風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第27話:櫂の敗北】

作・風祭玲

Vol.449





時計の針を1日ほど戻して、

ここは東北某県・猿島邸…

「さて、そろそろ話していただけませんか?」

円筒形の水槽を目の前にして

幻光忠義はその中で後ろ手に縛られ浮かんでいる人魚・サヤにやさしく話しかけた。

『お前に話すことは何もない!!』

変身を解かれ、朱色の鱗を輝かせる人魚の姿に戻ってしまったサヤは

水槽の中を海草の様に漂う翠色の髪の中より

キッ

っと忠義を見据えながらサヤはそう返事をすると、

「ほぅ、そうですか…」

サヤの返事を聞いた忠義は顎を上げメガネを輝かせ、

「なかなか勇ましいお顔をなさっているようですが、

 しかし、その狭い水槽の中では長い髪がじゃまで拝見できないようですなぁ…」

と告げると、

「!」

何かを思いついたのか、

振り向きながら

「おいっ

 この方の髪を切ってあげなさい!」

背後で控えている部下に命令をした。

『なっ

 やめろ!!』

忠義のその言葉を聴いた途端、サヤは血相を変え叫ぶと、

「おやっ、

 なにか、不都合でも?」

その声に返事をした忠義の顔には弱者をいたぶる笑みが浮かんでいた。

程なくして、

ゴボゴボッ

サヤが入っている水槽の水が抜かれ、

「くっ

 離せ!!」

尾びれで床を叩き抵抗するサヤが彼の前に引き出されると、

「ふふふ…

 おいっ始めろ」

と部下に作業をするように催促をした。

すると、その声に応えるように、

「はっわたしが…」

一人の部下が進み出てくるなり、

シャキッ!!

手にした鋏を開き、サヤの翠色の髪の毛を手に取ると刃先を当てた。

「やめろ!!!

 髪を切るな!!」

その感触にサヤの顔は青ざめ、

そして、激しく尾びれを床に叩きながら叫ぶが、

「幻光様

 どれくらい切ればよろしいので?」

暴れるサヤに構わず部下は忠義に切る量を尋ねると、

「そうですね、
 
 いきなり丸坊主は失礼ですから、

 肩くらいで切りそろえてあげなさい。

 あっ一応、ご婦人ですから

 きちんと切ってあげるのですよ

 粗相の無いようにね…」

部下の質問に忠義はメガネを輝かせたまま指示を出す。

「あっはいっ

 お任せを、

 コレでもわたし、

 美容師を目指し理容の専門学校を出ましたので」

忠義の指示に部下はそう答え、

「でも、人魚の髪を切るのは初めてだよなぁ」

と言いながら、

ジョキッ!!

サヤの髪に鋏を入れた途端、

部屋中にサヤの悲鳴が響き渡った。



「ふむっ

 人間にとって無理矢理髪を切られるのは屈辱でしかないのだが、

 しかし、髪が生命線の人魚にとって髪を切られることは死に直結しますからね…」

目の前で行われている作業を眺めながら忠義はそう呟く、

やがて、

「うわっ

 何だこれは…」

サヤの髪を切リ終えた部下が思わず声を上げると、

「どうした?」

忠義はそのわけをただす。

「幻光様っ

 これはいったい?」

忠義の声に部下が振り返ると

鋏を持つ彼の手には翠色をした粘液状の物がべったりと付着し、

ピッピッ

っと手を振って見せた。

「ほぅ…」

その様子を見た忠義は感心したようなセリフを言うと、

「なるほど…

 アレが人魚の呼吸を助けているのですね」

と興味深そうに見つめ、

「まぁその程度で良いでしょう、

 さぁ、

 気を失っているご婦人を水の中に帰してあげなさい」

と髪を切られたショックで気絶しているサヤを指さしそう指示を出した。

やがて、水が張られた水槽の中にサヤが戻されると、

ハッ!!

気がついたサヤは慌てて自分の髪の様子を探った。

そして、自分の髪が肩で切りそろえられていることに気がつくと同時に、

その顔が見る見る苦しそうな表情へと変貌していく

「鬱陶しさが消えて、

 うん、お似合いですよ、

 やはり、あなたにはそれくらいの髪が良く似合いますよ、

 おやっどうしました?

 苦しそうですが…」

嫌味たっぷりに忠義はサヤに尋ねると、

『貴様…

 なんてことを…』

サヤは身体を震わせ、忠義を睨みつける。

「ふふふっ

 苦しいのでしょう?

 でも、その水の酸素濃度を2倍にあげたので

 だから髪を半分失ってもあなたはそうしていられる…

 どうします?

 次はその胸の竜玉を取り上げてあげましょうか?」

『なに?』

「それとも、温泉に行きますか?

 実はこの近所に天然温泉が沸いていて、

 最近、人気のスポットになっているのですよ、

 ゆっくりと寛げますよぉ

 ただ、ココの温泉は温度が高いのと酸が強いので

 水になれた人魚が入るとどうなるかわかりませんが…」

『貴様…』

「ふふ…

 まぁ、温泉につかりながらゆっくりと

 竜宮についてのお話を聞かせてもらいましょうか……」

まるでこれまでに受けてきた数々の屈辱を晴らすかのように

忠義はサヤに告げると、

「おいっ

 この者と共に猿島温泉に行くぞ」

と部下に指示を出すと、部屋から出て行った。



「ふっふっふっ

 あっけ無かったなぁ…あの人魚は…」

日本海溝に沿って福島沖から鹿島灘へと進む百日紅の中で、

玄光忠義はその後行われた惨劇の事を思い出しながら笑みを浮かべていた。

そして、海図に記された竜宮の場所を幾度も撫でながら、

「そうか、ここか、

 ここに竜宮と乙姫がいるのだな…」

とサヤより聞き出した竜宮の場所を眺めていた。

そして、その百日紅の艦内には瀕死の状態のサヤを収めたカプセルが置かれ、

その中で、

『竜宮の場所はわかってもあの門をあける事は出来ぬ…』

満身創痍のサヤは幾度もそう繰り返していた。



その頃、シーキャットはというと、

「会長!!

 まもなく目的地周辺です」

シーキャットの艦内に艦長・貝枝の声が響き渡る。

「そうか、

 ついに来たか!!

 九州からはるばる1000キロ!

 来たぞぉ!!」

貝枝の報告を聞いた泰三は期待に胸を打ち震わせながら

シーキャットの中央部にある作戦室に入って来るなり、

「さーて

 艦長っ、
 
 竜宮の位置は掴めているかっ」

と海図を見下ろしている貝枝に尋ねると、

「はいっ

 本来でしたらもっと細かい情報が欲しかったのですが」

と貝枝は返事をした。

「うむっ

 仕方があるまい、

 本来ならココに来るまでに

 情報の精度が上っているはずだったのだが、

 予想以上に邪魔が多く入ってな」

「いえっ

 現状でも十分です。

 では、これまで得られた情報を総合しますと、

 この石廊崎・観音崎・大島・真鶴を結んだ

 このひし形の中に竜宮の入り口があると思われます」

泰三の声を受け貝枝は海図に記した赤い四角形を指さす。

「なるほど…」

それを見た泰三は大きく頷き、

「でも、随分と広いなぁ…」

そう指摘すると、

「ですので、シーキャットによる直接の探査は行わずに、

 複数の子機を使った探査を行います」

と貝枝は探査プランの変更を泰三に告げた。

「子機?」

貝枝の言葉にあったその言葉に泰三が反応すると、

それを見た若い航海士が一歩前に出るなり、

「はいっ

 それはわたしがご説明を申し上げます。

 まず本艦はこのひし形の中心でアンカーを打ち、停泊、

 本艦に代わり小型の無人探査艇を5機放ちまして

 五分割したエリアをくまなく探査させる予定です」

と作戦の説明をする。

すると、

「ほぅ

 なるほど、

 大将はどんと真ん中で腰をすえて、

 索敵は小隊にさせるか…

 よかろう

 すぐに取り掛かれ!」

その説明に泰三は満足そうに頷くと、

この計画を了承し、すぐに行動に出るように指示を出した。

それから程なくして、

ゴゴゴゴゴ…

シーキャットはそのひし形のちょうど真ん中に当たる

伊豆大島西方沖の海中に停泊をすると

ガコンッ!!

5機の無人探査艇を解き放ち、探査をさせ始めた。


『櫂…』

『櫂さん』

『助けて!』

「マナ?

 乙姫様?

 どこ?」

『ここよっ

 はやく…』

『はやく来て下さい…』

『でないと

 あたし達…』

「どこだ?

 どこに居るんだ

 マナ…乙姫様

 どこに居るんだ」

闇の中から響く真奈美と乙姫の声を頼りに櫂は人間の姿を解き、

人魚となって懸命に探し始めた。

「くっそう!!

 マナ!!

 どこだぁ?

 乙姫様っ

 返事をしてください!!」

いくら探しても乙姫も真奈美の姿も見つけられない櫂が叫び声を上げると、

『櫂…

 待ってます。

 きっと助けに来てくれると信じています…』

と乙姫の声が響いた。

「乙姫様

 どこですか!!

 いま…

 いま行きます!!

 乙姫様ぁ

 マナぁ」

行けども行けども延々と続く闇に櫂は焦りを感じ、

「どこだぁぁぁ!!」

と思いっきり叫んだ途端、

ザバッ!!

ハッ!!

「あっあれ?」

水の中から飛び上がった櫂は気が付くと思わず周囲を眺めた。

「こっここは…

 どこだ?」

キョロキョロとしながら周囲を見ていると、

「お兄ちゃぁぁぁん」

泣き顔の香奈が飛びついてくるなり、

「うわっ」

サバーン!!

二人とも水の中に沈んでしまった。

そして、

「なっ

 いきなり飛びつくやつがあるか!!」

再び水面に顔を出した櫂が香奈に向かって文句を言うと、

「どうやら、傷は治ったようだな…」

と言う声とともにランプの明かりが櫂に向けられ、

あの潮見の婆様が姿を見せる。

「え?

 潮見の婆様?

 じゃぁここは婆様の…」

潮見の婆様の姿に櫂は自分の体を見下ろすと、

そこには膨らんだ2つの乳房と

腰から下には朱色の鱗に覆われた魚の尾びれが続いていた。

「あっ

 おっ俺…人魚になっている…」

人魚体になっている自分の身体の様子に櫂がそう呟くと、

「もぅ、死んじゃったかと思ったんだから!!」

櫂に抱きついたままの香奈は声を上げる。

そして、

「ホント、

 香奈が駆け込んできてから大騒ぎだったんだから」

と櫂の母親である綾乃が姿を見せると、

「母さん…

 なんで…」

なおも合点が行かない表情を櫂はした。

「えぇ?

 まさか、怪我のショックで忘れちゃったの?

 お兄ちゃん?

 大ケガをして倒れていたのよ」

それを見た香奈が説明をすると、

「ケガ?
 
 俺が?

 ケガ…って

 ケガ…ケガ…」

香奈にケガのことを指摘され櫂はしばし考え込むと、

段々、直前の記憶が呼び起こされたのか、

ハッ

とした表情になると、

「そうだ、

 乙姫様や真奈美はどうした?」

と香奈に尋ねた。

すると、

「それはこっちが聞きたいのよ、

 ねぇ

 一体何があったの?

 お兄ちゃんは大怪我をして倒れているし、

 乙姫様も真奈美お姉ちゃんも居なくなっているし

 一体何があったのよ?」

今度は香奈が櫂の肩を揺らせながら尋ねた。

すると、

「海魔だ…」

その香奈の問いに答えるように櫂はポツリと答えた。

「海魔?」

櫂の答えに綾乃と香奈として潮見の婆様も復唱すると、

「うん」

櫂は小さく頷き、

「香奈が行った後、

 ハバククと名乗る海魔が現れたんだ、

 コレまでの化け物のような海魔とはまるで違い、

 人間と区別が出来ないくらいに人間そっくりなヤツだった」

「そんな海魔っているの?」

「ふむっ

 海魔の中でも格が上の者は人間そっくりに化けることが出来るからのぅ」

櫂の言葉に潮見の婆様は頷きながら説明をする。

しかし、櫂は婆様の言葉には返事をせずに、

「強いやつだった。

 滅茶苦茶に…

 おっ俺は、

 全然手が出せなかったんだ、

 気づいたときにはアイツの爪に貫かれて…

 ふっ

 惨敗だった…」

そう呟く櫂の目から一つ、二つと涙がこぼれると、

水の中に落ちた途端、真珠の輝きを放ちながら沈んでいく。

「あっ

 真珠だ…

 (やっぱり人魚の涙って真珠になるのね)」

それを見た香奈は思わず拾おうか…と思ったが、

ただ、いまそれをすると殴られそうなので

じっと水の中を見つめていた。

「櫂…

 あなたのせいじゃないわ」

落ち込む櫂に綾乃は優しく声をかけると、

「最低だな…俺って、

 肝心なときに乙姫様や真奈美を助けられないだなんて」

と呟きふさぎ込んでしまった。

すると、

「いい加減にしなさい!!

 櫂っ!!」

綾乃の怒鳴り声が響き渡ると、

バシン!!

っと櫂の頬に綾乃の平手打ちが決まった。

「え?」

いきなりの平手打ちに櫂はキョトンとすると、

「まだ、何もしていないでしょう、あなたは!!

 落ち込むのはねぇ

 万策が尽きたときにするものなの?

 いいこと?

 この間、あなたがさらわれたとき、

 真奈美さんやみんなは出来る限りの手を尽くしたのよ、

 そのおかげで、櫂っ

 あなたはココに戻ってきたのよ、

 いい?

 諦めちゃぁ駄目よ、

 諦めたら何も生まれない、

 何も叶わないものなのよ

 あなたがそのハバククと言う海魔に負けて、

 乙姫様と真奈美さんがさらわれたのはもぅ取り返しがつかないわ、

 でもね、やることはまだ山のようにあるのよ」

と綾乃は櫂に言い聞かせた。

「…………」

無言の時間が過ぎていく、

「そっそうだよな

 あの時、真奈美…

 いや、マナは俺を迎えに来てくれたんだよな…
 
 今度は俺がマナと乙姫様の迎えに行かなくては」

「そうよ、櫂っ

 行きなさいっ

 みんなが協力してあげるから」

「うんっ

 ありがとう、母さん!」

「そうよっ

 あなたにはその顔が似合うわっ」

綾乃に励まされ、

以前の表情に櫂が戻ると、

「ねぇねぇ

 じゃぁあたしも勇気を持ってお願いするけど」

と香奈が声をかけてきた。

「なんだよっ

 いろいろ急がしいんだよっ

 俺は」

香奈の頼みに櫂が面倒くさそうに返事をすると、

「この水の中の真珠、拾って良い?」
 
香奈は水中に沈む真珠を指差し尋ねた。

その直後…

ゴツン!!

香奈の頭に櫂の拳骨が落ちると、

「痛ぁぃ!!

 なにも殴ることはないでしょう!!」

「お前なぁ…

 妹のクセにそんなことを考えていたのか」

「良いじゃないのよっ

 真珠とそれとは別でしょう?」

「やかましい!!」

励まされ、元気を取り戻した櫂の声が響ていく。



「さぁて、

 どうするか…」

コポコポ…

その頃ハバククは思案に暮れていた。

彼の目の前には水が入れられた二本の円筒形の筒が並び、

片方には人魚体に戻された乙姫と、

もぅ片方には同じ人魚姿になった真奈美が押し込められていた。

『ちょっとぉ、ここから出しなさいよぉ!!」

ドンドン

っと体当たりをしながら真奈美が声を上げるが、

フンッ

ハバククはせせら笑うようにな笑みでそれに答えると、

ピッ!!

手元のリモコンを操作した。

すると、

グゥゥゥゥゥゥン…

それに反応するかのように低いモーター音が響き渡ると、

乙姫と真奈美が閉じ込められている背後の壁がゆっくりと上がり始めた。

『なっなによっ』

動き始めた壁に真奈美が驚くと、

キラッ!!

照明の明かりを受け、

無数の水槽が姿を見せてきた。

やがて

『え?』

『これは…』

驚く乙姫と真奈美の前に世界中から集められた魚や水生生物が姿を見せる。

「ここの主・猫柳泰三が世界中から集めたコレクションだそうだ」

それを見て驚く乙姫と真奈美にハバククは水槽の意味を告げると、

『なんで…』

無数の水槽の様子に真奈美は驚いたままだが、

しかし、乙姫は

『こんな暗くて狭いところに閉じ込められて可愛そう…』

と呟いた。

「ふんっ

 他人の心配よりも自分の心配をしたらどうなんだ?

 お前達もそのコレクションの一つとなるそうだ」

上着を脱いだハバククは乙姫の言葉にそう言うと、

『コレクションってなに?

 あたし達をずっとここにおいておくつもり?』

と真奈美が聞き返した。

「まぁそう言うことになるか」

『冗談じゃないわよ、

 なんで、あたし達がそんな見ず知らずのオッサンの趣味に

 付き合わなければならないよっ』

「さぁ?

 お前達は世界でもっとも珍しい魚だから

 特に乙姫、

 お前はコレクターの間からは垂涎の的だそうで、

 オークションに出せば、

 先進国の国家予算級の金が動くといわれているとか」

『なによ、乙姫様を売り物にする気?』

「じゃぁ、お前がオークションにでるか?

 乙姫ほどの値はつかないけど

 でも国が一つ傾く位の金になるぞ」

『うっ…』

「ふふふふふ…」

『なっなによっ

 そう言うあなただって海魔でしょう?

 なんで、あなたがそのオッサンのコレクションにならないのよっ』
 
と真奈美がそのことを追求すると、

ドンッ!!

ハバククの腕が伸び真奈美が入っている水槽を叩いた。

『なによっ

 脅す気?』

ハバククの行動に気丈に真奈美が返事をすると、

「ふっ

 教えてやろうか?

 俺達海魔は醜いから対象外なんだそうだ

 まぁ俺達にとってはどうでも良いことだけどなっ」

語尾を強めながらハバククは答え、

そして、

「安心しろ、

 お前達は泰三には渡さんよ」

と付け加えた。

『え?』

ハバククのその言葉に真奈美と乙姫が驚くと、

「ふふっ

 お前達には消えてもらう」

落ち着いた口調でハバククは告げた。

『消えるって…

 まさか』

「そう、この世から跡形もなくな…」

『そんな!!』

『殺すというのですか?』

「さぁ?

 ただ、俺は海魔にとって都合の良い世界にしたいだけさ、

 それには、乙姫っ

 お前の存在が邪魔…というわけ」

『なによっ

 そんなの勝手なこと言わないでよ!!』

ハバククの口上に真奈美が食って掛かるが、

「ふふっ

 何とでも言え、

 お前達は俺の手中にあることを忘れるなっ

 俺がその気になれば…

 まぁ言わずとも判るか」

真奈美が入っている水槽に手を掛けハバククがそう告げると、

『くっ』

真奈美は口を一文字に結んだ。

「さてと、

 お前達には味方がいっぱい居るみたいだし、

 必ず助けが駆けつけてくるだろうから、

 そーだなぁ…

 少し遊んでみるか、

 お前達を慕っている連中と…」

屈辱の表情を見せる真奈美と無表情に自分を見つめる乙姫の姿を眺めながら
 
ハバククは考える素振りを見せる。

そんなハバククの姿に

『乙姫様…』

真奈美が話しかけると、

『希望を失ってはいけません、

 大丈夫

 櫂は必ず助けに来ますよ』

凛とした表情で乙姫はそういいきった。



コォォォン…

コォォォン…

「玄光様っ

 ただいま野島崎沖を通過しました」

海図に現在位置を落としていた航海士が声を上げると、

一路南下していた百日紅は進路を右へと変え野島崎の沖合いを通過していく、

「そうかっ」

航海士の報告を聞いた忠義は満足そうに頷くと、

「良く聞け、

 石廊崎・大島・観音崎・真鶴を結んだエリアは

 恐らく”猫”が風呂敷を広げているはずだ、

 我々はその風呂敷の上を歩くことになる。

 もしも、”猫”に発見されれば場合によっては戦端が開かれる可能性もあるが、

 無論、この百日紅には万全の装備が施されており、

 決して”猫”に侮られることは無い。

 そして、我々の最大の強みは竜宮の正確な場所を把握していることだ。

 よいかっ、

 我々に歯向かうものは力ずくで排除し竜宮に乗り込むのだ!!!

 我が、猿島に栄光アレ!!!」

艦内放送を通じて忠義の威勢の良い声が放送され、

それに呼応するように、

ウォォォォ!!!

「さーるぅっ!」

「さーるぅっ!」

「さーるぅっ!!」

まるで津波のような歓声が艦内に沸き起こると、

百日紅の艦体はその歓声で大きく打ち震えた。

ところが…

「会長!!

 音探に”猿”のものと思われる反応がありました」

大島沖で待機していたシーキャットの艦内にその報告が響き渡ると、

「なに?

 ”猿”だとぉ?」

それを聞いた途端、泰三の眉間に皺が寄る。
 
「はっ

 野島崎沖に仕掛けてありました音探に反応があり、

 響き渡る人間のものと思われる音の後、

 大型の構造物が音探の上を通過したとのことです」

「そうか、

 やはり”猿”が出てきたか 、

 おいっ

 ”犬”や他の動きはどうだ?」

「はいっ

 地上からの交信では”犬”に特別な動きはないそうです。

 ただ、ここ数日の異常天候の影響で長長波通信にも障害が発生しており、

 今後の交信に支障が出るものと思われます」

「ふっ

 構わんっ

 我々が居るのは海の底だ、

 地上の天候など捨て置け、

 それよりも、目障りなのは”猿”だ」

と報告を聞いた泰三が猿島の百日紅のことを言及すると、

バッ

艦内放送のマイクを掴むや否や、

「よいかっ!!

 竜宮に先に手をつけたのは我々猫柳である。

 それを後からノコノコとやってきたドロボウ”猿”に横取りをされるわけにはいかん。

 竜宮を見つけ出し、一番乗りするのは我が猫柳!!

 もしも、”猿”が妨害をするようならば断固撃破しろ!!!

 この海は我々”猫”の海だ!!

 立てよ、諸君!!

 猫柳万歳!!」

とマイク片手に思いっきり気勢を上げた。

その途端、
 
「猫柳会長ばんざーぃ!!」

「猫柳会長ばんざーぃ!!」

シーキャットの艦内に泰三を讃える声が響き渡った。

しかし、その外では…

「ねぇ…

 コレ…

 随分と騒がしいけど」

「そうねぇ

 潜水艦ってヤツらしいけど、どうする?」

艦内から湧き上がる声を響かせているシーキャットの傍らで、

二人の人魚が岩場の影から顔を出すと、ヒソヒソ話をしていた。



その頃…

ゴロゴロゴロゴロ!!!

ズズズンン!!

本土と同じように雷鳴が響き渡る種子島・大日本航空宇宙センターの敷地内にある格納庫より、

日本が世界に誇る大型スペースシャトル・隼が引き出されていた。

「おいっ

 こんな天気に打ち上げか?」

ヘルメットを被った作業員がコクピットで調整をする作業員に話しかけると、

「あぁ、

 なんでも、猫柳からの依頼でな、

 臨時の打ち上げが決まったそうだ」

「そうか、

 金持ちのやることはわからんなぁ」

「あはは、

 まぁこの”隼”は水平打ち上げ型のシャトルだから

 多少の天候が悪くても問題は無いけどな」

「どうせ、”出島”に送るんだろう?

 で、何を届けるんだ?」

「さぁ?

 魚が入ったカプセルを2つと聞いたが」

「魚?

 なんだよ魚の宅配か…

 まったく築地と勘違いしているんじゃないか?」

「”猫”だけに?」

「あははははは」

種子島に暢気な笑い声が響き渡っていった。



つづく


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