風祭文庫・人魚の館






「狙われた乙姫」
【第1話:新たなる脅威】

作・風祭玲

Vol.146





草木も眠る丑三つ時――

ヒュン!!

佐渡島よりも広く、しかし豪州大陸よりは小さい言われる

猫柳邸内に妖しげな人影が走る。

シュン…

タタタタタタタタ…

人影はある時はフクロウよりも速く、

またあるときは木立のように立ち止まると、

慎重に辺りを窺い、そして再び走り出す。

こうして、人影は徐々に徐々にと廷内の奥深くにある

当主、猫柳泰三の屋敷へと接近して行った。

「えぇっと、どっちだっけ?」

しかし…その屋敷を目の前にして人影は突然立ち止まると、

胸元より取り出した巻物で確認作業を始めた。

「全く…なんであたしが忍者ゴッコをしなくっちゃならないのよ…」

文句を言う声が微かに聞こえる。

「…もぅ、こういうことはあたしのキャラには合わないのにぃ…」

黒のいわゆる忍者装束で身を固めたその人物は一通り位置を確認すると、

「よしっ、あっちか…」

そう言うなり、ひらりと目の前の塀を飛び越えた。

――手練れである。

しかし、降りた先がマズかった。

着地と同時に

カチッ!!

足が何かのスイッチを踏みつけた。

刹那――


ちゅどぉぉぉぉぉぉん!!


仕掛けられた地雷が大音響を上げ爆発した。

ウォォォォォォォン

「曲者だ!!」

「者共っ、出会え出会えっ!!」

静寂が支配していた猫柳邸内にけたたましくサイレンの音が響き渡ると

詰め所から飛び出してきた武装警備員らで俄に騒々しくなる。

「……ちっ、見つかったか…」

ミールは舌打ちをすると素早く邸内を走る。

「あっちだ!!」

「追えっ」

武装警備員達も負けじと彼女のあとを追う。

パッ

サーチライトに灯が入ると、

強力な光線がミールを後方から照らし出した。

「なろ…」

彼女はすかさず数個の小石を拾い上げると

ピシッ!!

ピシッ!!

サーチライトに向かって投げつけた。

するとそれに併せるようにして

サーチライトの灯りが次々と消える。

「銃を持っているぞ!!」

警備員の一人が声を上げる。

「構わん、応戦しろ!!」

パンパン…タタタタン!!

乾いた音が響き渡った。

「ちょっとタンマ!!

 …あたしはただ石を投げただけよぉ!!…」

ミールはそう叫んだが、

しかし、警備員達には届かない。

「追えっ逃がすなっ!!」

逃げ行く、ミールを追って、

ガオっ!!

雄叫びを上げながら追跡用のトラが廷内に放たれた。

「え?

 トラ?、

 普通こういう場合ってドーベルマンを放すんじゃないの?」

ミールは走りながら声を上げると。

「ははははは〜っ、

 恐れ入ったかっ侵入者っ

 猫柳家を甘く見るんじゃないぞ」

武装警備員の一人が声を上げたが、スグにそれは悲鳴に変わった。

「おバカ…

 自分が放したトラに襲われたのね…

 だぁからネコ科の動物はダメなのよっ」
 
ミールはそう呟くと、

――ナマダブ

襲われた武装警備員の冥福を祈った。



しかし

ぐるるるるるる…

いつの間にか彼女の周りに獣の気配が漂い始めた。

「なに…

 まずいわ…

 取り囲まれている」

ちょっとしたスキにミールは数匹のトラに取り囲まれていた。

るるるるるる…

「さて、大将…どうするっ」

虎にジリジリと隅に追いやられていくミール…

ガラ…

突然足下が崩れ落ちた。

「堀?」

そう、彼女は廷内を取り囲む堀の淵へと追いやれれていた。

「でかしたぞ、”たま””みけ””とら”…」

包帯でぐるぐる巻きにされた武装警備員が駆け寄ってきた。

「へぇ…生きてたんだアンタ」

驚いた表情でミールが言うと、

「当たり前だっ、自分が仕込んできたトラに喰い殺されてたまるか

 さぁ、神妙にしろっ

 誰に頼まれてこの屋敷に忍び込んだ!!」

と武装警備員が意気込む。

しかし、

「さぁね…誰でしょうか?」

「なにぃ」

「当ててごらん」

追いつめられても全く余裕を見せているミールに

武装警備員の血圧は見る見る上がって行った。

包帯ににじみ出た血の形が大きくなる。

「貴様ぁ…

 構わんっ、”たま”っあいつを喰い殺せ」

怒りに我を忘れた武装警備員はトラに命令すると、

すかさずトラは目の前にいる武装警備員に襲いかかった。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ

 違〜〜〜う、

 俺じゃないっ!!!」

そう言う声を残して、武装警備員は一目散に逃げ出していった。

「一生やってな…」

ミールがあきれ半分で武装警備員の後ろ姿を眺めていると、

ガオ〜っ

残っていたトラがミールに飛びかかってきた…

しかし、

フッ…

一瞬彼女は笑みを浮かべると、

ぶすっ

ぶすっ

飛びかかってきたトラに一撃、何かを刺したとたん。

ぶくぶくぶく…

トラ達は口から泡を吹き出すとそのまま白目をむいて倒れて行った。

「ふふん…

 巨大なクジラをものの10秒で倒す人魚の猛毒よ

 永遠にお休みなさい」

ミールがそう呟くと、

「くおらぁ!!

 貴様なんてことを…

 野生動物を虐待するとは

 ワシントン条約違反だぞ!!」

後からやってきた別の武装警備員が声を上げると、

「なぁに言ってんのっ、

 希少動物を番犬代わりに使っているそっちが悪いんじゃないのっ」

すかさずミールが反論する。

「うるさい!!

 うるさいっ!!

 えぇぃっ

 ”みけ””とら”の仇ぃっ、

 これでも喰らえ!!」

警備員はそう叫ぶと、

ズドン!!

ミールに向けてロケット砲を発射した。

シュォォォォォォォォン…

紅い光点を放ちながら弾頭がミールに向けて飛来してくる。

「ヤッバァ…」

そう思うまもなく


ちゅどぉぉぉぉぉぉん!!


轟音とともに小さなキノコ雲が立ち上がった。

「うわぁぁぁぁぁ」

ドボン!!

爆風で吹き飛ばされたミールが堀に落ちたのを見届けると、

「ふっふっふっ、馬鹿めっ

 その堀には腹を空かせたワニとピラニアがわんさかといるんだ、

 骨まで食べられてしまえっ」

捨てゼリフと吐くと武装警備員はその場から立ち去っていった。


ゴボゴボ…

「くっそう…やってくれたわね…」

水面を見上げながらミールが呟いていると

シャーッ

彼女の体から流れている血の臭いをかぎつけたのか

飢えたピラニアとワニの一群が彼女に迫ってきたが、

「…おどきっ!!」

ミールが一括したとたん、

まるで蜘蛛の子を散らすように雲散霧消していった。

「けっ…人魚を舐めるんじゃないわよ」

ミールはそう言い放つと水中奥深く消えていった。



話は半日ほど前にさかのぼる

「ネコヤナギ?」

昼下がりのハンバーガーショップでビックバーガーを食べながら

ミールはリムルに聞き返した。

「そう…この国の政治経済を裏で牛耳る5大財閥のひとつ…」

分厚いレポート用紙の束を眺めながらリムルは答える。

モゴ…

「しょの、ネコヤナギがどうかしたの?」

「実はね、この間のイカリが起こした騒動を調べたんだけど…」

「あぁ、あれ…」

すでに過去のものとなった騒動をミールが思い浮かべていると、

「イカリのバックについていたのがこのネコヤナギなのよ」

とリムルは続ける。

「へぇぇ…そうなんだ――

 あたしもイカリがいくら支社長だがらと言っても

 あれだけのコトを起せるなんて不思議に思っていたのよ

 やっぱりパトロンが居なくっちゃ出来ないわよねぇ…」

ビックバーガーを食べ終えたミールはジュースに手を伸ばすと、

「で、そのネコヤナギがウチに接触してきたの?」

と聞き返した。

「うぅん、それはまだ…

 ただ、その当主と言うのが、

 とんでもないコレクターだそうなのよ」

「コレクター?

 絵とか宝石とかを買い集めているの?」

「バブルじゃあるまいし…

 ただ、一部の人間達の間では

 観賞と言うかそれを所持していることを誇示するために

 世界中の珍しい魚を集めている輩が居るってこと知ってる?」

「知ってるわ、なんだか腹が立つ話よね…」

一気に飲み干したジュースの空コップを、

ダン!!

と叩きつけるようにしてミールが言う、

「まぁ、感情論はおいといて、

 で、そのネコヤナギってヤツも

 ご多分に漏れず、世界中の魚を集めていて

 自宅には専用の水族館があるって話なのよ」

「うわぁぁぁ…

 私設水族館!!…

 金持ちの考えることは判らないわ」

天井を眺めながらミールが呆れていると

「それでね、

 実は最近、そのネコヤナギが妙な動きを起こしているそうなのよ」

「妙な動き?

 新しい水族館でも作るの?」

「うぅん…」

 なんでもサセボと言う街で極秘に潜水艦を建造しているとか」

「へぇ…潜水艦!!、

 こりゃまた大きく出ましたね…

 潜水艦に乗って海中散歩でもしようって言うの?」

「それがどうもそうじゃないらしいのよ」

「はぁ?」

「未確認情報なんだけど、

 いまネコヤナギはある魚を捕まることに執心しているとか」

「ある魚って?」

「人魚よ…」

ブッ!!

ぼそっと言ったリムルの答えに

ミールは追加注文をしたアイスコーヒーを思わず吹き出した。

「にんぎょぉ?」

「シッ、声が大きいわよ!!」

店内の視線が大声を上げて立ち上がったミールに一斉に注がれていた。

「あっ!!

 まぁ…確かにあのイカリに資金援助をしていたんだから

 人魚のことを知っていてもおかしくはないわね、

 それにしても、

 潜水艦なんて作って問題はないの?」

「そりゃぁ、大丈夫よ、

 ほら、この間の総選挙でこの国の与党連合が大負けしたでしょう?

 で、その与党連合が来年の選挙でリベンジしたいので

 お金貸してってネコヤナギに泣きついたそうなのよ」

「はぁぁぁぁ…そういうこと…

 いよいよ黒幕自らがご出馬ってヤツね」

「まぁね」

「それにしても人魚なんて…

 ワリとその辺ゴロゴロしているのに

 そんな大仕掛けで探さなくても…」

「そりゃ無理よ…

 同じ人魚のあたし達ならともかく、

 普通の人間に区別しろと言うのは難しいわよ」

「あっそうか…

 でも、潜水艦作ってどうするつもりなの?

 まさか海の中で流し網でもするつもりなの?」

そのミールの言葉にリムルの目が一瞬光った。


ギク…!!

『しまった!!』

ミールは後悔した。

「それでねぇ…ミール…」

笑みを浮かべながらリムルがにじり寄ってきた…

「なっなによ…」

ミールは思わず後ずさりする。

「お願いがあるんだけど…

 ちょっとお使いに行ってほしいのよ…」

「お使いって?

 アトランに?」

「ううん…、ネコヤナギさんの所に…」

いつの間にかリムルの腕がミールの肩に掛かる。

「アポは取ってあるの?」

「ある分けないでしょう…」

「だったら入れてくれないと思うけどなぁ〜…」

「大丈夫よ…

 入れてくれないときは塀を越えればいいのよ」

「それって、忍び込めってこと?」

「………………」

リムルは何も言わずにじっとミールを見つめる。

ミールの顔から血の気が徐々に消えていく。

「イヤ…と言ったら?」

「ねぇ、ここを切ったら痛い?…」

そう言いいながらリムルの爪がミールの頸動脈の上を軽くなぞる。

サ…

ミールの血の気が一気に引いた。

『こっコイツ…マジだ…』

「ねぇ…お使いに行ってくれるわよね」

再度の問いかけにミールは小さく頷いた。

するとリムルはパッと明るい顔になると、

「ありがとう、ミール…

 じゃぁ、コレがネコヤナギさん家の図面と欲しい物一覧だからお願いね」

と言って用意していた書類の束をドサッと渡すと、

足取り軽く店を出ていった。


「はぁ…疲れる〜っ…」

リムルの姿を見送ったミールはテーブルの上に突っ伏すと

書類の束の上にあった一枚の紙を眺めた。

「ふーん、シーキャットって言うんだ、その潜水艦の名前は…」

その紙には潜水艦のコードネームと艦長の名前が記されていた。



同じ頃、九州・佐世保にある秘密ドッグでは一隻の潜水艦が竣工間近を迎えていた。

「おぉ…これがシーキャットか…」

年の頃は50前後

高級スーツを着こなし

六四に分けたロマンスグレーの髪と

髭を生やした細面の顔をした人物は

潜水艦に近寄るなり感嘆の叫びをあげた。

猫柳家当主・猫柳泰三である。

「まだ、国会の承認を得ない状態での建造ですので、

 このことはご内密にお願いしますよ、猫柳さん」

同行の与党連合の幹事長がそういいながら泰三に耳打ちをすると

「ははは…判ってますとも

 来年の選挙に勝てば堂々と国会の承認を得られる寸法なんでしょう

 幹事長っ

 で、もぅ試運転はしたのですか?」

「いえ、まだ艤装がすべて終わっていませんので、まだですが」

と説明する同行の工場長の返事に

「なんだ…まだなのか…つまらないなぁ」

泰三はそう言いながら残念そうに潜水艦を見上げた。

「それで、国に納入する前にうちが使せてもらう話は大丈夫ですかな?」

泰三は幹事長に訊ねると、

「あぁ、それは大丈夫ですよ、猫柳さん。

 なんて言っても猫柳さんがこの艦を作ったのですから…」

そう言って胸を張る幹事長に

「まっ、わたしの用が済めば国に買い取ってもらうんだから

 わたしは作ったと言うより代金を立て替えたのにしか過ぎないものですよ」

そういって泰三は腕を組みながら潜水艦を再度見上げた。

「それにしても潜水艦なんぞ、何に使うんですか?

 どこかの財宝さがしとか?」

「え?

 えぇまぁ…そうですなぁ…

 やっぱり宝探しでしょうかねぇ…」

と笑いながら泰三は幹事長への答えをはぐらかすと

「この艦の設計限界水深はいかほどで?」

と工場長に尋ねた。

「一応設計上では1500mまで潜れますが、

 まぁ1000m位が作戦行動上の限界ですね」

「なるほど…1000mは行けるんですなぅ

 ハハハ…十分、十分!!」

そういう泰三の目が光り、

『1000mなら竜宮に乗り付けることは十分に可能だな…』

と呟いていると、

「どうかなされましたか?」

幹事長がのぞき込んだ、

「え?、いや…

 アハハハハ」

「では艦長を紹介しようか、

 貝枝君と言ってなかなか優秀な人物ですぞ」

「ほほぅ…それは頼もしいですなっ」

などと話し合いながら泰三らはゆっくりと奥へと進んでいった。



場面は一転して同日深夜猫柳邸。

パシャッ!!

下弦の月が照らし出す人気のない池に人の形をした魚が大きく飛び跳ねる。

「なんだ?」

音に驚いた巡回中の武装警備員が手にした電灯を池に向けたが

池の上には静かに波紋が広がるだけだった。

「どうした?」

同行の同僚が訊ねると、

「いや、何でもない、

 鯉でも飛び跳ねたんだろう」

と彼は言うと、

「異常なし!!」

と声を上げ、池の畔から立ち去っていった。



「よーし、誰もいなくなったわね…」

岩の陰からミールが彼らが立ち去っていく様子を眺めると、

即座に陸に上がり、そしてゆっくりと立ち上がった。

「水の中を進んできたからおかげで真っ正面に出られたわ

 こういうことなら最初からこうすれば良かったのよ」

と言うミールの目の前には

で〜ん

と猫柳本宅が構えていた。

「それにしても、デカイ屋敷ねぇ…

 両隅なんて見えないじゃない

 えぇっと、書斎は何処かしら…」

ミールは図面をめくりながら本宅に忍び込み

散々歩いた後に、ようやく泰三の書斎を見つけると、

「はぁ〜っ、やっと目的地到着。

 さぁて、お仕事を始めましょうか

 えっと…」

と言いながら、

ミールはリムルから指示された資料を次々とデジカメで撮影していった。

小一時間して指示された資料の撮影がようやく終わると、

「よしっ…

 お使い完了!

 さっ、見つからないウチにさっさ帰りましょうか」

と言って書斎から廊下に出た途端。

寝ぼけ眼の少女とばったりと鉢合わせしてしまった。

「………どなた?」

突然現れた人影に少女が尋ねようとしたとき、

フンっ!!

ミールはすかさず彼女の腹部に拳を打ち込んだ。

がしかし…

ゴン!!

と言う音と共に彼女の拳に伝わってきたのは

まるで鋼鉄を殴ったような強烈な痛みだった。

「痛ってぇぇぇぇぇ!!」

腕を押さえながらミールが飛び上がると、

「きゃぁぁぁ、泥棒!!」

と少女が声を上げた。

「ヤバ…」

ミールがすかさず逃げようとすると、

「お待ちなさいっ」

と言って少女がむんずとミールの肩を掴んだ。

「え?」

ミールが振り向くと、

少女は自分の髪をポニーテールに縛るなり

ふんぬ…

と力を入れた。

すると

ビキビキビキ…

と言う音を立てながら彼女の身体が見る見る大きくなる。

「なっなに?」

ビリビリビリ!!

彼女が着ていたパジャマが膨れあがる彼女の身体についてゆけず、

無惨に引き裂かれると、

中から現れたのはボディビルダー真っ青の鋼の肉体だった。

「うわぁぁぁぁ…

 なにこれ…」

ミールは一歩後ずさりする。

「…不埒な侵入者は(ムン)…この私が許しませんっ!!」

と言いいながら、

ググググ…

少女はあどけなさが残る顔とは似つかない鋼の身体の筋肉を盛り上げる。

小山がさらに大きくなってミールに迫る。

6つに見事に割れた腹筋が彼女のすごさを見せつけた。


「ごっごめんなさい…

 あっ、あたしぃ…

 マッチョは…苦手なのよ…」

ミールはそう少女に言うと、

すかさず脇をすり抜けると一目散に逃げ出した。

「ご主人様の不在中に忍び込む不埒モノ!!

 猫柳メイド隊華組のこの私が成敗してくれるっ!!

 逃がすかっ」

ズドドドドドド…

地響きを立てながら少女はミールの後を追いかけ始めた。

「うわぁぁぁぁぁぁ

 来るなぁ〜」

ミールは叫び声をあげ必死で逃げる。

「あんなマッチョ女に捕まったら、

 タタキにされるわ…」

ミールは必死だった。



ドドドドドドド…

廊下を走る地響きに起こされた他のメイド達は

「ちょっとぉ…

 また”さくら”が走っているよぉ…」

「夜行列車じゃあるまいし」

「もぅ安眠妨害よねぇ…」

「いいわ、明日隊長に言っておくから」

「あやめさんお願い…」

などと口々に文句を言うと皆布団を頭から被ってしまった。



ひぃひぃひぃ…

長距離を全速力で走ってきたためにミールはすっかり息が上がっていた。

しかし、彼女を後から追ってくる少女は

「待てぇ〜っ」

と息が上がる様子が全くない。

「ひぃ…ばっ化けものめっ…」

ミールはそう言うと突き当たりのドアの前で

バッタリと倒れ込んでしまった。

ドドドドドド…

徐々に地響きが近づいてくる。

「はぁ…あたしの人生はここで終わりか…

 リムル…化けて出てやるから…」

そう呟くと

「きゃぁぁぁぁぁ〜急に止まらないでぇ〜っ」

少女の叫び声と共に

ヒュン!!

黒い影がミールの頭の上を飛び越したと思ったとたん。


ドカァァァァァン…


ブワッ

大音響と共に埃混じりの風が吹き付けた。

「……へ?」

恐る恐るミールが顔を上げると、

目の前にあった頑丈そうなドアは無惨にも吹き飛び、

黒い口がぽっかりと空いていた。

「なっなんなのよ」

ミールは立ち上がるとその中をのぞき込むと、

カラカラカラ…

少女は崩れ落ちた天井に埋もれ白目をむいて倒れていた。

「はぁ…まるで暴走した機関車ね…」

ミールはそう言うと部屋の中を見渡した。

ポウ…

明かりに照らし出された大小無数の水槽が浮かび上がる。

「うわぁぁぁぁ…

 これね…例の水族館っていうのは…」

ミールは呟きながら水槽群の中を歩き始めた。

「それにしても…

 よくもまぁ…

 こんなに集めたものね…」

一つの水槽に手を寄せるとたちまち中の魚たちが集まってくる。

「そうか、お前達ももっと広いところで泳ぎたいのか

 でも、ごめんね…

 みんなを連れていけないのよ」

ミールはそう言いながら水槽内の魚を愛おしそうに眺めた。

そして、再び歩き出したとき彼女の目に一つの水槽が目に入った。

「え?…これって…」

そう言いながら立ちつくす彼女の目の前には

”乙姫”

と書かれた空の巨大な水槽がおいてあった。

「…まさか

 …ネコヤナギが潜水艦を作ってまでして狙っているのは

 竜宮の乙姫なの!!?」



翌朝…

梅雨も中休みの日差しの下、

「おはよー」

電車から降りた美作真奈美は構内で水城櫂の姿を見つけると

走り寄って声を掛けた。

「あぁ、真奈美か…」

「あら…今日はサッカー部の朝練は無いの?」

「え?

 あぁ…もうすぐ中間テストだからね」
 
「あっ、そうか…」

改札を抜けた真奈美と櫂はしばらく並んで歩く。

「久しぶりね、こうやって歩くのって」

と真奈美が言うと

「そうか?」

櫂は半分とぼけながら言う、

「もぅ…」

真奈美がプッと膨れると、

「なぁ…」

櫂が声を掛けた。

「え?」

「野良猫ってこんなにいたっけか?」

と言って櫂が指を指した先には

ナァーオ…

と声を上げる野良猫が塀に鈴なりになっていた。

「そういえば…

 ねぇ…

 この間の騒ぎの時って

 確か櫂が野良猫を追いかけたのが発端だったわよね」

と伺うようにして真奈美が言うと

「はぁ?

 野良猫とアレとは関係ないだろう

 それより時間、大丈夫か?」

「え?、あっいっけなぁーい

 櫂っ、急ごう!!」

と真奈美は櫂の腕を引っ張って走り始めた。

2人の気づかないところで

新たなる脅威がゆっくりと頭を持ち上げ始めていた。



つづく


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