風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第28話:旅立ち】

作・風祭玲

Vol.455





ツゥ…………

漆黒の宇宙空間を切り裂いて一機のスペースシャトルが飛行していく、

航空機をさらに洗練したようなフォルムのシャトルは

その背後よりジッと見つめている青い瞳・地球から逃れるかのように進んでいくと

やがて、その行く手に巨大な月が姿を見せる。

「ポイント、Mr6を通過

 間もなく月の重力圏に突入…」

「了解!」

「進路をTSF34L967に変更…」

「了解!」

コクピットでそのようなやり取りがなされたあと、

シュバッ!!

シュバッ!!

シュバッ!!

シャトルの側面よりパルス状のエアを拭き放つと、

その進路を徐々に変える。

すると、

『…DEJIMA…こちらDEJIMA…

 接近中のシャトルに告ぐ、

 船籍コード並びに入港コードを告げよ』

回線を開いていた無線機より管制官と思われる声が鳴り響くと、

「こちら

 船籍コード・USF−7776F・エンタープライズ

 入港コード・DUSA−5L89

  コロニーキャリフォルニアへの入港許可をお願いします」

徐にマイクを取った機長が船籍・目的地を管制官に向かって告げた。

『船籍コード・入港コードを確認した。

 入港を許可する』

「了解」

機長の申請を受けて管制官からの許可が下りると、

ツゥー

シャトルは月の背後へと回りこんでいく

そして、シャトルが月の裏側の領域へと入っていくと、

キラ!

キラ!!

キラ!!!

宝石をちりばめたかのようないくつもの小さな点で形作られた格子模様が姿を現し、

さらに、それらの中央部には十数基の巨大な円筒型の構造物が姿を見せた。

−DEJIMA−

かつて鎖国中の日本が世界に向けて唯一開け放たれた

小さな人工島と同じ名前を持つこの構造物群は、

月軌道より内側への異星船の立ち入りを禁じている地球が

異星との交易を行う基地である。

シュバッ

シュバッ

再び姿勢制御のエアーがシャトルより吹き上がると、

そのDEJIMA目掛けてシャトルは飛行を始めた。

その時、

DEJIMA側より数十個の光点が動き始めると、

見る見るシャトルに迫ってくる。

そして、その光点は接近するにつれて次第に構造物の姿へと変化し、

やがてそれぞれが宇宙戦艦としての姿を見せてきた。



「ほぅ…これはまた…」

「地球連合艦隊勢揃いってとこだな…」

「なにも大げさな…」

「下のお姫様から苦情が来なければ良いが」

接近してくる宇宙艦隊の容姿を見ようとシャトルの窓にひっつくようにして

怪しげな黒い衣装に身を固めたおっさん達が身を寄せ合い、

そしてシャトルの周囲を通過していく船を一隻一隻指さしながら談笑し始めた。

すると、

ヌッ!!

その窓を覆い尽くすようにして灰色の巨大な宇宙戦艦が姿を見せた。

「おぉ…」

「これは…」

「宇宙戦艦ヤマモト、先日進水したばかりの新造艦だそうだ」

「ほぅ、大したものだな」

艦首に2基並んだ巨大な砲口を持つ宇宙戦艦の姿に

おっさん達は一斉に溜飲を下げると、

「あの、艦首についている大きな砲口だけど、

 あれは?」

と一人がヤマモトの艦首で口をあけている砲口を指摘した。

「あぁ…

 なんでも、動力に使っている波動エネルギーを

 圧縮して解き放ち一気に敵を殲滅するビーム砲だとか」

「ほぅ、それは頼もしいが、

 少々大げさではないか?」
 
「異星側に驚異と映らねば良いが」

「まぁそれ以外にも、

 あそこにあるあのコロニーを1個潰して

 究極兵器とする工事も行っておるそうだが」

「コロニーをか…」

「いったい何が起きているというのだ?」

「どこかと宇宙戦争でもするとでも言うのか?」

窓際に集まったおっさん達からそのような声が響くと、

「我々にわざわざDEJIMAまで来いと言うからには、

 相当特別な事情がある。とみて良いようだな」

沸き立つ議論に一人が声を上げると、

「そうだな…」

「うん」

たちまちおっさん達は散会していった。

そしてシャトルはゆっくりと進路を変えると

そのまま正面に姿を現したコロニーへと吸い込まれていった。



「地球からのはるばるのお越しお疲れさまです」

「挨拶をするためだけに来たわけではないぞ」

「あはは、これはこれは」

ロッキーの高級保養地を思わせる景色の中、

黒ずくめのおっさん達はHBSマークの入った旗を持つ男性のエスコートを受け、

聳え立つ高級ホテルへと入っていく。

そして、VIPルームへと導かれると、

「ようこそ」

そこに置かれた円卓の真向かいで

威厳を漂わせたホスト役のおっさんが挨拶をしながら手を伸ばす。

「挨拶は後だ」

「いったい、何事だ?」

「我々をここまで引っ張ってくると言うからにはそれなりの理由があると思うが」

「まったく迷惑な話だ」

ぶつぶつと文句を言いながら続々とおっさん達がVIPルームへと入っていくと、

バタン!!

重い樫のドアが閉じられ、

その前にはゴリラのような体格の警備員が周囲に目を配りはじめる。



フッ

全員が円卓に着いたのを見計らって部屋の灯りが落とされると、

「まずはこれを見てもらいましょうか」

VIPルームで待っていたホスト役のおっさんが声を上げた。

すると、

フォン!!

円卓の真ん中に長い尾を棚引く白色彗星の姿が浮かび上がる。

「地球に接近中というツルカメ彗星だね」

「一度は見てみたいと思うのだが、なかなか天気が回復しないでな」

模型のような白色彗星を眺めながらおっさん達が談義をしていると、

「この彗星は12時間ほど前に末端衝撃波面を乗り越えそうだ」

とホスト役のおっさんは告げる。

「末端衝撃波面?」

「太陽系にやっと入ったところか?」

「地球までくるには相当時間が掛かるな」

そんな声が湧き上がると、

「何をのんきな…

 五十里はこの彗星に乗って戻ってきたんだよ」

「なに?」

オッサンのその一言で穏やかだった室内に一気に緊張が走った。

「彗星に…って、

 アイツこの中にいるのか?」

驚きながら改めて白色彗星をおっさん達が見直すと、

フッ

映像が切り替わり、

何かをスキャンしたような画像が浮かび上がった。

「先日近くを通過した外宇宙探査機・のぞみ28号が撮影をしたツルカメ彗星だ。

 のぞみ28号には元々彗星の本体・コアを探査する観測装置が取り付けられていて、

 こうして彗星の内部の様子を探ることが出来るのだが、

 見ての通り、

 彗星内部には巨大な人造構造物が隠されている様子が取れる」

「うぅぅむ」

「なるほど…」

「宇宙船か?」

「その構造物の大きさは…?」

と次々と質問が出てくると、

「分析の結果、構造物の大きさは20〜30km、

 宇宙船というより要塞の体をしているそうだ」

とホスト役のおっさんは答えた。

「宇宙要塞か!!」

「そうだな

 しかも、厄介なことにその周囲を天然の彗星核が覆っていて核を作り、

 さらに、核の外側には直径1万キロに渡って高速中性子の嵐が吹き荒れている。

 ちょっとでも触れただけで宇宙船は木っ端微塵というわけだ」

「なるほど攻撃を兼ね備えた完璧な防御が施されている

 という訳か」

「五十里が乗っているというと、

 じゃぁ大マゼラン雲から飛んできたとでも言うのか、
 
 15万光年もかけて」

「勝てるのか?」

「まぁ待て、

 その五十里からの要求とは何だ?」

「我々をここに呼びつけたそもそもの理由は、

 それについて協議することであろう」

参加者達からの質問が五十里からの要求について触れたとき、

コクリ…

ホスト役のおっさんは大きく頷くと、

「では、五十里が乗るツルカメ彗星の威力が判ったところでこれを見て欲しい」

と言いながらテーブルにい浮き出ているボタンに触れた。

すると、

フッ

ツルカメ彗星の断面図が消え、

代わりにTV画面が浮かび上がった。

サー…

砂嵐を思わせる画像が出た後、

カラー調整の画像、

そして、HBSの社章が映し出された。

「ふっ

 この期に及んで、社章とは…」

「まったく」

それを見た途端、円卓を囲むおっさんたちから嘲笑がもれる。

すると、

ジャーーーーン!!

部屋中を揺るがすかのようなパイプオルガンの音が鳴り響くと、

画面に巨大な宇宙要塞が映し出され、

次に雛壇上の玉座に座る五十里の姿が映し出された。

「五十里!!」

「まったく、王様気取りか?」

「いくら長距離出張から帰ってきたからといっても、

 悪ふざけにも程がある」

とおっさんたちは画面に映し出される五十里の姿を苦々しく見ると、

皆一斉に文句を言い始めた。

すると、

『御長老方、お久しぶりです』

画面の五十里が口を開くとそう挨拶をし、

そして、

『さて、大マゼラン雲までの往復26万8千光年の旅をしながら

 私なりにHBS社の改革をするにはどうすれば良いのか

 いろいろ考えました。

 そしてその結果、

 御長老方には退席をしてもらい、

 HBS社をそれぞれの地域会社に分割し、

 経営の効率化を図るのがベストではないかという結論に達したしだいです』

「なんだとぉ!!」

「貴様のような青二才が何を言う!」

「HBS社がここまで大きくなったのは我々の力ではないか」

「断固辞めんぞ!」

五十里の改革プランを聞いた途端、

おっさん達は皆席を立つと画面の五十里に食って掛かった。

すると、

画面の五十里にはおっさん達の怒りが聞こえているのか、
 
『ふふ…』

っと小さく笑い、

『恐らく、私のこの改革プランを聞いて皆さんさぞかしお怒りかと思いますが、

 ”改革なくして成長はなし!”

 HBS社は生まれ変わるべき時が来た。と思いませんか?』

落ち着いた表情で五十里はそう告げる。

「ふっ

 でかく出たな」

「まったく」

若干落ち着きを取り戻してもなおも苦々しく画面の五十里を見据えながら、

おっさんたちはそう言い合う。

すると、そのとき、

「五十里が何だというのだ?

 彗星に隠された宇宙要塞の中で分不相応に改革だと叫んでいるだけではないか、

 そんなもの、我々の連合艦隊が撃破してくれるわ!!

 わははははは!!」

と言いながら一人が笑い始めると、

「そうだよな」

「うん、そうだ」

「我々には連合艦隊がある。

 五十里ごときに負けるわけには行かない」

「そうだ、我々抵抗勢力の力を見せ付けるべきだ!!」

などと気勢が上がった。

すると、

その議論を行方を見守っていたホスト役のおっさんが、

「では、決を取ろうと思うのだが、

 五十里の要求を飲む者は?」

と決をとる声を上げた。

しかし、

誰も五十里の改革プランを支持するものは無く、

それをみたおっさんは大きく頷くと、

「では、五十里と決戦を望む者は挙手を」

と行った途端、

ザッザッザッ

円卓を囲むおっさん達から一斉に挙手が上がった。

「では、

 五十里には断固抵抗すると言うことでよろしいですな」

結果を得たホスト役のおっさんはそう尋ねると、

「覚悟は決めてある」

「そうだ我々は抵抗勢力だ、

 簡単には負けん!」

「で、当然、連合艦隊の使用の許可は下りるのでしょうなぁ」

「ふっ

 そのために常任時事国にはタップリと献金をしているし
 
 さらにこのDEJIMAの運営費の一部を引き受けているんだ、

 イヤとは言わせないよ」

「さて、どれくらい船を出させるか」

「出来れば全艦出してもらいたいが」

「宇宙戦艦ヤマモトと

 あのコロニー兵器のほかにも何か欲しいなぁ」

「建造は間に合うのか?」

「予算は?」

「あぁ日本の郵貯と簡保の財政投融資を利用出来ると聞いている」

「大丈夫か?」

「問題は無い、地球の平和のためと言えばすべてはオールオッケーだ」

「しかし、いくらなんでもそれだけでは無理だろう」

「いっそ、脅威をでっちあげるか、

 なぁに、地球のどっかの砂漠にでも遊星爆弾を落とせば世論は変わる」

「まぁまぁ

 元々ここは極秘だから世論は関係ないが、

 しかし、それくらいは必要か」

「宇宙からの脅威が迫っていると煽ってな」

「ふふふふ…」

後に地球を揺るがす脅威が足音をしのばせ迫ってきていた。



その頃、日本では…

「えぇ!!!」

潮見の婆さまの家に櫂の叫び声が鳴り響いていた。

「仕方が無いでしょう?」

呆然とする櫂に母親の綾乃は呆れた表情をしながらそう言うと、

「そんな…

 じゃぁどうすればいいんだよ」

と櫂が食って掛かった。

それはほんの数分前のことだった。

綾乃たちに励まされ、希望を見出した櫂だったが

「さて、

 やる気満々になったのは良いんだけど、

 このことはやっぱり言っておかないとね」

さっきまで励ましていた綾乃が真剣な表情で櫂に告げた。

「え?」

綾乃のその表情に櫂は驚くと、

「実は…

 櫂っ

 水を差すようだけどいまのあなたは人間には戻れないのよ」

と綾乃は櫂に重大事項を告げる。

「へ?

 人間に戻れない?

 それってどういう…」

その言葉に櫂は驚くと、

「胸の竜玉を見て」

驚く櫂に綾乃は指示をすると、

「ん?」

櫂は慌てて胸に下がる竜玉を見ると、

「あっ…輝きが…」

そう竜玉にいつもある輝きがなくなり、

沈んだ色に変わっている事に気づいた。

「判った?

 櫂、元々、あなたは無理をして竜牙の剣の力を使ってしまったために、

 その力を補うために男の力を奪われて女の子になってしまったでしょう?

 そして、さらに今度は大怪我をしてしまって、

 その回復のために竜玉は最後に残った力を使ってしまったのよ、

 だから、いまの櫂には人間の姿に戻ることは出来ないの」

「そんな…」

綾乃の説明に櫂は呆然とすると、

「そんな…

 お兄ちゃんが人間に戻れないだなんて」

その話を聞いてい香奈も驚いた。

「うん、

 こればっかりにはどうにもなわないわ、

 それと、

 これは竜宮の掟だけど、

 人間になれない人魚は陸に居る事は許されないわ、

 だから、体力が回復したら竜宮に行くのよ、いいわね。

 いま、竜宮の使者がこっちに向かっているわ、

 いいこと、これは乙姫様の命令でもあるのよ」

「………」

綾乃からの言葉に櫂は自分の下半分を覆う鱗を憎らしげに見つめていた。

すると、

『こんばんわ〜っ

 ここに、力を使いすぎて人間に戻れなくなった間抜けでバカな人魚が居ると聞いて、

 引き取りにきましたぁ』

っと外から男の声が響き渡った。

その途端、

「だっだっ誰が…

 間抜けでバカだってぇぇぇぇ」

その言葉に櫂は肩を震わせ声を上げるのと同時に、

キーン…

ずっと光を失ったはずの櫂の竜玉が微かに光ると、

ザザザザ!!!

櫂が浸かっていた水が震えるように動きだした。

「え?」

それを見た綾乃と香奈は驚くと、

「どこのヤツだぁ!!」

その言葉にいま感じている閉塞感をぶつけるようにして櫂が中に飛び上がると、

ザバッ!!

ザザザザザ!!

その櫂を追うように水も幾筋にも別れ一斉に飛び出していった。

「……あのさ、お兄ちゃん…力使えるんじゃないの?」

空になった槽を見下ろしながら香奈はそう呟くと、

「そうねぇ…」

綾乃もこの事態をどう対処して良いのか判らなかった。

そして、そんな二人の後ろで潮見の婆さまが一人頷いていた。



ザザザザ…

ヒュンヒュンヒュン!!

鞭を打つように床の上を飛び跳ねる水の筋に乗り、

人魚姿の櫂が潮見の婆さまの屋敷から飛び出すと、

『よぅ!!

 久しぶりだなぁ!!

 お前だったのか、

 間抜けでバカな人魚という奴は』

と言う声と共に竜の竜彦がニヤケた顔で櫂を見下ろしていた。

「竜彦!!!

 お前かっ!!」

ザザザ!!

ヒュン!!

水を従え、櫂は竜彦の所にまで飛び上がると、

『なんだ、元気そうじゃないか』

「うるせー、

 誰が間抜けでバカだってぇ?」

『さぁな?

 竜宮は大騒ぎだったぞぉ

 乙姫様が攫われたって…

 ふふ、

 いまお前が帰ると、たっぷりとお仕置きされるだろうなぁ

 任務怠慢つーて』

竜彦はニヤケなから竜宮の様子を櫂に告げる。

「うっ」

竜彦のその言葉に櫂が言葉を返せないで居ると、

『知っているか?

 竜宮のお仕置きってな、

 いき遅れのオールド・ミスのおばさん人魚がなぁ

 鞭を片手に拘束された若い人魚をいたぶるんだよなぁ…

 もぅ、そのネチコッサと言ったら天下一品!!

 どう、やられてみる?

 きっと新しい世界が開けると思うけど』

「誰がだ!!」

竜彦の話に櫂が思いっきり否定すると、

『まっ

 とにかく、お前

 人間に戻れないんだろう、

 それなら竜宮に戻らないとならない。

 これは掟だからな』

と急に真面目な顔になった竜彦は櫂にそう告げる。

すると、

「……」

それを聞いた櫂の表情が一気に曇ると、

『まぁ、

 そんな顔をするな、

 それより、いま竜宮にマームヘイムと言う人魚の国の

  マーエ姫が来ているの知っているだろう』

それを見た竜彦は櫂にマーエ姫のことを尋ねた。

「あっあぁ…

 乙姫様に聞いたけど」

櫂はなぜここでマーエ姫の話題が出るのか判らずに返事をした。

すると、

『うん、そのお姫様がお前に会いたがっているだ、

 だから、マーエ姫様に会ってくれないか、

 それなら竜宮に行くのそんなに辛くないだろう?』

櫂の返事を聞いた竜彦はマーエ姫が櫂に会いたがっていることを告げると、

「そっそうか?

 あっあぁ

 まぁ、そのマーエ姫が会いたがっているのなら構わないけど…」

『よしっ

 じゃぁ竜宮に行くぞ、

 いまのお前はそうしているだけで精一杯なんだろうからな』

「うるせー」

『俺につかまれ、

 行くぞ!!』

竜彦と櫂の話はまとまり、

櫂が竜彦の身体に乗るのと同時に、

ヒュンッ!!!

竜彦は白い光を残して海に向かって飛び去っていった。

「お兄ちゃん…帰ってくるよね」

竜彦が残した軌跡を見上げながら香奈は綾乃に尋ねると、

「大丈夫よ

 すぐに戻ってきて乙姫様と真奈美さんの助けに行くわよ」

そう言って聞かせる綾乃の手にいつしか力が込められていた。



その頃…

ワーバタバタバタ!!

相変わらず大掃除が続く猫柳邸の一角にある倉庫に

ガコン!!

ガコン!!

厳重に封をされた2つの水槽が運び込まれてきた。

そしてその水槽の中にはそれぞれ1体ずつ柔らかな乳房を露にした半人半魚の人魚、

そう、乙姫と真奈美が入れられていた。

『あたし達をどうする気ですか?』

いきなり運び込まれた倉庫の様子に

真奈美が後から入ってきたハバククに向かって声を上げると、

「なぁに、

 地上にあなた方を置いておくと必ず助けに来るものが居ますからね、

 ふふ、

 その者たちの手の届かないところにお連れしようと思いまして」

と相変わらず不敵な笑みを浮かべてハバククは返事をした。

『手の届かないところ?』

「えぇ、そうです。

 そこにお連れした後に始末してあげますよ、

 あなた達をね」

『なっ』

「ふふふふ…」

自分の言葉に驚く真奈美の姿を眺めながらハバククは小さく笑うが、

しかし、

「なぁ、アレって人魚じゃないのか?」

「うん、馬場さんは片方を乙姫って呼んでいるけど」

「えぇ!

 そうなのか?

 会長…捕まえてきたのかな?」

「いやっ、

 シーキャットは相変わらず作戦行動をしているぞ、

 俺、さっき竜宮の資料をFAXで送ったから…」

「じゃなんで、こんなところに乙姫が居るんだよ」

「知るかっ

 馬場さんが捕まえてきたんじゃないの?」

「おいっ

 それなら会長に報告をしないと…」

乙姫と真奈美が封じ込められている水槽を横目に見ながら、

掃除中の部下達はそう言い合う、

すると、

「おいっ」

そんな部下にハバククは声をかけると、

「この水槽の発送準備をしろっ

 送付先は種子島の大日本宇宙センターだ」

と指示を出した。



ピッ

ピッ

ピッ

ポーン!!

『N2超時空振動弾発射まで12時間を切りました。

 各作業員は第2次点検をお願いいたします

 またシステム管理者はイグドラシル・システムの

 エラーログのチェックをお願いします』

時報と共に天界・時空間管理局中央発令所のメインパネルに

作戦行動発動までのカウントダウンの表示と、

現在の作業進捗状況が表示された。

「さぁて腕が鳴るわ…」

その画面を見ながら黒髪の女神が気勢を上げると、

「まぁ、頑張りな、

 あたしは帰るから」

その姉の銀髪の女神はそう答え、帰り支度を始める。

「えぇ、

 付き合わないのぉ?」

「あんたに全部付き合っていたら身体が持たないわ、

 後は宜しくぅ!」

「あっちょっと!!」

銀髪の女神はそういい残して発令所から引き上げてしまった。

櫂の居る世界と衝突している世界を引き離すために

半日後発射される予定のN2超時空振動弾。

しかし、この爆弾が竜宮にとってとんでもない事態へと導いていくのであった。



「夏目…」

「どうした?

 五十里?」

「ワープをするぞ」

「え?」

「地球の老人達も私の到着を待ちわびているだろう」

「そうか

 どこまでワープする?」

「そうだなぁ、

 どうせ押しかけるのなら地球の近くで良いんじゃないか」

「判った、

 じゃぁその準備をしよう、

 ふっ地球か、何もかも皆懐かしいなぁ…」

ツルカメ彗星のコントロールルームに五十里の不敵な笑い声が響いていった。



つづく


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