風祭文庫・人魚の館






「五十里の野望」
(第2話:ドール)


作・風祭玲
(RB原案・TWO BIT)


Vol.075





この話を読む前に”レンタルボディ編:ヒミコシリーズ”を読まれますとちょっぴり味が濃くなります。

「ヒミコ」シリーズの詳細については


http://www2u.biglobe.ne.jp/~bell-m/bunko/rb/index.htm


を参照して下さい




なお、「RENTAL BODY」シリーズの詳細については

http://homepage2.nifty.com/~sunasan/indexj.html


を参照して下さい





「さがし物は何ですか〜♪」

朝練が終わり教室に戻った僕は

窓の外を眺めながら歌を口ずさんでいた。


「…櫂、海母さまの失われた鰭を見つけて取り返してきてください…」

乙姫さまの言葉が頭の中でエンドレスで回る。


「ふぅ〜、こりゃぁ相当見つけにくいものだぞ…」

ため息を吐いていると、


「オハヨ!!」

朝の教室に真奈美の元気な声が響いた。

「あれ?どうしたの?、櫂」

「元気ないじゃん」

そう言いながら彼女は僕の側にやって来ると、

「いいなぁ、お前はゆっくり寝られて…」

「え?」

「あっそうか、今日は朝練の日か、ご苦労様っ」

ポンと僕の肩を叩いた。

「ねぇっ、夕べ、乙姫さまに呼ばれてたけど何かあったの?」

「うん?」

「まぁね…」

素っ気なく答える。

「………判った、その様子からすると何か安請け合いしたんでしょう」

「………」

答えないでいると、

「図星ね」

「で、何を頼まれたの?」

しばらく間を置いて、

「……捜し物」

と答えると、

「捜し物?」

「そう」

「ふ〜ん、で、何を?」

「乙姫さまの大切な物」

「へぇ…」

真奈美が感心していると、


「ようよう、お二人さん、お熱いねぇ」

クラスメイトから茶々を入った。

「なによぉ」

真奈美が半分嬉しそうに文句を言う、

「いいなぁ、お前は悩みが無くて…」


休み時間、学校にあるパソコンで”海母”をキーワードに検索を掛けてみたが、

当然、引っかかる物はなく「0件」と言う文字がむなしく光るだけだった。

「ふぅぅぅぅ」

「こんなので、見つかれば誰も苦労はしないか」

「大体なぁ…

 問題の”鰭”が地上人の手に渡ったと言うだけで、

 それ以外は何も判らないんじゃぁ、
 
 探しようもないもんなぁ」

頭をかきながら僕はイスに身体を預けた。


ポツリポツリと雨が窓を叩く。

「あれ?、今日の予報は快晴だったはず…」

「ヤベェ…傘持ってきてないぞ」

空を眺めるといつの間にか空は黒々とした雲に覆われ、

雨が降り出していた。


ザーッ

雨はすっかりと本降りになり放課後の部活は休みになった。

「どうする、真っ直ぐ帰る?」

真奈美がこれからの予定を尋ねてきた。

普段から置き傘をしてある真奈美は濡れてなかったが、

すでに僕はずぶ濡れになっていた。


まぁ、それ自体僕にとっては大した問題ではない。

身体にまとわりついた水はいつでも振り解けるから…


「いや、ちょっと、寄るところがあるから…」

そう言って彼女と別れると僕はそのまま海へと向かった。


夕方、すっかり暗くなった頃、

僕は堤防の突端で佇みながら、

「こりゃぁ乙姫さまには”無理です”って言うしかないかな…」

と考えていたとき、

「おい」

突然声を掛けられた。

「ん?」

「おい、カナと言う海精族はお前か?」

「え?」

振り向くとそこには見開いた目、髭をたくわえた大きな口、

そして細長く金色に輝く身体を持った、

そう、今年の干支である「竜」が僕の真後ろにいた。

「どわぁぁぁぁぁ」

驚いた拍子に僕はバランスを崩して海に落ちてしまったが、

ザザザザ

とっさに水術を使うと海面の上に立った。

「ほぅ、多少は術の心得があるようだな」

竜は身をくねらせながら僕の側に来ると、

「竜?」

「そうだ、竜神・竜彦だ」

「乙姫さまに”お前の手伝いをしてくれ”と頼まれたてな」

「で、こうして参上したまでだ」

「はぁぁぁぁ」

感心しながら竜を眺める。

「けど…」

「なんだ」

「意外と小さいんですね」

竜と言えば身の丈ウン十メートルを想像していただけに、

目の前の5メートル程の竜にはちょっと拍子抜けをしていた。

「余生なお世話だ!!」

竜彦はムッとした表情で言うと、

「ふん」

と風を起こした。

「うわぁぁ」

風と共に起きた大波をかぶった瞬間、

僕の身体がグググっと変わり始めた。

程なくして紅色の鱗と翠色の髪を持つ人魚の身体に変わった。

「え?え?」

驚いていると、

「カナ、行くぞ」

と竜彦が言うと頭の角に僕を引っかけるとそのまま飛び上がった。

雨の中、上空に舞い上がった竜の上から眼下の街の灯りを眺める。

「あのぅ…」

「なんだ」

「空を飛ぶのなら僕でもできるけど」

恐る恐る竜彦に訊ねると、

「バカ、お前が水術を使うと、

 感覚が鈍くなって鰭の気配を察知できなくなるだろうが」

「え?、気配って、気配で鰭を探すんですか?」

「そんなことも知らないのかっ」

「すみません」

「まぁいい」


シャァァァァ

降り注ぐ雨粒が身体をぬらす。

”水の衣”で空を飛ぶのもいいけど、こういうのもいいかも知れない。

「どうだ、気配は察知できるか?」

竜彦が訊ねる。

「竜宮の洞窟で感じた海母の気配を察しようとしたが何も感じられなかった」

「だめだよ」

僕が答えると、

「カナ、雨を使うんだ」

「雨?」

「雨って?」

「お前なぁ…」

「俺が何で雨を降らせているのか判っているのか?」

「え?、この雨って竜彦が降らせているの?」

「おいおい」

「雨ってぇのはなっ、水を陸の奥深く隅々まで行き渡らせているんだぞ」

「つまり、水の者にとっては縦横無尽に張り巡らされた触覚…

 それを使わないと、こういうやっかいな物を探すことは出来ないんだ」

「へぇぇぇぇ、そうなんだ」

「感心している場合か…」


「なぁ、もぅ一つ質問していいか?」

「なんだ?」

「なんで、乙姫さまは僕に海母さまの鰭探しを頼んだんだろう」

「だって、竜彦のような力のある者が仕えているじゃないか」

「バカ、俺は雨を降らせたりする事が出来るが、気配を読むことは出来ないんだ」

「え?そうなの?」

「まぁ、捜し物は本来”海神の巫女”がするモノなんだがな…」

「その”海神の巫女”がお前のように人魚に変身できないから、

 だから、乙姫さまはお前に頼んだんだろうよ」


「”海神の巫女”?」

「前にも聞いたと事がある、”海神の巫女”ってなんなんだ?」

「お前…そんなことも知らないのか?」

「いっいや…」

「何も教えて貰っていないのか?」

「まっ、まぁ…」

「しょうがねぇなぁ」

「海彦さまのことは知っているか?」

「えぇ、以前乙姫さまより聞いたけど」

「そうか」

「それでは、海彦さまに仕えている者には様々な者がいるが、

 その中の最高位が”竜牙の剣”を携える”竜の騎士”。

 すなわち、お前と、

 ”雷竜の扇”を持つ”海神の巫女”と言うわけだ。

 まぁあともぅ一人いるが、そいつはとりあえず無視するとして、

 つまり、”竜の騎士”が剣であって、”海神の巫女”が盾である。

 まぁ、そう言う関係だ」

「ふぅぅん」

竜彦の話を感心しながら聞いているとき、

目の前から強烈な光が見えてきた。

「竜彦っ、前々っ」

「え?、うわぁぁぁ」

ギュォォォォン

突如、闇の中から現れた飛行物体は僕と竜彦のすぐ上を通り過ぎていった。



「ん?、いま何かいなかったか?」

一瞬目の前に現れた奇妙な物体を目撃したパイロットは隣に座っている仲間に尋ねた。

「いや、何も見なかったけど」

「そうか?」

「竜のように見えたが…」

「おい、それよりも高度、大丈夫か?」

「あぁ…ちょっと低いかな」

「支社長が乗っているんだ、慎重に操縦しろよ」

「了解」


イィィィィィィン

五十里達を乗せたVTOLは小さなアクシデントはあったが順調に飛行していた。

「なにも、支社長自ら出向かなくても、

 作業は私たちが滞り無く行いますが…」

同乗している現場の統括責任者の桂が

じっと眼下を眺めている五十里の態度を伺いながら言う

「いや、桂くん、今回のプロジェクトは我が社の社運が掛かっている

 重大なプロジェクトでな、支社長が直々に陣頭指揮をとりたいそうだ」

夏目が桂に言うと

「桂君と言ったな」

これまで口を閉じていた五十里が口を開いた。

「はい」

「現在の作業の進捗はどうなっている」

「はい」

「海上保安庁よりチャーターした海洋調査船”わだつみT”への

 海底探査システムの艤装は、90%終了し現在各機器の調整中です」

「また、深海探査船”ケルマディック”は、

 オーバーホールが終了して今朝ほど搬入され、

 母船の同”だわつみU”へ搭載を完了しました。」

と言う報告を聞くと五十里は満足そうな顔をして、

「そうか、ご苦労」

と労をねぎらう。

「あっ、それから五十里」

夏目が口を挟んだ。

「ん?」

「RB開発部の方で、

 ”人形を3体を用意して後のVTOLに乗せておいた”

 と言ってきているが、人形を使うのか?」

「あぁ」

「まさか、ダミーか……」

夏目が疑いの眼で五十里を見る。

「いや、オペレーターに人形を遠隔操作して貰う」

「そうか、ならいいんだが」

「で、むこうに到着次第”わだつみU”へ搬入する予定になっているそうだ」

「そうか」

二人の会話が切れたところで、

「あのぅ、”人形”というのは?」

”人形”と言う夏目の言葉に疑問に思った桂が聞いてきた。

「イザという時のための我々の切り札だ」

五十里は答える

「切り札ですか?」

桂は夏目に目を向けると、

「今回のプロジェクトは危険を伴う可能性があるのでな、

 それを回避するためのものだ」

夏目はそう言うと、手元の資料に目を通し始めた。

「はぁ」

腑に落ちない表情で桂は返事をする。


やがてVTOLの眼下に夜の港が広がりだした。

キュォォォォォォン

VTOLが徐々に降下すると、

人があわただしく往き来している2隻の船の横に降りた。

「明日の朝には予定通り出航させる、そのスケジュールで作業をさせろ」

五十里はVTOLを降りるなり、桂にそう指示をすると、

そのまま”わだつみT”へ乗り込んだ。


しばらくして後続のVTOLが降り立つと、

その荷物室から厳重に梱包された荷物が下ろされ、

それは”わだつみU”の方へと運ばれて行った。


五十里と夏目は足の踏み場がないくらいごちゃごちゃした通路を通り、

”わだつみT”の心臓部・解析室へと向かった。

解析室では、数名のエンジニア達が

パソコンのディプレイに映し出されたデータとプリンターから

印刷されてくる海底地形図とを比較しながら調整を行っていた。

「どうかね、進み具合は」

夏目が訊ねると、

チーフの田所と助手の小野寺が顔を上げ、

「順調です。」

「明日の朝には終わります」

と答えた。

「うむ」

五十里が満足そうに頷くと、

「このシステムは支社長が満足する結果をもたらすものと確信しています」

「そうか」

「では、頑張ってくれたまえ」

「はい」

五十里は解析室から退室すると足早に”わだつみU”へと向かい、

そして、格納庫の”ケルマディック”を一目見た後、

厳重に警備しているもぅ一つの格納庫に向かった。


ピッ

夏目がセキュリティーシステムの読みとり装置にIDカードを差し込むと、

ガコン

っとドアが開いた。

クォォォォン

モーターの回る音が聞こえてくる。

「人形の調整はどうだ」

夏目の問いかけに、責任者の榛名建夫が振り向く

「あぁ、夏目さんか」

気安く声を掛ける榛名に、

「おい、支社長もいるんだぞ」

と耳打ちをする。

「え?」

榛名は思わず背伸びをして夏目の後ろを覗くと、

「五十里だ」

と五十里は自分の名前を榛名に向かっていった。

「もっ、申し訳ありません、支社長」

榛名は背筋をピント伸ばすと深々と頭を下げた。

「いやっ、構わない」

「それより、人形の調整はどうだ?」

「先ほどココに搬入した3体のドールは

 すべて900番台のプロトタイプでありますが、

 深海800メートルまでの動作保証と
 
 海中での俊敏な行動力を持たせてあります」

と答える。

「ほぅ」

「ではこちに」

榛名は五十里達を先導するように、

到着したばかりのドールが納められたカプセルの前に連れて行った。

「これは…」

驚きの声を上げる夏目…

カプセルに納められている3体の”人形”は上半身は女性の姿をしているが、

下半身は魚の姿になっていて、

それぞれ、鱗の色が黄色・紫・赤色に染められていた。


「左から、900:零号機・901:初号機・902:弐号機の

 順になっていまして…」

「使用RB−BIOSは問題となったアリス−ナデシコ系の発展型ではなく」

「多目的用途を目指して開発を進めてきた”アズサ”をインストールしてあります」

「で、現時点でのアズサとオペレーターとのシンクロ率は平均で約35%」

「実使用時には40%程度になると予想しています」

と榛名は五十里に説明する。

「ほぅ、これは頼もしい」

カプセルを覗き込んだ五十里の満足そうな表情に榛名はなホッと胸をなで下ろすと、

続けて、

「今回はシステム上オペレーターによる有線誘導式になっていますが」

「5号機以降の量産タイプでは、

 自己判断による自立行動が可能な仕様にするつもりです」

と説明を加えた。

それを聞いた夏目は、

「”自己判断”と言うことは、人形の動作は人形自身で判断させるのか?」

と榛名に聞き返した。

「まぁ、そう言うことになりますね」

「それでは、ダミーと同じではないのか?」

「いえ、集中管理を前提にしたダミーシステムとは違い、

 アズサはあくまでも自己判断で行動するようになっていますので、

 より高度な行動が可能になります」

「夏目っ」

「は?」

話を聞いたいた五十里が口を開く

「今は人魚捕獲が最優先だRBについての話は後にしろ。

 よし、明日からの探査はこいつ等にも活躍して貰おう」

そう言うと、”わだつみU”の甲板へと出ていった。

雨は小降りとなっていた。

「いよいよ勝負だな」

五十里は小雨に中で海を眺めていた。


グォォォォォン

竜彦と僕の真上を通り過ぎていった飛行機は徐々にその姿を小さくしていった。

「はぁ〜っ、ビックリしたぁ」

胸に手を当てて呼吸を整える。

「こんな所に飛行機が飛んでいたとわな、

 これからはおちおち空も飛べ無いぞ」

竜彦が振り返りながら言う、

「でも、ふつうの飛行機とは違ったみたいだけど…」

すでに光の点となった飛行機を眺めながら言うと、

「俺にはよくわからん」

「で、掴めそうか」

「何が?」

「おいおい、海母様の鰭のことだよ」

「あっ、あぁ」

僕は再び精神統一を試みたが、

「う〜ん、駄目みたい、今ので勘が狂った」

と言う僕の答えに竜彦は、

「仕方がない、今日はこれくらいにするか」

「お前も疲れているようだしな」

そういうと竜彦はくるりと向きを変えた。

確かに疲れた…



同じ頃、ここは都内某所にある研究所。

そこに勤務する鳥羽俊介宛に一通のメールが届いていた。

『HBS・日本支社長に五十里健二がアズサを連れ就任、注意されたし』

そう記されたメールを読んだ鳥羽は、

「五十里?」

その単語をキーワードにして記憶を検索をする。

「!!」

”該当1件”

「五十里ってあの五十里かっ」

鳥羽はそう言い放つとディスプレイに浮かぶメールを食い入るように見つめた。

「アズサを連れてと言うことはあいつ…」

「ついにアズサを完成させて日本に乗り込んできたのか」

感心する反面

「待てよ、五十里が来たと言うことは夏目もいるな…」

鳥羽はデスクの電話を取るとどこかに連絡を始めた。

やがて、電話をおいた鳥羽は一言、

「やれやれ、また忙しくなるぞ…」

夜の街を眺めながらそうつぶやく。



つづく


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