

ジワジワと伸び始め、サヤの鱗を隠していく、

「ふぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

グググググ…

全身の筋肉を盛り上げてサヤは鎖を引っ張り

そしてついに、

バキッ!!

サヤのパワーに負けた鎖が弾け飛んでしまうと、

ドサッ!

ジャラ…

支えを無くし

一度はその場蹲ってしまったサヤが鎖の残骸を尾びれで叩きながらゆっくりと顔を上げると、

「くっ…

 人魚に屈辱を与えた者には血の制裁を…」

と呟きながら、熊の爪のごとく鋭く伸びた爪を掲げる。



ピコン!

ピコン!

『未確認飛行物体、接近中!』

『未確認飛行物体、接近中!』

『総員、第1種迎撃体制に入れ!』

『繰り返す!

 総員、第1種…』

猫柳邸周辺の陸海空域の管制を行っている中央指令室に警報音が響き渡ると

馬場勝文ことハバククの命令で始まっていた猫柳邸の大掃除は中断され、

途端に司令室はあわただしくなる。

「サルの攻撃か?」

「いや、イヌの奇襲の可能性もある」

「急げ!!」

「ただいま、F装備でミケとトラの2機、上がりました」

次々と飛び交う怒号の中、

ゴォォォォォォ!!!

雷から守るために特殊シールドを施した猫柳防空隊所属のF19ステルス戦闘機2機が

ジェットエンジンの音を響かせ大空へと舞い上がる。

その一方で

ひゅぉぉぉぉ…

「へぇぇぇ…

 見て見て、

 ほらっ、あそこ」

巫女装束を風に靡かせて夜莉子がある一点を指差し声を上げるが、

しかし、

「………」

その隣で沙夜子はブスっとした顔をしていた。

「もぅ、

 小夜ちゃんたら、

 いい加減機嫌を直しなさいよ」

そんな沙夜子の姿に夜莉子は文句というと、

「あのなぁ…

 これが文句を言わずにいられるか!」

夜莉子の言葉に沙夜子は怒鳴り声を上げた。

その途端

グラッ!!

夜莉子と沙夜子が乗っている青い物体が大きく揺らぐと、

ゴワァッ!!

さっき沙夜子が上げた声に聞き返すようにして唸るような音が響いた。

「あぁっと

 なんでもないよ、

 なんでもない…

 だからさっさと行って

 ね」

その声に慌てて夜莉子は取り付くように宥めるように言うと、

ゴワァァァァ!!!

それに返事をするように耳を劈くような叫び声が鳴り響き、

ドンッ!!

二人の巫女を背負う巨大な青鬼が暗い空を切り裂き飛んでいく。

「もぅ、小夜ちゃんのせいよ」

「なによ、あたしが悪いって言うの」

「当たり前でしょう?

 あんなことを言えばここから放り出されてもおかしくないんだから」

「えぇ、そうですか、そうですか」

「ホント、素直じゃないんだから」

むくれる沙夜子の姿に夜莉子はそう呟くと、

「あのなぁ…

 素直か

 素直じゃないかという問題じゃないと思うんだが」

と沙夜子は言い返す。

「そう?

 あたしは楽しいけどなぁ…

 だって、空を飛んでいるのよ、

 ふふっ

 こんなことってそう滅多にはないでしょう

 いいなぁ、摩耶姉ちゃんは…」

「あのなぁ…

 鬼はあたし達が滅しなければならない敵なのよ、

 それなのに、

 ちゃっかり利用して、

 いまこのときでも鬼と戦っている夢幻さんや玄奘さん達に悪いと思わないの?」

「それはそれ、

 これはこれよ、

 それに、摩耶お姉ちゃんが乗って行ってってこの蒼王鬼を呼び出してくれたんだもん、

 お姉ちゃんに悪いでしょう?」

「……でもねぇ」

「第一、どうやって猫柳のところに乗り込むのよ

 正門を叩いても小夜ちゃんじゃぁ警備員のおじさんに追い返されるのが関の山

 その点、蒼王鬼と一緒なら警備員どころか軍隊が出てきても互角に戦えるのよ」

「なにも、殴りこみに行くんじゃぁ…」

夜莉子のあっけらかんとした説明に沙夜子の額より汗が流れ落ちる。

すると、

イィィィィィィィン…

ゴワァァァァァァ!!!!

空の彼方より爆音と共に光点が接近してくると、

たちまちブーメランを思わせる飛行機の姿となり、

蒼王鬼の上を通過していった。

「うわぁぁ、

 F19ステルス戦闘機!!

 しかもあのマークは…

 間違いない、猫柳防空隊の戦闘機よ!!」

一瞬のうちに通過していた戦闘機の姿に沙夜子が声を上がると、

「ほんと、小夜ちゃんって動態視野がすごいんだから…」

機体に描かれているマークを読み取れなかった夜莉子はそう呟く、

ゴォォォォォォ!!!

エンジン音を響かせF19が反転をすると、

再び沙夜子たちの上を通過して行く

「あたし達に帰れって言っているのかしら?」

周囲を飛び交う2機の戦闘機の姿に夜莉子はそう呟くと、

「帰れ、というより、立ち去れ、と言っていると思うけど」

冷や汗を流しながら沙夜子は返事をした。

しかし…

『かっ管制塔・管制塔、こちらミケ』

「おうっ、

 未確認飛行物体を見つけたか、

 どんな奴だ?

 サルやイヌのものだったら即効で撃墜してもいいぞ!

 撃墜命令は俺が出す!!」

スクランブル発進していったF19ステルスからの無線を聞いた指令が勇ましく声を上げると、

『そっそれが…』

無線から聞こえるパイロットの声は冷静さを失いかけていた。

「ん?

 どうした?

 言いたいことがあればさっさと言え、

 それとも何か、

 空と飛ぶ円盤でも見つけたか?

 それならお前の下に見える国の航空管制部にUFOの申請をしなくっちゃならんのだが」

『いやっ

 えっ円盤ではない…』

「はぁ?

 何が言いたいんだ?

 はっきり言え!!」

『おっ女の子が…

 ふっ二人の女の子が毛むくじゃらの獣の上に乗っかって、

 空を飛んでいるんだぁ!!!!』

「はぁ?」

スピーカーを割れんばかりに響き渡ったパイロットの叫び声に、

司令部は一瞬沈黙をする。

「なぁ…聞いたか今の…」

その声を聞いた管制員の一人が隣に座る同僚にふと尋ねると、

「あぁ、

 聞いた。

 二人の女の子が毛むくじゃらの獣の上にのっかって…ってな…」

声をかけられた同僚はそう返す。

すると、

「所沢の上だっけ…いまアイツがいるところって」

そう言いながら別の一人が割り込むと、

「……まさか、ト○ロ?」

3人が一斉にある名前を言った。

「…………」

長い沈黙の後

「んなわけねーだろう!」

「だよなぁ」

「あははははははははは」

現実に帰った管制官達は一斉に笑い出すと、

「おーぃ、あのパオロットの飛行時間ってどれくらいだ?」

「過労は後がうるさいぞ」

「まさか、変な薬の常習者じゃないだろうなぁ」

っとパイロットが何か幻覚を見たものと決め付け、

一斉にパイロットの業務経歴を検索し始めた。

そして、その様子を見た指令は

「まったく、要らぬ仕事を増やしやがって」

と文句を言いながら、

「おいっ

 俺の知り合いに良いカウンセラーが居るんだが、

 どうだ、少し通ってみないか」

とマイクに向かって話しかけた。

その途端、

『違う!!!

 嘘じゃないんだぁ!!

 女の子が、

 巫女の女の子が二人、

 鬼のような化け物に乗ってそっちに向かっているんだぁ!!

 信じてくれよ!』

と泣き叫ぶように報告をする。

「どうする?」

「どうすってもなぁ」

「指令の判断を待とう」

切羽詰ったパイロットの報告に管制員たちは一斉にマイクを握り、

仁王立ちの指令の一挙一動に注目をした。



キィィィィィィィン…

ゴワァァァァァァ!!!

爆音を上げ、

蒼王鬼の周囲を旋回するF19の姿に、

「ねぇねぇ

 小夜ちゃん、

 見て見て、

 ほらっパイロットがこっち見ているよ、

 ねぇ、手を振って見ようよ

 ヤッホー!!」

夜莉子ははしゃぎながら手を大きく振ると、

「まったく、夜莉子は能天気だな…」

そんな夜莉子の姿に沙夜子はため息を吐くと、

「え?

 いまなんか言った?

 ちょっと煩くて聞こえないんだけど」

爆音で聞きにくくなっているのか

夜莉子は耳に手を当て聞き返してきた。

すると、

「夜莉子は脳が天気だよ言っているんだよ」

そんな夜莉子の姿にキレっかかった沙夜子は声を上げた。

その途端、

グッ!!

蒼王鬼は高度を下げ始めた。

そして、広大な敷地がゆっくりと近づいてくる様子に、

「あれが猫柳か…」

沙夜子は気合を入れると、じっと見据えた。



つづく


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