風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第12話:水姫危機一髪!!】

作・風祭玲

Vol.239





水姫が黒潮丸に絡め取られていたとき、

「いよぉっ、

 くぉのっ!!」

立入禁止にされたショッピングセンターの屋上では

幻光忠義は渾身の力を込めて黒潮丸を引いていた。

「おぉ…この引き…いいぞいいぞ!!」

恍惚とした笑みを浮かべつつ忠義は黒潮丸を引く、

「なぁ…」

「なんだ?」

その様子を見ていた側近の一人が隣の者に声を掛けた。

「事情を知らない者が見たら…

 幻光様のアレ…なんて言うかなぁ」

そう言いながら忠義を指さすと、

「さぁな…

 隠し芸か何かの練習に見えるかもな」

と肩を窄めながら答えた。

「お前もそう思うか…」

「まぁここが大通りの真ん中でなくて良かったよ」

「あぁ…」

二人はそう言い合いながら忠義のパフォーマンス(?)を眺めていた。

すると

ビン!!!

あれだけ撓っていた黒潮丸が突如直立すると、

「うわぁぁぁぁ」

ドタタタ!!

ドタン!!

その悲鳴を残して忠義の身体は派手にひっくり返ると、

そのまま2・3回転して機械室の壁に激突した。

「たっ、忠義さまぁ!!」

その様子を見ていた二人は慌てふためいてひっくり返った忠義の元へと駆けつけていく、

「イタタタ…」

「大丈夫ですか?」

「くっそう、糸を切られた!!」

忠義は心配する側近にそう文句を言いながら起きあがった。

壁にぶつかったときに額を切ったのか、

ダラリ

と鮮血が彼の頬を伝っていく、

「い…と、ですか?」

側近達は合点のいかないような声を上げると、

「あぁ…見えないが、この黒潮丸からは釣り糸が出ていた。

 それが、突然切られたんだ

 どうなってんだ?」

ドン!!

悔しそうに忠義が床を拳で殴っていると、

「たっ大変です!!」

と叫びながら迷彩服の男が戻ってきた。

「何事だ!!」

「人魚は捕まえてきたのか!!」

側近達が怒鳴り声を上げた。

「ハッ」

カツン!!

迷彩服の男はその場で直立不動になると、

「この建物の下で、人魚らしき者共を発見、

 早速取り押さえに参りましたところ、

 突如”猫”が急襲!!

 我が部隊を蹴散らして、

 人魚を奪っていきました!!」

と報告をした。

「ぬわんだとぉ!!」

その報告にスグに反応したのは他ならない忠義であった。

「バカモン!!!!!!!

 お前ら、まんまとドラ猫に魚をもって行かれたと言うのか!!」

普段は感情をあまりだなさい忠義が烈火の如く怒ると、

「申し訳ありません!!」

迷彩服の男は謝るとただ頭を下げた。

「忠義様…

 とにかくスグに追いかけましょう」

側近達はそう提案すると、

「判っているっ、

 スグにこの場を撤収だ!!」

と叫びながら屋上を後にした。



「ったくぅ…なんでオレが謝らなければならないんだ?

 絶対あやまらねぇーからな…」

と真央がブツブツ文句を言いながら歩いてくると、

先で瑞樹や海人たちがなにやら騒いでいる様子が目に入ってきた。

「…なにやってんだ?、彼奴ら…」

真央はそう思いながら、

「おーぃ、

 お前ら、そこで何をやってんだ?

 遅刻するぞ!!」

と声を上げて近寄っていくと、

「あっ、早川君っ

 大変だ!!

 伊織が…

 伊織が連れ去られた!!」

と叫びながら瑞樹が声を上げた。

「……進藤が…連れ去られた?

 ははぁん…

 わかったぞ、そう言って俺を嵌める気か?

 くおらっ、

 進藤っ、

 姑息なことをしないでちゃんと謝りに来いっ

 さっきのことは水に流してやるから!!」

と真央が叫んだが、

「ちっ違うのよ」

水姫がコトの詳細を説明した。



「んなにぃっ!!

 進藤が車に押し込められて連れ去られたってぇ!!」

朝の街に真央の怒鳴り声が響いた。

「うん、だから、

 スグに警察に行って…」

瑞樹がそう言うと、

「おいっ笹島っ、

 お前はそれを黙ってみていたのか?」

真央がいきなり瑞樹の胸ぐらを掴み上げると、

「だっだって、

 突然のことだったんだもん

 僕もどうしていいか判らなかったんだ」

と叫ぶと、

「えぇいっ」

真央は左右を確かめると、

「で、車はどっちに行った!!」

と水姫に聞いた。

「あっあっち…」

真央の迫力に押されるように瑞樹は車が走り去った方を指さすと、

「よしっあっちか!!!」

その言葉を残して脱兎の如く真央は走っていった。

「おっ追い待てよ」

その後を追って海人が走っていく、

「あっ、ちょっと早川君に海人ぉ…」

走っていった二人を呼び止めようと水姫が叫んでいると、

「水姫さんでありませんか、どうかなされましたか?」

「え?」

その言葉に水姫が振り向くと、

一台の車が瑞樹の傍に停車し

その中から犬塚藤一郎がさわやかな笑顔を送っていた。

「あっ藤一郎!!」

「何かあったんでしょうか?」

走っていく海人の後ろ姿を確かめるようにして訊ねると、

「大変なのよっ、

 たったいまココでC組の進藤さんが変な車に攫われたのよっ」

と事情を説明した。

「攫われた?

 警察には届けたのですか?」

藤一郎が水姫に聞き返すと、

「ううん、これから行くところだけど、

 でも、まだそんなに時間が経っていないから、

 ねぇ藤一郎、
 
 その車で追いかけること出来ない?」

と水姫は藤一郎に頼み込んだ。

「わっ判りました。

 でも、その前に警察に連絡をした方がいいですね」

藤一郎はそう言いながら運転手に110番をかけるように指示を出したとき、

「あのぅ…これ犯人が落としたものじゃないかな?」

と言いながら瑞樹が一個のバッチを差し出した。

そのバッジには千両箱に左脚を掛け、

そして、右手を上に持ち上げ手招きをしている猫の絵が描かれていた。

「…右手招き猫!!

 これは!!」

それを見た藤一郎の表情が強ばった。

「そう言えば、

 ”猫”がどうしたこうしたって言っていたわね」

記憶をたぐりながら水姫が言うと、

「水姫さん、”猫”…本当に”猫”って言ったんですね」

と藤一郎は確かめるようにして尋ねた。

「うん、それは僕も聞いたよ」

瑞樹が相づちを打ちながらそう言った。

Piっ

すかさず藤一郎は携帯電話を開くと、

「藤一郎だ、

 哨戒中の各部隊に次ぐ、

 本日07:50、

 ”猫”によるものと見られる要人誘拐事件が発生。

 各部隊は直ちに犯行グループの捕捉に当たれ」

と指令を発した。

『了解!!』

ギュォォォォン!!

バババババババ!!

それを受けてたちまち犬塚私設空軍並びに特殊部隊の武装へりが天ヶ丘上空に姿を現した。

「ははは…

 ご安心ください、

 この犬塚藤一郎が総力を挙げて犯人グループを追いつめて見せます」

と胸を張って水姫に告げた。

「あっありがとう

(やっぱり警察の方が良かったかなぁ)」

水姫は礼を言いつつも藤一郎に相談したことを後悔していた。



ゴワァァァァァ…

一方、伊織を攫ったワゴン車は一路西に向けて国道をつっぱしていた。

薬品で眠らされたのか、

伊織は頭から毛布を被せられたままグッタリとしていた。

「おいっ、で、これからどうするんだ」

運転席でハンドルを握る男が助手席の男に訊ねると、

「どうするって、

 お前、何も考えていないのか?」

助手席の男は驚きながら聞き返した。

「何を言ってんだ、

 俺はお前に何か策があると思って行動を起こしたんだぞ」

運転席の男が声を上げると、

「あっ、お前、

 俺に責任をなすりつける気か」

途端に助手席の男が怒り始めた。

「なすりつけるって、

 お前が俺に命令しただろが!!」

今度は運転席の男が怒鳴り声を上げた。

その勢いで、

ギャッギャッギャッ

たちまちワゴン車は蛇行運転を始めると、

ファファファファファ!!

対向車線を走ってきた大型トレーラーが盛んにクラクションを鳴らして迫ってきた。

「うわっ、前!前!前!!」

助手席の男が前方を指さしながら悲鳴を上げると、

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

ギャギャギャ!!

ワゴン車はトレーラーの側面を擦るような感じですれ違っていった。

ゼハァ…

ゼハァ…

「…ダメかと思った」

必死の思いでトレーラーとすれ違った二人は

お互い涙と鼻水を溢れさせながら肩で息をする。

すると、

「うっうぅぅぅん…」

後部座席の伊織がうめき声を上げるのをと聞いた二人は、

「とっとにかく…

 秘密基地に運ぼう…」

「異議なし!!」

そう言って頷いた。



ブォォォン…

その国道を少し遅れて忠義が乗ったベ○ツを先頭にして猿島の部隊が移動していく、

「えぇいっ、まだ見つからんのかっ」

いらだつ忠義を見かねた側近は

「忠義様っ

 いっそ、お屋敷の方に連絡して、

 戦略空軍を出して貰っては」

と提案をすると、

「バカモン!!

 そんなことをして見ろ、

 奥様に私のミスがばれて仕舞うではないか」

と一蹴した。

「良いか、あくまでも隠密にコトを進めるのだ」

そう言うと腕を組んだ。

すると、その真上を、

ババババババババババ…

超低空で”犬”のマークをつけた武装ヘリが

まるで走行する車両を一台一台チェックするかの如く併走してきた。

「なっ、犬塚だとぉ」

ヘリに驚いた忠義は身を乗り出すかのように驚いた。

「どういうことだ?

 なんで、犬が出てくるのだ?」

座り直した忠義は自問自答を始め出す。

「おいっ、どういうことだ?」

「警察なら可能性もあるが、

 しかし犬が出てくるなんて…」

側近達も唖然としながら飛行する武装へりを眺めていた。

やがて武装へりは国道から離れると北の方へと向きを変えていった。

「助かったのか?」

「さぁ?」

側近は唖然としながら顔を見合わせていた。



パシャパシャパシャ…

ピコンピコン

都立天ヶ丘高校、

その校庭や屋上には複数のパラボラアンテナが空を睨むと、

アンテナから伸びたおびただしいケーブルが校内を這い、

それらは全て2年B組へと引き込まれていた。

そして、その教室の中では急遽誂えた藤一郎の作戦本部に次々と情報が集まっていた。

ウォォォォン!!

情報処理用のコンピュータ群が唸りをあげるなか

「水姫さん、これを見てください」

そう言って藤一郎が水姫の前に差し出したのは、

カラープリンターから吐き出されたばかりの一枚の写真だった。

「これは?」

水姫が訊ねると、

「本日、07:40に我が犬塚が誇る、

 静止偵察衛星・パピオン3号aが

 赤道上空3万6千キロより撮影した天ヶ丘ショッピングセンターの画像です」

と説明した。

「うわぁぁぁぁ、凄い、僕たちが写っている」

瑞樹はクッキリと撮影されている自分の姿に盛んに関心をする。

ちなみにコレは極軌道衛星・プードル213号の画像です。

「はぁ…何か凄いのね…」

2枚の写真を見ながら水姫は驚くと、

「はははは…

 この程度で驚いてはいけません。

 その気になれば火星に置いたマンガ雑誌を読むことも可能ですよ」

と犬塚は言うと胸を張った。

「…これって丁度、進藤さんが攫われる所ですね」

プードル213号が撮影した画像を見ながら水姫が言うと、

「うぅ…何か僕の写り方が変…」

瑞樹はその時の自分の姿に涙を流した。

「しかし、海人ったら…何をやっているの」

水姫が呆れたような顔をする。

そう、写真には衛星に向かってVサインをする海人の姿があった。

「全く、葵のヤツ、

 こんな余裕があるのなら進藤さんを守るべきだったんじゃないのか、

 で、水姫さん、

 ただいま、コレに写っている車の車種とナンバーで捜査していますので、

 もぅ間もなく何かの手がかりが掴めると思います」

そう藤一郎が告げると、

「ありがとう、藤一郎」

水姫はそうお礼を言うと彼の手を握った。

にっかぁぁぁぁぁっ

藤一郎の顔が満面の笑みで埋もれていく。



「おいっ、そろそろ授業なのだが…」

「しーーーーーぃっ」

廊下では物理的に教室に入れないB組の面々と

好奇心旺盛の他クラスの者達が人だかりを作っていて、

その後で、1時限目の教師がそう言ったが、

しかし、彼が教室に入ることはもはや叶わぬ夢になっていた。



その頃、水無月高校では

ガラッ!!

「グッドモーニン…」

と言いながら白系のスーツに身を包んだミールが2−Dに入ってきた。

「あれ?、ミール先生…」

彼女の姿を見た男子生徒が声を上げる。

すると、

「先生、もぅ身体は良いんですか?」

「難産だったと聞いていますが」

「赤ちゃんの写真見せて」

と言う声が教室内のあちらこちらから挙がった。

「ちょちょちょっと、なにそれ?」

呆気にとられたミールが逆に訊ねると、

「え?、だって先生、産休だったんでしょう?」

っと前の席に座っていた女子生徒がミールに言った。

「はぁ?

 あのね、まだ結婚もしていないあたしが

 なんで産休を取らなくっちゃならないの?」

そうミールが反論をすると、

「え?、違うの?」

と教室中の生徒が一斉に聞き返した。

しかし、この流れに乗れない生徒が一人居た。

そう、乙姫こと、湊姫子である。

「あのぅ…どういうことなんでしょうか?」

恐る恐る姫子が櫂に訊ねると、

「あっそうか、乙姫様が来る前にミール先生学校を休んでいたんだっけ」

と思い出すようにして櫂は乙姫に言う、

「あのね、あたしが休んでいたのは、

 ちょっと体を壊していたからであって、

 その産休なんかじゃありませんよ」

そう説明するようにしてミールが言うと、

「じゃぁ、何だったんですか?」

と言う声が挙がった。

「(ぎくっ)まぁ、終わったことだから良いじゃないですか、

 はい、教科書を開いて…リッスン…」

と言って授業を始めた。

そして、教室内を眺めながら姫子を見つけると、

『…なるほど…彼女が乙姫ね…

 で、水竜の騎士は女の子になちゃったか…

 それにしても、色々と騒ぎがあったようだけど、

 にもかかわらず何事もなかったような顔をしているここの連中ってタフねぇ…』

とあれだけの大騒ぎがあったにもかかわらず、

普段と変わらない2−D内の様子にミールはしきりに関心をしていた。



国道から外れたワゴン車はそのまま駅前通りを突き進むと、

住宅地にある一軒の民家の前に停車した。

外見は首都圏近郊にあるごくありふれた建て売り住宅なのだが、

しかし、こここそ、

猫柳家・南関東方面軍司令部兼・秘密基地だったのだ。

「何事だ!!」

その住宅の地下にある司令室に入ってきた二人に、

猫柳青年探偵団・猫組隊長代理・南野洋介が声を上げた。

「隊長代理、申し訳ありません、

 実はかねてから内偵中だった天ヶ丘のターゲットでしたが、

 本日・07:40、

 コトもあろうに猿がターゲットを急襲、

 で、仕方なく猿の手に落ちる前に捕獲してきました」

と告げた。

「捕獲?」

その言葉に南野が聞き返すと

「はっ」

ヨイショっ

と返事をしながら男達は毛布にくるまれた伊織を運んできた。

「ばっバカモン!!」

途端に南野の怒鳴り声が鳴り響いた。

「忘れたのか、我々はターゲットを観察して乙姫の動向を探るのが目的なのだ、

 それが、誘拐してくるなんて…

 藤堂様にどう報告をすればいいのだ」

と声を荒げた。

「もっ申し訳ありません、

 我々もそう思ったのですが、

 何しろ、突然の猿の急襲に…」

と男達は言い訳めいたことを言うと、

「あぁ…猿が乙姫に手を出してきたのは承知しておる」

南野は苦々しい顔をしながら

「さて、困ったものだな…」

そう言いながら南野が伊織を見下ろしていると、

「…うぅ…」

毛布の中で眠らされていた伊織が目を覚ました。

「むうぅっ」

バタバタ!!

伊織は手をばたつかせながらバッっと毛布をはぎ取ると、

プハァ!!

っと顔を出す。

そして、

「あれ?

 ココ何処?」

と記憶にない周囲の環境に驚いた。

しかし、それ以上に驚いたのは南野以下の面々だった。

「おっおいっ

 ターゲットとは違うじゃないか!!」

伊織を水姫の写真と見比べながら南野が怒鳴ると、

「あっあれぇ…何処で間違えちゃったのかな?」

直接伊織を拉致してきた男が頭をかきながら首を捻った。

「お前、間違えたのか!!」

車を運転してきた男が声を上げると、

「いやぁはははは…

 急いでいたし、それに俺、目が悪いから」

と男は愛想笑いをする。

「くぉのボケ!!」

指令室に怒鳴り声が響いた。



「…で、

 おじさん達…なんなのよっ

 何であたしはこんな所にいるの?」

状況をつかみきれない伊織はそう言うと、

部屋の様子を探りはじめた。

そして、伊織が

ハッ

とした表情をすると

「ひょっとしてあたし…誘拐されちゃったの?」

と呟くなり、

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」

大声を思いっきり張り上げた。

「………」

南野達3人は耳を塞いで堪える。

すると、

ズドドドドドド!!

何かが部屋に迫ってくる音がして来たと思った途端、

バン!!

ドアが激しく開かれると、

「何事ですっ、南野隊長代理っ」

と叫びながら重武装した男が乱入してくるなり、

カシャッ!!

銃口を伊織に突きつけた。

「ひぃぃぃぃぃ」

それを見た伊織の顔がたちまち青ざめる。



カチっ

ポッ

気を落ち着かせるように南野はたばこを口にくわえると紫煙を上げた。

そして、

「悪いね、お嬢さん…

 どうも私の部下が間違えて君を連れてきたしまったみたいだ。

 しかし、

 我々の顔を見てしまった以上このまま返すわけには行かないのだが…

 まぁ今回は特例として…」

と南野が伊織に告げた途端、

伊織はキッと南野をにらみ付けると、

「おじさんっ

 これからあたしの家に身代金を要求するんでしょう?」

と叫んだ。

「…いや…そうじゃなくて…

 君は解…放…」

南野はそう言おうとしたが、

しかし、

「わかったわっ、

 あたし…捕らわれたちゃたのね?

 そうでしょう?

 それならさっ、

 あたしの身代金はウチじゃなくて真央のヤツに請求してくれない?

 早川真央ってヤツ…

 あっ、そうか、

 おじさん達、真央の電話番号知らないんだっけ、

 ちょっと間ってて…

 えっとねっ…

 ちゃんと控えといてよ、

 一回しか言わないから、

 090−XXX−XXXX

 そこに電話をかけて、ちゃんとあたしを誘拐していることを言うのよっ

 さて、真央のヤツ…あたしが誘拐されたのを知って、

 どうするか見せてもらおうじゃないの!!」

と伊織は一方的に言うと、

ドカッと南野の座席に座り込んだ。

そして、

「ねぇ、おじさん、

 喉が渇いたんだけど、

 何か飲み物出してくれないの?」

と伊織は呆然と立っている南野に命令をした。

「おいっ、なんかやっかいなヤツを抱えたんじゃないのか?」

「はぁ…」

南野以下4人は伊織を指さしつつそう囁き合う。



ゼハァ

ゼハァ

午後2時過ぎ…

肩で息をしながら海人は頭に瘤を膨らませたて気絶している真央を担いで

天ヶ丘高校に登校してきた。

「…全く…このバカ、

 フルマラソンを2本、立て続けに走る気だったのか」

そう文句を言いながら校門をくぐった途端。

「ぬわんじゃぁ、これは!!」

っと林立するパラボラアンテナをみて叫んだ。

「うひゃぁぁぁっ、どーなってんの?」

真央は校内を我が物顔で這い回るケーブル類を横目で見つつ2年B組のドアを開けると、

「え゛?」

教室内の様子が一変していることに驚いた。

「あっ、海人、お疲れさま」

彼の姿を見て水姫が駆け寄ってきた。

「なっなんなんだ?

 これは…」

まるでウル○ラマンに出てくる基地の司令部のような佇まいに、

海人はただ呆れかえっていた。

「で、どうだった?

 何か手がかりは掴めたの?」

水姫がそう訊ねると、

「それよりも、コレは何だ?」

と海人は教室を指さすと、

「なんだ、葵っ

 犬塚・簡易作戦司令部に何か文句があるのか?」

そう言いながら藤一郎が海人に詰め寄った。

「いっ、いや…

 ただ、担任の許可を得ているのかって心配になってな」

海人がそう返事をすると、

「ふっ、なに言うかと思えば、

 そんなことか…

 女子生徒の生命が脅かされているこの非常事態に

 いちいち教職員の許可なんぞ待っていられるか、

 そのようなものは事後承諾で十分だし、

 校則に禁止規定はない」

と藤一郎はそう断言すると、クルリと背中を向けた。

「だって、海人…」

藤一郎の後ろ姿を横目で見ながら水姫が言うと、

「…そう言うもんかねぇ…」

海人はやや呆れた視線で藤一郎を眺めながら、

「で、なんで、彼奴がしゃしゃり出てきて居るんだ?」

と水姫に訊ねると、

タラリ…

笑顔を作る水姫の頬に一粒の冷や汗が流れた。



「えぇいっ

 まだ、見つからないのかっ」

木陰に停車しているベ○ツの中で

忠義のいらだちはピークに達していた。

「申し訳ありませんっ、

 この近所で不振なワゴン車が目撃したと言う情報がありましたので、

 重点的に探しているのですが」

そう側近が答えると、

「だから、いつまで掛かっているのだ!!

 もぅすぐ夕方になるぞ!!」

と忠義は苛立ったような声を上げる。

確かに、日は西に傾き、

西日が街を照らしていた。

「仕方がない、ではもぅ一回黒潮丸を使うか」

と言いながら忠義が黒潮丸を取り出した時、

コロロロロロロロ…

車の電話が鳴り響いた。

「はいっ」

スグに側近の一人が電話をとると、

「幻光様…お電話です」

と言って受話器を忠義に手渡した。

「誰だ、こんな時に、非常識なっ」

文句を言いながら忠義が受話器を取ると、

「はいっ、幻光…」

とそこまで言ったところで、

サァー

っと彼の顔色が一気に変わった。

「あっあぁ…コレは奥様!!」

そう返事をしながらいつもの癖で忠義は勢いよく立ち上がった。

その直後、

グワン!!

忠義の頭を車の天井が直撃した。

「………」

悲鳴を上げず、ひたすら痛みに耐えている忠義の姿を見て、

「プッ」

側近の二人は小さく吹き出した。

『もしもし…

 忠義っ

 どうしたの?』

手にした受話器から雪乃の声が響く、

「…はぁ…奥様申し訳ありません、

 ちょっとアクシデントがありまして』

頭を押さえなながらそう返事をすると、

「えぇっ!!

 奥様…こちらに来ていらっしゃるのですか!!」

と忠義は大声を上げた。

『…そうよ、

 ちょっと、加代子さんに会ってみようと思いましてね、

 で、忠義っ、

 今すぐ、黒潮丸をあたしの所に持ってきなさい』

と雪乃は忠義に命令すると電話を切ってしまった。

「もっもしもーしっ」

受話器にすがりつくようにして忠義は呼びかけたが

しかし、雪乃からの返事は返ってこなかった。

「幻光様、如何なさいますか?、

 奥様の位置は把握していますが」

運転席に設置された液晶ディスプレイを眺めながら側近が訊ねると、

「えぇぃっ、仕方があるまいっ

 奥様が来いと言う以上行かなくてはあるまい」

ドカッ

っと後部座席に腰を据えた忠義は不機嫌そうな顔をしながら

雪乃の指示に従う事を告げると、

ザザザザ…

忠義を乗せたベ○ツは静かに発進した。



「ただいまぁ…」

と言いながら櫂と乙姫が学校から帰ってくると、

「あら、今日は早かったのね」

と綾乃は返ってきた二人にそう声を掛けた。

「仕方がないだろう…

 ウチには女子のサッカー部は無いんだから」

と櫂はふてくされながら答えると、

「あらあら…」

綾乃はちょっと笑いながら返事をした。

「あれ、それは何ですか?」

ふと乙姫が綾乃が持っている手提げ袋に気がつくと、

「あぁ、コレ?

 お父さんのお土産よ、

 これからご近所を回ろうと思ってね」

綾乃は乙姫にそう言うと手提げ袋を掲げて見せた。



「ふぅ…」

何とか伊織のご機嫌を取った南野は地上部の居間で一服をしていると、

ピンポーン!!

っと呼び鈴が鳴った。

「はぁ?、誰だ?」

南野は立ち上がると真っ直ぐ玄関へと向かう、

「どなた?」

玄関の内側から訊ねると、

「こんにちわ、水城です」

と綾乃の声。

「お隣さんか…」

と思いつつ南野はささっと作家風に自分の姿を整えると

カチャッ

と玄関のドアを開け、

「あぁ、どうも」

と愛想良く笑みを作った。

「お忙しいとところ、申し訳ありません」

綾乃は頭を下げると、

「実は昨日主人が帰ってきまして、それで…」

と言いながら恵之の土産を取り出した。

そのとき、綾乃の後ろで紙袋を持っている女子学生の姿が南野の目に留まった。

「おやっ、そちらのお嬢さんは?」

のぞき込むようにして南野が訊ねると、

「あぁ、うちの姪でして、

 ご両親が海外旅行に行っているのでその間ちょっと預かっているのです」

と説明すると、

「…湊姫子です」

と乙姫は頭を下げた。

「おぉ、コレはコレは…」

つられるようにして南野も頭を下げる。

「南野さんって小説家なんですか?」

と姫子が訊ねると、

「いやぁ、ははははは

 相変わらず売れないですけどね」

そう南野が返事をする。

「じゃぁ、今度本屋さんで探してみますわ」

と笑みを浮かべながら姫子が言うと、

「ぜひ、買って読んでくださいね

 では、わざわざ、ありがとうございました」

お土産を受け取った南野はそう返事をするとドアを閉めた。

そして、

「はぁ…下の娘もあれだけ物わかりが良ければなぁ…」

と呟きながら戻って行く。



運命とは皮肉なモノである、

彼らが血眼で探している乙姫がまさか目の前に立っていたなんて…

そして、

まさか、猫柳の秘密基地と水城家がお隣さん同士だったとは…



「こちら、捜索隊っ

 捜索中の”猫”を発見!!

 どうやら手前の建物内に乙姫が居る模様」

「了解、直ちに本隊を派遣する。

 合流次第、襲撃せよ」

「了解!!」



つづく


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