風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第12話:十郎太の櫛・前編)



作・風祭玲


Vol.136





第1章:落城

怒号…

罵声…

悲鳴…

そして燃え上がる館…

いま一つの城が落城しようとしていた。



「あぁ、館が…炎に…

 父上…母上…」

燃え上がる城を眺めながら一人の少女が呆然と立っていると、

「さっ、姫っ早く…」

甲冑で身を固めた一人の若い武将が、

桜色の着物を着た彼女の手を強く引き、

鬱蒼と木々が生い茂る山中へと足早に入っていった。

そして、そのスグ後を、

「…追えっ、森の中に入って行ったぞ!!」

十数名の侍や雑兵達の一団が2人を追って入っていった。

「くっそう、ダメか…」

少女の手を引く侍は後を振り返り、

迫る来る追っ手の気配を感じ取ると、

「藍姫様は先に逃げてください、

 ここは私が食い止めます」

と言って立ち止まった。

「いいえっ、

 十郎太さまだけにそんな目には遭わせられません。

 私も武将の娘っ、ここで戦います」

と少女・藍姫は気丈に言うが、

「いけません、あなたがいては足手まといです」

十郎太はそう言うと、

チラリ

彼女の足下の崖を見るなり、

「御免!!」

ドン

と叫ぶと彼女の体を強く押した。

「キャァァァァァ」

ザザザザ…

悲鳴を残して藍姫の体はがけ下へと滑り落ちていく、

「ご無礼を申し訳ありませんっ

 しかし、その崖は緩やか…

 藍姫様っ、どうか生き延びてください…」

十郎太は地面にひれ伏して謝った後、

「ここから先は誰一人と一歩も通さん!!」

と刀を抜いて姿を見せた追っ手達を睨みつけた。



ハァハァ…

「十郎太さま…」

崖から這い上がってきた藍姫が見たものは、

累々と横たわる追っ手達の死体と、

傷つき膝を落としている十郎太の姿だった。

「十郎太さまぁ〜っ」

藍姫は彼に近づくと

すぐに彼の介抱をはじめた。

「…いっ、いけませんっ、

 姫っ

 ここに戻ってきては…」

十郎太はそう言って藍姫の手を払いのけようとするが、

「しゃべってはダメ…」

藍姫は着物を破くと、

バックリと開いている十郎太の刀傷を縛り上げた。

クッ

十郎太の顔が一瞬苦痛にゆがむ、

「さっ、行きましょう」

そう言って藍姫が彼の体を抱き起こしたとき、

ドスッ

「フグッ!!」

藍姫のわき腹に一本の槍が深く突き刺さった。

見る見る藍姫の顔から血の気が引いていく

「へっへっへっ、やった…」

木陰から一人の雑兵が姿を表した途端、

「この野郎!!」

ザンっ

彼の首は宙を飛んだ…



「姫っ!!」

雑兵の首をはねた十郎太が藍姫の方を見ると、

ドサッ

彼女はその場に崩れ落ちるように倒れ、

そして、

鑓に刺された脇腹から見る見る鮮血のシミが広がっていった。

バシッ

十郎太は藍姫の身体に突き刺さっている鑓の柄を切り捨てると

「ひっ、姫っしっかりして下さい」

と藍姫を抱き起したが姫はぐったりしたまま動かなくなっていた。

「すっすぐに医者のところに…」

彼は藍姫を背負うと自分の怪我のことを忘れ急いで山を降り始めた。



しかし、そこからしばらく降りた水神沼のほとりにたどり着いたとき、

「…じっ十郎太さま…」

藍姫は自分を背負っている十郎太に声をかけた。

「喋ってはなりません」

我を忘れて山を下る十郎太はそう言うと足を緩めなかった。

「…もぅ…いいです…

 …ここで…下ろしてください。」

と藍姫は弱々しく彼に言った。

「もぅ少し我慢してください、この森を抜ければ里に出ます」

と十郎太は藍姫に言うが

「…だめです、

 …城は落ち、すでに私たちは敵に囲まれています。

 このまま里に下りても敵の手で捉えられるのは必至…」

藍姫のその言葉を聞いたとたん十郎太はパタリと足を止めた。

「そうだった…

 このまま里に下りても傷ついた藍姫を看てくれる人は…」

そう考えると

ジワッ

忘れていた刀傷が痛み出してきた。

「姫…」

十郎太はそっと藍姫を沼のほとりに下ろすと、

「十郎太さま…

 お願いがあります…」

肩で息をしながら藍姫は懇願した。

「なんです」

十郎太が訊ねると、

「私の…この体を沼に沈めてください…」

と藍姫は彼に言った。

「え?」

十郎太は驚きの声をあげた。

「…敵に捕まり辱めに会いたくないのもありますが、

 …この沼は我が守上の者が先祖代々より守ってきた神の沼であり

 この沼より出でたる水が領内の田畑を潤しています。

 もしも、この沼が荒れ水神様のお怒りに触れたら、

 ここには人が住めなくなってしまいます。

 そうなってしまっては私は………

 お願いします…
 
 私の命が尽きる前に…」

そう懇願する藍姫の様子に十郎太はやや間をおいて

「………わかりました…」

そう返事をすると、彼は藍姫を抱き上げ

ほとりに係留してある一艘の小舟に藍姫を乗せた。

すると藍姫はそっと十郎太の手を握りしめると、

一つの櫛を差し出した。

「…十郎太……これをお返しします…」

「姫…」

「父上の命とは言え、

 十郎太は幼き頃より常に私を守ってくれました。

 その父上ももはや亡く…

 私の命も後わずか…

 十郎太…そなたより頂いたその櫛をお返しいたします。

 もしも、また出会うことがあれば、
 
 その時にこの櫛を私に下さい…

 ……私は
 
 …私は
 
 …あなたの妻になりたかった…」

そう言うと藍姫は静かに目を閉じた。

「姫っ、そんな…私にはもったいないお言葉です」

ポツリポツリ

そう言いながら彼の目から零れた涙が藍姫の手を濡らした。

苦しそうに藍姫は息をすると

「……十郎太…早く船を…」

と言うと

「では…」

十郎太の手が小船を沼の中へと送り出した。

藍姫を乗せた小船がゆっくりと進んでいく。



「居たぞ!!あそこだ!!」

山を降りてきた追っ手が十郎太の姿を見つけると襲い掛かってきた。

「おのれっ!!」

十郎太は櫛を懐にしまうと、

刀を取り、勇敢に向かっていった。

「十郎太さま、どうか生き延びてください…」

沼の中央部に着いたことを感じ取った藍姫は

最後の力を振り絞ると、

小船を横転させた。

ザボン!!

血の帯を棚引かせながら藍姫の身体はゆっくりと沼の底へと沈んでいった。

そして、その音を後ろで聞いた十郎太は

追っ手達をキッと睨み付けると

「うぉぉぉぉぉぉ」

と叫び声をあげながらその輪の中へと飛び込んでいった。

「姫は俺が守る!!」

と思いを残して…



第2章:真奈美

ん…んん…

「夢?」

真奈美はうっすらと目をあけると周囲を眺めた。

「知らない天井…

 あっ…そうか、ここは…」

目を開けてキョロキョロしている真奈美に

「コラっ、真奈美っ、アンタ何時まで寝ているのよっ」

っと言いながら瑞穂と友江の顔が視界に入ってきた。

「あれ?、いま何時?」

真奈美はもそっと起きあがるなり時計を見ると、

さっ…

彼女の顔から血の気が引いていく

「げっ、8:10じゃないのっ

 何で起こしてくれなかったのっ!!」
 
真奈美は悲鳴に近い声を上げると、

ガバッ

と立ち上がり、そして大急ぎで身支度を始めた。

その様子を見ながら、

「何度も起こしたわよっ」

「だけど、真奈美ったら全然起きないんだもん」

瑞穂達は口を尖らせて真奈美に文句を言うが、

真奈美には一切耳には入ってなかった。

そして

「みんなは?」

と他のメンバーの様子を聞くと、

「もぅとっくに出かけたわよ…」

と呆れ半分の返事が返ってきた。

ドタドタドタ…

身支度を終えるとまるで飛び出すかのような彼女の袖を、

グィ

友江は掴むと

「真奈美っ、その前にちゃんと朝食を食べるっ」

と言って彼女の前にお膳をドンと置いた。

「………」

呆気に取られてそれを眺める真奈美に友江は、

「宿の人に頼んでアンタの分、

 こうしてとっておいて貰ったわよ

 体力勝負なんだから、朝食はちゃんと食べるのよ」

と言うと、

真奈美は顔を真っ赤にしてお膳の前に座ると、

「いっ頂きます…」

と言って朝食を食べ始めた。



チリリン…

軒先につるした風鈴が風に吹かれて軽い音色を奏でる。

「まぁ、そんなに慌てなくても、

 どうせ目的地はあの”城山”なんだから、のんびり行こうよ」

「そうそう、

 まじめに部長に付き合っても疲れるだけだよ」

友江達は交互に急く真奈美を牽制するかのように言うが、

「…でも、初日からコレじゃぁ…

 部長に申し訳が立たないじゃん」
 
そう真奈美は朝食を頬張りながら彼女達に言うと、

「申し訳って…」

「真奈美ってそう言うところは律儀なんだよねぇ」

2人は顔を見合わせるとそう言った。



第3章:夏の始まりに

事の発端は夏休み目前……

「え?、歴史研究部の夏合宿?」

美作真奈美は歴史研究部に所属している

友達の須藤瑞穂と加藤友江に頼み事をされていた。

「そうなのよっ

 毎年夏休み中にウチの部ではテーマを決めて

 夏合宿って言うのをやっているんだけど、

 今年は1年生が2人しか入って来なくって
 
 部員が7人しか居ないのよ…」

「でね、実は8人になればJRの団体割引が利くから…

 ぜひ真奈美に臨時の部員なって参加して欲しいのよ」

と真奈美を拝むようにして頼み込んできた。

「……合宿ねぇ…」

真奈美が考えるそぶりをすると、

「あぁ、合宿って言っても、

 要はちょっと電車で遠いところに行って
 
 そこの歴史的な物を見物して、
 
 で、それの印象をまとめたのを
 
 秋の学園祭で発表するんだけど、
 
 真奈美はそこまで付き合わなくても良いからね…」
 
「そうそう、

 要は頭数が欲しいだけだから

 ちょっとした旅行とでも思って…ね」

と次々と説明した。

「で、何処に行くの?」

と言う真奈美の問いかけに、

「えっと、今年は…どこだっけ?」

瑞穂がそう言いながら友江を見ると、

「……守上城趾よ」

と答えた。

「守上城趾?」

「えっと信州にある城跡で

 なんでも戦国時代、秀吉だっけか、

 まぁ、そこの大軍と大戦をしたそうなのよ」

「でね、そこには藍姫伝説て言うのがあって、

 そのお城が落城した際に落ち延びた藍姫と言うお姫様と

 彼女を追っ手から守った十郎太と言う武将との

 悲しい物語があるそうのよ…」

と2人が説明すると、

「藍姫?……十郎太?」

真奈美はその言葉にどこか悲しく切ない気持ちがわき上がってきた。

「……真奈美?、どうしたの?」

なにやら考え込んでいる真奈美の様子に2人はのぞき込むと、

「あっ…あぁごめんごめん…

 いっいいわよ、
 
 あたしも歴史には興味あるし、
 
 それに参加するわ」

と答えた。

「え?、いいの?」

「わっやった!!…」

飛び上がって喜ぶ2人をよそに

真奈美は伝説に出てくる2人の名前が妙に引っかかっていた。



第4章:魂の由来

「へぇ…そうなんだ…」

人魚・マナになった真奈美は

その日、竜宮で乙姫から海精族の魂についての話を聞いたあと

一人で頷いていた。

「なに、一人で感心しているの?」

乙姫の館から出てきたマナがしきりに感心している様子に

カナがのぞき込んで尋ねてきた。

「え?、あぁ…乙姫様の話よ」

「……龍神に捧げられた人間の魂が竜玉に封じ込められることで、

 海精族(人魚)としての生を受けた。と言う話?…」

「うん…」

「ふぅぅん…」

カナは自分の胸にある竜玉を眺めながら、

「そうだなぁ…

 っと言うことは僕の前世って
 
 何処ぞで人柱にされた美しい女性だった。
 
 なんて可能性もあるわけだ…」

とあっけらかんと答えるカナに、

「あんたが”美しい女性”ねぇ…」

マナはそう言いながら横目使いでカナを見ると、

「まぁ…、その可能性は遙かに低いと思うわよ」

と言うとさっさと泳ぎ始めた。

「あっおい、待ってよ」

カナが慌ててマナに追いつくと

「マナの夏休みの予定はどうなってるの?」

と尋ねてきた。

「え?、あぁ…

 コレと言った予定はないんだけど

 ただ、8月の中旬に瑞穂達…

 …歴史研究部の合宿につきあうことになったわよ」

と答えた。

「えっ8月の中旬?」

「そう…」

「参ったなぁ…僕の予定とはかみ合わないか」

頭を掻きながらカナが答えると、

「何処か行くの?」

とマナが訊ねると、

「うんちょっと、どうかなぁ…

 …っと思っていたけど、
 
 予定が先に入っているなら仕方がないか…」
 
「うん、しょうがないわね…」

「で、何処に行くの?」

っとカナが訊ねると、

「信州…守上城趾とか言ってた」

「守上城趾?」

「なんでも、信長だか秀吉だかとの戦があった城だそうよ」

とマナが言うと、

「へぇ…守上城趾……」

「どうしたの?」

「いや、この間のぞいた心霊・怪奇系ページで

 確か守上城趾と言う名前があったような…」
 
とカナが考える顔をすると、

「やだ、怖いことを言わないでよ…」

とマナはカナの肩を叩いた。

「……ん〜と、確か落ち武者の亡霊だったけかな…

 そうそう…
 
 中腹にある”水神の沼”と言うところで
 
 …あれ?」
 
そう言いながらカナが横にいるマナを見ると、

一緒に泳いでいたはずのマナの姿が居なくなっていた。

「もぅっ、カナのバカっ…」

いつの間にかマナは泳ぐスピードを上げると、

そのまま竜宮の門へと向かって行った。

「おっ、おいマナぁ…」

一人ポツンととり取り残されたカナは声を上げていた。



第5章 守上城趾

「へぇ…それは面白い夢だね…」

支度を終えた真奈美達3人は部長の後を追って

守上城趾がある城山を登り始めていた。

真奈美から夢の話を聞いた瑞穂達は

「どうせ、夕べ宿の主人から聞いた話の夢でも見たんじゃないの?」

真奈美の話に感心している瑞穂に対して、

友江は現実的な返事を返してきた。

「…うん、そうかも知れない」

真奈美は歩きながら頷くと、

「そうだね…藍姫様の話って悲しい話だからね」

瑞穂がしみじみと言った。

「でも、信じられないなぁ…

 この城山でそんなことがあったなんて…」

友江が山の上のほうを見ながら言うと、

「まぁっ、ここは戦国時代に

 激しい戦が繰り返されたて言う所だから、

 悲話の一つや二つあったもおかしくはないわよ」

と真奈美は藍姫の話を振り切るようにして、

山道を進んでいった。



「ところで、真奈美ぃ」

「何よ」

「櫂クンとは何処まで進んでいるの?」

とニヤケながら瑞穂が聞いてきた。

「え?

 とっ突然何を言い出すのよっ」

と話の方向が変わったことに真奈美は戸惑いながら言い返すと、

「だって、付き合っているんでしょう?」

と瑞穂は念を押すように言ってきた。

「そんな、付き合っているだなんて…

 私にとって櫂は良いお友達と言うか…」

足下を見ながら真奈美がそう答えると

「うっそぅ、只のお友達なの?

 あんなに親密なのに…」
 
「そっそれは…」

「いいのよ、隠さなくても…」

「で、キスはもぅしたの?」

と言う友江の質問に、

「………」

フルフルと真奈美は首を横に振った。

「なるほど…まだか…」

友江は不満そうに言うと、

「それにしても、水城君も水城君よねぇ…

 つきあい始めて結構経つのに、
 
 キスすらしていない…あら…」

好き勝って言っていた瑞穂は真奈美が顔を赤くしたまま

立ち止まってしまったのを見つけると。

「あっ、ゴメンゴメン…

 ただ、あなた達がうまくいっているのか気になったのよ」

と謝った途端に、

「瑞穂のバカァ…」

真奈美は大声を上げると駆け出してしまった。

「あっ、真奈美ぃ」

「もぅ、瑞穂がいけないのよ…」

「そんなこと言ったってぇ…」

瑞穂と智恵は真奈美の後を追ったが、

走り出した真奈美は止まることが出来ずどんどんと山を登って行った。

そして中腹まで登ったとき、

『………藍姫……』

真奈美の耳に男の声が聞こえた。

「え?」

それを合図に彼女の脚がパタリと止まると、

真奈美は山道の分岐点に立っていた。

「水神沼…?」

”右・守上城趾”と”左・水神沼”と言う2方向を指した

方向板を見た真奈美は昨夜の夢の1シーンを思い出した。

「ここって…藍姫が身を投じて、十郎太が命を落とした沼…」

ザッ

真奈美の脚が一歩そっちに向いたとき、

「真奈美っ…」

瑞穂達が息を切らしながら山道を登ってきた。

真奈美はハッと振り返ると2人の姿が目に飛び込んできた。

「もぅ…先に行っちゃうんだから…」

「さっきはゴメンネ…」

友江と瑞穂が文句と謝罪を交互に言うと

「くすっ

 チーズバーガーおごってくれたら許してあげる」

と真奈美は小さく笑うと、

「全く、アンタって人は…」

2人は呆れながら顔を見合わせた。

「…水神沼?」

方向板に気づいた瑞穂が言うと、

「うん、ここでしょう?…

 藍姫と十郎太が命を落としたところって」

それをを指さして真奈美が言うと、

「そうだと聞いているけど…

 どうする?
 
 寄っていく?」

と瑞穂が聞いてきた。
 
「う〜ん、行ってみたいけど…

 いまは部長達に追いつく方が先だね」

友江が続いて言うと、
 
「じゃぁ、先に城跡からと言うことで」

真奈美の意見で意見がまとまると、

彼女達はそのまま”守山城趾”と書かれている方へと歩いていった。



第6章 落ち武者

「遅いぞ…」

真奈美達が山頂の城跡に到着したのは昼近くになっていて、、

すでに到着していた部長の高橋恵子ら5人は

デジカメを片手に城跡の調査をしていた。

「すみませ〜ん、遅れてしまって」

開口一番真奈美が部長に謝ると、

「長旅で疲れたか?」

「えっえぇ…」

鼻の頭を掻きながら答える真奈美に

「ははは…まぁいいや…

 どう?、結構見晴らしがいいでしょう…」
 
と恵子は山頂からの景色のことを言うと

「うわっ…凄い…」

真奈美達は遠くまで見渡せる景色に声を上げた。

「……それにしても、昔の人はよくここに城を造ったモノですね」

と友江が感心しながら言うと、

「まぁ、一口に城と言っても

 大阪城のような平野に建っている平城とは違って

 ココは山の上に作られた山城…
 
 あんな凄い天守閣があったわけじゃぁないからね」

「え?、じゃぁどんな?」

「うん、城と言うより砦と言う感じじゃないかな?

 この山頂の周りに幾重も柵を巡らせて、
 
 食料や武器を貯め込んで、
 
 下から攻め上ってきた敵を上から蹴散らすっていうの」

「ふぅぅぅぅん…」

「まぁ、敵の数が少なければこの戦法は効果的だったけど

 一度にウン万もの大軍を動かしてきた秀吉の軍勢には
 
 呆気なかったみたいだね…」

と恵子が落城の原因を話すと、

ふわっ

真奈美の目に賑やかだったこの城の様子が目に浮かんだ。

柵の手入れをする男衆に

鍛錬をする侍達

そして、身の回りの世話をする女達…

「真奈美っ…」

ポンポンと肩を叩かれると、

「え?」

真奈美はハッと我に返った。

「あっあれ?」

キョロキョロとする彼女の様子を見て、

「どうしたの?」

瑞穂は首を傾げながら真奈美に訊ねると、

「えっえぇ…

 急いで登ってきたから疲れちゃったみたい」
 
と答えると、

「だから言ったでしょう、

 そんなに慌てて登らなくてもって」

友江は呆れながら言った。

「ねぇ…そろそろ、お昼にしない?」

恵子の一言で散っていた部員達が見晴らしの良い木陰に集められると、

宿で作ってもらったお弁当を広げた。



ショワショワショワ…

蝉時雨の中で真奈美達はお弁当を食べる。

「部長!」

食べながら部員の一人が声を上げた。

「なに?」

「この城が落城したとき、ココにいた人たちはどうなったんですか」

「そうだな…、記録ではほぼ全員が討ち死にしたそうだよ」

と恵子は答える。

「女性・子供も居たそうですか…」

「あぁ、ココに立て籠もったいた人たちは

 自分の妻や子供も一緒だったそうだけど、
 
 容赦はしなかったらしい…」

「うわぁぁぁ〜っ」

部員達から声が上がった。

「だから城が落ちて、秀吉の軍勢が引き払った後

 里の者達が山を登って、こうして供養の神社を建てたそうだ」

と、頂の反対側にある神社を指さした。

「夕べの話にあった、藍姫と十郎太でしたっけ、

 あの二人もそこに?」

真奈美が訊ねると、

「いや、2人は水神沼のほとりある祠に祭ってあるって聞いたけど」

そう恵子が答えた。

「じゃぁ、ここの調査が終わったら、

 水神沼に行きます?」

と他の部員の声がすると、

「そうだな、帰りがけに寄ってみるか」

と恵子は答えた。

「水神沼?」

その時、真奈美はカナ(櫂)が言っていた

”落ち武者”の亡霊の事を思い出して

イヤそうな顔をすると、

「どうかしたの?」

真奈美の横でお弁当を食べていた瑞穂が尋ねた。

「うん…ちょっと、イヤなことを思い出してね…」

と真奈美は答えた。

しかし、それをきっかけにしたのか

「ねぇ…知ってる?」

「なに?」

「ここの水神沼に落ち武者の亡霊が出るってハナシ」

「うっそぉ」

「この間読んだ雑誌にランクAで紹介されていたわよ」

「それってホント?」

「うん」

部員達の間で落ち武者の亡霊の事が話題に上り始めた。

「コラコラ…亡霊だなんて…

 そんなの雑誌が売れるために作ったデタラメに決まっているでしょう」
 
と恵子は部員達をたしなめると、

「じゃ2時にココを出発するから、

 それまでに、休む人は休んで
 
 調べる人は調べてくださいね」

と言うと恵子は腰を上げた。

「どうする?」

食事が終わった真奈美達は顔を見合わせた後、

「じゃぁ…あたしちょっとその辺を回ってくるわ」

と言って真奈美は腰を上げると、

城跡の周りを歩き始めた。

しかし…真奈美にはココが初めて来た場所にはとても思えなかった。

「変だ…

 あたし…
 
 ずっと昔ココにいたような気がする…

 それに、さっき見た風景って…
 
 500年前の風景なの?」
 
そう自問自答しながら、

ふと眼下に水神沼が見える所に来ると、

彼女は自分の目を疑った。

そう、その沼のほとりに一人の武将と

小舟に乗せられた女性の姿が真奈美の目に映っていた。

「えっなんなの?あれ?」

まるで吸い寄せられるように真奈美が2人の姿を見ていると

クル…

武将は立ち上がって真奈美の方を見た…

一瞬視線が合う真奈美と武将…

「十郎太…」

真奈美の口からその言葉が漏れたとき、

「お〜ぃ、真奈美っ、そろそろ出発するよっ」

そう言う瑞穂の声がすると、

ハッ

と真奈美は我に返った。

そして、それと同時に沼のほとりの2人の姿も消えていた。

「なっ、なんなのあれ…」

キョトンとしている真奈美に、

「なにしてんの?、もぅ時間だよ…」

と言いながら瑞穂が駆け寄ってきた。

「うっ、うん…」

真奈美は半信半疑で恵子達の所に行くと、

「よしっ、じゃぁ降りますか」

と言う彼女のかけ声で8人は山を下り始めた。

そして、8人が辿るコースは500年前、

藍姫と十郎太が落ち延びた道だった。



つづく


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