風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第8話:宣戦布告】

作・風祭玲

Vol.172





ガラッ!!

「おっはー」

櫂が教室に入ると

ザワ…

さざ波が広がる様に教室内が一瞬騒がしくなったとたん。

シーン…

全ての音が消えた。

「?、どうしたんだ?

 お前ら…」

自分の席に着きながら櫂が声を上げたが、

彼と目があったクラスメイトはスグに視線を逸らすと

広げた教科書に視線を落とした。

「どうしたのでしょうか?」

姫子が不思議そうな顔をすると、

「さぁ?」

櫂は肩をつぼめるジェスチャーをしてそれに答えた。


ホームルームに続いての1時間目は異様な雰囲気に包まれていた。

そう、私語が一切無いのだ!!

まるで限界までピンと張られたピアノ線のような緊張が教室内を支配する。

その中を

カッカッカッ!!

とチョークの音だけがこだまする。

「……なんなんだ…この静けさは…」

先日来病欠のミールに変わって教壇に立つ、

英語教師の田辺英は言いようもない重圧が

プレッシャーとなって両肩にのしかかって来るのを感じていた。

パキ!!

あまりにも力を入れすぎたために手にしたチョークが真っ二つに折れ、

コンコン!!

っと折れた先が床に落ちたが、

シーーーーーン…

誰一人何もそのことについて発言はしなかった。

キーンコーン…

ようやく授業の終了を告げる鐘がなると、

顔面蒼白の状態で田辺は逃げるようにして教室から出ていった。

しかし、

この状態はその後も続き、次々と教師達を潰していった。

そして生徒達は来るべく”何か”をジッと待ち続けていた。


昼休み…

「はぁぁぁぁ…

 肩凝ったぁぁぁぁ〜っ

 なんなんだ今日は…」
 
弁当を頬張りながら櫂がそう言うと、

「アンタは気軽で良いわねぇ…

 判らないの?
 
 この異様な雰囲気を…」
 
櫂の横でお弁当を食べる真奈美が教室内を指さしながらそう言うと

確かに教室の中には姫子を含めて数人しか残っていなかった。

「昨日とは大分様子が違いますが、

 いつもはこうなんですか?」

お弁当を食べながら姫子が訊ねると、

「いや、いつもはこうじゃないんだが…」

櫂はそう返事をすると、

「おうっ、水城…

 いいのか?
 
 こんなところでノンビリ弁当を食べていて…」

っとパック牛乳を飲みながら坂上賢治が彼に近寄ってきた。

「”のんびり”ってどういうことだ?」

櫂が聞き返すと、

「お前、何も知らないのか?」

呆れながら坂上が言うと、

「あぁ…」

櫂がそう返事をすると、

――やれやれ

坂上はそう言う表情をして、

「お前…姫子さんと同棲しているんだってな」

と告げた。

「はぁ?」

あまりにも突拍子のない言葉に櫂が聞き返すと、

「でだ、この昼休みに”姫子親衛隊”がお前の処罰をするかどうかの

 会議を体育館で開いているんだよ」
 
と坂上は櫂に言う、

「なんだそれは…」

櫂が呆気にとられていると、

「おぉーぃ、ニュース、ニュース!!」

と叫びながらクラスメイトが学校新聞の号外を持ちながら飛び込んできた。

「どうだった?」

坂上が声を上げると、

「えぇっと…

 ”姫子親衛隊”は本日12:00(ヒトフタマルマル)、
 
 湊姫子の身の安全の保証をしつつ、
 
 水城櫂に対して宣戦を布告。
 
 なお、学校側は教師の体調を考慮し
 
 本日午後の授業を取りやめたそうだ」

と声明文を読み上げた。

「なんだ?、それは…」

櫂が呆気にとられながら言うと、

ズドドドドドドド…

廊下をもの凄い音を立てながら、

道着や防具で身を固めた空手部・剣道部・相撲部を先頭に

汗臭さを漂わせながら男どもの集団が廊下を駆け抜けてきた。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

ズドォォォォン!!

彼らが雄叫びをあげながら教室のドアをぶち抜いたとたん

フォン…

姫子の髪が翠色に輝くと、

「ダメ!!」

っと大声を上げた。

すると、

ズドドドドドドドドドドドド!!!

突如青い影が校舎に迫ると、

ドバっ!

ドバっ!!

ドバっ!!!

窓を次々とぶち破って大量の水が校舎内に怒濤のように流れ込んできた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ〜」

「キャァァァァァァァァ!!」

櫂を含め教室内にいたクラスメイト、

そして突入してきた完全武装の部員達全員が

流れ込んできた水に飲み込まれていった。

ズォォォォォォォォ〜っ

押し寄せる水の中、櫂は素早く人魚・カナへと変身すると、

姫子と真奈美を抱きかかえると校舎内を泳いでいく…

「…にっ人魚だ!!」

流されまいとして、梁にしがみついていた坂上は

彼のスグ横を泳いでいく翠色の髪をした人魚の姿を

しっかりと目に焼き付けていた。

「くっそう!!、

 カメラがあれば…」
 
このときほど彼は手元にカメラがなかったことを呪ったことはなかったと言う。

2年4組より吹き出した大量の水は次々と各教室を襲いつつ、

逃げまどう親衛隊員達を飲み込み、

そして、ついには親衛隊員でごった返す棟続きの体育館にも押し寄せていった。



シャァァァァァ…

水が流れ去った体育館の裏で櫂は人間の姿に戻ると、

ペチペチ

「おいっ大丈夫か?」

っと気絶している真奈美と姫子をの頬を叩いて起こした。

「うっううん…」

真奈美が目を開けると、

「…河童の川流れならぬ人魚の川流れだな」

っと櫂が言うと、

「うっ五月蠅いわねぇ…ちょっと油断しただけよ」

と真奈美は強がりを言う、

「……あたしのせいでこんなことに…」

そう言いながら肩を落としている姫子を見た櫂は、

「まーまー、乙姫様…

 乙姫様のおかげで汗くさかった剣道部や相撲部の連中も
 
 少しは綺麗になったでしょう…」
 
と言って励ました。

「…かぁい…もぅちょっと気の利いた言い方はないの?」

真奈美が呆れながら言うと、

「そうだ乙姫様…この水、いまでも乙姫様の配下にあります?」

と流れる水を差して訊ねると、

コクン…

姫子は頷いた。

「それなら、全て蒸発するように指示をしてください」

と真奈美は笑顔で言うと、

パッ

乙姫は明るい顔になると、

スッ

と手を挙げた。すると、

シュワァァァァァァ

校舎内を水浸しにしていた水は次々と消滅し、

やがて跡形も残らずに消えていった。

「これでよし…」

真奈美は満足そうに立ち上がると、

「じゃぁ…今日の授業はコレでおしまいだし

 海彦様探しに行きますか」

真奈美は姫子にそう言うと、

「はいっ」

姫子は笑顔で答えた。

「うわぁぁぁ…」

「うぉぉぉぉぉ…」
 
「………あっあれ?」

校庭まで押し流された生徒達はハッと気づくと

彼らを押し流した水は何処にも無く、

乾いた校庭の土が静かに舞い上がっていた。




夕方…

海人と水姫が通う都立A高校では下校の時刻を迎えていた。

「水姫っ、何にニヤケているんだ?」

楽しそうにしている水姫に海人が訊ねると、

「ふふん…鮎香さんからお手紙が来たのよ」

と水姫が答える。

「鮎香さんって、あの十畳島の鮎香さんからか?」

海人が聞き返すと、

「そうよ…」

「へぇ…異世界から手紙が来るんですか?」

不思議そうに犬塚藤一郎が訊ねると、

「えぇ…あれ以来、満月の夜になると道が開くんです。

 それで、そのときにこうして手紙が渡されるんですよ」

と水姫は封筒を見せながら答えた。

「はぁ…不思議な話ですなぁ」

工藤敬太が口を挟むと、

「ねぇねぇ…なんて書いてあるの?」

と佐々木多恵が水姫に尋ねた。

「ちょっとここじゃぁ…」

水姫が周りを気にしながら言うと、

「よし…それではボクの部屋で聞きましょう」

藤一郎がそう言うなり、

Pi

っと携帯電話を取り出すと、

「藤一郎だが…」

と電話を入れる。

ババババババ…

「お迎えに上がりました!!」

「うむ、ご苦労!!」

程なく迎えに来た自家用ヘリに彼らが乗り込むと、

ヘリは校庭から一直線に藤一郎の自宅へと飛び立っていった。



バラララララ…

「ほぉ…この学校にはヘリが離発着するのか?」

櫂は飛び立っていくヘリを眺めながらそう呟くと

「乙姫様…この学校に海彦様はいらっしゃるのですか?」

と真奈美が尋ねた。

「ウチの学校から、電車で約1時間…かぁ」

櫂が時計を見ながら言うと、

「えぇ…シノの話ではこの学校という話でしたが…」

校門の学校名を見ながら姫子がそう告げると、

「しかし、未だに海彦もその”飛天”の水姫も出て来ませんね」

真奈美は校門から出てくる学生達を眺めながらそう言った。

「…おっ、かわいい娘…」

「…もぅ、真央ったら止めなさいよ」

と言いながら学校から出てきたカップルが乙姫達を見てそう言う、

3人が校門傍で待ちはじめて数時間が過ぎ、

あたりはすっかり日が暮れ、空は星空になっていた。

「部活の連中も帰ったみたいだけど

 乙姫様…どうします?」

櫂が訊ねると、

「…帰りましょう…」

姫子はそう言うと歩き始めた。

「う〜ん」

トボトボと歩く姫子の後ろ姿を眺めながら櫂は、

「そうだ、お腹も減ったし

 マックにでも行きませんか?」

と誘った。

「まっく…ですか?」

乙姫が聞き返すと櫂は頷いた。

真奈美と共に駅前のマックにると、

「うわぁぁぁぁ」

下校途中の学生達でごった返す店内を見て姫子が驚きの声を上げた。

「あっあそこが空いたな…」

櫂は素早く空いている席を見つけると、

姫子と真奈美をそこに誘導するなり、

「じゃぁ…

 僕が買ってきますから、そこで待っていてください」

そう言い残して彼はカウンターへと消えていった。

「…いっぱい居るんですね…」

姫子は店内を見回しながらそう言うと、

「そうですよ…

 何ならまた明日来ましょうか?」
 
と真奈美は言う。

「………」

彼女の言葉に姫子は応えなかった。

やがて櫂が3人分のカルビバーガーセットを持ってくると

「んじゃ食べようか」

「いただきまぁす…」

と言うと櫂と真奈美はそれを食べ始めだした。

「うん、おいしい…」

「昼飯が半端だったからうまいわ」

真奈美と櫂ががっついて食べていると、

「ありがとう…」

姫子はひとことそう礼を言うと

自分の前に出されたハンバーガーを食べ始めた。

「乙姫様、諦めちゃぁダメですよ、

 今日がダメならまた明日がありますから…」
 
櫂は頬張りながら姫子にそう言う、

「うん…」

姫子はそう頷くと、

「櫂…これっておいしいですねっ」

と言うと

姫子はたちどころにハンバーガーセットを平らげてしまった。



「ふぅ…食った食った…」

櫂達がハンバーガー屋から出てくると、

それと入れ替わるようにして別のグループが入ってくる。

「全く…藤一郎の野郎…夕飯ぐらい食わせろってぇの」

とグループの中の一人が声を上げると、

「海人ったら、そんなに食い意地を張らないのっ」

と窘める声がした。

それを聞いた姫子は

ハッ

と立ち止まると思わず振り返った。

「どうしたんですか?」

櫂が姫子に訊ねると、

「……いっいえ、気のせいですね…」

姫子はそう自分に言い聞かせる様にして言うと

「さぁ、行きましょうか」

と言うと歩き始めた。



「ふぅ…すっかり遅くなったなぁ…」

途中駅で真奈美と別れた櫂と姫子は、

自宅の最寄り駅前に立つと星空を眺めた。

「あっそうだ

 ちょっと待ってて下さいね」
 
と櫂は姫子に言い残すと闇に消えた。

「?」

しばらく待った姫子の前に櫂が自転車を引いて現れた。

「お待たせ…コレに乗って帰ろうか」

と彼が言うと、

「これは?」

姫子が櫂に訊ねると、

「自転車というモノです」

と説明した。

「自転車?」

「はい、この間駅に乗り付けたまま置いてあったのを思い出したんですよ

 本来は一人専用の乗り物ですが、今日はコレに乗って帰りましょう」

ポン!!

っと言って櫂は自転車を叩いた。


「それでは行きますよぉ〜」

櫂は後輪の車軸の上に姫子を立たせると、

キィ…

自転車を漕ぎ出した。

シャァァァァァァ…

二人を乗せて自転車は夜の街を進む、

フワァァァ〜っ

髪をたなびかせながら姫子は星空を見上げると、

「……夜空というモノをこんな感じで眺めたのは初めてです」

と姫子が呟くと、

「え?」

良く聞こえなかったのか櫂が聞き返した。

「綺麗ですね…夜空が…」

姫子が言い直すと、

「そっそうですか」

そう櫂が答える。

「櫂…ありがとう」

姫子は櫂の肩に手を乗せながら彼の耳元で囁くと、

「…この星空を竜王様は見ている…

 そう思うと元気が出ました」

と続けた。

「うん、そうですよね」

櫂が返事をすると、

二人を乗せた自転車は水城家に向けて一直線に進んでいった。

………

しばらく時間をおいて

ヒュン!!

トレンチコート姿の男が現れると、

二人を後を付けるようにして夜の街に消えていった。



「ねぇ海人ぉ…」

「うん?」

夜空を眺めながら水姫が海人に訊ねる。

「今日……駅前のマックに乙姫が居たわね」

「え?」

海人は水姫の言葉に驚くと、

「気が付かなかったの?」

と呆れた口調で言った。

「そっか…今日乙姫が居たのか…

 ……………………ぬわにぃ!!」

海人は大声を上げた。

「………本当に知らなかったの?」

「あぁ……

 でも、なんで…こっちに」

海人は信じられない顔をすると、

「さぁね…

 ひょっとしてあんたを捜しに来たのかもよ」

と再び夜空を見上げて言う。

「う゛〜ん…」

「どうする?、乙姫と一緒に竜宮へ行く?」

と悪戯っぽく水姫が笑った。



キィッ

自転車が櫂の自宅に到着すると、

「よっ…」

タン!!

と言うかけ声と共に姫子は自転車から飛び降りた。

「じゃぁ僕はコレを車庫に置いてきますので」

そう言いながら、

カラカラ…

と櫂が自転車を押していくと、

フッ…

二人の人影が夜の闇から浮かび出てきた。

「誰だ…」

ガシャン…

櫂は自転車を手放すと二人の前に立った。

「お前達…どうしたのですか?」

櫂の後ろで姫子が声を上げると、

「え?、知り合いなんですか?」

振り返りながら櫂が姫子に訊ねると、

タタタタタタ…

黒メガネにスーツ姿の女性二人がいきなり櫂に向かって走ってきた。

「うわっ」

思わず櫂が身構えると彼女たちは櫂の脇を通り過ぎ、

「ハッ!!」

っとかけ声と共に飛び上がり闇に向け飛びかかった。

すると、

タン!!

トレンチコート姿の男が闇の中から飛び出してくるなり、

人間とは思えないスピードで姫子目がけて突っ走ってくる。

「海魔…」

櫂は咄嗟に男の正体を見切るとその前に立ちはだかると、

ギン!!

”竜牙の剣”を出すとおもむろに構えた。

「あっ待って…」

姫子は櫂のその姿を見て声を上げたが

彼にはその声は届いていなかった。

シュゥゥゥン

櫂の髪が翠に染まりながら伸びる。

「シャァァァァァ」

男は海魔の本性を出すと櫂に向かって飛びかかってくる。

フォォォン…

”竜牙の剣”が翠色に輝くと、

うりゃぁぁぁぁ〜っ

飛びかかってきた海魔に向かって剣を思いっきり振り下ろした。

ザン…!!

翠色の軌跡を描きながら剣先が海魔を袈裟懸けのように切り裂く、

「グォォォォォォ…」

海魔は悲鳴を上げながら道路上を転げ回ったのち、

サァァァァ〜っ

っと砂が崩れるようにして消滅していった。

ふぅぅぅ…

「何で海魔が…」

ハタハタ…

さっきまで海魔が着ていた服が夜風にはためく…

「姫様、大丈夫ですか?」

黒メガネの女性達が姫子の傍に跪くと、

「えぇ、私は大丈夫です…

 それより櫂…お体に何もありませんか?」
 
と姫子は櫂の傍によると頬をなでながら訊ねると、

「えぇ、僕は大丈夫ですが何か?」

櫂がそう聞き返すと、

「いえ、何もないのなら良いのですが」

と言うと

「あら…」

姫子は道路上に何かを見つけるとそれを拾い上げた。

「なんですか、それ?」

櫂がのぞき込むと

キラッ☆

姫子の掌の上にネコと柳を図案化したバッジが一個転がっていた。

「ネコと柳?」

櫂はバッジを取り上げるとそれを不思議そうに眺めた。



一方、その頃瀬戸内を航行していたシーキャットは

鳴門海峡を目の前にして停泊していた。

一旦は回復した反応炉の出力が再び低下したのであった。

「これの状態で鳴門を越えるのは無理です」

そう進言するメカニックに

「えぇい、ここまで来て引き返すことはまかりならん!!

 何としても持ち直させろ!!」
 
泰三の厳命が飛ぶ。



そして翌朝…

「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

水城家に櫂の悲鳴が上がった。



つづく


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