風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第16話:輝水の竪琴】

作・風祭玲

Vol.244





「竜王様…」

乙姫はそう呟きながらすくい上げた池の水を眺めていると、

「♪〜っ…」

ゆっくりと呪文を口ずさみ始めた。

「何をするのかな?」

櫂はそう思いながら乙姫の方をじっと見ていた。

すると、

ポゥ…

乙姫の手のひらに掬われた池の水が光り始めると、

それに合わせるようにして、

池の水面から蛍のような光玉が次々と浮き上がってくる。

「え?、何々これ?」

その様子を見た香奈や綾乃・恵之が集まってくる。

「・・・・・♪・・・・」

乙姫の詠唱がさらに続くと、

水面に浮き上がった光玉は乙姫の手のひらへと一斉に集まり始めた。

シュルルルルル…

集まった光玉は次々と手のひらの水の中に飛び込んでいく、

シュルルルル…

ルルルル…

ル…

最後の光玉が水に飛び込むと、

パリ…パリパリ!!

水は線香花火のような放電を起こしながら、

フワリと手のひらから浮かび上がり、

そして、しばらく滞空した後に、

ギン!!

っと青紫色に輝き始めた。

「輝水…」

それを見た綾乃がそう呟く、

「輝水って?」

その言葉に乙姫を除く全員の視線が綾乃に集まった。

フワリ…

いつの間にか人魚の姿になった乙姫が池の縁に腰掛けると、

スゥ…

っと腕を構えた。

「?」

それを見た櫂は首を傾げる。

すると、

フッ

乙姫の腕の中に⊃字型の物が姿を現した。

「これは…」

櫂の質問に

「輝水の竪琴よ」

と綾乃が答えた。

「輝水の竪琴…琴?…

 でも弦が…」

竪琴を指さしながら櫂が指摘すると、

乙姫は笑みを浮かべ、⊃字の中に指を触れた。

その途端、

キーン…

と言う音共に細い弦が姿を現した。

続いて乙姫はサラっと中を撫でると、

次々と弦が⊃字の中に現れてきた。

ポロロン…

さざ波のように乙姫が竪琴を鳴らすと、

浮かんでいた輝水は下へと降り始め、

そして、

竪琴に触れた途端、

シュルン!!

姿を変えると一本の弦へと姿を変えた。

再び乙姫が竪琴を奏で始めると、

「・・・・♪・・・・」

それに合わせて歌い始めた。

透き通るような歌声が竪琴の調べと共に夜空へと舞い上っていく、

「うわぁぁぁぁ…」

「ほぉ…」

櫂達が感心しながら夜空を見上げていた頃、



「すっかり遅くなっちゃたね」

と言いながら夜道を歩く海人に水姫が声をかけると、

ハタ

っと海人が立ち止まった。

「どうしたの?」

彼の様子に水姫が訊ねると、

「シッ!!」

海人は口に人差し指を立てた。

「………」

かすかな歌声が二人の耳に入ってくる。

「これは…」

夜空を見上げながら水姫が言うと、

海人の表情が見る見る強ばり、

「”呪(しゅ)”だ!!」

と叫んだ。

「え?」

彼の叫び声に水姫が驚くと、

『見つけました…竜王様…』

と言う女性の声が響くと同時に、

パッ!!

と目の前に光り輝く棒状の物体が姿を現した。

ザッ

すかさず、水姫は人魚の姿になると宙に浮かびながら剣を構える。

シュン…

姿を現した棒状の物体は瞬く間に髪をなびかせた半人半魚の姿に変っていくと、

笑みを浮かべる人魚へと変化した。

「乙姫…」

それを見た海人は現れた人魚を見てそう呟いた。

「乙姫様?」

海人の言葉に水姫は驚いた顔をする。

『…お慕いしていました、竜王様…』

乙姫は海人にそう告げると、

スゥ…

っと近寄っていく、

そして傍まで近寄ったとき

「!!っ

 そうか、

 あの池の水を輝水にして…」

海人は悟ると、

ギュッ!!

っと乙姫は海人に抱きつき、

『このまま、竜宮にお連れしてもいいのですが、

 でも、

 まだ、その時ではありません。

 しかし、時が来れば必ずお帰り下さい』

と囁いた。

「乙姫?」

海人の手が動いて乙姫の身体を抱きしめようとすると、

ニコッ

っと乙姫は笑みを浮かべ、

そして自分の唇を海人の唇に重ね合わせた。

「!!」

『…竜王様…

 何処にいらしても、乙姫はいつでもあなたの傍におります』

と言う声が海人の頭の中に響いた。

「え゛っ!!」

その声に海人が驚くと、

フッ

乙姫の姿はかき消すように消え去った。

「………」

呆然と立ちつくす海人に、

「とうとう、見つかっちゃったね」

と水姫は海人の肩を叩きながら囁いた。



ポロン…

乙姫が歌と竪琴を奏でるのを止めると、

「櫂さん…綾乃さん…

 ありがとうございました。

 今しがた、竜王様に会ってきました」

と微笑みながら告げた。

「それは良かったですね」

と綾乃は乙姫に声をかける。

「えぇ…みなさんのおかげです」

乙姫はそう言いながら池から上がると、

フオン!!

たちまち人間の姿へと変わっていった。

「では、竜宮へ戻られるのですか?」

恵之が訊ねると、

「いいえ、私の方は片づきましたが、

 まだ、櫂さんの問題を片付け無くてなりません。

 櫂さんが無事男性に戻られたとき、

 あたしの目的は終わります」

と言った。

「乙姫様にそこまで心配してもらうなんて

 このぅ、果報者めが!!」

その話を聞いた恵之は櫂の背中を叩くと、

「いまのって、電話のような物なんですか?」

と香奈が乙姫に尋ねた。

「えぇ、そうですね…

 陸の電話に近いと言いますか…

 本来あたしたちの力は呪文の詠唱だけでも発揮できますが、

 たとえば遠くの人に何かを伝えたいときとか、

 呪文の効果を強く、もしくは広く使いたいときに、

 この輝水の竪琴を使います」

と答えると、

「じゃぁ、櫂おねぇちゃんも持っているの?」

と香奈が櫂に話を振る。

「え?

 いや、知らないけど」

櫂が驚くと、

「…輝水の竪琴は乙姫から授けて貰うのよ」

と綾乃が香奈に説明をした。

「そうですね、

 櫂さんの体が元に戻ったらマナと一緒に竪琴を授けましょう」

と乙姫は櫂に告げた。



翌朝…

「お早う!!櫂ちゃん

 あれ?、

 どうしたの?

 元気ないね」

登校途中で、先を行く櫂と乙姫の姿を見つけた真奈美は

そう言いながらグルリと櫂の前に回り込むと挨拶をした。

「おはよー」

うつろな目をして櫂はそう挨拶をすると、

「はぁ…

(結局夕べはほとんど眠れなかった…

 竪琴の一件もあるけど、

 藍姫探しだよなぁ…

 あぁいっそ真奈美が藍姫の生まれ変わりだったらどんなに楽か…)」

と彼女を眺めながらそう思っていた。

「どうしたんですか?

 乙姫様?」

惚けている櫂を指差しながら真奈美が隣を歩く乙姫に訊ねると、

「えぇ…ちょっといろいろありまして…」

乙姫は笑みを浮かべながら答えると、

真奈美に昨夜のいきさつを説明した。

「え?

 なに?、

 あのお店に行ったの!!

 いいなぁ…

 で、どうだった?」

と真奈美は櫂が抱えている問題よりも

一家でディナーを食べに行った店のことに興味を示した。

「マナぁ…」

そんな真奈美の様子を見ていた櫂が恨めしそうに見つめる。

「あっごめん…

 凄いわねぇ…

 櫂って戦国武者の生まれ変わりだったなんて!!」

真奈美はいかに取ってつけたような驚き方をすると声を上げると、

「いいよ…

 そんな無理しないで」

櫂はそう返事をするなりそのまま先へ歩いていく、

そんな櫂の後ろ姿を見ながら、

「あらら…いじけちゃった…

 ねぇ…乙姫様…

 その藍姫が生まれ変わった人を探しだなければならないんですか?」

と真奈美が訊ねると、

「えぇ…

 いまの櫂さんの竜玉は藍姫様の思念体が入り込んでいます。

 その思念体を取り出すことが出来るのは藍姫様しかいません」

ときっぱりと言った。

「そっか…

 それは、大変なんだねぇ…

 で、藍姫について何か手掛かりはあるの?」

と訊ねると、

「それがあればこんなには落ち込まないよ」

後ろのやりとりを聞いていた櫂は振り返りながら真奈美に言った。

「じゃぁ、全く手掛かりはないんだ」

櫂の言葉に真奈美がそう断定すると、

コクン

乙姫は素直に頷いた。

「でも、藍姫か…

 この間あたしが行ったお城の関係者が間近にいるとはねぇ…」

感心しながら真奈美が考え込んでいると、

「!!」

ふと何かに気づいた櫂が

「なぁ、真奈美…

 たしか、そこでお化けであったって言ってたよなぁ」

と尋ねた。

「お化け?

 あぁそう言えば…

 落ち武者の幽霊にね」

真奈美はあんまり思い出したくない表情で櫂に言う、

「ひょっとして、その幽霊に聞けば藍姫の居場所って教えてくれるかなぁ」

そう櫂が言うと、

「そりゃぁ…

 藍姫って人がまだ幽霊なら知っているかもしれないけど、

 生まれ変わって居るんでしょう?

 知らないんじゃないかなぁ…」

と真奈美が答えた。

すると、

「…そういえば…

 何時でしたか…

 真奈美さん…

 確かあたしの所に櫛を持って来ましたよね」

話を聞いていた乙姫が真奈美に話しかけた。

「櫛?

 え?

 あたし、乙姫様の所に櫛なんて持っていきましたっけ?」

思わず真奈美が聞き返すと、

「えぇ…

 確か、どこかの姫様の物で…

 あたしの手で鎮めて欲しいって言われて…」

思い出しながら乙姫がそう言うと、

「あたしそんなこと言いました?」

真奈美が乙姫に聞き返した。

「あっ、それ知っているよ、

 なにやら曰くがあるから乙姫様に預かって貰う

 って言ってたじゃないか」

と櫂も真奈美に指摘した。

「えぇ?????」

しかし真奈美は全然心当たりがないらしく首を捻る一方だった。

「そう言えば…

 何か変なのよねぇ…

 落ち武者の幽霊を見たところから先の記憶がどうもあやふやなのよ」

と言いながら考え込んでしまった。



『…やれやれ…

 記憶を封印したことが裏目に出たかな?…』

水晶球に写し出される3人の様子を見ながら一人の老人が呟く、

『いかが致しますか?、

 ご隠居…』

その老人の左右で警護する供の者が善後策を訊ねると、

『ん?

 そーじゃなぁ…
 
 どうするか』

老人は思案顔になり、

『とりあえず、

 見張りを置くとするか
 
 スケさん、
 
 カクさん、
 
 すまぬが摩雲鸞・オギンを呼んでくれ』

と老人は供の者・スケとカクに告げた。

すると、

『呼ばれなくてもここに控えております。

 ご隠居様』

張りのある女性の声が響き渡ると、

ぽひゅん!

老人の前に一人の女性が姿を見せた。

『すまぬが、この者達の動向を探っておいてくれないか。

 もぅ間もなく、あのものたちに試練がくると思うのでな、
 
 ただし、オギンが手を下す必要はない。
 
 今のところはじっと見守っているだけでいい。
 
 必要なときがくればわたしが指示を出す』

と老人はオギン向かって告げると、

『畏まりました…』

老人の指示にオギンはそう返事をすると、

ポン!!

っと小さな音をたて一羽の鳥・摩雲鸞の姿に化け、

パタパタパタ

老人の元から飛び去っていった。

『とは言っても…』

オギンが飛び去った後。

老人はそう言いながら手にした杖を降ると

ポゥゥゥゥ…

たちまち水晶球の画像が代わり、

妖しげな男達が暗躍している様子が写し出される。

そしてその様子を見ながら

『そんなにノンビリとも出来そうも無いか…』

老人は呟いていた。



さて、場面は変わって、

ココは朝日に輝く紀淡海峡を望む丘の上に建つ猫柳重工の迎賓館…

その庭先で泰三が静かにイスを揺らしながら

海越しに見える淡路島を眺めながらくつろいでいると、

ザッザッザッ!!

と芝を踏みしめる音と共に藤堂千帆が歩いてきた。

「どうした、シーキャットの整備は終わったのか?」

主治医より処方された薬のせいか、

泰三の言葉にどこか穏和な感じがする。

「失礼します。会長」

そう言って千帆は一礼をすると、

「シーキャットは予定通り反応炉並びに機器系統の整備を終え、

 ただ今、出航準備をしておりまして、

 明朝には出航できる見通しです」

と告げた。

「よぉし、ようやくここから出られるか」

泰三はイスに座り直しながらそう言うと、

「で、他にも何かあるのだろう?」

と鋭い眼光で千帆を見た。

「え゛?

 なにか?」

千帆は一瞬ドキリとすると大急ぎで繕いながら訊ねると、

「ふふふ…

 儂を誰だと思っているっ

 猫柳グループの総帥だぞぉ

 お前のコトなぞすべてお見通しだ」

と泰三は千帆に告げた。

ダラァァァァァ…

その言葉を聞いた千帆の背筋に滝のような冷や汗が一気に流れ下っていく。

『…まさか…人間ごときに私の正体がバレたのか!!』

ショックと動揺が千帆の身体を飲み込んでいき、

喉がカラカラに渇くと、心臓の動悸が激しくなっていった。

『まずい…ここで正体を見抜かれると私の計画が水の泡に…』

必死になって千帆が考えをめぐらせていると、

「青年探偵団がまたしても失態を演じたそうだな…」

と泰造は千帆を睨むようにして言い、

「しかも今度は魚組か…

 まったく青年探偵団はなにをやっとるんだ

 この不始末は藤堂君、

 君の不始末だよ…

 責任はどうとるのかね?」

と続けた。

『え゛?』

千帆は予想外の彼の言葉に思わず呆気にとられた。

『…あたしの正体のコトじゃないの?』

呆然としている千帆を見て泰三は、

「ふん、まぁ良かろう…

 青年探偵団の不始末は相変わらずだからな」

と呟くと、

「で、猿のバカ共がなにやらしゃしゃり出てきて居るみたいだが、

 そっちの動きは掴んでいるのか?」

と続けた。

「え?、あっ…はい(ホッ)」

千帆は泰三の尋問が自分の予想とは違う方へと向かっていったことに胸をなで下ろすと、

「あっ…

 それで、会長に猿島の動きについて至急にお知らせしようと思いまして」

と千帆が話の主導権を握ると、

「先ほど情報部に入った連絡によるりますと、

 ”猿島”も我々同様潜水艦を建造しているとのことです」

と告げた。

「なに?」

千帆の話を聞いた泰三の表情が見る見る険しくなっていく、

「で?

 奴らの目的は?」

すかさず尋ねてきた泰三の質問に、

「それが、どうも我々と同じようです」

そう千帆が答えると、

「ぬわんなんだとぉ!!」

泰三は叫び声を上げて飛び上がった。

「かっ会長!!」

その様子に驚いた千帆が慌てて近寄ると、

「えぇいっ!!

 乙姫はワシが先に目に付けたんだぞ!!

 猿なんぞに横取りされてたまるか!!」

と泰造のボルテージが上がる。

「会長!!、

 無理をなさいますと…」

宥めるようにして千帆が泰三を介抱すると、

「えぇぃ、青柳は何をしておるんだ!!

 猿なんぞさっさと踏みつぶしてしまえ!!」

怒りが収まらない泰三はイスに座らされてもなおも声を上げる。

すると、

ニィ…

っと千帆は笑みを浮かべると、

「会長…いっそ保険を掛けてみては如何ですか?」

と囁いた。

「保険?」

泰三が聞き返すと、

「会長…実は…」

と言いながら千帆はファイルから2枚の写真を取り出すと

それを泰三の目の前に差し出した。

「?、なんだ?

 ただの学生ではないか?」

写真を見ながら訝しげに泰三が感想を言うと、

「はい…

 それに写っている男の方は水城櫂、

 女の方は美作真奈美と言いまして

 県立水無月高校の生徒です」

と千帆は説明をする。

「それが?」

意味が分からない様子で泰三が訊ねると、

「はい、実はこの二人…

 見ての通り人間の姿はしていますが、

 その正体は人魚でしてしかも乙姫の側近です」

と説明した。

「なっ」

千帆のその言葉を聞いて泰三の顔色は見る見る変わっていく

「それは確かかっ!!」

と言う泰三の問いかけに、

「はい、

 実は五十里さんが人魚を捕獲したときの資料をつぶさに調べ直したところ、

 人魚の一族の中でもある程度の者達は竜宮ではなく、

 陸に上がって人間として生活をしていることが判りました。

 そして、特にこの2人を重点的にマークし、捕らえていたのです」

と千帆は言った。

「五十里が人魚を捕獲していたって?

 そんな話は聞いておらんぞっ」

驚きながら泰三が言うと、

「事実です…

 会長は五十里さんが”海母の鰭”と言う物を持っていたのをご存じでしたか?」

千帆の問いに泰三は首を横に振ると

それを見た千帆は頷き、

「まず”海母”と言うのは…」

と千帆は泰三に人魚と海母の言われを説明し、

続いて、五十里が狙っていたものを説明していく、



「五十里め…

 ワシには内密でそんなことまでしたいたのか…

 けしからん!!」

千帆の説明を聞いていた泰三はそう呟くと、

ギュッっと握っていた手がワナワナと震えだしていた。

「…しかし、五十里さんは最後には失敗しました。

 何者かに邪魔され、

 あげく捕まえたはずの人魚に”海母の鰭”を奪われてしまったのです」

と千帆は泰三に言った。

「で、さっきの保険というのは…」

泰三が聞き返すと、

「乙姫はきわめて用心深いです。

 仮にシーキャットで乗り込んだとしても、

 巧く捕まえられるかどうかは判りません。」

と千帆が言うと、

「それを何とかするのが君の仕事だろうが」

泰三は声を荒げた。

「ですから、猿の牽制と我々が仕事をしやすいように

 この二人を捕獲しておくのです」

「人質か?」

千帆の説明に泰三は素早く答える。

コクリ

千帆は何も言わずに頷くと、

「好きにしろ…」

泰三はそうひとこと言うと。

「畏まりました」

千帆はスグに一礼をすると泰三の元を去っていく。



一方、猿島家では…

「お願いです、奥様!!

 もぅ一度、

 もぅ一度だけ私にチャンスを!!」

と泣き叫びながら、幻光忠義は雪乃の足下に縋っていた。

全身に包帯を巻き、

右腕を覆う石膏に首には鞭打ち治療用のコルセット、

そして、彼の身体から漂う塗り薬の臭いが痛々しさを醸し出していた。

しかし、雪乃はそんな彼を足蹴にすると、

「えぇぃっ!!

 お前の顔など見たくもない!!」

と怒鳴った。

無理もあるまい、

人魚探知機である黒潮丸を無理言って義妹である加代子に渡そうとしたものの、

しかし、その肝心の黒潮丸は忠義が勝手に持ち出し、

そして、コトもあろうに紛失してまったのだから…

なまじプライドの高い雪乃のコトゆえ、

彼女の怒りはそう簡単に収まらなかった。

「お願いでございます。

 お願いでございます!!

 なにとぞ、もぅ一回チャンスを!!」

包帯の合間から覗いている目より滝のような涙を流し、

忠義は必死になってすがりついていた。

「うるさい!!」

そう叫びながら雪乃はケリを入れたが、

しかし、それでも忠義は手を放さなかった。

「お願いでございます…」

まるで譫言のように言い続ける忠義の姿に雪乃は、

「…(まったく)そこまで言うのなら、

 なにか名案はあるの?」

とキツイ目線で訊ねると、

忠義はハッとするなり、

ズザザザ…!!

雪乃から離れるや否や、平伏しながら、

「奥様に申し上げますっ

 実は奥様に見ていただきたいものがあります」

と報告した。

「私に見せたい物?」

首を傾げながら雪乃が訊ねると、

「ハハァ!!」

と忠義は返事をした。



カタン……

サッサッ

カタン…

サッサッ

薄暗い通路に松葉杖の音と草履の軽く擦れる音が響く、

やがて、一枚のドアの前に二人の影が落ちると、

「ココでございます」

と忠義は雪乃にそう告げた。

「なんなの?

 ココは…」

訝しげに訊ねる雪乃に忠義は何も答えることなく、

ICカードを取り出すと、

ドアの取っ手の所にあるリーダーに軽く触れさせた。

カシュッ

カチャッ!!

軽い音を立ててドアの鍵が開いた。

キィ…

忠義はドアを開けると、雪乃を先に通させる。

ムワァァァァァ…

湿気のある空気が雪乃を包み込んだ。

「なんなの?

 何も見えないじゃない」

真っ暗の部屋の様子に雪乃が声を上げると、

Pi

忠義はすぐさまリモコンのスイッチを入れた。

その途端。

パ・パ・パ・パ・パ・パ!!

一斉に部屋の中の灯りが点くと、巨大な構造物が彼女の前に姿を現した。

「こっこれは…」

ドォォォン!!

驚く雪乃の目の前には鈍く光を放つ鋼鉄の物体が静かに佇んでいた。

「奥様…

 これが、我が猿島の総力を挙げて開発した

 最新鋭潜水艦”百日紅(サルスベリ)”でございます」

忠義は胸を張って雪乃に紹介した。

「お前…何時の間にこのような物を…

 でも、百日紅とはちょっと縁起が悪いのでは?」

感心しながら、しかしやや心配そうに君枝が訊ねると、

「黒潮丸は私の至らなさの故にあのようなことになりましたが、

 しかし、猿島にはまだこの百日紅があります。

 それに、何処にいるのか判らない乙姫を捜し出すより、

 乙姫の居城である竜宮へ直接この百日紅で向かうのです。

 そうすれば必ずや乙姫を捕まえることが出来ます」

と答えた。

「…確かに、竜宮へ行けば確実に乙姫を捕まえることが出来るでしょうけど、

 でも、どうやって竜宮を探し出すのです?

 それが判らないから、黒潮丸を使ったのではないですか?」

そう雪乃が訊ねると、

ニヤリ…

忠義は笑いながら、

「それは”猫”に聞けばいいのです、奥様!!」

と答えた。

「猫?…猫ってあの猫柳?」

顔に不快感を表しながら雪乃が聞き返すと、

「はい…今回の件で、

 どうやら我々の他に猫と犬が動いているようですが、

 ただ、犬は乙姫には興味をもってないのに対して、

 猫は竜宮の場所を把握している様です。

 しかし、猫は未だ竜宮を襲う気配を見せていません。

 その隙に我々が猫よりも先に竜宮へと向かうのです」

と忠義は力説する。

「しかし、どうやって猫から竜宮の場所を…」

雪乃が懸念を示すと、

「ふふふふ…私のお任せを…」

と忠義は微笑みながら頭を下げた。



「…ねぇ…コレは何かな…」

登校途中のシシルが廃工場の脇でバラバラになった釣り竿を見つけると、

「はぁ?、壊れた釣り竿じゃないの!!

 そんなもん捨てちゃいなさいよ」

シシルが拾った竿のパーツを眺めながらルシェルがそう言うと、

「そんな…勿体ないじゃない」

と言いながらシシルは散らばっていたパーツを集めていく。

「全く、シシルっ

 ここに来てからアンタ貧乏くさくなってきたわよ」

呆れながらルシェルが言うと、

「予鈴まであと10分を切りました」

とサルサが告げた。

「ほらっ、先行くね」

その声にせかさせるようにルシェルが歩き出すと、

「あっ待って…」

釣り竿のパーツを抱えながらシシルが追いかけていった。



つづく


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