風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第6話:初体験】

作・風祭玲

Vol.166





「翠玉波っ!!」

と言う掛け声と共に、

シュバババババ〜〜〜ン!!

翠色の光が走ると、

ちゅどぉぉぉぉん!!

夕闇の河川敷に轟音が轟いた。

「うわぁぁぁぁ〜っ」

ドサッ!!

無惨にも吹き飛ばされたトレンチコート姿の男の一人が、

沙夜子の目の前に放り出されると、

ハイッ

と言うかけ声と共に彼女は一枚の札を空中に放り投げた。

そして、

ハッ

と気合いを掛けたとたん、

ボムッ…

滞空していた札が破裂すると、

ピンク色をした丸い物体が姿を現してそのまま、

ズムッ!!

っと倒れている男の背中の上に落ちた。

グエェェェ…

男の押しつぶされたような悲鳴を聞き届けると、

沙夜子は勝ち誇ったように苦しんでいる男の前に立ち、

パシッ

っと広げた雷竜扇を折り畳むと、

「相変わらず懲りない奴らだなぁ…

 でぇっ、今日こそは聞かせて貰うぞ、
 
 お前等の目的は何だ?
 
 何故俺達をつけねらう?
 
 命令したのは誰だ?」
 
と矢継ぎ早に質問をした。

「くっ」

男が歯を食いしばって何も言わないでいると、

「あっそう…判った…」

と言うなり、

パチン!!

っと右手の指を鳴らした。

すると、

ズムッ

ピンク色の物体の重量が見る見る増加し始めた。

「ぐわぁぁぁぁぁ」

男の口から悲鳴が上がる。

「ほーら、

 さっさと白状しないと、この子に押しつぶされちゃうぞぉ〜っ」

沙夜子は男の目の前で屈み込み顎を両手の上に乗せてそう言うと、

「だっ誰が言うか…」

男は顔を上げてそう言い放った。

「ふぅ〜ん?

 その元気いつまで続くかなぁ〜っ」

ニコニコしながら沙夜子は言うと、

ミシッミシッ

ピンク色のそれは男の限界点へと体重を増やしていった。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜っ」

男は油汗を流しながら必死に耐える。

「あんたも頑張るねぇ…」

既にピンク色の重量は幕内の重量力士並になっていたが、

それでも男は口を割らなかった。

しかし、男の顔色が紫色から白くなると、

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜っ」

と言う悲鳴を残して、

ガクッ

と彼は気を失ってしまった。

「ちっ、なんだ…もぅお仕舞いか」

沙夜子はそう呟くと、

「”ちっち”もぅいいぞ」

と男の上の物体に叫んだ。

ちぃ〜っ

ピンク色の物体はそう一鳴きすると、

ポムっ

と言う音共に

ヒラリ…

一枚の札になって気絶している男の上に舞い降りた。

「さ・て・と…

 どんな奴なのかなぁ〜っ」

と言いながら沙夜子が気絶している男からコートを剥ぎ取ると、

「うわっ何コレ?」

ズシリと腕に食い込むコートの重さに思わず声を上げた。

「何が入ってこんなに重いの?」

と言いながら逆さにコートを振ってみると、

ガチャガチャガチャ

出るわ出るわ…

携帯電話に電子手帳、双眼鏡に…

と言う案配で様々なグッズが山のように落ちてきた。

「うわぁぁぁぁ、まるで歩くオフィスね…」

沙夜子は呆れながらグッズを一通り眺め、

そして再び男をじっくりと見聞したとき、

「!!っ…コイツ…人間じゃない…」

彼女はオトコの正体に気づくと反射的に一歩下がった。

そして制服の懐に仕舞い込んだ雷竜扇に手を伸ばそうとしたとき

カッ!!

突然男の目が見開くと、

シャッ!!

間髪入れずに沙夜子に飛びかかってきた。

「くおのっ」

沙夜子は咄嗟に飛びかかってきた男の胸元を掴むと、

男の下に仰向けになって潜り込んだ、

そして、

「えぇいっ!!」

と言うかけ声と共に右足で男の腹部を思いっきり蹴り上げた。

グホッ!!

男の身体が沙夜子の前方へと飛んでいく、

ドサッ!!

男が地面に落ちる音と共に沙夜子は起きあがると

「うらぁっ」

すぐに飛び掛かろうとしたが、

「あっ」

男の落ちた所には彼の姿がなく、

代わりにその場から這いずったような後が近くの川へと続いていた。

「アイツ…海魔…だったのか?」

荒れた息を整えながら沙夜子は男が消えた川をじっと眺めていた。



「おっ乙姫さま?」

それより少し前、

櫂は姫子の正体を聞かされ呆然としていた。

「その姿のカナを見たときには驚きましたよ」

姫子は微笑みながらそう言うと、

「海彦様もそういうお姿でいられるのかしら…」

と呟きながら櫂をギュッ抱きしめた。

「うわっむっ」

乙姫の胸の谷間に顔を埋められた櫂は、

思わず手をばたつかせたが、

ビクン!!

姫子の感触に自分の下半身が勝手に反応したのを知るや否や、

「ごめんなさい!!」

と叫びながら姫子の手を振りほどくと

ドタドタドタ!!

大慌てで階段を駆け上がり、

バタン!!

と櫂は自分の部屋に飛び込むとその場にへたり込んだ。



「……あっ……あたし…」
 
ハッと気づいた姫子が思わず紅い顔になると、

一部始終を見ていた妹の香奈が、

「まぁまぁ、乙姫さま…

 お兄ちゃん、あぁ見えても結構シャイだから
 
 そんなに気にすることはないよ」
 
と言いながら姫子の肩をポンと叩いた。

「はぁ、そういうものなんでしょうか?」

そう言いながら姫子は櫂が消えた2階を見上げていた。


「はぁ…」

櫂は未だ元気な下半身を眺めながら

「こら…

 あの人は乙姫さまなんだぞ…

 お前もちっとは遠慮しろっ」
 
と呟くと、

制服のポケットから携帯電話を取り出すなり、

PiPiっと短縮ダイヤルを操作すると電話をかけた。

「あぁ…真奈美か…

 湊姫子の正体が分かったぞ…」
 
と電話口に出た真奈美に姫子の正体を伝え始めた。


『えぇっ!!、乙姫さまだってぇ!!』

電話の向こうで真奈美の叫び声が響く、

「あぁ…

 この間、乙姫さまが言っていた事って
 
 あの場の思いつきじゃぁなかったんだ」
 
やや疲れた口調で櫂が言うと、

『でも、よく判ったわね…』

「まぁな、だっていま乙姫さまウチにいるからな」

『え?、なに、櫂の所にいるの?』

「あぁ…しばらくの間世話になるみたいだ」

『あらまっ、でも良かったじゃない、

 学校のマドンナと一つ屋根の下なんて…
 
 男子達が聞いたら羨ましがるわよぉ〜』
 
と悪戯っぽく真奈美が言うと、

「よせよ…

 こんなこと連中に知れたら確実に殺されるぞ」

っと真奈美の返事に櫂が真剣そうに言うと

『カナ…

 乙姫さまの海彦様探しの大役…

 まぁ死なない程度に頑張ってね』

と真奈美は半分無責任な返事を櫂にすると

プッ

と電話を切ってしまった。

「おっおい、乙姫さまを僕一人に押しつけ…

 あっ、アイツ…切りやがった…」

櫂は回線が切れた携帯を放り出すと、

「だぁぁぁぁぁぁ〜っ
 
 ってことはなんだ?
 
 オトちゃんの面倒は僕一人で見るってことかよぉ」
 
と叫びながらそのままベッドの上に倒れ込んだ。



その日の夕食は乙姫こと姫子の質問責めから始まった。

「そうか、乙姫さまってこういう食事は初めてなのね」

感心なしながら香奈が言うと、

「えぇ…陸でのこういう食事は今日が初めてなもので」

物珍しそうに出されたご飯やみそ汁を眺めながら姫子が返事をすると、

「カナ…陸の人はこういう風に魚を加工して食べるのですか?」

と櫂に声をかけた。

すると

「あっふぁい」

と言ってご飯を頬張っていた香奈が返事をする。

「あっ、ごめんなさい…

 こっちでは櫂でしたね」

それに気づいた姫子が謝ると、

「はっはぁ…」

櫂はやや緊張した面もちで返事をする。

「お兄ちゃん…

 なに緊張しているのよ、らしくないわねぇ」

笑いながら香奈が櫂の様子をからかうと

「うるせー」

櫂は悪態をつきながらご飯を口に運んでいた。



そして彼にとって次の悲劇はその後の入浴中に発生した。

カポーン

――ふぅ…

ぐでぇ〜っ

っと櫂が今日一日の騒動を思い返しながら湯船に浸かっていると、

トタトタトタ…

っと言う音共に隣の更衣室に誰かが入ってきた。

っとその時の櫂の認識力は入浴による開放感からか、

乙姫に関する事柄は完全に切り離されていて、

――香奈が何かを取りに来たな…

程度にしか認識をしていなかった。

しばらくして、

シュル…

パサ…

更衣室から着ているモノを脱ぐ音が聞こえてきた。

その音を聞いた櫂は、

あんにゃろ…

「おいっ香奈、先に入って居るぞ!!」

と声を上げた。

するとスグに静かになったので、

「よし引き上げたな…」

と思いながら湯船から立ち上がるのと同時に、

ガチャッ

ドアが開き、一糸まとわぬ姿の姫子が浴室に入ってきた。

「うわっ!!」

櫂は思わず声を上げると、

ザブン!!

慌てて湯船の中に自分の下半身を押し込んだ。

「おっおっおっ、乙姫さま…」

櫂が震える声で言うと、

「へぇ…これがお風呂というモノですか?」

と姫子は感心しながら浴室の感想を言う。

そして、

「あんまり水は多くないんですね?」

と言いながら櫂が浸かっている湯船に近づいてきた。

「わっわっわっ」

間近で見る姫子の身体に櫂の下半身が反応を始めた。

「ばっ、ばか」

顔を紅くしながら櫂は必死になって股間を両手で押させると、

「?」

姫子は不思議そうな顔をしながら櫂を眺めた。

そして、そんな櫂の様子に

「どうしたのですか?」

と腰を落として訊ねると、

「いっいえっ、何でもありません」

と言いながら櫂は姫子に背を向けた。

「背中を見せてしまっては話が出来ませんよ」

笑いながら姫子が言うと、

櫂は何とか姫子の注意を自分から逸らそうとして、

右側の壁を指さすと、

「おっ乙姫様、先にシャワーを浴びたらどうです?

 いきなりお湯はお体に悪いと思いますが」
 
と言うと、

「シャワー?」

再び立ち上がった姫子は右側の壁にあるシャワーに方へと近寄っていき、

「カナ…じゃなかった櫂…これはどうすればいいのですか?」

と尋ねた。

「はいっ、その下についている蛇口を捻ってみてください

 水が出ますから…」
 
と説明すると、

姫子はシャワーに近づき不思議そうに眺めはじめた。

「よし…いまのうちに…」

櫂は姫子がシャワーに興味を示している間に浴室から脱出しようと、

下半身を両手で隠しながらそっとドアに向かって移動を始めた。

そして、あと一歩でドアの取っ手に手が掛かると言うところまで来たとき、

「えいっ」

姫子が蛇口を思いっきり回した。

すると、

シャーーーッ

ノズルからお湯が噴き出した。

しかし、突然出てきたお湯に、

「きゃぁっ!!」

と姫子は悲鳴を上げると、

ちょうど真後ろにいた櫂に思わず飛びついてしまった。

フニャッ

姫子の柔らかい身体が櫂の身体を包み込む、

「あっ!!」

長湯による逆上せも手伝って櫂の意識は、

そのままフェードアウトしていった。


「……!!

 あっあれ」

ふと意識が戻った櫂は目を開けると、

「気づかれましたか?」

彼の視野いっぱいに人魚化した乙姫の姿が入ってきた。

「え?あぁっ!!」

そう櫂はいつの間にか乙姫の尾鰭を枕にして寝かされていた。

ハッと櫂が起きあがろうとすると、

「駄目ですよ…」

乙姫は櫂に優しく言う、

「はっはぁ…」

ドキドキしながら櫂が答えると、

「突然お湯が出てきたのでびっくりしてしまいました。

 陸の人たちって色々な物を作るんですね」
 
と感心しながら言うと、

「はっまぁそうですね」

と櫂は緊張した面もちで答える。

すると、乙姫は不思議そうな顔をすると

「あのぅ…」

櫂の下半身を見ながら尋ねてきた。

「?」

「コレって何ですか?」

「え?」

「あたしには無いのですが、カナにはあるんですね」

そう指摘されて櫂がふと下を見ると、

元気よく起立している自分のシンボルを乙姫の手の中にあった。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

叫びながら櫂が股間を押さえて飛び起きると、

「お兄ちゃん、いつまでお風呂に入っているのっ!!」

っと香奈が文句を言いながら勢いよくドアを開けた。


「あっ…」

沈黙と言う時の流れが浴室内を支配した。

「…………………」

「ふぅ〜ん………

 お兄ちゃん……

 不潔っ」

その一言を残して香奈は浴室のドアを静かに閉めた。

「ちっ違う、こらっ、香奈…待て…」

こうして、水城櫂を襲った悲劇の第一幕は静かに降りていった。



時間軸を少し戻して、ココは巫女神家…

「あれ?

 マイ…お前…なにをしているんだ?」

あと一歩で逃がした男が残したアイテムを詰め込んだ紙袋を持って

沙夜子が帰ってくると、

庭の泉で居候人魚のマイがせっせとおめかしをしていた。

「あぁ、沙夜か…

 実はね、いま乙姫さまがこっちに来ているんだって

 だからマイはこれからちょっとご挨拶に行ってきます」

と言うとイソイソと準備を始めた。

「乙姫さまが?

 こっちに来ているって?」
 
要領が掴めない沙夜子が聞き返すと、

マイは一つの玉を取り出した。

そして、それを見た沙夜子が

「あっコラ…それは俺の竜玉ぅ!!」

っと叫び声を挙げた。

「あぁ、コレ?、またちょっと借り手くね」

マイは竜玉を指さしてそう言うと、

「おっおいっ、

 借りていくって、お前まさか…」

沙夜子の言葉か終わらないウチに

キンっ

マイは竜玉を発動させた。

「こっこら、そこでそれをやると…」

バシュン!!

泉の水全体が翠色に輝いたと思ったとたん。

フッ

マイの姿は泉の水と共に消えた。

「あのバカ…」

水が消え干上がった泉を眺めながら沙夜子は呟いた。



一方、シーキャットはと言うと、

「船長!!

 関門海峡が通行止めってどういうことですか?」
 
「あぁ、海保からの指示でな、今夜は通るなと言うことだそうだ」

彦島沖で待機している貨物船のなかでそう言う会話が行われているとき、

その関門海峡を一隻の大型潜水艦が半潜状態で、

ゆっくりと関門海峡を通過してゆく。

艦内で起きた議論を、

「瀬戸内を行く…」

と言う泰三の鶴の一声で瀬戸内ルートを通ることになったシーキャットは

関東沖を目指して関門海峡を通過していた。



つづく


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