風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第18話:急襲、猫柳邸】

作・風祭玲

Vol.337





わぉーん!!

その頃の日本では既に日が落ち夜の帳が降りていた。

ヒュン

ササササササ…

夜陰に紛れて広大な猫柳邸内に3つの影が動いていく。

ヒュン

ヒュン

ヒュン

『松!』

『竹!』

『梅!』

「よしっ」

離ればなれに行動をしていた3つの影は一カ所に集まると、

お互いにそう呼び合うと大きく頷いた。

「ようっ見猿、どうだった向こうは?」

「ははは…男を騙すのもまぁおもしろいわ」

「メイドに化けていたんだって悪趣味なヤツだな」

「で、今夜のミッションは?」

「あぁ、この屋敷に中にある”竜宮”に関する資料を奪うことだ

 幻光さまからの直々の命令だから抜かるのではないぞ」

「承知っ!!」

そう忍装束に身を固めた3人の男達は

幻光忠義が放った忍・猿島忍軍の”見猿・聞猿・言猿”の3名だった。

「で、場所は見当が付いているのか?」

見猿がそう尋ねると、

「あぁ、昼間、掃除のおばさんに変装して調べたんだが、

 どうも、奥にある秘書の藤堂ってヤツの部屋に”重要な資料”があるらしい」

と聞猿が返事をした。

「”重要な資料”?

 と言うことは?」

「あぁ、連中が重要な資料と言うからには

 間違いなく竜宮に関するモノだと判断して良いだろう」

「なるほど…

 それで、秘書の部屋か…
 
 確かに妖しいな」

「じゃ行くか…」

議論がまとまった頃合いを判断して言猿がそう呟くと、

コクリ

残りの二人が頷いた。

その途端、

ヒュン!!

影は3つに別れると邸内を移動していく。



その頃…

「ふわぁぁぁぁ〜っ」

パタパタパタ…

ミールの侵入事件の際に邸内を破壊してしまった罰によって、

ずっと謹慎処分を受けていた猫柳メイド隊華組に所属の”さくら”が

その夜、待ちに待った謹慎処分が解除され久方ぶりの職場へと戻っているところだった。

「はぁ…

 謹慎が解けて良かった。

 もぅずっとする事が無くて、

 筋力トレーニングの毎日にはウンザリ…

 でも、筋肉がいっぱい付いたし、

 ふふ…こんど会ったら只じゃおかないからね」

ムキッ!!

薄い皮一枚の下にクッキリと無数の筋肉繊維の筋が浮かび上がる自分の腕を眺めながら、

”さくら”はそう呟いていると、

ヒュンッ

彼女の視界に人影がすり抜けていった。

「え?」

普通の人間なら気づくはずのない影なのだが、

しかし、謹慎中に動態視野をも鍛え上げた”さくら”の網膜は

クッキリと人の姿を捕らえていた。

「くせ者!!」

即座に”さくら”はそう判断をすると、

「早速出番のようね」

と呟きながら両腕に填めたリストバンドを外すとポンと放り投げた。

ズガン!!

放り出されたリストバンドはハイパーカーボン製の床板を突き破ると、

そのまま基礎へとめり込んだ。

しかし、

「神様…汚名返上のチャンスをくださりありがとうございます」

そう”さくら”は星に祈りを捧げると、

「さくらっ行きますっ!!」

と叫ぶなり影が向かっていった方へと走り出していった。



ガサッ

バサッ

「おいっあったか?」

「いや…まだ見つからない」

何の障害もなく千帆の部屋に忍び込むことに成功した見猿たちは

部屋中を引っかき回して”重要な資料”を探し回っていた。

「くっそう、何処にもないぞ!!」

「ここもだ…」

「ガセネタじゃないのか?」

情報の信頼性に疑いを持たれたとき、

聞猿が

「おいっこれを見ろ!!」

と部屋の隅に置かれたあるモノを指さした。

「ん?」

「これは!!」

「ふふ…そうだ、金庫だ!!

 普通、重要な物と言ったら金庫に保管しておくモノだろう?」

自信たっぷりに聞猿が言うと、

「なるほど…」

「よし俺に任せろ」

そう言って見猿が進み出ると、

「ぐぉぉぉぉっ!!」

金庫の扉を力任せにこじ開け始めた。

ギギギギギギ…

最初のウチはビクともしなかった扉だったが、

しかし、

メキメキメキメキ!!

何かが歪む音が響き始めると、

ついに、

バキッ!!

と言う音を立てて閉じていた戸を開けてしまった。

「(はぁはぁ)ふふ、どんなもんだ」

「さすがは見猿だな」

肩で息をする見猿に聞猿達が誉めると、

「よし、中を調べろ!!」

と早速、3人がかりで金庫の中を調べ始めた。



「たしか、この辺よね…」

忍び足で”さくら”が千帆の部屋に近づいていくと、

バサッ

ガサッ

っと何かを探し回る音が部屋の中から響いてきた。

「やっぱり…

 誰かがいる!!」

”さくら”はそう確信すると、

どうやって侵入者を取り押さえようかと思案を巡り始めた。

すると、

バキッ!!

部屋の中から何かをこじ開けた音が響き渡った。

「きっ金庫を開けたんだわ…

 こうしていられない!!

 くせ者!!」

と叫びながら、

バリ!!

”さくら”は一気に部屋のドアを引きちぎると、

パッ

っと灯りをつけた。



「くせ者!!」

突然響き渡った女性の声に、

聞猿達はハッとすると、

バリ!!

部屋のドアが吹き飛ぶのと同時に部屋の灯りがともされた。

「うっ」

一瞬、聞猿たちの視界が灯りによって奪われる。

「ちっ見つかったか!!」

見猿・言猿・聞猿は即座に判断をすると、

金庫の中にあった封筒を素早く懐に押し込み、

部屋に突入してきた”さくら”の脇をすり抜けて外へと脱出しようとした。

しかし、

「お待ちっ!!」

グイッ!!

その声と同時に動いてきた腕に言猿と聞猿が掴まってしまうと、

軽々と持ち上げられてしまった。

「なっ、

 なんだこの女!!」

”さくら”の怪力ぶりに二人は驚くと、

「ご主人様の不在中に忍び込む不埒モノ!!

 猫柳メイド隊華組のこの私が成敗してくれるっ!!」

”さくら”はそう叫ぶと、

ポイッ!!

掴み上げていた言猿と聞猿を部屋の中に放り出し、

フンッ

っと全身に力を込めた。

すると、

モリモリモリ!!

たちまち”さくら”の身体は膨れあがっていくと、

バリバリバリ!!

着ていたトレーナを引き裂き

胸板も分厚い筋肉粒々のマッチョな肉体をさらけだしてしまった。

「おっおぉ!!」

それを見た言猿は思わず声を上げる。

ムキッ

「ふんっ

 さぁ、誰からあたしのお肉で包んであげましょうか?」

”さくら”はそう言いながら、

モリッ

モリッ

っとボールのように盛り上がった筋肉を動かした。

すると、

ズイッ

見猿が一歩前にでると、

「ほう、なかなか鍛え上げているようだが、

 しかし、所詮は女…

 俺に比べればモヤシも同然」

と言いながら、

むんっ

っと力を込めた。

すると、

メキメキメキ!!

ものすごいスピードで見猿の身体が盛り上がっていくと、

バリバリバリ!!

忍び装束を引き裂いて筋肉だらけの肉体が姿を見せた。

そしてさらに、

うぐっ!!

ググググググ!!

見猿は力を込めると、

既に十分に盛り上がっていた筋肉がさらに膨らみはじめた。

「ぷははははは、

 どうだ、娘よ、

 ビルダーとはこういうモノだ!!」

まさに”筋肉の化け物。”

と言う言葉がお似合いの肉体をさらけだして見猿がそう言い放つと、

「ふんっ

 なによっ
 
 男だからって威張るんじゃないわよ
 
 見てらっしゃい!!」

”さくら”はそう言い返すと、

グググググ

と全身に力を込めた。

すると、

モリモリモリ!!

ただせさえ普通の男性ボディビルダー顔負けの肉体が更に盛り上がっていくと、

メリメリメリ!!

徐々に見猿の肉体に近づいていった。

「貴様…」

「くくくく…どう?

 あたしの肉体美…」

”さくら”の驚くべき変身に見猿は唖然とするが、

「ふっ

 確かに見てくれ”だけ”は俺と同等だろうが、

 しかし、パワーが付いてこれるかな?」

とやや余裕ぶりながらそう言うと、

「おっおいっ

 見猿っ
 
 任務のことを忘れたのかっ」

成り行きを見守っていた言猿と聞猿が見猿に声を掛けた。

すると、

ジロッ

見猿が無言で二人を睨み付けると、

「わっ判ったっ

 あっ後は俺達だけで任務を遂行するから…な」

言猿と聞猿はそう言い残すと、

そそくさと立ち去っていった。

「ふっ邪魔者は居なくなったか」

「じゃぁやりましょうか?」

「上等だ」

ポキポキ

見猿と少女は指の骨をならしながら面頭向かうと、

ガシッ

っとお互いの手を握りしめた。

「フンッ!!!」

「キェェェェェ!!」

ビキビキビキ!!

筋肉と筋肉がお互いの生死をかけて激突する。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

「うりゃぁぁぁぁぁ!!」

ズゴゴゴゴゴゴゴ…

猛烈なパワーの衝突に建物は振動し、

そして、二人の足下は徐々に陥没していく、

もはや人間の力比べと言うレベルではなく、

魔物と魔物の術の掛け合いの様相を呈していた。



ウォリャァァァァ!!

キェェェェェェェ!!

ゴゴゴゴゴゴゴ…

千帆の執務室で繰り広げられるパワーとパワーの激突に猫柳邸は大きく振動を始めると、

「なんだ?」

「地震か?」

突然建物を襲った振動に驚いた大勢の人間が飛び出してくると、

「なんだ貴様は!!」

「追えっくせ者だ!!」

「侵入者だぁ!!

 警戒警報発令!!」

たちまち言猿と聞猿は発見され、

それによって猫柳邸内は大騒ぎになってしまった

「くっそう…」

「これでは脱出すらままならぬ」

急速に悪化していく状況に言猿と聞猿は臍を噛むと、

脱出路を求めて邸内をさまよう、

そしてさらに、

そんな二人に追い打ちを掛けるようにして、

にゃぉぉぉン!!

侵入者捕縛用に特別に訓練されたネコが一斉に邸内に放された。

ニャーニャーニャー

津波のように押し寄せてくるネコの大群に、

言猿と聞猿は瞬く間に邸内に一角に追いつめられてしまった。

「言猿っ」

「なんだ?」

「お前はこれを持って幻光様の元へいけ!!」

そう聞猿が胸元より金庫から奪ってきた資料を言猿に手渡すと、

「聞猿、お前はどうするんだ?」

資料を手にした言猿が聞猿に聞き返した。

「俺は、ここで時間稼ぎをする」

「バカを言うなっ

 お前をおいて俺だけが脱出できるわけはないだろうが」

「馬鹿者!!

 いいか、俺達は猿島家ナンバー1のエージェントだ!

 いついかなる時でも任務の遂行を第一とし、
 
 私情は捨てなければならない。
 
 行けッ言猿っ、幻光様の元へ!!」

そう、聞猿が怒鳴ると、

「わかった。

 だが、聞猿っ、

 死ぬんじゃないぞ!!」

言猿はそう言い残して去っていった。

「おうっ」

その言葉に聞猿はガッツポーズで応えると、

「聞猿っ、一世一代の大勝負、いざ推参!!」

と叫びながら聞猿は向かってくるネコの波へと突撃していった。



「逃がすなっ」

「追えっ」

辛くも猫柳邸からの脱出に成功した言猿であったが、

しかし、彼も安全ではなかった。

「くっそう…」

猫柳邸内からの脱出の際に彼は足を挫いてしまっていた。

そして痛む脚を庇いながら歩いていくと、


パァァァァ!!


突然、言猿の周囲が明るくなった。

「しまった見つかったか!!」

言猿は反射的に身を伏せて周囲を伺ったが、

しかし、誰の足音も聞こえてこなかった。

「?」

その様子に不思議に思っていると、

ポーンッ

何かが彼の頭に当たると、

ポンポン

っと道路上を転がっていく、

「なんだ?」

起きあがった言猿が不審そうに転がっていったモノを拾い上げると、

それは一抱えほどもある大きさのネコのヌイグルミだった。



「ヌイグルミ…?」

微かに笑みをこぼすヌイグルミはじっと言猿を見つめている。

「なんで、ヌイグルミが飛んでくるんだ?」

そう言いながら言猿は辺りを伺うが、

しかし、ヌイグルミを上から落とすようなマンションも、

これを放り投げた人影すら見あたらなかった。

「どこから来たんだこれは?」

ヌイグルミを見つめながら言猿が不審に思っていると、

「居たぞ!!」

突如、猫柳の追っ手の声があがった。

「ちっ

 見つかったかっ」

その声に言猿は反射的に走り出すと、

「追え追え!!」

「逃がすなっ」

そのすぐあとを猫柳の追っ手達は走り抜けていった。



「忍?」

「はいっ」

明早朝の大阪行きに備えて早めに就寝をしていた千帆の元に、

”忍”が侵入したとの知らせが来たのは、

聞猿がネコ津波に特攻を掛けたときのことだった。

バッ

千帆はすぐに飛び起きると、

「何処に忍び込んだのです?」

と怒鳴るようにして尋ねた。

すると、

「(ビシッ)はっ、藤堂様の執務室ですっ」

直立不動の姿勢で千帆の前で頭を下げる警備責任者に

「なっばっ馬鹿者!!」

千帆は怒鳴ると、

「申し訳ありませんっ

 賊は我々のセキュリティーシステムを巧みにかいくぐり、

 藤堂様の執務室に侵入した模様です」

ベッドから降りた千帆に警備責任者は事情を説明する。

「すぐに行く、

 で、侵入した忍はどうした?」

「はっ、侵入した3名のウチ2名はほぼ捕縛しましたが、

 1名を取り逃がしました。

 しかし、猫柳特殊部隊がすぐに追いかけていますので、

 身柄確保も時間の問題だと思います」

警備責任者は胸を張りながら千帆に向かってそう答えると、

「判っていると思うが、

 私には会長に報告をする義務がある。

 もしも、しくじりでもしたらお前の首は飛ぶ物と思えっ」

千帆はそう言い残すと執務室へと走っていった。



ウォォォォォォォォォッ!!!

キェェェェェェェェェッ!!!

その頃執務室では”さくら”と見猿とのマッスルバトルの真っ最中だった。

ぐぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

いぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!

グッググググググ…

両者ともすべてのパワーを開放しての真剣勝負に誰も近付くコトは出来ず、

「おっおいっ…」

「なんだよっ」

「早く、あいつを捕らえなくっちゃ…」

「判っているよ」

「判っているならさっさといけよ」

「だったらお前がいけっ」

執務室前での廊下で待機している警備部隊員達は一歩も動くことが出来ず、

ただ事態を見守ることが精一杯だった。

とその時、

「そんなところで何をしているのですっ」

廊下に千帆の声が響き渡ると、

「あっこれは藤堂様っ」

姿を見せた千帆に向かって警備隊員は一斉に敬礼をした。

「中に賊が居るんでしょう?

 さっさと捕らえないのですかっ」

警備隊員達の雰囲気に激怒した千帆がそう怒鳴ると、

「おっお言葉ですが藤堂様っ

 こっこの状況では迂闊には…」

そう隊長が千帆に向かって告げると、

「えぇぃっ

 何をモタモタしているのですっ」

千帆はそう一括をすると、

隊員達を押し退けて部屋の中に入った。

すると、

「うげっ」

部屋中の立ちこめている臭気に千帆は一瞬顔を背けると、

「臭ぁぁぁい!!」

と叫ぶなり部屋から飛び出した。

そう執務室にはさくらと聞猿とのマッスルバトルによって流れた汗の匂いが

危険濃度近くにまで充満していた。

「だれかっ、

 マスクを持ってきてっ」

命からがら逃げ出した千帆はそう怒鳴ると、

「藤堂様っ

 別の一名を捕らえました。
 
 先にこちらを検分してみては如何ですか」

と後を追って駆けつけてきた警備責任者がそう告げると、

「そっそう、

 じゃぁ、ここは任せますっ」

千帆はそう言い残すと捕らえたもぅ一名の所へと向かっていった。



ニャーニャーニャー

「なっなんですか?これは…」

そう尋ねる千帆の前には様々な色が混ざった巨大な肉塊が転がっていた。

「はっ、ネコ玉でございますっ」

千帆の質問に警備部隊員がそう答えると、

「ネコ玉?」

千帆は呆れた表情で肉塊を眺めた。

「はっ

 一匹一匹、特別に訓練と強化を施したネコでありまして、

 侵入者をこのようにして絡め取り、

 玉となって自由を奪います。」

と警備部隊員は胸を張った。

「(頭痛い…)で、捕らえた者は?」

「はっこの中に居ます」

「そうですか、

 では早速取り調べを始めなさい」

「え?」

「だから…取り調べをしてください。

 まずは誰に頼まれ、

 そして、何を探りに来たのかをね」

そう千帆が指示を出すと、

「取り調べるのは、

 これを解かないとなりませんが…」

千帆の言葉に警備部隊員が聞き返すと、

「何を言っているのです?

 当たり前のことではありませんか」

「とっ藤堂様は…

 この芸術的なネコ玉を解体しろと仰るのですか?」

千帆の言葉に警備部隊員は顔色を変えてそう訴えると、

「はぁ?

 当たり前でしょうっ
 
 はやくこのネコ玉を解くのですっ」

「でっ出来ませんっ!!

 折角作ったネコ玉を解体させるなんて、
 
 そんな、芸術に反することを…

 わっ私には出来ませんっ」

突如、警備部隊員はそう叫ぶと大泣きに泣き始めた。

「なんなんです…?」

泣き叫ぶ警備部隊員の姿に千帆は妙な脱力感を感じ始めていた。



とその時、

ウォォォォォォォッ

ガァァァァァァァッ

マッスルバトルを繰り広げていたさくらと見猿に変化が生じた。

ニヤッ

一瞬、見猿の顔に笑みが浮かび上がると、

がっぷり組み合ってた二人の両手が少しづつ開いていき、

「ふんっ!!」

見猿の一声と共にさくらの巨体が呆気なく吹っ飛んでしまった。

ズガァァァァァァァン!!

さくらの巨体は執務室の壁を破壊すると、

崩壊する壁を道連れにして外で待機していた警備部隊に襲いかかった。

うわぁぁぁぁぁ!!

ガラガラガラガラ!!

狭い廊下で待機していただけに逃げ場がなかった警備部隊はたちまち壊滅状態に陥った。

そして濛々と砂埃が立ちこめる中を

ノッシノッシ

と見猿が歩いていくと、

「待って…」

瓦礫に半分埋もれているさくらが声を掛けた。

「なにか?」

ジロリ

見猿がそう聞き返すと、

「あっあなたのお名前を…」

腕を伸ばしながらさくらが尋ねる。

すると、

「ふっ、

 猿島忍軍の見猿だ。

 貴様っ

 女でありながらなかなかのパワー、見事であったぞ、

 しかし、パワーが長続きしないところが、

 女の宿命とでも言うべきかな?

 ふふ…

 今度会うときにはその辺を克服しておくんだな、
 
 さらばだ。

 (ふっ、我ながら格好良く決まったな…)」

見猿はそうさくらに言い残すと廊下を駆け抜けていった。

そして、その一方で、

「猿島忍軍の見猿様…」

トクン…

さくらの心の中に淡い恋心が芽生えはじめていた。



「くっそう…

 振り切れないか…」

一方、言猿は文字通り追いつめられていた。

そして、ふと持ってきていたヌイグルミを見ると、

「そうだ…

 いっときの間、このヌイグルミの中にこの資料を隠しておくか、

 お誂え向きに物をしまっていくスペースがあるみたいだしな」

言猿は持ってきていた一抱えほどあるネコの形をしたヌイグルミを見ながらそう呟くと、

ゴソゴソ

と懐から千帆の執務室から持ってきた封筒を取り出すと、

ヌイグルミの中にグッと押し込んだ。

そして、ヌイグルミを目立たないように傍の不燃物置き場にそっと置くと、

「ふっふっふっ

 まさか連中もこのヌイグルミに機密書類が入っているとは思いつくまい」

と言猿が大きく頷く、

そのとき、

「そこまでだ!!」

と言う声と共に、

ザザザザザザ!!

言猿の周囲に黒ずくめの男達が取り囲んだ。

「ふっ、

 やっと追いついたかっ

 ネコめ!!」

言猿は追っ手の男達を一瞥するとすかさず忍び刀を構えた。

「その構え…そうか、猿の忍か…」

追っ手の中から一人、隊長らしき人物がでてくると言猿にそう尋ねると、

「さぁな…」

隊長の言葉に言猿はシラを切る。

「で、藤堂様の執務室から何を盗み出した?

 答えろ!」

そう隊長が聞き返すと、

「さぁな…勝手に調べれば良かろう?」

「ほぅ…

 それではそうして貰おうか」

言猿の言葉に隊長がこう答えると、

徐に隊長の手が上がった途端、

シャッ!!

男達が一斉に言猿に飛びかかった。



「さてと、じゃぁ、

 聞猿を回収して脱出と行くか…」

小型PDAに聞猿と言猿の現在位置を映し出してその場所を把握した見猿はそう呟くと、

「フンッ」

っと全身の力を込めた。

その途端、

モリモリモリ!!

さくらとの対戦のあと萎んでいた見猿の筋肉が再びパンパンに盛り上がてくると、

「うりゃぁぁぁぁぁぁ」

そう叫びながら見猿は邸内を爆走し始めた。

ズドドドドドドドドド!!!

地響きを上げて暴走する見猿を止める者は誰もない。

「どけぇぇぇぇぇ!!」

「ひぇぇぇぇぇぇ!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!」

見猿は猫柳警備隊員達を次々とけ落としていくと、

一直線に聞猿の元へと突き進んでいく。



ドドドドドドドド!!

「なっなんですの?」

見る見る近づいてくる地響きに千帆が驚くと、

ボガァァァァァン!!

大音響と共に、横の壁が木っ端みじんに砕け散ると、

「うぉぉぉぉぉぉっ」

その中から、

筋肉を盛り上げた見猿の肉体が飛び出してきた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

間近に迫ってくるその筋肉に思わず千帆は叫び声を上げると、

反射的にその場に蹲ってしまった。

しかし、見猿は千帆には一切関わらず、

ドゴッ!!!

目の前に鎮座しているネコ玉を思いっきりシュートした。

フギャァァァァァ!!

ドップラー効果による歪んだ叫び声を残して、

ネコ玉は弾道軌道を描きながら雷鳴とどろく夜空へと打ち上がっていく。

「あぁ僕のネコ玉がぁぁぁぁ」

瞬く間に消えていったネコ玉に警備部隊員が叫び声を上げると、

「なっなんですの?」

千帆は呆然としながらネコ玉を見送っていた。



カシンッ!!

キシンッ!!

その頃、言猿と猫柳の追っ手とは熾烈な戦いを演じていた。

当初は多勢に無勢であった筈の戦いであったか、

しかし、

「うわっ」

「うげっ」

一人、また一人と猫柳の手勢はその数を減らしていっていた。

「ちっ、

 手強いっ」

いつの間にか半減してしまったメンバーを見て隊長はそう呟くと、

「お前達は下がっていろ

 コイツは俺が倒すっ」

と怒鳴りながら隊長が言猿の前に立ちふさがった。

「ふふ…

 我慢が出来なくて隊長のお出ましですか」

涼しい表情で言猿がそう言うと、

「そうだな…

 貴殿の手さばきを見ているウチにこの身体が疼いてな」

隊長は言猿に向かってそう言うと、

スチャッ

っと刀を抜き、

「勝負っ」

と叫んだ。

スッ

言猿もまた忍刀を構え直すとその切っ先を隊長に向けた。



すると、

カッ!!

ゴロゴロゴロ!!

雲一つなかった夜空が俄に曇り始めると、

雲間から稲光の光と共に雷鳴がとどろき始めた。

「雷か?」

一瞬、言猿の注意が隊長から逸れると、

「隙あり!!」

刀を構えていた隊長が飛びかかってきた。

「しまった」

一瞬の隙をつかれた言猿はたちまち防戦に回る。

キンッ

ガシャッ!!

「ふふふ…

 この場で緊張が切れるとは、

 未熟者め」

彼方を振り下ろしながら隊長が言猿に向かって言うと、

「くっ」

言猿はのし掛かってくる刀を必死になって押しとどめた。

「くそう…私としたことが…」

自分で招いてしまったピンチに言猿は思わず後悔していると、

ガシッ

手にしていた忍刀が絡め取られるとはじき飛ばされてしまった。

「ちっ!!」

「ははははは…

 勝負あったな

 どうだ、大人しく観念しろっ」

切っ先を言猿の喉元に突きつけながら勝ち誇ったように隊長が言うと、

キラッ!!

隊長の背後にある夜空で何かが光った。

そして、

ニャァァァァァー

と言うネコの鳴き声が響き渡ると一つの塊が急速に接近してきた。

「おいっ何を見ている?」

「いやっ

 あれはなにかなっと…」

隊長の言葉に言猿が夜空を指さしてそう返事をすると、

「なに?」

隊長は思わず振り返った。

すると、

その顔が見る見る恐怖を伝える表情に変わるや否や、

ズズズーーーーン!!

フギャァァァァァァァ!!!

巨大なネコ玉が隊長を押しつぶすと、

ボムッ!!

ネコ玉はその衝撃で一気に弾け、

夥しいネコが周囲に飛び散った。

ニャァ!ニャァ!ニャァ!

「うわぁぁぁぁぁ」

「やめろぉぉぉぉ」

はじき飛ばされパニックに陥ったネコに襲われて猫柳勢は散り散りになっていく、

そしてその中で言猿が呆然としていると、

グッ

誰かが彼の腕を掴み上げた。

「え?」

思わず言猿が振り向くと、

「よっ」

聞猿を脇に抱えた見猿が軽く挨拶をした。

そして、

「この隙にずらかるぜ」

とひとこと言うと、

「おっおうっ」

言猿はそう返事をすると夜の闇に中へと消えていった。



カッ!!

ゴロゴロゴロ!!

夜の空に雷が暴れ回る。

そして、これは


ゴゴゴゴゴゴ…


亜空間内を徐々に接近しつつある2つの世界が

お互いに影響を及ぼし始めた証拠でもあった。



つづく


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