風祭文庫・人魚の館






「五十里の野望」
(第1話:陰謀)


作・風祭玲
(RB原案・TWO BIT)


Vol.074





この話を読む前に”レンタルボディ編:ヒミコシリーズ”を読まれますとちょっぴり味が濃くなります。

「ヒミコ」シリーズの詳細については


http://www2u.biglobe.ne.jp/~bell-m/bunko/rb/index.htm


を参照して下さい




なお、「RENTAL BODY」シリーズの詳細については

http://homepage2.nifty.com/~sunasan/indexj.html


を参照して下さい





ここは東京新宿・高層ビル群の一角にあるHBS日本支社、

その最上階にある支社長室にその男はいた。

男はパテーションで仕切られた会議室に置いてあるテーブルの一方に座り、

その反対側には数台の大型液晶ディスプレイが置かれていた。

そして、その液晶パネルに映し出されている人物と会話をしていた。


「…五十里、判っていると思うが我が社は現在危機的な状況にある。」

「はい」

「半年前、椚RB部長の失踪と彼が開発を進めていた

 RB−BIOS・ナデシコのバグの表面化並びにその回収と損害賠償。」

「結果、RB市場を支配してきた我が社の著しいシェアの減少…」

「さらには巧妙に仕掛けられたウィルスによる当社コンピュータシステムの壊滅…」

「これらによる我が社の損害はいかほどかと思うかね」

「全く…国が一つ傾くほどの額だよ」

「はい」

「そこでだ、五十里」

「キミにこの日本支社長を任せようと思っている」

「ありがとうございます」

「キミが提出したこの”Mプロジェクト”」

「コレが絶望的な状況に置かれている我が社にとって唯一の希望の光だ」

「はい」

「五十里、我々に残された選択肢はコレのみであることを肝に銘じたまえ」

「お任せください」

男はそう答えると、ディスプレイの電源は次々と落ち支社長室から音が消えた。

男の名は五十里健二

HBS米国本社で40代の若さでありながら

RB部統括マネージャーを務めていた男だ。



「楠部長の失踪だって?」

「ふん、よく言うよ、おまえ達が封印したくせに」

火の落ちたディスプレイを眺めながら五十里は言う。


席に戻った五十里に、

「日本支社長、就任おめでとう」

と言いながら一人の男が近づいて来た。

夏目藤二郎、五十里より若干年上であるが、

彼とは長いつきあいであると同時に、

本社の命令で彼のサポートをすることになった。

「タイタニック船長の就任祝いか」

「はは、コレは手厳しいな」

「ふん、本社の老人どもは気楽なもんだ」

「…とてものんびり会話をしている状態ではないというのにか?」

夏目は東の空を眺めながら言う、

「ところで、例の品物はどうした」

「あぁ、お前の指示通り研究所に運び込んだよ」

「そうか、ごくろうだったな」

「それにしてもよくこんなお伽噺を本社の老人どもを納得させたな」

「お伽噺ではない、事実だ」

「事実?」

「これがか?」

と言って夏目は机の上に置かれている3冊の本を眺めた。

うち2冊は浦島太郎と人魚の絵本。

そして最後の1冊は、

「Mプロジェクト:第5次中間報告書」

と言う仰々しいタイトルがついた猛烈に分厚い報告書だった。

「人魚に竜宮城……お前、本気でこんなものを信じているのか?」

「あぁ」

真面目な目で答えた五十里に夏目は呆れた顔をして、

「まぁ、幽霊や妖怪・UFOといった類をまるで信じないお前が」

「そこまでのめり込むというんだ、何か証拠でもあるのか」

「ふん」

五十里は口元に笑いを作ると、

「夏目……時間はとれるか?」

「ん?、まぁ、今日の午前中なら…」

「よし、お前に見せておく物がある」

「え?」

「研究所までつき合え」

五十里はそう言うと席を立った。


首都高速を走る社用車の中で

「そう言えば研究所に運んだ本社からの荷物」

「あれは何だ?」

「税関を通るのに相当苦労したぞ」

「……」

夏目の問いかけに五十里はただ黙っていた。

やがて、車は高速を下り、国道をしばらく走ると、

研究所の敷地へと入っていった。

手入れがされないままの敷地は荒れ放題の体を晒していた。

「半年前、ここで何があったかは知らないが、随分と荒れたものだな」

「夏目…」

「ん?」

「そうか、ここで起きた事は知らされてないのか」

「そうだが」

「五十里、お前は知っているのか?」

「いや、詳しいこと…はな」

「そう言えば、失踪した椚前RB部部長はお前の上司だったな」

「まぁな」

「なんでもここで禁止されているダミーシステムの実験をしていたとか」

「……」

車は広い研究所の敷地を走ると、建物の正面玄関の前に横付けされた。

「なんだ、まだガラスも入っていないのか」

呆れた声を上げる夏目と黙ったままの五十里の二人は、

粉々に粉砕されたままの玄関をくぐりエレベータへと向かった。

ポーン

軽いチャイムの音と共に二人を乗せたエレベータは降下する。

そして地下に降り立った二人の前に姿を現したのは、

巨大なホールのような地下室とそこを埋める様々な機器、

そして巨大な冷凍施設だった。

「ほぅ…」

五十里は関心したようなセリフを言うと、

冷凍施設の方へと向かい、そしてその上へと昇った。

「一体何を冷やしているのだ」

夏目の問いかけに、

ピッ

五十里が手にしたリモコンのボタンを押すと、

グィィィィン

金属製の容器が目の前にせり出す。

目を細めて容器を見る夏目、やがて驚きの声をあげた。

「五十里っ、こっこれは………」

容器の中には魚に似た下半身に人の姿をした上半身を持った生物が入っていた。


「そうだ」

「人類とは別種の知的生命体、人魚”イブ”だ」

「まさか……」

「生きているのか?」

「いや、死んでいる。」

確かに容器に納められた人魚の標本は片腕が無く、

顔も著しく変形し、相当痛んでいる様子だった。

「夏目っ」

「ん?」

「今から15年ほど前、太平洋岸を襲った津波を覚えているか?」

「あぁ、地震の震源がハッキリしない奇妙な津波だったな…」

「コイツはそのとき伊豆にあったウチの保養施設の海岸に打ち上げられたものだ。」

「なに?」

夏目は人魚を食い入るように見つめていた。

「それだけでない」

ピッ

五十里が再びリモコンのボタンを押すと、

もぅ一つの容器がせり上がってきた。

「これは、なんだ?」

容器には巨大な魚とも鯨とも見える一枚の巨大な鰭がおさめられていた。

「コイツもさっきの人魚と共に打ち上げられていた」

「私が極秘裏に米国の研究施設に送って色々調査させたのだが」

「これらを分析した連中に言わせれば」

「人類にとって”宝の山”だそうだ」

「宝の山?」

「あぁ…そうだ」


「まったく、さっきの人魚といい、この鰭と言い」

「お前はこれをどうするつもりだ」

「これを本社の老人どもの玩具にするつもりは毛頭ない」

「え?」

「まずは人魚共を一網打尽に捕まえる」

「どうやって」

「目星はついている」

「15年間、私は連中を追ってきたからな」

「それに連中は人ではない魚だ、魚を釣るのに何の遠慮がある」

「そして、連中の住処である竜宮を手に入れる」

「あとは……ふっふっふ…」

五十里の不気味な笑い声が地下室に響た。




「あっネコ」

部活の帰り一緒に歩いていた真奈美が指さした先に一匹の猫が座っていた。

ニャァ

猫はそう鳴くと、僕達の側に近寄り脚にすり寄ってきた。

「可愛い…」

真奈美がネコを抱き上げて僕に見せる。

しかし、普段はそんなにネコ嫌いではない僕だが、

この白黒ブチのネコを見ていると、

妙に石を投げつけたくなる衝動に駆られた。

「そうか、そんなに可愛いか?」

「あら、可愛いじゃない」

真奈美がネコの頭をなでる。

ネコも気持ちいいのか目を閉じている。

僕も手を伸ばして撫でようとしたとき、

フミャっ

と声を上げると、

ガリガリガリ

僕の手をネコが思いっきりひっかいた。

「ってぇぇぇ」

「なんだ、こいつ」

ネコを睨み付けると、

ニャオ

と言う声を残してネコは真奈美の手から放れ、

タッタッタッ

っと茂みの中へと走っていってしまった。

「もぅ」

「櫂が脅かしたからよ」

真奈美が膨れる。

「脅かしてなんかいねぇよ」

「突然あいつが引っ掻いたんだよ」

と言ったが彼女は聞き入れる様子はなかった。



「ったく…」

「ただいまぁ」

文句を言いながら玄関のドアを開けると母さんが出てきて、

「櫂、今まで何をしてたの?」

と注意した。

「え?」

「乙姫さまの所に新年の挨拶に行くから早く帰るはずだったでしょう」

「あっ、いけね」

「もぅ、早く支度をしなさい」

「はいはい」

僕は自分の部屋に行くと海へ行く支度をすると下に降りた。

「お兄ちゃん遅い」

下では香奈がしびれを切らしていた。

「すまんすまん」

適当に謝ると海へと向かった。

海水に頭まで浸かると、大きく水を吸い込む。

ググググ

身体が変化していく、

女性へと変わる上半身、一方魚へと変化していく下半身。

程なくして僕は翠色の髪をなびかせる人魚へと変化した。



それから数時間後、僕と母さんは乙姫の館にある大広間にいた。

大広間と言っても、

大勢の人魚を一度に収容できるように無茶苦茶だだっ広く、

ここの収容人数は相当なものだった。

「いやぁ、地上で迎える新年もありがたいけど、

 やっぱり、ここで迎える新年が一番いいわ」

母さんが他の人(魚)達と話をしている。

そう竜宮では冬至の次の新月の日に新年を迎える。



「お〜、文字通り鯛とヒラメが踊っているわ」

僕はその横で感心しながらビデオカメラを回す。



やがて、

「乙姫さまのおなりです」

と言う声と共に乙姫さまが姿を現した。



そして、すっと人魚達の前に立つと、

「皆の者、無事新年を迎えることが出来ました」

と新年の挨拶をした。

「おめでとうございます」

それに合わせるように広間にいる人魚達が一斉に頭を下げる。

「みなのものも元気でなによりです」

と言う乙姫さまの挨拶に始まり、

色々な話を乙姫さまは最後に、

「最近、地上人の中にこの竜宮の周辺で奇妙な動きをするものがいるようです

 皆のものも十分に注意するように」

と言う言葉で締めくくった。

「奇妙な動き?」

「何かあったの?」

と母さんに尋ねたが、

「さぁ?」

と言う返事が返ってきた。


竜宮での祝賀の儀式が何事もなく終わり、地上に戻ろうとしたとき、

「櫂、ちょっとこちらへ」

と乙姫さまに呼び止められた。

「はい?」

乙姫さまのそばに行くと、

「もぅ、その身体には慣れましたか?」

「えぇまぁ」

「そうですか」

乙姫さまはニコリと微笑んだ。

「で、何か用事ですか?」

と聞くと、乙姫さまはやや真顔になり、

「櫂、貴方に頼みたいことがあります、引き受けていただけますか」

と尋ねてきた。

「はぁ、まぁ僕が出来る範囲であるなら」

そう返事をすると、

「良かった…実は貴方に見せたいものがあります」

「私についてきてください」

と言うと館の奥へと泳ぎはじめた。

僕は訳が分からず乙姫さまの後に付いて行く、

乙姫さまは館を出るとさらに竜宮の奥深くへと向かっていった。

「ココは、乙姫さまと一部の者以外は入ることが出来ない聖域のハズでは?」

そう考えながら泳いでいった。

やがて周囲は洞窟の様になり、そして大きな空間へと出た。


そしてある巨大な物体が目に飛び込んだ

「なっなんだこれは?」

僕の目の前には人魚とも魚ともクジラをも見える生き物が身体を横たえていた。

「我らの祖である海母さまです」

乙姫さまは目の前の生き物の説明をした。

「海母さま?、これが?」

「はい」

「………」

僕は呆気にとられていた。

「櫂、貴方に頼みたいというのは、

 海母さまの失われた鰭を見つけてきて欲しいのです。」

「鰭?ですか」

「そうです」

「ほらご覧なさい、頭の方を…」

と言って乙姫さまは海母さまの右側を指さした。

「あっ、あっちが頭なのか」

あまりにもの巨大さの故にどちらが頭なのか判らなかったが、

頭の位置が判ると何となく全体像が見えてきた。

「大きく欠けている部分があるでしょう」

「うん、確かに…」

「実はそこには海母さまの鰭がありました」

「無くなったんですか?」

「えぇ」

「この間貴方のお話をした、海魔との戦の時に」

「たしか15年前の話ですね」

「えぇ」

「そのときにどうやら海魔達に持ち去られてしまったようで、

 私たちもすぐに探してみたのですが
 
 いくら探しても見つからずじまいでした。

 ところが最近、
 
 鰭が地上人の手に渡っていることが判明したのです」

「地上人?、人間にですか?」

「そうです」

「そこで、櫂、貴方への願いは地上人から

 海母さまの鰭を取り戻してきてほしいのです」

「えぇっ」

「お願いできますか?」

乙姫さまの訴えかけるような目に僕は渋々頷いた。



「椚っ、お前の仇は俺が打つ」

「そして、この会社を俺の物にしてみせる」

五十里はそう呟きながら、机の上に置かれた一枚の写真立てを眺めた。

そこには舞台の上で優雅に舞う一人のバレリーナが写っていた。



つづく


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