風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第5話:姫子】

作・風祭玲

Vol.164





シーン…

教室内から一切の音が消えた。

そのときの様子を伝える学級日誌”2年B組繁盛記”には

”教室中に張られた糸が一気に切れていく音が聞こえた…”

とも記されていた。



「頼みますよ、櫂…」

櫂の顔を見ながら姫子はそう呟くとギュッと彼を抱きしめた。

「え…えぇーと…」

ポリポリ…

頬を掻きながら櫂はこの状況をどうしていいのか戸惑っていると、

ズシン!!

地響きとともに2人の前に仁王立ちになった真奈美が見下ろしながら、

「かぁ〜い?、この娘とお知り合いなの?」

っと表情は笑顔のままだが、やや冷たい口調でそう言った。

「え?、いっいや…」

未だに事態が飲み込めない櫂が見上げながら返事をすると、

「あの…」

真奈美の方を振り向いた姫子が言葉を挟んだ。

ギロっ

「あんたは…黙ってて…」

真奈美は姫子を一瞬睨み付けそう言うと、

ビクッ!!

驚いた彼女の口からは次の言葉が出てこなかった。



「うぉっほんっ!!」

突如教室内に大勢の咳払いが響き渡ると、

ガタ…ガタ…ガタ…

男子生徒達が次々と立ち上がりはじめた。

「おっ、おいっお前ら、

 まだホームルームは終わってないぞ」

担任の山田が制しようとして声を挙げたものの、

彼らはそれを一切無視するとゾロゾロと櫂の周りを取り囲み始めた。

「ちょちょっとなによ…」

彼らの異様な雰囲気に真奈美が声を挙げたが、

誰もそれには答えず一人が一歩櫂の前に出てくるなり、

「水城くん、

 …君は美作さんと言う彼女がいる身でありながら、
 
 このような女人と深ぁ〜ぃお知り合いだったとは、
 
 いやはや、失望したよ」

っと告げ、またすぐに別の一人が、

「…右手に美作さん、左手に湊さんとは
 
 いやぁまさに両手に花だねぇ…」

などと口々に言い始めた。

そして一瞬の沈黙の後、

「フッフッフッ…」

不気味な含み笑いが響き渡ったとたん、

「えぇぇぇいっ!!

 たとえお天道様がそれを許しても俺達は許さないぞ!!」

と言う叫び声が挙がると、教室内に殺気がみなぎり始めた。

「ちょ…ちょっと待て!!

 お前等どうかしているぞ、
 
 おっ俺は、湊なんて女の子は知らないし
 
 会ったのもいまが初めてだ!!」
 
とっさに櫂がそう叫ぶと、

「そんな…知らないだなんて…

 だって…約束してくれたじゃないっ
 
 わたしを守ってくれるって…」
 
姫子は櫂の顔を見ながら涙目で訴えた。

ところが、そ言う2人のやりとりが

男子生徒達の怒りの火に油を注ぐ事になってしまった。

ビリビリと迫る無言の圧力に、

「まっ真奈美ぃ」

櫂は真奈美に助けを求めてにじり寄ったが、

「知らないっ」

彼女はプイっと横を向くとさっさと自分の席に着いてしまった。

「おいっ、そろそろ授業なのだが…」

時計を気にした山田が男子生徒達に言い聞かせようとするが、

既に彼らの頭の中には授業という単語は消去されていた。

ジリジリと追いつめられていく櫂…

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ〜っ」

男子生徒達からは猛烈な殺気がさらに一層立ち上っていた。

「まずいっ」

櫂は即座に自分の身の危険を察すると、

ダッ!!

姫子の手をふりほどくと、脱兎のごとく教室から飛び出していった。

「!!っ

 逃げたぞっ、追え〜っ!!」

ズドドドドドド!!!

櫂の後を追って男子生徒達も地響きをたてながら次々と教室から飛び出して行く、

「うぉぉぉぉぉぉぉ〜」

「いったい、僕が何をしたって言うんだ!!」

「やかましいっ、両手に花なぞそんな羨ましい状況を俺達は認めないぞ」

「そんなこと言われても、僕は何も知らないぞ」

「知らない訳はなかろう」

「しらん、ちゅーに」

ズドドドドドドドド

校内を地響きが駆け抜けていく、



「………先生?」

「あっあぁ…」

呆気にとられていた山田が真奈美の一言で我に返ると、

「じゃ、じゃぁ、1時間目の授業を始める。

 教科書の68ページを開いて…」
 
と言うと女子だけが残っている教室で授業を始めた。

ツンツン

「ねぇ…真奈美ぃ〜っ

 いいの?」

教科書を開いた真奈美の脇腹を他の女子が突っついた。

「なにが?」

「アンタの彼氏…」

「知らない…自業自得よ…」

っと真奈美は言うが。

「でも、湊さん、どこかで会っていたような気がする…」

櫂の隣の席で教科書を広げている姫子から出てくる雰囲気に

真奈美にも心当たりがあった。

しかし、それが何時何処でなのかは思い出せなかった。


そのころ…

「くっそう、水城の奴、何処に消えた」

「探せぇ〜」

男子生徒達は姿を見失った櫂の姿を求めて校庭中を探し回っていた。

そして、そんな彼らを後目に

ゴボ…

校舎裏にある池の底で這い蹲るようにして一人の人魚がじっと息を凝らしていた。

「まったく…なんなんだよぉ〜っ」

櫂は突然舞い込んできた人魚を珍しそうに寄ってくる鯉や金魚を払いのけながら、

光り輝く水面を見上げるとボソッとそう呟いていた。



キーンコーン!!

午前の授業が終わり昼休みになると、

姫子の周りには案の定黒山の人だかりが出来上がる。

その様子を見ながら真奈美は教室を抜け出すと、

あれっきり姿を見せない櫂の姿を捜して校内を歩き回り始めた。

「まったく櫂ったら…

 あれっきり戻ってこないけど…
 
 ホント世話の焼ける奴」

そうブツブツ文句を言いながら心当たりを隈無く捜してみたが、

何処にも櫂の姿を見つけることが出来なかった。

やがて、校庭裏の池の傍を通りかかったとき…

「あっ…まさか…」
 
真奈美は池を見て何か思いつくと、

近くで生い茂っている草むらをかき分け始めた、

そして、

「あっやっぱり…」

そう、巧妙に隠された櫂の制服と下着を見つけると、

「と言うことは…あそこね」

池の水面を見ながら、櫂の居場所を見据えた。


「よいしょっ」

真奈美は傍にあった一抱えもある石を持ち上げると、

「うりゃぁぁぁっ〜」

っと叫びながらその石を池に目がけて放り込んだ、

ドボン!!

池から大きめの水柱が上がりしばらくすると、

「痛ってぇ…」

頭を押さえながら翠色の髪をした人魚が水面に浮き上がってきた。

「それくらい我慢しなさい、男の子でしょう」

腰に両手を置いた格好で真奈美が言うと、

「あんだよぉ、人が気持ちよく寝ていたのにぃ」

そう言って文句を言う櫂に

「で、彼女はいったい誰なの?」

と再び質問をした。

「しっ知らないよ」

「ウソおっしゃい」

「本当だってば」

相変わらずの押し問答に真奈美は再び石を持ち上げると、

「本当のこと言わないと、コレ、また放り込むわよ」

と凄んだ。

「だ・か・ら…」

櫂が大声を上げたところで、

「美作さーん」

そう叫びながら姫子が校舎から飛び出して来ると、

ややぎこちない足取りで真奈美に近寄ってきた。

「わっヤバ…」

櫂は慌てて水の中に潜る。

「湊さん…どうしたの?」

真奈美が近づいていた姫子に訊ねると、

「えぇっ…あのなにか誤解を与えてしまったみたいで…」

「誤解?」

「はい…

 あのぅ…あたし…」
 
「?」

「判りませんか?、おと…」

と姫子が言ったところで、

「姫子さぁ〜ん」

よそのクラスの男子達をも巻き込んでクラスの男子達が

ドドドドドっと彼女を追ってきた。

「はい?」

男子達は驚いている姫子の前にビシッと整列すると、

「実はつい今し方、我々は姫子さんの親衛隊を結成しました

 ご安心くださいっ!!
 
 水城のスケベ野郎からあなたを守るために我々は命を捨てる覚悟です」

と高らかに宣言した。

「ぬわにぃがスケベ野郎だ!!」

池の中でそれを聞いていた櫂は池の底に手を置くと、

フンっ

っと力を入れた。

その途端、

パンっ

櫂の手の周囲が一瞬光ると、

ゴゴゴゴゴゴゴ…

すぐにそれに連動するようにして突然地鳴りがなると、

ブワッ!!

男子生徒達の真下から水が噴きあがった。

ウワァァァァ〜っ

突如噴きあがった水に驚きの声を上げながら、

整列をしていた男子生徒達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「もぅカナったら…」

真奈美は水の流れを見極めるとすぐに安全圏に移動して噴きあがる水を眺めていた。

そのとき、

「あら…?」

至近距離で水を浴びているはずの姫子がなぜか服を濡らさずに

噴きあがる水を眺めている様子が目に入ってきた。

「うそ…

 あんな傍にいるのに、彼女には全然水が掛かっていない…

 どういうこと?」

真奈美は驚きもせずに水を眺めている彼女の姿に疑問を持ち始めていた。



「なんだ!!、

 どうした…」

「水道管が破裂したのかっ」

突然噴きあった水に驚いた教師達が次々飛び出してくる。

「あっ櫂…」

駆け寄ってくる教師達の後方をいつの間にか人化し服を着た櫂が、

素知らぬ顔で戻っていく姿を見た真奈美は、

「まったく…もぅ」

と言うと櫂の後を追うようにして校舎に戻って行った。

「あらあら…」

姫子はそんな二人の様子を眺めながらクスリと笑うと、

「おいっ、大丈夫か?」

そう叫びながら駆け寄ってきた教師達に

「はい…大丈夫です」

と彼女は返事をすると、

「教室に戻ってもいいですか?」

と聞き返した。

結局、午後の授業は吹き出した水で校庭が水浸しになったことと、

池の近くにあった電源設備に水が浸かり停電してしまったために、

午前中で打ち切りとなってしまった。



「あぁ…ひでぇめに会った」

「自業自得よ…」

「言っとくが、僕は本当に知らないんだぞ…」

騒ぎで部活も中止になってしまったために櫂と真奈美は一緒に学校を出た。

「…本当に知らないの?」

「当たり前だろう…」

「…判ったわ…一応信じてあげる」

「あのなぁ」

「でも、姫子さんって何処かであっているような気がするのよねぇ」

真奈美が考えながら言うと、

「だろう?、実は僕もそう思っているんだ」

と言う櫂の返事に真奈美はキッと櫂を睨み付けると、

「なによっ、じゃぁやっぱり知り合い何じゃないっ」

と叫んだ。

「だから…そう言う意味じゃないって」

「じゃぁどう言う意味よっ」

「いいか、これだけはハッキリさせておく

 僕が湊さんと会ったのは今日が初めて…
 
 しかし、湊さんが持っている雰囲気には以前何処かで会った事がある
 
 と言って居るんだ!!」

と強う調子で叫んだ。

「そんな大声で怒鳴らなくってもそれくらい判っているわよっ

 ちょっとからかってみただけじゃない」

「あん?」

「にしても、人騒がせな娘ねぇ…」

そう言いながら複数の業者の車が止まっている校舎を振り返った真奈美の頭の中は

既に切り替えられていた。



「ただいまぁ…」

疲れた口調で櫂が自宅の玄関のドアを開けると、

トタトタトタ…

「お帰りなさぁい〜☆」

その声と共に家の中から姫子が飛び出してくると櫂に抱きついた。

「なっなんでぇ〜っ」

櫂が叫び声を挙げると、

「あら、櫂、帰ってきたの」

母親の綾乃も続いて出てきた。

「かっかあさん…これは?」

櫂が姫子を指さして言うと、

「ちゃんと、乙姫さまにご挨拶した?」

と綾乃は櫂に言う。

「へ?…乙姫さま?…何処に?」

意味が分からない櫂が聞き返すと、

「何バカ言ってんのっ、あんたの目の前にいる方よっ」

っと綾乃は呆れた口調で櫂に言った。

「?………

 あのぅ……
 
 まさか……」
 
櫂が姫子を指さして確認する表情をすると、

コクン

綾乃はすぐに頷いた。

「んなぁぁぁぁぁ〜にぃっ」

ひと呼吸おいて水城家に櫂の叫び声が響き渡った。



そのころ、竜宮侵攻を目指して佐世保を発ったシーキャットはというと、

トラブルのために緊急停止した反応炉を、

天に祈る気持ちで再起動をかけたところ運良く再起動に成功。

なんとか漂流状態から脱することが出来た。

しかし…

「私は、ここから南下し大隅半島を回って、

 太平洋に出るコースを取るべきだと思いますが」

「いや、北上して津軽海峡から三陸を回った方が」

「関門海峡から豊予海峡を抜けるべし」

「瀬戸内を通った方が…」

と言う案配で関東沖へ行くルートを巡り揉めていた。



つづく


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