風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第10話:猿と月】

作・風祭玲

Vol.228





湊姫子の転校以降、事実上の戒厳令下に置かれていた県立・水無月高校であったが、

しかし、その中心人物・水城櫂が女子生徒と化すと言う前代未聞の事態を受け、

姫子親衛隊最高幹部会はその善後策を検討すべく緊急午前会議を招集した。

一方、学校側も事態の打開と学校運営の主導権掌握を計るため、

同時刻、県教育委員会委員長列席の元、職員会議が華やかに開催された。

なお両者とも、不測の事態を避けるために会議の内容はすべて極秘扱いとされたが、

しかし、その結果、

大多数の生徒達が蚊帳の外に置かれると言う状態に

業を煮やした一部の生徒が校内の各所にてデモが発生、

デモ隊と警備に当たる用務員のおじさんとの間でまさに一触即発の事態になった。


不気味に静まりかえる生徒会長室と職員室に全校生徒の注目が集まる。

重苦しい空気に皆が押しつぶされ掛けたその時、

ついに歴史が動いた。

「姫子親衛隊統合作戦本部発表、

 姫子親衛隊は本日09:30をもって

 水城櫂に対するすべての敵対行動を無期限停止することを満場一致で議決した」

と言う内容の姫子親衛隊最高幹部会報道官による校内放送が流されると、

各クラスから一斉に歓声が上がり、校内は歓喜の渦に包まれた。

そして、それを待っていたかのように5分後

水無月高校校長自らがマイクの前に立つと、

学校内に平和が訪れたことを説く演説を行い、

校内融和を全校生徒に呼びかけた。

こうして、後々まで校史に語られる”長かったホームルーム”は幕を下ろすと、

校内は緊張緩和へと向かい始め、

そして、各クラスには久々に明るさが戻ったのであった。

……水無月高校生徒会・記録部著
  「プロジェクトM・第23巻”長かったホームルーム”」より抜粋。



こうして一連の騒動は沈静化しすべては安穏に収まるかに見えたのだが、

しかし…

バン!!

「校長!!、私には納得がいきません!!」

「はぁ?」

水無月高校校長・水上健太郎は、

鼻息荒く迫った生活指導の猿島加代子を呆気にとられながら眺めていた。

「なにが、納得できなのですか?」

冷静さを装いながら水上が聞き返すと、

「何がって…水城櫂による一連の騒動ですよ!!」

加代子は机をバンバンと叩きながら更にボルテージを上げて怒鳴った。

「……何を言うかと思えば…

 その話はもぅ終わったことではないですか」

クルリ

そう言いながら水上はイスを回すと窓の外を眺める。

「いいえ、校長!!、まだ終わっていません!!」

収まりきらない加代子がなおも声を上げると、

ふっ

水上はおもむろに立ち上がり、

「ご覧なさい…

 校庭の生徒達を…

 皆の表情に明るさが戻ったではないですか」

と昼休みの校庭の眺めながら加代子に言い聞かせるようにして言った。

しかし、加代子は、

「校長!!

 そもそも今回の一連の騒動は、

 校長の独断であの湊姫子の転入を認めたのが始まりなんですよ」

と机を挟んでそう言うと、

「…別に書類上には何も不備はありませんでしたし、

 編入試験の成績も問題はありませんでしたが…」

振り返りながら水上はそう返した。

すると、加代子は眼光鋭く、

「…本当に問題はないと言い切れるのですか?」

と含みを持たせた口調で言う。

「何か?」

うっすらと額に汗を浮かべながら水上が聞き返すと、

「実は先日、

 湊姫子が在籍していたという学校に問い合わせをしたところ、

 そのような生徒の記録は無いと言ってきましたが」

加代子はそう言いながら数枚の紙が閉じられた書類を

机の上に投げ出すと水上にそう言った。

「…そっそれは初耳でしたね…

 しかし、何かの間違いでは?」

こめかみをヒクつかせて水上は書類を手に取ると、

「さらに、湊姫子には様々な不審な点がありますが、

 校長はそれについてどぅ思われます?」

と加代子は水上に迫る。

「まっまぁ…

 何かの間違いがあるかもしれませんし…

 こういうことはもぅ一度確認をしてから決めましょう」

加代子の迫力に押されつつ水上はそう返事をすると、

バン!!

「何を暢気なっ

 これはゆゆしき事態なんですよ!!

 スグに職員会議を招集してください」

と机を叩いて加代子が声を上げた。

「まぁ、職員会議は午前中開いたばかりですし、

 ここは…

 そっそう、

 猿島先生、もぅ一度確認をしてみてください。

 こういうことは慎重に当たらなくてはありません、

 もしも、間違いだったら大変なことになりますから…ね」

大汗をかきながら水上は加代子にそう指示を出すと、

「判りました…

 校長がそうまで仰るのなら確認してきますが…

 まぁ…何度確認しても同じでしょうけど…」

水上の態度を見た加代子は溜飲を下げつつそう言うと、

スタスタ

と校長室から出ていった。

そして、ドアを閉める前に、

「事実でしたら、関係者は全員処罰させますので」

と告げるなり勢いよくドアを閉めた。



「…はぁ…疲れたぁ…」

ドアが閉められるのを確認した水上は、

ドッと来る疲れに一時気を失い掛けたが、

「あっそうそう…」

と呟くとスグに携帯電話を開くと何処かへ電話をかけ始めた。



「何ですってぇ!!」

昼休みの職員室に加代子の声が響く、

「そんな、間違いとはどういうことですか!!」

『…申し訳ありません、何かの手違いがあったみたいで…

 えぇ湊姫子は確かにウチに在籍していました…(ブッ)』

電話の相手は加代子にそう告げるとそそくさを電話を切ってしまった。

「…そんな…」

加代子は受話器を持ったまましばし呆然としたが、

しかし、スグに気を取り直すと出身中学から電話を掛けまくり始めた。

けど、

電話口に出た相手は皆、前言を翻して湊姫子の存在を認める内容ばかりだった。

「…なんで…どうして…」

腰の力が抜けたのか、

ドサッ

っと崩れるようにして加代子がイスに座り込むと両肘を机について頭を抱えた。

「…いかがなされました?

 猿島先生…」

その時、人影が彼女の前に立つと声を掛けた。

「……あぁ月夜野先生…」

加代子は顔を上げると目の前に立った人物の名を呼んだ、

Yシャツの上に羽織った白衣と

肩まで掛かる長髪、

そして細面の顔に掛かる小さな丸メガネがアクセントとなっている彼は

その背の高さも相まって涼しげな印象を与えていた。

コポコポコポ…

「まぁ、今朝の騒動といい、

 ここん所いろんなコトがありましたからねぇ」

と言いながら月夜野は湯気が沸き立つ湯飲みを加代子に差し出すと、

「月夜野先生、先日転校してきた湊姫子のことなんだけど…」

加代子は湯飲みを啜りながら月夜野に尋ねた。

月夜野はちょっと考える素振りをした後に、

「湊姫子…あぁ、B組転校してきた例の子ですね。

 結構、男子生徒に人気があるようですが」

と答え、

「まぁ…あまりにもありすぎるのも困ったものですが」

と困った表情をして続けた。

「……実はねぇ…

 その湊姫子なんですが、

 どうも、妙なんですよ」

席に座った加代子は口の前で手を組み合わせるとまじめな口調で話し始めた。

「…妙とは?」

首を傾げて月夜野が訊ねると、

「校長や教頭は不問にしているみたいですが

 でも、彼女の出身とされている中学や、

 転校してくる前に居たとされる学校には彼女に関する記録が無いんですよ」

と加世子は書類をめくりながらそう言う、

「えぇ?…それは本当ですか?」

驚いた月夜野が身を乗り出して聞き返すと、

「まぁ…で、さっき校長にその報告をしに行ったのですが、

 しかし、校長は相変わらず湊さんには関わりたくない様子でしたし、

 それどころか、もぅ一回確かめて見ろって言われましてね」

「で?」

「えぇ、それで改めて電話をしてみると、

 なぜかみんな一転して手違いがあったということで、

 彼女の記録はあると答えてきたんです」

「はぁ…手違いねぇ」

と言う加代子の説明に月夜野は考える素振りをした。

「しかし…これっておかしいじゃないですか?

 最初はみんな否定して、こういう書類まで送っておきながら…

 一転してそれを認めるなんて…」

加代子はそう言うとジッと前を見つめた。

「まぁ…妙なこともあるもんですなぁ…」

月夜野は感心しながら呟くと、

「それだけではないです、

 今朝の騒動の中心人物である水城櫂…

 彼…いや、彼女と言った方がいいかしら

 実は彼女と湊さんとは縁続きと言う話で

 しかも、同居をしているとか」

と加代子は月夜野に言うと、

「ほぉ…これはまた羨ましい(おっと)

 でも、突然女の子になるなんて、

 まぁ生物を専攻してきた者としては

 誕生時に性が固定しているはずの高等生物が簡単に性転換するなんて

 この目で見るまでとても信じられませんでしたけど…

 正直言って驚きましたね」

月夜野が頭を掻きながらそう返事をすると、

「なにか、変です…

 なにかこう…

 あたし達の知らないところで、

 得体の知れない魔物が蠢いているような気がするんです」

組んだ腕を振るわせながら加代子がそう言いきると、

「そうですねぇ…」

と相づちを打つ月夜野のメガネが妖しく光った。



ヒュン!!

「あれ?、

 いま誰か通らなかった?」

5時限目の体育の授業のために体操着に着替えた真奈美が、

廊下を横切った影に気づくと彼女の隣を歩いている櫂に声をかけた。

すると、

「気のせいでしょう?」

と櫂はあっさりと答える。

「そうかな…」

真奈美はちょっと考える素振りをしたのち、

チラリと櫂の姿を横目で見ながら、

「ところで、櫂…」

と何かを指摘するようにした声をかけると、

「なぁに?」

可愛らしく櫂は返事をした。

その仕草に真奈美は自分の右手を額に触れさせながら、

「まさか、心の中まで女の子になっちゃったんじゃないでしょうねぇ…

 もぅ…乙姫さまは、

 ”ちょっと調べ物をしてきます”

 と言って早退しっちゃたし…

 それになんで…ブルマなんて履いているの?」

と櫂の行く末の心配とその格好を指摘した。

そう、水無月高校の女子の指定体操服にの中にはブルマは無かった。

「あぁこれ?…

 男子からのリクエストでね、

 体育の授業での彩りが欲しいんだって…」

櫂は身につけているブルマを指さしながらそう説明をすると

「なんでも、何処ぞの全寮制の女子高のもので結構なプレミアものなんだって」

と付け加えた。

「はぁ?」

その説明に真奈美は眉を寄せながら聞き返すと、

「んで、あたしはそこからの転校生と言う設定になっているとか」

「……」

一連の説明を聞いた真奈美が目が点になりながら、

「…オトコの考えることはよくわからない…」

と呟くと、

「いやぁ…これだけではないよ」

「?」

「このほかにも体操着では4着、

 セーラー服は8着、

 ブレザーの制服は7着と」

指を折りながら櫂がそう言うと、

「アンタもよくつき合うわねぇ…」

真奈美は感心したようにして言う。

「まぁ、一着着るだけで2千円のお礼が出るからねぇ」

と両腕を頭の後ろで組みながら櫂が答えると、

「ぬわんですってぇ!!」

突如ドアップになった真奈美の顔が櫂に迫ると、

「それ…全部着るだけで4万円が懐に飛び込んでくるって言うの!!」

とすごい剣幕で真奈美がまくし立てた。

「…まぁ…まぁそう言うことになるかな…」

鼻の頭を掻きながら櫂がそう返事をすると、

その瞬間、

真奈美の脳裏に4万円で買える”欲しい物リスト”が

一気に検索されるとソートされ、そしてスクロールされていく。

「えぇぃっ、オトコ共は何を考えているの!!

 こんな即席女子にそんな大金を払う気があるなら、

 あたしに話を持ってきなさいよっ!!

 どんな格好だってしてあげるから!!」

と彼女は怒りに肩を振るわせながら声を上げた。

「こりゃぁ…当分の間は刺激しない方がいいみたいだな」

彼女の剣幕に押されながら櫂は呟いた。


一方、

ドサッ!!

いつの間にか校内に忍び込み

そして櫂達を監視していたトレンチコート姿の男が音もなく崩れるように倒れると、

「ふっ、猫の手の者か…」

と倒れたトレンチコートの男を見下ろすように、

迷彩服を身につけ、

そして、妖しげなスコープを顔につけた男達が姿を現した。

「…おいっ、始末をしておけ」

男は後ろに居る者にそう命じると、

サッ

っと柱の陰に隠れ、

そして、

Piiiiii!!

っと去っていく櫂達をスキャンし始めた。

「…ふむ……」

男はうなずきながらスコープに映し出される情報を素早く転送を始める。

程なくして、

『データ照合!!

 右側の人物は美作真奈美に相違なし!!』

と言う返事を聞くと、

「よしっ、標的”乙”確認!!

 ところで標的”甲”の水城櫂は捕捉できたか…」

とマイクを通して訊ねると、

『いや…さっきから走査をしているが、

 未だに捕捉できない…』

と言う返事が返ってくる。

「それはどういうことだ?」

男が聞き返すと、

『校内にいない模様…』

と言う答えに、

「そんなはずはない、全校生徒をもう一度調べ直せ!!」

と小声で怒鳴った。

とその時、

ゴキッ!!

男の首から異様な音が響くと、

ズルズルズル…

男は口から泡を吹きながら崩れるようにして倒れた。

「全く、なんなのよコレは…」

その背後から呆れた表情でミールが姿を現した。

「しばらく学校を休んでいたら随分と妙なことになっているわね。

 あんたたち、此奴らの後始末、頼んだわよ」

「うへぇ…?」

とミールは累々と倒れている男達を指さすと、

後からついてきたルシェル達3人に言いつけた。

「ふぅ…どうやら乙姫を狙って人間共が動き始めたか」

ため息をつきながらミールは校舎内に入っていく。



「忠義!!、

 忠義は何処!!」

地平線まで見渡せるのでは思える巨大な屋敷の中に中年女性の叫ぶ声が響き渡る。

この家の主、猿島耕助の婦人・雪乃である。

「忠義ぃ!!」

更に一段と雪乃が声高く叫ぶと、

ヒュン!!

「はいっ奥様っ、こちらに控えております」

と言う声と共に一人の男性が女性の前に姿を現した。

黒縁メガネに7・3に分けた髪を整髪剤でビシッと固め、

そして、渋めの高級スーツに身を包んだ彼は

雪乃の前に起立すると腰の角度を45°に曲げて一礼をした。

猿島家・第1執事の幻光忠義である。

「忠義、何処に行っていたのですか」

彼の姿を見てホッとした様子で雪乃はそう言うと、

「申し訳ございません、

 奥様から頼まれた例の件を調べていましたので…」

と告げると再び頭を下げた。

「まぁ…そうでしたの…

 で、首尾はどうですか?」

ダッフン!!

とまるでハワイから来た相撲取りを連想させる体型をした雪乃は、

身体を締め付けている高級西陣織の着物が悲鳴を上げているのもお構いなく

しなを作りながらそう訊ねると、

「はいっ、

 ただいま南関東方面にて乙姫の反応が出たために調査をしている所です」

と彼は答えた。

「まぁ南関東なんて…そんなに近いところに乙姫は居るのですか?」

嬉々とした表情で雪乃が訊ねると、

忠義はどこから取り出したのかスラリと一本の釣り竿を掲げ、

「古の昔、亀に乗って唯一人魚の都・竜宮にたどり着くことができた

 一人の男が持っていたこの釣り竿…

 そう、この世で只一本、人魚を釣り上げるコトが出来る釣り竿”黒潮丸”!!

 この黒潮丸にかかれば、

 人魚どもがどんなに巧妙に隠れようとも、

 人間の振りをしていようとも、

 決して逃すことなく居場所を突き止め、

 化けの皮を剥がし、

 そして釣り上げてお見せしいたします」

と忠義は気合いを込めてオーラを放つ釣り竿を振りかざした。

「まぁ、頼もしいわ、忠義、

 で、更に詳しい場所は判ってますの…」

と雪乃が訊ねると、

「いえ…

 なにしろ黒潮丸の探査範囲は直径1里(約4km)が限界ですので

 …まだ…そこまでは…」

と表情を曇せながら状況を雪乃に説明をした。

「いいですか、忠義…なんとしても人魚を、

 いえ、人魚の女王である乙姫を見つけだすのですよ」

イヤミなくらいの巨大な宝石がついている指輪を複数輝かせながら雪乃が命令すると、

「はいっ」

ビシッ!!

っと忠義は返礼をすると直立した。

「…で、本当はどの辺までなら判っているのかしら…」

こそっと雪乃が訊ねると、

「はぁ…とりあえず、黒潮丸を使ったダウジング探査では

 ほぼこの辺であたりがクサイと睨んでいるのですが…」

と忠義は首都圏道路マップを広げると雪乃に見せた。

パラパラとページを捲っていくウチに

雪乃の目にふとある地名が映った。

「…天ヶ丘…水無月…

 …水無月?

 あっちょっと、待ちなさい」

それを見た雪乃の視線が鋭く光ると

「はっはぁ…?」

忠義は汗を額に流しつつ返事をする。

「確か…

 加代子さんが水無月の高校で教師をしているって聞いたけど…

 彼女に一働きして貰うのもいいかもしれないわねぇ…」

と考えながら雪乃は忠義に告げた。

「加代子様とは確か…奥様の義妹さんで…」

忠義は確認するようにして雪乃に聞き返すと、

「えぇ…そうよ、わたしの末弟の嫁よ…

 全く、盆と正月にしかこっちに挨拶しに来ないけど、

 でも、まぁ猿島を名乗っている以上、

 少しは役に立って貰わないとね…」

雪乃は懐から取り出した扇を叩きながら忠義に告げた。

「…畏まりました…

 では早速、加代子様に連絡を取ってみます」

忠義は雪乃に一礼をするとその場を立ち去っていった。

「うふふ…」

彼の後ろ姿を眺めながら雪乃が笑みを浮かべると、

「雪乃や…一体、何を始めたんだ…」

と言いながらやせ形のやや貧相な顔つきをした着物姿の男性が声を掛けた。

猿島家当主・猿島耕助である。

「あら、あなた…ココにいらしたんですか?」

軽蔑をするような視線で雪乃が耕助に声を掛けると、

「ココにいらした…ではないだろうが…」

耕助は笑顔を作りながらそう返事をした。

すると、

「ところで、今日のお仕事はもぅ終わったのですか?

 言っておきますがあなたは婿養子なんですよ、

 もっと猿島のために働いて貰わなくては困りますっ」

っと強い調子で耕助に言った。

「はいはい…

 しかし、私が猿島のためにいくら尽くしても、

 お前はエステだ漢方だとか言って、

 みんな横からかすめ取って行くではないか」

耕助はやや不満そうな表情で雪乃に小言を言うと、

「あなたっ!!

 判っていませんわねっ

 いまの猿島があるのはこの私の美貌のお陰なんですよっ

 わたしがこうしていつまでも若く美しいから猿島は栄えているのです。

 だからこそ、猿島が永遠に栄えるためには

 永遠の美が必要なのですよっ!!

 その為には人魚を…

 最高の美貌を与えてくれると言う乙姫を釣り上げてその血肉をなんとしても……

 ふふふふふ…さぞかし美味なんでしょうねぇ…(ジュル)」

そう呟き笑う雪乃の様相は鬼気に迫るモノがあった。

「……あっあれだ、

 この間整理した倉の中より出てきた古文書と妖しげな道具を見からだ…

 雪乃がこうなってしまったのは…」

耕助は雪乃の様相にビビリながらそう呟いていた。



その頃…猫柳はと言うと

ダァン!!

「えぇいっ、修理にいつまで掛かるのだ!!」

猫柳重工・和歌山工場内にある貴賓室に泰三の怒鳴り声が響き渡った。

「もっ、もぅしばらくお待ちください!!」

「なにしろ、反応炉のチェックは慎重に行う必要がありますので」

と言いながら工場長の他、

技術部長達が床に這い蹲るようにして進言をする。

「なにを暢気な!!

 ”猿”が動き出したのだぞ、

 あの”猿”が!!

 くっそう、乙姫は儂が先に手をつけたんだぞ、

 それを横からかすめ取られてたまるか!!」

千帆から手渡されたメモを握りしめながら泰三の顔が真っ赤に染まった。

それを見た藤堂千帆は、

「会長…あんまり血圧を上げない方が…

 それに、無理強いもあまりさせない方が…」

と泰三の耳元で囁いた。

「ぐぬぬぬ…」

泰三はこみ上げてくる焦りを飲み込むようにして、

「よいかっ

 三日間時間を与えるっ

 それまでに調整を済ませておけ!!」

と厳命すると貴賓室を出ていった。



「上弦の月…」

キィ…

月夜野はイスを揺らせながらじっと真っ二つに裂けたような月を眺めていた。

カリ…

カリ…

右手の中で握られた2個のクルミが音を立てる。

「謎の転校少女…湊姫子…

 突然性転換をした水城櫂…

 そして、最近校内で続発している怪事件と……

 生徒のうわさ話に昇る人魚の姿…か」

そう呟きながら横の水槽を眺めると、

フワァァァァ…

っと一人の人魚が月夜野を眺めていた。

「ふんっ、

 学校で人魚の話を聞いたときに無性に作ってみたくなったが、

 でも、本物の人魚となると会ってみたいな…

 そして、じっくりと遺伝子組成から調べてみたい…」

そう呟く月夜野の顔はどこか歓喜に満ちあふれていた。



つづく


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