風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第22話:黒潮丸の脅威】

作・風祭玲

Vol.341





「あれぇ?」

昼休みの教室内にシシルの声があがると、

「どうしたの?」

教室に戻ってきたばかりのルシェルが聞き返した。

すると、

「ほらぁ

 この釣り竿…

 昨日バラバラになったのを接着剤でくっつけただけなのに、

 見て…

 いつの間にか綺麗に直っている…」

と信じられないような声を上げながらシシルが

傷一つなく、黒い輝きを放つ釣り竿・黒潮丸を掲げた。

「本当ですね」

「傷一つない…」

そんな黒潮丸を見ながらルシェルとサルサが感心しながらそう言うと、

「うへぇぇぇ

 気味が悪いよぉ…これぇ…」

と気味悪がりながらシシルが黒潮丸を振り回しはじめた。

すると、

「いやだ、こっちに向けないでよ」

「そう言った物は人に向けるべきではないと思いますが」

そう言いながらルシェルとサルサはすかさずシシルから机2つ分間の空間を空る。

すると、

「こらぁ!!、

 あなた達、なんですか教室内でそんな物を振り回して!!」

と猿島加代子の怒鳴り声が教室内に響き渡った。

「え?」

加代子の声に驚いたシシル達が振り返ると、

教室の出入り口付近で猿島加代子が仁王立ちになり、

シシル達の方を睨み付けていた。

「やばいっ加代ちゃんだ!!」

反射的にシシルがそう叫んぶなり逃げだそうとするが、

しかし、

「お待ちなさいっ」

ムンズ!!

たちまち加代子に襟首を捕まれると、

「学校にこのような物を持ってきて良いと思っているのですかっ」

とシシルに向かって説教をし始めた。

そして一通りの説教が終わると、

「ミール先生が預かっていると聞いたので安心していたのですが、

 全く、この子達にどういう教育をしているのだか…」

とため息をつきながら、

「これは、私の方で預かりますっ

 良いですねっ」

と強い口調でそう言うなり黒潮丸をシシル達から取り上げると、

そのまま立ち去っていってしまった。

「なによっ

 頭の固いのババァめ、

 いい気になっているんじゃないわよ」

去っていく加代子の後ろ姿を見ながら、

シシルが中指を突き上げながらそう文句を言うと、

ピタッ

「いま、何か言いましたか?」

キッ!!

突然、立ち止まった加代子はキツイ視線でシシル達を一瞥すると、

「いえっ

 別に…」

シシルはそう返事をするなりプィっと横を向いてしまった。

「全く、学校に釣り竿を持ってくるなんて、

 規則がないがしろにされている証拠です。

 これは、校長に直訴して校規の粛正を図らなければ…」

黒潮丸を睨み付けながら加代子はそう呟くと、

その足で校長室へと向かっていった。



その一方で、

校舎裏で繰り広げられている櫂達と猿島忍軍との激しい攻防は

なかなか決着がつく様子はなかった。

「ならばこれでどうだ!!

 でやぁぁぁ!!」

業を煮やした聞猿がそう叫びながら飛び出してくると、

「ムッ!!」

なかなか疲れを見せないサヤは彼を軽くいなし、

ゲシッ!!

代わりに見事な右ストレートを聞猿の頬を喰らわせた。

ズザザザザザザザザザ!!

殴られた反動で、まるで放り投げられたかのように聞猿の身体は宙を舞うが、

しかし、

シュタッ

聞猿は宙で一回転してなんとか踏みとどまる。

「ちっ

 俺のもかわされたかっ」

悔しそうな表情をしながら聞猿がそう呟くと、

「無駄だ!

 お前達地上人はあたし達には勝てない」

サヤはそう言うとズイッ一歩脚を踏み出すと言猿達を睨み付ける。

「ふふ、だとよ…」

「まったく、女相手にこうも手こずらされるとは…」

「それにしても猫柳にこれほどの使い手がいたとはな…」

サヤの言葉に言猿・聞猿・見猿の3人はそう呟くと、

「いかしたがない…

 少々乱暴だが…」

と声を合あわせ、

スチャッ

腰から忍び刀を抜くとサヤに向けた。

「きゃぁぁ、

 刃物よ、
 
 刃物!!」

それを見た真奈美が思わず悲鳴を上げる。

「しっ」

すかさず櫂が口に人差し指を立てたとき、

ザッザッザッ!!

突如、トレンチコートに身を包んだ10人ほどの男達が

隊列を組み、行進をしながら校内に入ってきた。

「なんだ?」

「応援か?」

「気味悪い…」

「何処のバカだ、あんな目立つような行動をして…」

それを見た櫂や言猿たちはそう思っていると、

ズザザザザザザザ!!

たちまち行進をしてきた男達は散開すると、

その外側をグルリと取り囲んだ。

そして、その中から一人が進み出ると、

『乙姫様…我々にご同行願いますか?』

と一本調子の口調で話しかけてきた。

「なに?」

サササ…

男のその声にすかさずサヤ達が姫子(乙姫)の周りを固める。

「乙姫だとぉ?」

「なにをいっているんだ…」

男達の意外な台詞に言猿達が首を捻ると、

「おいっ、

 彼奴ら…”猫”の手下だぞ!!」

と聞猿がトレンチコートの胸元についているバッチを指さして叫び声を上げた。

「なっ…”猫”だとぉ!!」

「どういうことなんだ!!」

「コイツ等”猫”じゃぁ無かったのか?」

「?…」

状況が飲み込めない言猿たちの頭は混乱していく。



短い沈黙の時間が過ぎ、

『お前達には勝ち目はない…

 無駄な抵抗は止めて大人しくその乙姫を差し出して貰おうか』

と最後通牒といえる台詞を男が告げると、

スッ

右手を静かに掲げた。

すると、

ジリ…

ジリ…

っと取り囲んでいる男達がゆっくりと迫りはじめる。

「なに?

 なんなの?

 この人達…」

男達を牽制するサヤに対して、

怯えた素振りをしながら真奈美が櫂の傍に寄ると、

「注意してください、

 この者達は人間ではありません、

 海魔です」

とサヤが櫂に注意をした。

「海魔だってぇ?」

サヤの言葉に櫂が思わず叫ぶと、

「そうです」

周囲の気配を察知しながらサヤはそう返事をした。



「聞いておられるのですか!!

 校長!!」

校長室に加奈子の怒鳴り声が鳴り響いた。

そして、

バン!!

加代子はシシル達から没収していた黒潮丸を校長の目の前に叩きつけると、

「いいですかっ、

 このような物が堂々と教室に持ち込まれているのですよっ

 教師としてこの事態を見過ごすわけには参りませんっ!!」

と語気を荒げながら加代子は校長に迫った。

「まぁまぁ、猿島先生…

 そんなに怒鳴りますと血圧が上がりますよ、

 そうですね、

 この問題は風紀に関わる重要な問題ですので、

 こんどの職員会議で話し合ってみては如何でしょうか?」

鼻息荒く迫ってくる加代子に校長は落としどころを探りながらそう告げると、

「校長!!」

ドアップになった加代子がさらに迫った。

「いっ!」

「いいですか、

 これは刻一刻を争う大問題なのですよっ

 どんなに頑丈な堤防も蟻の穴が原因で崩れると言う話もあります。

 いまは些細な問題でも、

 これを放置すればやがては取り返しのつかないことになるのです。

 もし、取り返しのつかない事態になったら

 校長はどういう責任をとるおつもりですか!!」

「いやっ、責任と言われても」

「とにかく今日の午後、緊急職員会議を開いてください。」

「はっはぁ」

そう言って迫る加代子に校長は力なく返事をすると、

「じゃじゃぁ…

 猿島先生がそれで納得するというのなら、

 今日の放課後に緊急職員会議を開きましょう」

と続けた。

すると、

「判っていただけたようで、ありがとうございます。
 
 それから午後一番に全校一斉の所持品検査を行いたいのですが、
 
 当然許可していただけるのですね」

校長の言質をとった加代子は満足そうな顔をしながら、

かつ、キツイ視線でそう尋ねると、

「はぁ…まぁ、その件については猿島先生にお任せします」

と校長は加代子に言った。

「では、失礼します」

校長のこの一言によって事実上の指揮権を得た加奈子は

胸を張って机に置いた黒潮丸に手を掛けた途端、

ビクンッ!!

突如、黒潮丸が加代子の手の中で暴れ始めると、

シュルシュルシュル!!

その先から釣り糸を吹き出した。

「なっ!」

「どうしました?、

 猿島先生?」

いきなり声を上げた加奈子に校長が声を掛けると、

「釣り竿が勝手に…」

加奈子がそう言うと、

グンッ

「ちょちょっとまって!!」

まるで黒潮丸に引きずられるように加奈子が職員室から飛び出して行ってしまった。

「さっ猿島先生?

 どちらへ?」

校長室から顔を出しながらさて行く加代子に校長が尋ねると、

「そんなこと…

 この釣り竿に言って!!」

その言葉を残して加代子は彼の視界から瞬く間に消えてしまった。

「はぁ?

 なにかのパフォーマンスでしょうか?」

糸を見ることが出来ない校長には加代子の行動が理解できなかった。



シュルシュルシュル…

黒潮丸から吐き出された糸はまるで餌を探す線虫のように校内を徘徊すると、

ピクン!!

何かを見つけたのか、一直線に職員室へと向かい始めた。

「そーなのよ…」

「へぇ…一応、クギを差したんだ」

「まぁね」

その頃、職員室ではミールの所にリムルが訪れていて、

昨日の藤堂千帆とのやり取りを話をしていた。

と、その時、

シュルン…

ミールとリムルの身体に静かに糸が巻き付いた。

「へ?」

「なに?これ?」

二人は自分の身体に巻き付いた糸を見て顔を見合わせる。

その途端、

ゴッ

猛烈な勢いで二人の身体から力が抜け始めた。

ガチャン!!

ミールが持っていた湯飲み茶碗が手から滑り落ちて粉々に砕け散ると、

「どうしました!?」

職員室に響き渡ったその音に同僚の男性教師が駆けつけてきた。

「ちっ力が…」

男性教師の問いかけにミールとリムルはそう言い合うと、

ドサッ

その場に崩れるようにして相次いで倒れてしまった。

「しっしっかりしてください」

その様子に慌てた男性教師がミールを抱き起こすと、

ビクン!!

彼女の脚に鱗が姿を見せ、ゆっくりと脚を覆い始めた。

「せっ先生…

 あっ脚が…」

それを見た男性教師が思わず声を上げると、

「やばっ!!!」

ミールの顔から一気に血が引け、

「なっ何でもありません」

と返事をしながら鱗に覆われていく脚を隠そうとしたが、

しかし、

日頃から丈の短いスカートを履いていたミールが幾ら脚を隠そうとしても

完全には隠しきれる物ではなかった。

「どうした?」

「いやっ、ミール先生の脚が…」

騒ぎは徐々に職員室中へと広がっていく、

「まずいことになったわ」

同じように鱗に覆われていく脚を庇いながらリムルがそう思っていると、

「先生!!」

一人の女子生徒が職員室に飛び込んでくるなり、

「体育館の方で、知らない人たちがケンカをしています!!」

と声を張り上げた。

「なんだと!!」

それを聞いて男性教員達が職員室を飛び出して行ったが、

ドン

「きゃぁ」

「うわっ!」

黒潮丸に引きずられて飛び込んできた加代子と

男性教師達が出会い頭に激突をするとお互いに倒れてしまった。

そして、気を失ってしまった加代子の手から黒潮丸が放り出されると、

カンッ!!

カラカラ!!

乾いた音を立てながら職員室の床の上に転がって行くと、

シュルルルルルルル!!

新たな糸を吹き出ししてしまった。

吹き出した糸は職員室から飛び出していくと、

そのうちの一本がシシル達が居る教室へと飛び込んで行った。

「え?」

「きゃぁぁぁ」

「なんですか?」

たちまち糸はシシルやルシェルそしてサルサに次々と巻き付くと、

彼女たちから力を奪い始める。

その結果、

「うわぁぁぁ、

 なんだそれぇ!!」

「きゃぁぁ!!

 見ないでぇ!!」

黒潮丸の糸に力を奪われたシシル達は、

クラスメイト達の目の前であっという間に人魚へと変身してしまった。



また別の糸は海魔や猿島忍軍とにらみ合っている櫂達の所へも伸びていった。

シュルン…

糸が最初に襲いかかったのは、

櫂達を取り囲んでいる千帆の配下の海魔だった。

『なっなんだ?』

取り囲んでいる一人が自分の体に絡みついた糸に気づくと、

ズムッ!!

たちまちその者の身体から力を奪い取り始める。

その途端、

『うげぇぇぇぇ!!』

糸に絡まれた海魔は悲鳴を上げると、

バリバリバリ!!

着ていた服を引き裂いて見る見るその醜悪な身体を表に晒した。

「なんだ?」

「ばっ化け物!!」

それを見た言猿たちが声を上げると、

『うげぇぇ』

『うがぁぁ』

次々と海魔達が悲鳴をあげ、

そして本性を晒して行く、

『なんだ、どうなっているんだ?』

突然発生した異常事態に海魔達はたちまち混乱に陥った。

すると、そのとき、

「こらぁ!!

 貴様等っ

 そこで何をしている!!」

竹刀を片手に男性教師達が校舎から駆け出してきた。

「まずいっ

 我々の姿を見せるわけには行かない」

教師達の姿に言猿たちはお互いに見合わせ、

そして頷くと、

「ぴっ」

素早く言猿が懐からリモコンのボタンを取りだして押した。

そして、

「脱出!!」

と言うかけ声と共に、

シュタッ!!

その場から高く飛び上がって脱出しようとした。

しかし、

『逃がさん!!』

それを見ていた海魔の一匹の口が大きく開くと、

シュピッ

っと口の中から長く伸びた舌が飛び出して、

飛び上がった見猿の脚に絡ませると、

グィ

っと思いっきり引っ張った。

その途端、

「あ゛〜っ!!」

ビターン!!

叫び声を残して見猿が地面に叩きつけられると、

そのまま気絶してしまった。

「見猿!!」

「くっそう!!」

その様子に言猿と聞猿はそう言いながら臍を噛みながら、

海魔達の頭上を越えると離れたところに着地した。

「おっお前達…

 なっ何者だ?」

一部始終を見ていた教師達は海魔を指さしながら震える声で尋ねると、

『ぐふっ

 陸の人間共よ痛い目に遭いたくなければ、

 この場からすぐに立ち去れ!!』

と一喝したが、

「なんだとぉ?!」

日頃から素行の事で何かと有名な体育教師が

眉間に皺を寄せながら立ち向かっていくと、

「なに、ヌイグルミなんか被っていい気になって居るんだ?」

 そんなものでビビル俺じゃねぇぞ!!

 どうせ、下らない映画の撮影か何かに来たのだろうが、

 あぁん?

 さっさと、被っている物を脱げ!!」

バシン!!

と竹刀で思いっきり地面を叩きながら恫喝した。

しかし、

『ぐふっ

 威勢だけはいいみたいだな』

海魔は怯むことなく体育教師を見下しながらそう言うと、

「先生、逃げてください!!」

と櫂が声を上げた。

が、

「こらぁ、水城っ

 貴様もこの連中とグルか!!
 
 女になったとか抜かしやがって、
 
 どこまで俺をバカにする気だ、
 
 ちょっと来い!!」

そう怒鳴りながら体育教師が櫂の所に行こうとして、

目の前の海魔を突き飛ばそうとしたが、

ズンッ

まるで、重い石のように海魔の身体は動かなかった。

ジロリ

「んだとぉ…

 調子に乗るな!!」

ゲシッ!

体育教師は海魔を睨み付けるなりそう言って思いっきり殴るが、

ミシッ

「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

殴った途端、体育教師は悲鳴を上げながら腕を押さえた。

『いま…何かしたか?

 全然利かないが…』

余裕を見せながら海魔は体育教師に殴られた場所をポリポリと掻くと、

『お前は殴ると言うことを知らないようだ、

 どれ、では我々が見本を見せてやろう』

海魔はそう言いながら体育教師に迫っていった。

「なっなんだよぉ」

迫ってくる海魔に体育教師の顔に恐怖の文字が浮かび上がってくる。

すると、

ガシャーン!!

『…ピピーン、バックシマス…』

と言う声と共にフェンスを突き破って水無月高校内に収集車が飛び込んで来た。

「見猿の敵だ!!」

それを見た言猿と聞猿がそう叫びながら収集車の運転席に座ると、

ゴワン!!

唖然としている教師達や櫂達の所に向かってハンドルを切った。

「うわぁぁぁ!!」

「やめろ!!」

自分たちの方に向かって爆走してくる収集車に

教師達は悲鳴を上げながら校舎に逃げ込んでいくが、

『ふっ』

体育教師に襲いかかろうとした海魔はその場を動かずに、

ズムッ

っと収集車をその全身で受け止めてしまった。

ギュルギュルギュル!!

タイヤから白煙を濛々と吹き上げながら収集車は海魔を押すが、

しかし、海魔はビクともしない。

「あわわわわわわ…」

その様子を見ていた体育教師は小便を漏らしながら呆然としていると、

「先生!!」

そう叫びながら櫂が体育教師の襟を掴み上げると、

グィ

っと引っ張った。

そして、

「すぐに放送で生徒達を校舎の中に入れてください」

と怒鳴ると、

「わっわっ判った」

体育教師は這いずるようにして校舎に飛び込んでいくと、

それから程なくして、

『校庭にいる生徒に告ぐ、

 暴漢が校内に侵入している。

 すぐに校舎内に入りなさい。
 
 すぐに校舎内に入りなさい』

と上擦った声の放送が全校内に一斉に流された。

しかし、その放送は逆効果になってしまった。

「暴漢だって?」

「本当か?」

「どこどこ?」

放送終了後、

たちまち学校内は上へ下への大騒ぎになり、

その結果、

人魚姿をさらしてしまい注目を浴びていたリムル達は蚊帳の外へと放り出されてしまった。

「なんか…」

「助かったみたいね」

人っ子一人居なくなった職員室でリムルとミールはそう言うと、

「はぁ…」

とため息をつきながら抱き合った。



「このこのこの!!」

『クックックッ』

ギュルギュルギュル!!

白煙を吹き上げる収集車を漫然と受け止めていた海魔だったが、

しかし、

シュルン…

海魔に絡みついていた糸が再び締め付けてくると、

ズムッ!!

その力を吸収し始めた。

『なっ』

海魔の身体から見る見る力が抜けていく、

すると、

ズッズズズ…

これまでビクともしなかった海魔の脚が徐々に引きずられ始めると、

ついには、

『うぎゃぁぁぁぁぁ』

海魔の悲鳴が上がるのと同時に、

ギャギャギャ!!!

っとタイヤの音を立てながら収集車が飛び出してしまった。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「ブレーキブレーキ!!」

突然動きはじめた収集車に言猿達も驚くと、

慌ててブレーキペダルを思いっきり踏みつけた。

しかし…

言猿が踏んだのは慌てたときのお約束であるアクセルだった。

ゴワァァァァ!!

収集車のエンジン音が一気に高鳴ると、

『くるなぁぁ』

と叫び声を上げながら逃げまどう海魔を次々と跳ね飛ばしながら、

校庭内を暴走したのち、

グワシャーーン!!

勢いよく野球のバックネットに激突してしまった。

ガラガラガラ…

その衝撃でバックネットは無惨に崩れ落ちていくと、

バサッ

ネットが煙を噴き上げる収集車の上に覆い被さる。



「あーぁ…

 やっちゃったよ…」

その光景を見ながら櫂がそう呟いていると、

「さっ、すぐにここから脱出しましょう」

そう言いながらサヤが櫂に声を掛けた。

ところが、

シュルン!!

黒潮丸の糸がそのサヤの身体に巻き付いき始めた。

「え?」

自分の身体に何かが巻き付いたことに気づくと同時に、

ズン!!

サヤに巻き付いた黒潮丸の糸がサヤから力を奪いはじめた。

「なっ」

ガクッ

見る見る抜けていく力にサヤがその場に倒れると、

「サヤッ」

「サヤさん!!」

それを見た櫂と姫子(乙姫)が叫び声を上げた。

すると、

「来てはいけません!!」

次第に人魚へと変化していく身体を庇いなから、

近寄ろうとする櫂達を制止するようにサヤが声を上げた。

「え?」

サヤの声に櫂の脚がピタリと止まる。

「見えない糸の様な物がこの周りを徘徊している。

 それに触れると人魚の姿に戻ってしまうぞ!!」

それを見たサヤがそう続けると、

「なんだって?」

サヤの言葉に櫂が驚愕した。

すると、

「きゃっ!!」

今度は櫂の後ろにいた真奈美が悲鳴を上げた。

「真奈美!」

真奈美の悲鳴に櫂が振り返ると、

「いやぁぁぁぁ…

 なにこれ?

 かっ絡まってくる」

そう訴えながら何かに絡まれたような仕草をしながら、

彼女の身体は急速に人魚化していった。



「うわぁぁぁ…」

「激突だよ」

「どーするんだよ、

 これじゃぁ練習できないぞ」

「それにしても、なに?コイツ?」

シュゥゥゥゥゥ…

バックネットを破壊して煙を吹き上げる収集車の周りには野次馬の生徒達が集まり、

バックネットを破壊されて呆然とする野球部員をよそに

激突して煙を噴き上げている収集車と、

その収集車に跳ね飛ばされ気絶している海魔達を怖々と眺めていた。

すると、

「こらぁ、誰が出ていいと言ったぁ!!」

「警察がすぐに来るから、お前等は校舎の中に入ってろ!!」

と怒鳴りながら教師が飛び出してきた。



一方、

「いたたたた…」

「やってしもたぁ…」

その収集車の中では言猿と聞猿がそう言いながら頭を押さえながら起きあがると、

「おっおいっ

 アレを見ろ!!」

と何かに気づいた聞猿が声を上げた。

「なんだ?」

「良いからアレを見ろ!」

「え?」

そう言って聞猿が強引に言猿の頭をある方向へと向けた先には

人魚に変身してしまった真奈美を抱きかかえながら、

同じように人魚に変身をしてしまったサヤに話しかけている櫂の姿が映った。

「なっ

 人魚?

 ってことは…」

『乙姫!!』

その様子を見た言猿と聞猿はお互いに指を差し合いながら声を上げると、

「こんな所で乙姫を見つけるだなんて、

 なんと言う幸運だ!!」

「乙姫を捕まえれば猫柳から奪ってきたあの書類なんぞ無くても同然。」

「なんとしても、幻光様に献上をしなければ」

言猿と聞猿はお互いに頷き合うと、
 
「トランスフォーメーション!!」

と叫びながら、

ガコン!!

言猿がハンドルの下にあるレバーを思いっきり引いた。

すると、

ゴワァァァァァ!!

収集車のエンジン音が再び高鳴ると、

ドゲン!!

煙を噴き上げていた収集車のコンテナ部の天井が開き、

バリバリバリ!!

ネットを引き裂きながら左右方向に二本の腕が飛び出した。

「なっなんだ」

収集車のコンテナから突然飛び出してきた腕に生徒や教師が驚くと、

ガガガガガガ!!

収集車が大きく振動し、

ジャコン!!

今度は後輪の部分がジャッキアップすると、

ガコン!!

後輪が内部に向けて折り畳まれるようにして動き、

そして、ゆっくりと膝を折り曲げた姿で脚が降ろされた。

「何が始まるんだ…」

その様子にギャラリーと化した生徒達が固唾を飲む。

グリンっ

ガシッ!!

コンテナから飛び出した腕が運転席の方に動いて地面に手を付けると、

ゴワァァァァァ、

エンジン音も高らかに運転席を回転させながら脚が伸びると、

収集車はゆっくりと立ち上がった。

「はーはははははは

 どうだ!!

 SSM−06SR

 モビルスーツ・モンキースィーパーだ」

モビルスーツ・モンキースィーパーとなった収集車のハンドルを握りながら

言猿は高笑いをした。



つづく


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