風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第17話:出撃、猿島忍軍】

作・風祭玲

Vol.334





ここは地球から遙か彼方、ヘリオスフィア(太陽圏)の果ての宇宙空間…



ポ…

ポ…ポポ

ポボボボボボボ…

突如、漆黒の宇宙空間に瞬くようにして白く輝くガスが吹き出してくると、

ボワッ!!

まるで巨大な爆発が起きたかのように広がったガスの中から、

白い尾を靡かせた巨大な彗星が姿を現した。

ゴォォォォォ…

彗星の尾を構成する吹き荒れる嵐の下には、

核と呼ばれる直径500kmにおよぶ巨大な氷塊があり、

そして、光り輝く氷塊の中心には

半分に輪切りにした小惑星を土台にして

数多くの高層ビルが林立した浮城・ムーの姿があった。

『ワープアウトを確認しました。

 キリーリンク、並びにメイン魔導炉に異常は認められません。

 なお、末端衝撃波面まであと7000…』

ムーの進行方向側にあるビルの一角にある

広大なコントロールルーム内に機械的な声が響くと、

「ふぅ…やれやれ…」

浮城雛壇状に並ぶコントロールルーム内に張りつめた緊張が一気に緩んだ。

「へリオポーズ…

 太陽系の最果てか…

 やっとココまで戻ってきたんだぁ…」

正面に据え付けられたパネルスクリーンに映し出された太陽系を

感慨深そうに眺めながらそう桂が言うと、

「間もなく末端衝撃波面を通過しますから、

 もぅ太陽系に入ったのも同然ですね」

と相沢が相づちを打つ。

すると、

「ふん…どちらにせよ帰って来たと言うことだ…」

最上部の席で両手を口の前で握りしめたポーズをしながら五十里がそう呟くと、

「しかし、五十里、

 少々帰り急いだので、

 もぅワープのエネルギーはあまり残っていないぞ、

 まぁ良くて短距離のヤツが1回使えるくらいだが…」

モニターを眺めながら夏目が五十里に状況を報告した。

すると、

「なぁに、これまでの距離を考えれば微々たるモノだ、

 それよりも地球の連中に我々が戻ってきたことを伝えてやれ、

 ふっ、連中は血相を変えて驚くだろう」

五十里は腕を組み変えてそう言うと、

「そうだな…

 理由はともかく、戻ってきたこと位は老人達に報告はしないとな」

と夏目は返事をした。

『間もなく末端衝撃波面を通過します。

 システムへの荷電粒子防御を最大にしてください。』

再び音声合成の声が鳴り響いた。

「太陽系の泡に突入か…

 ふっ、

 待ってろよ…

 帰ってきた私は以前とは違うからな…

 この浮城・ムーの力をとくと見せてやる」

そう言いながら五十里の口元が微かに緩む。

ゴォォォォォォォォォ…

五十里を乗せた白色彗星は一路、太陽系に向けその進路を定めた。



その頃、地球では…

ガチャッ!!

ツッカタン

ツッカタン

雪乃への潜水艦・百日紅の披露と今後の計画についての承認を得られた幻光忠義は、

痛々しい身体を引きづりながら自室へと戻ってきた。

そして、自席に座った途端、

フッ

一瞬、意識が遠のいたが、

しかし、

ガンッ!!

忠義は反射的に包帯が巻かれた己の脚を思いっきり殴ると、

「イタ…イタタタタ…」

と叫びながら飛び上がった。

「くっそう、あの小僧め!!

 好き放題殴りやがって、

 この私を誰だと思って居るんだ。

 猿島家・第一秘書・玄光忠義だぞ!!」

激痛で意識を取り戻した忠義の顔に悔しさの表情がにじみ出る。

そう、忠義は人魚・乙姫と間違えられ、

猫柳によって捕らえられた進藤伊織を横取りすべく、

そのアジトより強奪したものの、

伊織を追ってきた恋人の早川真央によって文字通りタコ殴りにされ、

一時は生死の境を彷徨ったが、

たたき上げで猿島家・第一秘書にまでのし上がって来た強靱な精神力によって、

すぐに危篤状態を脱し、こうして復帰したが、

しかし、彼の身体は臨床上、面会謝絶の状況にあることには変わりはなかった。

そして、油断をすると遠いてしまう意識を必死で手元にたぐり寄せながら、

「えぇぃっ、手段を選んでいる時間はないっ

 こうなったら強硬手段あるのみ!!」

そう意を決すると、

パンパン!!

と手を叩いた。

すると、

「お呼びでございますか、幻光様…」

部屋に男の声が響き渡ると、

ヒュン

ヒュン

忠義の前に忍び装束に身を包んだ屈強の男が2人、姿を現し、

「猿島忍軍、聞猿・言猿…

 只今参上しました」

と口を揃えた。

「うむっ」

2人の姿を眺めながら忠義は満足そうに頷くと、

「今すぐ、東京の猫柳邸に向かい、

 そこで見猿と合流した後、

 猫柳から竜宮に関する資料を奪ってくるのだ。」

と二人に命令を下した。

「竜宮に関する資料ですか?」

「そうだ、

 正確な場所は判らない。

 ただ、連中が竜宮への侵攻を画策するからには

 かなりの精度の資料があるはずだ、

 見つけだすのだ。

 そして、資料を見つけ次第奪ってくるのだ。

 よいかっ、

 かの者共には一遍の資料すら残すのではないぞ!!」

そう忠義が命じると、

「畏まりました。

 資料を強奪するのと同時に、

 すべての記録を抹消してきます。」

忍の男達はそう返答をすると、

ヒュンッ

まるで風が吹き抜けたかのようにして姿を消してしまった。

「くくくく…

 猫柳は悪いがもぅしばらくの間、和歌山に留まって貰おうか…」

男達が姿を消した後、

幻光忠義はそう呟くと笑みをこぼした。



ちょうどその頃…

「うっうげぇぇぇぇ!!」

「かっ会長!!、

 如何なされました!?」

猫柳家当主・猫柳泰三が宿泊していた迎賓館に緊張が走った。

さっきまでやかましいくらい元気でアレコレと指示をしていた泰三が、

突然その場に蹲るようにして倒れてしまったからだ。

すぐに医者が呼ばれた結果、

泰三は急性の食中毒と診察された。

「…おいっ明日の出航はどうなるんだ?」

「…バカっそれよりも会長の容態を心配しろ」

まさに迎賓館は蜂の巣を突っついたような騒ぎに包まれていった。



そして、

文字通りてんやわんやの状態になってしまった迎賓館から、

20歳前後と思われる一人のメイドが誰も気づかれずに出てくると、

そのまま敷地の外れにある倉庫へと向っていった。

深山このみ…

そう書かれたネームプレートを胸に付けた彼女は

メガネを掛けた気弱そうなその顔と、

左右に振り分けた三つ編みの髪、

そして線の細い体付きに男性社員たちから、

”このみちゃん”と呼ばれ、

半ばマスコット同然の扱いを受けていた。

ガチャン!!

倉庫の中に入った”このみ”はそのまま奥に入っていくと、

やがて、彼女の目の前に周囲とは少し色が変わった床が姿を見せた。

ニヤッ

それを見た”このみ”は口元に笑みを浮かばせると、

ガシッ

むんっ!!

その床に手を掛け

「ぬぉぉぉぉぉっ!!」

っと全身の力を込めて床板を持ち上げ始めた。

ギギギギギギ!!!

線の細い”このみ”の容姿からは想像も出来ない猛烈なパワーによって

床板がゆっくりと浮き上がっていく、

そして、

「ふんっ!!!」

”このみ”が一気に気合いを入れた途端、

重さが数トンにものぼるであろう床板が持ち上げてしまうと、

ズシーーーン!

床板をひっくり返してしまった。

すると、

その下から小部屋が姿を現すと、

発光ダイオードの灯りもまぶしい通信機が一台、中におかれていた。

すかさず”このみ”は部屋の中に飛び降りるとマイクを取り、

ピッ

「こちら、見猿、

 ご指示通り、猫柳泰三をここ和歌山に足止めいたしました」

とメガネを白く輝かせながらマイクに告げた。

『…ごくろう、

 新たな指示を伝える。

 すぐに東京・猫柳邸へ向かい、

 聞猿・言猿と合流せよ

 ミッションの詳細は聞猿たちから聞け!』

「はっ」

無線機から指示に”このみ”はそう答えると、

「チェストー!!!」

のかけ声と共に無線機に手刀を振り下ろした。

バゴン!!

手刀の直撃と共に無線機は無惨に砕け散ると、

「ふふ…

 言猿・聞猿と共に行動とは

 どうやら大きな仕事らしいなぁ…

 はは…それにしてもつくづく男ってバカだなぁ…

 メイド服にメガネと三つ編みでコロッと騙されるんだからなぁ」

”このみ”はそう男の口調でそう呟くと、

スッ

メガネを取ると、

フンッ

全身に力を込めた。

ベキベキベキ!!!

たちまち”このみ”の体の中から異様な音が響き始めると、

ムクムク

体が大きく膨らみ、

瞬く間に

バリバリバリ!!

メイド服を引き裂いて筋肉粒々の肉体が姿を現した。

「はぁ…

 こんなキツイ服を着ていると息苦しくって仕方がないっ」

むんっ!!

”このみ”はボディビルダーの顔負けの肉体の筋肉を

解きほぐすかのように動かしながらそう言うと、

スッ

っと幼さが残る顔に手を掛け、

ベリッ

一気にそれをはぎ取ってしまった。

すると、

中からでてきたのは角刈りの厳つい男の顔だった。

そう、深山このみは猿島が放った忍・見猿だったのだ。

(三つ編みの髪は地毛である)

「さて、東京までひとっ走りするかっ」

見猿はそう言いながら手早くランニングと短パンに着替えると、

引き裂けたメイド服等を小部屋に放り込んだのち和歌山を発った。

東京まで約500kmの道のりである。



その日の昼頃…

JR東京駅にほど近い喫茶店でリムルは人を待っていた。

静かなクラシック音楽を片耳で聞きながら、

コーヒーを一口飲み、

カチャッ

湯気が立つコーヒーカップをテーブルに降ろすと、

スッ

彼女の前に一人の人影が立った。

「あら…」

その気配にリムルは眼鏡を外しながら顔を上げると、

「こちら側の勝手な都合に合わせていただき、まことに申し訳ありません」

スカートスーツ姿の藤堂千帆は

開口一番、リムルにそう謝罪をした。

「いえ、

 合わせて貰ったのは私の方ですから…

 それこそ和歌山からわざわざ駆けつけていただき痛み入ります」

とややふざけ気味にリムルはそう返すと、

千帆はそれには答えず、リムルの向かい側の席に着いた。

そして、

「さて、

 あなた様からのメールを読みましたが、

 あれは本当のことでしょうか?」

席に座った千帆が即座にそう切り出すと、

スッ

リムルは封筒を取り出し、

「竜宮に関しての詳しい資料です。

 まぁ御存知の通り、

 竜宮は特殊な結界に守られていて、

 その侵入と情報の収集には何かとご苦労があるようですね。」

と前置きをしながら千帆に差し出した。

「……」

千帆は差し出された封筒には手を付けずに、

「なぜ…私にこれを?」

と訝しげながらりムルに尋ねると、

「ふふ…

 まぁビジネス。とでも言いましょうか」

ケロリとした表情でリムルはそう言うとコーヒー口を付けた。

すると、

「なるほど…

 でも、ビジネスということになると、

 この資料は如何ほどとお見積もりで?」

と千帆が尋ねると、

「さぁ…いったい幾らの価値があるのでしょうか?

 一般の地上人には無価値なモノですし、

 しかし、竜宮を目指すモノにとっては天文学的な価値がある。

 とでも言いましょうか?」

「1億ですか?

 10億ですか?」

リムルの言葉に厳しい視線で千帆が返すと、

「ところで、シーキャットの出航は猫柳会長の体調不良の為、

 順延になったそうですね。

 折角、和歌山まで着たのにシーキャットのトラブルに続いて、

 竜宮侵攻の推進役である猫柳会長が倒れたとなると、

 あなたも気が気でない…」

「なっなぜ、それを!!」

「まぁまぁ…

 私どもの情報網を甘く見て貰っては困りますね、

 あっそうそう

 そこにはいま乙姫が何処にいるかの資料もありますよ。」

と付け加えた。

「なに?」

リムルのその言葉に千帆の表情が一気に硬くなった。

「ふふ…

 あなた方が喉から手がでるくらいに欲しい資料ですよね」

「そっそうですが…」

資料を前にして千帆の視線は凍り付いた。

「(言ったい幾らを要求するつもりなんだ?)」

幾ら泰三の信任を得ているとはいえ、

千帆が動かせる資金には限界があった。

すると、

「そうそれと、水城櫂…

 もっとも乙姫からは竜の騎士と呼ばれているそうですが、

 彼の周辺も調べられているようですね。

 目の付け所はさすがだと言いたいのですが、

 でも、あなたは本気で乙姫を捕まえる気はない…」

とリムルは千帆に告げた。

「え?」

その言葉に千帆は思わずリムルを見つめると、

「ふふ

 図星のようですね。

 あなたは大勢の地上人たちをけしかけて、

 色々と嗅ぎ回っているようですが、

 でも、それらはすべてカモフラージュ…

 あなたの本当の狙いは

 そう竜宮にいる人魚なんかではなく、

 その奥に眠っている、
 
 宝珠・キリーリンクでしょう?」

「………」

リムルの指摘に千帆は返す言葉がなかった。

「(なっなんなんだ…

  この女…
 
  あたしの企てを見抜いているとでも言うのか)」

呆然とする千帆に、

「でも、行きますか?竜宮に?」

小さく笑みを浮かべてリムルが尋ねると、

「どこまで、私のことを知っているのですか」

千帆はリムルに迫った。

しかし、リムルは千帆のその言葉には応えずに、

「ふふ…

 そうですねぇ

 地上人が作り上げたあの船が完璧なら、

 いえっ邪魔者が居なければ、

 もぅとっくにあなたの手元に宝珠・キリーリンク…

 いや、ここでは竜玉と言いましょうか、

 が手に入っていた。
 
 違いますか、ジラさん?」

そうリムルが尋ねると、

「………」

厳しい目で千帆はリムルを睨み付けた。

「(この女は危険だ…)」

千帆は本能的に警戒をすると、

「あまり物騒なことは考えない方が良いですわよ

 まぁ、私どももあなたと似たような立場ですからね。

 最も私どもは太平洋のモメ事には一切関わりを持つ気はありませんけど、

 ただ一つだけ忠告を言わせて貰いますと、

 あまり地上人をけしかけて無理強いするは止めた方が良いと思いますわ」

「無理強いですか?」

「えぇ…

 あなたが竜宮侵攻に突っ走っている事自体が、

 私には無理強いに見えますわ、

 地上人の潜水艦で竜宮を急襲し、

 そのどさくさに紛れて竜玉を奪取する。

 竜玉さえあれば、あなた方海魔は再び竜宮に対して優位に立てる。

 って事を考えているかも知れないけど、

 でも、竜玉に手を付けるのは止めた方が良いと思いますわ、

 第一、あなた方には扱いきれる物ではありません。」

「随分とキッパリと言ってくれますね」

リムルの指摘に千帆はムッとした表情でそう言い返すと、

カチャっ

リムルはコーヒーをひとくち飲み、

「ルルカの惨劇。

 と言う話は聞いたことがありますか?」

と徐に尋ねた。

「ルルカの惨劇?…

 あの言い伝えですか…

 えぇ知っていますとも」

「魔導を自在に操り、

 しかし、その魔導によって滅亡しかかった世界…ルルカ…

 いまは天界によって完全に隔離され、

 何処にあって、

 どんな状況になっているのかは知りませんが、

 でも、関係者から漏れ聞いた話では、

 天界より魔導を御する宝玉・キリーリンクを託された一族によって、

 再び人が住める世界になったとか」

「我々が、その過ちを犯すと言うのとでも?」

「そうですね、その可能性が高いですね…

 何しろこの世界はルルカと同じくらい…

 いやっ、それ以上の強い魔導が循環していますから」

「だったら、地上人たちの行いはどうだと言うんです!!

 海を汚し、

 大地に穴を開け、

 好き放題むさぼり食っているではないかっ!」

ムキになって千帆がリムルに突っかかると、

「でも、魔導の力に比べてば嵐の前に差し出したマッチのような物ですよ

 魔導が一度牙を剥くと、

 太陽は凍り付き、星の動きすら変えてしまいます。

 悪いことは言いません、

 竜宮から手をお引きなさい。」

「じゃっじゃぁなぜ、

 この資料を私に差し出したのです?」

「それは…

 一つ目はビジネスとして、

 二つ目はあなたの良心に掛けてみようと思いましてね」

と千帆の質問にリムルはそう答えると、

「先ほども申しましたとおり、

 太平洋のモメ事には首を突っ込みませんが、

 ただ、魔導の問題は私たちアトランにとっても大問題ですから、

 見過ごすわけにはいきませんので…」

と続けると、

ピッ

リムルは千帆の前に請求書を差し出した。

「これは…」

「その金額をスイス銀行の所定の口座に振り込んでください」

「………」

再び静寂が二人を包み込む、

「わかりました。」

そう言って千帆が腰を上げると、

「そう、それと先日さっきお話しした水城櫂が海魔に襲われました。

 最も彼のことですからあっさりと撃退しましたが、

 ただこれは、あなたの差し金ではありませんね」

リムルはそう言うと、

冷えかかったコーヒーに口を付けた。

「なに?」

リムルの言葉に千帆が驚くと、

「なにやら、あなたの周囲から不協和音が響いているようですが、

 先ほどの件、くれぐれもよろしく、

 これは地球全体のことですから…」

とリムルは告げた。

「失礼する」

その言葉を残して千帆が姿を消すと、

「あなたの心に良心があることを祈りますよ…」

リムルはそう呟くとイスに身体を預けた。



「アトランの人魚…

 竜宮のことのみならず、

 あたし達のことまで筒抜けだった…

 どうする?」

猫柳家に戻った千帆はリムルから手渡された封筒と

請求書を前にしてしばし考え込んでいた。

「いやっ

 悩んでいる場合ではない…

 あたしは…

 竜宮に行って宝珠・キリーリンクを手に入れなければならないんだ、
 
 だからこうして地上人になりすまし、
 
 猫柳に潜り込んで竜宮に乗り込む手筈を整えてきたんだ。
 
 あと一歩で竜宮にいける…
 
 くそ!!
 
 ルルカの二の舞だって?
 
 そんなことは絶対にないっ!!」

ダンッ

千帆は心の中でそう叫ぶと思いっきり机を叩くと、

ガチャッ!

資料が入った封筒をそのまま執務室に置かれている金庫の中へ放り込んだ。

しかし、

「……」

机の上に置かれている請求欄が空白の請求書の方に視線が行くと、

「まさか…

 我々を常に監視しているとでもいうのか…」

ふとそう思った千帆に背筋に冷たいものが走る。

「見張られているのか?

 私たちは…

 そう言えば、リムルは水城櫂が襲われたとも言っていたが、

 どういうことだ?

 魚組が勝手に行動を起こすなんて事は絶対にあり得ないし…

 まさか…ハバククが?」

いくつもの疑念が千帆の判断に暗い影を投げ落とし始めていた。



その頃…

地球から約40万kmほど離れた月の裏側…

シュパァァァァァァン!!!

一際大きく輝く発光現象が発生すると、

ゴゴゴゴゴゴ…

光の中から一隻の船が姿を現した。

巨大な海生哺乳類を思わせるフォルムをしたその船は、

前部に青白く輝く光環を頂き、

その後方には一際大きい光環を従えた姿で静かに移動していった。



『目標の座標にワープアウトをしました。』

『船体に異常は無し!!』

『竜玉に異常は見あたりません』

『エネルギー伝導管・魔導炉共に正常』

ブリッジ内に次々と確認の声が響き渡ると、

ふぅぅぅ…

緊張していたブリッジに安堵の色が広がっていく、

『すっかり遅れてしまいましたね』

ホッとした表情でマーエ姫がエマンにそう声を掛けると、

『確かに…

 予定より1週間ほど遅れてしまいました』

エマンは大きく頷きながらマーエ姫にそう言うと、

『天界の管理局に無事到着の報告をしたのち、

 ウォルファを地球に向かわせなさい』

と指示を出した。



人魚姫・マーエを乗せた船・ウォルファはその場に暫く留まった後、

キュォォォン

ゆっくりと移動をし始めると、

月の裏側より出て青く輝く地球へと進路を取りはじめる。

すると、

キラっ

地球へと向かうウォルファの後方に光り輝く物体があった。

ぴっ!

「エリアB2にUTC・01:15:34にワープアウトをした大型構造物は

 UTC・01:32:06に移動を開始、

 現在、月の周回軌道を離れつつあり、

 このまま地球に向かうものと推測されます」

スピーカーから報告がなされると、

巨大スクリーンに映し出された月を背景にして

エリアB2と呼ばれる宙域に映し出された光点に次々と情報が付与されていった。

「やれやれ、またエリアB2か」

SFアニメに出てくる司令室を思わせるコントロールセンターの中心で、

制服制帽姿で司令官の肩書きを持つ男性がそうため息を付くと、

「地球の方に通報をしましょうか?」

彼の副官と思われる男性がそう声を掛けた。

「あぁそうだな…

 予測通り、地球に入っていくとなると、

 航空機の運行の障害になるかも知れないし…

 また降りる場所によっては騒動にならないように、

 一応、各国に通報をしていおいた方が良いかも知れないな」

司令官はそう判断を下すと、

「それにしても、B2の治外法権はなんとかならなのでしょうか?」

と副官はぼやいた。

「仕方があるまい、取り決めでそうなっているのだからな、

 ただ、出来れば国連には地球の鎖国を解いて貰ってた方が

 こっちは楽になるのだがな…」

「開国にはアメリカ反対しているとか…」

「いや、ロシアやEUも開国には消極的だそうだ

 今のところ開国に積極的なのは中国の他、数カ国程度だそうだけど、

 まぁ徐々に開国派は多数派になっていくんだろう」

「それにしても中国が開国に積極的とは面白いですね」

「まぁあの国ことだから、

 販路拡大の意味もあるんだろう…

 このまま地球に押し留まっていてはアメリカとの摩擦は避けきれないだろうし、

 それにあれだけの人口を要しているんだから、

 実際に開国となったら少なくても2・3億の中国人が

 大型船団を押し立てて銀河に散っていくのは目に見えているよ」

「すでに銀河スケールですか…」

「星と星を渡る船はとっくに出来ている。

 あとは地球が独りぼっちでないことを皆が知るだけだ」

そう司令官は言うとイスに深く腰掛け直した。



『大気圏突入用意!!』

『殻翼展開!!』

地球の大気圏ギリギリの所にまで接近したウォルファは艦首に装備された

減速用の”殻翼”と呼ばれる羽根を3枚広げると、大気圏に突入を開始した。

ズズーーーーン

摩擦による震動がウォルファ全体を揺らすが、

しかし、これは所定の事象なので誰も慌てる者は居なかった。

そして、そのブリッジでは

『乙姫様…

 いま参りますわ』

マーエ姫は揺れるウォルファに身を任せながらそう呟いていた。

グォォォォォン!!

そんな人魚姫・マーエを乗せたウォルファは白い航跡を引かせながら、

地球の夜の部分へと向かって行った。



つづく


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