風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第2話:ネコの影】

作・風祭玲

Vol.154





ざぁーーーーーーっ

降りしきる雨の日の夕方、

チャっ

チャっ

チャっ

傘を差しながらセーラー服姿の2人の少女が並んで歩いていく、

「それでね…」

「…ほんと?」

会話が弾む2人から少し離れた後ろを、

数人のトレンチコート姿の男がコートの襟を立て

半分顔を隠しながら無言で追っていく、

いくら梅雨とはいえこの姿はいかにも異様である。

やがて、少女達がある角に来たとき、

「じゃぁね…茜ちゃん…」

「じゃぁ夜莉ちゃん…また明日」

別れの挨拶をすると巫女神夜莉子は左に曲がり、野田茜は直進していった。

ざっ…

少し遅れて男達がその角に来るとそこに立ち止まり、

「…どっちだ」

「…あっちだ」

「…いやこっちだ」

と散々議論した後、多数決で左に曲がることを決すると、

彼らは左へと進路を取り再び歩き始めた。



フンフンフン…

鼻歌を口ずさみながら夜莉子の行く手に突如、

スッ

と一人の少女が姿を現した。

「……あれ?、

 沙夜ちゃん…どうしたの?」

首を傾げながら夜莉子が訊ねると、

「………」

巫女神沙夜子は無言で畳まれた扇を取り出すと、

バッ

と広げた。

「!!

 ちょちょっと…沙夜ちゃん…何を…」

驚く夜莉子をよそに沙夜子は開いた扇を左肩に軽く当てると目を閉じ

「………」

呪文を詠唱し始めた。

すると

キィーーーーーン

降っていた雨粒は落ちるのを止め、

次々と扇の前に集まり始めた。

見る見る翠色に輝く翠光球が扇の傍で成長していく。

その間10秒ほど…


「!っ」

カッと沙夜子が目を見開くと

『翠玉波っ!!!』

と言うかけ声と同時に扇を一気に払った。

するとバレーボール大に成長していた翠光球は彼女の元を離れ、

夜莉子へと一直線に進んでいく、

「きゃぁぁぁっ!!」

夜莉子は思わず傘を放り出しすとその場にしゃがみ込んだ。

シュオォォォォォォン

翠光球は彼女の頭をかすめると、そのまま後ろへと飛び、

どぉぉぉぉん!!

と言う衝撃音と共に、

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

夜莉子を尾行していたトレンチコート姿の男達が吹き飛ばされた。



「おいっ、お前ら…何者だ?」

吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた一人の男の前に仁王立ちになった沙夜子は

男を見下ろしながらそう言うと、

「ふっ」

男は一瞬沙夜子を見上げると笑みを浮かべ、

「会長万歳!!」

と叫び声を上げると、

懐より取り出した茶筒を思いっきり地面に叩きつけた。

「…しまった…」

彼の予想外の行動に沙夜子が一瞬身を翻したとたん、

どぉぉぉぉぉん!!

鈍い爆発音と共に白い煙がもうもうと上がる。

ゲホゲホ…

ようやく煙りが晴れると男の姿は消え、

また、少し離れたところに吹き飛ばされていた他の男達の姿も消えていた。



「ちっ、逃がしたか」

”してやられた”

そう言う顔で沙夜子があたりを見回しているとき、

「こらっぁ!!

 バカ沙夜っ!!」

怒鳴り声と共に、

ゲシッ!!

強烈な回し蹴りが彼女の側面を直撃した。



「いっっってぇ〜〜っ

 あにすんだよぉ〜」

「姉に向かって手を挙げるような

 馬鹿な妹に育てた覚えはないわよっ」

「んなこと言ったって、

 夜莉…お前変な男達につけられていたんぞ」

「ふん、そんなこととっくに知ってたわよ…

 だから結界内に誘って逃げられないようにしてから

 ゆっくりと尋問してあげようと思っていたのにぃ

 沙夜子のおかげで台無しじゃないの

 この責任どうとってくれるのっ」

と言いながら夜莉子は沙夜子に迫る。

「えっ、知ってたの…?」

思わずたじろいた沙夜子に、

「ふふふふふふ…

 明日のお日様は何色に見えるかなぁ…

 お仕置き…決定ね

 沙夜ちゃん」

そう言う夜莉子の目はこれから沙夜子の身に起こる惨劇を物語っていた。

「いっいやぁ…堪忍してぇ〜っ」

ザーーーー

雨がひときわ激しく降り出した。



一方ここは雨に煙る猫柳邸…

そこの執事室では白髪に口ひげを蓄えた初老の男性が、

山積みにされた書類と格闘していた。

猫柳執事隊・隊長の青柳竜之介である。

彼は先日起きた会長書斎侵入事件と、

猫柳メイド隊華組に所属する”さくら”が起こした、

邸内暴走事件の後処理をしていた。

「…あってはならない侵入事件に…

 メイドの暴走…

 まったく、次から次へと…」

眉間にしわを寄せて書類に目を通している青柳のすぐ脇で

メイド隊隊長がすまなそうな顔をして立っていた。

「…申し訳ありません…青柳さま

 ”さくら”もただ暴れただけではなくて、

 侵入者を発見、取り押さえようとした行為の末のことでしたので

 少なくても認めてやって欲しいのですが…」

隊長がそう言うと、

「わかっとるよ…

 だが、会長が不在の時に

 このような不祥事があったことが広く知れ渡るとなるとなぁ…」

青柳はそう言いながら隊長の顔を伺うと

バサッ

っと書類を机の上に放り投げた。
 
「申し訳ありません!!」

隊長は再度深々と頭を下げる。

「まぁ、後のことは私の方でやっておく

 戻って良いぞ」

「はい…」

その言葉を聞いたメイド隊隊長が部屋を出ていくのと入れ替わりに

「あっ青柳さま…」

ボロボロのトレンチコートを引きづった男が転がり込んできた。

「どうしたんだっ」

驚く青柳に、

「申し訳ありません…猫柳青年探偵団猫組壊滅しました!!」

と男は告げると青柳の前に倒れ込んだ。

「なに?」

慌てて廊下に出た青柳の目には

ボロボロになった男達がある者は壁により掛かり

またある者は床の上に倒れ込むと言った惨状が飛び込んできた。

「なっ、何があったんだ…」

唖然としている青柳に、

「…ろっ労災の申請をお願いします…」

壁に寄りかかっていた男がそう告げると彼も静かに倒れていった。

「…はぁ…

 仕事を増やしおって…」

そう呟く青柳に、

「青柳隊長…先ほど会長がお戻りになられました…」

年の頃は20代半ば…

黒く長い髪をたなびかせ、スーツをビシッと決めた、

いかにもキャリアウーマンと言った風体の

執事隊副長である藤堂千帆がそう告げにきた。

「あぁ藤堂君か

 判った…いま行く、

 それと、この者達の処理を頼む」

青柳は藤堂にそう指示を出すと、

「全く…頭が痛い…

 それにしても百戦錬磨の青年探偵団猫組が壊滅するとは…

 巫女神姉妹…からは手を引いた方が…良いか」

青柳はそう呟きながら泰三の書斎へと向かっていった。



ガチャッ

「お帰りなさいませ…旦那様…」

佐世保から戻り、書斎のドアを開けた泰三に青柳は深々と頭を下げた。

「おぉ、竜之介か、

 シーキャットの建造は滞り無く進んでいるぞ」

青柳の姿を見つけるなり泰三はにこやかかに笑いながら話しかける。

「それはそれは」

「来月には進水式を出来そうだ…

 その後試運転をして…

 ふふ…」

そう言って笑みを浮かべる泰三に

「旦那様…実は…」

青柳は書斎侵入事件と青年探偵団猫組壊滅の事を泰三に報告した。

「なに…」

穏やかだった泰三の表情に固い物が走る。

「で、侵入者は捕らえたのか?」

泰三の質問に

「いえ、相当の手練れだったようで、

 残念ながら…」

「全く、警備隊は何をしていたんだ…」

「はぁ、ただ、進入路を調査したところ、一つ不審な点がありまして」

「なんだ?」

「失礼します…」

青柳はそう言うと泰三の前に邸内の図面と侵入ルートを書き込んだ図面を示した。

「ん?」

泰三の眉間にしわが寄る。

「はい…このコースはどうやっても生身の人間では侵入不可能です」

青柳はそう言いきると1枚の写真を泰三の前に提出した。

「監視カメラの映像ですので画像は不鮮明ですが…」

と青柳が言う前に

「こっこれは…」

そう、写真には池の水面を大きくはねる人の形をした魚の姿が映し出されていた。

「…人魚っ

 人魚が我が邸内に侵入してきたのか…」

「まだ、断定は出来ませんが、

 その可能性が高いといえます」

青柳はそう答えると、

「まさか、竜宮が私の計画に気づいているのか?」

「…そのようなことは」

「竜之介…巫女神家の監視を怠るなっ

 竜宮に動きがあるのなら

 あそこに何らかの接触があるはずだからな」

泰三がそう告げると

「…しかし、

 巫女神姉妹には監視していた事がバレましたので

 少しの間、手を引いた方がよろしいのでは?」

「ならぬ…、

 巫女神は人魚を飼っていると言う調査報告がある。

 よいか、絶対に巫女神から目を離すなっ」

「はぁ…かしこまりました…」

青柳はやや不満そうな返事をしたとき、

ポン…

書斎の内線電話が鳴った。

青柳が反射的に電話を取とろうとする前に

「あぁ、私が出る」

と言って泰三が電話に出た。

「………そうか…出来たか

 わかった、いまからそっちに向かう」

そう言って泰三が受話器を置くと、

「竜之介ついてこい、

 お前に見せたい物が出来上がった」

というと、泰三は書斎から出ていった。

「えっ、あっお待ちください…」

青柳もあわてて泰三の後に付いていく、



2人が向かったのは本宅から邸内用ジェットで

小一時間の所にある猫柳射爆場だった。

降っていた雨はようやく上がり、

どんよりとした雲が覆う射爆場で2人は用意された金属製の容器を眺めていた。

「旦那様…これは?…」

青柳の質問に

「ん?、

 ふっ

 これはな、今回の計画の要である原子爆弾だ!!」

と誇らしげに容器の説明をした泰三の言葉を聞いた青柳は

サァーーー

っと見る見る顔から血の気が失せていくと
 
「だっ…旦那様っ!!

 見損ないましたっ
 
 いくら人魚捕獲のためとはいえ、
 
 そのような恐ろしい爆弾を使うことを私は反対しますぞっ」
 
顔を真っ赤にして声を上げる青柳を見ながら、泰三は

「竜之介…何を言っているんだ?」

と彼の抗議の意味が分からない様子、

「何をって…私は核爆弾の使用を断固反対しますっ」

なおも息巻く青柳に、

「はぁ?…だれが核爆弾などと危ない物を使うと言った」

「え?、だっていまコレを原子爆弾っておっしゃったではないですか?」

「竜之介っ、

 私が放射能とニンニクが大っ嫌いだと言うことを知っているだろう」
 
と言う泰三の言葉に青柳が

「いっいや…でも…さっき…」

と合点がいかない台詞を言うと、

「どうやら……私が説明した方がいいようかな…猫柳さん…」

と言う言葉と同時に一人の白衣姿の人物が姿を現した。

「あなたは…?」

青柳が訝しげに白衣の人物を眺めると、

「紹介しよう…

 彼は帝都大にその人ありといわれた原子力博士だ…」

と泰三は青柳に人物の紹介をした。

「原子力?博士?…」

青柳がなおも胡散臭そうな顔で見ると、

「ウッオホッン、”原子力”と書いて”はらこ・ちから”と読む…」

咳払いをしながら原子力と紹介された人物は自分の読み方を説明すると、

「あっそうでしたか…」

青柳は思わず恐縮した。

「まったく、人の名前も読めんのか…」

などと言いながら原子は原子爆弾の前に立つと、

「そう、これは原子(げんし)爆弾にあらず、

 私が学者生命をかけて開発した原子(はらこ)爆弾だ」

と容器の説明した。

「は、原子(はらこ)爆弾?」

きょとんとしている青柳に、

「まぁ、口で説明してもこの爆弾のすばらしさが判らないと思うので

 どれ…

 じゃぁ始めようか」
 
原子は大型のハンマーを取り出すと、

「猫柳さん…良いですか?」

と尋ねた。

「あぁ、かまわんよ…」

泰三は全くの余裕、

「なっ何を始めるんですか?」

青柳が訊ねると、

「いま君が着ているスーツはウール100%かね?」

と原子が青柳に訊ねると、

「化繊が30%ほど混じっていますが…」

と青柳は答えた。

「そうか…じゃぁちょっと気をつけなさい」

そう原子が言うと、

フンヌッ

っとハンマーを持ち上げるなり思いっきり振りかぶった。

「え?あっあのぅ…」

未だ事態を了解していない青柳が声を上げたとたん、

ぶぉッ

原子が手にしたハンマーが振り下ろされ、

ゴンっ!!

原子(はらこ)爆弾の信管を直撃した。

「ちょっちょっと…」

青柳の叫び声が射爆場に吸い込まれるのと同時に


カッ!!


雷の閃光を思わせるまばゆい光が青柳達を包み込む、


ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜ん!!!!


広がる衝撃波と共に

巨大なキノコ雲が空を覆っていた梅雨の雨雲を突き破って

ゆっくりと立ち上がっていった。



ごぉぉぉぉぉぉぉぉ……

モウモウと立ち上った砂埃がゆっくりと収まると、

姿を現した爆心地には巨大なクレータが空き、

そして、その中心部には3人の人の姿があった。

そう泰三と青柳・原子の3名である。

「あ……ああ……」

呆然としている青柳をよそに…

「ふん…」

泰三は悠然と出来上がったばかりのクレーターの崖を眺めると

「さすがは原子博士…大したものですなぁ」

と褒め称える。

「はははは…それほどでも…」

ご満悦の原子…

そのとき

ぷぅ〜〜ん

と一匹の蚊が泰三の目の前を通り過ぎると、

チク…

青柳の頬を刺した。

「………」

泰三が無言で青柳に近づいていくと、

バチン!!

青柳の頬に平手打ちを一発かました。

「竜之介…、ほら…蚊が君を刺していたぞ」

泰三の言葉に、

「だっ旦那様…なんなんですか、この爆弾は…」

目に涙をいっぱい貯めて青柳が声を上げると、

「見ての通りじゃ…

 原子(はらこ)爆弾は非生物にはこのように徹底的な破壊力を持つが、
 
 生物にはホレごらんの通り、蚊一匹殺すことも出来ない。
 
 そう、まさに自然に優しいエコロジーな爆弾なのだ
 
 わははははは!!」

と原子は胸を張って答えた。

パチパチパチ

「いやぁ原子博士…全く…すばらしい爆弾だ…

 この爆弾を弾頭にした魚雷を数発竜宮に撃ち込めば

 人魚共を傷つけずに乙姫を捕獲できる…
 
 違うか?竜之介?」

満身の笑みを浮かべながら泰三が青柳に訊ねると、

青柳は頭を抱えながら

「違うっ!!、何かが間違っている!!…」

と繰り返し呟いていた。



「ねぇ…」

学校の帰り真奈美が口を開いた。

「ん?」

「ネコ…増えてきていると思わない?」

「う〜ん…」

そう言いながら櫂が視線を移動させると、

確かに道ばたや塀の上、

さらには電柱や沿道に立ち並ぶ家屋の屋根の上にまで

ミケを筆頭にブチやトラ、ヨツジロに黒猫と、

ありとあらゆる種類のネコが集っていた。

「う〜ん…

 そう言えば…昔の映画でさ

 えっと…
 
 ヒッチコックとか言う監督のヤツで
 
 えっとなんて言ったけ
 
 ほら…鳥がいっぱい出てくるヤツ
 
 なんかあんな感じだな」

っと暢気に櫂が言うと、

真奈美は真剣そうな顔つきで

「ひょっとして…

 ネコにはあたし達が人魚って事が判るのかな?」

と呟いた。
 
「はぁ?」

「で、あたしの隙をついてネコたちが一斉に襲って来て…」

と言いながら真奈美が真剣そうな顔になっていくと

「おっおい、それはいくら何でも考えすぎだぞ…」

呆れながら櫂が言うと、

ブニィ〜っ

一匹の白茶ブチのデブネコが真奈美の足にすり寄っていた

「ひっ

 きゃぁぁぁぁぁぁ…」

猫の感触に真奈美が大声を上げて飛び上がると、

「そんな大声を上げなくても良いじゃないか」

「だってだってだって…」

大粒の涙をためながら真奈美は声を上げる。

「なんだ…お前…」

櫂は身をかがめながらネコに近寄ると

『……お前達は狙われている、注意しな…』

と言う言葉が頭の中に流れ込んできた。

「え?」

ブニィ〜っ

きょとんとしている櫂を後目にネコはその身に似合わない身軽さで

ヒョイヒョイっと走り去っていった。

「どうしたの?」

呆気にとられている櫂に真奈美が訊ねると

「いっいや…」

櫂はネコが走り去っていった方向をただ眺めていた。

「狙われているって…誰が?誰を…」



櫂達の背後に迫る者…

しかしその影に気づいている者はまだ少ない。



つづく


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