風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第9話:女の子?】

作・風祭玲

Vol.174





一直線に向かってくる海魔…

その海魔に目がけて僕は竜牙の剣を思いっきり振り下ろした。

しかし、それが後にとんでもないことになるとはつゆ知らず…



一夜が明けて、

「ふあぁぁぁぁぁ〜っ

 ったくもぅ…
 
 また朝の御到来かぁ…」
 
目が覚めた櫂は天井を眺めながらそう思うと、

チラリ

と枕元の目覚まし時計に視線を送った。

「あっ、何だ…まだ30分も前じゃないか…」

カーテン越しの薄明かりに浮かぶ時計を見るなり、

「寝よ寝よ…」
 
と再び布団をかぶった。

しかし、彼の頭の中には昨夜の一戦の記憶が鮮やかに蘇ってきた。

「…夕べの奴…海魔だったよなぁ…

 あんなに人に近い姿をした海魔を見たのは初めてだったけど、
 
 乙姫様を襲ってくるなんて…
 
 やっぱり彼女は狙われているのかな…
 
 でも、あの”ネコに柳”のバッジも気になる…
 
 海の中には”ネコ”も”柳”も無いはずだし…
 
 また、どこかの妙な組織が後ろで動き出しているのかも…」

などと考え込んでいると櫂の頭が徐々に冴えてきた。

「あぁもぅ…

 いろんなことを考えていたら目が覚めちまった。

 今日もノンビリできないからさっさと起きるかっ」

と布団を跳ね飛ばして起きあがったとき、

バサッ

彼の視界に髪が覆い被さってきた。

「うわっなんだ?」

髪をかき分けながらやっとの思いで顔を出すと、

起きあがった自分の体の上半分を伸びた髪の毛が覆い尽くしていた。

「……何時の間に人魚に?」

フニャッ

櫂は自分の胸に2つの膨らみがあるのを確認すると、

「気が緩んだからかな?

 えぇいっ、仕方が無い…
 
 こんな姿、香奈に見られたら何をされるか…」

と思いつつ竜玉を取り出すと布団の上に座り直した。

そのとき、

「あっあれ?」

そう、彼は人魚になったときと違う感覚に驚いた。

「…………足が…

 ……ある。

 ……………なんで?」

櫂がこの事態を飲み込むまで5分の時間を要した。

「…足があって……で、

 上が人魚ってことは………

 まっまさか……」

サァァァァァ!!!

彼の頭の血が一気に下がって行くと、

それに併せて冷や汗がどっと吹き出してきた。

ドドッ…ドドッ…

脈が速くなっていく…

シャッ!!

大慌てでカーテンを開けると

ドタドタドタ!!

普段は滅多に見ない部屋に備え付けの鏡に立ち、

それに自分の姿を映しだした。

ズゥゥゥン!!

「そっそんなぁ…」

ペッタン…

櫂は全身の力が抜けるとその場にへたり込んだ。

まさに”呆然”と言う言葉がよく似合う状況だった。


そう彼の目の前にある鏡には、

肩がずり落ちたダブダブのパジャマを着た

長い黒髪の少女の姿が映し出されていた。

「…………」

呆然としながらも櫂は一縷の望みを託して自分の股間に手を這わせたみたが、

しかし、それは一分も経たない後にあわなく露と消えた。

「……おっ…女の子……になっている……」

その言葉が彼のいや彼女の心の中を駆け回り始めた。

そのとき、

トタトタトタ…

バン!!

「お兄ちゃん!!、

 もぅいつまで寝てんのよっ!!」

妹の香奈が勢いよく部屋のドアを開けると同時に部屋の中に飛び込んできた。

そして、へたり込んでいる櫂の姿を見るなり、

「あっ…あんた…誰?」

と指さした。

「…かっ香奈か…」

少しの沈黙のあと櫂がやっとの思いで声を出すと、

「………?

 そのパジャマ…

 お兄ちゃんのよね…」

香奈が首を傾げていると、

「どうかなされたんですか?」

そう言いながら姫子が続いて入ってきた。

そして櫂の姿を見るなり、

「あっ!!」

と驚く表情をすると両手で口を隠した。

櫂はすがる気持ちで、

「おっ乙姫様…これは…」

と訊ねると、

「…もしやと思っていましたが、やっぱり…」

姫子は櫂の傍に近寄るとじっくりと彼女の様子を見た。

「あのぅ…まさか…」

香奈は櫂を指さしながら姫子に訊ねるようなジェスチャーをすると、

コクン…

姫子は頷いた。



「お兄ちゃんがお姉ちゃんになったぁ?!!」

水城家のダイニングに香奈の叫び声が響いた。

「こらっ、香奈、大声を上げないの」

母親の綾乃が香奈を窘めると、

「で、乙姫様これは…」

綾乃が姫子に訊ねると、

「おそらく…昨夜櫂さんが”竜牙の剣”を使った影響だと思います」

と説明した。

「え?

 でも…”竜牙の剣”はコレまでにも何度も使ったけど」

と髪を後ろに束ねた櫂が姫子に訊ねると、

「しかし、それは人魚・カナの姿の時でしたよね」

「まっまぁそうだけど」

「本来の姿で無いとき…

 つまり人魚でない状態で竜宮の神器、
 
 櫂の場合は竜牙の剣ですね。
 
 を使うと竜玉の力を十分に発揮することが出来ずに、
 
 神器は持ち主の魂の力を使ってしまう。

 と言う話を聞いたことがあります。

 ですから…
 
 昨夜、櫂さんが”竜牙の剣”で海魔を倒したときに、
 
 櫂さんの魂に何の影響も無ければ…
 
 と心配しましたが…」
 
そう櫂の姿を見ながら姫子は言うと、

「で、でも…

 これってスグに元に戻るんでしょう」

櫂が自分の体を指さしながら尋ねたが、

フルフル…

姫子は首を横に振った。

「…櫂さんは元々魂の力が強い方でして、

 人魚への変身能力を持ちながら男性の姿でいられたのも
 
 その魂の力のおかげだと思います」

「ってことは、お兄ちゃんって元々はお姉ちゃんだったの?」

と香奈が口を挟むと、

「無論、それ以外の要因も多々ありますが、

 魂の持つ力が一番大きい要因ですね…
 
 故に”竜牙の剣”は主として櫂さんを選んだのだと思います」

そう言う姫子の返事に。

ガァァァァァァン!!

櫂はショックを受けると彼の顔から全ての表情が消えた。

そして、彼の頭の中では、

女子高生→女子大生→OL→結婚→出産…

と言うこれから向かうことであろう人生行路が

走馬燈のように回っていた。


一方、惚けてしまった櫂をよそに、

「でも、良いじゃない?」

沢庵をかじりながら香奈が言うと、

「だってお兄ちゃん…あっいまはお姉ちゃんか、

 学校では命を狙われているんでしょう?
 
 なら、女の子になっちゃえば何の問題も無いじゃない…
 
 それにあたしは前々からお姉ちゃんが欲しかったしね」
 
と無邪気に笑った。

「これ、香奈ったら…少しは櫂の身になって考えなさい」

綾乃が香奈に注意したが、

「そうだ!!」

香奈は何かを思いつくと立ち上がり、

「お姉ちゃん、これから学校に行くんでしょう!!

 それならちゃんとしなくっちゃ!!
 
 姫子さんもちょっと手伝って…

 ほらっ
 
 お姉ちゃんも何時までも惚けてないでこっちに来る!!」
 
と言うと香奈は2人の腕を掴むなり自分の部屋へと押し込んでいった。



パタン…

部屋のドアが閉まると、

「さ・て・と…

 まずは下着からね…」

手をポキポキ鳴らせながら香奈は櫂にゆっくりと近づくと、

「姫子さん、ちょっとお姉ちゃんを押さえつけといてね」

と姫子に命令するなり、

「うりゃぁ!!」

っと襲いかかると櫂が着ていた寝間着代わりのトレーナーを脱がし始めた。

「なっ、香奈っ何をする!!」

ハッと気づいた櫂が声を上げたが、

「何言ってんのっ、

 女の子はねぇ…
 
 そんな色気のかけらもないトランクスは穿かないのよっ」

などと言いながら櫂をあっという間に裸にすると、

「へぇ…お姉ちゃんって結構プロポーション良いじゃない」

と息を切らせながら感想を言う。

「いやぁぁ見ないで!!」

思わず櫂は声を上げたが、

ペン!!

香奈は櫂の体を叩きくと、

「こんな時だけ女の子になりきらないの」

と声を上げた。

「うわぁぁぁぁ〜っ」

姫子は二人のやりとりを一歩引いて眺めていると、

「では、まずはパンティね…

 そしてブラはこれかなぁ…」

と香奈は自分の下着を見繕いつつ、

櫂にそれらを次々と身につけさせていく。

そして、一段落すると、

「姫子さん…」

と声を掛けた。

「はい?」

「替えの制服ってあります?」

そう香奈は姫子に訊ねると、

「えぇ…有りますが…」

「じゃぁお姉ちゃんにちょっと貸して」

と言うなり姫子が持ってきた制服を櫂に着せ始めた。

櫂の姿は見る見る女子高校生へと変化していく、

「ルーズソックスはもぅ時代遅れかな…」

などといいながらも櫂の足に穿かせると、

「そうだ、あたしのお姉ちゃんなんだから

 少しはお化粧をしなくっちゃ!!」

そう言うと香奈は手際よく櫂に化粧を施してゆく、

「ほらっ、ちゃんとブラッシングをしないと

 枝毛になっちゃうでしょう!!」
 
長い髪の毛をブラッシングしたあと、

髪を後頭部でまとめると綺麗なポニーテールとなった。

「よし…これでOKね」

制服の裾をなおしながら香奈が満足そうに言うと、

彼女の目の前には恥ずかしそうに立ちつくしている一人の女子高生がいた。

「まぁ…」

姫子も櫂の華麗な変身に驚いていた。

「さぁて、折角綺麗になったんだから

 学校に行ってちゃんとみんなにお披露目してきてね。

 お姉ちゃんは天下無敵の女子高生なんだから胸張って、
 
 では、行ってらっしゃぁぁい!!」

と言うと香奈は櫂に鞄を押しつけると家から叩き出した。

「ふぅ〜っ、まったく世話の焼ける奴…」

姫子と共に歩いていく櫂の後ろ姿を見ながら、

香奈がため息を付くと、

「さて、あたしも学校に急がなくっちゃ」

と言うと香奈も支度を始めだした。



ニャーニャー…

大勢のネコに見守られながら、

駅から学校へ続く道を櫂と姫子は歩いてゆく、

昨日のうわさ話をしていた登校途中の生徒も、

姫子と並んで歩くもぅ一人の美少女を見たとたん皆息のをんだ。

「誰だ…彼女は…」

「すっげぇ美人…」

「あの湊さんと並んで歩くなんて、知り合いなのかな?」

ざわめきがどよめきとなって通学路を覆い尽くしていく、

櫂は短めのスカートを気にしながら鞄を抱きかかえて歩いていると、

「どうかしました?」

と姫子が声をかけてきた。

「………あのぅ…」

「はい?」

「…いえ…なんでもないです」

櫂は喉元にまで出かかっていた、

”恥ずかしい”

と言う言葉をグッと飲み込むと、

急ぎ足で歩き始めた。

「くっそう…香奈のやつめ…」

と思いながら歩いていくが、

皮肉にも、櫂のこの仕草が結果的に彼女のファンを増やすことになるとは

このとき気づいていなかった。



シュッシュッ!!

チェストー!!

一方、学校の校門前では昨日の雪辱を果たすべく、

完全武装の武道部員達が待ちかまえていた。

「ふっ、昨日は不覚をとったが、

 今日こそはお前の命を頂く…」
 
黒帯を締めた空手部員が

ビシッ!!

っと校名が書かれた表札に手刀を入れると、

パカン!!

と表札は二つに割れ道路上に落ちてゆく、

また、別の所では廻し姿の相撲部員が、

ビシッビシッ!!

樹齢70年のイチョウを相手にテッポウをするが、

既にイチョウの幹は樹皮が剥がれ落ち、やせ細っていた。

やがて、彼らの視界に登校してくる姫子の姿が映る。

「来たぞ!!」

その声と共に

ズザザザザザザ!!!

武道部員達は十重二十重になって櫂を待ちかまえる、

が、しかし…

姫子と共に現れたのが想定外の美少女だったために、

「ぬいわにぃ!!」

皆呆気にとられながら、

「おはようございます」

と挨拶をする姫子と美少女を見送っていた。


「ふぅ…

 どうやら、あの人達のチェックは無事に通過したみたいですね」

姫子は振り返りながらそう言うと、

「……はい…」

櫂は小声で返事をした。

やがて校舎の出入り口の傍まで来たとき、

「あっ…真奈美さぁ〜ん」

姫子は先を歩く真奈美を見つけると、

櫂の手を引きながら駆け寄っていった。

「あっおはようございます、乙姫様、

 校門前で武道部員達が待ちかまえていたけど、

 櫂、無事ですか?」
 
真奈美が姫子を見ながらそう訊ねると、

「えぇ、この通り何事もなく通り過ぎましたわ」

と姫子は答える。

「?」

真奈美が不思議そうな顔をすると、

姫子の陰に隠れるようにして一人の女の子が居ることに気づいた。

「あれ?

 彼女…は…?」

真奈美は彼女の顔を確認しようと姫子の横を回り込むと、

サッ

彼女は真奈美を避けるようにして逃げる。

「?」

彼女の行動が理解できない真奈美に、

「クスッ」

姫子は軽く笑うと、

ボソ…

っと真奈美の耳に口を近づけると簡単に彼女の正体を教えた。

すると…

「………えぇ!!」

真奈美が声を上げると、

「あなた……櫂なの!!」

っと少女を指さして叫んだ。

「……しっしぃぃぃぃっ!!」

櫂は口に人差し指を立ててそう言うと、

「いっ一体、どうしたの?それ…」

真奈美は信じられないモノを見たような表情で訊ねると、

「まぁ…いろいろあってな…」

と櫂は曖昧な返事をしながら下駄箱へと向かう、

「乙姫様ぁ?」

真奈美は矛先を乙姫に向けると、

「はぁちょっとトラブルがありまして」

と姫子が言うと、

「おいっ、別に乙姫様のせいじゃないぞ、

 剣を使ったのは僕の判断なんだから…」

櫂はそう言うと

「ちっ上履きのサイズも合わないか」

とブカブカの上履きを突っかけながら

さっさと廊下を歩いて行った。



ガラッ

櫂は無言で2年4組のドアを開けると、

突然入ってきた謎の美少女に

ざわついていた教室が昨日に続いて再び静まり返った。

「だっ誰だ…彼女は…」

クラスメイトの注目を一身に浴びながら櫂は自分の席に着く。

「あっあのぅ…

 その席は水城君の所だけど…
 
 君は誰?」
 
坂上が櫂に近づいてそう言うと、

櫂がジロッと彼を見るなり、

「ふっ、どうだこの変装は…

 校門前にいたむさ苦しい連中を見事だましたぞ」

と胸をポンと叩いて言い切った。

「はぁ?……まっまさか…お前…櫂か?」

坂上がうわずった声を上げると、

「まぁな…」

っと机に肘をつきながら櫂が答えると、

ぬわにぃ!!!

それを聞いたクラスメイトから一斉に叫び声が上がった。

「どっどうしたんだ、

 それは…」
 
坂上が信じられない様子で訊ねると、

「実は昨日…

 下校途中に真城華代って言う不思議な女の子に会ってな
 
 まぁ、何でも相談に乗るって言うから、
 
 言うのでこのことを話してみたら」

「うん」

「気づいたら女の子になっていた…

 と言うことだ」
 
「はぁぁぁぁぁぁ…」

と言う櫂の話を聞いて坂上は盛んに感心する。



「ちょちょっと真奈美ぃ〜」

櫂に続いて教室に入ってきた真奈美にクラスの女子がそばに寄ってくると、

「本当に彼女…水城君なの?」

と尋ねてきた。

「どうやらそうらしいの…」

真奈美は冷や汗を流しながら答えると、

「でも…こんなことって…」

「本当にあるんだ…」

女子も感心しながら櫂を遠巻きにして眺めた。


「なぁ…

 ってことはさぁ…

 真奈美ちゃんも姫子さんもフリーになったって事じゃないか?」

男子の一人がひそひそ声で話し始めると、
 
「そうだなぁ…
 
 うん、確かに
 
 櫂が女子になったと言うことは、
 
 真奈美ちゃんも姫子さんとの関係もお友達と言うことか…」
 
『チャーンス…』

その言葉が男子達全員の頭の中を駆け抜けていった。

「しかし、こうしてみると櫂も美人だな」

一人が言うと、

「バカ…あれは男だぞ」

と言う声がする。

「でも、いまは女だろう」

「まぁそうだけど、元男と言うのはなぁ…」

「何か問題はあるのか?」

「いやぁ、問題と言えば問題だが…

 無いと言えば無いかなぁ…」
 
「おいどっちなんだっ」

と言う案配で櫂の女性化は様々な方面に波紋を広げ始めていた。



なお、先日同様、

水城櫂の女性化と言う情報を受けた学校側は緊急午前会議を招集したものの、

しかし、彼が湊姫子の関係者であるために

一切不問と言うことで全会一致を見ることになった。

また、姫子親衛隊も緊急の最高幹部会を開き今後の対応を検討した結果…

「姫子親衛隊は本日09:30をもって

 水城櫂に対するすべての敵対行動を無期限停止することを満場一致で議決した」
 
と言う宣言を校内放送で発表した。

こうして、昨日から続いていた異常事態はとりあえず収束を見たが、

しかし…

ナーォ…

一匹のネコがこの様子をジッと眺めていた。

『やれやれ…

 とりあえずこっちは片付いたみたいだな…
 
 しかし…』
 
ネコは視線を移動させると、

トレンチコート姿の男達が数人、学校を見上げていた。

『猫柳めぇ…乙姫に気づいたか』

ネコはそう呟くと、

ヒュンっと姿を消した。



その頃シーキャットは、

必死の思いで鳴門を越えると、

反応炉の点検のために和歌山港にある猫柳重工のドッグに入港していた。



つづく


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