風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第13話:海人危機一髪?】

作・風祭玲

Vol.240





夕方になっても天ヶ丘高校2−B教室内は相変わらずの様相を呈していた。

「くっそう…猫めっ、

 どこに隠れたのだか…」

そう呟きながら藤一郎はパネルスクリーンの前で仁王立ちになると

ジッと次々と情報を映し出すスクリーンに見入っていた。

「(ボショ)ねぇ、あたしの力で伊織さんを見つけてみようか?」

膠着状態の捜索活動に水姫が海人に提案すると、

「いや、ここは、あいつに任せた方がいいし、

 それに、お前や俺の秘密、他のクラスの連中にバレのは困るだろう」

と海人は答えた。

そう、海人たちや水姫が人魚の血を引くモノと言うのは

2−Bの中のさらにごく一部の者のみの秘密になっていたのだった。

「…伊織…」

隅の座席に座る真央はじっと床を見つめながらそう呟いていると、

その様子を見た海人が立ち上がるなり、

「おいっ、早川っ、

 お前、そんなに彼女のコトが大事なら、

 なんでもっと大事にしてやらないんだ?」

と真央の前に立つとそう言った。

「なにを…」

言われた真央はジロッと海人をにらみ付けた。

「さぁて、これほど探しても見つからないのとすると、

 すでにどこかの山に埋められているか、それとも外国へ…」

と天井を眺めながら海人がそう言った途端。

「貴様っ!!」

真央が怒鳴り声を上げると海人に飛びかかった。

「おぉ、元気だけあるようだな」

真央の繰り出す拳を巧みによけながら

海人は涼しい顔で言う。

「うるさいっ、伊織は絶対に死んでなんかいない!!」

顔を真っ赤にして真央が怒鳴った瞬間、

ドン!!

「!!っ」

真央は自分の鳩尾に軽い衝撃を感じると、

すかさず間合いを取った。

「全く、早川の欠点は

 …すぐ視野が狭くなることだな、

 一応格闘家なんだから、

 もぅ少し視野を広げた方がいいんじゃないか?」

と海人は握っていた右手を開くと

プラプラと上下に振った。

それを聞いた真央は守衛にも同じ事を言われてきていることを思い出すと、

なにも言えなくなった。



重苦しい時間が流れる…

「ちょっと…言い過ぎだったんじゃないの?」

真央の様子を見て水姫が海人の脇腹をつつくと、

「あれがか?」

と海人は言い返した、するとスクリーンに視線を移した水姫が、

「ねぇ…あれ…なにかしら」

っスクリーンの隅に小さく点滅していた電話のアイコンを指さした。

「どうかしましたか?」

彼女の言葉に気づいた藤一郎が訊ねると、

「ねぇ…あの隅のマークってなに?」

と水姫が尋ねた。

「?

 えぇーと
 
 あれはですねぇ」

そう言いながら藤一郎は分厚いマニュアルを取り出すとページをめくり始める。

「おっ、おいっ

 なにやってんだ?」

彼のその様子に海人が訊ねると、

「見て判らないのか、

 マニュアルを読んでいるんだよ」

と藤一郎は海人を睨むなりそう答えた。

「はぁ?

 お前…コレの取り扱い、全部知っているんじゃないのか?」

彼のその答えに海人が呆れながら言うと、

「当たり前だ、これだけの機能をすべて覚えられるわけが無かろう」

と答えながら藤一郎は胸を張った。

「おいおい…」

海人がそう呟きながら壁に手を置いていると、

「あっ、

 ありました、水姫さん。

 えっと、

 そのマークは携帯電話の通信が入ってきているって事ですね」

「へ?」

藤一郎の答えに水姫が首を傾げると、

「おっ、おいっ

 携帯電話の通信ってどういうことだ?」

すかさず海人が訊ねる。

「(ふん)この携帯型司令部はセキュリティー上、

 すべての通信を一括して扱う構造になっている。

 よって、電話のような外部からのこうして通信は

 こうしてパネルに表示して知らせる仕組みになっているんだ」

と誇らしげに答えた。

「ってことは…」

水姫が海人を見ると、

「おいっ、コレの開設時からコレまでの通信はどうなっている?」

そう海人がスクリーンを指さして訊ねると、

「そのようなこと、ログを見れば一目瞭然だ」

藤一郎はそう言いつつマニュアル片手に端末を操作すると、

ずらぁぁぁぁぁぁぁぁっ

っと特定の電話番号に繰り返し掛かってきている様子が映し出された。

「この番号って…」

「あっ、それは俺の携帯だ」

スクリーンを見ていた真央が声を上げた。

「なぁ…この相手…知っているか?」

掛けてきている電話番号を見て海人が真央に訊ねると、

「いや、知らないぞ…」

そう言いながら真央は首を振った。

「ねぇ…こんなに執拗に掛けてくるなんて、

 進藤さんを誘拐した犯人グループじゃないのかな?」

水姫のその一言で指令室内は一気に緊張に包まれた。



「そういえば…」

「ありうるな…」

藤一郎と海人がそう囁きあうと、

ゲシ!ゲシ!!

真央の拳が二人の頭上に落ちた。

そして、真央はそのまま廊下に飛び出すとその電話番号に電話を掛けた。

『はいっ、もしもし…』

と穏和なそうな男性が電話口に出てくるなり、

「伊織を連れ去ったのはお前らかっ!!」

真央は思いっきり叫んだ。

「(ゲシッ)電話に向かって思いっきり叫ぶヤツがあるか!!」

その途端、真央は殴られると、

手にした携帯電話を海人に取り上げられた。

『あっあのぅ…』

困惑している相手に海人は、

「おたく、何度も電話を掛けてきているようだが、

 ひょっとして、今日女の子・進藤伊織を誘拐した連中か?」

と訊ねると、

『あっ、少々お待ちください。

 …南野さぁん!!

 あの女の子の関係者からの電話ですよぉ』

と間の抜けたような声が聞こえた。

「なんなんだ、この緊張感のなさは…」

携帯電話のやりとりが司令室にも中継され、

それを聞いていた藤一郎達の額に汗が流れる。

『あぁ、もしもし…

 あの女の子の関係の方?』

代わって電話に出てきた男性は落ち着いた口調でそう言うと、

「進藤伊織はそっちにいるのか?」

すかさず海人はそう尋ねた。

『あぁ…我々の方で預かっている』

と言う相手に答えに司令室の緊張感が更に高まった。

グッ!!

っと拳を握り肩を振るわせる真央の前に水姫は立つと静かに首を振った。

「それなら、スグに返して貰おうか?」

と言う海人の言葉に皆の注目があつまる。

『……………』

重苦しい空気が1秒を1分いや1時間にさえ感じさせた。

『良いだろう』

後にして思えば相手は即答をしたのだが、

しかし、海人たちからすれば半日掛かって得た回答だった。

ところが…

『…いやぁ正直言ってなかなか電話がつながらないときは、

 ホント、どうしようかと考え込みましたよ。

 電話番号もコレしか教えてくれないし、

 それに帰すと言っても彼女動いてくれないんですよ。

 もぅ我々も途方に暮れていたところなんです。

 あっ食事代は請求しませんから、

 早めに引き取りに来てくださいね。

 場所はFAXでお知らせましますので』

と相手はそう告げるとサッサと電話を切ってしまった。

「条件はなにも無しか?」

「帰らない?」

「食事代って身代金じゃないのか?」

「一体、なにが起きて居るんだ?」

藤一郎と海人は顔を見合わす。

ドタタタタ!!

それを聞いていた真央が走り出そうとすると、

「(げし)闇雲に動くなっ

 罠かもしれないのに」

すかさず海人が真央の頭を殴ってそう怒鳴ると、

「罠?」

ハッとした表情で真央は海人を見た。

「確かに…罠の可能性も捨て切れませんね」

考えるポーズをしながら藤一郎も同調した。

「とにかく、行くにはそれなりの準備をした方がいいな」

海人はそう言いながら外を眺めた。



「え?、レストランですか?」

綾乃と乙姫が水城家に戻ってくると恵之が帰宅していて、

そして開口一番に、

「お〜ぃ、今夜は外で食べよう」

と誘ったのであった。

「あぁ、ここに私の知り合いのシェフが居てな、

 ちょいとその冷やかしと、

 あと、

 乙姫様にこういう料理も陸にはあると言うことを知って貰おうと思ってな」

笑みを浮かべた恵之は店の紹介をしているパフレットを差し出しながらそう言うと、

「ねぇ、あたし達も連れて行ってくれるんでしょう?」

と言いながら香奈が恵之に迫った。

「…あっあぁ…

 当然、櫂も行くだろう?」

恵之は香奈から視線を逸らすようにして櫂に訊ねると、

「…うっうん…まぁ」

櫂は仕方がないような返事をした。

「どうしました?」

櫂の様子をみた乙姫が訊ねると、

「だって…こう言うところに行くと言ったら…」

と櫂がパンフレットを眺めながら言うと、

「はははは…心配するな、櫂っ

 ほらっ、乙姫様やお前に似合いそうな服を買ってきたぞ」

そう言いながら恵之は

ドン!!

っと衣装箱をテーブルの上に置いた。

「はぁ…やっぱり…」

ガックリと項垂れる櫂とは対照的に

「うわぁぁぁ…コレなんか綺麗ですね」

と乙姫は箱から取り出した衣装を眺めていた。

「…あなた…ところで、あたしのは?」

いつも間にか綾乃は恵之のそばに寄りそうとギュッと脇腹を抓った。

「いっ、あはははははは…」

と恵之の笑い声が妙に乾いていた。



ザザザザ…

明かりの消えた水城家から乗用車が出ていくのを見計らうようにして、

サササササ…

暗闇から迷彩服に身を包み、特殊なマスクを被った一団が姿を現した。

「18:00をもって作戦を開始する」

「了解」

「敵は油断している模様」

「了解」

リーダー格の男は次々と指示を出した後に、

「よいか、我々の目的は”猫”が捉えている乙姫を奪取することだ。

 そして、乙姫を手に入れたら素早く所定の場所へと撤収。

 場合によっては猫との戦闘が起こるやもしれないが、

 いたずらに戦闘を拡大して

 猫の増援がココに来させることだけは絶対にやってはならない。

 よいなっ」

そう隊長が告げると、

「ハッ」

部下達は敬礼しながら一斉にそう答えた。



「ふぅ…今日一日、あの娘に散々引っ掻け回されたな」

南野はそう呟きながら地上部の居間で渋めのお茶を啜りながらくつろいでいた。

すると、

「失礼します」

と言う声がふすまの奥から響いた。

「ん?、なんだ?、

 またあの娘がなにか持ってこいって言ってきたか?」

ふすま越しに南野が訊ねると、

スッ

っとふすまが開くなりトレンチコート姿の男が居間に入ってきた。

「これは、魚組のえっとなんて言ったっけかな?」

南野は入ってきた男の名が咄嗟に浮かんで来なくて、

そのまま考え込むと、

「佐川だ」

と男は短めに答えた。

「おぉ、佐川君だ」

彼の声にハタと手を叩きながら南野がそう答えると、

「なにやら、小娘一匹に手こずっているようだが」

佐川はコートも脱がずに南野の前に座るとそうきり出した。

「ん?、別に魚組には関係ないだろう」

ムッとした表情で南野が佐川にそう答えると、

「さぁ、それはどうかな?

 今回の失態、藤堂様のお耳には言ったらなんて仰るか?」

佐川はイヤミたっぷりにそう言うと、

「………」

南野の顔が厳しくなった。

「…ふん、まぁいい…

 猫組の南野が乙姫と間違えて別の娘を連れてきてしまった。

 なんて言うような告げ口は私の方からはしないからな、

 まぁ、これを機にこのことには首は突っ込まないことだな」

佐川はそう言うと南野の部下が差し出したお茶を啜る。



PiPiPiポーン!!

PM6:00の時報がなる。

と同時に、

「よしっ、作戦開始!!」

外で待機していた猿島の部隊が一斉に南野の表札が掛かる住宅に接近していった。

ピンポーン!!

「はーぃ」

南野の部下がそう返事をしながら玄関に向かうと、

「毎度ありがとうございます。ピザ屋でーす」

と言う声が外から響いてきた。

「あれ?、ピザなんて頼んだっけ?」

彼は一瞬、疑問に思ったが、

しかし、

「あの女の子の注文かな?」

そう考えてドアを開けた途端、

ドコン!!

強烈なショックが彼を襲うとそのまま意識が消えてしまった。

ドサッ!!

崩れるようにして倒れる彼の身体を差し出された腕が支えると、

そのまま玄関脇に転がした。

「よしっ、突撃!!」

一人の合図にワラワラと黒い集団が住宅に入っていく、

「うわっ、何だお前ら!!」

廊下に響いた佐川の部下の叫び声に、

「何事だ!!」

佐川がすかさず声を上げた。

その途端、

バン!!

ふすまが蹴破られると、

迷彩服に身を包んだ男達が居間に侵入してきた。

「猿かっ」

南野は彼らが胸につけている猿のワッペンを見て、

テーブルの下に忍ばせてあったワルサーに手を伸ばしたが、

カシャッ!!

それよりも先に男達の銃口が彼の後頭部に突きつけられた。

「なっ!!」

廊下に転がる部下の姿に佐川が驚くと、

ゲシッ!!

小銃の柄が彼の頭部を直撃し、そのまま前に突っ伏せながら倒れた。

やがて上官らしい別の迷彩服の男がゆっくりと居間に入ってくると、

「…屋内は制圧しました」

部屋の中にいた迷彩服の男達はそう言いながら一斉に敬礼をした。

そして、その男は南野の前に立つと、

「これは、猫の方々…

 毎日毎日ご苦労様である。

 さて、早速ですまないが、

 今朝方、お前達が連れ去った娘は何処にいる?」

と彼に尋ねた。

「そんなことを知ってどうする?」

男をにらみ付けるようにして南野が聞き返すと、

「ふん、知れたこと、

 元々は我々猿島が先に唾を付けた物だ、

 だから、返して貰う」

と南野に向かって言った。

「なにをバカな…

 いいかっ、

 あの子はお前達が探している乙姫なんかでは…」

と南野が言っているとき、

ガァーーー

突然床の間が迫り上がると、

「ねぇ、頼んでいたピザまだ来ないの?」

と言いながら伊織が出てきた。

「わっバカッ!!」

彼女の姿を見た南野が声を上げる。

「へ?、なにこれ?」

部屋の異様な様子に伊織が呆気にとられていると、

「なるほど…地下室ってコトですか、

 いやぁ、猫は予算がありますなぁ」

と男は言うなり顎で部下に指示を出した。

その途端、

プスッ!!

一本の針が伊織の右腕に刺さった。

「あっ…」

ドサッ!!

まるで眠るようにして倒れる伊織、

「よしっ、

 乙姫を確保した、撤収!!」

それを確認した男はそう叫ぶと、

すかさず

ガン!!

佐川と同じように銃の柄で南野は殴り倒され、

そして彼らは伊織の身体を担いで夜の闇の中へと消えていった。



「あっマイっ!!

 ったくぅもぅ…」

巫女神家に夜莉子の声が響く、

「どうしたの?」

沙夜子が尋ねると、

「あいつ、また水の道を作りやがった!!」

と夜莉子は干上がってしまった泉を指さした。

「あらあら…」

「まったく…これではいつになったら鯉を放せるようになるんだか」

腕を組みながら夜莉子が文句を言うと、

「でも、マイちゃんも少しは上達したみたいね、ホラ」

そう言って沙夜子が指さした泉の底には小さな水たまりが残っていた。



ボゥ…

水城家の庭にある池が青白く輝いたと思った途端。

シュバァ!!

っと水柱が高く持ち上がった。

そして、

ザザザザザ…

水柱が崩れる音の中、

中から翠色の長い髪ときらきらと輝かせた鱗に覆われた尾鰭を持つ人魚が姿を現すと、

「(ぷはぁ)マイちゃん参上!!

 乙姫様ぁ…居ますかぁ!!」

と声を上げた。

しかし…

「…………」

明かりの消えた水城家からはなにも返事はなく、

ただ沈黙だけが返ってきた。

「あれ?

 …乙姫様ぁ?

 マイが来ましたが…」

パシャパシャ!!

人魚・マイはそう言いながら尾鰭で水面を叩いていると、

突如、

カッ!!

っと投光器が水城家を照らしだすと、

シュバババババババババ!!!

爆音と共に夜空に不気味なヘリの姿が浮かび上がった。

「キャッ!!(じゃぼん)」

それを見たマイは反射的に池の中に身を隠すと、

光の範囲はゆっくりと庭から隣の家の方へと動いて行った。

そして、

『あーっ、

 あーっ

 あーっ

 てすてすてす

 ただいまマイクのテスト中

 あーっ

 あーっ

(やかましい!!(げしっ))」

ヘリの拡声器がそのようなコトを告げた後、

『くおらっ!!

 さっさと伊織を返せ!!』

と言う怒鳴り声が拡声器を通して鳴り響いた。

「なっなんなのよ、コレぇ」

池の中でマイは頭を押させながら呟く、

「(げしっ)アホが、いきなり怒鳴ってもどうにもならんだろうが」

ヘリの中で真央を殴った海人が彼からマイクを奪うと、

「よこせ」

すかさず藤一郎が海人の手にあったマイクを取り上げ、

『猫に告ぐ、大人しく抵抗を止め、

 人質を速やかに解放せよ、

 お前達は我が犬塚の部隊に包囲されている。

 いま人質を解放すればお前らのしたことは目をつぶってやる』

と降伏勧告をすると、

それを聞いていた水姫が、

「ねぇ…進藤さんを返してくれる。

 って言っているんだからこんなコトをしなくても…」

と藤一郎に訊ねると、

「誘拐をした後で人質を返すから来いと言うのは

 どう考えてもおかしいですよ、水姫さん。

 それに、相手はあの猫です。

 なにをたくらんでいるのやら」

と答えた。

「そーそ、

 こういうことは藤一郎に任せておけ」

海人もそう言う。

「そーかなぁ…」

水姫が首を傾げていると、

「若っ、猫からは何も反応がありませんがっ」

操縦桿を握っているパイロットが藤一郎に報告した。

「なるほど…徹底抗戦か」

何の反応のない住宅の様子に藤一郎はそう言って頷くと、

おもむろに無線機のマイクを握ると、

「Piっ、

 藤一郎だ、最後通牒は無視された、

 犬塚特殊部隊っ、直ちに突撃、敵を殲滅せよ!!」

と命じた。

するとたちどころに

バババババババババ!!

数機の武装へりが姿を現すと次々と武装した特殊部隊員がヘリから降下し始めた。

「おっおいっ、

 伊織はどうなる!!」

その様子を見ていた真央は藤一郎の肩を鷲掴みにしながらそう訊ねると、

「大丈夫だ…我が犬塚の部隊にミスはない」

と豪語する。

「でも、相手が進藤を人質にしたらどうするんだ?」

そう海人が聞き返すと、

「そのときは…あっ」

何かに気づいた藤一郎は

ポン!!

と手を叩いた。

「伊織ぃ!!!」

ガラッ!!

そのやりとりを見ていた真央は一気にヘリのドアを開けると、

そのまま表へと飛び出していってしまった。

「……ねぇ、ココって空の上よね?」

水姫が指摘する間もなく、

「あのバカぁ」

海人が飛び出していった。

ヒュォォォォ…

夜の街の灯りの中に海人が躍り出ると、

先に落ちていく真央とその真下に池が目に入った。

「…よしっ

 あいつを使おう」

海人はそう判断すると

シュォォォン…

パシュン!!

右手に光玉を作るなり池にめがけて放った。

「はっ、

 力を使ってはダメッ、

 あの池は!!」

何かに気づいた水姫が声を上げた。

「へ?

 何ですか?」

池の中にいたマイは真上から落ちてくる光玉に目を奪われていた。

「んなっ!!

 なんで、あんな所に人魚が!!」

池の中に一人の人魚の姿を見つけた海人はそう叫んだが、

しかし、時遅く、

ドォォォォォン!!

シュボォォォォォッ!!

光玉が池を直撃すると猛烈な水柱を吹き上げると、

落ちていった真央を飲み込む。

その一方で、

「きゃぁぁぁぁ!!!」

水柱に吸い上げられたマイが柱から放り飛ばされた。

「おっと…」

タイミング良く、海人が放り飛ばされたマイを空中でキャッチすると、

「………」

マイはジッと海人を見つめ、

ひとこと、

「…あなたは…ひょっとして、竜王様でいらっしゃいますか?」

と尋ねた。

「いっ……ちっ違う!!」

海人は咄嗟に否定したが、

「うふふふ…

 だめですよぉ…

 マイにはちゃぁんと判りますっ

 だって、あなたからは人魚と同じ臭いがしますもの」

と囁くマイはいつもとは違う妖美な表情をしていた。

「(やばい)スグにコイツから離れないと…」

海人はマイを振り払おうとしたが、

しかし、彼女の両手が海人の首に絡みつき、

さらに尾鰭を脚に巻き付けていた。

「乙姫様よりも先に会えるなんて、

 なんて幸運なのかしら…」

そう囁くマイの唇が海人の頬に触れた。

ダラリ…

彼の背中に滝のような冷や汗が流れ落ちる。

”蛇に絡め取られた蛙”

いまの海人の状態はまさにそれだった。

「うふっ、そんなに怖がらなくても良いのよ、

 ねぇ竜王様…あたしに子を授けてください…」

肌を桜色に染めたマイはそう言いながら

手を下半身へと延ばした。

「うっうっうわぁぁぁぁぁ!!」

それを聞いた海人は叫びながらマイを振り切ろうとしたが、

「逃がさないわ」

マイは海人にしがみついた。

ギリッ

マイが握りしめる海人の両腕から血が流れる。

「水姫っ、助けてくれ!!」

海人がそう念じたとき、

「無礼者っ、下がれ!!」

その言葉と共に、

剣を持った人魚が上から降りてきた。

「なにっ」

その声に驚いたマイが上を見上げると、

ドン!!

強烈な力がマイを襲い、

瞬く間にマイを海人から引き離してしまった。

「きゃぁぁぁぁ!!」

ドボォォン!!

引き離されたマイはそのまま池へと落ちていく、

「海人っ、さっ早く戻って」

「あっあぁ…」

水姫に指図されるようにして海人はヘリへと戻ると、

フォン!!

水姫は池の側に降り、水面から顔を出したマイをにらみ付けた。

「そこの者…、

 竜王様への無礼、到底許せるものではないっ

 この竜王様をお守りするこの閖が竜王様に代わり成敗するっ

 覚悟!!」

水姫はマイにそう告げると剣を高く振り上げた。

ブン

剣先が赤く染まっていく、

「ちょちょっと待って…

 あっあれは…

 その…出来心で…」

マイはそう言い訳したが、

「問答無用!!

 成敗っ!!!」

水姫はそう叫ぶと錫杖を一気に振り下ろした。

「きゃぁぁぁぁぁ!!!」

マイの悲鳴が夜空に響いた。



「!!」

何かに気づいた乙姫が振り返ると、

「どうかしましたか?」

抑えめのクラシック音楽が流れるなか、

メニューを見ていた恵之が訊ねると、

「いえっ…

 気のせいですね」

と乙姫は笑顔で答えた。

「はははは…

 こういうところは逆に落ち着きませんかな?」

笑いながら恵之が訊ねると、

「どっちかと言えば、乙姫様よりも

 おねぇちゃんの方がそうじゃないかな?」

と香奈が言った。

「こっこらっ、

 なんて事を言うんだ!!」

顔を真っ赤にして櫂が言うと、

「でも、おねぇちゃんも大胆ねぇ…」

と感心したように香奈が言う、

すると櫂は

「なっ、これはお前が着ろって言ったから着たんじゃないか」

と深紅のドレス調の服を指さして言った。

「ははははは…」

恵之は笑うと、

「で、なににするかは決まったかな?」

と尋ねた。



「私だ…」

忠義は掛かってきた携帯電話を取ると、

『あっ、幻光様っ

 お喜びくださいっ

 乙姫を無事奪還したました』

と言う威勢のいい声が響いた。

「なに?、それは本当か?」

確認するようにして忠義が聞き返すと、

『はっ、本日18:00

 我が部隊は猫を奇襲し、

 乙姫を無事奪還しました』

と忠義に告げた。

「よしっ、

 判った。

 では手筈通りの場所に行け、
 
 私もスグに行く」

忠義はそう告げると、電話を切った。

「ふっ、ついに手に入れたか」

そう呟きながら笑みをこぼす忠義を見て、

「あら、どこからの電話?」

と雪乃が尋ねた。

「え?…あぁ」

我に返った忠義が前を見ると、

雪乃の末弟の健三郎と妻の加代子が彼を見つめていた。

「あっ、いえっ

 ちょっと連絡がありまして…

 あっでは奥様、

 つもる話もあると思いますから、

 私は少々席を外されて貰います」

忠義はそう告げると脇に置いてあった”黒潮丸”が入った包みを手に取ると、

それが雪乃に見つけられないように、

黒潮丸を巧みに隠すとそそくさと部屋の外に出ていってしまった。

「申し訳ありません、奥様っ

 乙姫は必ず連れて参りますから」

玄関先で忠義はそう言って頭を下げると、

待たせてあったベ○ツに乗り込んだ。



つづく


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