風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第11話:人魚化ウィルス)



作・風祭玲


Vol.101





梅雨明け宣言目前

夏の強い日差しがさし始めた、とある日曜日の昼下がり。


「あれ?無いわねぇ…」

机の上を賢明にリムルが何かを探して探しまわるが、なかなか見つからない。

「ねぇミール、ここにあった小ビン知らない?」

彼女は近くで本を読んでいたミールに声を掛けた。

「え?小瓶?

 知らないわよ、何か入ってたの?」

「えぇ…例のウィルスの改良型がね」

「あっ新しいの出来たんだ…出来はどうなの?」

身を乗り出してミールがリムルに訊ねると、

「それがまた失敗作なのよ、

 で、処分しようと思ってこうして探しているんだけど」

「何よ、今度はイヌにでも感染する言うの?」

「うぅん、そうじゃないけど、

 困ったわ、何処に行っちゃったのかしら」

そう言いながらリムルは困った顔をする。

そのリムルの只ならない様子にミールは

「いったい何に感染するのよ」

と訊ねると

「実は…」

リムルはウィルスが持つ恐るべき力を説明し始めた。


一方、ここは某市営プール、

そのプールサイドで水着姿のシシル・ルシェル・サルサの3人が

円座を組んで話込んでいる。

「じゃーん」

と言ってシシルは手にした小ビンを2人に見せた。

「なにこれ?」

ルシェルは訝しげにシシルに訊ねる。

「うふふ、ココに来る前にリムルの机の上からゲットしてきたのよ」

「リムルに叱られるよ」

「シシル、あと50分したら加算料金がかかります」

案の定の2人の反応にムッとしたシシルは

「もぅ、デリカシーの無い人達ねぇ

 これはねぇ…、美しく痩せる薬よ」

と小ビンの中身を2人に説明をした。

「美しく痩せる薬?」

ルシェルとサルサは口をそろえる。

「どぅ、驚いたでしょう、

 なにせ、あのリムルが徹夜で作っていたものですから、

 きっと効果があるわ」

シシルは得意満面になって力説する、しかし

「そうかなぁ…」

「怪しい色ですね」

ルシェルとサルサは疑いの目で小ビンを眺めていた。

「あんた達ぃ〜っ
 
 いいわよ、じゃぁ…あたしだけが使うから」

そう言いながら

キュッポン

っとシシルはビンのふたを開けると、

「い〜ぃ、見てらっしゃい」

そう言ってビンを高く掲げた、そのとき、

ポーン

一つのビーチボールがシシルの体に当たった。

「きゃっ」

突然のことに驚いたシシルの手からビンが滑り落ちた。

「わっわわわわわ…

 あっ・あああああ〜ぁ」

慌ててルシェルが飛び出し、ビンをキャッチしようとするが、

無情にもビンはルシェルの手を弾くとプールの中へと落ちていった。

「ありゃぁ、落ちちゃった」

「この、バカ・ルシェルなんて事をしてくれるのよっ」

シシルはそう叫ぶと、ルシェルに飛び掛り喧嘩をはじめた。


「ちょっとぉ、そこのお嬢さんたち、

 プールサイドでふざけないでください」

二人の様子に気づいた監視員がメガホンで注意した。


「このこのこのっ、あんたなんかぁ」

「痛い、痛い、痛いよぉ」

やがて一人の少女がシシル達の所に謝りながらやってきた。

「ごめんなさ〜い、風でボールが飛ばされてしまって…

 あら?、あなた達…」

「こんにちわ、美作さん」

サルサがそう挨拶をした相手は美作真奈美だった。

「何をしているの?」

取っ組み合いをしているシシルとルシェルの様子を見て訊ねると、

「ただのスキンシップです」

とサルサは答えた。

「ふ〜ん、そうなの…」

関心とも呆れてともとれる表情で2人を見ていると、

「お〜ぃ、そろそろ時間だから帰るぞぉ」

プールの出口付近で、水城櫂が手を挙げて呼んでいた。

「はぁ〜ぃ、じゃぁ、また明日学校でね」

真奈美はビーチボールを拾うと櫂達のところに向かっていった。


それを見ていたシシルは

「もぅ帰るわよっ」

と言って立ち上がると、さっさと出口へと向かいだした。

「あぁ、待って、もぅ帰るの?」

ルシェルの残念そうな声で言うと、

「1度ケチがついた以上、

 これ以上ここにいる意味は無いわ

 さぁ、さっさと行くっ」

シシルはルシェルにそう命令すると、

シャワーもそこそこに更衣室へと入っていった。

「そんなぁ…まだ、そんなに泳いでいないのに」

一人取り残されたルシェルの声が響いていた。


そのころミールとリムルは…

「えぇっ、男性のみを人魚にしてしまうウィルスですってぇ〜っ」

「声が大きい声が…」

「あっごめん…でも」

「それでねぇ、

 このウィルスの威力は無茶苦茶強くって、

 一度感染をすると約3分以内に感染者を
 
 完璧な人魚に作り変えてしまうのよ、

 しかも性転換のオマケ付でね」

「うわぁぁぁぁ〜」

「一応、安全装置として空気感染はせずに

 液体としての水を媒体にするのと、

 一定の所で増殖するとある割合で
 
 全滅するようにはしているけど、

 でも、問題なのはその場所よ、

 プールの中なんかだったら、
 
 その中の男性達を人魚にするだけで収まるけど、

 もしも、例えば海なんかだったら、下手をすると」

「男が居なくなる…」

「えぇ」

ミールの答えにリムルが頷いた。

「たしかにそれは危ないわ、

 とにかく早く探さないといけないわね」



そのリムルの懸念通りに、

櫂やシシル達が帰ったあとのプールで異変が起こり始めていた。

仲良く泳いでいたカップルの男が急に立ち止まると、

じっと身体を見つめだした。

「どうしたの?」

女が男の只ならない様子に女が訊ねると、

「かっ、体が変だ…」

男はそう訴える。

「身体?」

怪訝そうに女が男の身体を眺めると、

むくりっ

男の胸が突然動き出した。

「なに?」

驚く女

ムクッ、ムクッ

男の胸はまるで脈を打つように徐々に膨らんでいく

「やだ…なにそれ」

「うわぁぁ、なんだこれ」

男の変化はそれだけではなかった、

体は細く華奢になっていき、

肩は小さく、腰が括れだした。

そして、頭から緑色の髪が伸び始めてくると、

瞬く間に腰のあたりまで伸びてしまった。

「わわわわ」

「うそぉ〜っ」

男はプルプルとした胸をさらけ出して狼狽えていた。

ガボッ

突如、男の身体が水の中に沈み込んだ。

「!!」

女も急いで水の中へもぐる、

そして信じられない光景を目撃した。

男が穿いていた競泳パンツが徐々にずり下がりだすと、

男の両脚が徐々にくっつき始め、

そして、一つにくっついた所から、

紅色の鱗が湧き出すようにして脚を覆いはじめていた。

プハッ

「そんな、けーくんが…」

女は水面に顔を上げると、

男が変化していく様子を水面から眺めていた。

やがて、男の競泳パンツが脱ぎ落ちると両脚が一本になり

さらに、足先が大きな鰭へと変化していった。

鱗が脚を覆い尽くすと、男は美しい人魚へと変身した。

この変化は彼だけではなく、プールの中にいたすべての男性が

彼と同じように人魚へと変身していった。

無論、筋骨たくましいマッチョな監視員達も、

異変に気づき飛び込んだ途端に人魚へと変身していった。


やがて、すべてが終わったプールでは、

呆然としている女性達をよそに

人魚になった男性達がプールの中を悠然と泳いでいた。



翌朝

「ねぇ櫂っ、聞いた?」

登校中の櫂の姿を見つけると、真奈美が走って近寄る。

「何?」

「市営プールで事故がおきて閉鎖になったんですって」

「えぇ?それは困ったなぁ、で何の事故なんだ?」

「さぁ、新聞には事故としか書いていないんだけど」

「う〜ん、何が起きたんだ…」



おわり


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