風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第3話:乙姫の決意】

作・風祭玲

Vol.158





「ふぅ〜っ」

射爆場から戻った青柳は、

ドサッ

自分のイスに身体を沈めると、

大きくため息をついた。

「お帰りなさいませ、隊長っ

 あっ…」

その音に青柳が戻ったことを知った藤堂千帆が部屋に入ってくるなり、

彼の姿を見て驚きの声を上げた。

「あぁ、藤堂クンか…

 今日はもぅ帰っていいぞ」

青柳は千帆の顔を見ずにそう言って右手を挙げると、

「どっどうしたんですか?隊長、そのお姿は…」

千帆は目を丸くしながら尋ねた。

確かに彼の姿は頭から埃を浴びたように煤汚れ、

着ていた背広はあちらこちらで布地がすり切れた様に薄くなり、

また、Yシャツもボロボロの状態で、

靴も底に大きな穴があいていた。

「ん?、あぁ…これか…」

「いったい、何があったんですか?」

千帆の問いに

「……藤堂クン…」
 
「はい?」

「原子(はらこ)爆弾と言うのを知っているか?」

「はぁ?」

「旦那様が妙な学者に作らせた爆弾でな…

 その破壊力は核兵器に匹敵するが、
 
 生き物には虫一匹殺すことが出来ないそうだ」
 
「はぁ…」

「その結果がこれだ…」

「と言いますと」

「要するに非生物は木っ端みじんに破壊するが、

 生き物には傷を付けられない…
 
 つまり、この背広の羊毛の部分は消すことが出来ないが
 
 化繊は見ての通り消し飛んでしまった」

と乾いた笑い声をあげながら青柳は千帆に説明した。

「まったく、旦那様は自然に優しい究極兵器だと言ってご満悦の様だけど

 私にはどうもコイツが解せない…」

そう青柳が言うと

「そうでしょうか?

 虫も殺せないなんて、
 
 すばらしい爆弾だと思いませんか?」

千帆が聞き返した。
 
「あぁ?、きみもそう思うのか?」

ジロリ…

青柳が千帆を見上げながら言うと、

「あっ、もっ申し訳ありません」

千帆はとっさに頭を下げた。

「いや、別にきみを責めるつもりはないよ、

 ただ私には単に人を傷つけなければそれでいいのか?
 
 って言う疑問があってな…
 
 はは…どうも疲れているようだ…」
 
と言うと青柳は目を閉じた。

「……隊長?」

千帆が声をかけると

Zzzzzzzzz〜っ

青柳はすでに眠りに落ちていた。

「お疲れさまです…

 隊長…

 では私はこれを会長に渡してきますので失礼します」

千帆はそう言いながら、

右手に手にしていた書類が入った包みを掲げ部屋を後にした。



「会長…お尋ねだった竜宮の資料です」

そう告げながら千帆は泰三の机の上に包みを提出すると、

「うむ…」

泰三は大きく頷き、

早速包みの中から海図を取り出すとルーペで丹念に調べ始めた。

「ほぅ…

 大した物だ…

 藤堂君…よくぞここまで調べてくれたね」
 
泰三は海図の出来映えに満足しながら労をねぎらう、

「いえ…それを言うなら五十里さんに言ってください。

 私はただ彼が遺していった物を整理したまでのことです」

「いや、それにしても竜宮に通じる…”次元トンネル”と言うのか

 これの位置を正確に割り出すなど人魚共でなければ出来ないコトだよ」
 
泰三は上目遣いに千帆を眺めると、

「光栄です」

と千帆は返事をした。

「まぁ、おかげで私も大分人魚共のことが判ってきたわ…

 それにしても、海の底に結界に守られた一大王国があったなんて、
 
 いやはや…まるで昔読んだ冒険小説のような物だな。
 
 ははははは…」

「はぁ…」

「さて…

 問題は、この結界で隔たれた”こっち”と”むこう”を結ぶ
 
 次元トンネルをどうするかだな…

 シーキャットが無事に通過できればいいのだが…」

泰三が海図と資料を見比べながらしばらく唸ったあと、

「…そう言えば…

 この間君に言われて監視をしていた例の巫女神姉妹だが…

 うちの猫柳青年探偵団がこっぴどくやられたようだな…」

と千帆に尋ねた。

「はい、そのようです」

「まったく困ったものだ、

 大の大人がたった二人の娘ごときにコテンパンにやられるとは、
 
 教育方針に問題があるのではないのかね」

やや語尾を荒げて言うと、

「いえ、猫組は油断をしていただけです。

 会長…よろしかったら私に青年探偵団の指揮権を与えてくれませんか?」

千帆は泰三に願い出た。

「ん?それは青柳クンが決めることだ」

「隊長はいま様々なことで忙殺されています、

 わたしは少しでも隊長のお役に立ちたいのです」
 
そう言って泰三に迫ると、

「そうか…青柳もいい部下を持ったな」

泰三は眼をしばたかせると、

「よかろう…わたしから青柳に言っておこう」

「ありがとうございます」

千帆は深々と頭を下げる。

「…しかし…青年探偵団に動けるのがいるのかね?」

泰三の問いに

「魚組を使います」

千帆はきっぱりと言った。

「魚組?」

「はい、猫組とは別のグループです。

 会長の竜宮侵攻にお役に立てればと養成しておきました」
 
「おいおい、侵攻とは穏やかな表現じゃないな…」

「あっ申し訳ありません」

「いや、構わんよ…

 そうか、そう言うのが居るのか、
 
 よかろう、君の好きにしたまえ」

泰三は言うと、ふと何かを思いだしたように

「あぁ…それなら、ついでに

 この写真の人魚が何者かも調査をしてくれないか?」

そう言いながら泰三は監視カメラの写真を千帆に手渡した。

「これは?」

「先日の侵入騒ぎの際に監視カメラが撮影したらしいのだが、

 君はまだ見ていないのか?」
 
「はぁ…」

「どうやら…人魚がウチに忍び込んだらしい。

 問題なのは忍び込んだ人魚が何処まで我々の計画を知り、
 
 それが竜宮に漏れたかだ…」
 
そう言いながらやや心配そうな面もちの泰三に、

「判りましたっ、

 ではこれより藤堂千帆は青年探偵団魚組と共に調査してきます」
 
千帆はピッと敬礼をすると書斎を辞した。



コツコツコツ…

書斎を出た千帆が廊下を歩いていると、

サッ…

一つの影が廊下を猛スピードで移動し、

そして、すぐに千帆の影と一つになった。

『ジラ…首尾はどうだ?』

影からの問いかけに、

「ハバクク?…」

千帆が声を掛けると、

『どうやら上手くいっているようだな…』

と声は告げた。

「えぇ…

 やっと魚組の出撃命令が出た」
 
『そうか…』

「それより、これ…どう見る?」

千帆はさっき泰三から渡された写真を翳すと。

『ん?…人魚か?』

「そうみたいだけど

 泰三はこの人魚によって

 竜宮に計画が漏れたのではないかとひどく心配をしています」
 
『…………違うな』

「何が?」

『コイツは竜宮の人魚じゃない』

「ホント?」

『尾鰭をよく見て見ろ…』

「?」

声に教えられて千帆は写真をマジマジと眺めた。

「何処が違うの?」

『判からんのかっ

 それは、竜宮の人魚じゃなくて、
 
 別の海…アトランの人魚だ』
 
「アトラン?

 あのアトランティスの末裔?」
 
『そうだ』

「しかし、アトランのがこっちに来られるはずが無いでしょう?」

『確かに…

 太平洋と大西洋とを隔てる”関”は大昔に閉められて以降

 向こうの人魚がこっちに来ることはなくなったのだが、
 
 実は先日、お前も知っている五十里が起こした騒動の時、
 
 アトランの人魚が数名”関”を越えてこっちにやってきた』
 
「初耳ね」

『そうか、じゃぁ情報が入ってなかったんだな』

「ちょっとそれって無責任じゃない?…

 と言うことは竜宮にはまだ漏れていないと見ていいの?」
 
『まぁ、アトランの人魚と竜宮の人魚が接触していなければの話だが』

「そう?、ならいいんだけど」

『一応、俺の方で調べておこう、

 で、陸の奴らの竜宮攻撃はいつになりそうだ?』
 
「いや、まだそれは決まっていない

 ただ、会長が言うには
 
 潜水艦・シーキャットが出来上がり次第向かうような事を言っていたけど」
 
『そうか…じゃぁもぅすぐだな…

 この間はしてやられたが、
 
 今度こそ竜宮の奴らを(ふふふふ)』
 
「さて、あたしそろそろ戻らねばいかないから」

千帆が腕時計を見ながらそう言うと、

サッ

再び影が千帆の影から離れ猛スピードで廊下を駆け抜けていった。

「………竜宮の連中が皆居なくなれば、

 この海はあたし達”海魔”の物になる…

 猫柳泰三…
 
 ふふ…あたし達のためにしっかりと働いて貰いましょう…」

千帆は含み笑いをすると再び歩き始めた。



「藤堂千帆か…」

そのころ、青柳は天井を眺めながらそう呟いた。

「あの女がここに来てから旦那様は魚集めに夢中になるようになった…

 そして、本当に居るのか居ないのか判らない人魚…
 
 さらにその長・乙姫…

 なぜ旦那様にそんな情報が集まるのだ?

 ただの偶然か?
 
 それとも……陰謀?
 
 ハハまさかな…
 
 しかし…」
 
青柳は少し思案した後、

引き出しから携帯電話を取り出すと何処かに電話をかけた。

その内容は藤堂千帆の身辺調査をやり直すようにと言う指示だった。



「ただいまぁ…」

水城櫂が自宅に戻ると、

「お兄ちゃんっ、今まで何処に行ってたのよっ!!」

妹の香奈が血相を変えて飛び出してきた。

「あ〜っ疲れた疲れた…

 香奈っ今日の飯は何?」
 
と暢気に訊ねると、

スパァン!!

いきなり強烈なハリセン攻撃を受けた。

「痛ってぇ〜っ

 いきなり叩くことはないだろう!!」
 
櫂が頭を押さえながら声を上げると

モゴッ

今度は開いた口にサカナが突っ込まれた。

ゴックン

やっとの思いで飲み込むと、

「お前なぁ…

 いくら僕が人魚だからといって生魚を押し込むヤツがあるかっ」

と文句を言うと、

「それよりお兄ちゃん…今日は何の日か知っているの?」

「え?

 何かあったっけ?」

なおも櫂は合点が行かない顔をすると、

「まったくもぅ…

 お兄ちゃん!!今日は満月でしょう!!」
 
香奈は思いっきり声を張り上げた。

「…………(はっ)しまったぁ!!!!」

そう、竜宮の人魚達は満月の夜に竜宮に集い乙姫の元に参るのが習わしになっていた。

「香奈っ、母さんはっ」

「ずっと待っていたけど、もぅ行っちゃったわよ」

香奈は呆れ半分に返事をすると、

「やばぁ…」

櫂は大急ぎで支度するとそのまま家を飛び出していった。

「まったく…世話の焼ける兄だこと…」

香奈はため息をつきながら櫂が出ていった後を片づけるなり、

「そうだ…マイちゃんに連絡を入れなくっちゃ…」

香奈はそう言うと、庭にある池へと向かっていった。



ザザーン…

サブン!!

櫂は大急ぎで服を脱ぐといつもの隠し場所にそれを隠すと、

そのまま海に飛び込んだ、

ゴボゴボゴボ…

海水の冷たい感触が櫂の身体を包み込む、

キン…

胸に下げた竜玉が淡く光ると

それが合図になって彼の身体が変化しはじめた。

ブワッ

突然翠色の髪が吹き出すように伸びていくと、

見る見る櫂の身体を包み込む、

すると、

ニュッ…

腰から鱗に覆われた尻尾が伸び始めるとそれは魚の尾鰭へと変化していく。

ググググ…

すると足は小さく萎縮して尾鰭を飾る腰鰭になり

腕は細く…

胸は膨らみ始めた。

サッ

程なくして櫂は人魚・カナとなって海の底へと泳ぎ始めた。

「うわぁぁぁ〜っ…遅れた遅れた」

櫂は必死になって竜宮の門へと急ぐ

すると

「カナ待ってぇ…」

櫂の後から人魚に変身した真奈美ことマナが追ってきた。

「おぅ、来たかっ」

「すっかり忘れていたわ」

「お互い様だな」

「急ごう…」

櫂と真奈美は手をつなぐと、竜宮の門へと向かった。

やがて二人の前に淡く光る光の塊が姿を現す。

「ねぇカナ…」

真奈美が櫂に声をかけた。

「なに?」

「この門っていったい何で出来ているんだろうねぇ」

「さぁな?、僕には判らないよ」

「洞窟でもないし…う〜ん」

首を傾げている真奈美に櫂は

「さぁ中にはいるよ」

と言うと光の中へと入っていった。



「皆の者…ご苦労です」

そのころ乙姫は竜宮の広場にて集まった大勢の人魚達の前に立っていた。

ざっ…

人魚達は一斉に頭を下げる。

「…もぅ櫂ったら…」

櫂の母親であるアヤノは乙姫が現れても姿を見せない櫂こと櫂に気を揉んでいた。

「ひゃぁぁぁ…」

櫂と真奈美は大慌てで竜宮に入ると、

館前の広場へと急行する。

「うわぁぁぁ〜始まっているよぉ」

真奈美が広場に集まっている人魚達を指さして声を上げる。

「仕方がない、どこか適当なところから紛れこもぅ…」

二人は傍に来ると背を低くして人魚達の間をすり抜けると、

落ちつける空間を探した。

そして、ようやくその場所を見つけたと思ったとたん。

グンっ

突然、水が二人を捕まえると

並んでいる人魚達の上に二人を引き上げていった。

「え?え?」

「うわっやだ」

驚いている二人に、

「こらぁっ…遅刻は許しません。って言っていたはずですよ」

乙姫は櫂と真奈美を見据えるとそう言った。

クスクス…

人魚達の間から笑い声がこぼれてくる。

「…………スミマセン」

二人は顔を真っ赤にして謝ると、

「よろしい…

 では後で私の所に来なさいっ

 特別な話があります。
 
 それまでそこで大人しくしているのですよ」

と乙姫は言うと、二人をそのままに話を続け始めた。



長かった乙姫の話が終わり、

人魚達が解散すると櫂達2人は館内の乙姫の玉座の前に立たされていた。

「う゛〜っ、何されるんだろう」

「お仕置きかなぁ…」

二人が話していると、

「乙姫さまの御成です」

と言う侍従の声と共に乙姫が姿を現した。

反射的に頭を下げる二人…

乙姫は玉座に座るなり、

「……二人とも元気そうですね」

と声をかけた。

「…はぁ」

櫂が返事をすると、

「でも、遅刻はあまり感心しませんよ」

乙姫は二人にそう言うと

「申し訳ありません」

「ごめんなさい」

櫂と真奈美の口からがそれぞれ謝罪の言葉が出た。

「さて…まぁそのことはコレでいいとして

 実は二人に頼みがあります」

と乙姫が切り出すと、
 
「え?」

櫂の脳裏に先日の鰭の一件の事を思い出した。

「頼みって…なんですか?」

真奈美が訊ねると、

「実は…」

「…あの、また何か捜し物ですか?」

櫂が乙姫の言葉を遮るように尋ねた。

すると

「こらっ、乙姫さまのお言葉が終わってませんよ」

と侍従から櫂の発言を窘める声が響く、

「あっ…」

思わず櫂が口に手をやると、

「いえ…よろしいですよ

 そうですね…
 
 確かに捜し物ではありますが、
 
 今回は私が直接捜します」
 
「は?」

「乙姫さまの捜し物って?」

真奈美の問いに、

「私はここ竜宮で海彦様がお越しになるのを長いこと待ってきましたが、

 未だに海彦様がここに参りません」
 
「はぁ…」

「ですので、私が直接海彦様を捜しに陸に参ります」

と乙姫は毅然と二人にそう告げた。

「じゃぁ…あたし達がすることは?」

再び真奈美が訊ねると、

乙姫はニッコリと微笑み

「私は陸には上がったことがないので、

 二人には私の手と足になって海彦様を捜すのを手伝ってくださいね」

っと答えた。

「……んなにぃ〜〜〜?」

乙姫の予想外の答えに櫂は愕然とする。

「乙姫さまが陸に…これってすっごくヤバクないか」

言いようもない不安感が櫂を押しつぶし始めていた。



つづく


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