風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第14話:忠義の敗北】

作・風祭玲

Vol.241





「成敗!!」

そう叫び水姫は一気に剣に振り下ろした。

ザン!!

剣先は悲鳴を上げるマイの身体を一気に2分していく、

しかし…

「…逃がしたか…」

剣先の手応えで水姫はそう判断すると、

ゆっくりと体を起こした。

二つに切り裂かれたマイの身体はゆっくりと色を失うと、

パシッ!!

っと砕け散った。

パシャパシャパシャ!!

砕け散った破片が小さな水滴となって池に降り注ぐ、

「私を欺くとは…

 ふっ

 面白いヤツだ。

 よかろう、今回は見逃してやる。

 しかし、次はないと思え!!」

水姫は庭の隅にある草むらを剣先でさすとそう告げた。



「水姫さん、どうかしましたか?」

上空から藤一郎の声が響き渡った。

「何でもない…」

シュン

一振りで剣を消した水姫は、

そう答えると池の横で気を失っている真央を抱きかかえると、

フワリと浮かび上がりヘリへと戻っていった。



「なにがあったんです?」

ヘリに戻ってきた水姫に藤一郎が訊ねると、

「まぁね…ちょっと海人が蛇に絡みつかれたんだよね」

っと言いながら水姫は海人の脇をつついた。

「るせぇ〜っ」

彼女の横で海人がプッと膨れる。

その時、

『Puっ、若っ、一大事です』

と言う無線が突入部隊より入ってきた。

「どうした?」

藤一郎がすかさず聞き返すと、

『とにかく、ここに来てください』

無線は短く告げると切れてしまった。



「何があった」

ヘリから降りてきた藤一郎達は猫柳の基地となっている民家に入っていくと、

「んな?」

その内部の惨状に声を上げた。

「いったい…どうなってんだ?」

折り重なるように倒れているトレンチコート姿の男達に唖然としながらも、

犬塚特殊部隊員の先導によって藤一郎達は奥へと案内されていく、

「なぁ、これはお前の部下達がやったのか?」

回りの様子を見ながら海人が訊ねると、

「いえっ、我々が突入したときにはこのような様態でした」

と先導している部隊員が答えた。

やがて、奥の居間に通されると、

奥の居間では藤一郎の隊員達に抱きかかえられるようにして座る南野の姿があった。

藤一郎の姿を見た南野は一瞬驚くと、

「なっ、あのお嬢さんの知り合いとは犬の若君でしたか」

応急処置だろうか頭に包帯を幾重にも巻いて

そう答える彼の姿は痛々しい物を感じられた。

「で、進藤伊織は何処にいる?」

藤一郎はそう南野に詰め寄ると、

「ふっ、残念ですが、彼女はあなた方が来る前に”猿”が連れて行きました」

と答えた。

「なに?、猿が?」

その答えに藤一郎は驚くと、

「えぇ…6時頃に急襲されて…」

南野がそう答えると、

「6時といったら…

 40分前か…」

悔しそうな顔をして海人は時計を睨んだ、

「猫に続いて今度は猿か!!

 それにしても一体なんで、

 そんなに進藤さんを狙うんだ?」

そう呟きながら藤一郎は考え込むと、

「ふっ、乙姫ですよ」

っと南野は告げた。

「乙姫?」

藤一郎はそう言いながら水姫を見た。

「猿は何を考えているのかは知りませんが、

 我々は乙姫を捜しているのです」

「乙姫を捜し出してどうしようって言うの?」

南野の言葉に水姫が聞き返すと、

「さぁ…我々は会長の命令で動いているので、

 なぜ乙姫を狙うのかについては知りません」

「………」

水姫は無言で海人を見た。

そのとき、

「伊織は何処だぁ!!」

と叫びながら真央が居間に乱入してきた。

突然飛び込んできた真央に犬塚の隊員達が慌てて組み伏せようとしたが、

「放せッ!!」

「貴様らっ」

頭に血が上っている真央は逆に得意の拳法で次々と隊員を倒していく、

「ったくぅ…」

その様子に腰を上げた海人は、

ゲシッ!!

っと一発真央を殴ると、

「えいえぃ、落ち着け!!」

と怒鳴ると、

「進藤さんはココには居ないんだってよ」

と告げた。

「伊織はココには居ない?」

その言葉を聞いた真央は呆気にとられたような表情をすると、

ペタンとその場に座り込んだ。

「あぁ…何でも”猿”とか言う連中がオレ達が来る前にココを襲って

 進藤さんを連れて行ったそうだ」

と続けた。

「伊織…伊織…伊織ぃ!!」

真央は特殊部隊員を力ずくで振り払うと、

ダッ!!

っと廊下を駆けていこうとした。

「このバカッ」

スグに海人が真央の後を追うと、

玄関先で捕まえるなりその場に組み伏せる。

「はっ離せぇ!!

 伊織を助けに行くんだ!!」

手足をばたつかせながら真央が叫んでいると、

「えぇぃっ、早川っ

 何度マラソンをしても進藤を助けることは出来ないんだぞ、

 落ち着け!!」

と海人が怒鳴る。

「やれやれ…振り出しですか」

その様子を見ていた藤一郎が水姫に向かってそう言うと、

「若っ、犬塚広域探査システムより通報、

 ”我、現在、不審な車を追尾中”

 とのことです」

と部隊員が藤一郎に告げた。

「不審な車?」

その声に全員の注目が藤一郎に集まった。

すかさず藤一郎は携帯電話を広げると、

「藤一郎だ、不審な車とは何だ?」

と尋ねた。



バラバラバラバラバラ…

猫柳の基地から引き上げた藤一郎達が急ぎ足でヘリに乗り込むと、

夜空に向かって次々と羽ばたいていった。

それを見計らうように、

ズルズル…

さっき水姫が剣先で指した草むらよりマイが這いずり出して来ると、

「…死゛ぬかと思った…」

そう言いながらドボンと池の中に身を沈めた。

「はぁ…

 折角、あこがれの竜王様に会えたんだから、

 思い切ってヨリと一緒に見ていたTVと同じコトをしただけんだけどなぁ…

 何であたしがこんな目に遭わなくっちゃならないの?

 閖って言ったっけ…

 あの女、いきなりあたしを成敗するなんて言っていってさ、

 あーぁ、今日は乙姫様には会えないし、散々!

 もぅ帰ろう…」

とマイは独り言を言った後、

シュパァァァァァ!!

池が青白く光ると池の水と共に彼女の姿は消えた。



その頃…

カチャカチャ!!

食器の音を軽く立てながら恵之達は静かに食事をしていた。

「はは…どうですかな?」

ご満悦の恵之が乙姫に感想を聞くと、

「えぇ…美味しいです。

 陸には色々な料理があるのですね」

と乙姫は目を丸くしながら感想を言った。

「ははは、そうでしょうそうでしょう、

 毎日毎日、綾乃の料理ばかりでは飽きてしまいますからなぁ」

そう恵之が言った途端、

ズムッ

恵之の脚に綾乃のヒールが直撃した。

「◇○▼%*!!!」

一瞬、恵之の顔が引きつると、

涙を流しながら言葉にならない声を漏らす。

「バカ…」

その様子を見ていた櫂と香奈は口に出さないまでも心の中でそう呟いた。

「ててて…」

踏みつけられた脚を庇いつつ、恵之は

「ところで、櫂…

 お前は男に戻りたいのか?」

と話を櫂に振った。

「なっ、何を言うんだ父さん

 そんなこと、当たり前だろう!!」

そう櫂が反論すると、

「父さんは、娘の方がいいと思うのだが」

と恵之は呟いた途端、

「あなた…」

いつの間にか綾乃がナイフを持ち替えていた。

「コラコラ、お前達…」

その様子に恵之は

ふぅっ

とため息を吐くと、

「それなら、潮見の婆様に診て貰ったのか?」

と尋ねた。

「潮見の婆様…?」

彼の言葉に全員の視線が櫂に集まった。

「そういえば…」

ハタと綾乃が気がつくと、

「おいおいっ、

 櫂や香奈のお産を手伝って貰ったんだろう?」

と恵之は呆れながら言った。

「ん?、誰なの?

 その潮見の婆様って?」

言葉の意味が分からず櫂は聞き返すと、

「あぁ…そう言えば櫂は知らないんだっけ」

と綾乃は櫂を見つめながら言った。


…説明しよう!!!

 潮見の婆様さまとは、陸で暮らす人魚専門の産婆で、推定年齢は約500才。

 日頃人間の姿をしていても、

 お産時にはどうしても人魚の姿に戻ってしまう海精族の血を引く女性にとっては、

 無くてはならない存在だった。

 また、生まれてきたのが女の子だった場合、

 人魚の能力がいつ目覚めるかを見極めてくれたり、

 様々な人魚特有の悩み事の相談に持ってくれる、

 とにかく人間社会で暮らす人魚にとってはありがたいおばあさんなのである。


「ふぅ〜ん、そう言う人なのか…」

綾乃の説明に感心したように櫂が言うと、

「私もぜひお会いしたいですわ、

 潮見のお婆さんの話は竜宮に居たときでも必ず耳にしましたが、

 でも、竜宮へは決していらっしゃらない方ですので…」

と乙姫が言うと、

「まぁね、

 婆様が竜宮に行かないのは、

 婆様が海精族ではなく人間だからなのよ」

「え?、人間なの?」

そう説明する綾乃に櫂が驚いて聞き返した。

「うん…

 潮見の婆様って、

 実は500年近く生きている人でね、

 戦国時代に飢えから村人達が捕まえてきた人魚を食べてしまい、

 それが元で不老不死になったとか…」

「げっ…」

それを聞いた櫂のフォークがぴたりと止まった。

「え?、でも

 人魚を食べると不老不死になるって話は本当なの?」

そのことに気づいた櫂が聞き返すと、

「それは、本当です」

と乙姫が告げた。

「確かに、人魚を食べた人間は不老不死になります。

 でも、人間同様、あたし達にもちゃんと寿命があります。

 それなのに、

 なぜ人魚を食べた人間のみが不老不死になるのかは判りません。

 ひょっとしたら、

 これはある意味であたし達精霊を食べた”罰”なのかも知れないと考えています」

乙姫はそう言うと、

「不老不死が罰ねぇ…」

櫂は思わず考え込んでしまった。

「そうですよ、

 始まりがあって終わりがある。

 ごく当たり前と思うこれはきわめて重要な意味があります。

 それは前に進んでいくと言うことです。

 もしも、終わりがなければ進んでいく意味はあると思いますか?

 永遠に終わりが来ない…

 それは、静止しているのと同じですよ」

と乙姫は櫂に告げた。

「まぁ確かに…

 終わりがなければ進んでいく意味はないか…」

そう言いながら櫂が考え込むと、

「はははは…

 なにやら哲学的な話になってしまったな、

 ほらっ、料理が冷めてしまうぞ、

 我々が現在進むべく道は、

 料理を美味しく食べることだ」

と恵之は言うと、フォークを口に運んでいく。

「でも、あたしも迂闊だったわ、

 潮見の婆様のコトをすっかり忘れていたなんて…」

と綾乃は言うと、

「じゃぁ帰りに寄っていくか?」

料理を頬張りながら恵之が言った。



バババババババババ…

夜空を藤一郎達が乗ったヘリが駆け抜けていく、

「ねぇ…」

水姫が海人に声を掛けると、

「ん?」

「乙姫をさらって、どうする気なのかな?」

と尋ねた。

「さぁな?」

海人は両肩を上げながらそう答えた。

すると、

「ムッ!!あれか?」

広域探査システムより得られた情報を眺めながら、

藤一郎は不審なトラックを見つけた。

「どうした?」

彼の様子に気がついた海人が訊ねると、

「あぁ…どうやらアレみたいだな」

藤一郎は夜の道路を爆走していくトラックを指さして答える。

「ん?」

海人が目を凝らすと、

「別に普通のトラックにしか見えないが」

と聞き返したが、

「愚か者めっ、判からんのかっ!!

 あのトラックの荷台の屋根に書かれている絵を良く見て見ろっ」

と藤一郎に指摘されると、

「あっ」

再びトラックを見た海人が声を上げた。

「”見猿・聞猿・言猿”間違いないっ

 アレは猿こと猿島の車だ」

藤一郎がそう断言するトラックの荷台の屋根には

口と目と耳をそれぞれ塞いだ猿の絵が描かれていた。

ゴワアァァァァァ…

藤一郎のヘリに追尾されていることに気づかないのか、

トラックは何事もなかったかのように走り続ける。

「あの中に伊織が…」

まるでラジコンカーの様なトラックを見つめながら真央が呟くと、

「また、飛び降りようなんてバカな考えは起こすなよ」

と海人がすかさず釘を差した。

「そんなこと判ってる」

真央は海人をにらみ付けるなり怒鳴ると、

「…そう言えば、さっき…

 何で俺は助かったんだ?

 なにやら下から沸き出した水のような物に巻き込まれた様な感じがするんだけど」

と首を傾げた。

「え?、あぁ…

 早川君は隣の家の池の中に落ちたのよ」

とすかさず水姫が繕った。

「で、どうするつもりなんだ?」

海人が藤一郎に訊ねると、

「道路上を走っている車に攻撃を掛けるわけには行かないから、

 このまま追跡をしてどこかの敷地に入ったところで奇襲をしよう」

と藤一郎が答えた。

すると、

「あれ?

 何かがこっちに向かってくるよ」

と水姫が指さした。

「なに!!」

シュォォォン!!

いつの間にかトラックの屋根が少しせり上がり、

その隙間から藤一郎のヘリに向かって、

一発の小型ミサイルが発射されていた。

「ちっ、

 バレていたか、

 回避しろ!!

 全員何かにしがみつけ!!」

操縦席に向かって藤一郎はすかさず指示を出すと、

大きく叫んだ、

ブォォォォォン

武装へりは大きく旋回すると、

飛んできたミサイルを間一髪かわした。

その一方で

ウワァァァァァ

キャァァァァァ

大きく揺り回された水姫や真央は悲鳴を上げていた。



「ちっかわしやがったか…」

暗視カメラで藤一郎のヘリの様子を見ていた迷彩服の男がそう言うと、

「猫の追っ手か?」

っと運転席でハンドルを握っている男が尋ねた。

「あぁ…そこまでは判らないが…

 そんなとこだろう」

と返事をする。

「よしっ、もぅ一発お見舞いをしておくか」

そう言いながら男の手がトリガーに掛かったとき、

プルルルル

ダッシュボードに置いてあった携帯電話が振るえはじめた。

「ちっ、誰だ!!

 良いとこだったのに」

舌打ちをしながら男が電話を取ると、

「あっ、これは幻光さまっ」

っと叫びながら立ち上がった。

と同時に

ゴン!!

っと彼の頭は天井に激突をした。

「…このやり方は問題あるなぁ…」

運転をしている男は横目で彼の惨劇を眺めながらそう思った。

『…おいっ、何事だ…』

電話の向こうで忠義が訊ねると、

「あっいえっ問題はありません」

頭を打った男はそう答えると、

『…状況を報告せよ…

 こっちもいま合流ポイントに向かっている』

と忠義は自分の状況説明と乙姫回収部隊の状況を尋ねた。

「はっ、

 今のところ順調ですが、
 
 ただ、猫の追っ手が追いかけてきていまして
 
 ただいま交戦中です」

と男は説明をした。

『…猫の追っ手だとぉ?

 そんなもんはサッサと蹴散らしてしまえ!!』

忠義はそう命じると、

「はっ、仰せのままに…」

男はそう返事をすると電話を切った。

「よしっ、幻光様からの命令だ、

 迎撃ミサイルの乱れ打ちだぁ!!」

男はそう叫ぶと、

バン!!

っと格子状に並んでいるミサイル発射スイッチを上から派手に引っ張ったいた。

シュバシュバシュバ!!

迫り上がった屋根の隙間から無数のミサイルが踊り出すと、

一斉に夜空に向かって航跡を残して飛び去っていく、

そして、一瞬間をおいて、

ドゴドゴドゴドゴドゴォォォォン!!

っと夜空に次々と光り輝くカリフラワーの華を作り上げていった。

「よしっ、虫退治終わり」

その様子を見ていた男はそう言うと助手席の窓を閉めた。



トラックはしばらく走ると、

やがて、道路脇に廃墟と化した工場跡が姿を現した。

カッカッカッ

方向指示器の灯りを付けゆっくりと敷地の中に入っていくと、

ヘッドライトの灯りの先に一台の乗用車が浮かび上がった。

ザザザザザ…

砂利の音を立てながらトラックか停車すると、

乗用車の中からスーツ姿の男がゆっくりと降りてきた。

バン!!

「遅くなりました、幻光様っ」

運転席と助手席から迷彩服姿の男達が飛び降りてくると同時に、

荷台の方からも同じ迷彩服姿の男達が次々と降りてきて、

忠義の前に勢揃いした。

「うむっ、ご苦労!!」

満足そうに忠義は男達を眺めると、

「で、乙姫は?」

と尋ねた。

「はっ!!」

隊長格の男がそう返事をすると、

サッ

っと腕を上げた。

すると、

「放してよ!!

 痛いじゃないのよっ!!」

っと叫びながら伊織は迷彩服の男に腕をねじ上げられて忠義の前に連れてこられた。

「これはこれは、乙姫様…」

そう言いながら忠義は伊織向かって頭を下げると、

「なっなによっ!!」

伊織は気味悪そうに返事をする。

「ようこそ、猿島へ…

 さぁ奥様がお待ちかねですよ」

と言って忠義はベ○ツのドアを開けた。

「なに?、乙姫って、

 あたしそんなの知らないわよ」

伊織がそう言うと、

「はははは…

 お戯れを、乙姫様…

 コレがなんだか判りますか?」

と言いながら忠義は一本の釣り竿を掲げた。

「?」

それを見た伊織が首を傾げると、

「すべて調べは付いています。

 さぁ、いつまでもそんな人の姿をしていないで、

 本性を現したらどうなんですか?

 この黒潮丸に掛かればどんな人魚でも…」

そう言いながら忠義は伊織に近づいていくと、

グッ

と竿を伊織に向けた。

「なっ何よっ」

伊織の喉元に竿の先が突きつけられたとき、

「おいっ!!」

と言う男の声と共に忠義の肩を誰かが叩いた。

「なんだ?」

そう言いながら忠義が振り向いた瞬間、


ドゴォォォォォン!!!


強烈な右ストレートが彼の頬を打ち抜いた。

その衝撃でトレードマークのメガネは吹き飛び、

ンゴォォォォォッ!!

顔を茄子のように歪めながら忠義の身体は空を飛んでいく。

ぐわらぐわらガッシャーン!!

吹っ飛んでいった忠義が廃材の山に突っ込むのを見た迷彩服姿の男達が、

「幻光様!!」

と叫んでそばに寄ろうとしたとき、

カッ!

カッ!!

カッ!!!

たちまち数多くの投光器が一斉に廃工場を照らし出すと、

ババババババババ!!!

犬のマークが入った武装へりが上空に舞い降りてきた。

「いっ犬?

 犬塚か…」

鼻血を流しながら忠義がそう呟くと、

『お前達は包囲した、逃げられないぞ!!』

と言う藤一郎の声が響いた。

「げっ幻光様っ」

迷彩服の男達は次々と忠義の元に駆け寄ると、

伊織の腕をねじ上げていた男が一人取り残されてしまった。

「あっおいっ!!」

どうして良いかわからずに男が躊躇していると、

ムンズ!!

っと男の腕が鷲掴みにされ持ち上げられると、

思いっきり捻られた。

ウギャァァァァ

男は悲鳴を上げると伊織から手を放す。

「あっ」

支えを無くした伊織がよろめくと、

グッ

っと手が差し伸べられ彼女の身体が抱きかかえられた。

「真…央…」

そのとき伊織は相手をねじ上げているのと

自分を抱きかかえている人物が早川真央であることに気が付くと、

しばし見とれていた。

しかし、真央の怒りは収まっていなかった。

「お前ら…よくも散々こけにしてくれた上に

 俺の伊織を辛い目に遭わせてくれたな…」

真央は唸るような声でそう言うと、

さらに男の腕を強引にねじ上げる。

ミシミシミシ!!

鍛えられた男の腕から骨の軋む音が響くと、

「ウギャァァァァァ!!!」

男の悲鳴はさらにパワーアップした。

しかし、伊織は真央の詞に思わず耳を疑った。

「え?…真央…いまなんて言ったの?」

そう聞き返したが、

すっかりキレている状態になっていた真央には伊織の言葉は届かなかった。

スルリ

真央の腕が伊織の身体から抜けたとたん。

ウォリャァ!!!

彼の拳が一気に炸裂した。



「おーぉ、俺の出る幕ないか…」

ヘリの中から下を見下ろしていた海人は

文字通り阿鼻叫喚と化した地上を眺めながらそう呟いた。

「ホント…、早川君を怒らすと怖いのね」

その様子を見ていた水姫も頷く、



「あわわわ…」

次々と倒されていく隊員達を見て忠義はベ○ツに這いずっていき、

それに乗り込むと、

「おいっ、かまわんっ

 サッサと車を出せ!!」

と呆気にとられている運転手に命じた。

「はっはいっ」

忠義の言葉で我に返った運転手はスグにベ○ツを急発進させた。

しかし、

「逃がすかっ!!」

最後の男を倒した真央は、

藤一郎の包囲を突破しようとしているベ○ツの前に躍り出ると、

ウォリャァァァァァ!!

と声を上げながらフロントガラスごと運転手を蹴り倒した。

ギャギャギャ!!

ガッシャーン!!!

制御を失ったベ○ツは激しく回転をして壁に激突をする。

「ゼハァゼハァ!!

 逃げなきゃ逃げなきゃ…」

黒潮丸を片手にボロボロの忠義がベ○ツから這いだして来たが、

しかし、

まるで野良猫が持ち上げられるように、

ムンズと彼の襟首が持たれると、

ウォアタァァァァァ!!

と言う真央のかけ声と共に忠義の身体が宙を舞い、

そして、手から離れた”黒潮丸”は夜の闇の中へと消えていった。

「…猿…島…万…歳!!」

薄れ行く意識の中で忠義はそう呟く。



ハァハァ

忠義以下猿島の部隊をたった一人で壊滅させた真央は、

悠然と歩いていくと伊織の前に立った。

「真…央…」

「伊織…」

見つめ合う二人、

そして、つかの間の静寂の後、

伊織の右手が動くと、

パァァァン!!

真央の頬を思いっきりひっぱたいた。

「なっ何をするんだよ!!

 おっ俺はお前を心配して…」

頬を押さえながら真央がそう抗議すると、

「真央のバカ!!

 こんなに無茶をしちゃって、

 もし死んじゃったらどうするの?

 そんなことになったら、

 あたし…

 あたし…」

伊織はそう言いながら肩を振るわせると、

「うあぁぁぁぁぁん、

 怖かったよぉ」

と伊織は泣きながら真央に抱きついた。

「伊織…ごめん」

真央はそう呟いて彼女を抱きしめた。



「やれやれ、一件落着ってことですか?」

抱きしめ合う二人を眺めながら藤一郎がそう言うと、

「だな…」

っと海人は頷いた。

「よしっ、撤収!!」

藤一郎のその命令と共に犬塚の部隊は次々と引き上げていった。

「でも…

 コレで終わりなんかじゃない…

 これからが本番ね」

と思いながら水姫は窓の外を眺めていた。



ザザザザザ…キッ

一台の車が止まる音に寝ていた老婆は目を覚ますと、

「やれやれ、やっと私の所に来おったか」

と言いながら起きあがった。

「さてと、面倒なことになりそうだな、

 のぅ、水神よ」

老婆はそう言うと、微かに開けているふすまの闇を見つめた。



つづく


← 13話へ 15話へ →