風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第11話:黒潮丸】

作・風祭玲

Vol.238





「櫂さぁ〜ん」

「あっ、乙姫様…」

櫂が乙姫と再び出会ったのは夕方、

帰宅客でごった返す駅の改札口を出た時だった。

「…では、姫様…」

彼女を警護していた黒スーツ姿の女性がそう告げて下がると、

「助さんも、格さんも苦労様でした」

乙姫はそう挨拶をして女性達に頭を下げた。

「助さん?、格さん?」

彼女の言葉に櫂が首を捻りながら訊ねると、

「えぇ…陸ではガーディアンをそう呼ぶのでしょう?

 ほらっ、この間テレビではそう言っていましたよ」

っと乙姫は人差し指を顎に当てながら答えると、

「おいおい……それは水戸○門だよ」

櫂は心の中でそう突っ込んだがあえて言葉にはしなかった。

「…竜宮に行ってらしたのですか…

 で、なにか判りましたか?」

日が暮れた商店街を自転車を押しながら櫂が乙姫に訊ねると、

「えぇ…」

途端に乙姫の表情は暗くなり、

「…櫂さんを男の人の身体に戻すには、

 魂の力を回復させてあげればいいのですが…

 ただ、その方法を竜宮でいくら調べてみても見つからないのです」

とすまなそうに言った。

「…そうですか…」

茜から紫掛始めた空を眺めながらそう答えると、

「だからといって、希望を失わないでください。

 櫂さんを元の男の人に戻す方法は必ず見つけますから」

櫂の前に回り込んだ乙姫はそう力強く力説すると、

「え?」

櫂はその言葉に一瞬、キョトンとした。

「あっ、わたしとしたことが…」

それを見た乙姫はハッとすると顔を紅くすると、

「ありがとうございます、乙姫様…

 まぁ…

 別に今日・明日中に何とかしなければならない。

 という問題では無いのですから…」

と櫂は余裕がある言い方をしたが、

「でも、長い間女性で居ると、

 身体にそれが染みついてしまって

 男に戻ったときに問題が出なければいいのですが…」

と乙姫は声を小さめにして告げた。

「長い間、女で…(ぎくっ)」

その言葉を聞いた櫂は朝方あれほど違和感があったはずのブラジャーが、

いつの間にか身体になじんでいることに気づくと背筋に冷たいものが走った。

「…人間と人魚の生活が問題なく出来ているから気にしていなかったけど、

 でも、確かに…このままではヤバイかも…」

そう考え始めた櫂の脳裏には男に戻っても、

女の癖を出して恥をかく自分の姿が映っていた。

するとすかさず乙姫の手を握りしめ、

「乙姫様…とにかく慌てず、焦らず、大急ぎで探しましょう」

っと真顔で告げた。

「はっはぁ…」

そんな櫂の姿を見て乙姫の目は点になっていた。

「あっ、お兄…じゃなかったお姉ちゃん、そんなところで何をしているの!!」

突然、妹の香奈の声が響くと

「わたたっ」

櫂は慌てふためきながら乙姫の手を放すと

何事もなかったような素振りで周囲を探した。

すると、

「いっけないんだ、女の子同士でそんなことをして…

 そう言うことは彼氏とするものよ」

と言いながら、香奈が闇の中から姿を現した。

「なっなんだよっ、香奈っ

 急に脅かすなよ!!」

妹の姿を見つけた櫂が文句を言うと、

「なに言ってんのよ、

 二人が帰ってくるのがあまり遅いんで、

 なにか”間違い”があったのでは…

 って父さんが心配しているからこうして探しに来たのよ」

と香奈が説明した。

「”間違い”って…あのな…」

そう櫂が言ったところで、

「え?、父さんが帰ってきているの?」

とそれに気づいた櫂は驚く様な声を上げた。



「おうっ、櫂っ

 しばらく見ないウチにすっかり変わったなぁ」

自宅に戻った櫂を居間で迎えたのは父親の恵之だった。

「父さん…いつ帰ってきたの?」

驚きながら櫂が訊ねると、

「なぁに、今日の午後成田に着いたんだぞぉ」

すっかり出来上がっていた恵之は真っ赤な顔をしてそう答えた。

恵之はここ数ヶ月ほど海外出張に赴いていて、

ずっと家を留守にしていたのであった。

「いやぁ、それにしてもすっかり女らしくなっちゃって…

 櫂は母さん似かな?

 どうだ、父さんと一緒にお風呂に…」

と恵之がシャツを脱ぐ振りをしながらそう言った途端、

シュン!!

彼の顔面の傍を何かが高速で通過していくと、

スコンッ!!

っと奥の壁に突き刺さった。

カラン…

キッチンと居間を分ける玉暖簾が微かに音を立てる。

「………」

恵之は頭を動かさずにそっと壁の方に視線だけを移動させると、

ある物体が壁に突き刺さっているのが視界に入った。

「!!」

それを見た恵之の顔から赤みが見る見る引いて行き、

それどころかさらに青ざめてしまった。

「あらあら…

 ごめんなさぁい、

 ちょっと手が滑っちゃって」

と言いながら綾乃がキッチンから出てくると、

「もぅあなたったら…、

 そんな悪ふざけはしないの!!」

と続け、壁に突き刺さった刺身包丁を一気に引き抜いた。

「…流石は母さんねぇ…、

 あたし、間違いなく狙ったと思うわ」

櫂の横に立っていた香奈はそう小声で言うと、

コクン

櫂は何も言わず頷きながら、

「そういや、母さんって…

 竜宮の中では一番の剣の使い手だったって

 乙姫様から聞いたけど…

 それにしても、よく父さんは母さんを射止めたなぁ…」

と感心していた。



「さてと…」

パンパン

気を取り直した恵之はズボンの埃を叩くと、

乙姫の前に立ち、

「乙姫様っ、我が家へお越し頂き、光栄でございます」

と言いながら右手を胸に当てて頭を下げた。

「あっいえそんな…

 …私の方こそ竜宮の中では出来ない貴重な経験が出来て

 お礼を言わねばなりません」

乙姫はそう言うと、

「あっなんともったいないお言葉を…

 ただ、竜宮へお戻りになったのなら、

 ここには戻らなかった方が安全なのでは…

 あなた様を狙って妙な動きをし始めた連中が出てきますが」

そう恵之が訊ねると、

「いえ、そう言うわけには行きません、

 櫂さんのコトもありますし…」

と乙姫は櫂の方に視線を送りながら答えた。

すると、恵之は

「あぁ、櫂についてはご心配なく、

 このまま、ここから嫁に出すことにしましたので」

とあっさりと答えた。

「とっ父さんっ、何を言い出すんだ!!」

それを聞いた櫂が声を上げると、

「あなたっ、何を言って居るんですかっ」

と叫びながら包丁を持った綾乃が飛び出してきた。

「わっわっ、母さん…その包丁は止めなさい」

その姿を見た恵之は慌てて引き下がった。

すると、乙姫は

「ご忠告、ありがとうございます。

 でも、今回私が陸に来たのは

 無論、櫂さんのコトもありますが、

 でも、何よりも私の手で竜王様を探し出して、

 そして竜宮にお連れしたいのです」

と凛とした表情で答えた。

「…………」

その姿を見た綾乃と恵之は顔を見合わせていた。



「なに?、”猿”の特殊部隊に?」

深夜、藤堂千帆の元にトレンチコート姿の男が姿を現すと、

水無月高校を探査していた青年探偵団が、

猿島が放った特殊部隊の急襲を受け壊滅したことを知らせた。

「やはり…

 猿が出てきたと言うことは

 五十里の報告書にあった水無月のあの二人は竜宮の人魚に間違いないな」

呟くように千帆が言うと、

「如何なさいますか?

 猿島の手に渡る前に拉致しますか?」

男が千帆にそう訊ねると、

「いや、実は乙姫は竜宮に居ない。

 と言う情報が入ってきてな、

 その絡みもあって、いま陸で騒動を起こすのは問題がある。

 しかし、猿が襲ってきたら構わん、断固撃退しろ。

 ただ、あくまで表には出ないようにしろ」

千帆はそう言うと、

「それと、天ヶ丘の監視も怠るなっ」

と厳命した。

「はいっ」

トレンチコート姿の男はそう返事をすると姿を消した。

「やれやれ…

 そう簡単にはコトは進ませてくれないか、

 不調のシーキャットに加えて、

 猿が大々的に出てくるとは…

 とにかく乙姫の居場所をハッキリさせていく必要があるか」

部屋に一人残った千帆はそう呟くと、

「ハバククっ、居るんでしょう」

っと声を上げた。

『ようっ、ジラっ

 困っているようだな…』

誰も居ない部屋の中に男の気配と声が響き渡った。

「ねぇ…乙姫が竜宮にいないってホント?」

千帆が声に訊ねると、

『さぁな…

 ただ、ここしばらく竜宮で乙姫の姿を見た者が居ない。

 と言うことだ。』

声はそう告げると、

「…ちょっとその辺ハッキリさせて来てくれない?

 どうせ、暇なんでしょうし、

 私たちが実際行ってみて蓋を開けたら

 ”乙姫は居ませんでした。”

 では済まされないから」

そう千帆が言うと、

『やれやれ…』

と言う声が響いた途端、部屋から気配が消えた。



翌朝…

「幻光様…こちらです」

そう言われながら案内されて来た幻光忠義は

都内某所の市街を一望に見渡せるショッピングセンターの屋上に立った。

「ここへの立ち入りは規制しているな」

と言う彼に右手に握られている釣り竿・黒潮丸は

クン…

クンクンクン

と盛んに向きを変えながら動き回っていた。

「ふっふっふっ

 凄い、凄いぞ…

 流石は大都会・東京、

 さっきから人魚の反応がずっと出っぱなしだ…」

予想以上の手応えに忠義の表情はゆるんでいた。

「人魚共を片っ端から釣り上げてやりたいが、

 いまはそれをやるわけには行かないからな」

と呟きながら、忠義は竿を持つ力を少し緩め、

そして、竿を静かに下へ向けた。

シュルン…

竿の先からまるで蜘蛛が糸を吐くように青白い輝きを放つ糸が伸びていくが、

しかし、誰一人その様子を誰も見ることは出来ず、

ただ、

ヒュン…

ヒュン…

黒潮丸の先端はまるで人魚を捜し出すかのように

右へ左へと向きを変えていく様子が見て取れるだけだった。



それからしばらくして、

ショッピングセンターさほど離れていない路上を、

「ふわぁぁぁぁ」

と大あくびをする海人と水姫の二人が歩いて来た。

「海人…はしたないわよ」

彼の横を歩いている水姫がその姿を見るなりさりげなく注意をすると、

「あぁ?…

 別に良いじゃないかよ」

目をショボショボさせながら海人が言い返した。

「全く…夜遅くまでゲームなんかして…」

水姫が呆れた口調で言うと、

「うるせーっ」

海人は一言そう言い、

プイ

っと横を向いた。

「”ファイナルクェスト]Z”だっけ?

 そんなに面白いの?」

怪訝そうな視線を海人に送りながら水姫が訊ねると、

「あぁ…まぁな」

そっぽを向いたまま海人が答えた。

「まったく、早川クンと競争なんかしちゃって…」

「先に解いた方が奢ることになっているからな、

 早川のヤツに負けるわけにはいかねーんだよ」

「はいはい…

 あら…

 噂をすれば…」

水姫が前方を歩く一人の人物に気づくと指をさした。

「おっ」

それを見た海人は足早に近寄って、

「おぉぃっ真央っ」

と声をかけると、間髪入れずに、

「オッス!!、葵っ

 お前、何処まで行った?」

声をかけられた早川真央はゲームの進行状況を真っ先に尋ねてきた。

すると、

「ふははははははっ

 聞いて驚け!!

 ついに飛行艇を手に入れたぞ!!」

と海人は胸を張って答えた。

「くっそぉ…

 先を越されたかっ」

「約束は忘れるなよ」

「誰が!!

 最後に笑うのはこの俺だ!!」

その一方で真央と海人のやりとりを見ながら、

「…全く、子供なんだから…」

と水姫が呟く、

「あっそうそう…」

 昨日、頼まれた例の物、持ってきたぞ」

ふと海人が何かを思い出しながら鞄からCDのケースを取り出すと、

真央に手渡した。

「おっサンキュー!!

 悪いな…」

真央はそう言って海人からCDを受け取ると、

「そうだ水姫さん、今度の試合なんだけど応援に来てくれる?」

とすかさず横にいる水姫に声を掛けた。

「あらあら

 良いんですかぁ?、

 あたしにそんなこと言ってぇ…

 彼女に怒られても知りませんよ」

ジトッ

と言う目つきで真央を見ながら水姫がそう返事をすると、

「えぇ?

 彼女って進藤のこと?

 やだなぁ…

 別にヤツとは彼氏彼女とか言うものじゃぁ…」

と真央が言ったところで彼の表情が凍り付いた。

「?」

水姫は不思議そうな表情をしながら、

真央の視線をたどって振り返ると、

水姫達から数メートル後方で、

制服姿の一人の少女・進藤伊織が仁王立ちになって真央をにらみ付けていた。

「あら…」

スススス…

彼女に気づいた水姫は足音を立てずに道を開ける。

「へぇぇぇぇ…

 そう、

 あたしと早川君の関係ってそう言うものだったの」

まるで確認をするようにして伊織が真央に訊ねると、

「あっ、進藤っ、

 いやっ、今のはだなぁ…」

真央が慌てて言い訳をしはじめた。

「…修羅場…かな?」

その様子を見ながら海人が呟くと、

「海人っ」

すかさず水姫がとがめた。

伊織は真央に一歩づつ近づき、

そして彼の横に並んだとき、

「言い訳なんて…男のくせに見苦しいわよっ真央っ」

とやや突き放したような台詞を告げた途端、

ズシッ!!

真央の向こう脛に激痛が走った。

と同時に

「☆○▽■!!」

真央は声にならない悲鳴をかみ殺して蹲った。

「やれやれ、

 無差別格闘・早川流の後継者である真央も、

 進藤には逆らえない…か」

伊織の後ろ姿を眺めながら言うと、

「うるせーっ

 アイツが男なら遠慮なく叩きのめしてくれるわっ!!」

額に脂汗を流しながら真央が反論するが、

「まぁた、無理しちゃって」

「まぁ…どの世界でも惚れた女には弱いか…

 んじゃ、先行くな」

海人たちは軽く受け流すと立ち去っていった。

「薄情者!!、少しは俺のことを心配しろ!!」

通称”弁慶の泣き所”を直撃されたために

なかなか立ち上がれない真央が声を上げていると、

「早川クン…大丈夫?」

と恐る恐る一人の男子学生・笹島瑞樹が駆け寄ってくるなり彼に声をかけた。

「!!

 …笹島ぁ…

 てめぇ…

 進藤が来ているのなら来ているって

 何で先に言って来ないんだぁ…」

彼に存在に気づいた真央が声をふるわせながら怒鳴ると、

「そんなんこと無理だよ」

瑞樹はちょっとびくついた後にそう言うと、

「瑞樹っ、そんなヤツほっとけ」

と先を行く伊織の怒鳴り声が鳴り響いた。

「あっはい」

その声に反射的に瑞樹は立ち上がると、

「なっ、早川君…

 僕からも謝っておくから、

 早川君も後で伊織に謝ってね」

瑞樹はそう言い残すと真央から離れていった。

「くっそう!!、

 何奴もこいつも俺を真剣に心配してくれるヤツって居ないのかっ」

真央の叫びがむなしく響いていった。



「進藤さん…早川君にそんなにつらく当たらなくても…」

海人を先に行かせ伊織の横に並んだ水姫がそう話しかけると、

「判っているわよっ

 そりゃぁ…

 あたしだって真央にはあんな風には当たりたくはないけど…

 でもねぇ…

 真央ったら、ちょっと気を許すとスグあんな調子になるから…」

と伊織はやや反省と諦めを込めた言い方をする。

それを見た水姫は

「クスッ」

と軽く笑い、

「じゃぁ、教室で謝ってみれば…」

とさりげなくアドバイスをした。

「え?、謝る?

 何であたしが…

 大体謝るのなら真央の方が先でしょう」

水姫のアドバイスを聞いた伊織はムッとした表情で言うと、

「あらあら…」

水姫は処置無しと言う顔をした。



水姫と伊織の二人がショッピングセンターの真下を通りかかったとき、

シュルル…

漂っていた見ることのできない糸が突如動き始めると、

歩いてくる水姫めがけて動き始めた。

シュルル…

そして、糸が水姫にたどり着くとその身体に素早く巻き付いた。

と同時に

ズゥゥゥゥン

「なに?」

水姫は突如自分の身体が重くなると、

グググググッ

っと見えない力で彼女の身体がある方向に引きずられ始めるのを感じた。



ピクン!!

ショッピングセンターの屋上で忠義が握る黒潮丸が大きく動いた。

「掛かった!!」

忠義は反射的にそう叫ぶと、

グイッ

っと竿を思いっきり引いた。

「幻光様っ、コレは」

大きく変化した竿の様子に側近達が一様に驚きながら訊ねると、

「…ふはははは…

 これぞ、人魚が黒潮丸に掛かった確かな証拠、

 者共っ

 人魚を確保した!!

 回収部隊っ直ちに出動!!」

と黒潮丸を引きながら怒鳴り声を上げた。

「ハッ!!」

するとその命令を受けて

待機していた迷彩服に身を包んだ屈強の男達が一斉に飛び出していく、

グン!

グン!!

「この強さ、ふふ掛かったのは乙姫に間違いあるまいっ

 はははは…逃がさないぞ、

 土佐の一本釣りで鍛えたこの腕を見るがいい!!」

忠義はそう叫ぶと撓る黒潮丸をさらに引く。

ところがその横では、

「…なぁ幻光様って高知の出身だっけ?」

「いや、高崎だ…って聞いたけど…」

彼のその言葉を聞いた側近達はひそひそ声で話し合っていた。



「どっどうしたの葵さん?」

突然苦しそうに片膝をついた水姫に伊織は驚きながら訊ねると、

「…進藤さん…ちょっと悪いけど海人を呼んできてくれない」

水姫は彼女に先に行く海人を呼んでくるように頼んだ、

「わっ判った」

水姫に頼まれて伊織が走り出そうとしたとき、

「どうしたの?、伊織…」

後からやってきた瑞樹が声を掛けた。

「あっ、瑞樹っ

 ちょうど良かった、

 葵さんの様子がおかしいのっ、

 悪いけどちょっと看ててくれない」

と言い残して走り出していった。

「え?、葵さん?」

瑞樹が歩道で蹲る水姫に気づくと、

「一体どうしたんですか?」

っと驚きながら尋ねた。

「うっうん、ちょっとねっ」

水姫は片目を瞑って”心配をするな”と言う合図を送ったが、

しかし、瑞樹はただオロオロするばかりだった。

「参ったな…

 この何かに引っかけられたような絡め取られた感覚…

 コレ…なに?」

水姫はまるで見えない糸に絡め取られた様な感覚と、

強い力である方向へと引き寄せられる感覚に戸惑っていた。

ズゥゥゥン

更に力が強くなると、

ムズッ

ムズッ

水姫の身体に変化が起き始めた。

「ヤバイわ…身体が人魚に戻りたがっている…

 何とかしなくっちゃ」

平静だった水姫の気持ちに焦りの色が出てくる。

その時、

「あっ」

水姫は自分の体に巻き付いている青白い輝きを放つ細い糸を見つけた。

「どうしたっ、水姫っ」

と声を上げながら伊織と共に海人が駆け寄ってきた。

「あっ、海人っ」

苦しそうな表情を水姫が顔を上げると、

「なに?」

海人の目にも水姫の身体に細い糸のようなモノが絡みついているのが見えた。

「これは…」

驚きながら海人が呟くと、

「見える?」

苦しそうな顔をして水姫が海人に訊ねると、

コクリ

海人は素直に頷いた。

「どうしたの?、何かあるの?」

それを見ていた瑞樹と伊織が水姫をシゲシゲと眺めた。

「笹島っ、お前見えないのか?」

その様子を見た海人が瑞樹に訊ねると、

「え?」

っと彼は呆気にとられた表情をした。



「はぁ…何でオレ達が魚組の手伝いをしなくっちゃならないんだ?」

ショッピングセンターから少し離れた路上に止めてあるワゴン車の中で

運転席に座っている男がぼやく、

「まぁ、そう言うな

 大量の負傷者を抱えて事実上壊滅状態の猫組を立て直すのは

 傷が軽かったオレ達しか居ないだろう?

 例え、魚組の下請けでも手柄を立てて会長に認めて貰わなければ、

 ずっと日陰もままだぞ」

と言うと、

「そうだよなぁ、青柳様も猫組の存続に東奔西走していると言う話だし」

そう運転席の男が双眼鏡で覗いたとき、

「ん?、おいっ、ターゲットの様子がおかしいぞ…」

と声を上げた。

「あっ、おいっアレを見ろ!!」

と同時に助手席の男が上げると、

ワラワラ

っと迷彩服姿の男達がショッピングセンターの非常階段から姿を現すと、

彼らが監視していた者達の方へと向かい始めた。

「あいつら、猿の連中だ!!」

男達の腕につけてある紋章を見て運転席の男が叫ぶと、

「どうするっ」

助手席の男が判断を求めた。

「えぇいっ、

 藤堂様からは目立った動きをするなと言われたが、

 非常事態だ、

 我々が身柄を確保するっ

 出撃!!」

運転席の男が叫ぶと、

ギャギャギャ!!

ワゴン車は急発進をすると、

「バカヤロー」

と怒鳴るタクシーを蹴散らせて一目散に目標へと走り出した。

「いいかっ、

 オレがコレでターゲットの動きを封じるから、

 その隙に押し込むんだ」

助手席の男はそう言いながら毛布を取り出すと、

「それより、お前、メガネどうした?

ハンドルを握る男が尋ねた。

「あぁ、昨日踏んづけちゃってな…いま修理中なんだ」

助手席の男はそう叫んだ。



「!!?

 なに?

 あれ?」

瑞樹は後ろにあるショッピングセンターの建物の脇から

沸き出すように出てきた迷彩服の男達に気がつくとそれを指さした。

「?」

伊織も立ち上がるとそっちの方に視線を送った。

「しめた」

二人の注意が水姫からそれた隙に海人は

シャッ!!

っと素早く竜王の剣を抜くと、一気に振り下ろした。

シュパッ!!

水姫の身体に絡みついている糸は一刀両断されると、

フッ

っとたちまち消えて無くなった。

「ありがとう」

体の自由が利くようになった水姫は一言礼を言うと

「海人っ、気をつけて」

と叫びながら周囲を警戒した。

しかし、

ダダダダ!!

駆けつけてきた迷彩服の男達は一直線に4人に飛びかかってきた。

「うわぁぁぁぁぁ」

「きゃぁぁぁ」

伊織と瑞樹の悲鳴が上がる。

「海人っ」

シュォォォォン!!

そう叫びながら咄嗟に水姫が両腕を広げると、

胸元に光玉を起こしはじめた。

その時、

ギャギャギャギャ!!

タイヤの悲鳴を上げながら、

突如、男達を跳ね飛ばすように一台のワゴン車が割り込んで停車すると、

ガバッ!!

っと助手席のドアが開き、男が車内から飛び出して来るなり、

バッ

と毛布を立ちつくしていた伊織に被せると、

そのまま担ぎ上げるようにして車内へと押し込んだ。

「よしっ、出せ!!」

男は運転席の男にそう命じると、

ギャギャギャ!!

車はバックを始めると

取り囲んだ迷彩服の男達を次々となぎ倒して走り去っていった。

「猫だ!!

 奇襲だ!!

 追え!!」

なぎ倒された迷彩服の男達はそう叫びながら車の後を追いかけていく、

「……………」

海人たちは唖然と伊織を連れ去った車と男達の後ろ姿を眺めていた。

「…………ねぇ…」

「ん?」

「追いかけなくて良いの?」

呆気にとられながら水姫が呟くと

「あっ!!!!」

その時、ようやく海人はさっきまで横にいた伊織の姿が消えていることに気づいた。



つづく


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