風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第13話:十郎太の櫛・後編)



作・風祭玲


Vol.137





第7章:水神沼

「十郎太…」

秀吉からの勧告を領主・守上昭弘がはねつけたことで、

城内は膠に合戦の気配が漂い始めていた。

「十郎太ってば…」

「え?、あっ姫っ」

昭弘の命に従い食料や武器を調達してきた

高田十郎太に藍姫は声をかけた。

「姫っ、いけませんこの様なところに参られては」

荷駄でごった返す広場に姿を現した藍姫を十郎太は見つけると制した。

「あら…冷たいですのね」

藍姫はそう言いながら膨れると、

「ここは大勢の人が出入りしていますっ

 姫が遊びに来るようなところでありません」

「いいじゃない」

「よくありませんっ、

 嫁ぎ先の決まった姫にもしもの事があったら
 
 私は腹を切らなければなりません」
 
困った顔をして十郎太が言うと

「十郎太はいいの?」

「はぁ?」

「私のこの縁談…」

「それは当然ですっ

 お相手の川島家は守上家にとって無くてはならない存在
 
 御舘様もそれを思って姫との縁談をまとめたのでしょう」
 
帳簿を眺めながら十郎太がそう言うと、

姫は十郎太の傍によるなり

パシッ!!

と彼の頬を平手打ちにした。

「え?」

呆気に取られる十郎太に

「もぅ、十郎太のバカ!!」

藍姫はそう声を上げると舘の中に姿を消した。

「姫…」



真奈美達8人が水神沼のほとりに降り立ったのは

城跡を出てから小一時間経った午後3時前の事だった。

500年前とは違い

それなりに整備された歩道を歩いてきたので

彼女たちの疲労感は大したことはなかった。


「へぇ…これが、藍姫伝説の水神沼ですかぁ」

部員の一人が沼をのぞき込むようにして感想を言う、

青緑色の水をたたえた沼は

沼と言うより小さな湖と言った面持ちで

また水深は相当深いらしく

傍に寄る者がいたら飲み込んでしまいそうな雰囲気があった。

「うわぁぁぁ…なんだか飲み込まれそう…」

「伝説では、藍姫はこの沼の底で眠っているんですよね」

「うん…」

部員達が次々と感想を述べあっていると、

「そう言えば祠が見あたりませんね」

と友江があたりを見渡しながらそう言った。

「ホントだ…」

「部長!!、2人を祭った祠ってどの辺なんですか?」

少し離れたところにいる恵子に訊ねると、

「う〜ん」

恵子も首をひねりながら周囲を見渡していた。

「とりあえず一回りしてみますか」

と言う声に押されて、

銘々沼の周囲に整備された遊歩道を歩き始めた。

「あっ、赤とんぼ…」

人が近づくと、ぶわっっと赤とんぼの大群が舞い上がる。

「もぅ山の上では少しずつ秋が来ているんですね…」

「そうだねぇ…」

などと言いながら歩いていくと、

やがて全員の目はある一点に注がれた

そこは沼と崖が接近したところで、

小規模な崖崩れがあったらしく、

遊歩道の一部にまで崩れた土砂が押し寄せていた。

「崖崩れがあったようですね…」

「うん、しかも崩れてからそれほど時間が経っていないようだな」

などと口々に言っていると、

「あれは祠の屋根ではないんですか?」

と一人が潰されて歪んでいる屋根らしき物を指をさした。

「どれ?」

恵子が崩れた土砂の上に登って近寄ってみると、

「あぁ、ここにあった!!」

と声を上げた。

「え?」

「ほらっ」

部員達が近寄ってみると

恵子が指さした先には土砂崩れで無惨にも潰された祠の残骸があった。

「うわぁぁぁ」

「ひどいですね」

「そうだな

 もっと沼の傍だと思っていたけど、
 
 崖のスグ下に作ってあったんだな…」
 
恵子ががけの上を見上げながら言うと、

「どうします?」

デジカメを持った部員が恵子に尋ねてきた。

「仕方がない…

 一応これも事実だから写真に撮っといて」
 
と指示をすると、

「まさか、500年近く経って土砂崩れに遭うなんて

 そんなこと昔の人は考えてなかったもんね…」

と恵子は真奈美に言った。

「えぇ…」

真奈美は半ば土に埋もれている祠の屋根を見つめながら頷いた。

それからしばらくして

「ねぇ、これって…」

祠の周囲を調べていた部員が声を上げた。

「どうした?」

恵子が彼女の元に行く、

「部長!!、こんな物が…」

部員が手にしていたのは朱色が鮮やかな一つの櫛だった。

「櫛?」

一斉にみんながのぞき込む、

「その櫛ってひょっとして、藍姫が十郎太に手渡した櫛じゃぁ」

瑞穂が言うと、

「まさか…あれから500年経っているんだよ

 500年前のものがキズ一つついて無くある分けないでしょう」
 
と櫛をふりながら恵子が言うと

「確かに…そうですね」

「じゃぁその櫛は…」

真奈美の質問に

「おそらく、藍姫伝説を聞いた他の連中が

 悪戯に置いていった物じゃないのかな」

と恵子が答えたが、

真奈美には彼女が言っていることが信用できなかった。

恵子はその櫛を近くにわき出している清水で簡単に洗うと

「まぁ…文化祭でこれを一緒に展示すれば

 うち等の発表の格が上がるから貰っておきましょう」
 
と言ってリュックの中に櫛をしまい込むと、

「よし…、じゃぁここはこのくらいかな…」

時計をチラリと見た恵子は、

「お〜い、宿に戻るよぉ!!」

と声を上げた。


第8章:亡霊

「十郎太…」

「姫…」

「昨日はごめんなさい…あたし…」

「いえ、私こそ…」

そう言いながら十郎太は懐より大切に包まれた包みを藍姫に渡した。

「これは?」

包みを見ながら藍姫が訊ねると、

「私からの婚礼の祝いです」

「え?」

藍姫が包みを開けると、鮮やかな色に塗られた櫛が一つ出てきた。

「まぁ…これは」

「いえ、そんなに高い品物ではありません

 先日、下に降りたときに
 
 商人から押しつけられた物で…
 
 あっ、お気に召しませんでしたら捨ててください」

と十郎太が言うと、

藍姫は櫛を胸に当てると

「ありがとう…十郎太…

 そなたの気持ちありがたく頂きます…」
 
と言った。



それから程なくして恵子達が下山を始めると、

これまで雲一つ無いいい天気だったのが、

俄に曇り、そして

カッ

ゴロゴロゴロ…

っと雷の音が響きだした。

「やっばぁ…」

友江が空を見上げながら声を出すと、

「あれぇ…今日の予報には雷雨は無かったけどなぁ」

恵子は頭を掻きながら言うと、

「みんな、急ぐよ

 雨が降る前に宿に着こう」

と言った途端、

周囲が暗り、

ボッ

ボッ

ボッボッボボ…

ドザーーーーーーっ

っと大粒の雨が降り出した。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

部員達は悲鳴を上げながら大急ぎで山を下るが、

そんな彼女たちをよそ目に

真奈美は雨粒を若干コントロール出来たので、

さほど濡れずに涼しい顔で下山していた。

「あっ、あそこにお堂があるわっ

 あそこで雨宿りしましょう」
 
山道から少しはずれた所にお堂があるのを恵子が見つけると

全員がそこに駆け込んだ。

「いやぁぁビチャビチャ」

「こんな事なら合羽を用意するんだったわ」

みんなが色々なことを言い合いながら

雨で濡れた身体をタオルで拭きあっている所に

「ねぇ…なにか音がしない?」

と一人が声を上げた。

「え?」

全員が口を閉じると一斉に耳を傾けた。

ゴロゴロゴロ…

ザァァァァァァァァ…

しかし、聞こえてくるのは雷の音と雨が叩きつける音だけだった。

「なにも聞こえないよ」

他の一人が言うと、

「シッ!!」

恵子はそう言うと口に人差し指を立てた。

ザァァァァァァ…ズシャ…

…………………ズシャ…

………………ズシャ…

……………ズシャ…

その音はまるで何かがゆっくりと歩いてくる音だった。

「いやぁぁ…

 なによ…これ…」

8人が一カ所に固まる。

…………ズシャ…

フッ

雨に煙るお堂の先に人影が立った。

「ひっ!!」

一人が悲鳴を上げる。

「怖がらないで…

 きっきっと、巡回の地元の人よ」
 
と恵子は気丈に言うが、

彼女の後ろにいる女の子達はガタガタ震えていた。

………ズシャ…

……ズシャ…

人影はゆっくりと近付いてくる。

「だっ誰なのよ…」

恵子が叫ぶと、

『……返せ…』

「え?」

『…藍姫様の櫛を返せ…』

人影からそう言う声が響いた。

「藍姫様の櫛?」

…ズシャ…

人影がさらに近付いた瞬間、

キラッ

ヒュン!!

一瞬何かが光ると、

スパッ

お堂の欄干の一部が飛んだ。

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ」

恵子達は一斉に雨が降る境内に飛び出した。

ザァァァァァァァ

雨の音がいっそう激しくなる。

ズシャ…

ボゥ……

彼女たちの前に現れたのは、

そう鎧に身を固めた武者だった…

しかし、彼の身体には数本の矢が突き刺さり、

手にしている刀の刃は欠け、

そして鎧兜はおおきく壊れていたが、

兜の陰から見える2つの目は

赤い光が不気味に輝いていた。

「きゃぁぁぁぁ…」

恵子達は固まって悲鳴を上げる、

『……どこだ、藍姫様の櫛は…』

落ち武者の亡霊は周りをぐるぐる回りながら叫ぶ、

『…どこだ!』

『どこだ!!』

ヒュン

スパッ!

ヒュン

スパッ!!

ボロボロの刀とは思えない見事な切り口で

木の枝やお堂の屋根の一部が彼女たちの周りに降ってきた。

「まさか…さっきの櫛?」

真奈美は恵子がさっきしまい込んだ櫛のことを思い出すと、

すかさずお堂へと走り込み

恵子のリュックから朱色の櫛を取り出しすと、

「おい、お前が探しているのはこれか!!」

と叫んだ、

『…………』

落ち武者の亡霊はギラリと赤い目の光を光らせると、

『…よこせ……

 それを寄越すんだ』
 
と声を上げながら真奈美に近付いてきた。

真奈美はお堂から飛び出すと、

「先輩っ、ちょっとこれを祠まで返しに行って来ます。

 ここで待ってて下さい」
 
と櫛を指さして言うと、

落ち武者をキッと見つめ、

「おい、十郎太っ

 あたしと一緒に来いっ」

と言うと走り出していった。

「みっ美作さん!!」

恵子の声がこだまする。

『……待て…』

落ち武者の亡霊はその声を残すと

ふっ

っとその姿を消した。

「………なっ何だったの…あれは」

スブ濡れに成りながら恵子はお堂を見つめていた。



第9章:変身

「なにぃっ!!」

「それは真かっ」

「はっ、秀吉の軍勢はすでに峠を越え領内に進入してきている模様」

「計られた!!」

伝令の報告を聞いた守上昭弘は声を荒立てた。

「まさか、川島殿が寝返るとは…」

「殿っ」

「川島殿が寝返ったと言うことは我らは裸同然」

「いかが致します」

「…………」

昭弘はグッと唇をかみしめると、

「もはや戦うしかあるまい…」

と言った。



「十郎太…」

血相を変えた藍姫が十郎太の元に駆けつけて来た。

「姫っ、ここに来てはならぬと言ったでしょう」

十郎太はたしなめると、

「そんなことより、

 川島殿が我らを見限ったとは本当ですか?」

「誰が言いました?、そのようなこと」

「そのようなことはどうでも良いです

 それは真ですか?」

藍姫の言葉に十郎太は視線を落とすと、

「……はいっ、残念ながら」

と答えた。

「そんな…

 じゃぁ、私たちはどうなるのです?」

「ここで戦うことになります」

「勝てるのですか?」

「判りません」

そう言いながら支度を始めた十郎太に藍姫は

そっと近づくと

「…お願いです…死なないでください…」

とポツリと言った。



タッタッタッ

2回目とはいえ雨の山登りは真奈美には応えていた。

ハァハァハァ

「さすがに雨の中を走るとしんどいわねぇ…」

と言いながら後ろを見ると、

ついてきていると思っていた亡霊は居なかった。

「あれ?」

不思議に思いながら真奈美が立ち止まった途端、

『…櫛を返せ…』

突如彼女の真横に現れた十郎太の亡霊は刀を振りかざした。

「きゃぁぁぁぁぁ」

足を滑らせて尻餅をついた真奈美の真上を亡霊の刀が空を切った。

「うわぁぁぁぁ」

よつんばになって、亡霊の足下をくぐり抜けると、

キィィィィン

彼女の胸元にしまい込んでいた竜玉が光り輝く、

「そうだ」

真奈美は雨で増水している川をみるなり

その中に滑り込むと、

「カナが出来るんだから、あたしでも少しくらい」

そう思いながら彼女は胸の竜玉に手を当てた、

すると

ググググググ

真奈美の身体が変形し始めた、

ぶわっ

彼女の頭から翠色の髪が吹き出すと、

お尻から尻尾が伸び始め、

やがて、それは朱色の鱗に尾鰭がついた尾へと変化し

そして、両足はそれの両側を飾る鰭になった。

「よっ」

脱げ落ちたズボンと靴を川岸の木に引っかけると、

人魚・マナになった真奈美は

「おいっ、亡霊!!

 来れるものならついてきなっ!!」
 
と叫ぶと、櫛を握りしめ、

激流が流れ下る川の流れに身を任せた。

「確か…こうすれば…」

マナはとっさにカナがしていることを見よう見まねでやってみる、

すると、

ググ…

流れ下る水がマナに従い始めた。

「よしっ、行ける!!」

水の感触にマナは自信を持つと

それをコントロールしながら

水神沼を目指して川をさかのぼり始めた。

『…返せ…』

十郎太の亡霊はマナが顔を出すとそこに姿を現すが、

しかし、マナは水を巧み使って彼の刀をよけ、

そして川を登っていった。



第10章:藍姫

うぉぉぉぉぉ…

鬨の声が上がると

城山を取り囲んだ秀吉の軍勢が一斉に守山城を攻め始めた。

それに対して守上側は初戦は善戦した物の

多勢に無勢…

徐々に山の上へと押し上げられていった。

やがて、舘に火がかけられると、

もはや守上の敗北は決定的になった。


「藍姫はおるか…」

煙の臭いが漂う舘に義弘の声が響いた。

「父上…ここにおります」

藍姫が昭弘の前に姿を現すと

「すまない藍姫…

 武運つたなく落城はもはや時間の問題となった」

そう昭弘が言うと、

藍姫は済ました顔で、

「はい、覚悟は出来ています」

と言った、しかし、

昭弘は藍姫の両肩に手を置くと

「いや、お前は生き延びろ…

 たとえ守山が滅びようともお前は生きるんだ」

「しっしかし…」

困惑する藍姫に

「十郎太っ」

と声を上げると、

「はっここに」

警護にあたっていた十郎太が姿を現すと、

「藍姫を連れ城を出よ」

と命じた。

「えっ」

十郎太が驚きの表情をすると

フッ

昭弘はふと笑顔を見せると

「そなたが、藍姫のことを好いていたのは判っておる。

 生き延びればまた日の目を見ることもあるであろう…

 さらばだ…十郎太」
 
昭弘はそう言うと煙の中に姿を消していった。



「よっ」

と水神沼を目の前にしてマナは最後のジャンプをすると

ドボン!!

そのまま水源である水神沼の中へと飛び込んだ…

ゴボゴボ…

ヒヤッっとした沼の水がマナを包み込む…

「うへっ、真水は海水と違うから苦手だわ…」

とマナは舌を出して言うと、

想像していたのと違う沼の様子に戸惑った。

「へんねぇ…魚が一匹も居ないわ…」

そう、沼の中には魚影がまるで見られず、

水草だけがたなびいていた。

そして、その中をマナは底へと向かって泳いでいった。

やがて

ふっ

沼の中央部に人影が見えてきた。

「まさか…あれって…」

マナは吸い寄せられるようにして人影に近づいていく…

「こっこれって…藍姫様!!?」

そう、マナの目前に現れたのは桜色の衣を着た少女の身体だった。

まるで蝋人形のような藍姫をしばらく眺めていると

『…久しぶりだな…藍姫』

突然沼の中を声が響いた。

「え?」

マナはキョロキョロすると、

長い髭を生やした老人がマナのスグ横に立っていた。

「あなたは…」

『ほっほっほっ、わしの名は光衛門と言う旅の隠居でな…』

老人がそう言った瞬間、周囲は氷のように氷結した。

『………ちょっと寒かったかのぅ…』

「えぇ…寒いと言うより凍り付きましたよ、水神様」

とマナが言うと、

『ほっほっほっ…

 なんじゃ、バレておったか…

 ところで、乙姫は達者か?』

と水神がマナに訊ねると、

「え?、乙姫様のことを知っているのですか?」

『当たり前じゃ、儂とて水の神…

 乙姫のことはこんな小さい頃から知っておるわ』
 
と親指と人差し指を微かに開いて自慢したが、

マナにとってはそれは予想通りのギャグだった。

マナの冷たい視線を感じた水神は

ゴホン

と咳払いをすると、
 
『500年ぶりにかつての自分と対面した気分はどうかな』

と尋ねた。

「そう、それよ、あのぅ…藍姫って…」

とマナが逆に水神に訊ねると、

『ん?、そうか…忘れてしまうのも無理はないな…

 そこで眠っているのは、
 
 そう500年前のお前だよ…』

とマナを指さして答えた。

「えぇ?」

驚きの声を上げるマナに

『…守上の滅亡は私にとっても悲しい出来事だったが…

 身を捨ててまで儂にいや領民のために尽くそうとしたお前に

 何かしてあげることはないかと思ってな、

 時が満ちるのを待って

 お前の魂を先代の乙姫に託したのだ』

「!!」

水神がそう言った瞬間、

ポゥ…

そこで眠る藍姫の身体から青白い光の固まりが姿を現すと

ヒュン!!

マナの中に飛び込んで来た。

「え?」

するとマナの頭の中に藍姫としての記憶が走馬燈のように流れ始めた。

幼い頃…

十郎太の出会い…

そして、様々な回想が流れた後…

最後に沼の底に沈み行く自分が念じた事を思い出した。

「……そっそうなんだ…あたしは…」

マナがそう呟くと、

『だからといって、

 お前が藍姫に縛られることはない

 なぜなら、知っての通り藍姫の最後の願いは

 ”姫でも侍でもない、ただの人として平和に暮らしたい”

 と言うことだったからな…』

と声がすると、

「………」

マナはじっと藍姫の亡骸を眺めていた。

『ただ…

 普通の人間に生まれ変われることが出来なかったことは許してくれ…
 
 なにせ儂は水神じゃから、
 
 どうしてもそっちの関係でしか出来ないのだよ』
 
そう水神が謝罪を申し出ると、マナは

クス

と笑い、

「いいんですよ、水神様…

 あたしはこうして平和な時代に生まれたのだし
 
 それに、いろんな人と知り合えたし…」
 
と言うと、

マナは水面の方を眺め、

「で、十郎太はどうなっているんです?

 亡霊としてココに縛り付けられているのは

 あまりにも惨いです」

と水神に迫った。

水神は表情を曇らせると、

『十郎太は死せる場所が悪かったのと、

 お前に対する恋心があまりにも強くてな

 あぁして、お前から預かった櫛を守っているのだよ
 
 いつまでもな…』

と言った。
 
「そっか…あたしが返した櫛を…

 じゃぁ、この櫛のことを解決すれば
 
 十郎太は自由になれるんですね」

そうマナが水神に訊ねると、

『あぁ、そうじゃ…

 櫛への想いが無くなれば
 
 十郎太は生まれ変わることが出来る』

その説明を聞いたマナは

「判りました。

 あたしが、十郎太を自由にしてあげます」

と言うと、水面へと向かっていった。



第11章:十郎太

『…返せ…櫛を返せ』

十郎太の亡霊はそう呟きながら沼の周りを歩き続けていた。

「十郎太…」

ザバッ

水面から飛び出したマナが彼にそう声を掛けた瞬間…

パァァァァァァァ…

水の上に浮きあがったマナの体は光に包まれると

やがて、桜色の着物を着たそう藍姫の姿になった。

『十郎太…』

藍姫になったマナが再び十郎太の亡霊にやさしく声をかけた。

『…姫っ』

十郎太の亡霊は沼より現れた藍姫の姿に、

ハッ

と驚くと、

手にしていた刀を背中に隠すとすかさず片膝をついた。

すうっ

藍姫は水面を静かに移動すると彼の目前に立った。

『…十郎太…

 …あたしをずっと守ってくれていたのですね』

藍姫は十郎太に優しく声をかけると、

『…はい…』

十郎太は頭を下げそう返事をした。

『ありがとう…

 でも、十郎太…

 もぅ戦の時代は終わりました。』

『……判っています。

 しかし、わたしには…』

と十郎太が申し出ると、

『十郎太…

 ホラ…
 
 あたしは見てのとおり、

 時が満ちて水の精霊としての命を授かりました』

藍姫はそう言うと、

すぅ…

彼女の姿は徐々に人魚・マナへと変わっていく…

『…………』

その様子を十郎太はジッと眺めていた。

人魚に変身した藍姫は、

『…もぅ…そなたをここに縛りつける理由はなくなりました。

 さぁ、あなたも早く次の生へと旅立ってください』

と言うと、

『…しっしかし…』

十郎太が困惑した顔で見上げると

藍姫はそっと彼を抱き、

『本当ならもっと早くここにくるべきでしたね』

と言いながら藍姫は十郎太に微笑みかけ、

そして、

そっと唇を彼の頬に当てた。

『!!』

十郎太の顔が急に赤くなった。

すると、

見る見る落ち武者姿の十郎太の亡霊は

凛々しい武者姿に変わっていった。

藍姫は満足そうに彼の姿を眺めると、

持っていた櫛を彼に見せ、

『…そなたの心をこの世に留めておくこの櫛…

 確かに頂きました…

 さぁ、十郎太、光に向かってお行きなさい』

と言って藍姫が十郎太から離れると

十郎太の表情は安堵のものに変わり、

『…姫…さらばでござる…』

十郎太は深く藍姫に頭を下げたとたん。

パン!!

まるで彼の体が弾けるようにして、

光の玉が姿をあらわすと、

ふわ〜〜っ

っと空に向かって上っていった。

『さよなら…十郎太…』

マナはそう言いながら

昇っていく彼の魂をいつまでも眺めていた。



第12章:戦いの終わり

『十郎太よ…』

昇っていく十郎太の魂に水神が声をかけた。

『はい…』

『これまでの働きに免じて

 そなたの願いを一つだけ叶えてやろう…』

『あなたは…水神?』

『さぁ、願いを言え…』

『………それでは、一つだけ…

 もぅ一度…、
 
 もぅ一度、
 
 藍姫様と再び同じ時を過ごさせてください…

 今度は…
 
 今度こそは…
 
 私は彼女を守り通したい…』

と十郎太は言うと、

『………ようかろうっ、

 ちょっと手間がかかるが、

 そなたの願い叶えてあげよう!!』

『お願いします…』


ぱぁぁぁぁぁぁ…

十郎太の魂は銀色の光に包まれた…




     ・

     ・

     ・


ホギャぁホギャぁ…

元気のよい泣き声が響く

「綾乃や、元気な男の子だぞ!!」

そう言いながら産婆は生まれたばかりの赤ん坊を母親に手渡した。

「まぁ…」

母親に抱かれた赤ん坊はスグに乳房に吸い付く。

「男の子ゆえ、変化はせぬが

 でもしっかりと育てるのだぞ、

 して、名前はなんとする?」

と言う産婆の言葉に母親は

「えぇ、名前は決まっています

 男の子なら”櫂”ってしようかって話し合っていたんですよ」

「ほほ…」

部屋の中に笑いが広がった。



「ねぇ…水神様…」

十郎太の魂が昇ったあと、

一人ぽつんと沼の水面に立つマナは水神に声をかけた。

『なんだ…』

「十郎太の願いを叶えてくれてありがとう」

『そのことか…』

「十郎太とはまた会えるかなぁ…」

『さぁな…

 コレばっかりはワシにもわからん

 ただ、もぅお前と出会っているかもしれない

 お前も、十郎太も気づかないだけで…』

「そうかなぁ…

 で、もぅ一つお願いしていいですか?」

『ん?』

「あたしの中の藍姫の記憶を封印してください」

『ほぅ…』

「だってあたしは藍姫ではなくて美作真奈美ですし、

 藍姫は500年前、戦のない世の中を夢みて生きたヒト
 
 そしてあたしは、彼女が夢見た世界で生きているヒト…
 
 これからどうなるかは判らないけど、
 
 藍姫の夢と、あたしの世界とを混同したくないんです。」
 
『なるほど…

 お前がそれで良ければ、
 
 その記憶、封印しよう』
 
「お願いします」

マナはそっと目を瞑ると

パァァァァァァ

彼女の身体を光が包み込んだ。

「…藍姫…あたしはあなたの夢見た世界で生きます。

 この世界が本当に戦のない世界なのかは判らないけど
 
 あなたの魂を引き継ぐあたしは生き抜いてみたいと思います。
 
 だから…お休みなさい…」



第13章:エピローグ

「おっ、マナ…どうだった、合宿は…」

竜宮でマナの姿を見たカナはそう言って彼女に近寄ると、

「カナこそ、何処に行ってたの?」

マナが逆に訊ねると、

「あぁ…

 海水浴場で婆さんのお化け退治をしてきたよ

 全く疲れたよ…」
 
とカナが答えると、

「あたしも似たようなものだわ…」

ため息混じりにマナが言うと、

「なに?、

 じゃぁやっぱり落ち武者の亡霊が出たんだ…

 で、どんな奴だった?」

と聞くカナに

「アンタよりは格好良かったわよ」

と言った。

「なにそれ?」

首を傾げながらカナがマナを見ると

彼女の手に一つの櫛が握られていることに気づいた。

「その古そうな櫛はなに?」

カナが訊ねると、

「あぁっ…コレ?、

 うん、ちょっと曰くがありそうだから
 
 乙姫様に預かってもらおうと思ってね」

とマナは櫛を見せながらカナに説明すると、

「ふぅぅぅぅん

 ちょっと見せて…」

と言いながらカナがマナから櫛を奪うと

櫛をシゲシゲと眺めた。

「あっコラっ」

マナが声を上げると、

急にカナが目頭を押さえ始めた。

「どうしたの?」

「うっ、判らない…

 なんだかコレを見ていたら急に…」

と説明するカナにマナは

「ふぅぅぅん、変なの…

 じゃ櫛…返してもらうわよ」

「うん…」

カナから櫛を取り返したマナは乙姫の館へと向かって行った。



それから数ヶ月後…

「フハハハハハハ……

 アクア・レイっ発射!!」
 
キィィィィィン…

シュゴォォォォォォォォン!!

五十里が乗船するUFOより放たれた翠色の光がカナを襲う…

ちゅどぉぉぉぉぉぉん!!

着弾し立ち上ったキノコ雲を眺めながら水神は

『やれやれ…

 この世界もまだ物騒のようじゃのぅ…藍姫よ』

と呟いた。



おわり


← 12話へ