風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第26話:ハバクク強襲】

作・風祭玲

Vol.445





コォォォォォォォンンンン…

コォォォォォォォンンンン…

ゴゴゴゴゴゴゴ…

地上での騒ぎをよそに猫柳泰三を乗せたシーキャットは順調に航海を続け

熊野灘より潮岬沖を抜けると伊勢湾へと進んでいた。

「そうか…

 魚組が壊滅させられたか
 
 猿島もなかなかやるよのぅ」

和歌山での大掛かりな修理が功を奏し、

これまでのトラブルが嘘の様に消えたシーキャットに満足してか、

地上より送られてきた報告書をパラパラと目を通した泰三は余裕の表情でそう呟くと、

報告書を返す。

「いかがなさいますか、会長」

泰三から報告書を受け取った青柳は善後策を尋ねると、

しかし、

「捨て置け」

泰三はそう指示を出すとクルリと背を向けるた。

「はっ?」

「判らんのか、

 すでに賽は投げられたのだよ、
 
 地上の連中が騒いでも

 もはやこの私をとめることは出来ないのだよ、

 見よ、このシーキャットを!

 これまでのトラブルが嘘の様に消えているではないか、

 さぁ行くぞ、竜宮へ!!」

目を輝かせながら泰三はそう叫ぶと、

このまま一直線に竜宮を目指すように命令を下した。



「なるほど、泰三はそのまま竜宮へ行くか」

シーキャットからの指示を聞いた馬場勝文ことハバククが大きく頷くと、

「室長、どうしましょうか」

かつての千帆の部下達は一斉にハバククにこれからの指示を仰いた。

すると、

「そうだなぁ…」

ハバククは考えるふりをしながら、

「とりあえず、掃除でもするか、

 いろいろあったし、

 まぁここいらで、この本宅も含めて一斉に”大掃除”をした方がいいかもな」

と言うと、

「はっ!!

 ただいまより大掃除を行います!!」

指示を受けた部下達は一斉に頭を下げ、

「掃除だ

 掃除だ!!

 大掃除だぁ!!!」

と叫びながら散っていった。

「ふふん

 そうそう

 大掃除大掃除

 さて、私も竜宮を掃除してくるとするか」

去っていく部下達の後ろ姿を見ながらハバククはそう呟くと、

「いまからちょっと出かけてくる、

 帰りは
 
 そうだなぁ…明日には帰るか」

と言い残すと、腰を上げ、

バッ!!

壁に掛けてあったスーツの上着を肩に担ぐと執務室から去っていった。



カッ!!

ゴロゴロゴロ!!!

雷は翌日も鳴り続けていた。

「ずっとこの天気ですね」

土曜日の街を歩いていた櫂は空を眺めながら横を歩く乙姫に尋ねると、

「明日、N2超時空振動弾による切り離し作業が行われるまで

 この状態が続くでしょう」

櫂につられて空を見上げた乙姫はそう返事をした。

「確か、昼ですよね」

「えぇ」

「………」

「どうかなさいました?」

「いっいえっ」

突然、周囲の視線が気になったのか、

櫂は顔を真っ赤にしながら周囲を伺うと、

「…おいっ見ろよ」

「すっげー、バニーガールかよ

 しかも、片方は黄金のバニーとは」

「この不景気なご時世にありがたい」

「でも、何かの宣伝?」

「気合入っているなぁ」

「どこのお店だろう」

周囲からそんな声が響き渡り、

いつしか、櫂と乙姫の周囲には目を輝かせた男共が集まっていった。

「やっぱり原因はこの格好か…」

刺さるような男共の視線に櫂が視線を下に向けていると、

「もぅ

 お姉ちゃんったら、なに立ち止まっているのよっ

 お店にたどり着けないじゃない」

動かない櫂達にしびれを切らした妹・香奈が声を上げた。

すると、

カッカッカッ!!!

その声に返事をするかのように勢い良くハイヒールの音を鳴らしながら

櫂が男たちの輪から抜け出すと、

そのまま香奈の元に駆け寄り、

「お前なぁ〜っ

 こうなることは判っていただろうが、

 この責任はどうするんだ」

と声を荒げた。

しかし、

「もぅ、バニースーツだけでまま出てくるからよ、

 はいっこれを着て」

バニーガール姿のままの櫂に香奈はため息をつきながら、

手にしていた紙袋からあるものを手渡すと、

「なんだよ、羽織るものを持ってきていたのかよ、

 そう言うものはさっさと…

 ってなんだこりゃぁぁぁぁ!!」

文句を言いながら櫂は手渡されたものに袖を通した途端、

櫂の絶叫が響き渡った。

「おぉ!!!」

再び湧き上がった感嘆に似たどよめきの中、

フルフルフル

身体を振るわせる櫂の身体にはピッタリと燕尾服が着せられていた。

「うん、

 良く似合うわ、

 やっぱりバニーガールは燕尾服よね」

バニーガールとしての完成度を上げた櫂の姿に香奈は満足そうに頷くと、

「こっこれが、兄に対する仕打ちか…香奈…」

震える声で櫂が香奈に迫る。

「まぁまぁ、お姉ちゃんたら、

 そんなにムキにならないのっ」

興奮する櫂を押しとどめるかのように香奈はそう言うが、

しかし、

「うるさーい!!

 今日と言う今日は、

 香奈ぁ!!」

「きゃぁぁぁ!!」

ついに堪忍袋の緒が切れた櫂が、

悲鳴をあげて逃げる香奈を追いかけ始めようとしたそのとき、

「あら、いいですわね、それ」

いつの間にか乙姫が櫂の傍に来るなり、

櫂が着ている燕尾服を興味深そうに見ていた。

「おっ乙姫様っ」

「ねぇ、香奈さん、

 わたしの分はあるのですか?」

「え?
 
 あっはいっ

 ありますよ、

 はいっこれが乙姫様の分ですよ」

怒り心頭の櫂との間に割って入ってくれた乙姫に感謝しながら、

乙姫にも燕尾服を渡した。

「あら、

 へー

 おもしろいでわね、これ」

「でしょう?

 もぅ、お姉ちゃんったら判ってくれないんですよ」

「まぁ困ったものですわね」

手渡された燕尾服を身に着けた乙姫は

ショーウィンドーに映る自分の姿を見ながら感心すると、

それに合わせるようにして香奈も相槌を打った。

「ったく

 なにが面白いだよ

 おーぃ、さっさと行くぞ」

怒りの出鼻をくじかれ、一気に冷静になってしまった櫂は呆れながら声を上げると、

「はーぃ」

「判りました」

香奈と乙姫の声が響き渡った。

ところが、

ニャー…

そんな櫂達の後を追うようにあちこちからネコが姿を見せると、

ニィー

ミャーン

鳴き声を上げながら続々と集まり始めていた。



カッ!!

ドドドドーン!!

ゴロゴロゴロ…

黒雲が沸き立つ空を引き裂くようにして雷光が走ると、

少し遅れて雷鳴がとどろき渡る。

「さて、この街の向こうか…」

街を見下ろす早川神社の本殿の屋根にハバククが立つと、

眼下に見える街を見下ろしながらそう呟く、

そのとき、

「誰だ?

 そこに立っているのは!!」

眼下の社務所から出てきた早川守衛が本殿上のハバククに気づき声を張り上げた。

「ん?

 あぁ神職殿か、

 いやっ

 あまりにも景色がよくてな、

 つい…」

コツリ

屋根を歩きながら守衛に向かってハバククはそう告げると、

ヒュンッ!!

一瞬のうちに姿を消し、

「なっ!」

トッ!!!

守衛が気づいたときには彼の正面に立っていた。

「なっ」

スザザザザザ!!

ハバククの人間離れしたその動きに守衛は咄嗟に手にした箒を構え間合いをとると、

「お前…

 何奴?」

とハバククの一挙一動に気を配りながら尋ねる。

しかし、

「ははは…

 地上の人間にはちょっと刺激がきつすぎましたかな?」

あくまで余裕のハバククは悪びれずに答えると、

「人ではないようだな…

 モノノケか…」

眼光鋭く守衛が聞き返す。

「モノノケ…ですか、

 それはまた、随分な言われ方ですね、

 それなら、我々から見ればあなた方がモノノケではないのでしょうか?」

「なに?」

「ふふ…」

バサバサバサ!!!

長閑だった境内に一気に緊張が走り、

それを察したのか地べたに屯っていたハトが一斉に飛び立っていった。

ザッ

ジャリッ

無言の中、ハバククと守衛のにらみ合いが続く、

するとそのとき、

「ん?

 オヤジ、

 そこで何をしているんだ?」

参道の階段を上がってきた早川真央が境内の守衛達に気がつくと、

気軽に声をかけてきた。

「!!

 真央っ来るな!!!」

真央の声にハバククとにらみ合っていた守衛は視線を外さずに声を張り上げると、

ニヤッ

そのとたん、対峙していたハバククの口元がかすかに緩み、

ヒュッ

ハバククの姿が一気に消えた。

「しまった!!」

目の前に居たハバククの姿が消えたことに守衛は咄嗟に真央を見るが、

ウワッ

それと同時に突然吹いてきた突風に真央は体のバランスを崩してしまうと、

その場に尻餅をついてしまった。

「真央っ

 大丈夫か?」

倒れた真央の姿に守衛が慌てて駆け寄ると、

「痛てててて

 何なんだ
 
 今日はいったい…
 
 伊織のヤツは相変わらず様子が変だし、
 
 帰ったら帰ったでこんな目に遭うし」

起き上がった真央は文句を言いながらズボンについた埃を叩こうとしたとき、

「え?」

突風に煽られただけのはずなのに、

彼のズボンにはまるで引き裂いたよな切れ目が3本ついていた。

「あれは一体何者だ?」

ゴロゴロゴロ…

それを見た守衛は雷鳴がとどろく空を見上げながらそう呟いていた。



「えぇ?!、

 その格好で来たの?」

真奈美との待ち合わせ場所に櫂と乙姫が到着した途端、

真奈美より驚くのと、呆れたのをミックスした声を掛けられた。

「わっ悪いかよ」

真奈美の声にむくれる様にして櫂が返事をすると、

「悪いって…

 そりゃぁねぇ…」

ジロジロと櫂のバニー+燕尾服姿を見ながら真奈美はそう呟くと、

「そういえば、真奈美もバニーになったはずなのに、

 何で普通の格好をしているんだよ」

相変わらずの真奈美の視線に櫂がそう言い返した。

すると、

「ふふっ

 それは、はいっ

 このように隠してきているのよ」

櫂の質問に真奈美は笑みを浮かべて着ているジャージの胸元をずらすと、

その中からバニースーツが姿を見せた。

「あぁ!!」

それを見た途端、

櫂は真奈美のバニースーツを指差しながら、

「その手があった!!」

として声を上げた。

「え?

 気がつかなかったの?」

「うん」

「はぁ…何をやっているのよ、

 乙姫様もいるのに…」

真奈美の非難をするようなその声に

「わっ悪かったな」

櫂がそう言い返すと、

「あっあのぅ…

 わたしは別に構いませんが…」

これまで横で成り行きを見ていた乙姫がようやく声をかけてきた。

「えぇ?」

それに真奈美が驚くと、

「大丈夫ですか?

 乙姫様?」

と聞き返す。

「おいっ

 真奈美っ

 乙姫様に失礼だろう」

「だって」

「もぅいい加減にしてよ、

 今日は、あたしのぬいぐるみ買いに来たんでしょう?」

ずっと続くそのやりとりについに香奈が爆発してしまった。



ガサガサ…

「ありがとうございました」

それから約1時間後

袋に入れられた巨大ヌイグルミを抱きかかえて香奈が店から出てくると、

「はぁ

 今月の小遣いすっからかんだ」

「まぁまぁ、お姉ちゃんでしょう」

とぼやく櫂と乙姫、そして真奈美が続いて出てきた。

「あっそうだ、

 で、サヤさんのことですが何かわかりましたか?」

落ち着いた頃合いを見計らって真奈美が連れ去られたサヤについて尋ねると、

「それが…全然…」

サヤのことが話題になった途端、乙姫は肩を落とす。

「真奈美ったら」

サヤのことを持ち出した真奈美を非難するように櫂が真奈美の脇腹を突付くと、

「あっごめん」

櫂に諭され、慌てて真奈美が謝る。

すると、

「大丈夫ですよ、

 わたしはサヤを信じております。

 大丈夫、

 きっと、生きています」

「そっそうですよね、

 サヤさんってどっかの誰かさんとは違って

 百戦錬磨の人魚なのでしょうし、
 
 とにかくどこに連れて行かれたのか
 
 それが判り次第、助けに行きましょう」

雷光輝く空を眺めそう呟く乙姫の言葉に合わせるようにして真奈美がそう言うと、

「おいっ

 どっかの誰かさんって誰だよ」

真奈美のその言葉にカチンと来た櫂が文句を言った。

「あら、櫂のことだったの?」

櫂の文句を真奈美はやんわりと返すと、

「なっ

 ったくぅ…」

そんな真奈美に返す言葉がない櫂は臍を噛みながら先に進もうとした。

と、そのとき、

ニー…

「うわっ

 ネコがいっぱい」

香奈の驚く声が響き渡ると、

「なっ

 なんだこりゃぁ?」

櫂たちの前には道路上、壁の上、電柱などがネコで一杯になり、

このまま歩くことがままならない状態になっていた。

「なによなによ」

「まぁ」

道を埋め尽くすネコの山に乙姫や真奈美も驚いていると、

フッ…

かすかに風が変わった。

「!!」

「!っ」

それに気づいた櫂と真奈美が振り返ると、

「どっどうかしたの?」

ヌイグルミを抱えた香奈が不安そうに訳を尋ねた。

すると、

「あっ、

 そうだ、

 さっきのお店でリボンを買ってくるのを忘れちゃった、

 香奈ちゃん、悪いけどお店に戻ってリボンを買ってきてくれない?」

それに答えるかのように真奈美が香奈に頼み事を言う。

「えぇ、リボン?」

「うん、赤と青と銀色の糸が織り込められているの、

 お願い」

「うっうん、いいよ

 でも、このネコどうするの?」

「ぞっそれは、

 ここを避けていくから…ね

 で、ちょっとあたし達、寄るところがあるからお願い。

 あっで、4時に公園で待ち合わせましょう」

「わっわかった」

真奈美に手を合わされた香奈はイヤといえず、

ヌイグルミを抱きかかえたまま来た道を引き返していった。

「さっ

 乙姫様も…」

香奈の姿が消えるのを確認すると、

櫂は乙姫に向かってそう言うが、

「いえっ

 もぅ来られたようです」

1・2歩下がるようにして乙姫は答えた。

「!!」

近づいてくる気配に即座に櫂と真奈美は乙姫の前に立ち、

そして

「何者だ!!!」

とネコの山に向かって声を張り上げた。

すると、

ニーニー!!

埋め尽くしていたネコが一斉に動くと、

まるで潮が引くように櫂たちの前から消えていくと、

フワッ…

周囲の空気が一気に変わり、途端に生臭い臭いが漂い始める。
 
「これは…」

「海魔!!」

シュッ

フォォン!!

漂ってきた臭いに櫂は咄嗟に竜牙の剣を抜くと構えた。

「櫂さんっ

 無理はしないで、
 
 判っていると思いますが、
 
 今のあなたは本来の力が出せません!!」
 
櫂が竜牙の剣を抜いたことに驚いた乙姫が声を上げると、

「大丈夫です、乙姫様っ

 少しは力が戻ってきています。
 
 海魔ぐらい倒すことは出来ます」

剣を構えながら櫂は返事をした。

すると、

「来るよっ

 櫂っ!」
 
前方を見つめていた真奈美が叫び声を上げる、

「!!」

程なくして、

…コツリ

…コツリ

足音を響かせながら、

黒のスーツにサングラスをかけた男がネコの居なくなった道の向こう側から姿を見せると、

コツリ…

櫂達とは5mほど離れたところで立ち止まり、

「はじめまして、

 乙姫様」

そう挨拶をしながら頭を下げる。

「何だお前は!!」

男の礼儀正しさとは裏腹に竜牙の剣を構えながら櫂は声を張り上げると、

「海魔…ですね」

すかさず櫂の後ろから乙姫の声が響いた。

しかし、男は櫂の恫喝を気に留めずに

「ハバクク、と申します。

 お見知りおきを」

と口が動くとそう口上を述べる。

「ハバクク?

 へぇ…海魔にも名前はあるのか」

剣を構えながら櫂はそう言うと、

「えぇ、

 わたくしにもちゃんとありますよ、

 名前は人魚や地上人だけのものではありませんので」

「なにをっ」

「おやっ

 勇ましいことで、

 でも、圧倒的に経験が不足していますし、

 それに、いまの君は本来の力を出せない
 
 でしょう?」

「なにっ」

「知っている?」

ハバククの指摘に櫂や乙姫の表情が変わると、

「ふふふ

 私が何も知らないとでも?」

不敵な笑みを浮かべながらハバククはそう言うと、

スッ

その腕が動き、

そして、櫂を指さしながら、

「まぁそれよりも

 そのような格好では満足に剣も振れないでしょうが」

と櫂が着ているバニー衣装を指摘する。

その途端、

「うるさいっ

 お前を切るくらいならこれで十分だ!!
 
 でえぇぇぃっ!!」

シュバッ!!

挑発に乗った櫂は躊躇わずにハバククに切りかった。

しかし、

フッ

まるで陽炎のごとくハバククの姿が消えると、

ヒュンッ!!

櫂の剣は空を切る。

「え?

 消えた?」

かき消すように姿を消したハバククに櫂が驚いていると、

「やれやれ、

 供の者がこの程度の子供だましに引っかかるとは、

 頭が痛いですね、乙姫様…」

いつの間にか乙姫の傍にハバククが立つとそう話しかけてくる。

「いえっ

 櫂を侮辱することはわたしが許しませんよ」

なれなれしい態度を取るハバククを見据えながら乙姫はそう言い返すと、

「ふふ、

 そうですか」

ハバククは身を返しながら櫂をにらみ付ける。

「櫂!!」

「真奈美は下がって!!」

「でも」

ハバククの突き刺すような視線に櫂は真奈美を下がらせると、

チャキッ!!

竜牙の剣を構えなおした。

「ほぅ、なおも私に剣を向けますか、

 さすがは乙姫様をお守りしているだけのことはあります

 なかなか勇ましいお姿ですよ」

「なにぃ!!」

「でも、ここは近くに水はありませんよ、

 これでは竜玉の力が十分に発揮できないでしょう。

 さて、どこまで力が出せますか」

グッ

ハバククのその指摘は陸上における竜牙の剣の弱点を的確に射抜いた。

けど、

「はんっ何を言っているんだ

 これまでに乙姫様を襲った海魔は退けてきたし

 お前を切るくらい大丈夫だ」

なおも櫂は強気でそう言うと、

「ふふ」

ハバククの口元がかすかに緩んだ。

すると、

「櫂っ

 下がりなさい、
 
 ハバククさんの言う通りです」

二人のやり取りを見ていた乙姫が声を上げるが、

「乙姫様っ大丈夫です」

櫂は構えを崩さずにそう返す。

「私の言うことを聞くのです」

「でも」

「ふふっ

 そうそう

 そこから動かない方が身のためですよっ」

フッ!!

そう言うや否やハバククの姿が一瞬消えると、

ドスッ!!

一気に櫂の間の前に姿を現したハバククは櫂の胸元に人差し指を突きつけた。

「櫂っ!!」

即座に真奈美の叫び声が上がる。

「ぐっ!!!」

目をむく櫂の胸元に突きつけられたハバククの指からは鈍い光を放つ爪が伸びると、

その先は櫂の背中から突き出ていた。

「この爪は君の動脈のすぐ傍を通っている、

 下手に動くと君の命はココで終わりだよ」

笑みを浮かべながらハバククは櫂に告げると、

「くっ」

一突きで体の動きを封じられた櫂は悔しそうにハバククをにらみつけた。

ブゥゥン…

ハバククの爪によって破られたバニースーツが一気に崩れていくと、

バニー砲を浴びる前に来ていた制服へと戻るが、

しかし、その胸元からは血のにじみが広がっていった。

「どうする?

 無駄な抵抗をし、ここで命を果てるか、

 それとも生き延びて次の機会を狙うか…
 
 君が出来る選択はこの2つだ!!」

「くそぉ…」

ハバククのその言葉に悔しそうな表情を櫂がすると、

「ふふ」

再びハバククの口が緩むと、

ザクッ!!

「!!」

櫂の背中からさらに4本の爪が突き出し、

「ぐはっ!!」

ドサッ

そのまま櫂はハバククにもたれかかる様に倒れてしまうと、

「櫂っ!!」

「櫂さん!!」

乙姫と真奈美の叫び声が響く中

「くっそう…」

櫂は何も出来なかったことを悔しがるが、

「乙姫様…

 ガーディアンの登場は無しですよ、
 
 この者の命を助けたければ、同行をお願いします」

乙姫達に向かってそう言うハバククの声を聞きながら櫂は意識を失ってしまった。



同時刻…

「百日紅!、

 出航!!」

猿島家の秘密ドックに幻光忠義の声が響き渡ると、

ゾゾゾゾゾゾゾゾ…

銀色の巨体を震わせ、

大型潜水艦・百日紅は外洋へと続く水路をゆっくりと進み始めた。

「忠義っ

 急な出航のようですが

 大丈夫なのですか?」

百日紅の艦長席に座る、和服姿の婦人

そう、猿島家当主・猿島耕助の妻である雪乃が不安げに尋ねると、

「はいっ、

 奥様っ

 急な出航で申し訳ありません。

 猿島忍軍より得た情報と

 我々の情報部の情報を総合いたしましたところ

 竜宮の正確な場所が判明いたしました。

 いまより急行すれば猫より先に到達することが出来ます」

と忠義は自信たっぷりに言う。

「そっそうですか、

 任せましたよ忠義、

 お前だけが頼りですから」

「はっ

 お任せください!」

雪乃の信任を得た忠義は深く頭を下げた。



そして、残る主役はと言うと、

ゴォォォォォォォ…

ズゥゥゥゥゥン!!

宇宙空間を驀進してきた彗星に衝撃が走ると、

「ただいま末端衝撃波面を超えました。

 太陽系内に突入しました」

という声がオペレーションルームに響き渡った。

「ついに太陽系内か」

その報告に夏目は感慨深く呟くと、

「そうだな…」

夏目の横に座る五十里は

机にひじを置き、口の前で手を組んだ姿でそう返事をしながら、

ジッと正面に置かれた巨大パネルモニターを見つめる。

そして、そのモニター画面には、

青い星・地球の姿が映し出されていた。



つづく


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