風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第4話:転校生】

作・風祭玲

Vol.163






「イタタタ…」

ここ、アトラン東京事務所の一室にあるベッド上に、

ミールが体中包帯で巻かれた姿で悲鳴を上げていると、

「ご苦労様…ミール」

彼女の真横でそう労いの言葉をかけるものの、

ミールが文字通り命がけで撮影してきたデータを、

ノートPCで興味深そうに閲覧しているリムルの姿があった。

「ちょっとぉ…リムルぅ…

 もぅ少し心のこもった言葉をかけられないのぉ」

リムルの素っ気ない言葉にミールが顔を上げて文句を言うと、

「だから…ご苦労様…って言っているでしょう、

 それに人間相手にこんな目に遭わされるなんて、

 ちょっと体が鈍ったんじゃないの?」

と液晶ディスプレイから目を離さずにリムルが答える。

「もぅっ…」

そう言ってプッと膨れるミールに

「あの乙姫を狙うとは…

 この猫柳泰三と言う男…

 随分と大きく出たものねぇ」

リムルは感嘆の声を上げた。

「しかも、このシーキャットという潜水艦もまた…」

「そんなにスゴイの?」

起きあがったミールがディプレイをのぞき込みながら訊ねると、

「えぇ…

 全長250m、排水量10000トン

 総チタン製の鋼体に特殊ゴムの皮膜を覆い
 
 動力炉にはトカマク型核融合炉を搭載。
 
 推進方式は従来のスクリュー式を廃した電磁推進方式で
 
 最高速度は理論上200ノット、

 まぁ実際の海中でそんな速度出せるわけないし、

 それに本当に出したら乗組員達みんな死んじゃうわ…

 でも、とんだ化け物であることには変わりないわね」

あきれた口調でリムルが言う、

「デザインもふつーの潜水艦というより、なんかジンベイザメって感じだしね」

「こんな潜水艦、ロシアやアメリカにもないわ」

「ん?ちょっと待って…リムル」

データをスクロールしていたリムルの手をミールが遮った。

「どうしたの?」

「上に戻って…」

「?」

真剣そうな目つきでミールがディスプレイを見ていると、

「ちょっとぉ、

 攻撃用兵器の一覧に原子爆弾なんてぇのがあるけど

 まさか連中…
 
 竜宮を核攻撃しようとしているの?」
 
ミールが声を上げた。

「まさか…何かの間違いでしょう?」

「でも、確かに漢字でそう書いてあるよ」

「しかし…

 この国には核兵器は存在しないはずだし…
 
 世界的に見ても核兵器の新規製造は禁じられているはずだけど…」
 
考える目でリムルは答えた。

「じゃぁ…闇ルートで手に入れてきたってこと?」

「……」

ミールの質問にリムルは答えず、

「ちょっと調べてみるか…」

と呟くと素早く一通のメールを打ち込むと送信ボタンを押した。

「なに?、メール出したの?」

彼女の行動を見たミールの問いに

「まぁねっ」

リムルは微笑むとパタンとパソコンを閉じた。



「ねぇカナぁ…どう思う?」

乙姫の衝撃的発言の後、彼女の元を辞した真奈美は櫂に声をかけた。

「そーだなぁ」

ポリポリと頭を掻きながら櫂が困った表情をして答えると、

「乙姫様、陸には行ったことがないんでしょう?」

「うん…」

「どうする?」

「どうするって…なるようにしかないんじゃないの?」

肩をつぼめながら櫂が答えると、

「ちょっとぉ…それって無責任じゃない?」

櫂の素っ気ない態度にカチンと来た真奈美が文句を言った。

「無責任って…

 大体、陸では男の僕が出来ることってそんなに多くはないよ」

「なによ、じゃぁあたしに乙姫様の面倒を見ろって言うの?」

「なにもそこまでは言ってないよ

 ただ僕に出来ることにも限界があるって言うことだよ」

そう櫂が言うと、

「えーえーっ

 そうでしょうとも

 カナは何でも出来るスーパー人魚ですから
 
 大した働きが出来ないあたしは乙姫様の身の回りの世話をしますとも…」
 
プッと膨れた真奈美がそう怒鳴ると櫂よりも先へと泳いでいった。

「おっおいっ、マナ…

 なに怒ってんだよ」

慌てて追いかけようとする櫂に

「ついてこないで!!」

そう強く真奈美は言うと

サッ

と櫂の元から泳ぎ去っていった。

「なんだよ…まったく…」

一人残された櫂はその場に立ち止まると真奈美の後ろ姿を眺めていた。



「なによっ

 カナのバカ…」

一人文句を言いながら真奈美は感情にまかせて館の中を泳ぎ回ってたために

いつの間にか迷っていた。

「……あれ?

 ココってさっき通ったよねぇ」
 
似たような景色が続く廊下で真奈美は立ち止まると左右を確かめた。

「……ひょっとして、迷子になっちゃったかな?」

とっさに櫂の名を呼ぼうとしたが、

後で何を言われるか想像をすると

「ふんっ、なによコレくらい…」

と呟くと再び泳ぎ始めた。

しかし、行けども行けども出口が見つからない。

すっかり心細くなった頃、

行く先にポツンと明かりが見えてきた。

「やったぁ〜っ!!」

真奈美は声を上げると明かりへと突き進んでいく、

徐々に大きくなってきた明かりが真奈美を包み込むと

彼女は館の外に出た。

しかし、ホッとするのもつかの間。

「え゛っ、なにコレ?」

そう、真奈美の目の前に巨大な構造物が姿を見せていた。

一目で鋼鉄と分かる素材で出来ているそれは

複雑な形をし上から下へと続いていた。

「何なの?」

真奈美は視線を下へと移動させていくと言葉に詰まった。

「うそ…これって…

 戦艦?」
 
そう、彼女の眼下には巨大な砲塔を上に上げたままの巨大戦艦が、

静かに巨体を横たえていた。

そして真奈美がみた構造物とはその戦艦の艦橋だった。

「これってひょっとして大和とか言う戦艦…かな?」

真奈美は昔見たアニメを思い出しながら艦橋の周りをぐるりと回る。

艦は遠目に見た感じではそんなに痛んでいないように見えたものの、

近づいてみると機銃掃射を受けた弾痕や爆撃による大穴など

まさに満身創痍と言った状態が手に取るように見える。

「うわぁぁぁぁぁ〜っ」

真奈美は声を上げながら艦のあちらこちらを見て回るながら、

「コレに乗っていた人って…

 やっぱりみんな死んじゃったのかなぁ…」

と呟いていると、

「コラッ、そこで何をしている」

突然後ろから声をかけられた。

「ごめんなさい!!」

真奈美が振り返りながら謝ると、

一人の鎧をつけた人魚が真奈美の後ろに立っていた。

「ここは禁忌の場所、

 一般の者の立ち入りは禁じられているはずだ」

と強い口調で言う彼女の言葉に、

「あっあたし迷ってしまって…」
 
慌てて真奈美が言い訳をすると、

「館で迷ったのか…

 仕方がない奴だ、

 私についてこい」

と命令すると彼女は泳ぎ始めた。

「あっはい…」

真奈美も彼女に続いて泳いでいく、

「あっあのぅ…」

「なんだ?」

「コレは…」

真奈美が戦艦を指さして訪ねると、

「それは昔、陸の者達が大戦をしたときの戦船だ、

 聞いた話では至る所で船が沈んでくれたおかげで

 その後片づけが大変だったと聞いている」

彼女がそう答えると、

「じゃぁ、コレも?」

「あぁ、それは結界を突き抜けて竜宮に落ちてきてな…

 館を押しつぶしたあげく、そこに居座ったそうだ」

と言う彼女の説明に、

「ふぅん、そうなんだ…」

真奈美はチラっと振り向いて戦艦を眺めると館の中へと入っていった。


二人が立ち去ってしばらくすると、

『休憩時間終了!!』

のかけ声とともに艦内の至る所から

パッ

パッ

パパ…

灯りがともり始めた。

約半世紀前に眠りについたその艦はいま目覚めようとしていた。



月が変わった最初の日曜日…

ココは佐世保の秘密ドック…

紅白の垂れ幕などで派手にデコレーションされたドックの中に

完成したばかりのシーキャットの姿があった。

「おぉ…ついに完成したか…

 私のシーキャットが…」
 
感慨深げに声を上げて喜ぶ泰三に、

「会長…シーキャットはあくまで”借り物”です」

同席している与党連合・幹事長の表情を見た藤堂千帆がそっと口添えした。

「おっおう、そうだったな」

まるで欲しかったオモチャを取りに行く子供のよな表情をして、

泰三はシーキャットに歩み寄る。

そして、

ポンポン

っと確かめるように船体を叩き始めると、

「すでに必要な機材は搭載してあります。

 今すぐにでも出航できますが…」

シーキャットの艦長である貝枝が泰三に告げた。

「おぉ…そうか…

 では始めるか」

泰三のその一言で待機していたブラスバンド達が一斉に音楽を奏で始めた。

勇ましく鳴り響く音楽の中、

泰三は用意された特設デッキに案内されると、

満足そうにそこから見えるシーキャットを見下ろしながら、
 
「ふむ…

 では例の物を…」

そう言いながら左手を差し出した。

「はい」

そう言って泰三の手に千帆から紐でつながれたシャンパンが手渡すと、

雰囲気が一気に盛り上がってきた。

「ふっ、このときがたまらんのぅ…」

とにやけながら

ブン…

泰三はシーキャット目がけてそれを放り投げた。

パシャッ

泰三の手を放れたシャンパンは振り子のように、

シーキャットめがけて移動し船体にぶつかると見事砕け散った。

「では貝枝艦長っ、

 シーキャット出航!!」
 
泰三は振り向きながら声を上げた。



ドドドドドド…

泰三達が乗り込み無人になったドッグに海水が注入される。

「まだか…、まだか…」

ウキウキしながら泰三は注入されている海水を眺めていた。

やがて満水になると、

「反応炉出力5%…微速前進…ヨーソロー」

貝枝の指示と共に

フワ…

シーキャットは船台から軽く浮かび上がると、

ゆっくりしたスピードでドック内を移動していく。

ゴガガガガガガガ…

正面のシャッターが音を上げて開くと、

外海へと続く回廊にシーキャットは進入していった。

キーーーーン

スクリューとは違う軽い電子音に似た音を立てながら海に続く回廊を進んでいく、

「のほほ…おほほほ…」

泰三は喜びの声を上げながらその様子に見入っていた。

やがて、海とを隔てる門をすぎるとシーキャットは海に出た。

「反応炉出力上昇…出力10%にて…」

シュィィィィィン…

ググ…

加速によるGが泰三達にかかってきた。

「ふふふ…

 待ってろよ、人魚ども…

 この猫柳泰三がいまお前達を迎えに行くからな」

心地よいGに酔いしれながら泰三は出されたワインに口を付けていた。

こうして佐世保を出航したシーキャットは

竜宮があるといわれる関東沖への長い航海へと出航していった。



そして迎えた月曜の早朝、

朝練のため登校中の櫂はあることが頭に引っ掛かっていた。

それは、数週間前に乙姫から聞いた彼女が陸に行くと言う話だった。

「う〜ん、あれっきり話は来ないし…

 この話はやっぱり諦めたのかな?…」

等と考えながら櫂は学校への道を急いで行く。

そして、それから1時間後…

同じ道を真奈美が友人達と歩いていた。

「ねぇねぇ…知ってる?」

あることを思い出したように一人が切り出した。

「なに?」

「今日うちの学校に転校生が来るんですって」

「え?そうなの?」

「うん…事務をしていたねぇちゃんが言っていたよ」

「そうか、”さち”のお姉さんって学校の事務員だよね」

真奈美が言うと、

「で、ウチのクラスにくるの?」

「うん、そうらしいのよ」

「へぇ…どんな子かな…」

「楽しみね…」

などと噂をしながら学校へと向かっていく、


一方、

「姫様…よろしいので?」

「大丈夫ですよ」

そう返事をして学校傍に止められた車から降りた一人の少女がいた。

サッ…

セーラー服をなびかせながら三つ編みにした髪を軽く掬うと

ややぎこちない足取りで少女は学校へと向かっていく、

すると同じようにクルマから降りた女性2人がピタリと警護すように並んだ。

「もぅ…大げさですね」

笑いながら少女が言うと、

「いえ、姫様はまだ陸には慣れていません、

 私どもがしっかりと警護いたします」
 
女性達はそう言うと、

「大丈夫ですよ、

 それにこの学校にはあの二人もいることですし…」
 
「竜の騎士…ですか?」

女性が訊ねると、

コクリ

少女は頷いた…

「いいですか?、

 今回はあくまで私の一存で決めたこと、

 陸の人たちが怪しむような行動は慎んでください」

少女は周囲を気にしながら女性達にそう言う、

「…なにかな…あれ?」

「ドラマの撮影でもしているのかな?」

確かに正門前で繰り広げられているこの風景はきわめて浮いた存在になっていた。



程なくして真奈美が学校に到着したものの、

しかし、櫂の姿は朝練の為に教室には居なかった。

「なによ…ちょっと聞きたいことがあったのに」

ドカッ!!

主の居ない座席を真奈美は文句を言いながら軽くけ飛ばしていると、

「美作さんどうかした?」

教室に入ってきた坂上伸也が真奈美に声をかけた。

「えぇ…ちょっとね」

そう言いながら取り繕う真奈美に、

「なんだ、水城の奴、

 彼女放っぽって朝練か」

と笑いながら言うと、

キーンコーン…

と予鈴が鳴った。

それとほぼ同時に

「おぉーぃ、

 ホームルームを始めるぞ、席に着けよぉ」

いつもよりも早く櫂達の担任・山田孝が教室に顔を出した。

「どうしたんですか?先生、

 いつもは1時間目ギリギリ近くに来るのに」

クラスの一人が皮肉混じりの声を上げる。

「あぁ…転校生を紹介するんでな」

彼のその一言で教室中が一斉にざわついた、

「おいっ入ってきなさい」

廊下に向かって山田が声を出すと、

「はい」

その声とともに制服姿の一人の少女が教室に入ってきた。

おぉ!!

男達の野太い歓声が上がる。

タンタンタン

山田が黒板に彼女の名前を大きく

『湊 姫子』

と書き、それを見た少女は、

「”みなと ひめこ”と申しますよろしくお願いします」

と言って頭を下げた。

すると、

「おぉ…」

まるで波紋のように教室内のどよめきが広がる。

「すっげぇ…美人じゃないか…」

「おつきあいしたい…」

「しつもーんっ、住所と電話番号を教えてください」

「好みのタイプは?」

「コラっ抜け駆けするなっ!!」

どよめきから徐々に不穏な空気へと教室に様相が一変する。

「えぇっと湊の席は………

 あぁ、水城の隣が空いて…
 
 あれ、おいっ水城はどうした」
 
山田が櫂の席に櫂が座っていないことに気づくと

「水城君はまだ部活から戻ってきてません」

とクラス委員が声を上げた。

「そうか…じゃあ仕方ないな…

 あの空いている席の向かって左側が君の席だ」

山田は2つ空いている席の左側を指さして姫子に説明した。

「はいっ、分かりました」

姫子は山田に頭を下げると教室の中をゆっくりと歩いていく、

「あっ、そうだ、ひとつ言い忘れていたが

 湊はこれまで病気がちであまり歩くことに慣れていないそうだから
 
 そのことでイジメたりするんじゃぁないぞ」

とクラス全員に忠告をした。

「うぃーす」

その返事が返ってきたとき、

ガラッ

教室の後ろのドアが開くと同時に

「えぇっ、もぅホームルームやってたの?」

と教室に入ってきた櫂が驚きの声を上げた。

「水城っ、部活に熱心なのもいいが、

 もぅ少し早く着替えてこいっ
 
 とっくに予鈴は鳴っているぞ」

山田が笑いながら注意をすると、

「随分早いんじゃないんですか?先生…」

と言いながら櫂が席に着こうとしたとき、

姫子は櫂の姿を見るなりパッと明るい顔になると、

タタタタタ…

と駆け寄りはじめた。

「え?」

櫂は自分に走り寄ってくる姫子の姿に驚きの声を上げた。

「あっ」

すると何かに脚を引っかけたのか姫子が突如バランスを崩すと、

「きゃぁ〜っ」

「うわっ」

ドガン!!

姫子は櫂に飛び込むようにして倒れ込んだ。

「いててて…なんだ?」

頭を押さえながら起きあがった櫂に、

「櫂…見つけましたよ」

と言うとヒシッと姫子は櫂を抱きしめた。

「ぬわにぃっ!!」

教室中に絶叫に近い声がこだまする。

「なっ」

そして意外な顛末に驚く真奈美。



一方、佐世保を出航し玄界灘を航行していたシーキャットは

反応炉が初期故障を起こして漂流していた。

「会長?、一度佐世保に戻って修理した方が…」

「ならぬっ、人魚どもに気づかれる前に竜宮に行くのだ

 この場で修理せよ」

周りの進言をガンとはね除ける泰三であった。



つづく


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